『資本論』第三巻、利子生み資本研究――宇野利子論批判

以前掲載していたものの校閲版です。

解題　
この論文は、1984年から始めた信用論研究会の成果の一つである。初出は『共産主義』（共産主義者同盟RG機関誌）19号（1984年12月発行）に「『資本論』第三巻の研究」１利潤論と商業資本論、２信用論研究入門、として掲載した。そのうち、２信用論研究入門の部分で、表題は変更しているが内容はそのままである。なお、当時の信用論の研究成果は、これ以外には『共産主義』20号（1987年4月発行）に掲載した「宇野利子論批判の諸説」で下平尾勲と頭川博の説を検討し、「銀行信用論序説」で川合一郎と楊枝嗣朗の説を検討し、大谷禎之介の文献考証を紹介している。大谷の考証については、『「資本論」の核心』（2014年）の第8章に収録した。なお、この時期には『価値形態・物象化・物神性』（1990年）の原稿も執筆中であり、これらの信用論に関する原稿もこの書に収録予定であったが、まとめきれずに断念している。『「資本論」の核心』に一部を収録した『資本論』講義は、『価値形態・物象化・物神性』の原稿をほぼ完成させた1987年頃に行っている。

第一章　『資本論』の利子生み資本論と宇野利子論

１．資本の商品化
『資本論』第五篇全体にわたって論争が多いが、とりわけ宇野弘蔵の批判に端を発した第二一章の資本の商品化の規定をめぐる論争は、その最大のものであった。したがって本章では論争とからめて『資本論』を研究していくことにしよう。
マルクスは第二一章の冒頭で平均利潤率の成立による平均利潤の形成という、利子生み資本規定のための前提条件についてふれたあと、資本の商品化について、次のように規定した。
「貨幣――というのは、ここでは、ある価値額の自立的表現を意味し、事実上その価値額が貨幣として実存するか商品として実存するかをとわない――は、資本制的生産の基礎上では資本に転化されうるのであって、この転化により、ある与えられた価値から、みずから殖し加する価値となる。それは利潤を生産する。すなわちそれは、資本家をして、一定分量の不払労働、剩余生産物および剩余価値を労働者から引出して取得することをえさせる。かようにして貨幣は、貨幣として有する使用価値のほかに、一つの追加的使用価値、すなわち、資本として機能するという使用価値を受けとる。貨幣の使用価値というのは、この場合にはまさに、資本に転化した貨幣が生産する利潤のことである。可能的〔潜勢的〕資本・利潤を生産するための手段・としてのこの属性において、貨幣が商品-――といっても、独自な種類の商品――となる。または、同じことに帰着するが、資本としての資本が商品となる。」(『資本論』三巻、原典旧版、三七〇〜一、新版、三五〇〜一頁)
この規定のあと、マルクスは貨幣資本家と機能資本家との間の貨幣の貸借を設定して、ここで与えられた資本の商品化について具体的に説明した。この規定と、そのあとの貨幣資本家と機能資本家とを設定してのこの規定の説明に対して宇野は反対し、自らの独自の説を体系的に提示した。

２．宇野の利子論体系
宇野の説の根本にはマルクス批判に到る二つの内容がある。
ひとつは、資本の商品化とは、株式に代表される擬制資本においてなされるとみるべきで、マルクスがここでとりあげている貨幣の貸借はまだ資本の商品化ではなく、そこでは貨幣が商品化しているにすぎない、とすることである。
ふたつめは、自已の「経済学原理論」体系の立場から、利子論においても「純粋の資本主義社会」を想定し、産業資本自らが再生産過程で必然的に形成する遊体貨幣資本の貸借関係を解き明かすべきだとすることである。
マルクスはこの資本の商品化の規定を利子生み資本の本質的規定とし、ここから、利子の本質、利潤の利子と企業者利得とへの分割を説いていたので、宇野は二つの内容からなる代案を提起するにあたってこれらをどう解くかをせまられ、『資本論』とは全く異なった利子論の体系を打ちだすこととなった。
宇野は自説の二つの根本内容に、一般に分析を「機械的抽象」といって退け、現象と運動形態に則して論理をはこぶべきだとする方法論を導きの系として、諸間題を次のように解決した。
利子の本質について。商業信用を産業資本家相互の間の遊休貨幣資本の融通関係と把えて、この関係が銀行を媒介になされる銀行信用を、貸し手と借り手が資本の再生産過程の使用価値要素に規定された個別性から解放されるという意味で、商業信用の「社会化」とみなし、ここにおいて産業資本の遊休貨幣資本が貸付資本として独立化するとした。そしてこの独立化した貸付資本は産業資本による剩余価値の生産を増進し、産業資本間の利潤率の均等化を媒介するという機能をもち、そういう役割をはたすものとして貸付資本には利潤から利子が分与されるのであり、利子は貨幣（宇野は「資金」と規定）の使用価値（遊体貨幣資本を節約して利潤率を高めるというもの）に対する代価をなすとした。
利潤の利子と企業者利得とへの分割について。宇野はこれを商業資本論を利子論のうちに割りこませて説いた。その内容については第二三章の研究のところで述べよう。
以上から宇野の利子論体系は、商業信用―銀行信用―商業資本―「それ自身に利子を生むものとしての資本」（資本の商品化)、となっている。
この宇野の体系の成否は「それ自身に利子を生むものとしての資本」つまりは資本の商品化を株式の売買で説くことが可能かどうかにかかっている。株式の売買とは配当請求権の商品化にすぎないが、その定期的収入が利子とみなされてその時の利子率で資本還元されることで株式が価格をもつにいたるという独自の価格形成のメカニズムによって、あたかもその価格が利子を生む資本の如く現象することに宇野説が登場する根拠がある。
ここでは株式の本質について説く場面ではないので、これ以上の展開はさしひかえておこう。ただ、配当請求権の商品化にすぎない株式の売買を資本の商品化とみなすのは根拠が薄弱と感じたのか、宇野は自説を展開した後に積極的にマルクス批判に撃って出た。第一二章に対する批判もこのマルクス狩りの時期の産物である。以下で第二一章の内容とからめて宇野によるマルクス批判の成否を検討していくことになるが、論議の枝葉にとらわれて迷路に入らないために、先立って宇野の利子論体系とそのアキレス腱を示しておくことは、このような宇野のマルクス批判形成過程からみて不可欠であろう。

３．貨幣資本家と機能資本家
マルクスは年平均利潤率を20%とした場合、百ポンドの価値をもつ機械は資本として平均的な条件のもとで平均的に使用されれば一年間に二〇ボンドの利潤を生みだすという設例から、百ポンドを自由に処分しえる人は一年間に二〇ポンドの利潤を生産する力を所有するとしている。
この百ポンドを所有する人が他の資本家に一年間これを委託すれば、貸し手は借り手に対し、二〇ポンドの剩余価値を生産する力を与えることになる。この力が商品としての資本の使用価値であり、この使用価値が譲渡されたのである。
この利潤の一部分は利子として、借り手から貸し手に支払われるが、それは百ポンドの使用価値＝その資本機能＝二〇ポンドの利潤を生産するという使用価値、に対して支払われるものである。
こうして「一〇〇ポンドを所有することが、その所有者にたいして、彼の資本によって生産された利潤の特定部分たる利子を取得する力を与える」（三巻、三七一・三五一頁)とマルクスは結論づけている。これが利子の本質規定である。平均利潤を産む能力＝貨幣の追加的使用価値＝貨幣の資本としての機能、を商品として、つまりは資本を商品としてBに譲渡するAは、この使用価値の所有者として、その使用価値の譲渡に対する代償を利子として獲得する。この資本の所有者が利子を受けとることができるのは、その資本が商品化されているからである。
この例で注意しておくべき点は、機能資本家Bは貨幣資本家Aの貸付の意志なしには百ポンドを資本として使用することができないということであり、他方で、Aにとっては百ポンドの資本としての運用は、これをBに貸付けるだけである。つまり百ポンドはAの手でもBの手でも資本として機能しているが、その資本としての機能が、A、Bそれぞれの手中では異なっているということである。 B の手中では平均利潤を産む機能資本として機能するが、Aの手中では利子を生む利子生み資本として機能する。

４．宇野の批判
マルクスが利子の本質規定を与える際に、貨幣資本家と機能資本家とを設定し、その間における貨幣の貸借を純粋にとりあげたことに対する宇野の批判は多くの場所で展開されているが、最も平明になされているのは、『資本論の経済学』においてである。
「前にも述べたように、利子論は『資本論』では大変な労作の部分といってよいのですが、実は理論的には決して成功したものではないと私は思うのです。『資本論』の理論体系が想定する資本家と労働者と土地所有者との三大階級からなる純粋の資本主義社会の前提が明らかに破られている。利子を得る貨幣資本家は、資本として投じうる貨幣をもちながら自らは資本として投じないで、『資本として投じうる貨幣をもたない資本家』に貨幣を貸付け、彼が貨幣資本家に代ってそれを資本として投じて得た剩余価値の一部を利子として得るというのですが、『資本として投じうる貨幣をもたない資本家』というのは、何としても理解しえないものといわなければなりません。実際には、そういう関係がしばしばあったとしても、少なくとも『資本論』のそれまでの展開では考えられないことといわなければなりません。マルクスはその際に、貨幣は自分が貨幣としてもっている使用価値のほかに、今一つ追加的に資本として機能するという使用価値をもっているようにいい、その追加的使用価値を、貨幣が資本に転化して生みだす利潤としているのですが、果たして貨幣に,そういう特殊の使用価値があるでしょうか。」(『資本論の経済学』、岩波新書、一一五〜六頁)
ここには三つの誤りがある。宇野が主張してぃる「純粋の資本主義社会」なるものをマルクスが想定していなかった、ということはさておぃて、宇野はここで、資本家範疇には貨幣資本家を含めないということを、『資本論』の理論体系であるかのように主張しているのであるが、このような主張は、自由主義段階に支配的な産業資本の運動を「経済学の原理論」とみなす（だから、帝国主義段階で支配的な金融資本は「段階論」で解明しようということになる）宇野独自の見地からのみ成立することであり、『資本論』の理論体系とは無縁である。これが第一。
つぎに宇野はマルクスが利子の本質を規定するところで、あたかも無一文の機能資本家を想定しているかのように主張しているが、これはデタラメであること。マルクスは第二三章中の利潤の利子と企業者利得とへの分裂の解明のところでは機能資本家を「資本の非所有者」（三巻、四〇八・三八七）と想定しているが、第二一章ではそのように想定してはいない。宇野は『マルクス経済学原理論の研究』所収の「資本論の利子論における貨幣資本家について」で、マルクスがそのように想定しているかのように考えて批判したが、そこでマルクスがそのような想定をしてはいなかったことに気付いている(『宇野弘蔵著作集』四巻、一六六頁)。その結果『経済学方法論』では「間題点は、資本家がその資本の運用に対して追加的に資金を借入れる関係から、その貨借関係だけを抽象して考察するという方法にある」(同書、九卷、二五〇頁)というように言ってはいるのだが、しかし無一文の機能資本家を想定してはならない、といって批判する方が大方にうけやすいと考えたのか、事実にもとづかないことに気付いて以降も同じ批判をくり返している。
第三に、宇野は貨幣に追加的使用価値は認められないといっているが、これも誤っている。宇野は認められない根拠として「その場合、貨幣の機能は商品としての生産手段なり、労働力なりの購入ということ以上のものとはいえないでしょう」（『資本論の経済学』、一一六頁)ということをあげているが、これでは全然根拠になっていない。というのは、ここで宇野があげているのは、産業資本の姿態変換の一つである貨幣資本の機能をあげているにすぎず、貨幣が貸付けられる場合の使用価値について言及してはいないから。
要するに、貨幣資本家を想定しえない、という宇野の批判は、産業資本家のみを資本家範疇とみなそうという、自己の三段階論にもとづくものだから、その成否は金融資本の運動の解明にとって、『資本論』よりも宇野原論の方が有用かどうかということに帰着しよう。つぎに無一文の機能資本家云々の批判は論外として、『経済学方法論』で述べられている間題点はそれなりに検討の余地があろう。最後に、貨幣の追加的使用価値を認めない、という点については、これを認めると宇野にとっては都合が悪い、ということでしかなかろう。
こうして、『資本論の経済学』の引用部分に関しては、この場で論議することはなくなったので、次に、宇野が、マルクスの資本の商品化に対置して、それを「資金」の商品化としている点を検討する必要があるが、それは後にゆずろう。

５．利子生み資本の流通形態
貨幣資本家Aと機能資本家Bとの間の貨幣の貸借を利子生み資本の流通形態と捉え、これを記号を用いて表現しょう。
G―G―W―G’―G’
ここでは資本が全額返済されるものとし、G’はG+ΔGでΔGは利子を表わすものである。これは流通過程だけをみているから、この表式のまんなかにあるG―W―G’は、機能資本の運動を略して表わしたものであり、これは産業資本の場合ならばG―W＜Pm+A・・・W’―G’（G’はG+利潤）となる。
最初のG―Gは、AからBへの貨常の移転を示すだけで、これは商品の姿態変換や資本の再生産やの契機を示してはいない。この貨幣がそのようになるのはBの手においてである。だからここでは資本としての貨幣が二重に支出されたことになる。それゆえ貨幣の還流もBの手へとAの手へ、というように二重化する。Bの手へは機能資本として還流し、平均利潤をともなうが、しかしこの貨幣資本はBの所有には属さない。Bはこの貨幣資本の所有者Aに利子をつけて資本を返済することによって二重の還流は完了する。
この運動を見れば、AがBに讓渡する貨幣の使用価値とは、その貨幣がAの手に還流するまでの全過程G―W―G’を包括したものであることは明らかであり、宇野のようにこの使用価値を単にG―W ＜Pm+Aの部分でのみ把握するのは、この貨幣の資本性をみなぃからだといえよう。マルクスがこの関係において、貨幣の資本としての使用価値が讓渡されているとみ、資本の商品化を主張しているのに対し、宇野は、貨幣の資本性を認めない、ということによってしか反論できていないのである。

６．商品としての資本と、商品資本および貨幣資本との相違
マルクスは利子生み資本の場合に見られる資本の商品化の独自な性格を明らかにするために、まず資本の再生産過程のうちの流通過程での資本のありかたである商品資本および貨幣資本について、すでに『資本論』第二巻で述べたところを要約して示し、この場合、資本は商品ないし貨幤の形態にあるが、それは利子生み資本の場合のように、資本が資本として商品になっているわけではないとする。商品資本、貨幣資本について述べてぃる部分を引用しておこう。
「資本は流通過程では商品資本および貨幣資本として機能する。だが、この両形態では、資本は資本としては商品にならない。
生産資本が商品資本に転形すれば、商品資本は市場に投ぜられ、商品として販売されねばならない。市場では、商品資本は単純に商品として機能する。資本家がここで商品販売者としてのみ現われるのは、購買者が商品購買者として現われるのと同様である。商品としては、生産物は流通過程において、その販売により、自己の価値を実現し、貨幣としての自己の転化姿態をとらねばならない。だからまた、この商品が消費者によって生活手段として買われるか、資本家によって生産手段・資本成分・として買われるかは、全くどうでもよい。流通行為においては商品資本は商品としてのみ機能して、資本としては機能しない。それが単純商品と区別される商品資本であるのは、(一)、それがすでに剩余価値をはらんでおり、したがってその価値の実現は同時に剩余価値の実現だからである。といっても、このことは、商品としての――一定価格をもつ生産物としての――商品資本の単純な定在をなんら変化させない。(二)、商品としての商品資本のこの機能は、資本としての商品資本の再生産過程の一契機であり、したがって、商品としての商品資本の運動は――商品資本の過程の部分運動にほかならぬがゆえに――同時に資本としての商品資本の運動だからである。といっても、それがこれとなるのは、販売という行為そのものによってではなく、この行為と、資本としてのこの一定価値額の総運動との、関連によってに他ならない。
同様に資本は、貨幣資本としては、事実上ではただ単純に貨幣として、すなわち商品（生産諸要素）の購買手段として作用するにすぎない。この貨幣が、ここでは同時に、貨幣資本であり資本の一形態であるということは、購買という行為――貨幣資本がここで貨幣として果たす現実的機能――から生ずるのではなく、この行為と資本の総運動との関連から生ずる、というのは、貨幣資本が貨幣として果たすこの行為は資本制的生産過程を導入するからである。
だが、それら〔商品資本と貨幣資本〕が現実に機能し、現実に過程においてそれらの役割を演ずるかぎりでは、ここでは商品資本は商品としてのみ、貨幣資本は貨幣としてのみ、作用する。」(三巻、三七四〜五・三五四頁)
ここでマルクスは資本が流通過程であらわれる現象形態たる商品資本と貨幣實本とについて考察し、これらはそれぞれ流通過程では単に商品及び貨幣として機能しているだけで資本として機能してはいないとしている。それらは資本をあらわしているのだが、それらが資本であるのは、流通過程における機能からではなく、流通過程での単なる商品及び貨幣としての機能が資本の総運動と関連しているかぎりにおいてである。
なるほど「資本が流通過程で資本として登場するのは、全経過の関連においてのみ、出発点が同時に復帰点として現象する契機においてのみ、G―G’またはW―W’においてのみである」（三巻、三七五・三五五頁）から、G―G’という表示が流通過程で実現可能ならば、資本は流通過程でも資本として現象しうる。ところが現実の資本の再生産過程にもとづけば、G’が流通過程に出現する時点では最初のG は消滅しており、それを資本として運用するにはそれを単純に貨幣として生産資本の購入にあてる他はない。
マルクスは資本の流通過程での現れたる商品資本及び貨幣資本のそこでの機能につぃてまとめた上で、利子生み資本の独自の性格について述べる。
「資本はその流通過程では、資本としてでなく、商品または貨幣としてのみ現象するのであって、この商品または貨幣はここでは対他的にのみ資本の定在である。商品や貨幣がここで資本であるのは、商品が貨幣に転形し貨幣が商品に転形するかぎりにおいてではなく, 購買者または販売者にたいするそれらの現実的関連においてではなく、たんに、それらの観念的諸連関――資本家自身にとっての（主觀的にみれば）、または、再生産過程の諸契機としての（客観的にみれば）――においてにすぎない。資本が資本として実存するのは、現実的運動においてであって、流通過程においてではなく、ただ、生産過程すなわち労働力の搾取過程においてにすぎない。
だが、利子生み資本については事情が異なるのであって、このことこそ、利子生み資本の独自な性格をなす。じぶんの貨幣を利子生み資本として殖しようとする貨幣所有者は、それを第三者に護渡し、それを流通に投じ、それを資本として――彼じしんにとってのみならず他人にとっても資本として――商品たらしめる。それは、その譲渡者にとって資本であるばかりでなく, そもそもから資本として、剩余価値・利潤・を創造するという使用価値をもつ価値として、第三者に譲渡される。すなわち、運動において自らを維持し、機能しおえた後に最初の支出者（ここでは貨幣所有者）の手に復帰する価値として。」（三巻、三七五〜六・三五五頁）
マルクスは商品資本及び貨幣資本を考察した際には、それが流通過程では資本としての機能を示しはしないことを強調していた。そして利子生み資本の場合にはこれらとは事情が異なるとする以上、この場合には流通過程で資本としての機能の発揮がみられるということに他ならない。
宇野のような偏見をもたなければ、貸付けられる貨幣には平均利潤を産むという使用価値があることを認めるのは困難ではない。またこの貨幣が借り手の機能資本家の手中で現実に資本として機能するということも驚くには当らない。したがって、マルクスが「彼じしんにとってのみならず他人にとっても資本として」という場合、この貨幣が他人にとっては資本として機能することを理解することは容易である
間題はこの貨幣が貸手にとって資本であるということの意味にある。そもそも資本とは一言で言えば自己増殖する価値であった。この貨幣が機能資本家の手中でそういうものとして機能することは明らかである。では貸手にとってはどうか。マルクスは「運動において自らを維持し、機能しおえた後に最初の支出者の手に復帰する価値」と言っている。
貨幣を流通過程で資本として機能させること、このことが間題なのであるが、その貨幣が借手の手で平均利潤を産むものとして機能するということだけでは、この貨幣の使用価値が資本であるということを意味するにすぎず、使用価値の資本性は、流通過程での資本としての機能とは別のものである。流通過程で譲渡されるのは貨幣であり、一つの物象である。この貨幣が流通過程で資本として機能するということは、この物象そのものにそなわった力として資本という機能が発揮されるということ以外にはありえない。
マルクスは「貨幣は、それが資本として貸付けられるかぎりでは、まさに、一定期間後に追加分をともなって復帰しかつたえず新たに同一過程を通過しうるところの、こうした、自らを維持しかつ自らを増殖する貨幣額として貸出される」（三巻、三七七・三五七頁）といっている。ここでは資本としての機能は貨幣それ自体にそなわっているものとして、貨幣の属性として説かれている。
本章での最初の引用文を思いおこそう。そこでは貨幣が受けとる追加的使用価値、資本として機能するという使用価値が説かれ、この属性において貨幣が商品になると規定されていた。この規定はその貨幣を機能資本として機能させる側、借り手の側からの規定であったことがここで明らかとなる。このような借り手が存在するとき、貨幣そのものに、先にみた平均利潤を生産するという機能とは別の、純粋に流通過程で発輝される資本機能が属するようになる。
こうして、利子生み資本範疇を解明する際には、貨幣の追加的使用価値、この属性にもとづく貨幣の商品化、ということと、この資本としての貨幣の貸付けの際にあらわれる利子生み資本としての資本の機能の関連を明確にしておくことが必要である。
利子生み資本という場合、貸し手と借り手との間の貸借関係だけを現象としてもつ。だから「利子生み資本の特徴は、外面的な・媒介的循環から分離された・復帰形態である」（三巻、三八〇・三五九頁）ということになり、「貨幣を一定期間だけ手放し、貸付けて、これを利子（剰余価値）とともに回収することが、利子生み資本としての利子生み資本に属する運動の全形態である」（三巻、三八一・三六一頁）ということになる。
結局資本の商品化という場合の資本は、貨幣の追加的使用価値であり、平均利潤を産むという使用価値であって、それは流通過程で資本性を発揮することとは次元を異にしている。だから、貨幣を、資本として貸付けるという場合の資本においては、貸手と借手でその内容を異にする。貸手は平均利潤を産むという使用価値を借手に讓渡し、自分自身では資本の所有自体が利子を生むという利子生み資本として貨幣を投下したのである。それで商品化した資本の流通過程での運動が利子生み資本の運動を形成する。

７．貸付と販売
商品交換をその商品の使用価値の譲渡と把えれば、その譲渡の形態は単に販売につきるものではない。例えば家屋などは貸付の形態をとってその使用価値が護渡される。
資本が商品となる、という場合、貨幣の資本としての機能が讓渡されねばならないが、しかし、この資本の所有権は譲渡されない。そればかりでなく、貨幣の資本としての使用価値の、商品としての讓渡が新たな利子生み資本という資本の運動となるわけだから、その取引においては利子をともなって資本が還流しなければならない。だから、「支払われてしまうのでも、売渡されるのでもなく、貸出されるにすぎない。すなわち、一定の期間後に、(一)、その出発点に復帰し、しかも(二)、実現された資本として――剩余価値を生産するという自己の使用価値を実現した資本として――復帰するという、条件のもとで譲渡」（三巻、三七六・三五六頁）されるということになる。
この貸付けについてマルクスはその過程を描き出す。
「貸付資本家は、等価を受けとることなしに彼の資本を手放す、すなわち産業資本家に移譲する。彼が資本を手放すということは、資本の現実的循環過程上の行為ではけっしてなく、産業資本家によって実行されるべきこの循環を導入するにすぎない。貨幤のこの第一の位置変換は、姿態変換上の何らの行為――購買も販売も――-表現しない。所有は譲渡されない、というのは、何らの交換もおこなわれず、何らの等価も受けとられないからである。貨幣が産業資本家の手から貸付資本家の手に復帰することは、資本を手放したとぃう第一の行為を補足するにすぎない。貨幣形態で投下された資本は、循環過程をへて、産業資本家のもとに再び貨幣形態で復帰する。だが資本は、支出のさいに彼には属しなかったのであるから、復帰のさいにも彼には属しえない。再生産過程を通過しても、この資本が彼の所有に変わることはありえない。だから彼は資本を貸手に返還せねばならない。資本を貸手の手から借手の手に移転させる第一の支出は一つの法律的取引であって、この法律的取引は資本の現実的再生産過程とはなんの関係もなく、これを導入するにすぎない。還流した資本をふたたび借手の手から貸手の手に移転させる返済は第二の法律的取引であり、第一の法律的取引の補足である。第一の法律的取引は現実的過程を導入し、第二の法律的取引は現実的過程の後で行なわれる補足的行為である。だから、貨付資本の出発点と復帰点、手放しと返還は、資本の現実的運動の前後に行なわれてこの運動そのものとは何の関係もないところの、法律的取引によって媒介される恣意的運動として現象する。」（三巻、三八〇〜一・三五九〜六〇頁）
この貨付の過程から明らかになることは、貸付と返済からなる利子生み資本の運動が、資本の運動であるにもかかわらず、現実の資本の運動＝剩余価値の生産とはかかわりのないものとして現れることである。
「資本家のもとへの貨幣の復帰、出発点への資本の復帰という、資本一般の特徴的運動が、利子生み資本においては、まったく外面的な・その内容をなす現実的運動から分離された・姿態を受けとる・・・・資本としての貸付貨幣の現実的運動は、貸手と借手とのあいだの諸取引のかなたに横たわる操作である。これらの取引そのものにおいては、この媒介は消減しており、眼にみえず、直接には含まれていない。独自な種類の商品として、資本はまた独自な種類の讓渡をされる。だから還流も、ここでは、一連の経済的事象の帰結および成果としては現われないで、購買者と販売者との独自な法律的協定の結果として現われる。」（三巻、三八一〜二・三六〇〜一頁）
とはいえ、百ポンドの借入金に対し、期間一年で五ポンドの利子を付けて返済するという契約、これが取引の法律的内容であるが、このような契約の法律的効果によって利子が払われるのではないことは明らかである。
「資本として投下された貨幣は、その投資者、すなわちそれを資本として支出した者に復帰するという属性をもつがゆえに、G―W ―G’が資本運動の内在的形態であるがゆえに、まさにそれゆえにこそ、貨幣所有者は、貨幣を資本として、すなわち自己の出発点に復帰するという属性・それが通過する運動において自己を価値として維持しかつ殖するという属性・をもつものとして、貸付けうるのである。彼が貨幣を資本として手放すのは、けだし、貨幣は資本として使用されたのち出発点に還流するからであり、つまり、一定時間ののち借手から返還されうる――それが借手そのものの手もとに還流するがゆえに――からである。
だから、資本としての貨幣の貸付――一定期間後に返還されるという条件での貨幣の手放し――は、貨幣が現実に資本として使用され、現実にその出発点に復帰することを前提とする。だから、資本としての貨幣の現実の循環運動は、法律的取引――それによれば借手は貸手に貨幣を返通せねばならない――の前提である。」（三巻、三八二〜三・三六二頁）
先の契約には直接含まれてはいないが、しかしその契約の前提になっているものは、百ポンドを資本として機能させれば、平均利潤をあげることができる、ということである。この前提があるから、借手は貸手に利子を付けて貨幣を借りることに同意するのである。したがってこの前提自体が現実化されていなければならないし、これが資本としての貨幣の現実の循環運動として展開されているがゆえに、先の契約も成立しうるのであった。それゆえ、利子支払いの根拠、利子生み資本成立の根拠は、かの法律的取引においては全然表現されることのない、資本の現実的運動にある。このような利子生み資本の形態上の特徴を、マルクスは「外面的な・その内容をなす現実的運動から分離された」ものと現定した。ここで外面的ということの意味は、資本の本性が自已殖する価値であるという場合、この本性を表現するかたち、G・・・G’が、その内容を何ら示さない様式において現象しているということである。利子生み資本の全運動形態が法律的取引を媒介にして、貨幣の貸借関係として現象しているとき、それは資本のG・・・G’という外面的なかたちしか示していないのである。

８．宇野の利子理解
マルクスはこのあと利子の形態的分析に移っている。この利子の形態的分析に対して宇野は多くの語を使って批判しているのであるが、それを検討するための導入として、ここで宇野の利子理解についてみておこう。というのは、マルクスの利子生み資本論のこれまでの展開は同時に利子範疇についての本質的解明を含んでおり、宇野の利子理解と対比することが可能となっているから。
マルクスはこれまでの展開から知れるように、貸付貨幣資本（貨幣信用）を利子生み資本の簡単な形態とみなし、これを分析した。そして貨幤の貸借関係のうちに資本の商品化を見いだした。
これに対して宇野は貨幣の貸借関係ではまだ資本は商品化していないといってマルクスを批判し、また、この関係は産業資本の再生産過程に基礎づけられたものとはいえないので、この観点からすれば、産業資本家の遊休貨幣資本が相互に融通される関係（具体的には商業信用）から出発して利子論を展開すべきとした。そしてこの商業信用が銀行を媒介にして社会化され、銀行信用に転化すると貸付資本（貨幣の貸借）は産業資本から独立化し、ここで資金の商品化が確立するとみた。そして株式の売買に資本の商品化を見、これに「それ自身に利子を生むものとしての資本」と名づけた。
そこでこれらの宇野利子論から宇野の利子理解をとりあげていくと、マルクスにとっては後にみるように、利子は資本の価格として現れることになっているが、宇野の場合、株式にもとづく収入は配当であって利子ではなく、ただこの配当を利子にみたてて、利子率で資本還元した擬制資本にとっての利子というだけのことだから、資本の価格としての利子という現象はここには見いだせず、利子を資本所有にともなう収入として「資本がそれ自身に利子を生む」というように規定することになっている。ここでは利子は神秘化された形で叙述されているだけである。
では利子についての現実的分析がどこで与えられているかといえば、それは、商業信用及び銀行信用で利子を「資金」の価格と把えているところである。
利子の本質を規定するに当って重要なことは、利子率が貸手と借手の間の競争によって決定されるという現象の背後にある内実をつかむことであり、利子が剩余価値の一部分の自立化したものであることを証明することである。そうすることによってはじめて、資本主義的生産が支配的になる以前の高利資本と、それ以降に形成された近代的利子生み資本との間にある本質的相違を示すことができるのである。このことを念頭に置いて検討を進めよう。
宇野は商業信用では「資金の流用から資本力を大し、一定量の資本による剩余価値の生産を進することになるのであって、かかる融通に対してその代価として利子を支払い得ることになる」（『宇野弘蔵著作集』一卷、四六五〜六頁）が、しかしここではまだ利子は「一般的な根拠を与えられることにはならない」(同書、四六六頁) としている。
次に銀行信用の場合では「直接貸付を受けるという場合にもまた資本自身を貸付けられるというのではない。資本として使用し得る資金を貸付けられるのであって、その貸付に対して利子が支払われるのは、この資金によって資本力が進せられ、一定量の自己資本による剰余価値の生産が加せられるからである」（同書、四七〇頁）、「直按の流通過程から遊離し、独立した貨幣が資金としてある場合、それは個人的に消費することも出来れば、また産業資本として資本化することも出来ることはいうまでもないが、これを貨付けて一定期間後に利子を加えて回収すれば貸付資本として、産業資本と別個の資本をなすことになる。資本の社会的再生産過程を基礎にしながら全く別個の資本の運動をなすわけである・・・・資本の社会的再生産過程を基礎にして遊休資金がいつでも資本として、少なくとも追加資本として機能し得るということから、貸付資本化するのであるが、銀行にとっては、資金自身がかかるものとして商品となる。利子はいわばその価値をなすわけであるが、しかし勿論一般の商品のような価値規定を受けるわけにはゆかない。資金の資本化によって生産される剩余価値の一部分を分与せられるものとして需要供給によって決定されるに過ぎない」（同書、四七一〜二頁）としている。
ここで注目しておくべきことは、第一に機能資本家と貨幣資本家を想定して利子論を説きはじめるべきではない、としたことから、利子の根拠が、貸付資本の平均利潤を産むという使用価値に求められず、借り手の自己資本にとっての剩余価値の生産の増加に求められていることであり、第二に、ここでの資本の商品化を否定したことから、貨付けられる貨幣はもちろん資本としても使用されるがそれに限定していないことである。このように『資本論』との相違を述べながらも、「貸付資本に分与せられる利子は、産業資本の剰余価値としての利潤の一部分をなす」（同書、四八五頁）というように、その結論だけは受け入れている。
ところが、宇野のいうように、貸付資本を「資金」の商品化としたり、また、その代価たる利子の根拠を、借り手の自己資本の利潤率の上昇といったことに求めていたのでは、利子が剩余価値の一部分であるということが全然説明できないのである。
宇野が資本の商品化に対置して「資金」の商品化という以上、その使用価値は資本機能に限定されていないことになる。そうするとその価格たる利子を規定するに当り、それを機能資本として使用する場合のみを想定することは許されないはずである。そこで字野は自己資本云々と言っているのだろうが、しかし自己資本にとっての貸付資本にもとづく利潤率の上昇とは、いいかえれば、その貸付資本を機能資本として運動させたことの帰結でしかありえない。だから、宇野は「資金」の商品化というような異をたてていながら、実際には、貸付資本の資本としての使用価値に利子の根換を求めているのであり、資本の価格としての利子という規定を口では否定しながら実際にはその内容を展開しているのである。
商品の価格とはその使用価値の価格である。貨幣は貨幣としての使用価値においては貸借されはするが商品となりえない。というのはその機能が他の全ての商品の共同行為によって与えられたものであるから。だから貨幣が商品化する場合、その商品たる貨幣の使用価値は貨幣としての使用価値ではない。マルクスはこの使用価値を資本機能と見、貨幣の追加的使用価値と規定した。そして貨幣の商品化とはこの貨幣の資本機能という使用価値が商品化しているということだから、それを資本の商品化と規定したのであった。それはともかく、宇野のいうように、貨幣の貨幣としての使用価値が商品として譲渡されるというのなら、貨幣の引き渡しの代価には同じ貨幣額が必要ということになり、取引として成立しないであろう。こうして宇野は、利子の根拠の説明のところでは、資本の商品化のメカニズムにもとづいて利子を説いていながら、資本の商品化は認めないと公言するという、全く珍奇なふるまいをしていることになる。
貨幣の貨幣としての使用価値に価格を設定することは無意味であり、それゆえ「資金」の価格を利子とすることは、資本にではなく、貨幣に利子がつくと主張していることになるが、これは資本を貨幣とみる日常意識の無意識な表出であるということ以上の何ものをも意味してはいない。
そしてそうだとすれば、貸付資本の使用価値にそれを資本として使用する場合を想定して利子の根拠を説くという、言葉と内実との不一致も別におかしいことではなくなる。自分の言葉と実際に展開している内容とが異なることに気付かないという宇野の混乱が、日常意識への無批判的のっかかりにあるということが判明するからである。
こうしたこととは別に、事実上宇野が資本の商品化論を認めて利子を説いているとしても、利子の根拠を自己資本の利潤率の上昇から説いたのでは、それが利潤から分割されたものであることが判然としない、ということにも注意しておく必要がある。宇野のような想定なら貸付資本が産む利潤を超える利子の存在を否定することができないのである。
そこで、宇野からの引用の最後の部分をみてみよう。そこには利子を「資金」の価格と見なしたうえでその「価値規定」について、「資金の資本化によって生産される剩余価値の一部分を分与せられるもの」とある。この規定によれば、利子を規定するに当つては、「資金」とは「資本化」されねばならないものであり、なおかつ、それが資本化されることによって産み出される剩余価値が利子を規定するものであることを認めている。この規定は、宇野のそれまでの「資金」の商品化論や、自己資本の利潤率増大論とは何の関速もなく、それはマルクスが貨幣の貸借を資本の商品化とみなし、機能資本家と貨幣資本家との貨借関係を設定して分析した利子の本質規定をその結論だけとってきたものにすぎない。
このような事態は、宇野独自の利子論が、結局は利子の本質規定を与えられなかったことを告白するものに他ならないといえる。

９．利子の形態規定
利子が利潤の一部分であるというその本質規定が明らかになったことを前提にして、マルクスは利子がとる資本の価格という形態の分析に移る。
「貨幣資本家は、事実上、一つの使用価値を讓渡するのであり、したがって、彼が手放すものは商品として手放されるのである。そしてそのかぎりでは、商品としての商品との類似は完全である。第一に、一方の手から他方の手に移るものは一つの価値である。単純商品、すなわち商品としての商品にあっては、同じ価値が、形態だけを異にして、買手と売手との手にとどまる。彼らはいずれも、従来どおり、彼らが譲渡したのと同じ価値を、前者は商品形態で、後者は貨幣形態で所有する。区別は、貸付のばあいには貨幣資本家だけがこの取引で価値を手放す、ということである。だが彼は、将来の返済によってこの価値を保有する。貸付のばあいには、一方によってのみ価値が手放されるがゆえに、一方によってのみ価値が受けとられる。――第二に、一方の側では現実的使用価値が譲渡され、他方の側ではこれが受けとられて消費される。だがこの使用価値は、普通の商品とは異なり、それじしんが価値――すなわち、資本としての貨幣の使用によって生ずる価値量のうち、その本源的価値量をこえる超過分――である。利潤はこの使用価値である。・・・・
普通の商品の購買者が買うのは、その商品の使用価値であり、彼が支払うのは、その商品の価値である。貨幣の借手が買うのも、貨幣の資本としての使用価値ではあるが、しかし彼は何を支払うか？ほかの商品のばあいとは異なり、商品の価格または価値でないことは確かである。貸手と借手とのあいだでは、買手と売手とのあいだとは異なり、価値が一度は貨幣の形態で実存し、もう一度は商品の形態で実存するというような、価値の形態変換はおこなわれない。手放される価値と回収される価値との同一性は、ここではまったく別の様式であらわれる。価値額たる貨幣が等価なしに手放されて、一定期間後に返還される。貸手は、価値が彼の手から借手の手に移ったのちも、依然として同じ価値の所有者である。単純な商品交換のばあいには貨幣はつねに買手の側にあるが、貸付のばあいには貨幣は売手の側にある。資本の売り手とは、貨幤を一定期間ちゅう手放す人であり、資本の買手とは、資本を商品として受けとる人である。だが、こうしたことが可能なのは、貨幣が資本として機能し、したがって投下されるかぎりでのみである。借手は貨幣を資本として、みずからを増殖する価値として、借りる。だがこれは、あらゆる資本がその出発点・その投下の瞬間・においてそうであるのと同じように、やっと資本自体〔潜勢的資本〕にすぎない。それは、その使用によって初めて、みずからを殖し、みずからを資本として実現する。ところが借手は、それを実現された資本として、つまり、価値プラス剩余価値（利子）として返済せねばならぬのであって、この後者〔利子〕は、彼によって実現された利潤の一部分たりうるにすぎない。」（三巻、三八五〜六・三六四〜五頁）
利子がとる価格という形態を分析するに当って、マルクスは、貸手から借手への貨幣の資本としての使用価値の譲渡を普通の販売と比較している。
貸手は貨幣の資本としての使用価値を譲渡するのだから、この使用価値を讓渡するという点では商品の販売と共通している。ところで商品の販売においては一方の手から他方の手に一つの使用価値が、したがって価値が移されるがそれと同時に他方から同じ価値をもつ別の使用価値が移ってくる。だからここでは商品所有者は価値を讓渡しているわけではない。そこではただ価値がその形態を、つまりは使用価値を変えているだけである。
ところが資本の貸付の場合、最初の取引において貸手は一方的に価値を手放す。そこでは何らの等価を受けとらないが、その代りに将来の返済においてその価値を回収する。
次に、讓渡される使用価値それ自身に、普通の商品とは異なる性格がある。普通の商品の使用価値は買い手の手中で消費されてしまうが、資本としての商品は、自己を剩余をともなって保存するから、その使用価値は利潤である。
ではこの取引において、借り手は貸し手に何を支払うのか。普通の商品販売では購買者はその商品の使用価値を受けとり、その商品の価値を支払う。資本の貸付の場合、借手はその資本自体が保有している価値を支払うわけではない。
「全取引は、前提によれば、貨幣資本家と産業資本家または商業資本家という、二種の資本家のあいだで行なわれる。
けっして忘れてはならぬことは、ここでは資本としての資本が商品であるということ、または、ここで間題となる商品は資本であるということ、である。だから、ここで現象するいっさいの関係は、単純商品の立場からすれば、または資本――その再生産過程で商品資本として機能するかぎりでの資本――の立場からしても不合理であろう。売買でなく貸借であることは、ここでは、商品――資本――の独自な本性から生ずる区別である。ここで支払われるものが利子であって商品の価格でないことも同様である。もし、利子を貨幣資本の価格と名づけようとするならば、それは価格の不合理な形態であって、商品の価格という概念とまったく矛盾する。価格はこの場合には、なんとか使用価値として機能する或るものに支払われる一定の貨幣額だという、純粋に抽象的で無内容な形態に還元されているが、価格の概念にしたがえば、価格は、貨幣で表現されたこの使用価値の価値に等しい。」（三巻、三八七・三六六頁）
利子は貸手から借手に讓渡される商品の、資本という使用価値に対して支払われる代償であるが、これを資本の価格と規定すると、ある使用価値の価値を貨幣で表現したものであるという価格の概念と矛后することになる。とぃうのはこの資本という使用価値はそれ自身で価値をもっているからである。利子はこの価値を貨幣で表現したものではない。
「資本は、その殖によって自らを資本として表明する。その増殖の程度は、資本が資本として自らを実現する量的程度を表現する。資本によって生みだされる剰余価値または利潤――その率または高さ――は、投下資本の価値と比較することによってのみ度量されうる。だから利子生み資本の殖の大小も、利子額、すなわち総利潤のうち利子生み資本に帰属する部分を、投下資本の価値と比較することによってのみ度量されうる。だから、価格が商品の価値を表現するとすれば、利子は、貨幣資本の殖を表現し、したがって、貸手にたいしてその貨幣資本に支払われる価格として現象する」（三巻、三八八・三六七頁）
利子が資本の価格として現象しているにもかかわらず、この現象が価格の概念に矛后しているとすれば、そもそも利子は真実には何を表現しているのか？この問いにマルクスはそれは貨幣資本の殖だとこたえている。貸付の場合貨幣は貸手にあっても資本として機能しなければならないから返済にあたって自己の価値を殖していなければならない。その殖分が利子だから、利子は貨幣資本の殖分を表現しているのだが、この取引においては利子は増殖分としてではなく、貨幣資本の価格として現象するのである。
では本来価格ではないものが価格として現象するのはどういった事情によるのか。
「ここで資本そのものが商品として現象するのは、資本が市場に提供され、資本としての貨幣の使用価値が現実に譲渡されるかぎりにおいてである。だが、資本としての貨幣の使用価値は、利潤を生みだすということである。資本としての貨幣または商品の価値は、貨幣または商品としてのそれらの価値によっては規定されないで、それらが所有者のために生産する剩余価値の分量によって規定されている。・・・・・
さらに、資本が商品として現象するのは、利子と本来的利潤とへの利潤の分割が、商品の市場価格とまったく同じように、需要供給によって、つまり競争によって調整されるかぎりにおいてである。だが、ここでは、類似と同じように区別も明確にあらわれる。需要と供給とが一致すれば、商品の市場価格は生産価格と一致する。すなわち商品の価格は、そのばあいには、資本制的生産の内在的諸法則によって規制されるもの、競争とは係わりのないもの、として現象する。・・・・だが、貨幣資本の利子については異なる。このばあいには、競争が法則からの諸背離を規定するのではなく、競争によって与えられる法則いがいには何らの分割法則も実存しない。」（三巻、三八九〜九〇・三六七〜九頁）
利子率については次章で詳しく展開されている。ここでは資本が市場に登場して、資本としての貨幣の使用価値が譲渡されていること、そして、利子率が商品の価格決定と同様に、貸手、借手によって行なわれる競争で決定されること、が貨幣の貸借に資本の商品化という現象を与えるのであるということだけを確認しておこう。
さて、このようにみごとに展開されているマルクスの資本の商品化論に対し、宇野がどのような批判を試みたかを次にみてみよう。

10．宇野による商品化論への批判
宇野が最初にマルクスの資本の商品化論を批判したのは『経済原論』下卷の注においてであった。
「なお貨付資本は、これもまた後に明らかにするように資本を貸付けるものとして資本なのではない。いつでも資本として機能し得る貨幤を貸付けるということは、それ自身資本を貸付けるわけではない。貨幣を貸付けることが、そしてそれによって利子を得ることが、かかる貨幣の所有者にその貨幣を資本たらしめるのである。したがってその貸付に対して得られる利子は『資本の価値』ではなく、貨幣の一定期間の使用に対する対価に過ぎない。ここでは貨幣自身が商品となるのであって、なお資本が商品となるのではない。この点マルクスの説くところと異なるが、ここでは単にその点を指摘するにとどめておく。」（『宇野弘蔵著作集』一卷、二五九頁）
「マルクスは貨付資本においてすでに資本が商品となるように説いているが、私はここではなお資本は商品化してはいないものと理解している。株券や土地が一定の利子を生むものとして、擬制資本化されるとき始めて資本は商品化されて売買される。その価値は後に述べるように利子をもって資本還元されたものではあるが、利子自身ではない。」（同書、四七二頁）
ここでの宇野の主張をさらに展開したものに「資金論」がある。この見解は後に『経済学方法論』で撤回されているのではあるが、字野の間題意識がどこにあるかがよくわかるので、次にみておこう。字野は貸手Aと借手Bを設定した上で述べてぃる。
「Aの手において貨幣は、G・・・G’の内に価値殖をなし、それ自身資本の運動をなすのであるが、しかしAは、Bに対してその資本自身を売ったわけではない。AにおけるG・・・・G’の運動と、BにおけるG―W―G’の運動とは、前者があって後者があり、後者を基礎にして前者があるといった関係ではあるが、直接的に連関した資本の運動をなすものとはいえない。資本としてはAにあってはG・・・・G’として、BにおいてはG―W―G’としてあり、それぞれ特殊の存在をなすのであって、Aの資本がBに委譲されるのではない。A の所有する貨幣を資金としてBに貸付けることが、Aにとってはその資金を資本として投ずることになる。資本はAからBの手に移るというような形で運動するものではない。」（同書四卷、一九〇頁）
この「資金論」の内容を補足として、先の注の部分を見ると、宇野がマルクスを批判した理由がわかる。それは貸手にとっての資本、利子を生むものとしての資本が貸付けられるのではなく、貨幣を貸付けるのだから、貸手から借手への資本の移動はなく、こうして、貨幣の貸借を資本の商品化とはみなせない、というのである。
だがAの手中でのG・・・・G’とBの手中でのG―W―G’とを、「直接的に連関した資本の運動」と見ないのでは、利子や利子生み資本について何も解明しえないことになる。まず、Bの手中でG―W―G’の運動を展開している資本の所有者は他ならぬAであり、Aが貸付けることが出来るのも、資本がBの手中でG―W―G’というように自己を殖して還流するからであった。だからAの資本をBの手中での資本の運動と切りはなしてしまえば、Aの資本が資本たりうる根拠を捨ててしまうことになる。このような字野の見解は文字通り、利子生み資本が「外面的な・媒介的循環から分離された・復帰形態」をもつことに目をうばわれてその現実的運動を見失なったものといえよう。
ところで『経済学方法論』では、この「資金論」での内容を撤回しながらも、マルクスの資本の商品化論に対しては別の角度からの批判を展開している。
宇野はそこで、マルクスが設定した貨幣の貸借を「利子付資本１」と呼び、ついで自己の「資金」論の立場から「産業資本の循環運動中に必ず生ずる遊休貨幣資本が、銀行資本の媒介によって資金として他の産業資本に融通され」(同書、九巻、二五二頁)るいわゆる銀行信用の場合の貨幣の貸借を「利子付資本２」と呼んで両者を区別した上で、マルクス批判を展開している。
「利子付資本１にあっては、貸手は、『自分の貨幣を利子付資本として価値殖しようとする貨幣所有者』である。彼自身の手にあっては、なお、その貨幣は『資本』の運動をなしているわけではない。借手の手にあって始めて『資本』として運動し、その運動に直接に結合されて、（ここで宇野は前説を撤回している――筆者）その貨幣は貸手にとっても『資本』とせられるのである。・・・・・ここでは貨幣が『資本』として貸手から借手に渡されるものといってもよいであろう。しかしその関係は、この貨幣を『資本として商品となす』というには適当ではない。貸手と借手との関係は、商品の売買以上のものといってよいであろう。ところがマルクスは、この関係をも特殊の商品の売買関係となすのである。」（同書、二五三〜四頁）
「マルクスは、ここでは貨幣を資本として『商品』としながら、実は『資本としての使用価値』を有する貨幣の貸借関係をもって一般商品の売買と比較しているのであって、むしろ何故にこの場合の貸借関係に、資本を商品とする売買関係を想定しなければならないか、が問題であるといってよい。」（同書、二五五頁）
「ここで『資本という商品』とせられるものは、実は『資本としての貨幣の使用価値』にすぎない。・・・・・・ここでも『資本』として使用せられうる貨幣が直ちに『資本という商品』にせられているのである。そしてその使用価値が『平均利潤を産む能力』とせられるのであるから、利潤の一部分をなすにすぎない利子をその代価とするわけにはゆかなくなる。貸手と借手の関係は、商品の売買関係ではないのである。」(同書、二五六〜七頁)
このように宇野は今度は貨幣の貸借、「利子付資本１」は、貸借関係であって商品の売買関係ではない、といってマルクスを批判することになった。しかしこの批判は全然批判にはなっていない。というのはマルクスは、貸借関係が売買関係であるといったことを主張しているのではなく、貸借関係が資本の商品化という現象をもたらすこと、そしてこの資本の商品化が普通の商品の売買とどの点で類似し、どの点で異なるかを分析しているのだから。したがってこの意味をなさない批判内容をとりのぞくと、あとには資本として使用せられうる貨幣、資本としての貨幣の使用価値の商品化を、資本とぃう商品とはみなせないという主張だけが残る。
讓渡される使用価値が商品体をなしているのだから、資本として使用されるものとしての貨幣の貸付において借り手に讓渡されるものは、その貨幣の資本としての使用価値であり、それゆえこの使用価値、つまりは資本がここで商品化している、ということを認めないことが結局のところ宇野には引くに引けない最後の一線になったのである。ところがこのような最後の一線を引いたことによって、字野は奇妙な商品論を展開するはめになった。宇野は「利子付資本２」の場合における貨幣の貸借は、貸借関係ではあるが、そこで貨幣（「資金」）は商品化しているといっている。
「ところが先にあげた利子付資本２にあっては、貸手と借手との関係は単なる貸借関係ではない。それは売買関係としてあらわれる貸借関係である。貸手は、貨幣を借手に譲渡して、一定期間の後に返還されるのであって、その点ではたしかに貸借関係であるが、しかしこの貨幣は一定期間は自由に使用されうるものとしていわゆる資金をなし、その使用価値が一定の代価をもって借手に売却されるのである。それは『貨幣』を商品として売買するものといってよい。利子はその価値あるいは価格をなすわけである。もちろんここでいう『商品』とか、『価値』『価格』とかいうのは、本来の意味でいうのではない。しかしこの貸借関係は、商品売買と同様にして行なわれる。その点は、利子付資本１の貸借関係と対比すれば明らかである。まず第一に、ここで売買される商品としての貨幣は、利子付資本?におけるように、一般的に『資本としての使用価値』――『平均利潤を産む能力』――を有するものとしてではない。貸手にとっては、遊休貨幣資本としてあるのであって、自らはそれをさらに資本として使用するわけにはゆかない。したがってまた借手にとってもそれだけでは資本となすことはできない。自己の資本の運動を補助する貨幣として、資本力を進することになるのである。次に、それは商品としては当然のことであるが、その使用価値が一般に何人にも、商品の買入れ、あるいは支払いに、自由に使用しえられる貨幣として商品とせられるのであって、買手としての借手の手において如何ように使用せられるかによって、例えば資本として特定の商品の買入れに充てられるか、あるいは、単なる支払いに充てられるか、によってその使用価値を決定されるものではない。銀行を通して多くの売手と買手との間に自由に売買される商品とせられるのも、そのためである。実際また利子付資本１のように、その使用価値が『平均利潤を産む能力』であるという商品の代価が、利潤の一部分たる利子であるというような不合理な関係を有するものではない。」（同書、二五七頁）、
末尾のところで宇野は、資本の商品化とみなす場合、平均利潤を産む能力という使用価値の代価がその一部分たる利子となるのは不合理だといっている。このような見解は価値の大きさをその使用価値の効用から説明する見地に陥いっていることを示している。貨幣の使用価値が、この場合資本機能の結果たる平均利潤という価値額であらわれるために、それと利子との間の不一致を「不合理」とみることになったのであろうが、これは使用価値が価値（資本）であることから、それをこの使用価値がもつべき価格を規定するかの如く錯覚をおかしたのであろう。このような商品論を展開するはめに陥いるほど混乱してしまっていることこそ、宇野の批判が的はずれであったことを示しているといえよう。
さらにもっと重要なことは、宇野が「利子付資本２」に関しては銀行信用と規定しておきながら、現実には商業信用における機能資本家相互間での貸手と借手の関係をそこに横すべりさせていることである。
銀行信用の場合、貸手は銀行である。銀行に預金をしている機能資本家の遊休貨幣資本が現実には貨付けられるとしても、この場合預金者は必ずしも貸手にはならない。なぜなら、その機能資本家は、銀行に貸付を委託しているとはかぎらないからである。
マルクスが後で（第二五章）述べているように、銀行が自由にする貸付可能資本は二様の仕方で銀行に流れ込む。一方では機能資本家の遊休貨幣資本が、他方では銀行に貸付を委託する貨幣資本家たちの預金が。銀行制度が発達し、銀行が預金に利子をつけるようになればあらゆる階級の貯えや一時不要な貨幣が預金されることになるが、これは本来の貨幣資本家と借手との間を銀行が媒介するという機能とは区別されたものである。
宇野のように銀行を媒介機関と考え、預金者を貸手としてよいのは、貨幣資本家（利子収入で生活できる程の貨幣を所有している人々）の場合であって、機能資本家が預金者である場合、一般にこれを貸手とみなすわけにはいかないのである。だから宇野の想定している「利子付資本２」なるものは理論的混乱の産物である。
何故宇野が銀行信用（それも手形割引ではなく、貨幣貸付）を設定しながら銀行を単なる媒介者として捨象し、機能資本家どうしの貸借関係に還元してしまったかといえば、それは貨幣資本家範疇を「原理論」レベルでは不純な要素として排除し、機能資本が再生産過程で必然的に産みだす遊体貨幣資本の貨借関係のみを論じるべきという方法に立っているからであった。
そもそも商業信用においても、遊休貨幣資本の相互融通という規定は誤っており、それは商品の姿態変換を媒介するのだから、その成否は再生産過程の還流にかかっており、これが円滑であれば、遊休貨幣資本は必要ではない（下平尾勲『貨幣と信用』、一六五頁）。またそれが商品形態にある価値を貸付けることからしても、遊体貨幣資本とは直接の関係がないことは明らかである。
だから遊休貨幣資本の相互融通という想定はむしろ宇野にあっては、この「利子付資本２」の如きものを想定したことの帰結かも知れないが、銀行信用をこのような機械的抽象によって機能資本家どうしの貸借関係に解消してしまえば、利子生み資本の一源泉とその借手との関係ということになってしまって、肝心の利子生み資本の運動はそこから消去されてしまうことにならざるをえないのである。
自分の手で利子生み資本の運動を消去しておいて、そこに資本の商品化がみられない、と言っているのがここでの宇野のふるまいなのである。機能資本家は遊休貨幣資本を預金する場合は預金金利すら期待しない当座預金をまず開設するが、ここではこの預金が利子生み資本として殖させるためのものではないことは明らかであるし、資本の貸付を意図する場合、銀行預金を選ばない。
それはともかく、貨幣資本家範疇を排除したために結局利子生み資本、利子について規定しえなかったばかりか、銀行信用に関しても混乱した、現実とは何の関連もない説を展関するはめに陥ったのである。
宇野の銀行論には商業信用の社会化論があるのみで、貨幣取扱業（これぬきに当座預金は理解しえない）及び利子生み資本の管理者として貸手と借手を集中し、社会的資本を代表するという契機は無視されているが、このことが珍寄な「利子付資本?」を展開させるにいたった違因であろう。・
とはいえその直接の原因はマルクスの資本の商品化論を、商品の使用価値は売り手にとっての使用価値であってはならないという観点から（宇野は貸手にとっての利子を生む資本、としての貨幣の資本としての使用価値と、それが借手に譲渡される際の平均利潤を産む資本という使用価値を、同じ資本という用語に幻惑されて区別しえず、資本の商品化とマルクスがいう場合、この使用価値としての資本は貸手にとっても使用価値となっているので商品化とはみなせない、といった見当違いの批判をもっている）批判しようとし、「利子付資本?にあっては、貸出す側にとっても『資本』をなすものには相違ないが、それは貸手の手にある資本の一時的形態として遊休貨幣資本をなすものであって、貸手にとっては、そのままでは『剩余価値、利潤を作り出すという使用価値を有する』ものではない。それだからこそ貸出されるのである」（同書、二五二頁）といったことをどうしてもあげる必要があり、それゆえ貸手は銀行であっては困る、ということにあるといえよう。
こうして宇野の批判は全然成功していない。引用した部分には他にも多くの誤りがあるが、言及するのは避けよう。あとに残るものは、株式擬制資本がはたして資本の商品化たりうるのかどうか、という問題であるが、この検討は後の楽しみにとっておくことにしよう。

第二章　利潤の分割。利子率及び利子と企業者利得

１．利潤率と利子率
マルクスは第二二章のテーマにっいて「利子生み資本の自立的姿態と、利潤にたいする利子の自立化とを展開するだけにしよう」（三巻、三九一・三七〇頁）と述べているが、これらは次章以後で述べられており、この章では利潤率と利子率との関係、利子率の決まり方が分析されるにとどまっている。
利子は利潤から支払われるものだから、その最高限度は利潤そのものであり、詳しくは利潤から機能資本家の監督賃をさしひいたものであり、その最低限界はぜんぜん規定されえない。
利子は平均利潤と関速しているが、しかし貨幣資本家と機能資本家との間に分配されるべき利潤の大いさを規定する事情と、この利潤の分配を規定する事情とははなはだしく異なる、と展開した上でマルクスは例をあげている。
「近代的産業がそのうちで運動する回転循環――静止状態、活気の大、繁栄、過剰生産、破局、停滞、静止状態、などという、その詳しい分析はわれわれの考察圈外に属する循環――を考察してみれば、ひとは、たいてい、繁栄または特別利潤の時代には利子の低位が照応し、繁栄とその急転との分かれめには利子の昂騰が照応し、恐流には極端な高利程度におよぶ利子の最高限が照応する、ということを見いだすであろう。」（三巻、三九四・三七二頁）
しかしまた他方では、利子の低落が沈滞と並行し、利子のほどほどな昂騰が活気の大と並行することもありうると指指したあと、マルクスは利子率が利潤率の動揺にはまったく係りなく低落する傾向について、二つの主要原因をあげている。
ひとつは資本主義的生産が貨幣資本家＝金利生活者階般を大させる傾向をもつ、ということであり、もう一つは信用制度の発展につれて, すべての階級の貯蓄貨幣が銀行の手によって貸付資本として集中されることである。 '
このように利子率変動の要因をあげたり、その傾向を知ることはできるが、「一国で支配的に行なわれる平均利子率――たえず動揺する市場率と区別しての――は、まったく何らの法則によっても規定されえないものである」（三巻、三九六・三七四頁）としたマルクスは、その理由について次のように述べている。
「利子は平均利潤の一部分にすぎない。同一資本が二重の規定において現象する、――貸手の手では貸付可能資本として、機能資本家の手では産業資本または商業資本として。だが、それが機能するのは一度きりであり、みずから利潤を生産するのは一度きりである。生産過程そのものにおいては、貸付可能資本としての資本の性格は何らの役割も演じない。この両者〔貸付資本家と機能資本家〕がこの利潤をどんなに分配し、この利潤に対してどんな請求権をもつかは、絶対的に、――ある会社事業の共同利潤の百分比的分前がさまざまな出資者間に分割されることと同様に――純経験的な・偶然の領域に属する・事実である。利潤率規定の本質的基礎たる剰余価値と労賃との分割にあっては、二つのまったく相異なる要素である労働力と資本とが規定的に作用する。相互に限界づけあうものは二つの独立可変量の函数である。そして、それらの質的区別から、生産された価値の量的分割が生ずる。地代と利潤とへの剩余価値の分割でも同じことが生ずるということは、後に見るであろう。利子のばあいには何らこうしたことは生じない。このばあいには、やがて見るであろうように、逆に質的区別づけが、同じ剰余価値部分の純粋に量的な分割から生ずる。」（三巻、三九八・三七六〜七頁）
このあとマルクスは、平均利子率を想定する法則がないのに利子率がその時々に明確な数字であらわされること、他方平均利潤率の方はそれを規定する法則があるのに、平均利潤が明確な数字となってあらわれてこないことの原因について色々と述べている。
ここでは「一般的利潤率はつねに、特殊的諸利潤率の均等化の傾向・運動・としてのみ実存」（三巻、四〇〇・三七九頁）し、かつその運動は漸次的な資本の移動としてなされるのに対し、利子率は競争が商品売買の形態を通じてなされるので、一挙同時的にその決定がなされること、「一般的利潤率は事実上、（一）、総資本によって生産される剰余価値により、(二)、この剩余価値が総資本の価値にたいする比率により、および(三)、競争――といっても、ただそれが、特殊的生産諸部面に投下された諸資本がそれらの相対的大いさに比例して右の剩余価値のうちから同等な配当をひき出そうとする運動であるかぎりでの競争――によって規定されている。だから一般的利潤率は、事実上、その規定を、需要供給の関係によって直接的かつ無媒介的に規定される市場利子率とはまったく異なる・はるかに複雑な諸原因から汲みだすのであり、したがって、利子歩合がそうであるような、明白な与えられた事実ではない」（三巻、四〇一・三八〇頁）ということを確認しておくことが必要である。
マルクスは平均利潤率が明確な数字としてあらわれないのに利子率の方は数字となっている原因について、さらに利子生み資本の特質から次のように興味のある展開を行なっている。
「貨幣市場では、貸手と借手とだけが対立する。商品は貨幣という同一形態を有する。資本が特殊的な生産＝または流通部面に投下されるに応じてとるあらゆる特殊的姿態は、ここでは消滅している。資本はここでは、自立的価値・貨幤という、無差別で自己同等な姿態で実存する。特殊的諸部面間の競争は、ここでは見られない。すべての部面は貨幣の借手として総括されており、資本はすべての部面にたいし、どんな仕方様式で充用されてもかまわないような形態で対立している。産業資本が特殊的諸部面間の運動および競争においてのみ現象するものとして、〔資本家〕階級の即自的に共同的な資本として、資本はここでは、現実に、重圧的に、資本の需要および供給において登場する。他面、貨幣市場にある貨幣資本は、それが共同的要素――その特殊的充用には係わりのない――として様々な部面間・資本家階級間・に各特殊的部面の生産要求に応じて配分されるような姿態を、現実にとっている。そのうえ、さらに、大工業の発展につれて、貸幣資本はますます、それが市場に現われるかぎりでは、個々の資本家すなわち市場にある資本のあれこれの分数部分の所有者によっては代表されなくなって、現実的生産とはまったく異なり、社会的資本を代表する銀行業者たちの統制下におかれている集積され組識された大量として登場する。したがって、需要の形態にかんしては、貸付可能資本にたいし一階級の重圧が対応するのと同様に、供給にかんしても、それじしん、貸付資本の大量として登場する。」（三巻、四〇二〜三・三一八頁）
この内容は後に信用制度について研究する際に詳しく検討されるべきである。

２．宇野の利子率論
利子の本質についてマルクスと異なる見解をとなえた宇野は、利子率の決定についても異論を述べている。マルクスが利子を利潤の一部分としながらも、利潤のうちいくらが利子となるかは、機能資本家と貨幣資本家との間の競争によって決り、その際にこの競争は純粋に偶然的なもので、利子率決定を規制するような法則性は見出せない、としたことに対し、宇野は利潤率と利子率との間に何らかの因果関係を求めうるのではないかとしている。
そもそも宇野の想定によれば、利子率は、産業資本家の遊休貨幣資本が「資金」として相互に融通される（銀行を媒介として）貨幣市場で決定されるものであるが、このように産業資本の再生産過程のうちに必然的に発生する遊休貨幣資本の貸借から利子率を規定するとすれば、利子率の決定に対して、「産業資本の『諸部面』への適当なる配分を補足するものとして、いい換えれば利潤率の均等化を補足するものとして、遊休貨幣資本が資金として商品化し、それに対する需要供給による利子率を形成する、というように考えざるをえなくなる」（『宇野弘蔵著作集』四卷、二四六頁）と宇野は主張している。
産業資本の利潤率の均等化は、特殊諸部面間の運動と競争によって実現されるが、しかしそこには常に不均等が残るので、「資本は、産業資本の再生産過程に必然的に発生する遊休貨幣資本を、一時的資金として――したがって資本の移動とか、あるいは投資、引上げとしてではなく――互いに融通するという機構によってもその不均等をできうる限り均等化しようとする」（同書、二四七頁）というわけである。つまり「比較的に高い利潤率を有する産業部門が、新たなる資本の他の部門からの移動乃至新たなる蓄積による投下をまたないで、他の産業資本の遊休資金を利用して商品の生産を加し、その供給を需要に一致せしめる」（同書、二四八頁）といったことが念頭におかれているのである。
利子率の決定についてこのように考えているので、宇野は「利子率の決定が単に『偶然的な、純経験的な』るものであるということにはならない」（同書、二五七頁）といってマルクスを批判しているが、しかし自らそれにかわる法則性を解明しえているわけではない。
宇野は利子率の決定に関しては、利潤率が不均等という前提があれば、「利子率はそういう資本利潤の均等化の資本家的補助機構としての貨幣市場において決定される。したがってそれはその前提となる利潤率の不均等によって決定される」（同書、二五七頁）が、しかしこの前提がなければ、「利子率は流通資本の生産資本化による、より多くの剩余価値の生産として――賃銀騰貴による制限を受けつつも――単なる流通費用の節約といってもよい」（同書、二五七頁）とし、結論的には「利潤論の展開に際しては、理論的には一応は資本の移動によって利潤率の均等化が実現されるものとして解明するほかはないのであるが、利子論ではそれに対応して流通費用の飾約による利潤率の上昇を追求しつつ、なお残存する利潤率の不均等を均等化するものとして、はじめて利子の存在根拠が明らかにされる」（同書、二五七頁）と主張するにとどまっている。
この宇野利子率論の批判についてはあとでとりあげる宇野商業資本論批判のところで試みることにしよう。

３．総利潤の質的分割――利子の確立
つぎに第二三章にうつろう。これまでマルクスは利子を貸付資本を借りて事業を営む資本家が、貸手に支払わねばならないものであり、それは利潤の一部分をなすものと想定してきた。機能資本家が自己資本だけを充用するなら彼は他人に利子を支払う必要はなく、彼がその資本を貨付けに回さない限りは彼は利子率の決定のための競争はしないから、この点をみても「利子という範疇――利子歩合の規定なしにはありえない――が産業資本自体の運動と無縁なことがわかる。・・・・・利潤の一部分を利子に転形するもの、総じて利子という範疇を創造するものは、事実上、貨幣資本家と産業資本家とへの資本家の分裂だけである。また利子歩合を創造するものは、この二種類の資本家間の競争だけである。」（三巻、四〇四・三八三頁）
ところが現実には、自己資本のみを充用する資本家にあっても、総利潤の一部分を利子とみなしている。だからここでは総利潤の一部分を利子とすることが、単に貸付資本の借入に対して利子を払わねばならないという量的分割から、質的分割に転化しているとみなければならない。マルクスは「純利潤と利子とへのこの純粋に量的な利潤分割が、質的分割に転変するということは、どうして生ずるか？いいかえれば、自己資本だけを充用して借受資本を充用しない資本家も、じぶんの総利潤の一部分を利子という特殊的範疇に入れ、またかかるものとして特殊的に計算するということが、どうして生ずるか？したがって、さらに、すべての資本が――借受資本であってもなくても――利子生み資本として、純利潤をもたらす資本としての自分じしんから区別されるということが、どうして生ずるか？」（三巻、四〇六・三八五頁）というように問題を提出している。
この問題を解くために、マルクスは再度、貨幣資本家と機能資本家との間の貨幣の貸借に立ちかえる。但し、先の例よりも条件をかえて。
「機能資本家はここでは、資本の非所有者だと想定されている。資本所有は、彼にたいし、貸手たる貨幣資本家によって代表されている。だから、彼が貨幣資本家に支払う利子は、総利潤のうち、資本所有としての資本所有に帰属する部分として現象する。これに対立して、利潤のうち能動的資本家に婦属する部分は、いまや、企業者利得――もっぱら、彼が再生産過程で資本をもって遂行する操作または機能から、したがって特に彼が企業者として産業または商業において果たす機能から、発生する企業者利得――として現象する。だから、彼にたいし、利子は、たんなる資本所有の――資本が『労働』せず機能しないかぎりにおいて、再生産過程から抽象された資本自体の――果実として現象するが、企業者利得の方は、彼にたいし、もっぱら彼が資本をもって果たす機能の果実として、資本の運動および過程的作用――彼にたいし、いまや、貨幣資本家の不活動・生産過程への不参加・と対立する彼独自の活動として現象する過程的作用――の果実として、現象する。利子は、資本自体・生産過程を度外視した資本所有・の果実であって、企業者利得は、過程しつつある・生産過程で作用しつつある・資本の果実であり、したがって資本充用者が再生産過程で演ずる能動的役割の果実であるという、総利潤の両部分のこの質的分割は、けっして、一方では貨幣資本家、他方では産業資本家の、たんなる主観的見解ではない。それは客観的事実にもとづく。というのは、利子は、貸手たる貨幣資本家――彼は単なる資本所有者であり、したがって、生産過程以前に生産過程の外部で単なる資本所有を代表する――の手もとに流れてゆき、企業者利得は、資本の非所有者たる単に機能しつつある資本家の手もとに流れてゆくからである。」（三巻、四〇八〜九・三八七〜八頁）
資本の所有にもとづいて利子があり、資本家としての再生産過程での機能にもとづいて企業者利得がある、というように、利子が借りた資本とは無関係に現象すること、このことをマルクスは質的分割――つまりは異なる役割による利潤の分割、――と呼んだ。この質的分割が自己資本のみを充用する資本家にとってはどのようにあらわれるかを分析したのち、マルクスは利子の確定を主張した。
「自己資本をもって作業する資本家も、借受資本をもって作業する資本家と同じように,自分の総利潤を、自分じしんに対する自分じしんの資本の貸手たる所有者としての彼に属する利子と、能動的・機能的資本家としての彼に属する企業者利得とに、分割する。かくして、資本家が現実に〔総利潤を〕他の一資本家と分けねばならぬか否かは、質的分割としてのこの分割にとってはどうでもよくなる。資本の充用者は、自己資本をもって作業しても、二つの人格に――単なる資本所有者と資本充用者とに――分裂する。彼の資本そのものは、そのもたらす利潤範疇にかんして、即自的に利子をもたらす資本所有・生産過程外の資本と、過程的資本として企業者利得をもたらす生産過程内の資本とに、分裂する。
そこで、利子が確定するのであって、利子はもはや、たまたま産業資本家が他人の資本で作業するばあいにのみ生ずるような、生産と無関係な総利潤の分割としては現われない。産業家が自己資本をもって作業するばあいでも、彼の利潤は利子と企業者利得とに分裂する。かようにして、たんに量的な分割が質的分割となる。これは、産業家がじぶんの資本の所有者であるか非所有者であるかという偶然的事情には係わりなく生ずる。利子と企業者所得とは、相異なる人物に分配される利潤の分前であるばかりでなく、二つの相異なる利潤範疇――資本にたいして相異なる関係に立ち、したがって資本の相異なる規定性にたぃする関係に立つ、二つの相異なる利潤範疇――である。」（三巻、四〇九〜一〇・三八八〜九頁）
こうしてここでわれわれははじめて、資本所有にもとづく利子、という利子の現実の形態にたどりついた。ところで利子が確定すると今度は利潤の他方の部分はどのような形態を受けとるのだろうか。

４．企業者利得
企業者利得が再生産過程での資本家の機能にもとづく所得として現れることは、それが資本家の労働者としての機能にもとづくという考えを生みだすこととなった。「彼の頭の中では、つぎのような考え、すなわち、彼の企業者利得は、――賃労働にたいし何らかの対立をなすものであり、他人の不払労働に他ならぬものであるどころか、――むしろそれ自身、労賃であり、監督賃であり、労働の監督にたいする賃金であって、この賃金が普通の賃労働者のそれよりも高いのは、（一）、その労働が複雑労働だからであり、(二)、彼が自分じしんに労賃を支払うからである、という考えが生ずる。」（三巻、四一五・三九三頁）
企業者利得を論じるに当り、マルクスはこのイデオロギーが現実の資本主義的生産の発展によって根拠のないものになりつつあることを示そうとした。その際まずマルクスは、このイデオロギーが生じる現実的土台を明らかにすることからはじめている。
「利子自体は、まさに、労働諸条件が資本として・労働にたいするその社会的対立において、また労働に対立し労働を支配する個人的諸力に転化せるものとして、定在することを表現する。利子は、他人の労働の生産物を取得する手段としての単なる資本所有を表示する。だが利子は、資本のこの性格を、生産過程の外部で資本に属してこの生産過程そのものの独自的・資本制的規定性の成果では決してないものとして表示する。利子はこれを、労働にたいする直接的対立においてではなく、むしろ逆に、労働とは無関係に、一資本家が他の資本家にたいする単なる関係として表示する。つまり、労働そのものにたいする資本の関係にとっては外面的でどうでもよい規定として。だから、利潤の特殊的姿態たる利子において資本の対立的性格は一つの自立的表現をとる、――自立的表現をとるといっても、この自立的表現においては、この対立はそこでは完全に消減しており、すっかり捨象されることになるのだが。利子は、資本家と労働者とのあいだのではなく、二人の資本家のあいだの一関係である。
他面、この利子形態は他の利潤部分にたいして、企業者利得という、さらに監督賃という、質的形態を与える。資本家が資本家として果たすべき特殊的機能、まさに労働者と区別され対立する資本家に属する特殊的機能が、たんなる労働機能として表示される。彼が剩余価値を創造するのは、彼が資本家として労働するからではなく、彼――資本家としての彼の属性はしばらくおき――もまた労働するからである。だから、この剰余価値部分は、けっして剰余価値ではなく、その反対物であり、遂行された労働の等価である。資本の疎外された性格、労働にたいする資本の対立は、現実的搾取過程のかなた、すなわち利子生み資本のうちに移されるのであり、かくして、この搾取過程そのものは、たんなる労働過程――そこでは機能資本家は労働者と違った労働をするにすぎない――として現象する。したがって、搾取する労働と搾取される労働とは、いずれも労働として、同一物である。搾取するという労働は、搾取される労働と同じように労働である。利子には資本の社会的形態――といっても、中立不偏的形態で表現された――が帰属し、企業者利得には資本の経済的機能――といっても、この機能の規定された・資本制的な・性格を捨象された――が帰属する。」（三巻、四一七〜八・三九五〜六頁）
この搾取する労働、資本家の労働はさしあたって、指揮および監督という労働である。この労働は労働が社会的に結合されるや不可欠のものとなる。だがこの労働は階級社会では二重性格をもつ。あらゆる結合された社会的労働の本性から生ずる特殊的機能の他に、直接的生産者としての労働者を生産手段の所有者が支配するという機能が加わる。
この労働は資本主義的生産の発展につれて、資本の所有から分離された管理人によってなされるようになり、この管理人の奉給は、搾取する労働に対するものとして、利潤の不可欠な部分を構成する。
先にみた資本家も労働者であるという意味での資本家の労働に対し、「彼がこの労働にたいして要求し取得する賃金は、取得した他人の労働量にちょうど等しく、搾取という必要な骨おりを彼が引きうけるかぎり、この労働の搾取度に直接に依存するのであって、彼がこの搾取に要費する努力――これを彼は、相当の支払をして管理人に転嫁することができる――の程度には依存しない」（三巻、四二三・四〇一頁）ということがわかる。
マルクスは、管理賃と企業者利得とが必ず分離してあらわれる企業形態として、労働者の協同組合工場と資本主義的株式企業とをあげている。株式企業は信用制度につれて発達するが、そこでは次のような事態が起こる。
「一方では、資本の単なる所有者たる貨幣資本家に機能資本家が対応し、信用の発展につれてこの貨幣資本そのものが社会的性格をおび、銀行に集積され、そして銀行から――もはやその直接的所有者からでなく――貸出されることによって、しかも他方では、いかなる名義のもとでも――借りたものであろうとなかろうと――資本を占有しない単なる管理人が、機能資本家そのものに属するあらゆる現実的機能をおこなうことによって、残るのはただ機能者だけとなり、資本家は余計な人物として生産過程から消減する。」（三巻、四二四・四〇一頁）
生産過程から機能資本家個人が消減したとしても、機能資本家範疇は消減しはしない。資本家が社会化され集団化されるだけである。株式企業では管理人の奉給は総利潤から支払われることにそれはあらわれている。他方で、「ブルジョアジーの側では株式企業が発展するにつれて、企業者利得を管理賃と混同するための最後の口実も足もとから奪いさられて、利潤は実践的にも、理論的に否定できないものとして、すなわち単なる剰余価値――それにたいし何らの等価も支払われていない価値、実現された不払労働――として現象」（三巻、四二五・四〇三頁）するようになる。

５．宇野の質的分割論
宇野はマルクスを批判して、貨幣資本家と機能資本家との間の貨幣の貸借を想定して利子論を説くべきではない、と主張したので、利子と企業者利得とへの利潤の質的分割をマルクスとは別様に説くことをせまられた。
この利潤の質的分割をもたらすものとして宇野が注目したものが、商業資本に他ならなかった。彼の商業資本論は利子論のなかにとり込まれ、「資金」論と「それ自身に利子を生むものとしての資本」論とを橋渡しする位置におかれている。
宇野が提起した商業資本論に対しては多くの論争がなされたが、ここではそれらにはふれず、利子論とのかかわりに関して宇野自身の説を検討するにとどめよう。
商業資本が利潤の質的分割をもたらすということを宇野は次のように展開してぃる。
「商業資本がその専門的に分担する流通過程も産業資本の再生産過程の一段階に過ぎない限り、その回転も社会的総資本の――消費過程を含む――総再生産過程の運動によって終局的には決定され、商業資本も総資本の一部分として剰余価値の利潤としての分配にあずかるに過ぎないのであるが, しかし直接に剰余価値の生産にあたるのでなく、そのいわば資本家的活動による実現を担当するものとして、その利潤はあたかも商業資本家自身の活動によって得られるもののような外観を伴って来る。・・・・・・それと同時に産業資本の資本力の進にあずかるものとして貸付資本に分与せられた剩余価値の一部としての利子は、ここにおいてまた新たなる規定を与えられる。利潤が資本家的活動によって得られるものとなれば、利子は資本の所有自身によって得られるものとならざるを得ない。」(『宇野弘蔵著作集』一巻、五〇五貢)
この内容は「商業資本の倒錯性」として、宇野が総利潤の質的分割を説くさいの前提的なものとして述べたものだが、ここでの宇野の設定は、商業利潤についての解釈を受け入れてみたところで、何ら総利潤の質的分割とはかかわりがない。というのは、ここで宇野が資本家自身の活動によって得られるものとしている商業利潤は、最初から利子に対立するものとして、総利潤のうちの一部分として想定されているからである。
このような想定があるから、宇野は商業利潤（これはすでに利子を控除した残り）が資本家的活動によって得られることが前提となり、利子が資本の所有自身にもとづくと述べているのである。
しかしこれでは総利潤の質的分割を説明するための前提的な内容とはなりえない。はじめから分割してしまい、その分割されたものとしての利潤の資本家活動の成果化というように展開しているからである。もし、総利潤から宇野が出発しているとみなせば、総利潤が資本家活動の成果となってしまって、分割論はでてこない。質的分割を説こうとすれば、当然総利潤から出発しなければならないが、宇野はそうはせずに分割されてしまったものから出発しており、そして、総利潤から出発したものとみなせば、分割論がでてこないのだから、いずれにしても問題解決の前提が誤っている。
「商業資本が剩余価値の生産に直接関係のない流通過程に投ぜられ、しかもその資本家的活動に基いてその利潤を与えられるということは、利潤部分に対して特殊の規定を要請する。というのは商業利潤が商業資本家の売買行為によって得られるにしても、その全部を資本家的活動に基くものとはなし得ないからである。かくて利潤は、資本家的活動に基くものとせられるいわゆる企業利潤と、単に産業資本の流通資本を補足するものとして貸付資本と同様に利潤の一部を分与せられる利子とに分けられることになる。」（同書、五〇六買）
これが宇野の質的分割論であるが、この内容はさきの前提的内容とは異なっている。ここでは一応総利潤から出発し、それを資本家的活動の成果にもとづくものと、そうではないものとに分けようという意図が認められはする。
つまり宇野の理解によれば、商業資本には、?産業資本家が負担しなければならない追加的貨幣資本を、その商品資本が実現される以前に貨幣にかえることによって、その追加資本の肩代わりをする、?商品の販売を迅速に進めるための費用を要する、という二つの出費があり、?の出費は貸付資本と同様な出費だから商業資本家はその部分から得られる利潤を資本家活動に基くものとはみなさない、というわけである。
しかしこのように展開すると今度は、?の出費に対する収入が何故利子とみなされるのか、という間題がでてくる。
ところがこの間題については全然あいまいである。商品の買入れにあてられる都分には「貸付資本的性格が多分にある」(同書、五〇七頁)とか、「商業に投ぜられる資金が、貸付資本として貸付けられる資金と同じ源泉から出るもの」(同書、五〇八頁)とか、「商業資本は、一方では貸付資本と共通の面をもち」(同書、五〇九頁)とされているだけで、?の出費が利子をともなうということについては全然証明されていない。
そこで宇野はこの困難をどのように解釈したか。その解決は次の通りである。
「商業資本の利潤なるものは、すでに明らかにしたように産業資本の流通費用を節約するということに基いている。したがってその内には産業資本が貸付資本を利用してその流通資本を補足する場合と同様の要因を含んでいる。商業資本自身が銀行からの貸付資本を利用する場合には、その点は明確である。いい換えれば商業資本の利潤は商業資本家の活動に基くものとせられるにしても、この貸付資本利子に相当する部分までを、一様にかかるものとするわけにはゆかない。そこで商業資本の利潤は、一方では商品の購入に充てないでその資金を貸付資本として使用した場合に得られる利子部分と、商業的活動によって得られるものと考えられるいわゆる企業利潤部分とに分けられることになる。」(同書、五〇七頁)
ここで明らかなように、宇野は?の出費が利子をともなうことを証明することはできなかった。商業資本の総利潤が、資本家的活動にもとづくものと、そうではないものとに分割されるということは、商業資本論の範囲では何ら証明できなかった。そうする代りに、宇野は、商業資本がその総資本を貸付資本にたよる場合を設定し、そのことによって、企業者利得と利子とへの総利潤の分割を説いたのである。
これでは宇野が何故無一文の機能資本家と貨幣資本家との関係を想定することを否定したのかがわからなくなる。というのは、ここに到って字野は無一文の商業資本家と銀行との関係を想定して、総利潤の分割を説いているからである。
それはともかく、総利潤の質的分割を商業資本論の範囲内では結局説きえず、無一文の商業資本家をもちだすのなら、商業資本論で総利潤の質的分割を説かねばならない必然性は何もないことになる。宇野の商業資本論は単なる思いつきでしかありえない。

６．宇野利子論の批判
宇野の商業資本論を検討した上にたって、前に宿題にしておいた宇野の利子率論を批判しておこう。
宇野が利子率の決定について、純粋に偶然的なものとはみなせない、といってマルクスを批判したのは、宇野の場合、資本の再生産過程の外部にある貨幣資本を「原理論」にとっては不純な要素とみなし、資本の再生産過程で必然的に発生する遊休貨幣資本＝「資金」、が相互に融通されるということに限って信用を規定しようとしたからであった。
「産業資本の流通過程にある遊休貨幣資本が他の産業資本に融通されて、全産業資本の流通資本を節約するものとして論じている。またその点から利子も生ずる」(『恐備論・商業利潤論の講間題』一四六頁)というのがそもそもの宇野の含意であった。
この利子に対する規定は、遊休貨幣資本が銀行に集中され、これが貸付資本として自立化して後にもそのまま維持されている。ところが「資金」が貸付資本として自立化すると宇野の「原理論」の枠組においても、この利子規定と矛盾する要素が形成されてくる。
「商業資本として投ぜられる資金も、他の産業に投ぜられる資金と同様に、資本として投ぜられなければ貸付資本として利子を分与せられ得る資金をなすのであって、産業資本が社会的に利用し得る資金をなしているのである。」(『字野弘蔵著作集』一巻、四九七頁)
「商業利潤のかくの如き企業利潤化の背後には、すでに指摘したように商業に投ぜられる資金が、貸付資本として貸付けられる資金と同じ源泉から出るものであるという事実がある。それは貸付資本として利子の得られる資金が商業に投ぜられたに過ぎない。ところがその点になると産業資本も商業資本と異るところはないものとなっている。個々の資本家にとってはその資金は貸付資本にも、商業資本にも、さらにまた産業資本にも、いずれにも自由に使用し得る資金である。」(同書、五〇八頁)
これは宇野が商業資本でなされた総利潤の質的分割がどのようにして産業資本に投入されるかについて論じている部分である。ここでは「資金」は「流通資本を節約する」という機能に限定されず、産業資本にも投下しうるものとしている。
「資金」が産業資本にも投下しうるということは、その出生が産業資本の遊休貨幣資本であったにしても、「流通資本」の節約という機能ではなく、新たな産業資本の形成という機能を担うことになるから、投下される「資金」は資本の再生産過程の外部からの資本としての意義をもつことになる。内部的に形成された「資金」でも、産業資本に投下される場合には、外部からの貨幣資本となる。だから貨付資本の自立化を説いた時点で、内部の「資金」の相互融通なる宇野独自の利子規定は、自己解体しているのである。
資本の再生産過程のうちに形成された遊休貨幣資本、宇野のいう「資金」も投資される際にはその外部からの貨幣資本という形をとることを宇野はここで認めてしまっているのだから、利子論の展開にさいして、再生産の外部にある貨幣資本家範疇を否定したことには何の正当性もなかったことが明らかとなる。
宇野の枠組からしても、その展開のうちにその枠組みをはみ出してしまう内容を利子生み資本はもっていた。とすれば、この枠組をはみ出すところに利子生み資本の本性があり、その枠組の内部では、それはその本質を展開していない、ということになろう。
宇野が「資金」だけを原資とする利子率論を組みたてて、利潤率との間に本質的な関連をさぐろうとすることは自由だが、それは利子の本質が展開しえていない一個のモデルのなかでの関連ということにすぎず、宇野の念頭においている利子率は、本当の利子率ではない、ということになるだけである。

第三章　利子生み資本の形態における資本関係の外面化

１．資本関係の外面化
マルクスは利子生み資本の自立的姿態を資本関係の外面化と捉え、次のように述べた。
「G―G’。これは、資本の本源的出発点であり、範式G−W−G’における貨幣が両極G−G’に整約されたものであって、このG’はG＋△Gであり、より多くの貨幣を創造する貨幣である。これは、没感性的概念に総括された、資本の本源的で一般的な範式である。これは、生産過程と流通過程との統一たる、したがって一定の期間に一定の剩余価値をもたらす、完成した資本である。利子生み資本の形態では、この関係が直接的に、生産過程と流通過程とに媒介されないで、現象する。資本が利子の、資本じしんの殖の、神秘的で自己創造者的な源泉として現象する。物（貨幣、商品、価値）がいまや、単なる物としてすでに資本であって、資本はたんなる物として現象する。総再生産過程の成果が、物におのずからそなわる属性として現象する。貨幣を貨幣として支出するか、資本として貸付けるかは、貨幣の――すなわち、いつでも交換されうる形態にある商品の――所有者しだいである。だから、利子生み資本においては、自分じしんを殖する価値・貨幣を生む貨幣・という、こうした自動的物神が純粋に作りあげられているのであって、資本は、この形態においては、もはや、その成立のなんらの痕跡もおびていない。社会的関係が、物たる貨幣がそれ自身にたいする関係として完成されている。資本への貨幣の現実的転化のかわりに、ここでは、こうした転化の無内容な形態だけが現われる。労働力のばあいと同じように、貨幣の使用価値は、ここでは、価値を――貨幣そのものに含まれているよりも大きな価値を――創造するという使用価値となる。貨幣としての貨幣が、すでに潜勢的には自らを殖する価値であり、また、かかるものとして貸付けられるのであって、この貸付は、この独自な商品にとっての販売の形態である。価値を創造し利子をもたらすことが貨幣の属性となるのは、梨の実を結ぶことが梨の樹の属性であるのと同様である。そして、こうした利子を生む物として、貨幣の貸手はじぶんの貨幣を売る。それだけでは充分ではない。現実に機能する資本も、すでに見たように、機能資本としてでなく資本自体として、貨幣資本として、利子をもたらすというふうに自らを表示する。
このことも、ねじゆがめられる。利子は、利潤――すなわち機能資本家が労働者から搾りとる剩余価値――の一部分にすぎないのに、その利子がいまや逆に、資本の本来的果実・本源的なもの・として現象し、利潤の方は、いまや企業者利得の形態に転化して、再生産過程で附加される単なる添加物および追加物として現象する。ここでは、資本の物神的姿態が、資本物神という表象が、完成している。G−G’においてわれわれがもつのは、資本の没概念的形態、生産諸関係の最高度の顚倒および物象化たる利子生み姿態、資本じしんの再生産過程に前提されている資本の単純な姿態である。貨幣または商品が再生産から独立してそれ自身の価値を殖することができるということ、――もっとも著しい形態での資本神秘化。」（三巻、四二七〜八・四〇四〜五頁）
この内容を正しく把握するためには、資本物神についての理解が必要である。したがって、第四八章、三位一体的範式で主として展開されている資本物神論について次にみておこう。

２．資本物神
「すでにわれわれは、資本制的生産様式の・および商品生産さえもの・もっとも簡単な範疇たる商品および貨幣のところで、神秘的性格、すなわち、社会的諸関係――富の質科的諸要素は生産にさいしこの諸関係の担い手として役だつ――をこれらの物そのものの属諸性に転化し（商品）、また、さらに判然と生産関係そのものを一つの物に転化する（貨幣）、神秘化的性格を指摘した。あらゆる社会諸形態は、それらが商品生産および貨幣流通を生ぜしめるかぎり、この転倒に関与する。だが資本制的生産様式においては、そして、それの支配的範疇・それを規定する生産関係・をなす資本にあっては、この魔法にかけられ転倒された世界がさらにいっそう発展する。」（三巻、八八〇〜一・八三五頁）
資本物神を論じるにあたり、マルクスはこう書き出している。ここでは、商品物神が、社会的諸関係を物そのものの属性に転化すること、そしてまた貨幣物神が生産関係そのものを一つの物に転化すること、というようにすでに『資本論』一卷で展開された物神性論の根本が簡単にまとめられている。そして、資本物神は、これらの物神性が一層発展したものとして位置づけられている。
この書きだしに続いてマルクスは、資本物神について、直接的生産過程ですでに生じるそれから説きはじめているが、ここではそれと流通過程（二巻で述べられた）での物神化について述べた部分は省略し、三巻に相当する分野で生じる物神性について述べた部分を紹介しよう。
「だがさらに、現実的生産過程は、直接的生産過程と流通過程との統一としては、あらたな諸姿容――そこではますます内的関連の脈絡が消えうせ、生産諸関係がたがいに自立化し、価値諸成分がたがいに自立的諸形態において骨化しあうところの、あらたな諸姿容――を生みだす。
剩余価値の利潤への転形は、すでに見たように、生産過程によってと同じように流通過程によって規定されている。剩余価値は、利潤の形態では、もはや、労働に投下された資本部分――それから剩余価値が発生する資本部分――にではなく総資本に連関させられる。利潤率は、独自な諸法則――剩余価値率が同等不変であっても利潤率の変動をゆるし、また条件づけさえする独自な諸法則――によって調整される。すべてこうしたことは、剩余価値の真の本性を、したがって資本の現実的からくりを、ますます隠蔽する。利潤が平均利潤に転形し、価値が生産価格に――調整的な平均市場価格に――転形することによって、さらにいっそう、こうしたことが生ずる。このばあいには、複雑な社会的過程、すなわち、諸資本の均等化過程が介入してくるのであって、この過程は、諸商品の相対的な平均価格をその価値からひきはなし、相異なる生産諸部面（各特殊的生産部面における個々の投資のことは全く度外視する）におけるもろもろの平均利潤を、特殊的資本による労働の現実的搾取からひきはなす。そう見えるばかりでなく、このばあいには事実上そうなのであるが、商品の平均価格は、その価値、つまり商品中に実現された労働と相違し、また、ある特殊的資本の平均利潤は、この資本がその使用労働者から搾取した剩余価値と相違する。商品の価値は、直接的にはもはや、労動の生産力の変動が生産価格の騰落・運動・に――その最終限界にでなく――およぼす影響においてのみ現象する。利潤はもはや、労働の直機的搾取によっては、補助的に――すなわち、この搾取が資本家をして、見たところこの搾取に係わりなく現存する調整的な市場価格のもとで平均利潤と背離する利潤を実現させるかぎりで――のみ規定されるかに見える。正常な平均利潤そのものは、資本に内在し、搾取には係わりがないかに見える。異常な搾取は、または、有利な例外的条件のもとでの平均的搾取も、平均利潤そのものをでなく、平均利潤からの背離を、条件づけるかに見える。企業者利得と利子とへの利潤の分裂は（商業利潤および貨幣取扱利潤――これらは、流通にもとづくものであって、生産過程そのものからでなく全く流通から発生するかに見える――の介入にはまったく言及しない）、剩余価値の形態の自立化を、剩余価値の実体・本質・にたいする剰余価値の形態の骨化を、完成する。利潤の一部分は、ほかの部分に対立して、資本関係としての資本関係からすっかり分離し、貨労働の搾取という機能からでなく資本家そのものの賃労働から発生するかに見える。これに対立して、つぎに利子は、労働者の賃労働にも資本家の自己労働にも係わりがないかに見え、それじしんの独立的源泉としての資本から発生するかに見える。資本は、本源的には、流通の表面では、資本物神・価値を生みだす価値・として現象したとすれば、資本はいまや、ふたたび、その最も疎外された、最も独自な形態としての利子生み資本の姿態において、みずからを表示する。」（三巻、八八二〜三・八三六〜七頁）
ここではマルクスが資本物神の原因として、「生産諸関係がたがいに自立化し、価値諸成分がたがいに自立的諸形態において骨化しあう」とか「剰余価値の形態の自立化を、剩余価値の実体・本質・にたいする剰余価値の形態の骨化を」といったことをあげていることに注意をうながしておく必要がある。
マルクスは『剩余価値学説史』で、商品・貨幣物神と資本物神との間の、その形成のされ方の相違を指摘している。
「諸物の主体化、諸主体の物化、原因と結果との転倒、宗教的な取違え、資本の純粋な形態G―G’が、無意味に、いっさいの媒介なしに、表示され表現されるかぎりでは、資本の性格も姿も完成されている。同様に、諸関係の骨化も、この諸関係を特定の社会的性格をもつ諸物にたいする人間の関係として表示することも、商品の単純な神秘化や貨幣のすでにより複雑化された神秘化におけるのとはまったく違った仕方で作り上げられている。化体は、呪物崇拝は、完成されている。」(『剰余価値学説史』三巻、四八四〜五頁)
商品・貨幣物神は価値形態から生じるが、資本物神では剩余価値の形態の自立化から生じるということが、マルクスのここでの主張の眼目であろう。この形態の自立化ということの重要性については次のように主張されてもいる。
「剩余価値を、つまり諸商品の価値の一部分を、これらの特殊な諸項目、諸範疇に分析するということは、非常に理解しやすいことであって、けっして価値の法則そのものに反することではない。ところが、剩余価値のこれらのいろいろな部分が独立な形態を得るということによって、また、これらの部分が別々の人物の手に流れこむということによって、また、これらの部分にたいする請求権が別々の要素を根拠とするということによって、また最後に、これらの部分が過程にたいしてそれぞれ独立性をもって諸条件として相対するということによって、全体が神秘化されるのである。価値を分析する場合に生じる諸部分が、価値を構成する独立な諸要素になり、構成要素になるのである。」(同書、五〇〇〜一頁)
以上のマルクスの資本物神論の理解の上にたって、資本関係の外面化ということについてさらに詳しく研究する必要があるが、そのための素材として、次に宇野の物神性論と外面化論とをとりあげよう。

３．宇野の外化論
宇野はすでに見たように、貸付資本（貨幣の貸借）には資本の商品化を見出さず、株式擬制資本においてはじめて資本の商品化がなされると主張していたわけだから、資本関係の外面化、資本物神の完成に関しても、当然擬制資本においてなされると主張することになった。
宇野は「『資本関係の外化』がマルクスのいわゆる『利子生み資本の形態』に直接にあらわれるものではないと考えられる」（『宇野弘蔵著作集』四卷、四四〇頁）とし、「貨幤資本家に対する機能資本家の外的関係において外化するのではなく、資本がそれ自身に利子を生むものとして企業利潤に対立することによって外化するという関係が確立される」（同書、四五一頁）と主張している。これだけでは何のことか分らないので、宇野が外化について具体的に述べているところを見てみよう。
「『資本関係の外化』を具体的に実現する資本の商品化は、かかる利子率を基礎にして、しかし単にそれだけではなく、貨幣市場で資本の再生産過程の内部において形成される利子率を、外部から与えられたものとして受取りうる、商業資本による利潤の企業利潤化を媒介にして始めて確立されるのであって、商品化した資本としての擬制資本を利子付資本として貸付資本と一体化することは、利子論を明確にするものとはいえない。」（同書、二五七〜八頁）
「かくて『利子付資本の形態における資本関係の外化』は、産業資本の間に相互に融通せられる貸付資本においてでなく、すでに一定の利子率を有する貸付資本を最もよく利用する商業資本を通して始めて実現されることになる。しかしこの場合にも、資本家的観念としては、産業資本もG―W―G’という商人資本的形式を一般的な定式とする限りで当然にこの利子に対する企業者利得の関係を移入することになるのであるが、資本関係の物化自身は具体的にはむしろ逆転して擬制資本としてあらわれ、貸付資本としての利子付資本ではなお『資本関係の外化』は成立することにはならない。それは資本がそれ自身に利子を生むものとして商品化するとき、すなわち擬制資本として始めて具体的に実現される。貨付資本としての資金が商品として売買される貨幣市場で形成せられる利子率、それが資本市場で商品として売買せられる資本の、擬制資本としての価値の決定基準をなすものとなる。資本市場自身は、自らこの利子率を形成するものではない。それはいわば外部から与えられたものとしてある。資本は、自己の産物たる一定の『規則的に反復される収入』をこの外部に与えられた利子率によって『資本化』することによって『物として』の資本となるのである。」（同書、九巻、二七八〜九頁）
宇野は擬制資本を資本の商品化とみ、資本の物化、資本関係の外面化をここに見ている。ところで、株式の場合、配当が利子とみなされて、利子率によって資本還元された株価が資本としての外觀をもつにいたるのだが、宇野はこの資本還元を物化、資本関係の外面化と把えているのである。
その際に利子率が間題となるのであるが、宇野は利子と企業者利得とへの利潤の分割を商業資本で説いたので、引用にあるような展開となっているのである。
要するにここで主張されていることは、資金の相互融通から形成される利子率と、商業資本によって形成される利子と企業者利得への利潤の分割（つまりは借りたかどうかにかかわらず、資本には利子が計算されるということ）を媒介にして資本関係の外面化を具体的に実現する資本の商品化が実現される、ということがひとつ。もう一つは、擬制資本における資本の商品化とは、その「価値」の形成のメカニズムのことになるが、それは自らの外部にある利子率によって資本化され、物としての資本となるのだが、このように外部から与えられたもの（利子率）で資本化されるわけだから、資本関係の外化となる、ということである。
ここでは資本関係が外部からの契機によって成立するという意味で資本関係の外化を宇野は説いているわけであるが、この他に、資本関係の外に、もう一つの資本が形成されること、として主張されているところもある。
「資本がそれ自身に利子を生むものとして、『資本関係の外化』物とせられるのは、貨幣が『貸付けられさえすれば、あるいはまた再生産過程に投下されさえすれば・・・・それには利子がつく』というような関係ではない。かかる貨幣はそれ自身で『利子がつく』とはいえない。そうではなくて、例えば現実に一定の利子をもって貸付けられて、利子がついている貨幣も、それ自身に利子を生むものとしての資本としては、別個の貨幣額をもつ資本ともなるのである。」（同書、四卷、四五四〜五頁）
この場合は株式には当てはまらない。というのは配当は利子ではないからである。だから宇野はこの場合の例として、社債等の確定利子付証券をあげている。
いずれにしても、宇野による資本関係の外面化の理解は、マルクスのそれとは全然異なっていることは明らかである。マルクスは、利子生み資本においては、貨幣がそれ自身で利子を生み、自己を増殖する価値という資本の本性を、その外面だけで表現することになる、ということを資本関係の外面化としたのであって、宇野のような、外部の契機によって資本化される資本関係であるとか、本来の資本関係の外に形成されるもう一つの資本、といったことが念頭におかれていたわけではない。

４．宇野の資本物神論
擬制資本において資本の商品化を見、これをもって「資本関係の外化」とする宇野にあっては、当然にも資本物神論においても、マルクスと異ならざるをえない。宇野は資本物神について述べる。
「何らかの利子なり、利潤なりを生んでいる現実の資本は、いわゆる擬制資本として一定の利子を生むものとせられ、そしてまたそれによって商品化されもするのであるが、その前提となるのが『それ自身に利子を生むものとしての資本』としての『資本関係の外化』なのである。それはそういう現実の資本に対してばかりでない。例えば土地所有その他定期的収入のえられるものは、すべてこの『資本関係の外化』によって擬制資本としての価格をもって商品化されうるのである。それは『貨幣蓄蔵者の敬虔な願望』がそのまま『実現されている』のではなく、むしろ商品にしろ、貨幣にしろ、あるいはまた生産要素にしろ、資本としては一瞬も遊ばしておけない――という資本家の戒律となっているのである。遊休する資本は、利子を喰っているものとして、生むべき利子を失うものとして、それと同時に一定の定期的収入は、その源泉の如何を問わず、かかる利子としてその源泉に資本を擬制せられることになる。資本はかくして資本主義体制を貫徹する物神として完成されるのである。
かくしてまた商品経済の物神性は、単なる呪物崇拝ではない。商品形態に基く特殊の幻想であって、それぞれにその根拠を有している。ただ貨幣物神が、一般的等価物として商品に対して直接の交換可能性を有する物としてあらわれるのに対して、資本物神は、そういう積極的な機能による物としてあらわれるのではない。むしろ逆に貸付資本における利子形成の外部にあって、これを反映して、自らは形成しない利子を、与えられたものとして受けとることによって、それ自身に利子を生む資本としての自己を物神化するのである。それはいわば商品の物神性が資本主義的生産体系の理念として結晶したものといってよいであろう。」（同書、四巻、四五五〜六頁）
マルクスにあっては、利子生み資本において資本関係が外面化し、それが一つの物に物化するので、資本の力がその物それ自身にそなわっているかの如くあらわれる、ということをもって資本物神の完成としているのに対し、ここで展開されている宇野の資本物神論はそれとは全然異なるものとなっている。
宇野の場合資本が物化するのではなく、資本の外に資本関係の外化として新たに形成される「それ自身に利子を生む資本」が、自己を物神化する、というのが資本物神論なのである。ところで「それ自身に利子を生む資本というような資本なるものがあるわけはありません」（『資本論の経済学』、一二六頁）というわけだから、それはイデオロギーだということになる。事実宇野の資本物神の説明も利子を失なうな、ということが「資本家の戒律」となっていることをもって「それ自身に利子を生む資本」の物神化としている。
しかしマルクスの主張する意味での資本物神、つまり物それ自体に資本の力が宿るという現実がなければ、物でないもの、資本としては存在しないものに資本の力が宿ることはありえない。
利子生み資本において資本物神が完成されているから、擬制資本のように、本来資本ではなく、定期的収入にすぎないものが利子率で資本還元されて資本という形態を擬制されるという事態も起こりうるのである。そして擬制資本とは利子生み資本の形態をなすのであって、この形態は貨幣の貸借という簡単な形態の発展したものなのである。
実際利子生み資本において、貨幣がそれ自身利子を生むものとしての資本としてあらわれ、物に資本の力が宿るという事態がなければ、定期的収入が資本に擬制されることはありえないのに、宇野は逆にこの定期的収入が資本としてあらわれるところに資本物神を見いだそうとしている。利子率による資本還元は資本物神成立の結果ひき起こされる現象であって、それ自体は資本物神ではありえない。宇野はこの結果現象を資本物神とみなしているので資本物神を「理念」や「戒律」といったイデオロギーとして把えることになり、その帰結として資本を神秘化している。「それ自身に利子を生む資本」というような資本の存在を否定しておきながら、その資本として現われている擬制資本を資本の商品化と主張するのだから、宇野にあっては資本としては理念にすぎないものの売買を資本の商品化とみなしていることになるのである。

５．マルクスの株式会社論
擬制資本をもって資本の商品化とみなす宇野の見解を批判する限りにおいて、株式資本に対する分析がここで要求されている。それで、『資本論』では後の第二七章で展開されているマルクスの株式会社論をさき走って紹介しておこう。
「３、株式会社の形成。これによって――
（一）、個別的諸資本にとっては不可能であった生産および企業の規模の、厖大な拡張。同時に、従来は政府企業であったような企業が会社企業となる。
（二）、即自的に社会的生産様式に立脚して生産手段および労働力の社会的集積を前提とする資本が、このばあいには直接に、私的資本に対立する社会＝会社資本（直接に結合した諸個人の資本）の形態をとるのであって、こうした資本の企業は、私的企業に対立する社会＝会社企業として登場する。これは、資本制的生産様式そのものの限界内での、私的所有としての資本の止揚である。
（三）、現実に機能する資本家が他人の資本のたんなる支配人・管理人に転化し、資本所有者がたんなる所有者、たんなる貨幣資本家に転化する。被らの収得する配当が利子と企業者利得すなわち総利潤をふくむ場合でさえも（というのは、支配人の棒給は、特定種類の熱練労働――その価格は、他のあらゆる労働の価格と同じく労働市場で調整される――のたんなる労賃であり、またはあるはずだから）、この総利潤はもはや、利子の形態でのみ、すなわち、資本所有――これが今や現実的再生産過程における機能から引離されることは、この機能が支配人の人格において資本所有から引離されるのと全く同様である――のたんなる報償としてのみ、収得される。かくして利潤は（もはやその一部分たる利子――これは借手の利潤から正当づけられる――ばかりでなく)、他人の剩余労働――これは生産手段の資本への転化から、すなわち現実的生産者にたいする生産手段の疎外から、現実に生産において活動する上は支配人から下は最後の日雇賃労働者にいたるすべての個人にたいする他人の所有としての生産手段の対立から、発生する――のたんなる取得として自らを表示する。株式会社においては、機能が資本所有から分離され、したがって労働も、生産手段および剩余労働の所有からすっかり分離されている。資本制的生産の最高の発展のこうした成果は、資本が、生産者たちの所有――といっても、もはや、個々別々の生産者たちの私的所有としてのではなく、結合した生産者としての彼らの所有としての、直接的な社会的所有としての――に再転化するための必然的な通過点である。それは他面では、従来はまだ資本所有と結びついている再生産過程上のあらゆる機能が、結合生産者たちの単なる機能に、社会的機能に、転化するための通過点である。」（三巻、四七七〜八・四五二〜三頁）
マルクスは別の章で、擬制資本の価格が利子率による資本還元によって決定されることや、その売買が現実資本の所有とはかかわりがないこと等についても述べているが、その記述が分散しているので、次に、よりまとまっているヒルファーディングの資本の動化論をみてみよう。

６．資本の動化論
ヒルフアーディングは株主がどのよぅな仕組みで、貨幣資本家となるかについて、次のように展開してぃる。
「株主が貨幣資本家となるためには、かれがその資本をいつでも貨幣資本として回収できることが必要である。だが、かれの資本は個別資本家たちのそれと同様に企業に固定されているようにみえる。そして事実そうなのだ。貨幣は手ばなされていて、機械や原料の購入、労働者への支払いなどにあてられる。要するに、それは産業資本としての循環をえがくために貨幣資本から生産資本G<Pm＋Aに転化されている。株主は、ひとたび手ばなしたこの資本をもはや回収することはできない。かれは、それにたいして、なんらの請求権をも有しない。かれはただ収益の一分数にたいして請求権を有するだけである。資本主義社会では、しかし、どの貨幣額も利子をうむ能力をもつ。逆に、規則的にくりかえす、譲渡できる所得（そして、労賃などのように純個人的な、したがって一時的な不確実な条件にむすびついているのでないかぎり、讓渡できる）はすべて、ある資本の利子とみなされて、支配的な利子率で資本還元された額に等しい価格をもつ。このことは、つねに多額の貨幣が価値殖のために休息しており、そして、それが価値殖をこの収益への請求権において見出すということから、すぐ判ることである。だから、株主はその株――すなわち利潤にたいする彼の請求権――の販売によって、いつでもその資本を回収しうる地位にあり、したがって貨幣資本家とおなじ地位にある。このような販売可能は、証券取引所という固有の一市場によってつくりだされる。この市場の成立によって初めて株式資本は、いまやいつでも個々人にとって『実現可能な』ものとなり、したがって貨幣資本の性格を完全にあたえられる。逆に、貨幣資本家はその資本を株式形態で投ずるばあいにも、やはり貨幣資本家の性格をたもつ。そこで、自由な貨幣資本は、それが貸しつけ資本としての本来的機能で確定利づき貸しつけへの投資を競争するのと同様に、そのものとして、つまり利子うみ資本として、株への投資を競争する。このようなさまざまな投資可能性の競争は、株の価格を確定利づき投資の価格に接近させ、収益を株主にとっては産業利潤でなくて利子たらしめる。」(『金融資本論』大月書店版、第七章、一六八頁)
資本の動化とは、ヒルファーディングの言葉によれば「資本の擬制資本への転化つまり資本還元された収益指図証への転化」(同書、二〇二頁)である。彼はここで、株主が投資した貨幣は現実資本として企業に固定されているが、配当請求権を意味する株が、配当を利子に見立てることで資本還元され、価格をもつようになるので、個々の株主は、自己の投資した貨幣を株を売ることによって回収できることをあげ、このような株式擬制資本の成立によって、株主は貨幣資本家と同じ地位にあるようになるとしている。
この株の売買による個々の株主の資本の回収は、企業にとっては、現実資本の出資者の肩がわりを意味するだけで、現実資本の回収は意味しない。資本が現実資本としては株式会社に固定していながら、個々の株主は株の売買によって貨幣資本家と同様の地位にたつことができること、これは現実資本として機能する資本を、貨幣資本家の資本をも動員して形成することが可能となることを意味する。こうして株式会社においては資金調達が容易となるが、ヒルファーディングはこのような事情をふまえて、資本の擬制資本への転化を資本の動化と規定したのであった。
次に彼は株価の分析に移っている。
「私的企業を株式会社に転化することによって資本が二重化したようにみえる。だが、株主の払いこんだ最初の資本は決定的に産業資本に転化されていて、そのようなものとしてのみ現実には存在する。貨幣は生産手段の購買資金として機能し、これに支出され、したがって決定的にこの資本の循環過程からは消え去る。生産をとおして生産手段が商品に転化し、この商品が販売されることによって初めて貨幣――まったく別の貨幣――が流通から還流する。だから、そのごの株式取引きで支払われる貨幣は、けっして株主が最初に払いこんだ、そして消費されているその貨幣ではない。それは、その株式会社の資本の、その企業の資本の、構成部分ではない。それは、資本還元された収益証券の流通に必要な追加貨幣である。同様に、株の価格もまたけっして企業資本の一部分として決定されているのではない。それは、むしろ資本還元された収益の持ち分である。そのようなものだから、それは企業に固定されている総資本の分数として、したがって相対的に確定した大きさとして決定されているのではなく、ただ支配的利子率で資本還元された収益であるにすぎない。だから、株の価格は現実に機能しつつある産業資本の価値（または価格）、に依存するのではない。なぜなら、株は企業で事実上機能しつつある資本の一部分にたいする権利証ではなく、収益の一部分にたいする権利証だからである。したがって、株の価格は第一には利潤の大きさ（したがって産業資本そのものの生産要素の価格よりは遥かに変動的な大きさ）に依存し、第二には支配的利子率に依存する。
だから、株は収入権であり、将来の生産にたいする債権であり、収益証書である。この収益は資本還元されて株の価格となる。そこで、この株価というものにおいて第二の資本が現存するようにみえる。この資本は純粋に擬制的である。現実に存在するのは、ただ産業資本とその利潤とだけにすぎない。とはいえ、そのことは、この擬制『資本』が計算上現存し『株式資本』として示されることを妨げるものではない。だが、それは現実には資本ではなくて、一収入の価格にすぎない。つまり、資本主義社会の内部ではどんな貨幣額も収入をうみ、したがって逆に、どんな収入もある貨幤額の果実としてあらわれるということからこそ可能な、一つの価格にすぎないのだ。」（同書、一六九〜七二頁）
この展開は明解であって、とりたてて説明すべきことはない。

７．宇野の株式擬制資本論
宇野は株式擬制資本を資本の商品化と規定したが、その内容をみてみよう。
「株式会社の資本は払込み株式資本によってなるわけであるが、払込みと同時にそれは二重の存在を与えられる。それが産業企業の場合には、一方は株式会社の資本として一般の産業資本と同様にG ―W―・・・P・・・W’―G’の循環運動を操返すことになるが、他方ではこの資本の運動とは一応は別個の存在をなす株式証券として、すなわち前者の資本の現実的運動の内に得られる利潤から配当としてその利益の分配を定期的に受ける権利を有するものとして、それ自身資本として存在することになる。しかもこの株式証券としての資本は'株式会社の現実的資本の運動とは全く別個に商品として売買される。資本は、もともと一個の運動体をなすものとして、それ自体には商品でも、貨幣でも、また機械等の生産手段でもなく、ただその運動の過程において、あるいは商品の姿をとり、あるいは貨幣の姿をとり、さらにまた生産手段や労働力の姿をさえとるのであるが、商品の姿をとっている場合でも資本自身が商品として売買されるわけではない。・・・・・株券としての資本の商品化は、これと全く異なって、資本そのものを、いいかえれば価値殖をなす運動体としての資本そのものを売買する特殊の形態である。」(『経済政策論』、一六四〜五頁)
この内容は、株式の売買を資本の商品化と規定し、それによって現実資本そのものが商品化されているとみなす点を除けば、ヒルファーディングが明らかにした資本の動化論にもとづいている。
宇野は株式の売買を、単なる配当請求権の商品化ではなく、「それ自身に利子を生むものとしての資本」の具体化であり、資本関係の外化・物化をもたらす資本の商品化だと主張しているので、ヒルファーディングとの相違は、株価の位置づけにあらわれている。
ヒルファーディングはすでにみたように「この株価において第二の資本が現存するようにみえる」けれども、それは「現実には資本ではなくて、一収入の価格にすぎない」としていた。これに対して宇野は、配当請求権を「それ自身資本として存在する」とみなし、なおかつ、この「株式証券としての資本」の商品化は「価値殖をなす運動体としての資本そのものを売買する特殊の形態」であるとした。
宇野はこうしてヒルファーディングが資本の動化と規定した事態を資本の商品化と規定したことになるのだが、このような新たな規定を正当化するためには、いくつかの論拠を必要とした。
その第一は株式の主要な内容が配当請求権とされていることの否定であり、宇野は株式に配当請求権のみならず、現実資本に対する支配権をも認めることになった。第二には株価が表現するものを、配当請求権ではなく「それ自身に利子を生むものとしての資本」という資本範疇とみなし、株の売買をこの独自の利子を生む資本の売買とみなすことであった。だが、これらの論拠をもってしても、株式擬制資本で資本の商品化を説くことはできていない。
第一に、株式に支配権をかりに認めたとしても、それは筆頭株主となりうるだけの大量の株式の集積が必要である。ところで現実には株式はそのようなまとまった大量ごとに売買されているわけではないから、株式の商品化は支配権とはかかわりなく、配当請求権を基礎にしていることが明らかである。
第二に、配当請求権は、利子率で資本還元されて価格をもつにいたるが、かりにこの価格を「それ自身に利子を生むものとしての資本」だとしよう。この「資本」は株式所有にもとづく定期的収入たる配当を利子とみなすにたりる資本額のことだから、現実資本の所有とは何のかかわりもない。
それゆえ、仮りに株価を「それ自身に利子を生むものとしての資本」とみなし、株の売買をこの資本の商品化と規定してみたところで、この「資本」は現実資本の所有とは何の関係もない。だから、この「資本」の売買が「価値殖をなす運動体としての資本」の売買とはならないことは明らかである。
第三に、現実資本に対する支配権が商品化しているわけではないこと、さらに商品化によって形成された価格が利子をもたらす資本という現象をとっているにしても、この資本は現実資本の運動とは関係はないこと、これらが明らかとなれば、あとに残っている宇野の論拠は、株式の買占めによって筆頭株主になれば、現実資本に対する一定の支配種を獲得しうるという経験的事実だけである。しかし企業の売買は諸資本の競争のレベルに属する問題であり、利子生み資本の運動形態としての資本の商品化とは無関係である。
以上から明らかなように、たとえ、株式に現実資本に対する支配権を認め、また、株価を「それ自身に利子を生むものとしての資本」と規定してみたとしても、株式の商品化が、価値を殖する運動体としての資本の商品化であるという結論はとうてい導き出せない。

８．宇野利子論体系の批判
『資本論』の展開に則して宇野利子論の体系を検討してくるなかで、両者の相違及び,宇野利子論の難点はすでに明らかにされている。ここでは宇野利子論体系への批判を簡単にまとめておくことにしよう。
結論からいえば、宇野利子論体系とは、マルクスが『資本論』で展開している利子生み資本論を素材として、「純粹の資本主義社会の想定」という条件の下に組みたてられた、一個のモデルにすぎない。
「純粋の資本主義社会の想定」という条件の下に、産業資本とは別種の資本たる利子生み資本は貨幣資本家を「不純な要素」として捨象したことによって、事実上否定されている。その結果、現実の利子生み資本は、産業資本相互間の遊休貨幣資本の融通関係に限定され、産業資本の利潤率均等化の運動を捕足する機構としてのみ位置づけられることとなり、利子生み資本及び利子の本質と独自の運動形態については考慮の外におかれることになっている。
利子生み資本を事実上否定しながらも、では何故宇野に利子論体系が成立しうるか、といえば、宇野自身は利子生み資本を、株式擬制資本に見いだしているからである。ここでは株価は利子を生む資本として現象しているので、宇野は株式の売買を、「それ自身に利子を生むものとしての資本」が売買されていると捉え、これをもって資本の商品化と規定したのであった。
だから宇野の利子生み資本論は、定期的収入が利子に見立てられ資本還元されて価格をもち、その価格が資本額としてあらわれる、という擬制資本成立のメカニズムに則して組み立てられている。資本の商品化を、利子を生むものとしての資本の売買（資本を貸し付けて利子を得るのではなく、貨幣請求権の商品化に資本の商品化を見出している）と把えて、貸付資本ではまだ資本の商品化は見られない、といってマルクスを批判したこと。資本関係の外化とは、外部から与えられた利子率で資本還元されて、現実の資本関係の外部にもうひとつ別の資本ができることだ、といった主張。資本物神とは「それ自身に利子を生むものとしての資本」が、商業資本で「外化」し、擬制資本で実現されるとき、そういう資本は現実には存在しないのに「資本としては一瞬も遊ばしておけない」という「資本家の戒律」が生れるが、そのことに他ならない、といった主張。これらが宇野の利子生み資本論の内容となっている。
他方マルクスの利子生み資本論は、商業信用、銀行信用という信用制度論での「資金」の商品化論へと変形され、利潤率均等化の運動の一要因として位置づけられた。
このモデルの根本的な難点は、第一に、擬制資本の価格を資本とみなし、ここに資本の商品化を見るという、資本物神が形成する仮象に無批判的に追随していること、第二に、利子生み資本と利子の本質規定がなされていないこと、第三に、その論理が現実の論理を把えていないこと、にある。
こういう難点があるからこそ、逆に、今日の学界では一定の影響力をもちうるわけであるが（実際に宇野派を批判している学者の説のなかにも、宇野利子論は何らかの形で受け入れられている）、その影響力の拡大は、今日の経済学界の現実分析に対する無能を隠蔽する役割をはたしているにすぎない。
宇野利子論批判はパズル解きのように、現実から離れたものとならざるをえないが、その御利益が信奉されている以上、このモデルの不毛性を立証する作業がなされねばならなぃが、そのための素材として本稿を提起した。

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2014/06/19

シンクタンク構想

Author: ebara (9:06 pm)

シンクタンク構想資料編

解題
　ここにあげた文書類は、官僚から政策立案能力を奪えるようなシンクタンク構想を昨年考えつき、その実現めざして走りながら都度書きとめたメモです。ルネサンス研究所など皆さんとして何ができるかを検討していただくために、資料としてまとめました。
　D）で提案している原発ゼロのシンクタンクは、A）でも触れているように、すでに活動しています。後は、このシンクタンクを運動側がどのように位置づけて、お互いに有益な関係を作れるかという問題が残されています。
　数は多くはありませんが、各方面の方々に提案したところ、周りの皆さんも同じようなことを考えているという感想をもらっています。C）で上げた第一ステップの活動をどのようにすれば始められるか、という課題を共有して知恵と人を出し合っていきたい。

目次
A）何から始めるべきか　　6月4日
B）シンクタンク構想（たたき台）　　5月23日
C）第一ステップの詳細　　5月26日
D）原発ゼロ実現のためのシンクタンクの提案（たたき台）　2月9日
E）正当性なき官僚支配（上掲Dの付帯文書）　　2月23日

A）何から始めるべきか

はじめに
　昨年10月に朴勝俊さん（関西学院大学教官）をお招きして、ドイツ緑の党のお話を聞いたときに、党のシンクタンクである、ベル財団の仕組みに興味を持ち、それ以来、日本の官僚支配の打破のための方策として、官僚から政策立案能力を奪えるようなシンクタンク構想を考え始めました。
　もともと、私自身のシンクタンク論は、ソ連・東欧崩壊以降、左翼はシンクタンクから再出発すべしという考えで、自身でささやかながら、1993年からASSB誌の刊行を継続してきました。日本ではシンクタンク活動は、大企業や国のかかわりがなければ広がりをもてませんが、民間のシンクタンクは多く、活動のすそ野は広いことはわかっていました。しかし、なにぶんお互いに孤立し、連携がないのです。このような現状は、ハードとしては既に存在する、うまく連携すれば夢が実現できるという実感を感じさせます。問題はみんなが多くの課題を抱え忙しくしておられるなかで、何から始めるかでしょう。
まず最初に、官僚が絶対にやらない原発ゼロのシンクタンク活動の必要性を考えましたが、このシンクタンクは既に2013年4月に原子力委員会として発足し、約束通り、1年後に、『原発ゼロ社会への道』と題する政策大綱を発表しています。これは高木基金に、5000万円の寄付があったことで可能になったとのことです。すでに流はできつつあります。この流れの合流こそが課題でしょう。改めて、何から始めるかについて、以下にレジュメ風に述べます。

１．八方ふさがりの反体制派
　2009年政権交代――>しかし、脱官僚に失敗――>小沢排除で民主党の弱体化――>消費税導入への官僚の誘い――>菅が乗って、参院選で大敗――>3.11震災と原発事故で菅がもたず――>野田が自民党との連携の模索――>衆院選での大敗――>安倍の復活、野党の無力化
２．日本の抱える諸問題は何も解決していない
　原発事故、少子高齢化問題、地域の崩壊、（もっとリストを挙げる）
３．大衆運動は継続している
　60年安保闘争や70年安保闘争と違い、脱原発をめざした大衆運動は継続していかざるを得ない。それをバックボーンにして他の課題も大衆運動化できている。
４．いくつかの方法
　?　野党再編
　?　大衆運動の継続と発展
　?　党派ないし政治活動（選挙運動も含めた）の足腰の強化
　?　党派政治のリニューアルとサードセクターの育成
　?　グラムシの陣地戦受容の反省と新しい陣地戦の開始
　?　原発ゼロをめざした政策提言の作成
?　官僚から政策立案能力を奪えるようなシンクタンクの形成
５．何から始めるか
　日本の運動家は差異にこだわり、運動を分裂させてきたという経験を持つ。それぞれの部署ではそれぞれの取り組みがあるが、差異を対立にするのではなく、逆に力にすることを学ぶことで、運動の連携をつくりだすことが前提。
　いくつかの方法のなかで、?、は、だれもが必要性を感じてはいるが、実行方針をもてずにいる。しかし、考え方によってはすぐに取り掛かれる課題である。シンクタンクの横つなぎの活動に特化した組織と活動を大勢で育てあげる事で、現実のものとなる。

B）シンクタンク構想（たたき台）　　　　　　　　　　　　

１．主体形成からみた、世界と日本社会の現状
世界的な特長
○ 労働者階級を中心とした労働組合と労働者政党のヘゲモニーの終焉
○ 先進国における政権党と野党の政策上の収斂
○ 先進国における資本主義の究極的発展段階と主体形成の展望の不透明さ
○ 非営利事業を中心としたサードセクターの成長
日本的な特徴
○ 極右安部政権の下での与党の内部矛盾の激化、しかし政党再編には進まない。
○ 三極の社会モデル：公的セクター、私的セクター、サードセクター：で考えると、公的セクターの圧倒的な支配力、強固な官僚支配の存在。
○ もうひとつのモデル：国家、市場、互酬：は人類学に由来するが、市場が全面化している今日の社会のモデルとしては不適切。
○ サードセクターにおける主体形成を考えるときに、日本のそれが官の植民地状態であることをどうするか。
日本のサードセクター
○ 労働人口も、団体も多いが、官の植民地として縦割りに組織されており、横のつながりがない。
○ 自らがサードセクターに属しているというアイデンティティが形成されてはいない。
２．グラムシの陣地戦論から考える
○ 陣地戦の提起の意味。イタリアでのファシズム台頭の評価から、ロシアと比べ、市民社会の発達したヨーロッパ諸国での機動戦の困難さ。支配階級が市民社会を陣地として陣地戦を仕掛けてきている。同業組合、学校、地域自治体等々がファシズム運動の陣地として機能したこと。
○ 日本におけるグラムシ受容の問題点
グラムシにあっては、市民社会は支配階級の陣地と見なされているのに、日本では市民社会は味方の陣地だと想定されていた。根拠として社会主義の優位性という世界情勢の認識があった。
○ 市民社会は支配階級の陣地であるという認識に基づいた、新たな陣地戦論の提起が必要。
○ 新たな主体形成のためには、陣地戦の戦略と戦術の研究が不可欠である。
３．政策提言のためのシンクタンクの目標、現実から目標へのステップ
○ 官僚が独占している政策立案能力に対抗できるシンクタンクの形成が目標。
○ シンクタンクは、国や自治体のもの、大企業のもの、政治家のもの、大学等研究機関のもの、左翼団体のものなど多数存在する。
○ 日本の場合、たくさん存在するシンクタンク同士の横のつながりがない。
第一ステップ
○ どんなシンクタンクがどこで何をやっているか、これをまず調査すること。
○ 大学の科研費を申請できるような研究プランの作成。
○ 予備調査とアンケート調査で概要をつかむ。
第二ステップ
○ 訪問、関係作り。
○ 共通の研究課題の模索、共同研究プランの作成。
○ 政策提言の枠組み検討のプロジェクトの結成。
第三ステップ
○ ネットワークの形成。
○ 共同研究の組織化。
○ 政策提言の作成。

C）第一ステップの詳細　　　　　　　　　　　　　　　　

１．科研費の準備
○　科研費申請のためには、科学に該当させることが必要。政治学で、日本におけるシンクタンクの現状、といったテーマで可能かどうか。あるいは現代政治におけるシンクタンクの地位。社会学ならば、脱官僚制における社会システム上の要としてのシンクタンクの現状分析。経済学では該当しない。
２．予備調査
○　どんなシンクタンクがどこで何をやっているか。
　?　先行研究の調査。たとえば朴現ソウル市長の『韓国市民運動家のまなざし』は日本の市民団体100くらいを訪問し、聞き取り調査をした報告書。このうちシンクタンク機能を持つ団体は相当数ある。この本では朴は、日本の市民団体に横のつながりがないことに驚いている。この調査と翻訳は生活クラブ神奈川の参加型システム研究所が手伝っている。参加型システム研究所への問い合わせがまず必要か。
　?　ネットで調べてみる。
　早速調べてみると、NIRAが日本のシンクタンクの調査をしている。HP日本のシンクタンクにUPされている「シンクタンク情報2014」（PDF12頁）によれば、300の機関にアンケート調査をし、214機関が回答、そのうち研究成果情報の提供があったのは181機関だった。研究成果情報は2,726件。研究成果については1982〜2013年までで、約10万6千件の検索が可能。また各団体の検索もできる。
　14年度の調査によれば、181機関のうち営利法人が82機関、財団法人が65機関（一般：32、公益：33）、社団法人が16機関（一般：13、公益：3）、その他（NPOや学校法人）が18機関だった。
　専門分野は、経済：34機関、総合：31機関、国土開発・利用：28機関、だった。研究の形態は自主研究が1,067件、受託研究が1,610件、助成研究が49件。成果は自主研究の場合、無償公開が648件、有償公開が332件であるが、受託研究の場合は非公開が676件に及ぶ。たぶん役人の天下り先が多いだろう。
　ほかに『助成団体要覧』も毎年出されている。1万円位するので、12年度版が安く出ていたので入手した。これは昔お世話になったもの。
　?　NIRAでマークすべきシンクタンクを探すこと。
　大きなシンクタンクで何をやっているかについては、時間はかかるがNIRAでわかる。調べて注目すべき団体を探すこと。
　?　NIRAが調査していないシンクタンク群の調査
　どのように調査するか。さし当たって脱原発に絞って調べてみることから始めればいい。この調査体制を作りたい。

D）原発ゼロ実現のためのシンクタンクの提案（たたき台）　

１．原発ゼロを巡る攻防
都知事選での細川・小泉連合軍の形成は、勝てなかったものの、原発ゼロか再稼動かで、企業の経営陣の分裂を示した。しかし日本の支配者である官僚は、身内の原発ゼロ派を排除することで分裂はせず、原発ゼロの流れに逆らい、官僚の手に握られている政・業・報・学のネットワークを動員して自民党安倍派を支えている。原発ゼロの運動にとって当面の課題は企業経営陣の分裂に楔を打ち込み、再稼動を阻止することにあるが、官僚支配の優位性を覆すには至っていない。
２．官僚支配は正当なのか
そもそも日本の官僚支配は、戦前の開発独裁の時期に形成され、敗戦後の高度成長期にも維持されてきた。そして成熟社会を迎えた80年代以降も相変わらずその支配は変わるところはない。ところが成熟社会にあっては市民社会に市場や行政を埋め戻すことが必要だが、官僚は自己の消滅に向かう処方箋を書けず、退場することを迫られているにも拘らず、その支配を維持しようとしており、まさに正当性なき支配を継続している。このような正当性なき支配をいかに終わらせるかということに注目すべきである。
３．民主党の政治主導はどうだったか
　2009年の政権交代で、民主党が公約に掲げた政治主導による官僚支配の解消に期待が寄せられた。一部では、アメリカや韓国のように政権交替による高級官僚の入れ替えが予想されたが、鳩山政権は、従来の官僚制の人事における慣習を断ち切れず、この第一歩で挫折した。鳩山辞任以降官僚支配は着実に復活し、民主党政府を取り込み、菅首相に公約にはなかった消費税増税を掲げさせて、民主党の弱体化と同時に消費税増税の道筋をつけるという官僚の政治的意図の実現をはかった。その後、2012年末には野田首相に衆院解散に踏み切らせて、自民党支配の再来をもたらし、以降もねじれ解消というスローガンで参院選をも自民党の圧勝に持ち込ませて、この政治的意図を達成したのだ。日本における官僚支配は完全に復活し、以前よりも力をつけるに至っている。
４．政治主導をいかに実現するか
　官僚と政治家との関係という問題に限れば、日本の場合、政策及び法案作りが完全に官僚側に握られている。自民党は政策及び法案作りを官僚にまる投げしてきたし、自民党支配の時代に野党であった民主党は、独自のシンクタンクすら持ちえておらず、国会議員が片手間に政策作りをしていたに過ぎなかった。
　ドイツでは、政党助成金が議員の数に応じて政党のシンクタンクに降り、シンクタンクが官僚と一緒に政策及び法案作りをしている。日本のように中央官庁の官僚が、学識経験者を招いて研究会や審議会を開いたり、民間大企業のシンクタンクに調査を発注したりして、政策立案をしているのとは大違いである。日本での政治主導は、政党が政策立案能力を官僚から奪い取ることなしには実現しえないであろう。
５．官僚から政策立案能力を奪えるようなシンクタンク構想
　日本の市民社会には、小規模ではあるが多くのシンクタンク活動がある。まずこれらの活動を横につなげることがなされるべきだ。そしてそれらの活動の成果を集約することで成熟社会における政策立案の方向性を定めることが必要である。
　以上の予備的活動（半年から一年）の上に立って、明らかにされた課題別に専門家を組織して問題点を整理し、政策作成の前提条件を形成する。その際原発ゼロという課題を最優先する形で問題点の整理を行い、政治的な先入観を排除して検討することが必要である。原発ゼロを最優先して課題設定することは、官僚には求めても無理であり、この領域での政策立案は官僚のなしうるところではないが、しかし世界と日本社会に緊急に要請されている課題であり、インパクトある構想となることは疑いない。賛同する皆さんのご協力で、構想を具体化していきたい。

E）正当性なき官僚支配

　この文書は原発ゼロ実現のためのシンクタンクの提案の付帯文書として、この間の文書をもとにまとめたものです。

１．私の官僚支配体験
　私は2005年から、社会的経済、社会的企業促進の活動に参加しました。06年関西で結成された共生型経済推進フォーラムで、政策提言のため社会的企業調査に取り組み、聞き取り記録を中心にまとめた共生型経済推進フォーラム編『誰も切らない、分けない経済――時代を変える社会的企業』（同時代社、2009年）を、政権交代のドラマを前にしながら発刊しました。引き続いてフォーラムは、韓国障碍友権益研究所及び共同連と共催で、10年11月には第2回日韓社会的企業セミナー（於大阪市立大学）を開催、東京の企画では衆議院第一議員会館での研究会を開催し、厚生労働省からも参加がありました。その後社会的経済、社会的企業促進の政策提言をまとめ、フォーラムの自費出版でパンフ『緊急政策提言　社会的事業所法制化に向けて』（フォーラム編、2010年）を発行し、社会的企業法制化運動に取り組みました。
　政権交代後、総合福祉法の法制化に向けて、障がい者制度改革推進会議が設けられましたが、これは従来の中央官庁が主催する会議とは違って、障害者の団体の代表が過半を占め、議長も障害者側から選ぶという画期的なメンバー構成となりました。また総合福祉部会には、フォーラムのメンバーも参加しました。しかし、その後の民主党政権の迷走と、障害者団体にまとまった政策提言をなしうる用意がなかったこともあり、結局は厚労省のヘゲモニーで法制化は進められ、社会的企業促進も一旦は文言として文書に登場しはしたが、最終的にはなかったことにされてしまいました。この経過の中で私は官僚支配の現実を身をもって体験したのです。
　まず、社会的経済の領域は、ヨーロッパではサードセクターとして、公的セクター、私的セクター（株式会社など営利事業の領域）、に対抗する独自の非営利・協同セクターの中核をなしていますが、日本の場合、サードセクターの領域は経済的にも人口的にも巨大ですが、官の植民地で縦割りに分断され、セクターとしてのアイデンティティを持ちえていないことが判明しました。
　次に、地方自治体も含め、官僚は住民との協働を掲げてはいますが、交付金などを通して天下り先の開拓に余念がなく、住民自治に対しては絶えず警戒し、横に繋がる自治の試みに水を注そうとしているように見受けられました。
　さらに、官庁主催の研究会や委員会での意見は、聞き置くだけで、政策自体は官庁の当初の意図どおりに作成してしまいます。官僚は、政策作成上の独占的地位をしめているのです。
　以上のような状態の中で、住民は官僚支配に抵抗する有力な手段をもてていないことが分かりました。署名活動、議会への請願、示威行進（デモ）、といったものがあるだけで、日常的な対抗手段をもてていません。グラムシ流に言えば、ヘゲモニー抗争の手段がないのです。サードセクターの諸団体はむしろ自民党サイドのプレッシャーグループとして政権にぶら下がっており、自治をめざしている住民に対しては、排除しようとしているのです。

２．日本の官僚制支配の現実

１）身分から階級へ
　日本の官僚支配に対する批判は、ずっと以前からあり、自民党も何度か公務員制度改革という形で取り組んできました。マスコミも公務員バッシングを続けています。しかし、自民党時代の省庁再編などの改革に対しては、官僚は既得権を却って拡大するという焼け太りで対応してきました。小泉政権時の官邸主導は政と官との関係を変えたかに見えましたが、官僚はポピュリズム的政治に順応しただけで、関係の変革にはいたらなかったのです。
そもそも、日本の官僚制は戦前から継続され、変化はありません。ＧＨＱ（アメリカ占領軍）の民主化も、官僚制にだけは手をつけられなかったのです。明治時代から延々とつづく日本の役人世界（官僚制）の不文律は、年功序列、身分保障（70歳まで）、天下り先の確保です。
具体的にキャリア官僚で見ると、毎年600人が採用され順次昇進して課長になると、それ以降のポストが足りなくなります。１府12省の官僚のトップは事務次官でそれぞれ一人です。したがって課長以上の昇進期には競争に敗れた者を必ず肩たたきによって天下りさせ、渡りをさせていきます。その際待遇は現役同期官僚並みとすることで出世競争から脱落したという不平を封じ込めています。このような仕組みを維持していくためには天下り先の確保が死活問題となります。この仕組みはキャリア官僚だけではなく、ノンキャリアや地方自治体においても慣行化しています。
官僚は本来身分ですが、このような身分保障の体系はそれ自体を階級に形成していることを意味します。資本主義が発達した民主主義国である日本で、身分を階級に形成することは憲法に違反しています。具体的には第14条、法の下の平等及び、15条、公務員の全体の奉仕者規定への違反です。
　明治の官僚制は天皇の臣下であり、天皇の名において任命され、官僚が属する官位の位階制は貴族階級の序列でした。封建時代では身分が階級であり、それを天皇制に再組織したのです。
　敗戦後は憲法によって天皇は象徴とされ、身分が階級となることは禁止されましたが、しかし官僚だけは戦前からの継続性を持っていました。最初は民衆に対する権力行使といったことでしたが、やがて高度成長の時代に官僚身分を階級に形成していったのです。官僚は法律上は身分ですが、この身分を特権化し、自らを階級に形成したのです。　
このような明らかな犯罪行為がこれまで見逃されてきました。まず官僚は自らの階級形成を極秘のうちに行っています。2006〜8年の公務員制度改革が法制化されたときに多少は明るみに出ましたが、しかし官僚の行き過ぎくらいに捉えられていて、階級形成を問題視する見解は提起されていません。というのも日本の資本家政党である自民党自体が議員政党であり、多くの官僚出身者を抱えることで官僚階級に支配され、また資本家階級も業界団体などを通して官僚階級に従属しているからです。
2009年の政権交代で鳩山内閣の政治主導がなぜうまく行かなかったか、ということについては既にいろいろな意見が表明されています。その中で、高級官僚100人の入れ替えをできなかったという説がありますが、それは正鵠をえています。官僚が階級として形成されていることはいわば非合法な事態ですから、政治は真正面からこれと対抗できたはずでした。しかし民主党にはそのような決断も、人材の用意もしていなかったのです。政治主導は口先だけに終わり、官僚の統率が出来ずに歴代自民党政権と同じように、逆に官僚に支配されていきました。こうなると、自民党以上に官僚べったりとなり、完全に官僚主導の政治運営になってしまったのです。
役人の行動原理に先輩批判はタブーというものがあり、前例踏襲、責任回避、が日常的に発生します。アメリカでは政権交代があると3000人のキャリア官僚が入れ替えられるから、彼らが日本のように階級に形成されることはありえません。（逆に、資本家の赤裸々な代弁者たちが、官僚になって自分たちの都合のいいように立法や行政を行う「回転ドア人事」が問題にされています。）日本では政権交代があっても役人の首は飛ばず配置転換もなかったわけですから、官僚は階級としては無傷でいられました。官僚の形式上の長である大臣は長くても数年で交代しますが省庁はずっと継続しています。ここから、官僚が政治・行政・立法及び国会運営の実質的権力を握るという現状が維持され続けられているのです。

２）官僚階級の経済的基礎
その上官僚階級が独自の経済圏を形成しているという問題があります。1955年からの高度経済成長の過程で、以降55年間に官僚の天下りは継続され、官庁も含めた官製企業の就業人口は市場経済のそれを上回るようになっています。民主党国会議員の故石井紘基が作成した統計ではサードセクター陣営も公的セクターに組み込まれていることがわかります。この現実に慣らされているせいか、日本の市民はこの官僚支配の現状に不満は言えども変えようとはしていません。戦前から延々と続く官僚支配にまるで自然環境のようになじみ、支配されたがっているように思われます。だから自民党員であれ民主党員であれ、官僚支配に対して闘おうとする人たちを孤立させてしまいます。
　統計的には少し古いですが、石井紘基『日本を喰いつくす寄生虫』（道出版、2001年）より、官僚階級の経済的基礎について紹介しましょう。2010年に出版された北沢　栄『官僚利権』（実業之日本社）も参照してください。なお、石井は議員特権で官僚支配の実体を暴こうとしたために、2002年に暗殺されています。
?　日本経済の70％は国に支配されている
　まず日本のGDPは、1999年に512兆円ですが、2000年の政府支出：一般会計（85兆円）と特別会計の純計が260兆円、地方公共団体の支出が90兆円、合計350兆円で、これはGDPの70％を占めていたことになります。しかも政府支出の給与分は民間最終消費としてダブルカウントされていますから、残りの30％のなかにも政府支出がカウントされることになります。（石井紘基『日本を喰いつくす寄生虫』、12頁）政府支出に限って国際比較すれば、アメリカ：194兆円／1059兆円、イギリス：45.6兆円／164兆円、フランス：31兆円／163兆円、ドイツ：30兆円／240兆円、日本：260兆円／512兆円です。（同書、13頁）
?　日本最大の貸金業、民間銀行を圧迫する政府系金融
　公的金融機関（648.6兆円）：資金運用部（348.2兆円）政府系金融機関（185.8兆円）中央政府（13.3兆円）地方公共団体（10.8兆円）公的金融法人企業（9.1兆円）その他（81.5兆円）
　民間金融機関（520.4兆円）：都市銀行（215.1兆円）地方銀行（134.1兆円）第二地方銀行（50.6兆円）信用金庫（68.7兆円）信用組合（14.2兆円）貸金業者（37.7兆円）
　政府系金融機関は、金融事業は経済活動ではなく行政事務（行政権の作用に属する事務）ですので行政経費として処理され経営コスト面で民間より優位にあります。（同書、16頁）
?　経済人口の4割が税金に依存している
　被扶養者：6254万人（49％）
　民間企業の雇用者：2781万人（22％）
　税金部門の雇用者：3665万人（29％）
内訳：公務員、議会、政党など470万人（3.7％）福祉、医療、教育、文化、スポーツ、NGOなど1330万人（10.47％）行政企業、（特殊法人、公益法人、第三セクターなど）490万人（3.86％）官公需専門企業800万人（6.3％）農林水産系保護団体・個人545万人（4.29％）
その他30万人（0.24％）（同書、18頁）

３．政治主導の総括
　2009年の政権交代で、民主党が公約に掲げた政治主導による官僚支配の解消に期待が寄せられました。一部では、アメリカや韓国のように政権交替による高級官僚の入れ替えが予想されましたが、鳩山政権は、従来の官僚制の人事における慣習を断ち切れず、この第一歩で挫折しました。鳩山辞任以降官僚支配は着実に復活し、民主党政府を取り込み、菅首相に公約にはなかった消費税増税を掲げさせて、民主党の弱体化と同時に消費税増税の道筋をつけるという官僚の政治的意図の実現をはかりました。その後、2012年末には野田首相に衆院解散に踏み切らせて、自民党支配の再来をもたらし、以降もねじれ解消というスローガンで参院選をも自民党の圧勝に持ち込ませて、この政治的意図を達成したのです。日本における官僚支配は完全に復活し、以前よりも力をつけるに至っています。

４．政治主導の条件
　官僚と政治家との関係という問題に限れば、日本の場合、政策及び法案作りが完全に官僚側に握られています。自民党支配の時代に野党であった民主党は、独自のシンクタンクすら持ちえておらず、国会議員が片手間に政策作りをしていたに過ぎなかったのです。
　ドイツでは、政党助成金が議員の数に応じて政党のシンクタンクに降り、シンクタンクが政策及び法案作りをしています。日本のように中央官庁の官僚が、学識経験者を招いて研究会や審議会を開いたり、民間大企業のシンクタンクに調査を発注したりして、政策立案をしているのとは大違いです。日本での政治主導は、政党が政策立案能力を官僚から奪い取ることなしには実現しえないでしょう。

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2014/03/07

『「資本論」の核心』の薦め

Author: ebara (8:20 pm)

『「資本論」の核心』の薦め

本書の特徴は、ソ連・東欧の崩壊の原理的根拠を解明しているところにあります。
この大事件は、社会主義をプラス・イメージからマイナス・イメージに転換させ、社会主義を前提としていた協同組合のイメージも傷つけました。
一番の問題は、いまだに左翼（社会党、共産党、新左翼を総称しておきます）の側が、ソ連・東欧崩壊についてのきちんとした見解を出しえていないことです。資本主義を変えるのに、まず政治権力を奪取するところからしか可能ではないという考え方がその背景にありましたが、この考え方自体を俎上に乗せることが問われていました。日本での60年安保闘争の経験は、伝統的な考え方に疑問を持つ人々を生み出し、例えば生活クラブ創業者の岩根邦雄のように、日常の生活からの変革を求めて協同組合運動に関わる人々を生み出しましたが、その動きは左翼の中では位置づけられることなく現在に至っています。つまり、政治権力を奪取するところからしか社会革命は可能ではないという考え方のオルタナティブが、運動としては形成されているものの、政治的、思想的影響力を左翼に対して持ちえてはいないのです。
その原因の一つとして、オルタナティブの提起者たちも、89?91年に起きたソ連・東欧崩壊に対してきちんとした評価をしてはいないことがあります。政治権力を奪取することから社会革命へという路線への違和感は表明されてはいましたが、それだけでは影響力を行使できないのです。もっと積極的で原理的な批判が必要でした。
私は、ソ連崩壊の原理的根拠を、商品や貨幣や資本が、人々の無意識の領域で人格の意志支配をするシステムであり、従って、意識的行為によってそれらをなくすという方針は、無意識の領域を意志で統制するという背理を抱えていたというところに求めました。ですから、これらをなくすためには、迂回して、商品や貨幣や資本なしで生産や流通や消費が可能なシステムを作り出す以外に道はありません。このように考えれば協同組合は、その迂回運動の最先端に位置しています。
いま、世界政治においては、かつてハイエクが想定した自由主義と全体主義（この文脈ではソ連社会主義もこれに含まれています）の二極対立に対して、第三の道（ヨーロッパの社会民主主義のリニューアル）が提起され、さらに緑の政治が登場してきています。しかし、自由主義以外の政治思想で、ソ連・東欧崩壊についてきちんと評価したものは見当たりません。世界社会フォーラムは資本主義に代わる「もう一つの世界は可能だ」と呼びかけていますが、その原理的根拠の解明こそがいま問われているのです。
商品や貨幣や資本が、人々の無意識の領域で意志支配をするシステムであるという、ソ連崩壊の原理的根拠はまた、資本主義が様々な抵抗運動にもかかわらず、依然として永続している原理的根拠でもあります。資本主義の矛盾の深刻さにもとづいて、危機が如何に深化しても、主体が登場しなければもう一つの世界は実現できません。そして、商品や貨幣や資本が、人々の無意識の領域で人格の意志支配をするシステムであるという現実は、主体形成の困難をも意味しており、この現実を踏まえた主体形成の展望こそが解明されなければならないのです。この書では、「資本主義を超える」という合言葉で、新しい運動の提起を行っています。ぜひお手にとってみてください。

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2014/03/07

平子友長の物象化論（ノート）

Author: ebara (8:16 pm)

平子友長の物象化論（ノート）

１．平子の物象化論の問題点

　今回は平子のヘーゲル『精神現象学』の解釈を素材とするのだが、まずは平子の独自の物象化論の問題点を指摘することから始めよう。平子の物象化論は『精神現象学』のザッヘ概念の解釈にもとづいている。その著書『社会主義と現代世界』（青木書店、1991年）で平子は物象化と物化について、次のように定議している。
　「物象化Versachlichungとは、個体としての人格（＝主体）と人格（主体）との社会的関連が物象Sacheと物象との社会的関係として現象する過程である。物象化とは諸個人の社会的関係の位相が人格的・・・な関係から物象的Sachelichな関係へ転倒することである。ある対象＝客体は物象的な社会関係の担い手として考察されるとき、物象と規定できる。
　物化Verdinglichungとは、、物象化された社会的関係の諸契機が対象としての物Dingそのものに内属する対象的自然属性として現象する過程である。物化とは、社会的関係の位相そのものが消失して、それが物－属性Eigenschaftの内属関係の位相にずらされることである。ある対象＝客体は、それが担う関係諸規定がすべてその対象に内属する対象的属性として観念されるとき、物と規定される。
　物象化と物化とを区別する必要があるか否かは、結局、物象と物とを区別する必要があるか否かの問題に帰着する。物象も物も『もの』（＝対象、客体）であることに変わりはないが、それが論定される視点と位相を異にしている。一般に、物象の対概念は人格または主体であるが、物のそれは属性である。」（『社会主義と現代世界』、192頁）
　私は拙著『価値形態・物象化・物神性』で、平子の『唯物論』8号（汐文社）掲載の論文「マルクスの経済学批判の方法と弁証法」を取り上げ、その物象化と物化の理解について「現象形態と幻影的形態との区別を自覚的にはつけることができていない」（拙著、22頁）と批判したことがある。ここでの平子の定義についても、この批判がそのまま当てはまる。平子は物象を社会的な関係を結んだそれとして現象すると定義しながら、他方で、それが物として現象するというように、二重に現象するものとされているのだ。何故こうなるかといえば、同じものが論定される視点、つまり研究者の視点においてそれぞれ別の内実をもつものとして区別されるということであり、これは研究者の観念の中で二つの現象が区別されるということにすぎないのだ。では現実の物象とはどのようなものであり、どのように現象しているのかといえば、それは人の目には幻影的形態としてしか反映されはしない。研究者の視点において、その頭の中でだけ区別されるようなものではなく、幻影的形態しか感覚しえないのだ。そしてこの幻影的形態が生じる仕組みこそが商品が物象として成立していることのなかで探求され、物象の現象形態を現実の諸関係として暴き出すことが必要なのだ。これは商品の価値形態の分析を不可避とする。ところがこの作業に手をつけず、物象と物とを頭の中でだけしか区別しない平子は、物象化論を結局は分析視角と見なしてしまうことになる。
次に、マルクスの疎外論と物象化論との関連について、平子は次のように述べている。
「主体の主体としての分析をあえて禁欲することによって、客観的な社会的システムの運動原理そのものをザッハリッヒに把握する方法、これが物象化論の意味である――ザッハリッヒなシステム分析の方法としての物象化論。
　他方、疎外論は物象化されたシステムの運動過程をシステムを構成する私的諸個人の生活行為として捉え直してゆく方法、つまり過程論（ここではシステムが主体）を行為論（諸個人が主体）として読みかえてゆく方法である――主体分析の方法としての疎外論。・・・・・物象化論において資本を主体とする体制としての近代市民社会が構想されるとすれば、疎外論においては労働者個体を主体とした行為の複合体としての近代市民社会が構想される。」（同書、201～2頁）
　このように平子にあっては物象化も疎外も現実の存在ではなく、方法によって作り出される頭の中の概念でしかない、ということになる。このような方法論に従う限り、ヘーゲル研究も自らの思い込みをヘーゲルの中に読みとるということに終わるように感じるが、時には鋭い問題提起があるのでしばらく付き合うことにしよう。

２．疎外論と物象化論をめぐる論争についての平子の評価

　そもそも日本におけるマルクスの物象化論をめぐる論争は、疎外論から物象化論への推転を主張した廣松渉が常に焦点になっていた。そしてマルクスの思想の重点は一貫して疎外論にあるという岩淵慶一らの主張と、廣松派の対立があり、そして物象化論自体を認める立場からの廣松批判が新しく生まれてきた。平子の物象化論はこのような論争を背景に形成されたと見てよい。平子は「ヘーゲル『精神現象学』における疎外論と物象化論（１）」（『経済学研究』北海道大学、34巻2号、1984年、この論文はネットで容易に入手できる）で次のように述べている
「疎外論と物象化論との関係の問題――これは，マルクスの文献解釈の枠内にのみ留まっていてはその全体像を十分に解明しえぬ側面があると，筆者は考えている。従って，主としてマルクスの文献に即しながらこの問題に接近しようとする場合には，特に次の点に留意しなければならないであろう。
第一の留意点は，この問題を初期マルクス(疎外論)と後期マルクス(物象化論)との関係の問題に還元しではならない，ということである。初期マルクスの諸見解に未熟さや認識不足，それに由来する悪しき『哲学的思弁性』が瞥見されること，また初期から後期に至るマルクスの社会認識の発展が不断の自己批判とそれに基く過去の見解との訣別を通して行なわれてきたことも，事実である。しかし，それは必ずしも疎外論の放棄と物象化論への転向を意味しない。この意味で筆者は，『疎外論の論理から物象化論への推転』を説く広松渉氏の見解に疑問を呈している論者たちの主張に与したいと思う。しかし広松説に対する反論が決定的な説得力を有してはいないことも，事実である。それは，批判者たちもやはり初期マルクス(および初期マルクスによって性格描写されている限りでのヘーゲルと後期マルクスとの対抗枠組の内部でのみ，この問題を考究しているからであろう。こうした枠組は批判者たちを呪縛して，初期と後期との断絶を強調する広松氏に対して，疎外論(実は疎外論の初期マルクス的形態)が後期マルクス(経済学批判体系)にも継承されているという連続性の強調によってしか自己を弁証することができない。発展とは継承と断絶との両面を持つ。従来の論争は，発展の継承面を強調する者と，断絶面を強調する者とが，果てしない論争を続けてきたといえる。しかも疎外論がその初期マルクス的形態と安易に同一視されてきた従来の論争状況においては，疎外論と物象化論との関連を真正面から検討しうる地平そのものが欠落していたと言えるのである。物象化論の優位が始めから前提された上で，疎外論の毀誉褒貶が論じられるという舞台設定の枠内で論争がなされてきたからである。疎外論に対して根強く抱懐されている拒絶反応も，こうした舞台設定の仕方に由来する面が少なくない。従って，マルクスの方法において疎外論と物象化論とがいかなる論理的関連を有するのか，この問題を積極的に解明するためには，疎外論と物象化論とがそれぞれ対等の方法論的基軸としての役割を与えられているテクストを求めなければならない。へーゲルの『精神現象学』がそのテクストである。」（『経済学研究』、37～8頁）
これは従来の論争に対するなかなか鋭い批評である。確かにこの提起は、廣松批判者側の弱点を突き出したものとして、納得せざるを得ない。平子が指摘しているように、マルクス主義の研究者で初期マルクスを論じる場合に、ヘーゲルはマルクスのめがねを通して理解され、また『精神現象学』についてもせいぜい自己意識までしか参照されていないというのはまぎれもない事実である。私自身あらためてヘーゲルと初期マルクスを読む機会としてこの論文を書いている。それでいきなり『精神現象学』解釈に入らずに、まずは平子のそれまでのマルクス疎外論解釈に対する提言を紹介することからはじめよう。

３．平子によるマルクス疎外論解釈への批判

　左翼で『精神現象学』の理性まできちんと研究した人はほとんどいないであろう。したがって、平子の読みの紹介に入る前に、平子の結論を先に見ておこう。
「重要なことは，ヘーゲルおよびマルクスにとって，疎外や類(人間の類的本質)が問題になるのは，ヴェルク・モデルの行為論においてではなく，ザッへ・ゼルプスト・モデルのそれにおいてである，ということである。
主体の行為が対象化される客体を，諸主体相互の間主体的関係として設定し，行為することによって決定的に主体と客体が非同一化するザッヘ・ゼルプスト・モデルの行為論によってこそ，疎外の必然性が行為そのものに内在していることが理解される。同時にまた，疎外の根拠が，個体の行為がヴェルクに結実する個別的行為にとどまることはできず，他の諸個体との問主体的関係行為の契機を随伴せざるをえない点に求められる。つまり疎外の根拠が徹底して社会的関係に，あるいは諾個体がザッへ・ゼルプストという物象化された社会的関係を聳立させる彼らの行為の独特のあり方に求められる。更に，疎外の克服の展望は，主・客の非同一性を起点とするザッへ・ゼルプスト・モデルにおいては，本質的に動学的なものにならざるを得ない。主体が主体と客体との同一性を取り戻すためには，主体は客体的世界が有している普遍性の高みにまで自分を厳しく陶冶してゆかなければならない。つまり疎外の止揚は，主体と客体との同一性の実現を阻んでいる外的要因の除去，悪しき制度(例えば私有財産制度や，資本・賃労働関係など)の撤廃に求めることはできない。ザッヘ・ゼルプスト・モデルの確立によって初めて，へーゲルは，疎外論の主題を物象化された社会的関係の内部での主体の陶冶の問題として問題意識化することに成功したと言える。
従来のマルクス疎外論研究の致命的欠陥は，ヴェルク・モデルでマルクスの疎外論を解釈してきたことである。こうした誤読が生じた一つの理由は，初期マルクスにおける労働疎外論の文脈に，『資本論』第一巻第五章の『労働過程』論のモデルが安易に持ち込まれたことである。この労働過程論モデルの特徴は，それが生産関係の特殊な歴史的規定性を捨象して，労働の歴史貫通的性格を抽象したという点にあるだけではない。それを主体・客体の論理，行為論として考察する時，その特徴は，他の労働主体との間主体的関係を捨象した，主体と客体とのスタティックな一対一対応が成立する場面に視点を限定した，問題設定であるという点にある。」（同書、48頁）
いきなりいろいろと理解不能な用語が出てくると思われるので、用語の解説から始めよう。ヴェルク・モデルというときのヴェルクとは、樫山訳では「仕事」と訳されている。それは、「Ⅴ章B-ａ快と必然性」（樫山欽四郎訳『精神現象学』、世界の大思想、河出書房新社、212頁、原典，262頁、以下樫山訳と略記し、ページ数は原典を採用する）でテーマとなっていると平子は見ている。ここでは自己意識の対象はディングである。他方、ザッへ・ゼルプスト・モデルというときのザッへ・ゼルプストとは、「Ⅴ章C-ａ精神的な動物の国とだまし、または『ことそのもの』」（樫山訳、285頁）でテーマとなり、樫山訳では「ことそのもの」と訳されている。平子によれば、Ｂ-ａでは自己意識は単独で対象と仕事を通して関係することが記述され、Ｃ-ａでは他者と自己意識の関係において仕事を考察し、「ことそのもの」（ザッへ・ゼルプスト）の地平を開いているというのだ。
平子のここでのヘーゲル評価については後述するとして、マルクスの疎外論解釈に対する批評の部分に注目しよう。ヘーゲルになぞらえて、平子は従来のマルクス疎外論の解釈が、個と対象の関係、つまりは労働過程論に則してなされていて、個と他の関係から考慮されることがなかったというのである。この点について平子は駄目押し的に述べている。
「マルクスの労働疎外論のモデルとして『資本論』の労働過程論モデル(=ヴェルク・モデル)が無批判的に採用されることによって，マルクスの労働疎外論は，物象化論から切断され，物象化された社会的関係の内部での個体の主体形成(陶冶)のあり方を問うという本来の主題が忘却され，個別的生産過程における個別資本による個別的労働者の搾取に矮小化されることになった。」（同書、49頁）
従来のマルクス疎外論の解釈に対するこの提言は積極的に評価されるべきであろう。

４．平子の『精神現象学』解釈

１）Ⅴ-Ｂ-ａについて
　平子はヘーゲルを取り上げる際にその箇所について次のように指定している。
「へーゲルがザッへとディングとをいかに使い分けていたかを示す格好のテクストが『精神現象学』の中にある。第V章『理性』のB『理性的自己意識が自分自身〔の行為〕を通じて現実化すること』(V-B)とC『自分が即自かつ対自的に実在していることを知っている個体性』(V-C)がそれである。両節はいずれも諸個体の自己意識と，諸個体の行為の錯綜を通して間主体的に形成される(ものでありながら，個体の意識にとっては疎遠な)客体的世界との関係を問題にしている。つまり個人と社会との関係を問題にしている。」（同書、40頁）
　『精神現象学』についてはＢ自己意識まではそれなりに苦労して、いろいろ文章もＨＰに掲載しているが、Ｃ理性、やＤ精神、Ｅ宗教、Ｆ絶対知などは読んではいるが理解しようという気持ちにならなかった部分である。平子の読みに従って勉強することにしよう。C理性（第Ⅴ章）、に注目した平子はまず概論的に次のように述べている。
「さて，ザッヘ，ディング，対象(Gegenstand)，客体(Objekt)――これらの用語はヘーゲルにとって，たとえば眼の前にある一冊の本の様な個別的対象物を意味する用語ではなく，諾個体の行為の複合として形成される，諸個体にとって不可視的な客体的世界(日常語で『世の中』とか『世間』という意味でのdie Welt) を指示する用語であることに，あらかじめ読者の注意を喚起しておきたい。というのも，ヘーゲル哲学に対するありとあらゆる誤解と不信は，上記の点の無理解に端を発しているからである。
ヘーゲルはV-Bにおいては対象的世界をディングと規定しており， V-C においてはザッヘ・ゼルプストと規定している。対象的世界を個体から隔絶されたディングとして聳立せしめる個体のプリミティヴな意識ならびに行為から出発しながら，個体がみずからの悲劇的経験を通して普遍的個体(＝普遍性と個体性との個体のレベルで、の統一)へと自己を厳しく陶冶してゆくことによって，対象的世界をディングからザッヘ・ゼルプスト(＝普遍性と個体性との客体的システムのレベルでの統一)へと転換してゆくことが， V-BからV-Cに至る自己意識の課題である。」（同書、40～1頁）
このように把握した上で、平子はⅤ-Ｂのディングの概念について次のように述べている。
「ディングとは，諸個体の行為連関が諸個体の個別的意識から自立化し，個体から隔絶され，個体に対して超絶的な権力を行使するようになった姿である。ディングとは，諸個体の行為の物化された間主体的関係として，本質的にはディングハイト(Dingheitディングとしてあるあり方〕なのである。・・・・諸個体相互の社会的関係が諸個体から隔絶させられ，一個の自然力のごとくに諸個体に対立し，これを圧倒するようになったもの，これがディングである。」（同書、42頁）
ヘーゲルは自己意識の行為の帰結がディングというようには述べてはいない。Ｂ-ａで取り扱われているのは、「欲望の行為」（樫山訳、263頁）であって労働過程（仕事）ではない。また、「快が受けとられるということは、たしかに、対象的な自己意識としての自分自身になったという、肯定的な意味をもってはいるけれども、まだ同時に、自己自身を廃棄したという、否定的な意味をももっている。」（樫山訳、263頁）とあるように、ディングが自己意識を圧倒するということは、平子の見るような間主体的関係の成立によるものではなくて、欲望を満たし快楽を得ることで、それまでの自己意識が疎外され、廃棄されたという意味でしかないのではなかろうか。つまりヘーゲルは自己意識が快楽を得ることによってディングに取り付かれ自己を見失うことを述べ、それを自己意識の否定の過程とみ、移行とみるのだが、この移行過程を「このように、生命ある存在から生命のない必然へと、移行すること」（樫山訳、265頁）というように、必然性の領域への移行と捉えている。そしてヘーゲルの独自性は、この移行したものも実は自己意識であり、移行は自己意識の経験としてみなされている点だ。否定は抹消ではなくて、止揚なのだ。
平子のここでのディング把握は、『資本論』の物神性論に出てくる物象が物に見えるという幻影的形態を念頭においているように思われるが、ヘーゲルのディングは生命のない、必然性の世界のことではなかろうか。そして自己意識が自己否定（自己疎外）の結果、必然性の領域に到ることで理性としての自己意識はまた次へと歩みをすすめるのである。こう考えると、平子の解釈は無理があるように思われる。ついで、Ｃ-ａについての解釈を見よう。

２）Ⅴ-Ｃ-ａについての諸説
まず、ＢとＣの違いを示すために、ホッブズ的世界とスミス的世界の対比がなされている。
「V-B-a の主体が『各人の各人に対する闘争』を現出させるホッブズ的主体であるのとすれば， V-C-aの主体は各個体が彼らの個別的利害関心に従って利己心をフェアに発動させ合うことが，神の『見えざる手』の働きに導かれて社会全体の福祉を実現することを確信しているスミス的主体である。」（同書、43頁）
先に示唆したように、ヘーゲルのⅤ-Ｂ-ａの内容は、自己意識が欲望の対象と関係し、自己を対象に疎外し、対象を自己意識とすることでディング（対象）に支配されるが、しかしこの生命から生命のないものへの自己意識の移行は、自己意識に反照して自己意識が新しい形態を得るという筋になっている。ここでは他者は「物性」（樫山訳）（ディング）であり、もう一人の自己意識ではない。だからホッブズ的主体と見るのは当たらない。それはともかく平子はつぎのザッへ・ゼルプストの展開をスミス的世界としてみようとしていることを確認しておこう。
「以上の論理をふまえて， V-C-a の世界は展開されてゆく。本節の冒頭で述べた様に，それは，諸個体が各自の営みに没頭するという意味はV-B-aの世界の再現である。しかし， VB-aにおいては，社会的秩序の存立が個体の没落と運命的(=物的)な権力の支配を現出させ
るホップズ的世界であったのに対し，V-C-aにおいては，個人の個体的行為と社会的秩序の存立とを架橋するスミス的な社会的分業の論理が前提されている。この前提の上で，ザッへ・ゼルプストが展開される。」（同書、45頁）
　元々、このくだりの背景に商品交換を読み込んだのはルカーチであった。ルカーチはＣ-ａを念頭において1948年に公刊された『若きヘーゲル』で次のように言っている。
「個人の『いっさいの行動』と『事柄そのもの』（ザッヘ・ゼルプスト）の関係についてのこの叙述は、往々にして難解であり曖昧ではあるが、この『事柄そのもの』において商品の二つの側面、すなわち物としてのその自然的対象性と商品としてのその社会的対象性とが合一していること、しかも商品を一方では自己自身の活動の生産物、この活動の目的とみなし、他方では商品を自己の欲望を満足させるためのたんなる手段とみなし、これら両契機によって他の諸個人との、したがって全社会の運動を生命との実にさまざまな相互関係に入りこむ個体的意識の立場からしてそうなのであることを、つねに念頭においていなければならない。
　かくしてここに人間をその個人的労働において、交換という経済的活動においてたんなる主観性を超えて社会的普遍性に高めてゆくあの弁証法が現れる。」（『ルカーチ著作集』11巻、若きヘーゲル下、白水社、416頁）
　ついでに言っておくと、ルカーチは次のＤ精神の章に、「資本主義における人間相互の関係の地位の現象学的叙述をあたえている」（同書、442頁）とも主張している。また彼はヘーゲルの『精神現象学』以前の経済学研究について、全面的にフォローしていることも付け加えておこう。さて、平子の解釈がルカーチの二番煎じであることは明らかであり、まずはルカーチの解釈についてのこれまでの議論の紹介をしておこう。
　ルカーチの著作以前の1946年に、イポリットは『ヘーゲル精神現象学の生成と構造』を上梓しているがそこにはルカーチとは異なった解釈が展開されている。
　「したがって、仕事の否定は、仕事そのものとともに消滅するのである。ここで、『消滅の消滅』（293頁）がおこるわけである。なぜなら、自然主義的なことばの意味での実在は、ここではのりこえられているからである。ここで定立されているのは、この実在と自己意識との統一なのである。だから、真実の仕事とは、唯物論的な意味でのあれこれの一時的な仕事ではない。すなわち、あれこれの対象的な実在なのではない。そうではなくて、もっと高度の統一なのである。すなわち、われわれが、物の概念を検討しはじめてからずっともとめてきた、存在と自己意識との統一なのである。〈事そのもの〉というのが、この統一である。ヘーゲルは、知覚の物と精神的な〈事〉（すなわち、われわれがここで到達した人間的な〈事〉との区別を執拗に主張している。〈事そのもの〉は、思惟と存在との同一性であるが、のちに、ヘーゲルは、論理学において、〈ロゴス〉が、こうしたものとしての〈事そのもの〉であると語ることになるであろう。ここでは、われわれはもっと直接的にこの同一性の意味を理解する。それは、行為する自己意識と存在との同一性なのである。」（『精神現象学の生成と構造』上巻、岩波書店、1972年、422～3頁）
　イポリットはルカーチの解釈を予想したかのように、「真実の仕事とは、唯物論的な意味でのあれこれの一時的な仕事ではない。すなわち、あれこれの対象的な実在なのではない。」といっている。ルカーチ的解釈は当時いろいろあったのかも知れない。それはともかく、私としてはルカーチの解釈よりもイポリットの解釈を評価したい。
次に全面的にルカーチ説を批判している樫山欽四郎『ヘーゲル精神現象学研究』を紹介しておこう。樫山はルカーチが疎外概念をヘーゲルの中心テーマとして取り出したこと事態を評価しつつも、ルカーチの立場を素朴実在論ととらえ、次のように述べている。
　「そうでないと、素朴実在論の立場からヘーゲルを批評することになる。つまり、客観的な動かすことのできない真実というものがあって、その内面の論理を把握することに科学の仕事があるとする考えが前提にあることになる。そのため、この科学的真理が『和解』というような、それ自体では何物でもなく、ただの観念に過ぎないもの、神秘的なもの、の中に解消して行くのは、結局科学的真理の否定であるということになるのであろう。・・・そこでルカッチの主張の根本には、意識から独立な客観的存在を認めるという思想がある。ヘーゲルの場合にはそういうものは実体なのである。ということは、それは自体的なものであって、それ自体では何物でもない。それが何かであるのはそれの自己否定の場においてである。がそのことが即ち主観のあり方に他ならないということであった。とすれば、この自己否定を去って自己同一を回復しようとすることが、そこに同時にあるのは当然である。だから、疎外は和解を前提し同時にそれと共にあることになる。既に前に詳しく述べておいたように、実体は主観であると考えるのがヘーゲルの前提なのだから、このことについての理解が充全でない限り、ヘーゲルは理解できないことになる。」（樫山欽四郎『精神現象学研究』創文社、1961年101～2頁）
　樫山はルカーチのヘーゲル哲学の根本についての認識の誤りを突き出し、ルカーチがヘーゲルの理解に進めない原因を指摘している。
　また、金子武蔵は訳書『精神現象学』上巻の「訳者注（そのニ）総注」でここの箇所に出てくる誠実な意識のだましあい、「精神的な動物の国」の動物性について次のように解説している。
　「いったい事というのは知覚の場合の物に対応するものである。ただ物が意識に対して外から与えられるにすぎぬものであったのに対して、事は自己意識によって生じたものであるところに相違がある。ところで物をとらえる知覚は真なるものをとらえるものでありながら同時に錯覚でもあったが、同様のことがひたすら事そのものに即さんとする誠実な意識にもあるが、これがすなわち『欺瞞』である。ところですでにⅣにおいて確立せられたように、ひとつの自己意識はただ他の自己意識に対してのみあるのであるから、この欺瞞は相互的になされるものである。」（金子訳『精神現象学』上巻、岩波書店、1971年、720頁）
　ここで、金子は動物的なだましあいが、自己意識の経験として捉えられ、交換行為を念頭には置いていないという考え方を示している。

３）Ⅴ-Ｃ-ａについての平子の解釈
　平子は『社会主義と現代世界』補論「疎外論と物象化論」で『精神現象学』について次のように述べている。
「第三に、ヘーゲル哲学において主体は理念＝絶対精神ではなく個体である。ヘーゲルは、個体を超越した絶対精神をアプリオリに主体として定立したわけではない。ザッヘの成立による個体の主体性喪失、社会的関係の個体からの自立化の論理＝物象化論を媒介として、それを二次的に主客の転倒として再把握したのである。少なくとも『現象学』の論理に則して見るかぎり絶対精神の自己展開、自己疎外という発想はヘーゲルにはない。」（『社会主義と現在世界』、191頁）
そして、ヘーゲルの「疎外論」について次のように説明している。
「物象化という客体的世界の形成を個体の経験として主体的に捉え返す方法が疎外論なのである。物象化論において個体から独立した社会的関係（＝ザッヘ）の形成として論定された事態は、疎外論の視角からすれば個体の生活および意識の分裂――私的個別的生活・意識と社会的普遍的生活・意識との分裂として主体的に再規定される。疎外論とは物象化された社会関係に内在する分裂＝矛盾を個体＝主体の生活と意識に内在する分裂＝矛盾に転換する方法、体制に内在する矛盾を個体の主体的な苦悩、葛藤として再把握することをとおして、分裂の克服を強烈に志向する行為主体の登場する過程を主体の側から追構成してゆく方法である。」（同書、196頁）
物象化という客体世界の形成を前提に疎外論があるという見地は、『経済学・哲学草稿』の新たな読みを導けそうである。それは別にして、このような物象化論と疎外論との関連をヘーゲルから読みとることには無理があるし、平子はマルクスに引き寄せてヘーゲル解釈を行ったのであろう。しかし、このような考えがヘーゲルにあるという根拠は、Ｃ-ａに対する次のような解釈にもとづいている。
「行為とはそれ自体すでに相互承認行為である。ある個体の行為が彼のヴェルクを成就しようと考えているのと同じ空間に，他の諸個体も彼らなりの目的を立てて参入してくる。各個体は，他の諸個体のヴェルグを排斥して，自分自身のヴェルクを成就しようとする。
こうして行為の現実化=ヴェルグの成就をめぐって無数の諸個体の行為が交錯し，錯綜し，競争し，排斥し合う結果として，もはやどの特定の個体のヴェルクとも言えない，あらゆる個体のヴェルクであるとともに，諸個体から相対的に自立した一つの匿名の対象的現実が成立してくる。これがザッへ・ゼルプストである。個体の行為は彼自身のヴェルクを志向しつつ，それを彼のヴェルクとしては現実化することができない。彼が現実化するものは，ザッへ・ゼルプストである。ザッへ・ゼルプストのうちへ解消されることが，ヴェルクの運命なのである。」（「ヘーゲル『精神現象学』における疎外論と物象化論（１）」、46頁）
　ここで平子は、ルカーチ的な商品交換を想定している。平子の主張をあからさまに翻訳すれば、市民社会での個体の行為としてのヴェルクは，交換を通してしか現実化せず、そして交換は貨幣という諸個体から相対的に自立した一つの対象的現実に帰結させ、こうして個体はヴェルクを成就することでザッヘ・ゼルプストを現実化するというわけである。
「ザッへ・ゼルプストは，あらゆる個体の行為の総計であるが，最早どの特定の個体との対応関係も消し去られて，あらゆる個体から独立した社会的関係として現れる。この様に，ザッヘ・ゼルプストがそれを織り上げる諸主体(＝諸個体〉から切り離されて，一つの客体的システムとして定立される時，それは実体(Substanz)，本質(Wesen)，類(Gattung) と呼ばれる。へーゲルおよびマルクスの方法概念として，ザッヘ・ゼルブスト，実体，本質，類を考察する時，これらは主体相互の間主体的関係でありながら，主体から疎外され物象化された客体的システムを，主体との緊張関係を意識しながら，表示する概念である。」（同書、47頁）
このように解釈すれば、ザッヘ・ゼルプストは商品・貨幣・資本だということになってしまう。あるいは逆に、平子は、商品・貨幣・資本がこのような本質だと見ているのかもしれない。ヘーゲル解釈としても、物象化された資本主義社会の現実の解釈としてもこれは成立し得ないと思われるが、とりあえず、ヘーゲルのⅤ-Ｃ-ａの内容をまとめてみることで批判に代えよう。

４）Ⅴ-Ｃ-ａの理性章に占める位置と内容
　ヘーゲルは理性章の冒頭部分で次のように述べている。
「理性はすべての実在であるという意識の確信として、そのまま現れてくるから、その実在を存在の直接態という意味で受けとり、また、自我とこの対象的実在との統一を直接適統一の意味で受けとる。この統一において理性は、存在と自我の両契機を分離した上で再統一することをまだしていない。言いかえると、理性は、この統一をまだ意識したのではなかったのである。」（184頁）
そして、理性章の最後の方にはこれを念頭において次のように語られている。
「こうして意識にとって対象であるものは、真理であるという意味をもっている。それは、それ自体に、また自分自身で、在りまた妥当するという意味で、現に在りまた妥当する。それは、確信とその真理、一般者と個別者、目的とその実在性というような対立に、もはや煩わされることなく、その定在が自己意識の現実であり行為であるような、絶対的なことである。それゆえ、このことは人倫的実体であり、ことの意識は人倫的な意識である。意識の対象は意識にとっては真理とも考えられる。そのわけは、意識が自己意識と存在を一つに統一しているからである。」（301頁）
このいわば対句のような二つの叙述に『精神現象学』の弁証法的方法の核心的内容が盛り込まれている。少し説明すると、私は以前に、次のような弁証法論を提起したことがある。ヘーゲルは『哲学入門』で、哲学の対象を意識に求め、そしてその意識について、自我と対象との関係であると規定している。そして『論理学』にあっては、意識が主体で対象と自我は意識の契機とされている。ところが論理学の生誕を意識の経験の学として叙述した『精神現象学』は、実はこのような弁証法は採用されてはいない。ヘーゲル論理学の専門的研究者たちが、『精神現象学』の論理に違和感を持つのもこの点に関わっている。例えば加藤尚武はこの書を「深淵のような混乱や動揺を抱えた完成度の低い著作」（『新版精神現象学入門』有斐閣、13頁）と評価しているのである。
　ではどのような論理が採用されているのだろうか。それは外の主体の弁証法と呼ぶほかないような論理であり、自我と対象と意識という三者構成では論理学と同じであるが、ここでは意識が主体ではなく、自我と対象が主体で意識はその契機とされているのだ。（詳しくはＨＰ掲載「外の主体の弁証法――『精神現象学』意識論の解読」を参照されたい。）
　この説明が妥当する場面がここにある。理性冒頭部分の文言は、「この統一において理性は、存在と自我の両契機を分離した上で再統一することをまだしていない。言いかえると、理性は、この統一をまだ意識したのではなかったのである。」とある。そして最後の方では、「そのわけは、意識が自己意識と存在を一つに統一しているからである。」とある。
　つまりヘーゲルは論理の完成形態である、自我と存在との統一としての意識をめざしているのだが、理性の冒頭部分では、この統一を意識してはいなかったのに、最後の部分では、意識は自己意識（自我）と存在の統一を意識しているのだ。そしてこの地平への移行を成しとげるに当たっての経験が、理性章の内実をなしていると見ることができる。そして理性章から精神章へと移る際に、次の文言がある。
「私にとって正義が絶対的であるということ、このことによって、私は人倫的実体のうちにいるのであり、そのとき、この実体は自己意識の本質となっている。だが自己意識は、この実体の現実及び定在であり、その自己及び意志である。」（312頁）
　これは理性章での解明の内実が「人倫的実体」であることを示している。ヘーゲルの言う精神とは社会のことであり、家族、市民社会、国家である。この精神の範疇に到る過渡として、理性では「人倫的実体」の成立が説かれているのだ。
　ザッヘ・ゼルプストこそ、人倫的実体であり、これは商品や貨幣や資本というよりは、共同体における共同性という政治的な意識である。

５．与えられた課題　『経済学・哲学草稿』の読み直し

　恐ろしいほどの駆け足でこれを書いている。『精神現象学』も『経済学・哲学草稿』も久しぶりである。しかし幾つか気付いたことがあった。後者について読み直しを提起してノートを閉じるとする。
　平子による、疎外論の前提に物象化論があるという指摘は、平子の提起内容とは別の意味で興味を持った。というのもすでに『価値形態・物象化・物神性』第四章で触れているように、『経済学・哲学草稿』や「ミル評注」でマルクスは物象＝ザッヘ（これは事物と訳されている）という用語を縦横に使っている。しかし物象の成立についての分析はできておらず、用語を使っているからといって物象化論があるとはみなせない。だが、マルクスが国民経済学の諸範疇を物象とみなし、それを社会的な事象と捉えてそれの批判をさしあたっては疎外論の論理で展開したのが「疎外された労働」だった。そしてマルクスの批判はこれで終わるわけではなく、後に『資本論』に結実する物象化批判にまで継続されていく。そして物象化論は物象の成立過程の解明であり、やはり価値形態論の解明が不可欠であることだ。だから平子のように、物象化論をマルクスの方法論とするのは問題があろう。

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2014/03/07

佐々木隆治の物象化論

Author: ebara (8:14 pm)

佐々木隆治の物象化論

はじめに
物象化論に関する大部の著作が相次いで出版された。ひとつは佐々木隆治『マルクスの物象化論』（社会評論社、2011年）であり、もう1冊は山本哲士『物象化論と資本パワー』（文化科学高等研究院出版局、2012年）である。佐々木がマルクスに則して議論しているのに対して、山本は廣松渉に依拠しつつマルクス離れした議論を展開している。まず佐々木の著書を取り上げることにしたい。
マルクスの物象化論については、1990年に出版した自著『価値形態・物象化・物神性』で全面的に取り上げている。佐々木はこの本については知らなかったようだ。共産党系の学者では廣松物象化論の批判では一致しつつも、岩淵慶一のような、疎外論に基本を見て物象化論を否定する議論と、平子友長のような物象化肯定論とがあった。佐々木は平子友長の提起に依拠しつつ自らの物象化論をまとめている。
なお、引用に当たり佐々木からの引用は頁数のみ表示する。
（注）
岩淵慶一は、「マルクスはまさに疎外ことが基本的な事実であって、物象化はこの事実によって規定された現象であると考えていた。」（「疎外　物象化　物神崇拝」『マルクスの疎外論』時潮社、2007年、初出、2004年、161頁）と述べている。なお岩淵には、廣松批判を試みた『神話と真実』（時潮社、1998年）、ほかには社会主義思想を論じた『マルクスの21世紀』（学術書院、2001年）がある。
弟子筋の田上孝一『初期マルクスの疎外論』（時潮社、2000年）にも「疎外論から物象化論へ」と主張した廣松説への批判がある。
私が自著で取り上げた物象化に言及している研究者は、第１章では、廣松渉をはじめ、吉崎祥司（「資本論における“物象化”概念」『唯物論』7号、汐文社）、平子友長（「マルクスの経済学批判の方法と弁証法」『唯物論』8号、汐文社）、岩佐茂（「物象化概念の認識論的反省」『唯物論研究』8号、白石書店）らがあり、第3章では、山本広太郎（『差異とマルクス』1985年）に言及している。第5章では、ルカーチ（『歴史と階級意識』未来社）、唐渡興宣『資本の力と国家の理論』青木書店）、浅見克彦（『所有と物象化』世界書院）らの諸説を取り上げて検討している。
佐々木の師匠筋は、著書による限り、岩佐茂、島崎隆、平子友長、大谷偵乃介、らであるが、佐々木が物象化論をまとめるに当たって思想的に依拠しているのが、ルカーチと共に平子友長（「疎外論と物象化論」『社会主義と現代社会』青木書店、1991年、初出1984年）である。

第１章　佐々木の物象化論

１．解釈自体の問題性を問う
　佐々木は自らの著書を世に問うことの意義について次のように述べている。
「物象化論の『実践的・批判的』意義を明らかにする試みは依然として充分になされていないのである。・・・・物象化論、疎外論、所有論についてのより正確で、明確な解釈を示すこと、これが第二の目的である。」（『マルクスの物象化論』、117～8頁）
見られるように、佐々木がめざしているのは第一に、物象化論の「実践的・批判的意義」の解明であり、第二に、物象化論等々についてより正確で明確な解釈を示すことである。この二つの目的に対して佐々木はそれなりの成果を上げていると見ていいだろう。しかし、その成果自身の内容が問題であり、その検証を試みることでマルクスについて論じる際の課題について示すことにしたい。
先走って言えば、佐々木は物象化論を「解釈」しようとしており、この方法自体がマルクスの問題提起を捉えそこなう原因になっている。『資本論』は解釈の対象ではなくて、実践に活かす理論をわがものとする営みにとっての対象である。私は20年以上も昔の自著におけるマルクスの物象化論把握と、佐々木が現在展開している物象化論解釈とを比較対照しつつ、マルクスとの付き合い方について読者に考えてもらうことにしたい。
２．佐々木の「マルクスの物象化論」＝人格の物象化論
　佐々木は論をおこすに当たり、物象化論をめぐる諸説の検討から始めている。廣松渉、宇野弘蔵、内田弘、林直道、ルカーチ、ポストン、平田清明、ルービン、久留間鮫造、大谷禎乃介、平子友長、らが取り上げられそれらの諸説が検討されている。その際に、「とはいえ『人格と人格との社会的関係が物象と物象との社会的関係として現れる』という物象化概念の概括的な定義については概ね共有されているものとみられる。」（同書、122頁）と述べている。しかし、これは見当違いである。そもそも物象化概念は「物象の人格化」の方にあり、「人格の物象化」は前者自体の帰結であり、裏側なのだ。ところが佐々木にとっては「人格の物象化」の方が物象化の内容をなし、狭義の物象化を指していて、「物象の人格化」は広義の物象化を意味する物象化論の領域にあるというのだ（148～9頁）。
　このような取り違えは、以下に紹介するように、佐々木がマルクスの物象化論を「解釈」するに当たり、『資本論』の物神性の節に依拠し、その結果として、価値形態論を物象の人格化過程と読むことができなかったことの帰結である。
佐々木は「物象化とはなにか」と問い、マルクスは定義を与えていないとした上で、『資本論』第一巻、第一篇、第三章から以下の引用を行っている。
「商品に内在的な対立、すなわち使用価値と価値との対立、私的労働が同時に直接に社会的労働として表わされなければならないという対立、特殊的具体的労働が同時にただ抽象的一般的労働としてのみ通用するという対立、物象の人格化と人格の物象化という対立――この内在的矛盾は、商品変態上の諸対立においてそれの発展した運動諸形態を受けとる。」（『資本論』長谷部訳、河出書房新社版、99頁）
田上孝一が主張しているように、マルクスは「物象化」という言葉を頻繁に使っているわけではない（田上孝一「マルクスの物象化論と廣松の物象化論」『季刊経済理論』48巻2号、桜井書店、2011年）。山本広太郎はこの貨幣章で初めて「物象化」という言葉が登場するので、商品論では物象化論は展開されていないとしたが、その見解を斥けて、佐々木はこの記述だけでは物象化概念を特定できないとしたうえで、『資本論』第１章商品　第４節商品の物神的性格とその秘密　から6段落と7段落を引用し「この一節こそマルクスが自らの物象化論のもっとも基礎となる部分を展開した部分にほかならない」（136頁）と述べている。

３．物神性論の解釈から出発
このように、佐々木の物象化論は、物神性のところに依拠して解釈されている。だから人格の物象化に焦点が定まってしまい、物象の人格化は視野の外になる。そして価値形態論の解釈は物象化概念を確立した上での商品語の解明としてなされているのだが、これ自体問題である。何がぬけてしまうのだろうか。
佐々木は「生産者たちが労働生産物をつうじて互いに社会的に関連しあうということは、どのようにしてなされるのか、」（139頁）と問い、これは先行研究がなしえていない点だと述べている。これはその通りである。しかし、ここから「労働生産物が私的生産者たちの交換において受け取る、この社会的な力こそが価値に他ならない。」（139頁）
と続けられると違和感が生じる。この価値の定義は機能主義的ではないかという違和感である。さらに「たんなる物でしかなかった労働生産物は、社会的な形態を与えられた物としての物象となるのである。」（139頁）と述べられているのだが、このことは価値形態の形態分析から言われなければ単なるご託宣となる。
「このように、私的生産者たちが労働生産物にたいしてそれが社会的な力を持つものであるかのように関わるからこそ、労働生産物はそれらの私的生産者たちにたいして実際に社会的な力をもつものとして通用するのである。つまり、人間たちの生産物にたいする、ある一定の関わりこそが、生産物に価値という属性を与えるのである。」（140頁）
物象化の概念がこのように展開されてくると疑惑は一層深まってくる。初版本文価値形態論および交換過程論で展開されている、物象による人格の意志支配（物象の人格化）の根拠を解明しないまま、物象と人格との意識関係を説くので、価値が人間の態度次第で規定されるものであるかのように論じられている。だから、「彼らは、私的労働を社会的なものとして通用させなければならないという社会関係に強制され、無意識的に、本能的にそれを行っているのである。」（141頁）というつけたしが必要となる。さらに、「なお、私的生産者たちが生産物にたいしてそれを商品とするようにして関わるというとき、それはどのような関わりなのか、ということがさらに問題となるが、この点については「価値形態論を扱う次章で述べる。」（141頁）というように申し送りがなされている。そしてここで佐々木が述べている物象化の概念は次のような事柄だ。
「商品生産関係においては、私的生産者たちの労働は直接に社会的性格を持たないがゆえに、生産物に社会的力を与え、生産物と生産物の社会的関連を形成することによって、社会的性格を獲得するほかない。だからこそ、諸個人の具体的な労働が直接に社会的力をもつのではなく、むしろ生産物という物Dingが物象Sacheとして社会的力を獲得するのである。このような社会的力としての価値という属性を持つにいたった使用対象が商品にほかならない。・・・・しかしながら、他方、これらのことを人間たちは自覚的に行うのではなく、諸関係に強いられて本能的に、無意識のうちに行う。」（145～6頁）
『資本論』の物神性論節のところから物象が概念を取り出すと、こんなものとなる。商品所有者たちに強いる諸関係自体が解明されていない。その諸関係が人間の意識に対してどうかかわるかという事柄を主要に論じたマルクスの物神性論から物象化論の概念を組み立てることの限界がここに現れている。さらに佐々木はマルクスの「諸人格の物象的関係および諸物象の社会関係」という文言を解釈して次のように述べている。
「商品生産関係において私的生産者たちは直接には人格的関係を取り結ぶことができず、労働生産物を社会的力を持つ物、すなわち物象として関連させることによってはじめて他者との社会的関連に入るほかないのだから、私的生産者たちにとっては人格の社会的関係は現に存在している社会的連関として、すなわち物象的連関として現れるほかない、という事態を説明しているのである。」（147頁）
諸人格は生産物を「物象として関連させ」ているわけではない。商品所有者たちが生産物を商品として市場に出すことは、概念的存在としての物象が発するサイン（社会的象形文字に起因する）にしたがって行動しているのだ。もし佐々木の言うように「物象として関連」させているならそのように関連させない行為も可能となるがそうではない。ところが佐々木は物象として関連させない実践の形を模索しているようだ。

４．人格の物象化の概念規定と、独自の物象の人格化論
さて、いよいよ佐々木による「マルクスの物象化論」＝人格の物象化論の概念に到達した。
「ここではたんに人格的な関係が物象の関係によって覆い隠されているだけではなく、物が物象となって実際に社会的力を持ち、人間の行為を制御する、そのような意味で、物が物象となり、人格が物象化されることこそが、マルクスの物象化論の根本なのである。」
（148頁）
　佐々木の物象化論は、何よりも人格が物象化されることであり、その限りで第４節物神性論の解釈からその概念を得てくることが可能なのだが、しかしその際に、物が物象となることについてはブラックボックスに入ったままである。物が物象になることは価値形態論で説かれており、これが物象の人格化で、私はこの事態を物象化論の根本だと捉えているが、佐々木は物象の人格化については次のような独自の解釈をしている。
「第一に、人格の物象化によって、人間の意識の次元において物象の社会的属性をその物自身の自然的属性であるかのように錯覚する認識論的転倒が生まれてくる。これをマルクスは物神崇拝と呼んだ。」（148頁）
まず、人格の物象化が物神性を誘発することが指摘される。そのうえで物象の人格化について次のように述べている。
「第二に、商品、さらには貨幣、資本が物象として大きな社会的力をもつ生産関係においては、人間はなによりもまず物象の人格的な担い手、すなわち商品所有者、貨幣所有者、資本家等々であり、逆に、そのような物象の人格的担い手としての人間の行為を通じて実際に物象も運動することになる。マルクスはこのような事態を物象の人格化と呼んだ。」（149頁）
このように、物象の人格化について佐々木は人間の行為を通じて実際に物象が運動する過程と捉えている。そしてここから独自の「素材の思想家マルクス」という発想が構想される。

５．「素材の思想家マルクス」
　佐々木は「素材の思想家マルクス」について次のように根拠付けている。
「物象の人格化は、物象化に必然的に付随する事態であるが、物象化が商品生産関係において人間の意志や欲望にかかわりなく無意識の次元で成立する物象的連関、またその物象的連関が人間にたいして現象するという事態を指すのに対して、物象の人格化はむしろ具体的に意志や欲望をもつ人間がいかにしてこの物象の運動を担っているのか、また、逆に物象の担い手としての人格がいかに自らの意志や欲望のあり方を変容させていくのか、さらには人格同士が物象の担い手としてどのような関係を取り結ぶのか、という事態に関わる。端的にいうなら、人間（『主体』的素材）の素材（『自然』的素材）に対する態度、人格的関係の次元が問題となっているのである。」（149頁）
佐々木にとっては物象化とは何よりも人格の物象化であり、これを狭義の物象化と定義づけている。そして物象の人格化の方は、広義の物象化であり、物象化論に領域に属し、物神性と物象の人格化の二つの次元があるというのだ。最後に佐々木自身による、「マルクス物象化論」の三つの次元について見ておこう。
「第一に、人格の物象化の次元。さらにこの次元を区別するならば、無意識の次元で形成される形態的論理の次元とそれの人間にたいしての現象の次元がある。
第二に、人間の意識における認識論的転倒、すなわち物神崇拝の次元。この次元においては物象が人間の意識に現れる。ことを通じて、事態が転倒してみえる。
第三に、物象の人格化あるいは実践的態度の次元。この次元においては人格の抱く具体的な素材的欲望、あるいは人格と具体的な素材との関連、社会的形態規定と具体的な素材との関係、さらには人格同士の関係が問題となる。」（149～50頁）
　第三の次元については、佐々木自身第７章で論じているので後に譲り、第一と第二の次元については、佐々木は物神性論に依拠して述べているのだが、その問題点はすでに指摘してきた。次に検討せねばならないのは、「商品語の論理」を強調している佐々木の価値形態論解釈であるが、その前に拙著『価値形態・物象化・物神性』の概要をまとめておこう。

第２章　『価値形態・物象化・物神性』の概要

１．物象（Sache）と物（Ding）の区別から説き起こす
私は『ソビエト経済学批判』（四季書房、1982年）で廣松渉の物象化論への批判を試み、廣松の『資本論』特に価値論の理解がまっとうではないことを明らかにしたが、そのときに『資本論』初版の価値形態論の研究に手をつけていたこともあって、マルクス自身物象化という概念について重要な意義を認めていたことに気付き、廣松独自の物象化論とは内容が異なるが、マルクスも物象化論を提起していることを認め、その後『価値形態・物象化・物神性』（資本論研究会、1990年）に自己の見解をまとめることができた。
　今ここでその概要を紹介しよう。
　第一章　マルクスの物神性批判論　では、物象（Sache）と物（Ding）の違いに注目し、初版本文価値形態論の解読から、マルクスは物象（現象形態）が物という幻影的形態を取るところに物神性の秘密を見ていたことを示し、物象化と物化とを区別することの重要性を明らかにした。そして諸説を検討して、双方の区別をつけている研究者にあっても理解が不十分であることを説いている。
　簡単に要点を紹介すれば、まず『資本論』現行版と初版本文価値形態論との対比がなされ、次の相違が確認されている。
　「双方を比較すれば、第一に、現行版では、人間の眼に反映させる、という点があげられているのに、初版本文では、その反映の原因となる現象形態が示されていること、第二に、その結果、現行版では、労働の社会的性格が、物そのものの対象的性格ととりちがえられる、というように、その性格が問題とされているのに対し、初版本文では、私的労働の社会的諸規定が、労働の社会的な自然被規定性として現れる、というように、その現象における規定性が問題とされていることがわかる。」（『価値形態・物象化・物神性』、2頁）
　現行版では人間の眼に反映させるという点を分析の対象としているが、初版では、その原因となる現象形態そのものが分析対象であること、この小さな違いを手がかりに推理小説のように現行版と初版との違いを解きほぐして行っている。それは次のような双方の分析視角の相違から発生しているのである。
「初版本文での価値形態論の分析が商品の相対的価値の表現の解明ということになっているのに対応して、物神性の秘密も相対的価値形態に則して説かれているのに対し、現行版での物神性の秘密は、等価形態に即して解かれているのである。」（同書、4頁）
　物神性論を、相対的価値形態から論じるか、等価形態から論じるか、この相違は決定的である。このことが判明すれば、価値形態論における双方の分析視角の相違に突き当たらざるをえない。
「現行版の相対的価値形態の分析は、価値関係をまずは同等性関係の一個別例とし、同等性関係一般にみられる特徴から出発して論を進め、価値表現はその個別具体例としてあげられているので、価値表現の本来の特質、つまり同等性関係一般の特徴における特殊性、が鮮明に出てはいない。そして、このことにも規定されて、人々の社会的生産関係についての記述が、価値形態論から切り離されて、物神性論のところにおかれているので、その本当の内実が把握しにくくなっている。」（同書、9頁）
つまり、付録を土台に書き換えられた現行版の簡単な価値形態についての分析が、相対的価値形態と等価形態とを同等に扱い、結果として相対的価値形態の特質が不鮮明になっていること、このことは等価形態から生じる謎的性格を浮かび上がらせはするが、しかし、等価形態が生じる原因は相対的価値形態にある商品の働きかけにあるのであり、この働きかけの内容が、現行版では初版本文に比べ展開力に劣るということを突き止めた。こうして初版本文価値形態論の独自の意義が鮮明となり、その解読に向かわざるをえなくなるのだ。その最初の手がかりは、また次の些細な違いの発見にあった。
「初版本文では、『直接に社会的な形態』という規定を、商品に対して与えており、現行版がこれを労働に対する規定としていることと異なっている。」（12頁）
社会的な形態を商品のそれとしているのが初版本文であり、労働のそれとしているのが現行版である、というところまできたが、その後の拙著第一章での展開は、現行版の観点に如何にたどり着いたか、ということの説明であり、まだ初版本文価値形態論の独自の意義を強調するところまで行ってはいない。それはこの章のテーマが「マルクスの物神性批判論」であったことに規定されている。拙著では初版から現行版への変遷を跡付けたあと、貨幣物神から資本物神まで論じているが今回の当面の論議からは外れるので、紹介はこれくらいにしておこう。

２．初版本文価値形態論の独自の意義
　第二章　マルクスの価値形態論　では、マルクスが物象という現象形態が物という幻影的形態を人の眼に反映させるという主張をしているという第一章での提起を踏まえて、物象という現象形態そのものの分析が価値形態論に見られることを示した。初版本文価値形態論の解読から、商品を物象と捉えてその現象形態の秘密を説くことが価値形態の秘密の解明であり、他方でその現象が幻影的形態を人の目に反映させることが、価値形態の謎で、この秘密の謎の区別が重要であることを明らかにした。その際、初版本文、付録、現行版という価値形態論の三つの展開の相違を踏まえて、論議した。
　拙著は実は私の『資本論』探求の足跡である。だから章を追うごとに、的が絞られ、内容の解明が進んでいく。この章では前章で示した研究者の無理解「人々の社会的関係を物象相互の社会的関係という現象形態の内容とは把握していず、それ自体を物象相互の社会的関係とは別のものであるかの如く想定している」（同書、46頁）ことが、マルクスの物神性論の叙述の解釈を誤り、「この物神性論中に出てくる物象相互の社会的関係という形態の真実の内容を示し、価値形態の秘密を解いた諸規定を結局は理解することができなかった」（同書、49頁）のであり、「価値形態の秘密を解明したマルクスの回答自体がいまやひとつの謎になってしまっている。」（同書、49頁）ということの確認から出発する。
　このような研究者の現実は「現行版の物神性論における価値形態の秘密は、商品形態に則して、形態的に解明されているのではなく、それを前提として、その形態が示している内容そのものを説くという形をとって解明されている」（同書、50頁）ことに規定されており、だとすれば価値形態の秘密を価値形態論から読み取ることが問われ、そのためには初版本文価値形態論の解読へと向かわねばならないのだ。
　初版本文価値形態論解読の視点は「感性的にあらわれはしない対象性が分析の対象であること、このことをふまえ、その内容を、その形態を構成している感性的な対象に帰着せしめないで想定すること」（同書、53頁）となる。このことは「感性的に把握されたかたちが同時に超感性的な価値の形態になっていること」（同書、54頁）を認めることであり、等価形態にある上着が、使用価値でありながら、リンネルとの価値関係にあっては、リンネルの価値を表現する価値鏡としてあり、使用価値体が価値の化身として形態規定されていることを理解することなのだ。
　ここまで到達すると、価値形態における人間労働の抽象化のメカニズムが、思考による分析的抽象とは異なるものであることが見えてくる。まさに「諸物象相互の関係のなかでの抽象作用が、抽象とはいっても思惟による抽象とは異なる事態を実現していることを読みとる力量が問われてくる。」（同書、60～1頁）のだ。この抽象化は従来事態抽象と名付けられてはいるが、その抽象のメカニズムの解読に成功してはこなかった。この解読がなされれば、価値実体論における抽象化と価値形態論における抽象化の違いが鮮明となり、宇野派のように、価値実体論を「古典経済学の残滓」といって投げ捨てることなど決してできないのだ。事態抽象のメカニズムの把握は、価値形態の秘密における初版本文にある「価値形態の理解を妨げるすべての困難のかなめ」（同書、63頁）の解読によって可能となり、そしてこのメカニズムへの理解がこの「困難」を解消するのだ。
　以上のような初版本文価値形態論の解読から、最初の問題に帰ることができる。つまり、人々の社会的関係が、商品形態という物象相互の社会的関係として現象していることを認められなかった研究者の盲点は「商品形態を人々の一定の社会的関係として把握すること」（同書、69頁）によって照らし出されるのだ。この事態は「私的諸労働を同等な人間的労働として連関させることは、商品生産者の私的所有物を私的所有物という性格を変えないままで社会的労働に転化させること」（同書、70頁）を指しており、「この私的諸労働の同等な人間的労働への転化ということが、労働生産物の同等な価値対象性という物象的形態を受けとっている」（同書、70頁）ことの承認なのだ。
　商品の社会的な形態を価値形態から読みとること、このうえに立って、直接に社会的な形態にある商品という規定が理解可能となる。そしてこれらの理解のうえに、労働の社会的形態の解明が進むのだ。いろいろな議論が続くが、佐々木の説との関連で商品世界の批判の観点を最後に紹介しておこう。
　「疎外や物化に対する批判は、疎外や物化それ自体を否定しようとするわけだから、単なる個人としての人間性回復の要求であり、商品世界を人々の一定の社会的関係として把握したうえでの批判にはなっていないことがわかる。・・・物象化及びそれに随伴する物化が、人々の社会的関係の形態であるならば、物象化や物化それ自体の批判ではなく、物象化や物化という事態の下にとり結ばれている人々の社会的関係の内容そのものの批判がなされなければならない。」（同書、90頁）
　この観点は、現在では資本主義を超えるプロジェクトの提起となっている。

３．交換過程論の位置づけ、および物象化過程の分析
　第三章　価値形態論の課題　では、宇野・久留間論争での久留間の主張を批判的に取り上げている。基本的な観点は、価値形態論と交換過程論との論理的整合性は初版本文価値形態論と交換過程論を素材に議論されるべきで、現行版の価値形態論を持ち出すべきではなかった、というものだ。そして初版本文価値形態論と交換過程論の論理を手繰れば、交換過程論で物象が人格化する過程を論じていることが判明する。つまり、価値形態論では物象の成立とその秘密が解かれ、交換過程論では物象の人格化が解かれているのだ。
　以上の基礎固めをしたうえでいよいよ、第四章でマルクスの物象化論の形成過程を取り上げている。そこでは物象化とは何かということに関して「物神性批判論から分離された物象化論とは、物象の成立を分析するものであり、端的には人格の物象化と物象の人格化がなされる事態の分析である。」（同書、127頁）としている。この観点から、初期マルクスについては、物象化の三種のタイプを明示した上で、『経済学・哲学草稿』、『ミル評注』、『ドイツイデオロギー』、を取り上げて『ミル評注』に物象の解読の開始を認め、これを物象化論の出発点への到達と評価した。三種のタイプとは、①商品・貨幣における物象化、②労働の協働がもたらす労働の生産力の物象化、③利子生み資本における物象化、だ。そして、物象それ自体の解明は『経済学批判要綱』でなされているが、物象化論の成立そのものは『経済学批判』に求め、それを「物象化過程の分析」と捉えている。そしてマルクスの物象化論の射程を利子生み資本にまでたどって素描した。
　
４．物象の成立の原理的解明
　第五章は諸説の批判で、ルカーチ説、唐渡説、浅見説が批判的に検討されている。そして、第六章で、価値形態と物象化について、「人格の物象化の原理」「人格の物象化の現実性」「物象の人格化」に分けて考察されている。ここでは、価値形態を人格の物象化がなされるシステムと捉え、その原理と現実性を説明し、交換過程論で物象の人格化を解くという形になっている。第六章は物象化論の中心なので、少し詳細に紹介しておこう。
　まず初版本文価値形態論の解読から、物象の成立について次のように整理した。
「価値形態の分析から、異種労働を社会的に通用させるための特有の形態が浮かびあがってくる。それは、ある一つの具体的有用労働の生産物を抽象的人間労働の単なる実現形態とすることを通しての異種労働の同等な人間労働への還元であり、この還元によって形成された労働の同等性が異種労働を社会に通用させる社会的労働となっているのである。」（同書、190頁）
商品が物象であるということは、価値形態が具体的有用労働を抽象的人間労働の単なる実現形態とする仕組みであることにもとづき、そしてこの還元によって互いに異なる私的諸労働が同等な人間労働として、社会的労働に転化させる働きをもつことだ。だから自らの労働生産物を商品として扱う人格は、物象の成立を前にして、自らの人格を物象化する。
「労働生産物は労働力という人格的力能の支出が社会的に評価される際には、商品相互の関係という物象相互の社会的関係によってなされる。人格的力能の社会的評価が物象相互の関係によってなされるとすれば、そこでは人格は物象化している。労働における人格と人格との社会的関係は、物象と物象との社会的関係に変装され、全面的な物象的依存関係によって補足された諸人格間の独立があらわれる。」（同書、190～1頁）
　人格が無意識のうちに成立させている物象が商品なのだが、その商品の価値形態に物象の成立の原理を証明し、商品が物象として存在していることから、人格の行為の物象化を説くとき、簡単な価値形態では物象成立の原理的解明がなされ、物象の人格化の現実性は価値形態の発展で扱われている。
「リンネルは人間的労働の直接的な実現形態としての裁縫労働に関連することによって、抽象的人間労働の感覚的に存在する物質化としての上着に関連している。人格の物象化の原理は端的に言ってここにあった。このような特定の仕方でのリンネルの上着への関連の現実性がいまや明らかにされるべきである。」（同書、192頁）
　簡単な価値形態で原理的に解明された物象とは、具体的有用労働の産物を抽象的人間労働の実現形態（化身）とする、ということだった。この抽象的人間労働の現実性は、第三形態で与えられる。単一の商品の使用価値を抽象的人間労働の実現形態とするこの形態で初めて諸商品はその単一の商品を媒介にして社会的関係をとり結ぶことができる。
「第三形態の分析で抽象的人間労働の現実性を示したマルクスは、この抽象的人間労働を人々の労働の特定の関係である労働の社会的形態と把えかえすことによって、物象の社会的関係を物象を媒介とした人格の社会的関係として解読した。」（同書、200頁）
　簡単な価値形態で物象の成立の原理を解明し、価値形態の発展の考察から、第三形態で物象の現実性が示され、それが人々の社会的関係であることが説かれたあと、物神性の解明に移る。これは物象と、それを担う人格の意識との関連についての考察である。
「この物神性論は、物象の社会的関係が人々の頭脳にどのように反映するかを明らかにしたものであり、商品の価値形態が生みだす客観的な諸思想形態を規定したものであった。人格的な力の物象化を意味する価値形態が、物神性によって人々の眼には物化するが、そうすると、諸物に超自然的な力が宿ることになり、物神崇拝が発生する。」（同書、204頁）
このように物象化と物化の関係を解明し、物神性論の役割を示した。

５．交換過程論での物象による意志支配
　初版では、価値形態論では貨幣形態は登場しない。貨幣形態の成立は、物神性の解明のあと、交換過程論で解明されるが、そのポイントは人格がその意志を物象に宿すというところにあった。
「物と人格との間では意志関係は成立していないが、しかしそこに人格が自分の意志を物にやどす、という関係があれば、人格の意志は商品という物象がとりむすんでいる物象相互の社会的関係―そしてこれが人々の経済的関係をなしているが―によって規制されることになる。
　物に意志をやどした人格は、経済的諸扮装をまとうが、これこそが経済的諸関係の人格化であり、彼の意志行為は経済的関係の代弁となる。このように物象によって意志を支配された人格が相互にとり結ぶ意志関係、これが契約と呼ばれる法的関係である。」（同書、207頁）
　物象に意志を宿せるとすれば、その物象は概念的存在でなければならない。
「はたして商品たる物は、人格がその意志をやどしうるような存在なのだろうか。意志をやどせるためには、その対象が、概念的存在でなければならない。・・・意志を生じるような概念的存在はある種の思考をする存在でなければならず、具体的なものを分析し、抽象して、判断を下せる存在でなければならない。」（同書、208頁）
実は簡単な価値形態にあって、すでに二つの商品はお互いに抽象しあい、そして自分の価値がいくらに値するかという判断を、等価形態にある商品の現物形態で示していた。
「人々は商品語や商品の思考については無理解であっても、商品に意志をやどすことはできる。その理由は、商品の一般的価値形態にあっては、抽象的なものが個体としてあらわれ、判断がこの個体の自然属性として人々の頭脳に反映されるからであった。」（同書、208頁）
　このような物象化の原理と意志支配による貨幣の成立の解明は、初版本文から読みとる他はない。初版本文価値形態論の概要を以下に紹介しておく。
「マルクスはまず簡単な価値形態の分析で、等価形態にある商品が、その使用価値で相対的価値形態にある商品の価値を表示し、そうすることで、使用価値をつくる労働が、価値を形成する抽象的人間労働の単なる実現形態になっていることを発見して、価値形態の秘密を解き、ここに物象化の原理を見いだしたのであった。
　ついで価値形態の発展ではこの価値形態の秘密が展開され、物象化の現実性が示されていくが、最後に第四形態を想定して、物象相互の社会的関係における困難が示唆される。
　商品の物神性を説いたところでは、商品という物象による人格の意識に対する支配が明らかにされ、それを受けるかたちで交換過程論では物象による人格の意志支配の様式が説かれた後で、第四形態に見られる物象相互の社会的関係における困難が、交換過程での物象の人格化による貨幣形成という商品所有者の本能的共同行為によって解決される。物象相互の社会的関係は物象の人格化によって、完成されるのである。」（同書、214頁）
以上がもっぱら現行版でしか研究していない研究者の理解の彼方にあった諸問題である。ところでこれらの解明によって、物象の人格化と人格の物象化の違いが判明してくる。まず、人格の物象化の理解についてのルカーチ的な物化論が生み出される根拠を見ておこう。
「物象の人格化は、・・・人格それ自体の物象への転化という点で理解されることになる。人間が商品になる、という人間の物化論（ルカーチ的な）が派生する余地が生まれる。
　しかし、人格それ自体の物象への転化は、物象の人格化が人間の意識に与える意識内容ではあっても、現実の人格的なものが物象へと転化していく過程ではありえない。だからこの意味での人格の物象への転化は実は、物象の人格化の裏面にすぎない。物象の人格化が意志支配であるので、この意志支配が、人間の意識にとっては、自己の物象への転化と意識されるのである。・・・・マルクスが物象の人格化を問題にしているところを、物象にされた人間、というその存在のもつ意識でもって読み、そして今度は、この意識内容を人格の物象化の存在形態として表象すること、ここにルカーチ物化論や、その他もろもろの物象化論成立の秘密がある。」（同書、215頁）
　さて、今から思えば、価値形態論は物象の成立とその秘密を解読したものだから、人格の物象化の原理というよりは物象の人格化の原理としたほうが分かりやすかった。対句として「人格の物象化と、物象の人格化」というように使われるのだが、これは「物象の人格化と、人格の物象化」とした方が事態に迫っている。人の手になる労働生産物が商品という物象に転化する過程はたしかに人格の物象化過程ではあるが、この過程から商品の秘密が解明しうるわけではない。一旦成立している商品の価値形態そのものの形式内容の分析から出発すべきだから、人格の物象化過程は捨象したうえでの商品の分析が問われている。だからこれは物象の成立過程の分析なのであり、物象の人格化過程の端緒として規定したほうがベターである。
　そして、この物象の成立と、その物象が意志支配のメカニズムによって人格の意志を捕捉して人格化していく、その裏面が人格の物象化である。とすれば、先に見た佐々木の人格の物象化論は、マルクスの物象化論の解釈としては歪んでいることになる。

第3章　佐々木の価値形態論

１．価値形態論を価値表現のメカニズムに解消
物象化そのものが論じられるのは、物神性論だと見ている佐々木にとっての価値形態論は「価値形態論においては物象化を、すなわち労働生産物が価値を持たなければならないことを前提としてうえで、物象化とは区別される独自の課題が取り扱われる。」（150頁）というものである。つまり、価値形態論は物象化論とは別の内容が展開されているのだが、但し、「物神性論における狭義の物象化論は価値形態論によって補完されてこそ、その論理が精密化されるといえるだろう。というのも、第一に、私的労働が抽象的人間的労働として社会的性格を獲得する実際のプロセスは価値形態論において述べられるからであり、第二に、労働生産物が商品として諸個人に現象するにあたっては価値形態をとらないわけにはいかないからである。」（151頁）という位置づけである。
このように、佐々木は物神性論で狭義の物象化論＝人格の物象化を定義づけたので、価値形態論は補完となっている。ではその内容はどのように解釈されているだろうか。
「現実の資本主義社会において価値は『価格』という形態で表示されるのであるが、この表示がなされる論理的メカニズム、価格という価値を表示する形態の成り立ちとその論理的な必然性を示すことが価値形態論の課題である。」（151頁）
このように問題を設定した佐々木は、現行版の価値形態論の「相対的価値形態の内実」をめぐる論争から入っている。テーマは「回り道」と「価値物」の概念についてである。まず、佐々木の「回り道」解釈は次のようなものだ。
「要するに、まず、リンネルが自分に上着を等置し、上着にたいしてそれを直接的な価値定在とするようにして関わることによって、上着を直接的な価値定在にし、それから、その直接的な価値定在としての上着によって自分の価値を表現するのである。このような価値表現において商品は価値としての定在を獲得し、また、価値としての定在を獲得することによって、その商品を生産した私的労働も社会的性格を獲得する。」（156頁）
これは久留間の解釈への寄りかかりであり、価値形態の秘密の解明に無頓着で、私的労働が社会的性格を獲得する場合、私的性格を変えないままでそうなる仕組みであることに注意していない。久留間説に対しては、『価値形態・物象化・物神性』第3章で取り上げているが先の概要では内容紹介はしていないので、久留間批判についてここで引用しておこう。
「久留間にとっては、具体的労働の抽象化は、異種労働の等置による同等な人間労働への還元ということしか考えられておらず、リンネルの価値が上着で表現されること自体がリンネルを生産する労働の抽象的表現としての意義をもっていることに気付いていないので、等置の関係にもとづく上着の抽象化を独自の形態規定とし、この抽象的人間労働でリンネルが価値を表現する、というところに、リンネルをつくる労働の抽象化を設定せざるをえなかったのである。」（前掲拙著、111頁）
「この主張は結局は、価値を形成する労働の独自な性格を規定している廻り道を価値表現の廻り道と把え、その結果、労働の独自な性格の現出のメカニズムを価値表現のメカニズムと混同したところに生まれたものであるといえよう。」（同書、113頁）
このように久留間の解釈に対しては、一つは価値関係において、具体的有用労働が抽象化されていく仕組みについての理解が不十分であり、もう一つは価値のレベルの論理展開と労働レベルの論理展開を区別してはいない、という批判をしておいたのだ。その結果価値形態の秘密についての理解がなされてはいないのだ。佐々木の場合はどうだろうか。
「だが、他方、論理的なプロセスとしては、私的生産者たちが労働生産物に社会的力を与えることによって連関しあい、社会的分業を成立させなければならないからこそ、価値表現が必要となる、ということになる。つまり、私的生産者たちは互いに社会的に関連しあうために、生産物を社会的な力を持つ物としなければならず、それゆえに、価値表現関係に入っていかざるをえない。だからこそ、物象化が前提されており、価値表現の論理を解明することを課題とする価値形態論においては価値を与えられたものとして考えてよいのである。」（163頁）
これは価値物についての論争の整理として書かれたものであるが、佐々木が物神性論で解明されたとする物象化論が、何故、その前段にある価値形態論の前提となるのかについて説明はされていない。価値形態論では価値を与えれられたものとして想定していることはその通りだが、人格の物象化がなされていることまでもが前提にされているわけではない。私見によれば、価値形態論は価値表現の論理（回り道）の解明に尽きず、何よりも価値形態の秘密が解明されており、これ自体が商品が物象として成立する根拠なのであり、商品が物象として存在しているがゆえに、物象の人格化と人格の物象化が起きるのだ。価値表現のメカニズムの解明だけしか課題としていないこと、何よりも価値形態の秘密についての理解がないこと、これが価値形態論の前提に物象化論を置くという行為の帰結なのだが、逆に、物神性から物象化概念を確立してしまったことによって、価値形態の秘密が見えなくなってしまったのかもしれない。
それはともかくこの後、商品語の話が延えんと続く。佐々木はしきりに「商品語の論理」とか、「商品の論理」とか「価値形態の論理」という言葉は語るがその「論理」についての説明はない。

２．「商品語の論理」の不毛性
　佐々木の著書の独自性は実はこの商品語につての記述にあるのだが、その内容は物象化論からは外れるし、またいたずらに細かい詮索に陥ってしまうので、全面的な検討は行わない。ただいくつかの特徴ある解釈について紹介しコメントしておくにとどめる。まず、労働生産物が価値物になる過程について佐々木は次ように述べる。
「つまり、商品生産関係を前提とする限り、労働生産物は価値物にならなければならず、この価値物としての形態を獲得するために他商品との価値関係を形成し、私的労働を抽象的人間的労働として通用させないではいない。これは、人間が意識的、自覚的に形成しなければならない関係ではなく、物象としての労働生産物、すなわち商品が必然的に形成しなければならない関係であり、言うならば商品自身の論理によって形成される関係なのである。」（177頁）
この記述には何か違和感が残る。商品の価値関係の分析から判明する労働の抽象化が、労働生産物を主語として、労働生産物の行為として描かれているのだ。そう考えると価値形態はそれとして分析することは必要ではなく、労働生産物が従わなければならない「論理」として外から与えられることになる。そしてその「論理」は佐々木の頭の中にあり、しかも説明抜きで提示されるのだ。人間が労働生産物を無意識のうちに価値として扱わざるを得ないのであって、労働生産物が価値にならなければならないわけではない。
「もちろん、商品交換はすぐれて意識的な行為である。だが人間たちはまさにその意識的行為において、無意識的に『物質的なものを価値という抽象に還元』し、私的労働の諸関連を抽象的人間的労働の諸関連として作り出すことを『強制される』。ここに、人間たちの意識的な活動が、彼らの意志からは独立した一定の必然的な連関構造として立ち現れるという転倒が成立するのである。そこでは、人間たちの生産や交換という主体的活動が、その活動自身が作り出す構造によって規定され、制御される。」（178頁）
ここでたち現れるのは人間の眼に反映される幻影的形態であり、物化されたものだ。佐々木は物象化をやはりルカーチの物化のイメージで想定している。そして物化を疎外の概念で跡付けている。ではなくて物象化を意志支配と捉えると新しい地平が開かれてくる。意志支配されていながら、それが自由意志のようにしか自覚されないという構造は、疎外の概念からは導き出せない。
「このような価値の実体と形態の連関を必然化する構造、あたかも人間にとって『客観的』に作用するかのような『商品世界』固有の論理を強調して表現するために、マルクスは『商品語』という奇妙な比喩を採用したのである。リンネル生産者は商品交換において自ら『思い』を語ることができず、リンネルに上着を等置することでリンネルに『思い』を語らせることを強制される。だが、このようにリンネルに語らせることを彼は無意識のうちに行うのであり、それを聞き取ることはできない『商品語』の比喩はこのようにして、私的労働にもとづく社会的分業を前提とする限り、意識的な人間の活動が無意識のうちに人間の意志からは独立した価値の実体と形態の必然的な構造、すなわちあたかも商品を主体とするような『商品世界』固有の論理を作り出し、ここにおいて主体と客体の転倒が起こることを表現するものに他ならない。」（178頁）
商品語による説明はなんら奇妙な比喩ではない。マルクスは商品の価値形態を社会的象形文字と捉え、それを解読してみせたのだ。比喩ではなく、その解読によって、商品が概念的存在であることを示し、その形態そのものが社会的象形文字として人々にサインを送っていることを説き、だから商品語の方言がヘブライ語等々の人間の言語であることを明示しているのだ。もちろん商品が人々に送るサインは、人々がそれに自らの意志を宿す限りのものでしかなく、人々の解読は方言でしかなく、商品語の完全な解読ではありえないのだが。
「むしろ、そこで言われるのは、人間の意識的行為が、人間の行為を規制し制御する実践的構造を無意識的に成立させるという逆説なのである。交換過程論とは違って価値形態論においては交換者の欲望が捨象されていたが、もちろん実際には、『リンネル＝上着』という価値表現は上着を欲するリンネル所有者によって意識的に成立させられるほかない。だが、そうであるにもかかわらず、この価値表現においてリンネル生産者は自らの私的労働の社会的な性格を表示することを自覚的にはできず、その表示を商品の価値表現関係をつうじて無意識的に行うことを強制されるのである。」（178～9頁）
これは結果論であり、価値形態の論理自体は解けてはいない。商品語を比喩と捉えてしまい、それを社会的象形文字と捉えてそれを解読する作業を怠ったのではないか。だから佐々木は商品語の「論理」を単に転倒や強制を説明する道具として使っているだけなのだ。価値形態における価値表現が商品語の論理というブラックボックスに入れられていると見ていいだろう。

第４章　佐々木の実践論

１．物象の人格化の把握
　何よりも実践的・批判的内容を求めて佐々木は解釈を進めている。最後に佐々木の実践論を見ておこう。
「マルクスの眼目は『物象化的錯視』を暴いて『真の社会関係』を把握することにではなく、何よりも物象化の必然性を捉え、変革実践の可能性を物象によって編制された現実そのもののうちに見いだすことにあったからである。」（181頁）
この廣松批判の観点から、佐々木は人格の物象化＝狭義の物象化論、とは区別された物象の人格化について、次の三つのポイントを挙げている。
「第一に、物象の担い手としての人格、つまりここでの商品所有者はたんに物象の論理に制約されているというだけではない。諸人格は、物象の論理に制約されながらも、物象がもっていない独自の論理にしたがって行動する。」（210頁）
「第二の点は、物象化された関係においては、私的個人は相互に物象の人格的担い手として他の私的個人と承認関係に入るほかない、ということである。それゆえ、物象化された関係においては、所有は物象を媒介としてしか成立することができない。・・・・承認という人格的な営みが人格から自立した物象の力に依存することによってしか成立しなくなってしまう。」（213頁）
「第三に、物象化が物神崇拝を絶えず生み出すように、物象の人格化は物象の人格的担い手としての『自由、平等、所有』こそが人間が本来的にもつ自由、平等、所有なのだという観念を絶えず生み出す。」（213～4頁）
このように物象の人格化を捉える佐々木は実践的な契機を「人々は、人間たちにとっては疎遠な物象の力に依存した振る舞いこそが、人格的な振る舞いだという幻想をいだくのである。」（214頁）というところに求めている。

２．実践への道
　では佐々木の実践論はいかなるものか。第７章によりながらコメントしよう。まず好意的に参照されるのがルカーチである。
「ルカーチが指摘するように、近代社会は物象化によって分裂させられ、物象的関係として現象せざるを得ないがゆえに、それを総体として捉え、その変革の条件を把握する媒介的カテゴリーが決定的に重要となる。そのような意味で、マルクスの経済学批判において、価値およびその実体をなす抽象的人間的労働は、物象の運動による素材的世界（具体的有用労働や人間の生活、あるいは自然）の編成を捉えるための、最も基礎的かつ重要な媒介となるのである。」（336頁）
ルカーチは物象化論ではなく、物化論である。このことすらわきまえていないので、困惑してしまう。ルカーチは近代社会を物化された社会として、物化されているがゆえに、総体として把握できると考えたのだが、佐々木流の物象化論では、ルカーチ的意味での物化論ではないはずだから、近代社会の相対的把握もルカーチ的単純さではなかろう。
「価値が主体化し、資本へと発展するならば、価値の運動は抽象的人間的労働を媒介として現実の素材的世界を編制していく。というのは、資本とは価値増殖の運動にほかならないのであり、その価値に反映されるのは素材的世界そのものではなく、素材的世界の一契機をなすにすぎない抽象的人間的労働であるからだ。逆に言えば、素材的世界は抽象的人間的労働の現実的土台としての意義しかもたず、むしろ価値―抽象的人間的労働という一面的な論理にしたがって編制されていくのである。価値は労働という現実の実践に裏打ちされているが、しかし、抽象的人間的労働という一面的な契機しか反映しない。自然や有用的労働という素材的世界はこの一面的な運動の手段として編制されるだけである。この一面的な論理による素材の編成は、素材的世界のなかに様々な軋轢と矛盾を生み出していく。このような物象と素材との矛盾、軋轢を明らかにし、そこに変革のエレメントをさぐるのがマルクスの価値概念の意義なのである。
　したがって、マルクスの価値概念のもつ、本来の『実践的・批判的』意義は価値が主体化する資本主義的生産関係においてこそ掴むことができる。」（337頁）
　このように佐々木の近代社会の把握はルカーチとは違って、一言でいえば素材的世界が資本の価値増殖の論理に従属させられているということだ。だからルカーチのような総体的把握による、プロレタリアートの経済的地位の自覚から発生するとみなされた階級意識の形成という文脈ではなく、価値と素材との間の軋轢と矛盾に実践の契機を見出している。
「資本はけっして世界を完全に包摂しきることはできない。あるいは形態的に包摂するだけならば可能かも知れないが、素材的世界そのものを形態の論理に完全に従属するよう実質的に包摂することなどできない。このような、形態的論理によってはけっして包摂することのできない素材的世界の論理こそが、形態的論理の主体化としての資本の運動に歯止めをかける力となる。」（392～3頁）
佐々木は資本の論理に形態的に包摂しきれない素材について「素材の論理」を提起する。これはすでにポランニーが『大転換』（東洋経済）で提起した、労働、土地、貨幣の論理の二番煎じではないのか。労働力商品化の無理という宇野学派の発想もここにある。
「以上のような素材的世界からの抵抗の諸契機を基礎にしてこそ、賃労働者たちが物象の力によって生み出された仮象をみやぶり、『自己の実現の諸条件からの分離を不公正――強制関係――だと判断する』そのような『並外れた意識』が生まれてくるのである。」（393頁）
ところが佐々木の独自性は、ルカーチ張りの階級意識論を素材の論理につなぎ合わせている点だ。この意識は「素材の論理から生まれでてくる。したがって、それは資本が生み出した素材的世界の軋轢、矛盾そのものに基礎を置いているという意味で『それ自身が資本主義的生産様式の産物』なのである。そして素材的論理にもとづく抵抗の契機と『並外れた意識』を媒介するものこそが、『実践』にほかならない。第5章でも見たように、『労働者は、抑圧された部分として、実践をつうじて、関係全体に、したがってそれに対応する観念や概念や考え方に対して反対するように駆り立てられる』のである。」（394～5頁）というのだから、ここではルカーチや黒田寛一の主体性論に近い。ところが他方では脱物象化の運動に期待してもいる。
「形態による素材的世界の編成は素材的世界からの様々な抵抗を呼び起こさずにはいないのである。この抵抗がさらに諸個人による自覚的なアソシエーション運動として展開されるとき、物象が支配する世界を止揚することが可能となるだろう。アソシエートした諸個人がふたたび生産手段と生産者の本源的統一を回復するとき、物象の人格化としての『自由』、人々を『絶対的貧困』に陥れる『自由』を克服し、『個性の自由な発展』を可能にするための条件が形成され、人間と自然との持続可能な素材変換がより高次な形態で実現されるだろう。マルクスは『資本論』において、このような変革構想をたてたのだと思われる。」（395頁）
この考え方は、いわゆる新しい社会運動と呼ばれている運動のイメージである。「諸個人が素材的な次元での矛盾や軋轢を手がかりにして物象の論理に抗して物象にたいする自らの振る舞いを、したがってまた人格同士の関係を変容させ、そのことによって物象の力を弱めていくことが必要とされる。」（394頁）というように脱物象化の発想が語られている。この発想は、佐々木の新著『私たちはなぜ働くか』（旬報社）で詳しく展開されていることを指摘して、批判の作業を終えたい。
最後に、感想であるが、佐々木は「『資本論』第一巻初版ではすでに価値形態論において物象化が論じられていた」（150頁）ことを知っており、そうであるなら初版本文の解読に取り組むべきだった。そうすれば、マルクスの物象化論についての歪んだ解釈も避けられたであろう。なお、近刊拙著『資本論の核心』（情況新書）では、初版本文価値形態論の解読を試みている。初版本文価値形態論に則した議論が起こることを期待している。

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2014/02/23

中野正『価値形態論』批判

Author: ebara (11:26 am)

中野正『価値形態論』批判

『「資本論」の核心』の論点をめぐって、中野正の価値形態論への批判を掲載します。

　中野正の『価値形態論』（日本評論社、1958年）は、主として宇野弘蔵の『価値論』や『経済原論』などに依拠してマルクスの価値論の批判を試みた著作である。今読み返してみて、初版本文価値形態論の第Ⅳ形態と交換過程論との関連について、私の見解と逆の見解が提起されていることに気付いた。宇野弘蔵のマルクス批判についてはすでに拙著『「資本論」の復権』で取り上げたので、中野の同様のマルクス批判には言及せず、もっぱら第Ⅳ形態と交換過程論の関連について論じている部分について検討しておこう。その前に、中野は形態規定という用語にこだわっているが、しかしマルクスの形態規定論についての理解がなされていない。まずこの問題から取り上げていこう。

１．中野の形態規定論

　中野は、価値と使用価値との矛盾から、労働生産物がどのようにして商品に成るかを明らかにすることが価値論の課題であると見、使用価値としての物が商品化されることを使用価値の形態規定と捉えている。それは単なる使用価値が他人のための使用価値となるという意味であり、この事態を商品化と見ているので、使用価値の捨象はできないと言うのであるが、少し中野の主張を見てみよう。中野は「価値との相関をふくんだ使用価値」（『価値形態論』、日本評論社、1958年、29頁）は捨象できないというのだが、それは商品の使用価値をそのものの自然質料に見るのではなくて、次のように「他人にとっての使用価値」、つまり商品所有者の欲望の見地から見ているからである。
「商品の価値が使用価値を前提としているということは、みぎにのべたような消極的なものにとどまるのではなく、誰かが積極的に買ってくれるといういみで『他人にとっての使用価値』と成ることが、価値の実現・形成を媒介するといういみである。」（同書、30頁）
つまり中野にあっては商品の価値形態それ自体が現実的な商品交換の過程として想定されているのであり、だからそれをマルクスが交換過程論で説いているような使用価値と価値との矛盾から説こうとするのであった。
「商品の使用価値が、たんなる使用価値ではなく、価値からの特種的な形態規定を受けた使用価値であり、またおなじことに帰するが、価値の前提するところの使用価値が、他の商品所有者にたいしてのみあり、端的にいって、買われることによってのみ移譲され・実現されるという関係のうちに、それ自身すでに価値からの規定をうけた使用価値であることをあらわしている点から把握される。」（同書、31頁）
この使用価値の捉え方は、マルクスが価値形態論にあっては使用価値が新しい役割を演じるとみ、ここから使用価値の形態規定を明らかにしていることとは無縁なものとなっている。中野が形態規定されるという意味を、使用価値が他人のための使用価値となる、と把握しているのに対して、マスクスの場合は、価値形態においては等価商品の使用価値が価値の現象形態となっていることを指しているからだ。商品の形態規定について中野はいろいろ論じているが結論的な文言を掲げておこう。
「このようにして、商品に蔵されていた価値と使用価値との対立は、資本流通が労働力を商品としてつかむ点において社会的生産の核心にくい入ってゆくのであり、そこで循環的に運動する基礎をうることになる。ここで、商品の規定面（価値）と被規定面（使用価値）との対立および相互媒介関係は、ようやくそのほんらいの特殊歴史的・かつ特種社会的な形態規定に到達したものとしてあらわれてくる。価値の面は、流通面としてこの特種的な社会的生産の形態面を代表し、使用価値の面は、この形態によって規定された生産面としてその質料面を代表しつつ、両面が相互媒介的に統一されてゆく過程がすなわち資本家的な再生産過程を成しているのである。」（同書、48頁）
中野の問題意識にあっては価値と使用価値の矛盾から資本家的な生産過程の全体を統一的に把握しようというものであり、経済的現実の分析というよりは矛盾の展開の思弁的叙述である。それに付き合うことはできないが、形態規定という重要な概念の平板化がなされているのでそれを暴露する限りでもう少しみていこう。
「以上において、『資本論』の体系をつうじて、特殊歴史的な商品経済の規定面と被規定面との、私的なものと社会的なものとの対立をしだいに高次に媒介してゆく、形態規定の進展を、ほぼマルクスの構成の順序にしたがって概観してきた。・・・・そこでは形態規定の進展につれて、労働力が、社会的生産が、資本機能が、土地が、さいごに資本自身が、資本としての貨幣所有者にとっての・もしくは単に他の商品所有者にとっての・使用価値に転化されて商品化してゆくものとされている。」（同書、69頁）
このように、中野にとっては形態規定とは自然的質料の商品化のことであり、しかもその商品化とは、所有者にとっての使用価値が自分のための使用価値ではなく、他人のための使用価値となるということなのだ。中野は商品化を使用価値の変化から見ており、これが彼の形態規定の中身であるとともに、彼が形態規定を重要視する理由なのだがしかしその理解は経済的形態規定の概念を見失わせるものでしかない。この他人のための使用価値という理解は、マルクスの不払い労働論への批判にまでゆきつく。
「剰余労働が支払われない点に矛盾があるのではない。むしろ支払われる点に矛盾があるのである。そしてそれが労働力の商品化にほかならない。」（同書、117頁）
労働力が商品化し、それが他人（資本）のための使用価値となったときに、中野の形態規定論からすれば、剰余価値は資本家に属する価値としてみざるをえなくなる。資本の生産過程はこの論理からすれば商品による商品の生産として美化されてしまう。
「形態論は、形態（形相）をもって、質料（類としての）をとらえる働きと解し、それを質料よりもヨリ先なる発端とみるのである。そしてこの働きの展開のうちに、種の特種様式＝質的規定性の生成・成熟・完結を実現する原理をみ、この形態と質料との一貫した過程的な統一を実体性として理解しようとしたものが、生成の論理としての弁証法にほかならなかった。」（同書、135頁）
このような思弁的構えでは現実の合理化はあってもそれへの批判はなくならざるをえない。

２．中野の価値形態論

　中野の価値形態論は使用価値と価値との矛盾が展開され、商品ではないものが商品に成るさまを解明するというものだ。しかし使用価値と価値との矛盾とは実は交換過程にぞくするものである。マルクスの価値形態論をこのような視点から検討してみても見当違いの結論しかでてこない。
　「価値形態が、商品存在を顕わにするかたちであり、商品の内部の価値と使用価値との対立を外面化し、価値が使用価値によって、そして使用価値が価値によって媒介されながら、しかもこの二要因が、価値によって積極的に統一されるという、商品のいわゆる否定的な自己媒介のあゆみを定立したかたちであることはいうまでもない。」（同書、194頁）
　このような形は実は初版本文の簡単な価値形態の分析には存在しない。そもそも形態規定のところで述べたように、中野はそれを簡単な価値形態における使用価値の果たす新しい役割とは理解できずに、他人のための使用価値となるというように理解しているのだから次のように全く見当はずれの解釈をしているのだ。
　「だから相対的価値形態も、等価形態も、商品の価値と使用価値との不可分離な二契機を、いわば響かせあっている点に注意しなければならない。それらは両方とも二重の意味のもので、単に一面的に、商品の価値のみの側面を顕わしているのではない。」（同書、194～5頁）
　価値形態において使用価値が受けとる経済的形態規定は、等価商品の使用価値それ自体が相対的価値形態にある商品の価値の鏡となり、価値の化身となるということであって、この場合の使用価値は商品の二重性という場合の自然質料としての使用価値ではない。価値形態にあっては、決して価値と使用価値とはそれぞれが矛盾の契機として自立的に対立しあっているのではない。むしろ価値の側面からしか、相対的価値形態にある商品の価値が等価商品の使用価値で表示されるという事態は明らかにはならない。
　「価値形態は、商品の積極的要因としての価値と、その消極的要因としての使用価値との、積極・消極の関係をあきらかにしつつ、この対立を価値によって積極的に統一して商品が商品と成る仕方を、その第一歩において設定したものにほかならないのである。したがって価値形態は、積極的には、商品の価値の形態であるが、消極的には、同時に商品の使用価値の形態でもある。」（同書、196頁）
　価値形態をこのように捉える中野は不思議なことに『価値形態論』という著作を書きながら、簡単な価値形態の分析について全然展開していないばかりか、マルクスの分析についても理解しようとはしていない。中野は一方的に価値形態を、商品の使用価値と価値との矛盾が展開されて貨幣が生成されてくるという文脈で捉えようとしているので、『資本論』よりもむしろ交換過程の分析で使用価値と価値との矛盾を価値形態の例示によって論じている『経済学批判』に近親間を感じているのではなかろうか。実際中野は『経済学批判』の交換過程論の紹介に多くの頁を割いている。
　ところで中野はマルクスの価値形態論を批判しながら、自身の価値形態論は全然提起できていないのだが、マルクス批判だけは執拗に繰り返している。そして面白いことにその批判の中にかえってマルクスの論点が浮き彫りにされている。マルクスの論点を知るという限りで中野の批判をもう少し紹介しておこう。
　「商品が商品としてあらわれる仕方を設定する価値形態論は、このような商品社会の、実体的関連をまえもって与えられたものとして前提するものではなく、むしろその形成をこれからいわばつむぎだし論証していく、商品のさいしょの論理的なあゆみとしてとらえられなければならない。」（同書、197頁）
　これは価値形態論に先立って価値実体について分析していることへの批判であるが、まさしくマルクスの価値形態論は、価値実体論の先行なしには展開しえないのであり、実体をあらゆる社会に共通な経済原則と見る宇野派の理解が見当違いの理解であり、価値実体とは社会の中で成立している社会的実体であり、価値形態の内的質を指しているのである。商品形態が外から経済原則（実体）を掴むというような形で商品化を理解すべきではなく、抽象的人間労働という社会的実体は商品の価値形態の質として捉えられるべきであり、ここからしか商品批判の観点を正しく打ち立てる事はできないのだ。宇野の理解はポランニー『大転換』（東洋経済新報社）と似ていて、擬制商品批判と市場の社会への埋め戻しという資本主義批判に連なるが、そのような批判は資本主義の魂への外在的批判しかなしえてはいないのだ。今問われているのは資本主義の魂そのものへの批判であり、それは商品の概念の批判から、つまりは価値形態の秘密の解明とその批判からしか始まらない。
「こうなると、さきにもいったように商品は自己の内在的矛盾を価値によって積極的に統一する形態を展開しつつこれから商品に成るものとしてもよりも、むしろすでに価値によって積極的に統一された成果として、すなわちすでに商品になったものとしてとらえられざるをえない。これでは価値形態は商品の価値と使用価値との内面的な対立の外化された現象形態としてではなく、単なる一面的・抽象的な価値の外面としての交換価値の表現形式としてしかとらえられなくなるのである。」（同書、198～9頁）
マルクスは商品の価値形態を分析しているのであって、使用価値と価値との矛盾の展開をそこに見ているわけではない。むしろ商品の存在様式を解明しているのであり、それによって人間がどのような存在へと貶められているかを解明しているのだ。
「要するに、相対的価値形態と等価形態との『双方の形態が、交換価値の形態』にすぎないとする、『初版』の規定は、価値の側面のみを抽出して価値形態をとらえることにより、マルクスの意図に反して、価値形態を、『批判』における相互的な交換比率の表現としての、抽象的な交換価値の表現様式に解消しかねない誘引をはらんでいて、価値形態論としては理解しがたいといわねばならない。」（同書、201頁）
「理解しがたい」というよりも中野は全然別の論理を適用しようとし、マルクスの論理を理解しようという姿勢が見られない。まさに価値形態論とは商品の価値の側面だけを抽出して分析しているのだ。
「価値形態論が、商品の二契機を統一して商品がこれから商品と成るための運動形態の設定としてよりも、むしろ二契機が価値によって積極的に統一された成果の形態分析に変貌しつつある様相をつたえるものであった。」（同書、202頁）
　使用価値と価値との矛盾、これは端的には商品の非直接的交換可能性ということに尽きるのだが、マルクスは『経済学批判』では価値形態の分析としてではなく、交換過程の分析でこの矛盾を扱い、そこで貨幣の生成を解いている。中野の主張はむしろ価値形態論ではなく、交換過程論の論理の提起なのだ。中野は貨幣の必然性を商品の非直接交換可能性に求めるが、これも価値形態で扱える問題ではなく、交換過程に属する問題なのだ。
中野のマルクス批判は価値形態論に交換過程の観点を持ち込み、貨幣の必然性をそこで説こうというものだ。仮に中野の主張を認めるとすれば、簡単な価値形態における使用価値と交換価値の矛盾、あるいは商品の非直接交換可能性をどのように展開しようというのか。これまで見てきたように、積極的主張がなくただいちゃもんをつけているだけであり、自分自身の価値形態論が解体してしまっている。

３．初版本文第Ⅳ形態

　中野による初版本文第Ⅳ形態の評価は次のようなものだ。
「『初版』本文の価値形態論の展開は、この『形態四』における、いわゆる理論的困難の設定に終わっている。形式的にいうと、それは未完結で固有の一般的価値形態にまで達していないといいうるが、じつは、『第三の形態』であたえられている、一般的価値形態の理論的規定の排除におわっているのである。さらにいうと等価形態の展開が価値形態そのものの否定におわるようなかたちで、これがなされているのである。」（同書、227頁）
この中野の評価の問題点は、価値概念という範疇が存在しないことだ。元々中野の価値形態論は価値と使用価値との矛盾の展開として想定されていた。しかしマルクスは初版本文では、価値形態は価値概念から発生することを証明しようとしていたのだ。だから価値形態論の世界では貨幣形態への移行は説かないことがマルクスの初版本文のもくろみであり、価値と使用価値との矛盾は交換過程論で解くべき課題として、第Ⅳ形態が提示されているのだ。
「われわれは、商品が『自己をはじめて現実的に商品として表示する』簡単な価値形態から出発したのであったが、その展開は融和しえない且つ解決しえない絶対的矛盾の設定と、価値形態そのものの否定に終わったのであって、真の現実的な価値形態は、『初版』本文においては、形態展開の到達しえない彼岸としてあらわれたのである。」（230頁）
宇野の価値論では、商品所有者の欲望を持ち込んで考察するので他人のための使用価値という問題意識が発生し、こうして価値形態論の中に交換過程の要素が持ち込まれてしまう。この宇野の提起に従った中野は、初版本文価値形態論に貨幣生成の必然性が説かれていないことをもって価値形態そのものの否定という判断をしている。しかし商品の価値形態は人間の意志を支配する象形文字であり、貨幣生成はこの商品に意志支配された商品所有者たちの無意識のうちでの本能的共同行為によるのであって、価値形態そのものの枠内から貨幣生成を論じることは不可能なのである。
このことは第Ⅳ形態を貨幣形態としている初版付録の「第5節　一般的価値形態から貨幣形態への移行」を見れば明らかである。そこでは初版本文第Ⅳ形態の中身が説かれていて、どの商品も一般的等価物になりうることが説明されている。そしてその場合は諸商品は統一的で一般的な相対的価値形態にはなっておらず、価値概念に一致してはいない。価値概念に一致する形は特別の商品を一般的等価物として排除する社会的行為を要求するのである。だから付録の貨幣形態においても、形態Ⅰから形態Ⅱへの移行や、形態Ⅱから形態Ⅲへの移行には本質的な変動がおきる、としながら、形態Ⅲから形態Ⅳ（貨幣形態）への移行に本質的な変動はないと述べているのだ。つまり初版本文第Ⅳ形態の混沌とした状態が、統一的な貨幣形態に移行するのは「社会的慣行」によってなのであり、これは価値形態論の枠組みの外で起きる事柄なのである。
では何故マルクスは現行版で付録の叙述を採用し、第Ⅳ形態を貨幣形態としたのだろうか。それは現行版でマルクス自身が価値形態論で「貨幣形態の発生史を証明すること――つまり、商品の価値関係に含まれている価値表現の発展を、それの最も簡単な最も見すぼらしい姿態から、燦爛たる貨幣形態までたどること――をなしとげることである。それによって、同時に、貨幣の謎も消滅する。」（『資本論』第１巻、河出書房新社、46頁）と述べていることと関わっている。つまり現行版価値形態論でその第Ⅳ形態に貨幣形態がおかれているのは、まさしく貨幣形態の発生史の証明であり、貨幣の謎の解明（具体的には第Ⅲ形態）だったのだ。だからここでも価値と使用価値との矛盾からの貨幣の生成については論じられておらず、交換過程論に先送りされているのである。だから中野が次のように述べるときに、中野自身の貨幣の謎の理解の曖昧さを表現するものでしかありえないのだ。
「この点は、『初版』本文における価値形態そのものの一件奇妙な展開の様相を規制し、価値と使用価値との矛盾による価値形態の展開が、かんじんの、げんみつな意味の一般的価値形態および貨幣形態に展開しえないという理論的困難をひきおこすとともに、このげんみつな意味の一般的価値形態および貨幣形態導出の理論的困難を、交換過程の実践的解決に托せしめる契機となっている。」（『価値形態論』、189頁）
価値形態論で貨幣形態の謎を解明することが課題だとしたら、第Ⅲ形態の解明で十分であり、そしてこのように商品の概念が解明されれば貨幣形態の現実的生成は価値と使用価値との矛盾の解決の場である交換過程で解くしかないのだ。ところが価値形態論で価値と使用価値との矛盾にもとづく運動を読み取ろうとしている中野は、付録と現行版の価値形態論の第Ⅳ形態が貨幣形態とされることで、初版本文の第Ⅳ形態の処理をどうしたかということで、それを第Ⅱ形態の叙述の変化というところに求めていろいろ詮索しているがそれには触れないでおこう。結論的に中野は次のように述べている。
「こうして『資本論』の価値形態論にあっても、商品関係が、価値と使用価値との、積極・消極の矛盾の展開としてよりも、使用価値を捨象したたんなる価値関係として抽象的に考察される傾向がつよいのである。」（同書、248頁）
この批判に関しては、価値と使用価値の矛盾という設定でどのようにして価値形態論を展開するのか自身の論理が提出されるべきである。
「けれどもこのような傾向は、いかに隠微ななくされたものであっても、価値形態そのものとあいいれない前提をふくむのであり、そのような基礎のうえに価値形態が展開されるとすれば、論理の率直な展開をあとづけるかぎり、究極は、価値形態の否定となって露呈されざるをえないのであった。そしてこれが、『初版』本文の価値形態の展開が価値形態そのものの否定と排除におわるという『形態四』の絶対的矛盾の真の意味なのである。」（249頁）
初版本文形態Ⅳの積極的意義は今こそ重要視されるべきだろう。形態Ⅳの設定こそが価値形態が人の意志を支配する概念的存在であることを知らしめ、交換過程における貨幣生成の現実を把握せしめ、ひいては貨幣が商品所有者の取引のつど生成されているという事態を知らしめるポイントなのだ。ところが中野は交換過程論に関しても問題の把握に成功していない。
「かくして、交換過程において、一般的等価物と貨幣とを導出するマルクスの著名な一節は、文字どおり『黙示録』に終わっている。」（同書、261頁）
「商品所有者たちは、商品本性の諸法則を体した自然本能によってみちびかれるところの、『社会的行為』によって、現実の、固有の意味の一般的等価物および貨幣を導出したのである。
　しかしこのような論理は、貨幣形成の理論的解明といえるであろうか。というよりも、こういう解明の仕方がはたして論理といえるだろうか。いな、論理ではない、実践である、論理はアポリアに到達した。だから『太初に行為ありき』、というファウストの箴言にしたがってこのアポリアを商品所有者の実践によって解決したのであるというふうに理解しうるのであろうか。」（同書、262頁）
　価値形態論では商品が人間の意志を支配する概念的存在であることが明らかにされたが、交換過程論では、それがどのような仕組みで現実的に人格の意志支配を成立させているかということの解明がなされていることが全然理解されていない。
「けれども商品関係というものを、このように、個々の商品同士もしくは商品所有者同士が直接に、相互に対立しあうような関係としてのみ想定しうるであろうか。価値形態は、そういう仕方で商品が他の商品に直接関係するかたちを想定するものであったろうか。そういう想定でもって、商品形態を展開しうるであろうか、したがってまた貨幣生成の必然戦を論証しうるであろうか。むしろそれは貨幣形成の必然性をうしなわせるものではなかろうか。」（同書、288頁）
このように述べることで結局中野はマルクスの価値形態論そのものの枠組みの否定に至っている。この批判は要するに簡単な価値形態の措定自体の否定である。
「端的にいって、価値形態は商品所有者を捨象して展開しうるであろうか。」（同書、271頁）という中野の提案を受け止めるならば、「だから価値形態における、リンネルと上衣との関係はたんに、或る商品と他の商品というだけでなく、正確にいうと、私の或る商品と他人の他の商品としてとらえられなければならない。この区別された商品のもつ同一の・特種社会的な・私的所有の性格は、資本主義生産様式のぎりぎりの極限にほかならない。」（同書、272頁）という問題提起になるのだが、この提案の意味はよく分からない。中野がこだわっているのは、商品の非直接的交換可能性という視点であり、「要するにここでは、商品形態が一般的にいって、直接的交換可能性の形態にないからこそ、その全体的関連を媒介し、全面的交換を可能にする貨幣が形成されねばならない点が、指摘されているのである。」（同書、292頁）と述べているように貨幣の必然性もこの論点と関わっている。
「マルクス自身が、価値形態における非直接的交換可能性の設定とはまったくあいいれない想定、すなわち実在的な個々の商品が相互に直接に対立しあうような想定でもって価値形態論を展開しているからである。」（同書、293頁）
そういうのなら初めから貨幣を導入して価値を論じるということなのか。あるいはまず貨幣の必然性を論じるところから価値形態論を展開せよということなのか。
「いずれにせよ、商品所有者もしくは商品の『社会的行為』を、個々の商品所有者同士もしくは商品同士の直接の相互対立と想定することは、貨幣の必然性を論証しようとするマルクスの方法を破壊せずにはおかない。」（同書、295頁）
中野自身は『価値形態論』での問題提起については言い放なしで、以降は『資本論』批判に転じている。つまり『資本論』の単純な否定に終わっているのだ。『中野正先生追悼集』によれば、発表された当時のこの本の評判はすごかったようだ。特に東大の講義は多くの傾倒者を作ったようだ。しかし『資本論』批判を強めることで宇野派から排除され、それ以降はあまり話題にされてはいない。確かに中野は思弁にたけており、哲学的知識の応用によって解釈していくさまは興味をおぼえるところだが今日的意義といえばあまりない。簡単な価値形態への言及なしの価値形態論というこの本の欠陥を反面教師とすることくらいであろうか。

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2014/02/23

『「資本論」の核心』補講全３回（３-３）

Author: ebara (10:47 am)

『「資本論」の核心』補講全３回（３-３）

　発売中の拙著『「資本論」の核心』（情況新書、2014年、1300円）に収録できなかった講義第３回目をここで公開します。なお本書の目次を末尾に掲載しておきます。

補講第３回　目次
第七講　商品の物神的性格とその秘密
『「資本論」の核心』　目次

第七講　商品の物神的性格とその秘密

１．物象化と物化の区別
　今回のテーマは「商品の物神的性格とその秘密」です。商品の物神性の問題に入るとすれば、当然、現在流行しています廣松渉さんの物象化論、これを批判するということが必要になってきますが、しかしこの点に関しては、すでに私は『ソビエト経済学批判』や『価値形態・物象化・物神性』でそのポイントを述べてあります。それで今回はそれに譲って、ここでは述べません。
　今回の講義をどう進めるかということですが、この『資本論』の商品の物神性のところについては、おそらくこれまで正しく解説されたことがないのではないか。だから、ここではマルクスの説の忠実な解説を試みてみたいのです。あらかじめそのポイントになる点を言っておきますと、一つは価値形態の秘密と謎です。これはこれまで価値形態論のところで強調してきたことですが、価値形態の秘密と価値形態の謎とをマルクスは区別している。価値形態の秘密については、主として相対的価値形態のところでマルクスが明らかにしている一商品の価値が他の商品の使用価値の身体で表される。つまり、等価形態にある商品の使用価値がそのままで抽象的人間労働の体化物となっているという問題です。これに対して価値形態の謎というのは、等価形態にある商品上着が、直接交換可能であるという社会的な性格を生まれながらに持っているように見える、そういうことです。それが等価形態の謎と言われている。そこに注目して、価値形態の秘密と謎を区別しよう、これが重要なのだ、これが今までは混同されていた、それを強調したい。
この問題が物神性のところで非常に重要なポイントとして出てきます。それが、商品が持っている現象形態そのものと、その商品の現象形態を人間が見た場合に人間の頭脳の中にどのような像を反映させるのかという問題です。商品が現象しているそのままの現象が人間の眼に反映する、ということでしたら問題ないのですが、商品は労働生産物のある種の社会的な関係です。その社会的な関係が社会的な関係として人間の目に反映されずに、物どうしの関係として反映される、こういう形になります。これをマルクスは現象形態と幻影的形態というように区別しているのではないか。この二つの違いが、先に言った価値形態の秘密と謎に関係しているのではないか。こういうふうに価値形態の秘密と謎の区別の問題が、物神性を理解していく場合に展開されてきます。いわゆる物象化論はおおはやりですが、ここで私としてはこのように分けるとするならば、当然物象化と物化ということは区別付けて考える必要がある。もちろん両者は関連していますが、物象化という問題は先に言った商品の現象形態に関連し、物化というのはその現象形態が人にとっては物の関係に見える、このように転位するわけで、現象形態が幻影的形態に転位していく。そういう転位の結果を物化と捉えると、マルクスの物神性論は非常にはっきりと理解できると見るのです。

２．物神性論の核心
　それでは、このような観点からマルクスの『資本論』の該当部分を読んでみましょう。65ページです。その下段から69ページの上段の中央辺りまで読んでください。後のところはまた、今回ではなくて別の機会にやりますので、とりあえずそこまで読んでもらいましょう。
　今読んでもらったところで一番ポイントになるところの指摘からいきたいのですが、六六ページの上段の一番最後から下段に移るところです。ここにマルクスの物神性論のポイントが書かれています。ちょっと読んでみますと「それでは、労働生産物が商品形態をとるや否や生ずる労働生産物の謎的性格は、どこから生ずるか？」ということで、以下云々と述べられています。その後、次の段落に移りますと、「だから、商品形態の神秘性なるものは、単につぎの点にある」ということでまた展開されています。この二つを区別して考えようということです。価値形態の秘密と謎というように分けたのですが、これに照応してこの二つの提起がなされているのではないか。こう読むと非常に分かりやすいのではないか、これが第一点です。
実際中身を読んでみますと、「労働生産物の謎的性格は、どこから生ずるか？」とマルクスが提起した場合には、こう言っています。「明らかに、この形態そのものからである。人間の諸労働の同等性は、労働諸生産物の同等な価値対象性という物象的形態を受けとり、人間的労働力の支出の、その時間的継続による度量は、労働諸生産物の価値の大いさという形態を受けとり」と。要するに、これは人間の諸労働の同等性という人間の社会関係に属する性格が労働諸生産物の同等な価値対象性という形で、物象としての商品に属するような物象的な形態に転化していくことです。物象的な形態の中で、人間労働の同等性という本来人間の社会関係に属する労働の内容が実現されていく。これは実は、この規定は商品の現象形態そのものを非常に正確に指摘している。もちろん現象形態と言っても、人がそれをそういう形では認識できないですから、分析した結果、そういう物象的形態があるということですが。
　その次に、次の段落です。この価値形態の秘密に関連した商品の現象形態の指摘に関して、次の段落では「商品形態の神秘性なるものは、単につぎの点にある」と言って、「商品形態は、人間じしんの労働の社会的性格を、労働諸生産物そのものの対象的性格として・これらの物の社会的関係な自然属性として・人間の眼に反映させ」云々とあります。これは等価形態のところでやった等価形態の謎性を念頭に置いて言われているのです。こういうふうに分けて提起していて、その二つに関しておのおの「労働生産物の謎的性格は、どこから生じるか？」ということで価値形態の秘密の内容が展開されて、ここから生じた神秘性は一体どういうものなのかということで、等価形態の謎性に相当する内容が展開されている。このように区別立てて考えることが、物神性の理解にとって決定的です。
　さらに現象形態と、それから等価形態の謎性とをどのように展開しているかということですが、六六ページの下段の後ろのほうから六七ページに入る、そこを読んでみますと、結局、商品の現象形態が単なる物象的なそういう関係、人間の社会関係が単なる物と物との関係に見えてしまうということですが、「これに反して商品形態は、また、それが自らをそこで表示する労働諸生産物の価値関係は、労働諸生産物の物理的本性、および、それから生ずる物的諸関係とは、絶対に何の係わりもない。それは、人々そのものの一定の社会的関係に他ならぬのであって、この関係がここでは、人々の眼には物と物との関係という幻影的形態をとるのである。」と言われています。ここで「幻影的形態」という言葉が出てきます。この幻影的形態が商品の現象形態にも付着していると考えたらいいのです。それを見ると別の形に見える。この別の形に見えたものは、しかしながらそれは商品にとっては幻であるということです。人間にとっては別に幻ではないのですが、商品にとっては幻になっている。ここで商品自身の現象形態と、それが人間の眼に反映した場合の幻影的形態との区別とが出てきます。
　注意しておくべき点は、よくここを念頭に置いて、商品と商品の関係自体が人々の社会関係の物化したものだという理解がなされることです。これはやはりここの読み方を間違っているのではないか。マルクスが言っているのは、商品と商品との関係という、そういう物象相互の社会的関係、これ自体が人々そのものの一定の社会的関係だ、と言っています。そしてこの関係が単なる物と物との関係という幻影的形態をとる。なぜそうかと言えば、商品と商品の関係という物象的な関係によって労働生産物が社会的な力を持っている。等価物、例えば上着の場合、これは他の商品を購買できるという購買力を持っています。その購買力とは本来、人々の社会関係から生じていますが、それが上着という単なる自然物に属しているように見える。これを幻影的形態だと言っているのです。
　そうしますと、ここで現象形態と幻影的形態というように区別して、現象形態が物と物との関係という幻影的形態をとるとすれば、その物象化と物化とをやはり区別して考えないと、にっちもさっちもいかなくなるんじゃないか。物象化とは、人格が物象化して人間の社会的な力が物象に備わってしまうという事態です。そういう事態と、その物象の現象形態が単なる物と物の関係という、幻影的形態をとって人間の眼には反映されるという二重の構造になっている。この二重の構造を明らかにしようとすれば、物象化と物化を区別して、それぞれを現象形態と幻影的形態に関連させて区別する。それを、先ほど言った価値形態の秘密と謎の違いに関連させて考えるようにせざるを得ないのではないか。こう考えていきますと、マルクスの物神性論、これは非常に難解でいろいろ誤解されているところが多いのですが、そこの理解に一本の筋を通せます。

３．社会的象形文字としての商品とその生産
　以上の点を確認した上で、引き続き重要なところを読んでいきますと、六七ページです。「こうした物神的性格は、以上の分析ですでに明らかにされたように、商品を生産する労働の独自的・社会的性格から生ずる。」と。これは、ここ以降、今度は商品を生産する労働ですから、今までは商品と商品との関係から、そういう謎的性格がどこから生じるかという問題と、その謎性、神秘性なるものはどういうことなのかを明らかにしたのでが、ここからは、それを労働という観点から見ています。
注意しておくべき点は、67ページの上段から下段へわたるところです。「すなわち、彼らの諸労働そのものにおける人と人との直接的に社会的な関係としてではなく、むしろ、人と人との物象的関係および物象と物象との社会的関係として、現象する。」と述べられています。ここに注意を払ってほしいのです。結局、商品形態自体が、何らかの人々の社会的関係が物化したものだと捉えられている普通のとらえ方からすれば、人々の社会関係が、商品の関係とは別のところに何となくあるということを前提にしています。ところが、商品の形態が人々の社会的関係の現象形態である、それは物象化されているが、そういう形で人間の社会的関係が存在していると見た場合には、この物象的な関係が物化されていて、これが幻影的形態になっているという理解につながっていくのですが、その理解の正しさが、ここでやはり証明されているのではないのか。つまりマルクスはここで「彼らの諸労働そのものにおける人と人との直接的に社会的な関係」ではない、人と人との物象的な関係であり、物象と物象との社会的関係であって、これが商品の関係なのだ。それがまた、商品を生産する労働の関係なのだと言っているのです。ですから、結局、人々の関係の物象化であるとか物化とか言う場合に、物象的な関連を抜きに、今日の商品経済においては人々の社会的な関係はないのだ。物象的な関連を抜いてしまうと、お互いに独立した私的所有者たちがいる、私的労働生産物の所有者たちがいるということだけになってしまって、社会的な関係はそこにはないのです。
　その次に注目すべき点は、67ページの下の段の真ん中辺です。「したがって諸物象の価値性格がすでにそれらの生産そのものにさいして問題となるとき」と言っています。ここは結局、労働から見て私的労働の生産物がどのように商品を生産していくか。そういう商品を生産する過程で、どのように物神性が形成されていくかということを追究していますが、ここで言われている内容は、生産に対して人々が何らかの、社会全体のいわゆる資源配分を意識的に統制して、その上で生産していくということではなくて、諸物象の価値性格が生産を規制している関係になっているのだ。したがって抽象的人間労働が持っている生産に対する関係を考えていく手がかりがここでは与えられています。
　そういうことを見ていきますと、その次のポイントは六八ページに入るところです。結局、生産物をお互いに関係させあうことによって、その関係のなかで社会的実体である抽象的人間労働相互の関係を作っていくという形で、人々が私的労働を社会的に通用するような形にしていきますから、物象の関係に付着している、そこに付着するところの価値、その価値がその商品の生産過程を支配していく、そういう逆転が起こっていくのではないかということです。
　その次に、また価値についての面白い言い方あります。六八ページの真ん中に「価値なるものの額には、それが何であるかということは書かれていない。価値はむしろ、どの労働生産物をも一つの社会的象形文字に転化する。」と。人間の労働が抽象的人間労働であるという点で同等だ、そういう同等性において人々の労働が社会的労働になると言うのなら、あらゆる労働は具体的な有用労働であると同時に単なる人間労働力の支出ですから、価値は抽象的人間労働だということになります。この見方からすれば、あらゆる労働は人間労働として共通だから社会的なのだという、説明が成り立つのですが、価値が私的労働を社会的労働にする、そのシステムはそういうものではない。私的労働の生産物をお互いに等置しあうことを通して、それを抽象的人間労働という社会的労働に形成するのです。という意味で、価値は社会的労働の関係ですが、価値自体は何であるかということは価値を見ても分からない。生産物を一つの社会的象形文字にする、こうマルクスは言います。
例えばスイカが一個千円であるとかシャツが一枚三千円であるというように労働生産物が価格を持って現れています。商品経済でなければ、こういう労働生産物のこのような形での表示ということはないのですから、これを社会的象形文字だとマルクスは言っているのです。この社会的象形文字がどういう意味を持っているのだろうかとその秘密を探ろうとし、スイカが一個千円であるとかシャツが一枚三千円であるとかいうのは、そこにその生産物に支出された人間的労働なのだ、それが実体になっていることを発見していく。それが秘密だということがだんだん明らかになっていく。ところが問題は、そういうことが明らかにされても、別に人間労働の同等性ということを人々が意識的に作れる、人々が社会関係のなかで商品形態を借りずに作れるということにはならなくて、やはり商品形態を借りてしなければならない。商品形態を借りてする以上は、物象化および物神性・物化はなくならない。したがって、物象化され物化された形で社会の法則が貫徹されていくということになっていくのです。その仕組みが、その次に書かれています。
　なぜ、そういうふうになっていくかということについては、時間もないので省略しますけれども、ここで重要な点は、価値とは何であるかということを理解したことです。人間に属する労働の社会的性格という、人間社会に属する性格が、労働生産物という、物象に属するものとして現れてくる。労働生産物の価値性格とはそういうことです。そういうことが分かり、価値とは何かということが分かっても、幻影的形態は消えない。人間の労働の物象化と、生産物が商品形態をとることによって物象に転化することがあれば、必然的にそれが幻影的形態を人間の眼に発生させる物化のメカニズムも同時にあります。そういう意味で物象化と物化とが密接に結びついている。

４．感性で把握できない理由
　一応の説明をした後で、今度は最初のところに移ってみましょう。一番最初の段落です。それを見ますと、商品は一見して非常に平凡なものなのですが、それが価値を持っているという点になると非常に分からないものになっていく。物が商品として、例えば価格を持つというふうな形で登場すると、それは感覚ではつかめないものに転化していくということが書いてあります。こういうことは結局、ここの「感性的で超感性的な物に転化する」という訳がありますが、ここは「感性に超感性的な物に転化する」というふうに訳すべきだという意見もありますが、その訳を採りますと、結局、感覚では捉まえられないものに転化していくということです。感覚で捉えられないということはどういうことかと言えば、人間の労働が物象化すると、その物象化した現象がそのまま捉えられれば感性で把握できるのですが、それが物の自然的な属性として人間の眼には見えるのです。そうすると感性で捉えられるのは、そういう物の世界ですけれども、問題は物の世界ではなくて物象の世界なのです。物の世界は当然、物象の世界とはずれていて幻影的で、物象の世界という点から見たら幻影である。したがって商品の現象自体は感性では捉えられない、こういう意味なのです。
　それから、その次を開けますと、66ページの上段です。ここには価値規定の内容があります。これも簡単に説明しておきますと、結局、価値とは今言った変な形だ。ところが、価値を規定するものは何かと言った場合、それは労働でそれも抽象的な労働です。この抽象的な労働とは何かについては非常に簡単ではないか。人間の労働力の、生理学的な意味での支出です。それから、価値の大きさを規定するのは労働時間です。したがって、普通の労働が抽象的人間労働という性格をもっていて、その量は時間で計れるということ、それ自体は全然不思議ではない。ところが、その価値を規定するその内容が、価値になった場合には物と物との関係、商品と商品との関係において、そういう抽象的人間労働が社会的に成立していくという構造になるのです。異種労働を等置することによって、人々の私的労働を社会的労働である抽象的人間労働に還元していくという、こういう変な構造がある。その構造が、その構造として、それ自身が人間に認識されるのであれば問題はないのですが、そういう物象化した構造自体が人間の眼に幻影的形態を反映させる。そういう意味で、商品の価値性格が感覚でつかめないものになっていく、こういうことなのです。これを考慮に入れて、ここのところを読んでいくと非常に分かりやすい。
　今回やり残したところは、その次に初版本文の価値形態論をやり、初版本文の物神性論も当然やるのですが、初版本文の物神性論は、後で言いますが現行版とはかなり違っている。その現行版が初版本文と違うところが今までのところです。その後は、ほとんど初版本文の叙述を踏襲している。そういうこともあって、やり残したところについては初版本文のところで説明します。もちろん、今の段階でこの部分について当然読んでおいてほしいです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（補講終了）

『「資本論」の核心』　目次

序文
資本主義を超える／「なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか？」／本書の内容／類書について

第一部　商品の原理――『資本論』初版本文価値形態論講義　

第一章　いま、なぜ『資本論』なのか
第一節　『資本論』の読み方
概説書ではなく直接読む／用語解説／何故初版本文価値形態論か／訳語上の難関
第二節　『資本論』の今日的意義
階級の解体ではなくて階級の成熟／商品の価値形態を人格の物象化、物象の人格化の形式と読む／資本主義を超える

第二章　価値形態論の意義
第一節　『資本論』初版の訳本について
第二節　物神性論の違いを手がかりに
第三節　価値形態についての三つの叙述
第四節　初版本文価値形態論の特徴と意義

第三章　簡単な価値形態
第一節　冒頭の一番重要なところの解読
第二節　人間労働の抽象化の仕組み
第三節　分析的抽象の限界
第四節　事態抽象の論理
第五節　反照の論理
第六節　等価形態の謎性

第四章　一般的な価値形態
第一節　その特徴
第二節　個物と一般的なものの関係の転倒
第三節　商品の社会的形態
第四節　商品の社会的形態の特徴
第五節　労働の社会的形態
第六節　第Ⅳ形態と物神性

第五章　物神性論と交換過程論
第一節　相対的価値形態における物神性
第二節　商品の神秘性（秘密）
第三節　現行版の唐突な規定
第四節　残された問題
第五節　価値形態論と交換過程論の関連をめぐる論争の限界
第六節　交換過程論での商品所有者（人格）の登場の意味
第七節　価値形態論から交換過程論への移行

第六章　商品批判の重要性
第一節　現行版物神性論の核心
第二節　社会的象形文字としての商品とその生産
第三節　感性で把握できない理由
第四節　物神性論の残り
第五節　交換過程論の残り
第六節　商品と差別
第七節　物神性と支配・服従関係をめぐる社会的意識
第八節　市民社会と国家
第九節　土台と上部構造
　
第七章　『資本論』第一章商品、第二章交換過程、概観
はじめに
第一節　商品の二要因―使用価値と価値
第二節　商品で表示される労働の二重性格
第三節　価値形態または交換価値
価値形態の五類型と価格形態／価値形態の秘密と謎／価値表現の回り道／物象化の原理と物神性／価値形態の発展／一般的等価形態の矛盾（初版本文形態Ⅳ）
第四節　交換過程
貨幣の生成／物象の概念的構造／無意識のうちでの本能的共同行為

第二部　『資本論』の発展　　　　　　　　　　　　　　　

第八章　『資本論』第三巻草稿、「信用と架空資本」
第一節　エンゲルスの編集の問題点
第二節　大谷禎之介の考証
第三節　第二五章本文の草稿
第四節　草稿と現行版との相違
第五節　信用の体系の統一的把握
第六節　架空資本と銀行信用

第九章　文化知の提案――価値形態論の学際的意義
第一節　文化知とは何か
相対化される科学知／科学知の限界／科学の方法の刷新
第二節　文化知創造に向けて
科学の方法への反省／現象学の限界／価値形態論解読の意義
第三節　文化知の方法
超感性的な現象形態／関係としてしか存在しない実体の発見／形態規定／思考の論
理と存在の論理／類と個の転倒

第三部　『資本論』の現代的意義

第一〇章　いま、『資本論』はいかに読まれるべきか――私の『資本論』入門　　
第一節　現代における革命主体の問題
『共産党宣言』にもとづく革命／新自由主義による上からの階級闘争とその原理／新自由主義への対抗言説、新しい市民社会論の問題点
第二章　私の『資本論』解読
商品市場と労働市場／共産主義の核心／ソ連崩壊の原理的根拠／初版本文価値形態
論の意義――商品批判からの反資本主義論／利子生み資本から架空資本へ／結論

第一一章　投機・信用資本主義の原理　　
第一節　資本主義の新しい段階としての投機・信用資本主義
ドイツをモデルとした金融資本論／一九二九年の世界恐慌／戦後の熱・冷戦体制／七〇年代の変化／八〇年代に新自由主義が政権を握る／九〇年代に投機・信用資本主義が成立／二〇〇〇年代は、バブルから恐慌へ、投機・信用資本主義の停滞へ
第二節　投機・信用資本主義の原理
信用資本とは何か／信用資本が売買する金融資産は架空資本／投機・信用資本主義の背景――貸付可能な貨幣資本の蓄積／投機・信用資本主義の背――世界単一の資本市場の形成／投機・信用資本主義段階／名称の問題
第三節　今後の研究課題
（一）信用資本主義という発想について
　　私の問題意識／金融資本は解消したのか／投機で資本蓄積する資本家の支配はどの
ようにして形成されたか／信用商品と信用資本の位置をどのように定めるか
（二）信用論の諸問題と信用商品、信用資本の解明のための課題
　　銀行信用論の再検討／信用貨幣論の再検討／通貨と金融資産との違い／ドル危機論
の再検討／金融市場論の再検討
（三）信用資本主義と政策提言
　　『資本論』体系との関係／架空資本による現実資本の支配／政策提言について

後記　　

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2014/02/23

『「資本論」の核心』補講全３回（３-２）

Author: ebara (10:44 am)

『「資本論」の核心』補講全３回（３-２）

　発売中の拙著『「資本論」の核心』（情況新書、2014年、1300円）に収録できなかった講義全３回の２回目をここで公開します。

補講第二回　目次

第四講　簡単な価値形態
１．価値形態の秘密と謎
２．商品語の論理としての事態抽象
３．思考の論理とは異質な商品の論理
４．労働の抽象化の様式と価値形態の秘密
第五講　簡単な価値形態の等価形態
１．等価形態の第一の独自性
２．等価形態の第二の独自性
３．等価形態の第三の独自性
４．抽象的人間労働の存立様式
５．価値形態発展の動力
第六講　価値形態の発展
１．抽象的人間労働への還元ということの意味
２．全体的な価値形態
３．一般的な価値形態
４．価値形態発展の論理をめぐって

第四講　簡単な価値形態

１．価値形態の秘密と謎
今回は次の箇所までやりましょう。（A）簡単な・単独な・または偶然的な・価値形態　一、価値表現の両極、 —————— 相対的価値形態と等価形態　二、相対的価値形態
まず相対的価値形態（52頁上）まで、読みあわせをしましょう。
この価値形態論の中で、この相対的価値形態の分析が一番難しいと言われているところです。この箇所についてはこの後、『資本論』の初版に則して再び価値形態論を研究するわけでその関連もありまして、ここで講義することはそれなりに限定してやっていきたいと思います。
「一、価値表現の両極、 —————— 相対的価値形態と等価形態」（46頁下）
ここに「あらゆる価値形態の秘密は」というのがありますね。価値形態の秘密をここで説いています。この簡単な価値形態のうちの相対的な価値の表現の分析において価値形態の秘密をマルクスは解明している、というように見ることができると思うのです。
「価値形態の秘密」という言葉が出てきましたので、これと価値形態の謎、あるいは貨幣の謎、という関係についても予め先走って説明しておきますと、46頁真中あたりに「貨幣の謎も消滅する」と書いてあります。貨幣の謎ということは、商品の物神性と関係している、そういう問題です。それに対して「価値形態の秘密」という場合には、価値形態の謎もしくは物神性とは区別してマルクスは提起している。ここに注意を払っておく必要があると思うのです。
この点については武田信照さんが『価値形態と貨幣』（梓出版）という本の中で、久留間鮫造がこの価値形態の秘密と謎を混同して論じているという指摘をしています。そこを是非参照しておいて欲しいと思います。
ここで価値形態の秘密の分析に入るわけですけれども、今読んでいる現行版の特徴というのが相対的価値形態を分析するにあたって、異なる諸物が等置されているという場合、そういう相異なる諸物の大きさは同じ単位に還元された後に始めて量的に比較される、という事からマルクスは出発します。従ってこの簡単な価値形態というものが例としては「20エルレの亜麻布（リンネル）＝1枚の上着」という価値方程式で示されているわけですけれども、これは結局は亜麻布＝上着、ということになる。亜麻布と上着という異なる物が、等置されている。等置されているという事は、当然同じ質を持ったものとして等置されているわけです。そして等置されている同じ質を持ったものとは、「同等な人間労働」という既に使用価値と価値の分析のところで明らかにしたものです。
マルクスは同等な人間労働を持つもの同士が、等しいものとして等置されている、という関係を表している価値方程式を次には解読していきます。つまりこういう形で交換の関係がある、という場合に交換の関係をマルクスは価値形態、価値方程式、あるいは価値等式、と様々な言葉を使って言い換えていますが、これを価値形態として見るということは、そこで亜麻布の価値がどのように表現されているか、価値が表現されている形態としてこれを読もう、という事なのです。その解読が47～48頁にありまして、重要なところなので読みます。
「しかし、質的に等値されたこの二つの商品は、同じ役割を演ずるのではない。亜麻布の価値だけが表現されるのだ。では、いかにしてか？　亜麻布が、それの『等価』あるいはそれと『交換されうるもの』としての上衣に連関することによってである。この関係においては、上衣は、価値の実存形態として・価値物として・意義をもつ、 ――― けだし上衣は、こうしたものとしてのみ、亜麻布と同じものであるから、他方では、亜麻布それ自身の価値(ヴェルト)存在(ザイン)が現出する、すなわち自立的表現を受けとる、けだし亜麻布は、価値としてのみ、同等な価値あるもの・あるいはそれと交換されうるもの・としての上衣に連関しているのだから。」
『資本論』を読んでいて、こういう所が出てくると戸惑ってしまいます。何を言っているのか分からない、という直観します。何を言っているのか分からない、というような所を何故やる必要があるのか、ということですが、それはこの節の冒頭45頁下9で、「商品の価値対象性は、つかまえどころがない・・・（略）・・・商品体の感覚的な対象性とは正反対に、それの価値対象性にはみじんの自然的質料も入りこまない。」とマルクスは言っています。要するに商品を感覚的に触ってみる、嗅いでみるといった五感を動かして把握してみても、その商品の価値がどういうように現されているか、ということは分からない。ないしはその商品が価値として持っている形態は、感覚では掴めない。感覚で掴めないものを、どのように認識するか、という場合にその関係の中で双方がお互いに同等な人間労働として関係し合っている。そういう関係の仕方ですが、これを解明し得れば、そうするとそこに価値が現れている、価値が現象している形態である、ということが確認できるのではないのか。
現行版の場合、そういうような分析の仕方になっているわけです。初版の場合は少し違いますが現行版では、何か同じ質の、抽象的人間労働という同じ質を持ったものとしてお互いに関係し合っている。そういう関係はどのような形で成立しているか、という事を明らかにする。それが価値形態の分析の課題になっている、というように言えると思うのです。
そのような観点から、今読んだ箇所を見ていきますと、一つは亜麻布＝上着という関係がある場合に、ここでは相対的価値形態にある亜麻布、亜麻布だけの価値が表現されている、とまず見ます。亜麻布の価値が上着で表現されている。それはどういうことかと言うと、亜麻布は上着と交換されてもよい、同じものだから交換されてもよい、というように言っているということです。これを言い換えると、亜麻布は上着を自分と交換できるもの、つまり自分と同じものにしているわけです。自分と同じものだというように見做し、そうした上で自分の価値を上着で表現している。だから商品相互の関係という場合、相対的価値形態にある商品が自分の価値を表現する。自分の価値は自分自身では表現出来ずに、等価形態にある上着という商品の体を通じて表現する。その場合に相対的価値形態にある亜麻布は、上着は自分と交換できるものだから上着は自分と同じものである、というような形で関係を結んで、その関係で上着は自分の価値だ。自分の価値は上着で現わされている、と主張しているのだ。
こういうように読み取って行くと、今度は労働のレベルで、価値は抽象的人間労働からなるという以上は、単に対象化された労働・生産物の関係だけではなくて、生産物を生産する労働の関係も含めて分析しなければならないわけで、その問題を次にマルクスは見ていきます。
それは48頁下段にある箇所で、いわゆる「まわり道」という言葉が出てきますが、この問題については、「価値表現のまわり道」というようなことで様々な論争がありました。
ここでのまわり道に関しては、価値表現のまわり道ではない。少なくとも現行版に関しては、価値表現はここでは問題にされておらず、価値を形成する労働が抽象的人間労働である、ということが亜麻布と上着という商品相互の関係によってどのように示されているか、ということをマルクスはここで分析しているわけです。
まわり道に関する様々な議論については、殆ど正解を得ていないのではないかと思います。マルクスはここで分析したことを今度は整理して、以降に展開していきます。ここでの根本問題は亜麻布との関係において、上着という自然物自体が価値として意義を持っている、持たされている、というようになっている所です。価値が価値として現われるのではなくて、上着という使用価値の体が価値を体現するものになっている。ですから亜麻布の価値は上着という使用価値で表現されている、という関係になっています。こういう関係になっているという事が、価値形態の秘密だという内容になります。
ここでよく価値形態の秘密という場合は、商品の価値が使用価値で現わされる、他の商品の使用価値で現わされている、ということだと簡単に言ってしまっただけで理解したような気になっているという事が多いのです。問題は上着という使用価値が単に価値を現わすものとしか機能していない。ですから等価形態にある上着は使用価値でありながら使用価値としての役割を持っておらずに価値を現わす、「価値の鏡」として、価値の体化物としての意義しか持っていないのだ。そういう関係になるという所が、非常に難しい所であり、それを掴む所が簡単な価値形態の構造を把握する上で根本的なことだ、というように私は見ています。

２．商品語の論理としての事態抽象
ここで分析したことをマルクスは、実は商品は商品語でそういうことを言っており、商品語で語られたことを翻訳しただけだ、と別のところでそう言っています。50頁上1段に、マルクスが商品語を翻訳した箇所があります。
「人間的労働という抽象的属性における労働が、それ自身の価値を形成するということを語るために、亜麻布はいう、 ――― 上衣は、それが亜麻布と同等な意義をもつかぎり、つまり価値であるかぎり、亜麻布が成りたつのと同じ労働から成りたっている、と。亜
麻布の崇高な価値対象性はゴツゴツした亜麻布のからだとは異なるものだということを語るために、亜麻布はいう、 ――― 価値は上衣のように見え、したがって亜麻布そのものは、価値物としては上衣と同等なこと瓜(うり)ふたつである、と。」
ここを読むと、抽象的人間労働が社会的な実体である、という意味が明らかになるのではないかと思うのです。「上衣は、それが亜麻布と同等な意義をもつかぎり」という箇所は、上着は、つまり価値である限り亜麻布が成り立つのと同じ労働から成り立っている。そのように関係の中で亜麻布は言っている。
これはどういう事かと言うと、上着は亜麻布と同じだ、と亜麻布は言っています。これを亜麻布と上着をつくる労働という観点から考えますと、上着をつくった労働は亜麻布をつくった労働と同じものですから上着は亜麻布である、こういうように言っていることになります。上着をつくる労働が亜麻布で表現されている。上着を見れば、上着を作る労働は想像できますが、亜麻布を見ても、上着をつくる労働はどういうものかは分からない。そういう意味で上着をつくる労働が抽象化されている。
次に亜麻布の価値は上着だ、というように言っていいます。上着を価値の体化物にした上で、その価値の体化物で自分の価値を表現する、こういう構造になっています。そして自分の価値を表現する箇所で、亜麻布の価値は上着と同じだ、亜麻布は上着と同じというわけですから、今度は価値としては亜麻布をつくった労働は上着で示されます。ですから上着を見ても亜麻布をつくった労働は、どういう労働かということは分からない。
そうすると抽象的人間労働というものは、この亜麻布と上着という価値形態における価値関係の中、お互いの関係の中で、抽象化し合っている。そういう関係の中で、抽象的人間労働にそれぞれが還元しあっている、こういう事になっているのではないか。

３．思考の論理とは異質な商品の論理
第二回目でやりました抽象的人間労働への還元ですね、価値実体の箇所でマルクスが行った抽象的人間労働の還元。それがここでは亜麻布と上着という価値関係の中で双方を生産した労働が抽象的人間労働に還元されるというように展開されています。二つのケースで同じく抽象的人間労働に還元すると言っても、その還元の仕方、構造は随分と違う、ということになるわけです。
価値実体の箇所での抽象的人間労働の還元、という事はいわゆる分析をすることに基づく還元です。ですから二つの商品の交換関係において、そこに何か共通なものがあるはずだ、ということを指摘して、その共通なものは何かということで分析によって異なるものを消して行く。そうすると残るものが同等なもので、それが労働だ。こういう形で分析によって、同等なものを発見してきている。
ところが亜麻布と上着の価値関係が出来て、そこで抽象的人間労働が現われている。この場合は、両方の関係で労働の抽象化が行われている、ということになっているのではないか。そうすると分析ではなくて、総合によって労働が抽象化されている。このようになっているのではないか。
人間の頭の中の思考の作用というものは、分析と総合という形で、自分で概念を得て行くわけですね。ところが商品の価値形態の場合は二つの商品の関係という、いわば総合によって労働を抽象化してしまっている。その場合にはまず分析をせずにいきなり総合による抽象化を説くことは、本来は人間の思考様式からは外れてしまうのではないか。従って一旦、分析的に抽象して価値実体を明らかにして、そこから総合して価値形態に行く。その総合する過程で、抽象的人間労働を再び別の形で規定して行く、という構造になるのは、もうそうならざるを得ないのではないか。
抽象的人間労働を巡る論争については今回ずっと言ってきましたので、それとの関連で言います。結局はどのような議論を展開している人にとっても、抽象的人間労働への還元ないしは労働の抽象化ということは、先ほど言いました分析的な抽象です。価値実体論の箇所でマルクスが展開し、または思考作用にもっとも適応した形である分析的な抽象作用、というものしかないと思い込んだ上で、議論を展開しているのではないかというように思います。
ところが商品相互の関係で労働が抽象化されて行くということが、思考が行う形での分析的抽象ではなくて、総合する過程で抽象しあっている、というものであり、そして価値形態論でこの関係を明らかにしようとします。この場合事態抽象と名づけられていますが、これを思考が把握するためには、予め分析して抽象的な規定に還元した上で、諸形態の関係に照応して抽象の過程がどのように現実にあるか、ということを再構成する以外ないのではないのか。思考の中での総合というものは、いったん抽象してから総合する。いったん分析して抽象的なものを得てから総合する。一旦はそういう形を取らない限り、事態抽象がなされている価値形態を把握する、ということは出来ないのではないか。
このような観点から位置づけると、価値形態論で展開されている抽象的人間労働という問題とは別に、先行して展開されている価値実体における抽象的人間労働の規定というものは、仮の規定あるいは理念上のものだとは必ずしも言えないのではないか。
それだけを切り離せば、理念上のものだという批判も成り立ち得ます。しかしながらマルクスは価値形態における労働の抽象化と結びつけて論じているわけです。またそれと結びつけて把握するとすれば商品の価値形態というものは一体何か、ということを分析し、価値形態に即して価値とは同等な人間労働である、ということを解明しようとします。ここでの抽象化が、思考による分析的抽象と異なるとすれば、どうしても取らざるを得ない方法だと見做さざるを得ないのではないかと思います。
相対的価値形態の分析の箇所で、価値形態の秘密を明らかにして行くにつれ若干等価形態の箇所にも触れましょう。その等価形態で言われている内容で、今の議論と関係する問題を言いますと、例えば56頁下5行に「価値表現の秘密」という箇所があります。「価値表現の秘密、すなわち、すべての労働が人間的労働一般であるがゆえの・またはそのかぎりでの・すべての労働の同等性および同等な妥当性・・・」このようにマルクスは言っています。それと関連することですが、57頁下後3行を見てみます。
「労働生産物は、いかなる社会的状態のもとでも使用対象であるが、労働生産物を商品に転化するのは、ある使用物の生産において支出された労働をその使用物の『対象的』属性として・すなわちその使用物の価値として・表示するような、歴史的に規定された発展時代のみである。」
こういう箇所との関係で価値形態の秘密、いわゆる労働が抽象化される価値形態の中の一つの構造ですが、こういう箇所を見直して行くと、次第にはっきりとしてくるのではないか、と思うのですね。
最初の箇所は、価値表現の秘密、要するに価値を表現する場合にそういう形をとらなければいけないのは、人間の労働の同等性ということが今ではそういう形を通じてしか実現しないのだ。何故ならば私的所有者の社会ですから、みんな個々人の労働は私的所有物になっている。だから社会的には同等ではない。社会的には同等ではない私的労働を、私的生産物という性格を変えないままで社会的なものにしようと思えば、価値形態を取らざるを得ないのだ。ここに価値表現の秘密があるのだ、ということが一つの問題ですね。
もう一つの箇所は、57頁下後2行の箇所です。「ある使用物の生産において支出された労働をその使用物の「対象的」属性として・すなわちその使用物の価値として・表示するような・・・」
これも同じようなことで、自分の労働生産物を社会に通用しよう、社会的労働にしよう、とする場合、結局は生産物を市場に出さなければいけない。商品にしなければいけない、ということでこの商品にするということは、生産過程において支出した労働がそのまま社会的な労働になっていくのではなくて、商品という物象に属している社会的労働の持分ですね。これに規定されてしまうのだ。
たとえば、農家でスイカを作る場合、スイカを市場に出すとすれば、スイカの価格というものは客観的にそれまでの市場の経過で決まっています。その価格に左右されざるを得ない。スイカの価格はどのように決まったかと言いますと、市場にあるスイカの需要と供給によって決まっている。ですから農家がスイカを作る労働をいかに頑張って、多大な労働時間をかけて生産したとしても、スイカという物によって決まっている価値を超えることは出来ません。こういう関係が現実にありますね。例外としてもちろんうまいスイカを入れれば若干価格を高くつけてもよい、などという問題はありますがとにかく、生産過程で必要だった個々人の労働がそのままでは社会的労働としては認められない。社会的労働としては既に市場にあるスイカの価格に規制される、という構造があります。
抽象的人間労働がこういう形で実現されるということは、結局は総合による抽象化です。商品と商品が関係を結んで、その総合の過程で労働が抽象化されて行く。ですから結果的に、そうなります。従って社会的実体であるという場合の抽象的人間労働の形成のされ方を、今述べましたような形で掴む、という事は非常に重要な問題ではないか、というように考えます。

第五講　簡単な価値形態の等価形態

１．等価形態の第一の独自性
この等価形態というのは、先の相対的価値形態のところでやりました上着自体、上着の自然的な性質、ないしは上着としての物体、それ自体が価値の体化物として意義を持っている。そういうものに亜麻布によってされている、ということを言いましたけれども、今度はその亜麻布の価値の表現の材料となっている上着、この等価形態自体がどういう意味をもっているか、ということについての分析に移ります。
　マルクスは等価形態の分析で、三つの独自性というものを各々明らかにして、その上に簡単な価値形態の総体、というものを述べておりまして、そこでは価値形態の移行の問題が提起されています。では、次（三、等価形態、四、簡単な価値形態の総体）をまず読んでください。
　今読んだ箇所の説明を最初からやっていきます。まず等価形態というのは一体何か、ということでそれが「その商品の、他の商品との直接的な交換可能性の形態である。」（52頁下後7行）というようにマルクスは規定しています。また53頁の上段（12行目）には、「上衣という使用価値は亜麻布にたいし価値体として意義をもつ」と書いてあります。この直接的な交換の可能性の形態である、という事と、上衣が価値体である、という事。この二つの特徴を指摘した上で、いよいよ等価形態の三つの独自性を述べるようになっているわけですけれども、まず、第一の独自性ということで何が言われているかと言えば「使用価値がその対立者たる価値の現象形態になる」（53頁下段1行目）ということです。
　ここは亜麻布の価値が上着の使用価値で表現されている、という事が既に相対的価値形態の分析から明らかにされているのですが、今度は等価形態をそれ独自に分析して、そして使用価値が対立者たる価値の現象形態になっている、ということを指摘したのです。ところがこの独自性で問題になるのは商品の自然的な形態がその価値の形態になる、というわけですけれども、例えば亜麻布と上着というものが何時でもそうだということではなくて、亜麻布は上着と交換関係にある、そういう価値関係の内部でのみその事が言える。いわば市場を離れて亜麻布と上着があるだけだったら、それは別に価値関係をとっていないし、そういう状態にあっては上着が価値の現象形態になるという事はないのです。
なぜそのような事をマルクスは強調しているかと言うと、この亜麻布と上衣の価値関係の内部でしか上着という使用価値が価値の現象形態にならないにも関わらず、商品の物神性によって上着が価値の現象形態になるということがこの関係の外部でもそうであるように見える。そのことによって上着が価値の現象形態になっているということが、上着に生まれつきに備わっているかに見える、という問題があるわけで、これをマルクスは「等価形態の謎性」（54頁下10行）と言い、これが前回やりました「貨幣の謎」の解明であるわけです。こういう問題があるから、特にここで価値関係の内部でのみでそうなのだ、ということを強調しているのです。
価値関係の内部でしか妥当しないことが、一般的に妥当するように見える、という問題。これが等価形態の謎性ということでありまして、この説明は重要なので読んでおきます。
「等価形態とは、まさに、一商品たとえば上衣が、こうした物がそのありのままで、価値を表現し、かくして生まれながらに価値形態をとる、ということである。なるほど、このことは、亜麻布商品が等価としての上衣商品に連関させられている価値関係の内部でのみ、妥当する。しかし、ある物の属性は、他の物にたいするその物の関係から生ずるのではなく、むしろ、こうした関係において自らを実証するにすぎないので、上衣もまた、それの等価形態を、直接的な交換価値性というそれの属性を、重さがあるとか保温するとかいうそれの属性と同じように、生まれながらにもつかに見える。」（54頁上後1行）
これが発展すると、貨幣物神になっていくわけです。

２．等価形態の第二の独自性
その次に等価形態の第二の独自性の説明に移ります。これは今の関係、ですから使用価値が価値の現象形態になる、という事を今度は労働という観点から見ますと、「具体的労働が抽象的・人間的労働の表現となる」（54頁下後1行）ということになるのです。「具体的労働が抽象的・人間的労働の表現となる」という問題は一体どういうことか。これは普通に理解しやすいのは、亜麻布を織る織物労働または上衣を作る裁縫労働も共に人間の労働である、だから両者は共通である、こういう考え方です。これは非常に理解しやすい。
ところが「具体的労働が抽象的・人間的労働の表現となる」、というこの等価形態の場合はこういう形で労働の同等性が確認されている、ということではないのです。この辺りの箇所は55頁上13行に書いてありますので、読んでみます。これは先ほど私が言ったことです。
「裁縫業の形態においても、織物業の形態においても、人間的労働力が支出される。だから両者は、人間的労働という一般的属性をもっており、したがってまた、一定のばあい、たとえば価値生産のばあいには、この見地のもとでのみ問題となりうる。およそこうしたことは、なんら神秘的なことではない。ところが商品の価値表現においては、事態がねじゆがめられる。たとえば、機織(はたお)りは、機織りとしてのそれの具体的形態においてではなく、人間的労働としてのそれの一般的属性において亜麻布価値を形成するということを表現するために、機織りにたいし、亜麻布の等価を生産する具体的労働たる裁縫業が、抽象的・人間的労働の感覚的な実現形態として対置されるのである。」（55頁上13行）
なぜこうなっているかという事は、先に相対的価値形態の箇所、48頁下7行目で、まわり道を経て抽象的人間労働という性格が現出されている、とありました。
「こうしたまわり道をして、それから、織物業も、それが価値を織るかぎりでは、裁縫業と区別されるべき何らの特徴をもたず、かくして抽象的・人間的労働だということが、語られている。種類を異にする諸商品の等価表現のみが、種類を異にする諸商品のうちに含まれている・種類を異にする・諸労働を、事実上、それらの共通者に ――― 人間的労働一般に ――― 還元することによって、価値を形成する労働の独自な性格を現出させるのである。」（48頁下7行）
そこで言われていることを、今度は等価形態の方からもう一度見てみたのです。そうすると、亜麻布を織る労働と上衣を縫う労働とは同じ労働だということが、両方とも同じ人間的労働だから同じ労働だ、という形で労働の同等性が表現されているのではありません。そうではなくて、亜麻布に上着を等置する、そういう形で価値形態が形成される中で同等化（抽象化）がなされている、ということですから、生産物同士の関係を媒介にしてその生産物を作った裁縫業と織物業が抽象的人間労働に還元されて行く。こういう構造をしているわけですから、その中では上着を縫った裁縫業が抽象的人間労働の代表者になっている、という形だということです。そういう意味で具体的労働が対立者たる抽象的人間労働になっている。ですから具体的労働を抽象的人間労働の代表者・現象形態にすることによって、他の具体的労働が関係を結ぶならば、それ自身も抽象的人間労働となる。そういうことが可能になるという話なのです。

３．等価形態の第三の独自性
何故こういうことをクドクドと言っているか、というのは次に等価形態の「第三の独自性」（55頁下10行目）ということを見れば割合にはっきりとしてくるのではないかと思うのです。「第二の独自性」（55頁下1行）とは、使用価値と価値の関係を労働の属性、具体的労働と抽象的人間労働という労働の二重性の観点から見たわけです。今度は労働の社会的性格です。労働自身の性格ではなくて、例えば、抽象的や具体的というのは労働自身の性格、労働の属性だったわけですが、今度は価値の関係で規定された関係です。ですからこの場合には、私的労働か社会的労働かということで、これは労働一般ではなくて、労働の社会関係の中でそういう性格が決まっていくわけです。その観点から、同じ内容を見ているのです。「かくして、私的労働がそれの対立者の形態になり、直接に社会的な形態をとる労働になるということ」（55頁下10行目）ということを、マルクスは「等価形態の第三の独自性」というように言っているのです。ですから抽象的人間労働が具体的な労働によって表現されている。具体的労働が抽象的人間労働の現象形態になっているということは結局、私的労働の生産物それ自体が、私的労働生産物という性格を残したまま社会的な形態をとっている、ということだ。
等価形態にある上着はそういう関係をとっているので、他の商品はその等価形態をとっている上着と関係すれば、上着自体が社会的労働の形態をとっているからそれと等しい。そういう形を取ることによって、他の労働はすべて社会的労働の形を、上着を媒介にしてとることが出来る。要するに私的労働が私的労働という性格を残したままで社会的な労働になる形です。どういう形態をとれば私的労働の産物が社会に通用する社会的労働になり得るか、という観点から考えてみますと「等価形態の第三の独自性」は、非常にはっきりとしてくるのではないか。
ですから裁縫業と織物業とはともに人間的労働で共通性があるから等置されているということではなくて、ともに私的労働だからそのままでは社会的には通用しない。社会的に通用させ得るような形を探そうとすれば、まず裁縫業という特定の労働を人間労働一般の代表者にしてやる。そういう形で、その他のすべての商品が上着と関係を結び、社会に通用するものになって行ける。これは後の「より発展した価値形態」の価値形態からその内容を借用しているわけですね。そういうものとして、この箇所を理解すれば非常に分かりやすいのではないかと思います。
あとアリストテレスの話がありまして、人間労働の同等性ということが価値表現の秘密だということが56頁の下段で書かれていて、この人間労働の同一性ということが特に強調されているのですが、ここで抽出しておくべきことは、こうです。人間労働の同等性ということが、つまり社会に通用する労働は同等な人間労働でなければならない、同等な人間労働でなければいけないのだけれども、それは個々の分業下にある様々な労働が皆人間労働として同一である、だから社会に通用する、ということにはならないということです。
個々の分業のもとにある様々な労働は私的所有のもとでの労働だから、それは直接的には社会的な労働にはなっていない。それを社会的労働にしようと思ったら、独特の価値形態という形をとって、つまり生産物を商品にしなきゃならないのだ。生産物を商品にしたときに形成されている人間労働の同等性というのが抽象的人間労働なのですけれども、それが社会的実体だというふうにマルクスが最初に言ったことの意味は、そんなに簡単に把握できるものではないのです。私的労働生産物を私的労働という性格を変えないままで社会に通用する形にする、という変な形の中で形成されてくる人間労働の同等性です。その同等な人間労働を抽象的人間労働というふうにマルクスは規定しているわけですけれども、そういう変な形になっている、ということです。ここを押さえられるかどうかということが、等価形態を分析したマルクスの理論を把握できるための根本的なところではないかと思います。

４．事態抽象と思考による分析的抽象との違い
そういうふうに問題を掴んで行くと、次に価値形態の発展です。これをどう掴むかということに移行していくわけですが、価値形態の発展ということについてはいろんな論争があるわけで、これは次回に紹介しますけれども、はっきり言ってどれも正確な議論というのは展開できてはいないのではないか。特にその等価形態をどう掴むかということで失敗している。例えばそれがどこに表れてくるかといったら、抽象的人間労働をどのように把握するかという点でいろんな間違いをおかしている。
また、宇野さんの説にちょっと返りますけれど、宇野さんの場合でしたら、二商品の交換関係では労働の抽象的人間労働への還元はなされないというふうに言ったわけです。これは価値形態の発展によって、段々そのようになってくると。ですから貨幣形態まで行くと、殆ど抽象的人間労働に還元できる間際まで行くのですが、しかしそこでも出来ないというわけです。そうして最終的には資本の生産過程において労働力が、どういう労働でも出来るという単純な労働力に転化して、そこではじめて抽象的人間労働が形成されていることが分かる。そういう抽象的人間労働によって生産された商品は当然に、抽象的人間労働の体化物になる、という議論を作っているのですけれども、これがおかしいというのはずっと以前に批判済みなので、その誤りについては指摘しません。
その抽象的人間労働の形成のされ方が頭の中で分析して考える場合と、商品が価値形態において自ら自分自身を抽象的人間労働に還元していくというメカニズムが違うのだということをはっきりさせさえすれば、そもそも抽象的人間労働というものに還元されるというようにマルクスが言っていることは、その諸物象、商品の諸関係においてそういうことが示されるということを確認すればいいことです。実際に労働が抽象的人間労働として、諸商品が抽象的人間労働であることを実際に感覚的に示すような形態があるかどうかということは、どうでもいい事なのです。
例えば正木八郎さんにしても、結局価値形態の発展の中で労働が段々と抽象化されて行って、最後に価値形態の中で商品が抽象的人間労働からなる、ということが示されるようなことになるのではないか、という問題意識から価値形態論に取り込んでいます。けれども、それはやはりおかしいのではないか。
抽象的人間労働への還元ということはやはり、これは簡単な価値形態で既に成され済みであって、そこで成されていることがより明らかに我々の目に見えるものとして現れてくる、そういうことは、あり得ないのではないか。多少異なった形では、そういう抽象的人間労働があるということを実証するまたは傍証するといった事を価値形態の発展のなかでマルクスは言っています。けれども、商品＝抽象的人間労働というような端的な形をとって価値の実体が抽象的人間労働であることが我々の目の前に現れてくる、というような形での事態というのはやはり起こらない。
それは結局、分析的な抽象化による抽象ではなくて総合による抽象ですから、結局分析的でしたら例えばA＝抽象的人間労働というようなところに最後は還元されなくてはいけないということになるのですが、A＝Bというような諸商品の価値関係といった、そういう総合過程で抽象されているということですから、そもそもA＝抽象的人間労働というようなそういう形を探そうという事自体がやはり問題にならないということではないか、と思います。

５．価値形態発展の動力
それでは次に価値形態の発展の問題に移ります。マルクスは価値形態の発展については、「四　簡単な価値形態の総体」（56頁）の箇所で基本的な方向性を述べています。「簡単な価値形態の ―――すなわち、一連の姿態変換をへて初めて価格形態に成熟するこの萌芽形態の ――― 不充分性は、一見すればわかる。」（58頁上、6行）と書いてあり、要するに簡単な価値形態は価値の表現形式としては、不十分だと。簡単な価値形態ということだけでは、私的労働の生産物である商品を社会に通用するような形にする、という価値の概念から見てみれば、それ自身では非常に不十分だ。従ってより十全な形に発展しなければいけない、ということを言っています。
この場合には簡単な価値形態から次の形態へと移行するのは、どのような観点、論理から移行するのかと言いますと、「単独な価値形態は、おのずから、より完全な形態に移行する。」（58頁上後7行）と書いてあります。この自ら移行する、というように言われていることの意味は、要するに簡単な価値形態があるということは他にもそのような同様の価値形態がある。ただあるけれども、今は一つだけに注目しているので簡単な価値形態になっている、ということです。
次の「Ｂ　全体的な・または開展された・価値形態」（58頁下6行）が始まりますが、簡単な価値形態からそのような全体的な価値形態へ移行する場合はただ量を増やせばよく、価値形態をたくさん作っていけばそれが次の価値形態になっていく。ですから論理学の用語で言えば、量から質への転換がここでは念頭に置かれているのではないか、と思うのです。量から質への転換ということですから、「自ら、より完全な形態に移行する」。そのようになっているのではないか。
価値形態の発展については、ちょっと先走って議論を紹介しておきますと、いったいどういう動力ないしは論理で、簡単な価値形態から貨幣形態まで価値形態が発展していくのかが問題になっています。これは宇野さんなんかの説明だと、やはり動力というものは矛盾だ、商品に内在する矛盾、これが価値形態の発展の動力になっているはずだ。商品の矛盾というのは使用価値と価値である。だから使用価値と価値の矛盾を動力にして、価値形態は発展いく、というふうに受け取らないと説明できないのではないか、こういう考え方です。
　それに対して、それを批判する人は、商品の矛盾はたしかに使用価値と価値なのだけれども、価値形態の発展を解く場合の矛盾はそういうふうに設定すべきではないのではないか。価値形態の発展は価値の概念とそれからそれの表現形態、それの形式ですね。ですから概念と形態との矛盾から説明すべきじゃないか。マルクスが不十分性という様に言っているのはこの事だ。こういう観点から問題を解こうとしているのです。
したがって価値形態の発展ということについてどういう論理が発展の論理かということをめぐっての議論というのは、一つは使用価値と価値の矛盾として価値形態の発展を論じようとする立場。もう一つは価値概念と価値の形態の矛盾。すなわち価値概念に照応した価値形態を得るために価値形態が発展して行くのだという、大体そうした考えで、これが対立しているわけです。
　そのどちらがどうか、という問題については次回でやるわけですけれども、とりあえずそういう価値形態の発展が何にもとづいているか、どういう論理にもとづいているか、というようなことを理解するうえにおいても、相対的価値形態における価値形態の秘密の問題、それと価値形態の謎とを区別する必要がある。価値形態の謎というのは等価形態の謎性のことで、これは物神性と関係しているという問題と、等価形態論の場合のポイントとしては、等価形態にあるそういうその上着なら上着という商品の自然的形態が抽象的人間労働の実現形態にされているという問題です。こういう形式にならない限り、私的労働を社会的労働にすることは出来ないし、私的労働が社会的労働になっているということはまたそういう事なのだ。そういうような形で抽象的人間労働が実現するのです。
ですからそれが社会的だということにもなるし、それが最初の第二回の講義の時にやりました、価値実体は抽象的人間労働だということを明らかにしたことと関連しています。第二回目にそれを労働という点から見てどのような性格を持っているかという具合に、一個同一の人間の労働力や平均労働力などといった話が出てきましたけれども、なぜそこで言われたかということは、今言ったような抽象的人間労働の形成のシステムということが、価値形態という形であるが故にそういう形でマルクスは議論を展開せざるをえなかった。以上の点を確認しておく必要がある、というように思います。

第六講　価値形態の発展

１．抽象的人間労働への還元ということの意味
まず、該当箇所65ページまでを読んでください。今回は価値形態の発展について話しますが、その前に各価値形態見ておきます。これはテキストで図式しておきましたが、このⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳとそれから初版本文に出てくる第Ⅳ形態、これをⅤとしてテキストに書いてあります。この各価値形態の特徴をかいつまんで説明するというところから始めましょう。
　その説明の観点ですけれども、前回に抽象的人間労働への還元ということが、価値形態の発展を通じて段々こう目に見えるような形で出てくるというわけではない、ということを言いましたけれども、しかし、マルクスは抽象的人間労働、価値がそういうものであるということが段々はっきりしてくる、というような形で言っているところがなきにしもあらずということなので、その点についてまず見ていくところから始めましょう。58ページの下段の最初のところですね。全体的な価値形態の特徴を述べたところで、以下のように述べています。
「一商品、たとえば亜麻布の価値は、いまや商品世界の無数の他の諸要素で表現されている。他のどの商品体でも亜麻布価値の鏡となる。かくしてこの価値そのものが、はじめて真に無差別な人間的労働の凝結として現象する。」
これが抽象的人間労働を価値形態の発展との絡みで説いている一つの箇所ですね。もう一つは一般的な価値形態の所。これを見ますと、62ページの下段の方、上段の末尾から読みますと、「かくして、商品価値に対象化されている労働は、それにおいては現実的諸労働のすべての具体的形態および有用的属性が捨象される労働として、消極的に表示されているだけではない。それじしんの積極的な本性が、はっきり現われている。それは、すべての現実的諸労働の、人間的労働というそれらに共通な性格への、人間的労働力の支出への、還元である」こういうように言っています。ここでは、「はっきり現われている」というように言っていますね。
無差別な人間的労働の凝結として現象するということが全体的な価値形態よりも、一般的な価値形態のところではっきり表れている、その積極的本性がはっきり表れている、というふうに言われているのですけれども、これは抽象的人間労働が手に取るような形で現象すると、いうようなことではないわけです。要するに全体的な価値形態、それから一般的な価値形態を分析してみると、そこに抽象的人間労働の形態がより発展した形であることが確認できる。その抽象的人間労働の相互の関係、それの発展した形をここで記述している、というように見たほうが正確ではないか、というように思います。

２．全体的な価値形態
そういう事を確認した上で、各価値形態の特徴をマルクスはどう見ているか、という事を説明していきますが、簡単な価値形態については詳しくやったので、全体的な価値形態に移ります。テキストの二つ目の形態ですね。「価値そのものが、はじめて真に無差別な人間的労働の凝結として現象する。」ということは、これはどういうことかと言いますと相対的価値形態にある商品の価値が様々なその他の商品の価値で現わされている。
だから相対的価値形態の商品の価値は、無差別な人間的労働の凝結になっている。どのような具体的な有用的な労働とも関係している。どのような労働とも関係できるということは無差別な人間的労働の凝結だ、という意味なのです。ですから抽象的人間労働がより現われているという事ではなくて、この形を見ればそういう事が読み取れる。だからあくまでも、ここで現象すると言われていることは解読しないと分からない。そういう含みがあるということですね。
この価値形態はそういうものですが、確かに相対的価値形態にある商品の価値自体を無差別な人間的労働の凝結として示すわけですけれども、しかしこれだけではこの価値形態はまだ不十分だということで、価値形態の不十分性、欠陥ですね。それを59頁の下の段（下段後6行）で述べています。この欠陥のところを読んでみます。
「第一に、商品の相対的な価値表現は、それの表示系列がけっして終結しないがゆえに、未完成である。一つの価値方程式が他の価値方程式とむすびつく鎖は、新たな価値表現の材料を提供する新たに登場する各商品種類によって、いつまでもひきつづき延長されうるものである。第二に、この鎖は、ばらばらで様々な種類の価値表現の、雑然たる寄木細工をなす。」
この鎖は「ばらばら」だと。というのは、一つの商品に対してみんなそういうように出来るわけですから、お互いに関連し合わないといけないというわけです。その次に相互に関連しあえないということを、等価形態の方から見ると統一性がないということです。従って私的労働を社会的なものとして通用させる場合に、こういう無数の系列があり、無数の形で表現出来るということであれば、これはやはり価値の概念からすれば不十分だ。統一的な形にならなければ、不十分だということです。
そこで移行の問題については前回、簡単な価値形態から全体的な価値形態へは自ら移行するとマルクスは書いてあったということを述べ、これが量から質への転化、ということを意味しているのではないか。このことを説明しましたが、ここでは不十分性、確かに全体的な価値形態の不十分性についてして指摘されていますけれども、自ずから移行するということにはなっていないのです。
今度はこの形態は逆の関連を含んでいる、ということを指摘します。ですから欠陥を指摘し、逆の関連を含んでいる、60頁の上段です。その上で事実上ではということで、この逆の関連というのは事実上こういうことはあり得る。こういう風に念を押した上で、今度は逆の関連を表現しようということです。これは価値形態が内的に展開して発展して行くというよりは、分析する自分が今度は逆の関連を表現してみよう。そうすればどうなるだろうか、という設定になっています。

３．一般的な価値形態
そして次の三番目の一般的な価値形態、これに移っているのですが、ここでの特徴は等価形態が単一の商品で現わされている。そうするとどうなるか。ここでは61頁の下段（3行目）にその特徴が書かれています。
「各商品の価値は、いまや、亜麻布と同等なものとして、その商品じしんの使用価値から区別されているばかりでなく、およそ使用価値なるものから区別されており、また、まさにそうされることによって、その商品とすべての商品とに共通なものとして、表現されている。だから、はじめてこの形態が、現実的に、諸商品を相互に価値として連関させるのであり、あるいは、諸商品を相互に交換価値として現象させるのである。」
ですから単一の商品を等価物として全ての商品が表現されるとすると、相対的に価値形態にある商品同士の同等性ということが、ひと目で明らかになるということです。結局ある商品が他の商品を等価形態にとり、他の商品がまた別の商品と等価形態をとっている場合に、相対的価値形態にある商品同士の関連ということは、明確ではなく統一的ではないわけですが、単一の等価形態をとった場合にはそれが統一的に表現されて、従って相対的価値形態にある商品同士の社会性がひと目で明らかになる。そういう意味でこの一般的な価値形態は商品世界の共同事業として成立する、ということを特徴としてマルクスは述べているのです。
ここで注意すべき問題は、こういう等価形態が単一のものになってしまうと、それはどういう事かというと、商品世界の共同事業として成立している。言い換えれば他の全ての商品所有者が、単一の商品で自分の商品の価値を表現する。そういう働きかけの結果一つの商品が等価形態に置かれる、ということです。ですから62頁の上段真中あたりから後に書かれている箇所を見ましょう。
「商品世界の一般的な相対的価値形態は、商品世界から排除された等価商品たる亜麻布に、一般的な等価という性格をおしつける。」
この一般的な等価物は、例えば金などの特定の商品に社会的習慣によって固定されると次の貨幣形態になる。普通の一般的な常識としては貨幣に価値があるから他の商品の価値を貨幣で表現するのだ、と考えがちです。けれども、一般的な等価という貨幣の置かれている位置は、貨幣商品が作り出したわけではなくて、他の全ての商品が貨幣にそういう性格を押し付けているのだと言っている点です。これに注目する必要があると思うのです。
この場合に亜麻布は等価物ですから、等価物は簡単な価値形態の等価形態の所で見た具体的労働が抽象的人間労働の現実化したものになる、ということはここでもなされる。これが単に一つの商品、一つの相対的価値形態の商品からなされ、そうして一つの商品の価値を表現するということだけではなくて、自分以外のあらゆる商品がその商品で価値を表現する。ですからこの抽象的人間労働の実現形態であるということが一般的、社会的に認められる、ということになるのです。
簡単な価値形態、例えば先程でしたら亜麻布と上着という関係で、上着が抽象的人間労働の体化物とされているということを見ましたが、今度は亜麻布だけではなくてコーヒーからもそうですし、鉄からもそうですし、茶からもそうされる。そうすると抽象的人間労働の化身であるということが一般化され、次に社会化される。そういう意味でこれは一般的な価値形態だと言われているのです。けれども、こういうように第三の価値形態ですね、一般的な価値形態をそういうように読みますと、全ての様々な労働が人間的労働というそれらの共通な性格へ還元されている、ということが分かるという意味です。
ですから様々な労働が亜麻布で価値を表現する、という形だけを見ても別に現実的諸労働への共通な性格への還元、ということは読み取れない。むしろこれを価値の表現の形式というように見て、価値の表現、要するに抽象的人間労働相互の関係です。その関係がここにあるという商品語を読み取った上で、こういう全ての現実的諸労働が人間労働という共通な性格へと還元されている、そういう形がここで現われている、ということが分かる。ですからここでも諸商品の価値が抽象的人間労働である、という事が何か明示的にパッと表現されている、ということではあり得ない。そういう事だと思うのです。
後、この一般的価値形態から貨幣形態への移行という箇所があり、この移行の箇所でも移行の論理という点に注目して見てみます。この一般的価値形態を取るのはどの商品でも取り得る。ですから一般的価値形態というものは貨幣形態とは違うわけですけれども、貨幣形態の場合は等価形態にある商品が単一の商品になり、その他の商品が等価形態になることを排除する、という関係です。それは社会的な習慣によってそうなる、とマルクスは言っています。そうするとこれは移行の論理としては、一般的価値形態に内属する論理によって貨幣形態へ移行する、というようには言えないのではないか。つまり金が貨幣にされるということは、社会的な習慣などの価値形態以外の様々な要素です。そこからの働きかけ、ということを見逃せないのではないか。そのような話をしているうちに、価値形態の発展の話に半分くらいは入っているわけですけれども、いよいよその問題へと移って行きたいと思うのです。

４．価値形態発展の論理をめぐって
価値形態の発展についての論争は、宇野さんが使用価値と価値、という矛盾をテコにして価値形態の発展を読もうとしている、ということは先ほど述べました。こういうように見ると、結局は商品所有者の欲望という問題を入れないと上手く展開が出来ないということになるわけです。宇野さんの場合は第一形態から第二形態への移行を、上着だけでなく他の商品をも欲するようになる、こういう欲望を持ち込むことで自ら移行する、というわけですね。
次に第二形態から第三形態への移行については、共通な等価形態を求められている商品、そういうものを商品所有者が要求する、欲望する、というところから説明するわけです。それに対して宇野さんの見解を批判している、価値概念とその表現形態との矛盾という立場ですけれども、これを最初に言った方はおそらく見田石介さんではないかと思うのです。見田さんの弟子たちがそういう観点から宇野批判を行っているわけで、最近（1990年当時）まとまった本を出された方としては、尼寺義弘さんという方ですね。その方が『価値形態論』（青木書店）という本の中で宇野説を批判して、価値概念とその表現形態との矛盾が価値形態の発展の動力だということを主張されています。これはテキストに引用しておきました。195頁です。
「つまりAは普遍的な社会性である価値の性格を表現する形態としては不十分さを持っている。ここに価値概念とその表現形態（定在様式）との矛盾がある。だからAは価値概念に照応するより進んだ価値形態へと移行せざるを得ない。」
こういうように概念と表現形態との矛盾、そこから価値形態の移行を説こう、という説です。これらの説に対して先ほどから紹介している武田さんです。武田さんの本では、先ほども少し紹介しました第二形態から第三形態へ移行する場合の逆の関係、この問題がまた一つの論点になっているわけですけれども、この逆の関連ということと、価値概念と表現様式との矛盾との関係はどうか、そういう事を武田さんは考えたわけです。尼寺さんの場合は逆の関連については、逆の論理は当然含まれているのだという主張ですけれども、第二形態の中に第三形態を逆の関連としては含まないのではないか、という意見が最近（1990年当時）学会では多数派になりつつあるのです。
どういう事か、と言うと商品の交換関係にあっては等価形態にある商品は観念的でよい。観念的でよいのに逆の関係があるとすると、それは観念的ではなくなっている。観念的でないのは交換過程で、交換過程の場合は両方の当事者がいないと商品交換が出来ないので、交換過程になる。その一方で、価値形態では交換過程とは異なるので、等価形態にある商品の所有者は観念的でよいし、その商品自体も観念的でよい。そういう事であるとすれば、逆の関連というのは含まないのだ。確かにそう言われればそういう気がするのですが、そういう議論が中心になってきてそれで逆の関連は含まないのではないか、という話が出てきています。
そこで武田さんとしては、価値概念と表現様式の矛盾を動力にするという問題と逆関係の論理はどうなのか、両方を考えながら基本的に価値概念と表現形態との矛盾を主にしながら逆関係の論理については、マルクス自身は変化しているのではないかという説を立てています。どのような説かと言いますと、初版では全面的に逆関係の論理になっていますけれども、付録、現行版で段々と修正して行き、むしろ逆関係という考え方は退いて価値概念と表現様式との矛盾、つまり価値形態の不十分性ですね、そこを中心に移行を論じているのではないか。そのような説を提起しています。
私はそのような説を、『資本論』の今までやってきた価値形態の理解のポイントを検討し踏まえて行くと、不十分性ないしは価値形態と価値概念との間の矛盾が形態発展の動力であるというのは「自らの移行」はそうだとしても、第二形態から第三形態、それから第三形態から第四形態については単純にそうだとは言えないのではないか。そしてやや抽象的な話になりますけれども、使用価値と価値の矛盾というものは結局、『資本論』ではどの箇所かと言えば交換過程になるわけです。これは後でやりますけれども、交換過程では商品に内在する使用価値と価値の矛盾が商品交換という形で外化して現われてくる。ですからその矛盾は商品の流通という運動となる。そう展開されている。これは弁証法の論理で言えば、対立物の統一が展開されて運動になる、こういうレベルの話です。
ところが形態の発展の問題というものは、そういう対立物の統一ではなくて、「否定の否定」という論理である。古い形態が止揚されて次の形態に席を譲る。そういう意味では「否定の否定」での根本的な矛盾と言いますか、「否定の否定」が行われる根本的な原因ということが価値概念と価値形態のあいだの矛盾だ。当然これでよいと思うのです。ですから不十分性ということをマルクスが一貫して強調しているという事は、「否定の否定」を考察するに当たり、価値の本性（概念というよりは本性と言う方がよいと思いますけれども）と価値の形態のあいだに矛盾があって、価値の形態が不十分だからどんどん発展して行くのだ。
そういう根本的な要素として捉えるのはよいのですが、具体的に第一形態から第二形態、第二形態から第三形態、そうして第三形態から第四形態へと移行する、移行の契機はやはり単に内的な力だけではなくて外からの力も同時に働いて、それが加わって発展していくようになっているのではないか。ですから『資本論』を見れば一から二への移行は自らと書いてあり、自らという以上は内的に行くわけですけれども、それ以外には自らにはなっていない、という問題ですね。そういう外からの関係を考慮した上で、価値形態が発展し得る条件を不十分性という形で設定する、ということになっているのではないか。ですから具体的に言いますと、第二形態から第三形態に顚倒の関係があるのですが、転倒の関係があるということは要するに交換過程をマルクスは暗示しているのです。
商品の交換過程というものが外的な契機になって、第二形態から第三形態へと現実には移行する。そして交換過程の契機は価値形態の中には持ち込めないわけですから、事実上というわけで事実の話を持ち込んでいる。そういう意味で転倒は第二形態には含まれていないといえば含まれていないのです。含まれていないのですが移行ということを問題にする以上は、それが交換過程という論理を媒介にして含まれていると言ってその上で、顛倒した形態を想定しようというようにマルクスが論を進めている、ということが極めて正確に事態を表現しているのではないか。
単に第二形態に内在する論理だけで、価値の本性と価値の形態の矛盾だけから自動的に移転・発展していく、ということではなくて交換過程という外の契機を受けて発展したのだということをここで暗示しているのではないか、というように思うのです。
それから第三形態から第四形態、すなわち一般的等価物が貨幣形態になる、金が貨幣になるのは何故かということでは、ここでも自らではなくて社会的習慣という形になるのです。これも結局は人間が社会生活をやっていく中で何を貨幣にするかという問題は、価値形態だけからは説明は出来ない。価値形態の発展は社会的習慣という要素からも規定されるのだ、という事をやはりマルクスは言いたかったのではないか。そういうように考察して行きますと、価値形態の発展を使用価値と価値の矛盾で見る、これはおかしい。これは交換過程の矛盾であってこういうように考えると価値形態論と交換過程論がごっちゃになってしまう、ということが一つはっきりしたことです。
それから価値の概念と価値の形式（形態）の矛盾、というように問題を設定すること。これ自体はよくて、それが価値形態発展の基本的な要因になっているという事は認めるわけですけれどもそれが即、その論理だけで価値形態の移行は説明できないのではないか。価値形態が発展、移行する場合に外的な契機がある。その外的な契機をマルクスは様々な形で示唆している。従って内的論理の一義性という点から見ると、矛盾しているという批判を受け取ることになる。しかしながらそれは内的論理の一義性ということを求める方が無理であるためであり、論理の中断、歴史的事実の挿入というようなことについて我々はきちんと考える必要があるのではないか、というように考えます。それが今のところ様々な論争があった価値形態の移行に対する私なりの見解です。
結局は矛盾の展開といっても「対立物の統一」の矛盾が運動となるという場合と、「否定の否定」の法則です。それをやはり区別して掴まないといけないし、やはりマルクスはそれを上手く区別しながら理論を進めているのではないか、というように思います。以上で、価値形態の箇所は、全部が終わったわけです。この次は物神性をやり、それが終われば初版の一番難しいと言われている価値形態論をもう少し時間をかけて、ゆっくり解きほぐしていきたいと思います。

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2014/02/23

『「資本論」の核心』補講全３回（３-１）

Author: ebara (10:41 am)

『「資本論」の核心』補講全３回（３-１）

　発売中の拙著『「資本論」の核心』（情況新書、2014年、1300円）に収録できなかった講義をここで公開します。三回に分けて掲載し、三回目には本書の目次を末尾に収録しておきます。なお『資本論』現行版は長谷部文雄訳の『世界の大思想　マルクス資本論』（河出書房新社）を使います。ページ数についてはこのページ数でやっていきます。

補講第一回　目次

第一講　資本論の読み方　今なぜ『資本論』か
１．参考文献の紹介
２．階級の解体ではなくて階級の成熟
３．商品の価値形態を人格の物象化、物象の人格化の形式と読む
第二講　商品の二要因 ――― 使用価値と価値
１．冒頭商品の性格をめぐって
２．価値実体の分析への異論をめぐって
３．抽象的人間労働への還元の「恣意性」をめぐって
第三講労働の二重性
１．価値とは社会的実体という認識の欠落
２．社会的実体と労働の社会的性格
３．生きた労働と対象化された労働との区別

第一講　資本論の読み方　今なぜ『資本論』か

１．参考文献の紹介
資本論には膨大な論争があります。そういう論争を一々追っていくということは今回はやらないわけですけれども、一応どういう論争があるかということについての文献を紹介しておきましょう。
遊部久蔵の『資本論研究史』（ミネルヴァ書房）、これが一番古いものです。次に出たのが『資本論を学ぶ』、それから、刊行中の『資本論体系』（最近完結した）、それぞれ有斐閣から出ています。その他、共産党系の学者の手になる『マルクス経済学講座』、『新マルクス経済学講座』（有斐閣）、宇野学派の手になる『資本論研究入門』（東大出版会）というのもありますが、それぞれ一定の傾向から書かれていまして、比較的中立的な立場から書かれているのが一番新しい『資本論体系』という本です。
これらの本には論争の紹介と共に膨大な文献の紹介があります。もし今回の研究会の中で掴みたいテーマなどが御自身で見つかりましたら、是非そういう文献に当たり、一々文献を調べて自分で研究していくような形でやって戴いたらいいと考えています。そういう論争については今回の講義では必要に応じて言及するということに致しますので、文献の紹介に留めておくとしまして、今なぜ『資本論』を取り上げるかということについて次にお話ししたいと思います。

２．階級の解体ではなくて階級の成熟
日本ではマルクスはもう古い、ということが数年前（80年代前半）から言われてきまして、それはどういうことを根拠にしているかと言いますと、階級が解体しているという認識が一般化しているという所に現れていると思います。階級の解体という問題は例えば世論調査で国民の大多数が中流の意識を持っている、こういう所に典型的に現われている問題ですけれども、資本家と労働者の利害の対立は敵対的な対立なのだという意識が薄れてきているということなのです。
これは裏返せば自分が階級に帰属している、という意識が希薄になってきているということでもあるわけですが、このような階級の解体というようなことが進行していく中で、マルクスの理論は階級闘争、階級の問題を全面に押し出したものだったために、マルクスはもう古いのではないかというような意見が方々から出てくるということになってきているのです。
ところが私たちはこの様な現状こそが、むしろマルクスが『資本論』で予言した階級闘争と階級の存在形態の完成ではないか。だから階級が解体したのではなくて、階級が完成したのではないか。階級が成熟して完成したのではないか。こういうことが『資本論』を読めば分かるのではないか。これが私たちの基本的な観点です。
それで今なぜ『資本論』かということは、一見階級の解体に見えているような現在の事態が実は階級の完成である。そういうことが『資本論』を読めば分かる。今この問題に若干立入って話しを進めていきますと、従来の階級についての観念というのはやはり資本家と労働者との間の経済的な関係は搾取・被搾取の関係であるというように捉えられていたのです。従って資本家と労働者との間の階級の対立ということは搾取・被搾取の意識だったのです。しかもこの搾取・被搾取が人と人との関係というように自覚されていたわけです。
ところが今日では人と人との関係において搾取されているという意識が希薄になってきている。そして資本家も彼が資本家であるから搾取しているということではなくて、一つの社会体制の中で一つの役割を占めているに過ぎない。それで資本家の役割というのが何か人間の力を超えた体制的な力が、資本家に強制させているという、このような形で階級の問題が理解されるようになってきている。そうすると搾取という問題はもちろんあるとしても、そのような搾取は人による人の搾取というようには意識されなくなってくる。一つの全体的な体制があって、そういう体制の中で人々がそれぞれの役割を演じている。これを厳密な言葉で言いますと物象による人格の支配、これが完成したということなのです。
そもそも資本の体制というのは、商品や貨幣や資本といった物象を媒介にした人に対する人の支配ということなのです。例えば封建制度、奴隷制度であれば、人と人との支配・服従関係が搾取するための前提でした。領主と農民といった人と人との間の人格的な支配・従属の関係があって、その元で搾取されていく。ところが資本の場合には人と人との政治的関係は自由平等であって、そこに支配・隷属の関係はない。しかしながら、資本というのは一つの物象として現われるわけですから、物象としての資本を所有しているかしていないかが問題で、物象を所有していることにもとづいて人による人に対する支配がなされるというのが資本主義の特徴なのです。
ところが物象を媒介にした支配ということが、資本主義が封建社会から生まれてきて発展していく過程ではまだ徐々に支配的になっていくのですが、それ自身が一つのイデオロギーとして人々の頭のなかに形成されるというところまでは行ってなかった。従って昔の資本家は資本を一つの物象として捉えた場合に、物象を媒介として人を支配し搾取していたにも拘わらず、一般的には人が人を搾取する、支配するというように見えていたのです。
しかし、今日では人と人との支配として意識されてきた関係が、逆に物象を媒介とした支配の完成によって人に対する人の支配という意識がむしろ消えていっている。こういうように意識が変化してきているようになっているのです。
それはなぜか、ということなのですが、その辺りの問題を解く鍵がいわゆる物象化と物神性（物化）なのです。物象を媒介とした支配がもちろん人による人の支配の一つの形式なのですけれども、それが人による人の支配には見えなくなっていく。つまり、物象を媒介とした支配がむしろ人による人の支配であることを隠してしまう。
そういう問題がどこにあるかというと根本的には商品にある。物象化も物神性も商品の価値形態にある。そういうように考えていきますと、昔であれば資本家と労働者の関係は搾取・被搾取の関係で尚且つ資本家は資本という物象を媒介にして搾取するわけですけれども、その資本という物象を媒介に搾取する過程が、生産過程での資本家による労働者の搾取というそういう人と人との支配・隷属の関係を消してしまうような形では成立していなかった。従ってそこに搾取という観念を媒介にして階級と階級が存在している、お互いに利害が対立している、という意識があったのです。
ところが今日では物象を媒介にした支配という方が膨大に膨らんでいって、それが人と人との関係を隠してしまう、そのようになっている。従って伝統的な階級論では通用しない。そのような事態が階級の解体というような言説で様々な人々によって主張されている原因だったと思うのです。
私たちが今回の講義でそれを階級の解体ではなくて階級の成熟だと主張することがどういう意味かといえば、そのように物象の方がむしろでしゃばってきている。それは単なる物と物との関係であって、そこには人々の支配・隷属の関係はないのだ、という意識が出てくることこそがむしろ資本主義的な体制の完成であり階級の成熟であろう、こういうように、捉えられるのではないか。
それは商品・貨幣・資本、これらの持つ物象の社会的力が支配・隷属の関係を形成しているのだが、物象のもつ物神性が人による人の支配・隷属関係の消滅といった意識を人々の間に作り出さざるを得ない。それが成熟して現に作りだされた。こういう事態として、今日のいわゆる階級の解体と言われているような主張が、実は逆に階級の成熟を意味しているのだという理解に導いていけるのではないかというように考えているのです。

３．商品の価値形態を人格の物象化、物象の人格化の形式と読む
そういうような観点から『資本論』を読もうということになりますと、もともと、『資本論』には最初に商品論があります。これは読んでいっても非常に難しくてはっきり分からないことが多い。それで商品論の後に貨幣論があって、貨幣の資本への転化が説かれ、それから資本の生産過程というようになっています。その商品論というのは貨幣を理解してそれから貨幣の資本への転化を理解する、そういう前座のようなものとして今までは学習されてきたと思うのです。そして、むしろ学習の中心は資本の生産過程を勉強して、そこで搾取がどういうようになされているかという事を理解して、そして階級対立がなぜ起るのかということを知る。こういうやりかたが今までの『資本論』の学習方法だったと言えると思うのです。
ところが今言いましたように、一見階級が解体していると見えるような事態が階級の成熟であるという認識を持とうとすれば、商品論はいい加減にして資本の生産過程から詳しく学習するということをやっていたのでは到底そういう認識は出てこない。そこで商品論を非常に詳しく研究するということが今必要になってきていると言えると思うのです。
そこで私たちの観点をもう少し整理してみますと、一つは『資本論』の膨大な論争がありますけれどもそういう論争の中でまだ充分議論されていない問題、つまり新たな解釈を確立する、あるいは既成の解釈を乗り越える、というようなことが商品論の所でなされねばならない。そういうように考えています。
それはどういう事かと言いますと、商品の価値形態を人格の物象化、物象の人格化、これが成される一つの形式として解明しようということです。これが一つの根本的な観点なのです。商品の価値形態については様々な論争がありまして、ここが特に『資本論』の商品論の所でも一番難しいと言われているのですが、この価値形態に関しては今までの議論は本当の所マルクスの真意を掴めているとは決して言えなかったのではないか、と私たちは見ています。
『資本論』の価値形態論というのは、『経済学批判』を含めれば多くの論じ方があるわけです。『資本論』の初版の本文に価値形態論が一つ展開されていますし、それからそれでは難しいのではないかとクーゲルマンがマルクスに指摘したことによって付録というものが書かれて、初版には本文と付録という形で価値形態論が二重に説かれています。さらに現行版というものがありまして、マルクス自身が『資本論』の初版本を改定したわけですけれども、その改定した現行版の価値形態論というものが、付録を土台として書き直されて新しい形で展開されている。従っていわゆる商品の価値形態の分析ということについては、マルクスは少なくとも三つの仕方で展開をしているのです。
これまでの研究がいかに不充分であったかということは、このマルクスが展開している三つの異文について各々どういう特徴があってどういう関連があるか、というような事について当然研究されるべきなのですけれども、それに関してはまだ全然手がつけられていない、という所にも現われているように思います。
人格の物象化、物象の人格化ということは、今まで『資本論』の解釈の中では余り強調されてこなかったことなのですけれども、先程の実は“階級の解体が階級の成熟である”というふうに認識をしていくための基本的な拠り所というのが“人格の物象化、物象の人格化”ということなのです。
この事について予め説明しておきますと、結局ここで人格という場合は法律行為の主体としての人間であって、物象というのは、自然物でありながら人々の社会関係で形成される社会的な力をモノの方が吸収してしまいモノがそういう社会的な力を持っている、そういうモノを物象と呼びます。
例えば貨幣ですけれど、今の貨幣でしたら日銀券になりますけれども、ああいう日銀券という紙切れが商品を買うという購買力を持っている。これは日銀券という紙切れに人々が生産した商品を購入するという、人間の社会の中でしか成立していない社会的な力が付着しているのです。そういうように自然物でありながら社会的な力を持ってしまった、そういうモノを“物象”と呼ぶのです。そして、資本主義の基本的な傾向として、社会的な力を持った物象が人格化するということが起っている。
この物象が人格化し人格が物象化してしまうという関係が、実際にモノを利用して人が人を支配していく場合にこのモノが物象になってしまうと、モノの方がいかにも人の役割を果たしてしまう。その結果、人による人の支配がモノを通じて行なわれる場合に、本当はそのモノが単なる物ではなくて、物象として人による人に対する支配がなされているというように見なければいけない。ところがそのモノが人的な力を持ってしまっているわけですから、人の方が逆にモノの力に順応して、モノをコントロールしているように感じてしまう。
そうするとそこにあるのは一つの物的な、体制的な関係で、そういう関係があるから人々の不平等が生まれている。そういうような認識が生まれてくるとすると、人と人とは結局は資本主義では平等なのに、体制的な形で、なぜかよく分からない、人間の存在を超えた神のごとき力が、現代の社会を運動させている、そういうように捉えられるようになる。
そういうような事態が生じる根本的な原因が、人格の物象化と物象の人格化だということであり、これが商品の価値形態によってそういうことがなされているということですから、商品の価値形態を研究することによってこのことがはっきりすれば、先程の階級の成熟というような問題が次に理解されていくのではないかというように考えるのです。
どういうような計画で今回の講義を行なうかということですけれど、『資本論』の論争史は必要に応じて取り上げるということに留めたいと思うのです。あと特に階級の解体ということを主張している今日の論客が提起している幾つかの批判、これは適宜取り上げてその問題点について検討していきたいと思います。
全体でどういうような形で配分するかということですけれども、最初の一年、つまり１２回で資本論の第一巻の半分くらいまで出来るのではないかというように考えています。残りの２年目に、第一巻の半分と第三巻まで、これは非常に駆け足的になりますけれども全部を一応概論的にやってしまおうというのが現在の計画です。なぜそのような計画になるかというとやはり商品論のところを詳しくやる、というのを基本的な目標にしますので商品論のところを半年かけて研究しよう、そして後の半年で貨幣から第一巻の半分を、具体的には労働日あたりまであと半年でやろう、ということですね。
とりあえず、今回の講義をこのような観点から始めるわけですけれども、特に講義の焦点というのは商品論の研究ということに中心があるわけで、そこが『資本論』の中の一番難しいところでありまた謎でもあります。且つ一般の『資本論』の研究家、いわゆる学者になるのですけれども、学者たちの間では全く間違った解釈が横行しているという、こういうことがありますので、ここのところは特に力を入れてやっていきたいと思います。では第一回目の『資本論』の読み方、というテーマについてはこれくらいで終りましょう。

第二講　商品の二要因 ――― 使用価値と価値

１．冒頭商品の性格をめぐって
『資本論』の商品章での最初の部分なのですけれども、ここでは『資本論』を読み合わせながらやっていきましょう。読み合わせに使う『資本論』ですけれどもこれは多くの訳がありますが、長谷部文雄訳の『世界の大思想　マルクス資本論』（河出書房新社）を使います。ページ数についてはこのページ数でやっていきます。
それでは35頁『第一篇　商品と貨幣　　第一章　商品　　第一節　商品の二要因 ――― 使用価値と価値』、この第一パラグラフをまず皆さんで読んでください。
ここの第一パラグラフでまず商品から分析を始める、ということをマルクスは言っています。この冒頭の商品をどう規定するかに関して様々な論争がありますので、これを簡単に紹介していきましょう。
まずここで言われている商品が、資本主義的な商品なのか、それとも資本主義が発生する以前の商品生産者の商品なのか、ということをめぐって論争がありました。まず後者を「単純商品生産社会の商品」といいます。この論争がなぜ起ったかという問題は、論理と歴史は照応しなければいけない、という論理＝歴史照応説があったのです。この説からすれば、一番初めはまだ資本はなかったはずですから単なる商品生産者の社会があった。そこから貨幣が出てきて資本が出てくるというように『資本論』全体の体系は叙述されているのではないか。そうなると最初の商品は資本主義的な商品、つまり資本家が生産した商品ではなくて、例えば自営農民であるとかそういった資本家以外の人々が生産した商品が最初に取り扱われているのではないか。こういうような意見が一時期は支配的だったのです。
あとこの他に、なぜ『資本論』の体系が商品論から始まっているのか。それがどういう理由に基づくのかという論争もありました。『資本論』だから資本から始めなくてはいけないという事が当然考えられるし、あるいは労働から始めなくてはいけないというような考え方も当然あるだろうし。例えばスミスだったら分業から始めています。
マルクスは商品論から始めたわけですけれど、これについてはマルクス自身の簡単な説明がありまして、これは『経済学批判』（国民文庫）という最初の『資本論』の原型になった書物ですが、その本にはマルクスがそれを出版した時には未公開であった「経済学批判の序説」という草稿も収録されています。この草稿でなぜ商品から始めるかということについて直接それを説いたわけではありませんが、もっとも単純なものから始めて複雑なものへと移っていくという形で科学は叙述されるべきではないかというように言っているのです。
科学を叙述するのはそういう方法ですけれども、しかしながら実際に叙述する以前に、その対象である資本主義社会あるいは資本主義の生産様式ですが、そういうことが完全に分かっていなければならない。それを分析していく場合には複雑なものから出発して段々と単純なものに下向分析していくのだ。分析した結果、単純なものに到達すると今度は叙述する場合にはそこから上向して段々と複雑なものへと移っていく。こういう分析と総合という形で、科学の方法は成りたっているのだというような事が書かれているのですが、先の論争での資本主義的な商品か単純な商品生産者の商品かという論争は別にして、この後者の方法の問題については是非「経済学批判の序説」を当たって見ておかれた方がよいというように思います。
論理と歴史との照応説というのは現在では殆ど支配的ではなくて、冒頭の商品は資本主義の生産者の商品であるけれども、しかしながら資本主義的な規定、これが抽象されている。そういう意味で単純な商品生産者の商品と同じような抽象的な商品になっている、というものが先の論点についての支配的な説になっています。その紹介はそれくらいにして、次の段落から36頁上段の真中辺りまで読んでください。

２．価値実体の分析への異論をめぐって
今読んでいただいた所は、商品の二要因のうち、使用価値の説明がなされています。商品の使用価値とは何か、という説明はあまり難しい問題はないと思うので次に価値の説明をしている所に移りましょう。その続きから37頁下段の5行目までを読んでください。
今読んでいただいた所が、価値の分析です。価値と言わずにここでは交換価値というようになっていますが、マルクスはこの交換価値ということで価値を代表させています。取りあえず価値は交換価値として現われているので、現象に則してここでは価値を交換価値と規定して分析しています。
ここで交換価値の分析を通じて価値とは何か、普通は価値の実体というように言われているものとは何か、ということが分析されているのですが、ここに多くの論争がありまた興味深い見解の相違ということがあるのです。従ってここはかなり詳しくやっていきましょう。
先走って価値とは何か、という事について前提的な認識を言っておいた方がいいと思うので説明しておきますと、要するに商品に価格がついている。例えばここにあるコップが250円で売られている。コップ自体は自然物ですけれど、それに価格が付いている。その価格は人間の社会の中でのみ起こる経済的な現象です。それでコップに価格が付いているということ、これは交換価値なのですけれども、コップが交換価値を持つ、それはどういうことなのか、それを説明することが価値の説明になるのです。
コップを作った人は、コップが市場にある時にはまだ自分の所有物ですね。ですからコップはコップを生産した人の私的な生産物であり、私的な所有物である。ところがコップが交換価値を持って、価格を付けて市場に出される場合に、他の人々はコップを生産したコップを所有している人に対して、貨幣を支払うことによってそのコップを自分のものにすることが出来る。そこではコップは社会に通用する労働になっているのです。
だから価値とは何か、価値形態とは何か、という問題は私的労働の生産物が私的所有という性格を変えないままで社会的に通用する、そういう社会的労働の形を取っている。この私的労働生産物がとる社会的労働の形態、これが価値であり、その形式が価値形態である。大体こういうようなことを頭において、価値の実体についてのマルクスの分析を見て行きたいのです。
ここで、特に日本の学界の中で大きな論点になったというのが宇野弘蔵さんの説です。二つの商品の交換関係から抽象的人間労働への労働の還元が成されているというようにマルクスが主張しているけれども、宇野さんはそうはならないのではないかという批判をしたことが最大の論争点なのです。
二つの商品の交換関係からだけでは価値が抽象的人間労働であるということは分からない、こういう批判を宇野さんはしたのですが、まあ宇野さんの批判はもう古いし私も『資本論の復権』（鹿砦社）などで宇野批判を書いたこともありますのでそのことは直接ここでは言及せずに、同じような立場から問題を立てて展開している柄谷行人さんの説を見てみましょう。
柄谷さんは『マルクスその可能性の中心』という本で、この本の内容はテキストに引用しておきましたけれども、次のように言っています。
「いいかえれば、『価値』なるものはなく、相異なる使用価値の関係が、もっと正確にいえば『差異』のたわむれが根底にあるだけなのだ。」
先程読んだ所で、マルクスは商品に価値が含まれている、商品に内的な内在的な価値があるのだろう、という観点から分析したのです。それに対して柄谷さんは、商品に価値が含まれているという事はないのだ。ただそこには使用価値と使用価値の関係があるだけだ。だからちょうどマルクスの『資本論』でいえば、36頁上段の最後の方ですね、そこで言われている、「だから交換価値は、なにか偶然的で純粋に相対的なもののように見える」というマルクスが否定している考え方、これが正しいのだと柄谷さんは言っているのです。
なぜ彼がこのような主張を展開するかと言いますと、続いて柄谷さんの本（『マルクスその可能性の中心』）の47頁からの引用、を掲げましょう。
「一つの商品の“価値”は、内在的にあるのではなく、他のすべての商品との価値関係としてあるにすぎない。だが、貨幣形態をとると、それは数量的に表示される。同じ商品が一地域で安く、他の地域で高いのは、それぞれの地域において、他の商品との関係がちがうということ以外ではない。ところが、この関係が貨幣形態によって消去されると、まるでその商品に単独に内在的価値が存在するかのようにみえる。」
面白いことに柄谷さんは貨幣形態があるから、商品に内在的な価値があるように見えるのだ、こういう主張をしているのです。もし貨幣形態を取り払ってもっと簡単な価値の関係を想定していくと、それは商品に内在的な価値というようには言えないのではないだろうかと。
なぜこのような対立が出てきたかという問題ですが、これは実は先程言った宇野さんの説と非常に関係しているのです。宇野さんは『資本論』を批判して、新しい観点から自分の価値論を展開している。そういう内容を一番新しい著作でいうと『経済原論』（岩波全書）で展開しているのですが、そこでは商品がみんな価格を持っている、この点での同質性が価値だ。こういうように言っているのです。
だからある商品は○円である。また別のある商品は×円である。みんな共通の何円という価格を持っている。この商品が価格を持つという同質性が価値だ。こういう形で価値を規定しているのです。柄谷さんはそういう貨幣形態を想定すると、本来商品自体に価値が内在的にないのにあるように見える。そういうように商品の分析をもってする場合に価格や貨幣形態を問題にして、そこから出発点にして分析しようとする。これが宇野さんにも柄谷さんにも共通している。
ところがマルクスはそうせずに二商品の交換関係を分析しているのですが、宇野さんの場合は価格をもっているという点での共通性が価値でその価値は一体何か、というようになっているし、柄谷さんの場合も価値は結局使用価値と使用価値との間の関係で内在的な関係はなく、貨幣形態を取ると価値があるように見えるのだ、というような形で言う。いずれにしても貨幣形態に注目している。価格に注目している。その価格を分析していっても価値が抽象的人間労働であるかは分からない、と二人ともそういうようには言っていないし、そういう主張は別にしていないのだけれども、裏返せばそういう事を言っていることになるのです。
実は柄谷さんや宇野さんの説が登場してくる余地がどこにあるかと言えば、実は商品の価格形態を分析したのでは、その価値がどういうものかという事は全然分からない。これはマルクスがそういう展開を当然視しているのですが、実はそういう非常に平凡な一つの事実を、宇野さんや柄谷さんは別の言葉で言い換えているに過ぎないのではないか。では価格や貨幣形態では商品価値の実体、商品の価値とは何かということをなぜ分析出来ないか、ということに移りますけれども、その問題に移る際にはまずそのマルクスの分析について、先程読んでいただいた所にもう一度帰って見て行きたいと思います。

３．抽象的人間労働への還元の「恣意性」をめぐって
マルクスは二つの商品、小麦と鉄の関係ということを提起してそして共通者が抽象的人間労働である、と述べています。そのような議論を展開する前に、１クォーターの小麦の交換価値というのは様々あって、様々な交換価値があるのだろう、ということからまず出発しているのです。ですから、これは後で価値形態のところで出てくる「全体的な・または開展された・価値形態」ですね。だから１クォーターの小麦が様々な商品と交換されている、そういう交換関係です。それをまず念頭において、そこで例えば１クォーターの小麦がＡの商品とはどれだけの割合で交換されるか、Ｂの商品がどれだけの割合かと考えて行きますと、Ａ・Ｂ・Ｃ・Ｄ・・・様々な商品と交換できるわけですが、そうすると今度は小麦と反対の右辺にあるＡ・Ｂ・Ｃ・Ｄ・・・といったこれらの商品は同じ同等なものではないかと。そういうことをまずマルクスは言っているのです。それで右辺の様々な商品がみんな同等なものを表現している、という事を押さえた上で、この全体の中に含まれていた小麦と鉄の関係という価値関係のうちの一つを取り出して、次にこの共通なものは何かと、いうように分析して行っている。
ここで宇野さんなり柄谷さんなりが想定している貨幣形態を取るとどうなるか。そうすると１クォーターの小麦が右辺に来て、Ａ・Ｂ・Ｃ・Ｄ・・・他の商品が左辺に行く。だからこれは後で出てくる相対的価値形態と等価形態という二つの価値形態に分かれているというようにマルクスは言っており、マルクスの例では小麦というのは相対的価値形態に立っているのですけれども、今度は宇野さんや柄谷さんの場合では小麦は等価形態に立っているのです。
様々な商品が一つの単一の小麦というもので価値を表現されている。こういう関係を実は彼等は想定してしまっているのです。それでそういう形態を見ると確かに様々な商品が全て単一の商品で現されているから、何か一つの共通のものを持っている。そういうことは当然分かるのですけれども、その共通なものの中身は一体何か。それは逆に共通なものは小麦だ、という事になっているわけですから、全く逆に隠蔽されている。共通なものは労働だということはむしろ分からなくなっている。
だから宇野さんや柄谷さんにしても、価格を持っているという点での同質性が価値だというような所から出発して価値を分析しようとすれば、例えば貨幣なら金なり、先程の例なら小麦なり、みんな他の商品が金なり小麦なりと等置されている。そういう事が分かるだけで、では金や小麦というのは実際に何か、という事はこの形を幾ら分析しても分からない。
そういう意味でマルクスの分析を宇野さんや柄谷さんなりは批判しているわけですけれども、その批判がマルクスの展開を正確に押さえた上での批判にはなってなくてむしろ、特に宇野さんの場合では顕著ですけれども、マルクスが設定している交換関係とは逆転した交換関係を設定した上で抽象的人間労働が出てこないという事を言っているに過ぎない。
確かに商品が全部価格を持っているからそういう同一性が価値だという事は、子供でも分かる話なのですけれども、そういうような現象を引き合いにだして果たして価値ということの質が分かるかどうか。そういう問題を考えてみるとすれば、このような問題設定では価値の分析の仕様がない、というようになっているのではないか。
このことはマルクスの分析を裏返せばそういうことがハッキリするし、マルクスの分析は商品が価格を持っているという点で共通でありそういう共通性が価値だという考え方には立たずに価値の分析をしている、ということをここでは理解してもらいたいのです。
その次に同じくここの分析に関連してマイケル・ライアンという人が著書『デリダとマルクス』（剄草書房）の中で展開している議論を少し紹介しておきます。
　「価値法則は、ひそかにではあれ、強制的なものだ。それは、等しくないまたは異なる実在体の間の理念上の等価性や交換可能性の上に打ち立てられており、異なるものを等価にし、同一化する。ただし、この操作が実際に起こるとしても、それは理念上のことでしかないし、超越論的なパラダイム（貨幣）の助けを借りた場合に限られる。資本主義は、したがって不等性から抽象を行ない、差異を同一化し、系列をパラダイムへと解消する。」
つまりマルクスが、価値の実体が抽象的人間労働で価値は様々な使用価値を持った諸商品を共通なものに還元している、というように言った場合に、異なるものを一つの等質なものに同一化するというのは単なる理念の上での事だ。現実にはそうなっていない。現実にはやはり差異は差異のまま残っている。こういう主張をライアンはしているのです。
ライアンについては後でまた詳しく述べてみたいと思うのですが、この異なるものを同等化するのは理念上のことだ、という批判というのは宇野さんの批判にも似ているのですが、ずっと一貫してマルクスの価値実体のところの諸批判に底流としてあります。例えば古くはベーム・バウエルクという人が二つの商品との交換の中に同等性が現われるというのは疑問であるとし、とくに三角形の例を引いての分析がこれは単なる頭の中の考えに過ぎないのではないかと。こういう批判をしています。
実際マルクスはここでの分析は頭の中の分析だというような事は、後の箇所で言っています。ただそういう事をマルクスが言っていますから、従ってそういう意味ではここでの価値実体の分析というのは例えば廣松渉さんは『資本論を物象化論を視軸にして読む』（岩波書店）という本を執筆されていますが、廣松さんはここの価値実体の規定は仮にこういうようにマルクスは言ったのだろう、そして後で段々と訂正していってそれが現実的な論になっているのだと。この廣松さんの説についても後で述べたいと思うのですが、いずれにせよここでの議論が単なる仮の議論ではないか、というような説というのはずっとあります。
ただその場合ライアンのようにここの価値実体の分析ではなくて、異なるものを等価とするというのは価値形態の問題ですから価値形態の問題をも含めてこれは理念上だと、言っているのは少なくとも日本の学者ではいないと思います。ただその事をなぜライアンは言っているかということは、廣松さんの検討を含めて後で見ていきますが、いずれにしてもこのような形でここでのマルクスの価値実体論の分析のところに様々な意見が出されている。価値実体の分析は実際には価値形態の分析と絡めて、それと総合して最終的な判断を出すという事にならざるを得ないし、そういうような形で持って行こう、それが今回の講義の目的です。そういう意味で取りあえず第２回目の講義としては、価値実体の分析の所に様々な意見なり反論なりがあってこれは非常に重要だ、この論争点についてはまだ解決していないのだ、という事を確認して、まだこの第一節が終っていないのですがこれは次回に「労働の二重性」の所と一緒に研究することにしましょう。

第三講労働の二重性

１．価値とは社会的実体という認識の欠落
今回は前回やり残した所と、その次に第二節商品で表示される労働の二重性格、ここをやりましょう。それでは前回やり残した所から始めましょう。『資本論』の28頁上段の最初の段落まで読んでください。
ここで注目すべき点は、価値の規定があるわけですけれども、その価値というものは、「社会的実体の結晶としては」（38頁8行目）という様に書かれています。この社会的というように言われている所、ここが一番中心的なことなのです。それで商品の二要因が使用価値と価値であり、使用価値が具体的な有用的な労働と関連して価値が抽象的な人間労働と関連する、という事が今までの所で説かれているのですが、その抽象的人間的労働というのは一体どういうものなのだろうか。その抽象的人間労働の性格規定として、「社会的実体」というような事が言われているのです。
ここから後、この抽象的人間労働というのが社会的実体であるからこそ、マルクスは様々な形で、例えばこれをどうやって測るか、個々人の労働がどのように社会的労働になっていくのか、というような事について、これ以降とそれから次の「商品で表示される労働の二重性格」という所で展開しています。それでここから次の第二節全体まで、まず先に読んでもらいましょう。
その場合どういうことが述べられているか、ということについて予めかいつまんで述べておきますと、まず「社会的実体の結晶としては価値 ——— 商品価値である」（38頁・上8）、というように言った後に「価値の実体をなす労働は、同等な人間的労働であり、同じ人間的労働力の支出である」（38頁・下7）という規定をして、そして個々人の労働力が「一個同一の人間的労働力」として意義を持つ（38頁・下10）。要するに一人の人間の労働だというように考えたものと同じような形で個々人の労働が意義を持っているのだ、というそういう規定をまずします。
それから第二節に入りますと、この商品で表されている労働の二重性を今度は生産過程、商品を生産する過程における労働との関連でもう一度見直すのです。そして有用的労働の場合は様々な社会的分業としてなされて、様々な分業が発展していると書かれています。
これに対して価値としての商品、価値を生産するという意味での商品の生産、この価値の生産過程においては分業とは関係がない。この場合は簡単な平均労働というものが一つの単位になっていて、そして平均労働と複雑な労働というこの2種類の労働しかない。平均労働と複雑な労働はお互いに換算できる。こういう事が次に書かれていますね。これが43頁あたりですね。最後に45頁の最後に、有名な規定があります。
　「およそ労働は、一方では、生理学的意味での人間的労働力の支出であって、同等な人間的労働または抽象的・人間的労働というこの属性においては、商品価値を形成する。およそ労働は、他方では、特殊的な・目的を規定された形態での人間的労働力の支出であって、具体的・有用的労働というこの属性においては、使用価値を生産する。」
ということで締めくくっています。ここまで読んで下さいね。
今読んだところですけれども、何から始めるかという事で、先ほど紹介しました廣松さんが『資本論を物象化論を視軸にして読む』という本で、この第１回目にやりました価値の実体規定と、価値形態、それから労働の二重性、これらの関連をどのように理解されているか、ということについてまず批判的に検討することから始めてみましょう。
廣松さんは著書でこういうように主張されています。
「後論における弁証法的再措定の一端を先取りして言えば、しかし、真実には、商品体の内部に価値なるものが実体相で実在しているわけではなく、抽象的人間労働なるものが凝固的に対象化するわけでもない。交換的等置の場における価値量や価値形態の規定にsub
立てられるものstganzというかぎりで、物象化された視界では、Sub-stanz（＝実体）としての価値実体が措定されるとはいえ、これとてその現実体においては『人と人との物を介しての関係』の『反照的規定 Reflexions-bestimmung』なのである。」
これは第１回目でやりましたマルクスの抽象的人間労働への還元という分析が、実は単なる理念的な仮説ではないか、理念上の問題ではないかというライアンの説明とか、あるいは柄谷さんの、商品体に価値があるというのはおかしい、というような事とはレベルが違いますけれども、いずれにしても抽象的人間労働というものは、何か手に掴めるような感じであるという事はない。そういう事を何とか言おうとしているのだと思うのです。
それはその限りでは、例えば商品を作るのにこれは何時間かかった、という個々人の労働時間は当然測れますが、そういう形では商品の価値は測れない。こういう問題と関連しているわけで当然、抽象的人間労働は手に取るように明らかなものではない。そういう事を言おうとする限りでは、こういう観点というものは必要です。しかしながら廣松さんの場合は、こういう価値実体の設定、あるいは抽象的人間労働の凝固・対象化、というような言い方、これは物象化された視界に則して述べているのだ、というように主張するのです。
本来は人と人との物を介しての関係が、物に反射している、反照している。商品交換というものは一つの仮の像で、その奥に人と人との関係があって、それが反射している。反射している映像に則して、マルクスは価値実体、価値量、それから抽象的人間労働の対象化というような事を言っているのだ、という考え方をしているのです。
ここは私は疑問でして、人と人との物を介しての関係が商品交換、商品の価値という所に反照している、という事ではなくて、労働生産物が価値を持って商品として現れているということ自体が、人々の一定の社会的関係なのだ。これは後で言いますけれども、そういう関係が実は物神性によって単なる物と物との関係に見えてしまう。だから物と物との関係に見えてしまう商品の交換関係の背後には、物象と物象の関係、つまり人と人との社会的関係を背後に持った物象の相互の関係がある。そういうように捉えると、そういう商品自体が人々の一定の生産関係であり、それが商品の現象形態だ。そういう商品の現象形態自体が、人間の目には物化されて、それで物と物との関係に見える。こういう商品の物神性の構造を批判的に掴むとすれば、むしろ商品の交換関係自体を現象形態として掴んだ場合、それ自体が人々の社会的な関係だ。そういうように捉えるべきではないか、というように考えるのです。
そういう観点から、抽象的人間労働が社会的実体と言われている、その社会的性格というものをどのように掴んでいくか。今回の講義の目的がここに生まれてくると思います。
まず、『資本論』第１節の残りの中で重要な問題は、38頁・下7行目です。

２．社会的実体と労働の社会的性格
「けれども、価値の実体をなす労働は、同等な人間的労働であり、同じ人間的労働力の支出である。商品世界の価値で表示される社会の総労働力は、無数の個人的労働力から成りたつとはいえ、ここでは一個同一の人間的労働力として意義をもつ。」
現実には多くの人々が様々な違った労働に就いて、様々な違った形で労働力を支出しているのですが、これは結局一人の人間が労働をしている、というように考えて、様々な形で様々な機能を担っていると見てもいいのではないか。あるいは逆に言えば、もし個々人を一人の人間が全員平均的人間であると考えた、全体ですね。皆が平均的な労働力を持っている、そういうように仮定すると、全部平均的な人間でしたら、一人の人間と同じことだ。こういう関係をマルクスは考えるのです。
ですから抽象的人間的労働が価値の実体で、それが対象化されると言っても、現実には様々な多様な分業・労働があって、各々それが多様な形で価値を生産しているというのではなくて、それが同等な人間労働として見做されてしまう。そういうように見做された上で、同等な労働力が個々の商品を生産するのに必要な労働時間、それが商品の価値となって現れるのだ。
ですからこの場合の労働は社会的で、抽象的人間労働とは社会的実体だ。そういう個々人の不等な労働の同等化、平均化、そういう社会化の仕組みをどのように含んでいるかということです。個々人の異なる人間の労働力が同等化されるシステム、これ自体まだ分析していないし、それは価値形態でやるわけで、それはまだ出て来ないのだけれども、マルクスはここでそういうシステムがないと行われないようなこと、そういう事例をここで既に説いています。
ですから、「抽象的・人間的労働が対象化または物質化されている」（38頁上・後5行）という場合に、それは何も個々人の労働の属性というのではなくて、一個同一の人間労働力として見做された、そういう労働力が支出されて、その結果として抽象的人間労働が対象化される。そういう事をマルクスは説いている。ここに一つ注目すべきポイントがあると思うのです。
その次に第二節に入って、ここで具体的労働が社会的分業になる（41頁あたり）という規定がありますが、ここは比較的分かりやすいと思うので、次いでは商品価値を形成する抽象的人間労働を分析したところに移っていきます。ここでは先ほどの同等な人間労働として意義をもつと見なされている、というそういう問題が別の視点で提起されているのです。ここでは例えば42頁・下4行目の方に、こうあります。
「価値としては、上衣と亜麻布とは、同等な実体からなる物であり、同等な種類の労働の客観的表現である。しかし、裁縫業と織物業とは質的に異なる労働である。」
第二節では価値というのは商品体に付着している社会的労働ですが、そういう社会的労働というのはどこかで労働力が支出されないと形成されない。そういう社会的労働が支出される生産過程、これを今見ているのです。これを見ていると、上着とリンネルという商品は労働生産物ですから、これは結局、裁縫業とか織物業とか、そういう商品を作る生産過程がないと価値は形成できないのです。
そういう生産過程における労働のうちに価値を作る労働、価値を形成する労働があるのではないか、そういうふうに見ていった場合に裁縫業と織物業は明確に異なっている。異なっている労働が同等な労働として見なされるというのはどういうことなのだろうか、ということで異なる労働でも同等な労働と見なしうる根拠をマルクスはいくつか挙げているのです。
一つはたしかに分業として固定化されるけれども、同じ人間があるときは裁縫をやり、あるときは織布をやる、というようなことは可能であろうという問題です。また、例えば資本主義の社会を想定すれば、繊維産業がだめになると繊維産業から人が流れて、また資本も流れて、他の分野に行って、そこで例えば製菓業なら製菓業でお菓子をつくるというような労働が開始される。そういう意味で、繊維産業からお菓子の生産というように労働の形が変わる、そういうことができるという事は、そこに何か同等な内容があるのではないか。
それは先ほどの第二回目のところで分析した抽象的人間労働ですが、結局は、単なる人間労働力の支出である、ということは共通性として指摘しうるのではないか。この人間的労働一般の支出、これが価値の生産に関連している、ということをこういう形でマルクスは説くのです。
人間労働一般ということになりますと、そこにあるもう一つの問題は、価値の量に関係してくる問題があります。例えばある労働がある時間で生産する価値と、別の労働が同じ労働時間で生産する価値とが違ってくる、こういう場合が当然あるのです。そういう場合を説明するものとして簡単な労働と複雑な労働をマルクスは説いて、複雑な労働は簡単な労働に換算しうると述べています。ただし、簡単、複雑というものも実は社会的に決まることだ、という事にマルクスは注意を促しています。43頁・上後7行目の方に書かれていることです。
「さまざまな種類の労働がそれらの度量単位としての簡単労働に還元されているさまざまな比率は、生産者たちの背後で社会的過程によって確立されるのであり、したがって、生産者たちにとっては慣習によって与えられるかに見える。」
だからこれは現実には決まりきっているわけではなくて、例えば個々人にとっては非常に複雑な労働をしているつもりでも、社会的に見ればそれは非常に簡単な労働と見做される、というような場合は当然起こりうるのです。例えば上着の製法、縫製などを考えると、大きな工場が出来て上着の縫製が機械化されて簡単に出来るようになったというような事を想定しますと、従来の職人というのは非常に複雑な労働を手仕事でやっているのですが、その労働の産物は複雑な労働というようには全然評価されない。そういう事が当然起こってくる。
ですから抽象的人間労働が価値の実体であるという場合に、同時にマルクスはこういうような抽象的人間労働が簡単な平均的労働力というように考えられる場合に、簡単または複雑というようなことは、非常に単純ではない。社会的過程によって確立されるという、そういう問題だ。そういう事に注意を促して、ある意味では抽象的人間労働というものは何か手に取れるような物としてあってそれが価値になっていく、というような事ではない。そういう事をこの箇所でも強調している、という事だと思います。

３．生きた労働と対象化された労働との区別
そういう所に注目をしていきますと、第二節の最後45頁では、生理学的意味での人間的労働が抽象的・人間的労働で、今度は具体的な形態での労働は具体的・有用的労働だ、というような規定があります。ここから様々な見解が生まれてくる。
ある見解は、抽象的人間労働というものは結局生理学的意味での人間的労働力の支出ということだから、これはいつの時代にもある。それはそうです。何かの労働をするのに、人間が一方で具体的な目的が規定された労働の仕方をしなければいけないけれども、それは他方では同時に生理学的意味での人間的労働力の支出になっているのです。だから労働の二重性というものは、いつの時代にもあるのではないか、という見解がここの規定から出てきます。
他方、価値は社会的だ、価値の実体は社会的な実体だ、という事もマルクスは同時に言っているし、それから今回見てきたような例えば労働力の支出という事を取ってみても、一個同一な労働力の支出（38頁・下あたり）というように見做されるとか、そして簡単労働と複雑労働の関係は生産者の背後で決定されている（43頁・上あたり）とか、いうような形で言っている。そうすると労働が価値になっていく場合は社会的な関係になってはじめて価値になるのではないか。だから生産過程にある労働がそのまま価値になるのではない、ということを強調して価値は交換過程で形成されるのではないか、という説も同時に生まれてくるのです。
この抽象的人間労働の規定を巡る論争については、元々ルービン・コーン論争というものが端緒になっていまして、これについて私は『ソビエト経済学批判』（四季書房）で検討しましたのでここでは詳しくやりません。
そこではどういうレベルで総括したのかというと、生きた労働と対象化された労働との区別をするべきではないか。価値というものは既に対象化された労働についての規定であって、従って価値の実体というのも対象化された労働について言っているのだ。
生きた労働にしても対象化された労働にしても、もちろん二重の性格を持っていますが、生きた労働の生理学的意味での人間的労働力の支出が、抽象的人間労働だという場合に、それは価値の実体ではないのだ。価値を形成する実体、ないしは価値を創造する実体であっても価値ではない。それが様々な諸関係によって翻訳された形で価値になっていくのだ。
こういう理解でその時では私はそういう総括をしてみたのですが、現在（1990年）ではもっと別の観点からこの問題は解けるのではないか、というように見ています。それは価値形態と関係するのですが、先走って若干触れておきましょう。
まず、マルクスのこれまでの分析を簡単にまとめて見ましょう。マルクスは二商品の交換関係を取って、そこから両者に共通な第三者に各々が還元されていると見、そして還元されている場合、どのように還元されているかというと、それが使用価値の捨象であると見ました。そうして交換価値を抽象的人間労働に還元し、抽象的人間労働が価値の実体になっている、そういうことを分析しているのです。
それと今度は商品で表されている抽象的人間労働と、具体的有用労働という二重性です。二重性を今度は労働という観点から見て、労働という観点から見ると、生産物と生産過程、両方になるのです。両方からここで規定を与えた。
その場合に結局は抽象的人間労働というのはやはり分析によって、商品価値の現象形態を分析することによって商品価値の実体の性格、そして実体とは何か、ということを解明してきたのです。そこで交換価値を抽象的人間労働に還元していくということは、確かに一つの観念であり、人間の思考の中での操作です。
問題はそういう思考の中の操作において対象が果たして正確に掴まれているかどうか、対象の構造が人間の頭の中で、思考の産物として正確に再生産されているかどうか、ということです。そういう観点から見ていきますと、結局は価値の実体の規定というような事が、抽象的人間労働であるというように与えられた場合に、それで価値について全てが解明されているという事では全くないということです。
注意すべきことは、価値の実体が価値形態という形で展開されていく、そのことの中に価値の全体の理解がなされなければならない。こういう構造に『資本論』商品章はなっているのではないか。だから廣松さんでしたら弁証法的体系構成法の常であって、先に規定した最初の規定は次々に否定されて新しい規定によって押しのけられていく。もちろんその否定は単なる否定ではなくて、止揚されているのだ。そのようなことを先ほどのところで言っています。
そういうように論理一般、弁証法一般の問題として言うよりもむしろ具体的に価値という問題に則して、価値を解明しようと思えばこういうような方法を提起するしか定義しようがないのだ、そういう問題としてマルクスが書いている点を見ておく必要があるのではないか。
廣松さんの説に関しては先ほども言いましたように、人と人との関係の反照規定が価値であって、そういう価値という物象化された事態に則して価値の実体をマルクスは規定しているのだ、というように言っている。これはやはりおかしいという事を一つはっきりさせながら、他方で価値の実体を抽象的人間労働というように規定すればそれで価値の規定は全て終わったということではなくて、そういう価値の実体の規定をする場合にもマルクスは様々な保留の条件をつけて、それが社会的実体だと言っている。だから単純に掴まえられるものではない、ということを言っているのです。次からの価値形態論の研究に進む前段階として、そういうことを確認しておきたいと思います。

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2013/02/13

グリーンコープ連合初代会長　武田桂二郎論（続）

Author: ebara (4:20 pm)

グリーンコープ連合初代会長　武田桂二郎論（続）

論文が長すぎて途中で切れました。続きを掲載します。
なお生活クラブ論については追って掲載する予定です。

７）疎外＝物象化の地平
武田は、「貨幣＝資本は、第二次生産革命に始まる資本主義によって物神化されるのではなく、最初から物神として、資本主義を用意し、実現し、そして完成するのである」（313頁）と見ている。ここで武田が言っている「物神」とは、「最初に疎外された自転運動の内的論理、権力の自己意識としての権力のための権力の論理」（317頁）というものである。それは「経済の富の論理」とか「生産のための生産の論理」というように変容させられ、「それ自身のために」の論理としてまとめられている。
しかし、商品、貨幣、資本の物神性とは、このような論理ではない。人々の生産における一定の社会関係から生み出されてきた、私的諸労働の産物を社会的労働として通用させる形態が商品、貨幣の世界であるが、この人々の交換という社会性が貨幣商品金という物そのものに生まれながらに属している力に見える、ということが、貨幣の物神性であった。そして、この物神性が何故もたらされるか、という事が根本問題なのである。
物神性は物象化の帰結であり、物象化に随伴している。商品、貨幣、資本にみられる物象化とは、物象の関係がもつ概念的な構造に人間が自らの意志を宿すことで物象に意志支配されることである。これは人が他人の意志を支配する政治的支配とは本質的に異なった支配の様式であり、自由と民主主義の政治体制の下で貫徹される餓えの規律にもとづく経済的支配である。
「ことばが人間のすべてである」とみなし、階級支配を「内部コミュニケーションの自転運動」として捉え、この自転運動の「内的論理」から「言語規制の自立」を見、そしてこの自立した「言語規制」を組み換えることを社会変革と位置づける武田にあって完全に欠落しているものは物質とそれが果たしている役割である。
さきに見たように真木悠介の外化、内化、疎外論は、労働と交換に限定され、物質的裏付けをもった議論が展開されていた。しかし「時間の内化」、「移動の内化」を主張する武田の外化、内化、疎外論には物質的裏づけがない。
実際、武田の疎外論には物質的裏づけがないので物象化論を含んでいない。労働の疎外とは、労働者と労働生産物との関係を想定し、人間と物質との所有関係を問題にする限りで物象化論への道がひらかれる。ところが、武田は例えば「第一信号系から第二信号系が疎外され」とか「自然が人類を疎外し、身体が精神を疎外して」とかいった用法に見られるように、単に分化していくことを「疎外」という用語で表現している。もっとも分化過程で、分化されたものが分化したものを支配する、という意味をこめて「疎外」という用語が用いられているとはいえ、このような発想からは、疎外された労働から物象化論へとゆきつけない。というものこの疎外論からは、対象化（＝物質化）された労働が欠落しているからだ。
商品や貨幣や資本を、物神として捉えるだけでなく、それを対象化された労働と捉えることが決定的である。そして疎外された労働の根本は、対象化された労働としてある資本が、労働者を経済的に従属させているところにある。資本家はその際、蓄積された過去の労働としての資本の蓄積衝動が人格化したものである。そうすると「内部コミュニケーションの自立」ではなく、物象を媒介とする経済的関係のうちに支配･隷属の関係があることになる。人と人とのコミュニケーションは物象化によって意志支配されたコミュニケーションであり、「権力のための権力の論理」とはならない。したがって「言語規制」も自転運動をしはしない。労働者は資本のための剰余労働を提供する限りで働くことを許される、という餓えの規律がそこにあるだけである。
もちろん、国家と政治の領域では「権力のための権力の論理」は存在している。しかしそれはもはや資本家的生産という現代社会の生産様式の論理ではない。武田はこの権力の論理と共通するものとして、「生産のための生産の論理」をあげているが、しかしこれは使用価値の生産が価値の生産の手段となっていることがその内実であり、「それ自身のために」の論理とは微妙に異なっている。次章で見るように、恐らく武田はこのズレに気付いていたであろう。
第5章グリーンコープ運動
第1節新しい生活協同組合の発生
武田の思想の核心
武田はもともと文学者だったわけで、その思想は物語りという形式をとっている。しかも、その思想の核心に、「ことばが人間のすべてである」という考えと、「数と論理はことばではない」という言語観とがすえられ、しかも今日の社会に存在している支配様式を人類2000年の歴史にさかのぼって捉えようとする歴史観と、その支配様式のルーツをさらに宇宙と生命の誕生にさぐろうとする「進化」論にもとづいて物語りを構成しようとしている。
武田がこのような物語りの語り部として自己を登場させざるをえないものがあるとすれば、恐らくそれは「内化の思想」にもとづく「言語革命」への希求であろう。数と論理はことばではないとすれば、内化の思想も言語では表現できず、言語も含めた人々の関係の革命が追求されることになり、言語の内化＝個人の無名化＝人間の共同化、を通し、そこに創出される集団言語が生活の場で運動化されることによって言語革命を体現した物語をつむぎ出していく。
それは、『伝習館・複数の母たち』に収められた座談会「疎外の遠さについて―柳下村塾託児所」での武田の次の発言で予告されていた。
「時間にはただ耐えるほかはない。時間が人間を貫いて空間化するとき、一部が観念化して時間軸Ｙとなり、一部が物質化して空間軸Ｘとなり、その間に生ずる函数関係の一部が自然に制度化していく。それを私たちは疎外―よそよそしく対立してくるものとして外化する―と呼んでおり、それは約百万年の前奏曲をへて、今から1万年前、人間が農業を発明したときから始まっている。希望とも絶望ともまったく無縁なところで、ひたすら生きることに耐え、どうすればこの疎外の自然過程をいくらかでも修正できるか、ただそのことを考え続けていくほかはない。」（三一新書、289頁）
ところでこのような武田の思想を支えているものは第１章第４節でふれたように、人類の共同性意識としての＜故郷＞への期待である。「これが渇きとして人類に内化している」とみる武田は、人類史2000年の業火を人類史を見きることで集中し、「市民社会の腐食部分を焼きつくして焦土によく人間連帯を回復」することを意図したのであった。
個人がどのような内的根拠をもって社会運動に参加し、かつそれを継続しているか、ということ自体は多様であり、それを人におしつけるとすれば、それは宗派を打立てることにしかならない。武田の場合物語りの語り部でありつつも、運動の現場にあっては卓越した政治家としての足跡を記録している。例えば遺稿集『共生』は、グリーンコープ会長としての挨拶集、グリーンコープ運営集、『共生の時代』への寄稿、それに個人論文の４種類の遺稿が収録されているが、それぞれがその場に対応した思想展開となっている。それぞれの場に応じた話が出来る、ということは現実政治家としての優れた資質を示すものといえよう。
そこで最後にグリーンコープ運営集で語られた武田の思想を追い、武田の「革命的言語＝文体」を創出する闘いをあとづけよう。
地域のイメージ
グリーンコープ会長としての武田の思想的出発点は、託児所を足場に「共生クラブ生協やながわ」を設立したときの設立趣意書に書きとめられている。「自立・連合・共生の旗印」のもとの「母親連合」、この運動は三つの観点から位置づけられていた。
一つ目は「子を生み育てる母親の運動」、二つ目は「あらゆる人間関係を問い直そう」とする流れの中に運動を位置づけること、三つ目は父性原理におちいりがちな生産至上主義の現われである加工食品中心の食構造そのものを反省し、地場の有機農業家と産業家との連帯を進める、というものだった。
一つ目の母親の運動と、三つ目の地場との連帯は「地域」としてイメージされてくる。「地方が行動において活性化する手がかりは野菜、地域、平和である」という立場から「『大きく連帯する』を内実化するためには『小さく動く』が必要であり、『小さく動く』を保障するためにこそ『大きく連帯する』が必要である。その間の相関関係を理解し、『大きく連帯する』が着々と実現しつつある時、私達はそれに呼応して、野菜、地域、平和を手がかりに、そして『小さく動く』をモットーに、私達自身の行動を活性化しなければならないのではないか」（『共生』114頁）と述べている。そして、地域については、現にいまある地域と、新しく創出していく第二地域とを区別し、次のように述べている。
「地域の鍵概念は一括された自然、生活、家族であり、家族の鍵概念は女、子供、である。共同購入運動は激しい盛り上がりを見せたが、部分的にしか地域の問題に迫っていない。しかも地域には、体制と資本が大規模に進出しつつある。今、生協には出口を求めるエネルギーが充満している。連帯、協同、共生の思想と第二地域の創出を目指して、女が質的に変わり、量的に拡大した生協運動を生協の内外に新たに展開すべき時期が来ていると感じる。
ワーカーズがその新しい運動を切り開こうとしている。その願いの中に実在する地域の多様なイメージに期待したい。
……（中略）……
その際、ワーカーズに忘れてもらいたくないのは、生協運動と生協経営、生協外運動との構造的な関係、つまり前者が後者に支えられ、後者が前者に更に生かされていく関係である。常に前者は後者より熱く、後者は前者より冷たい。より熱いものは常により冷たいものに支えられ、より冷たいものは常に熱いものに更に生かされていく関係にある。」（126頁）
武田には後で見るように「生協は本来、地域の中に地域を創り出していく運動体である」（115頁）という考えがあった。第二地域をつくり出すことこそが、生協運動の大きな課題とされているのである。
人間の自然性と文化性
二つ目の人間関係の問い直し、については「学習会資料」で「男（上位疎外態）が女（下位疎外態）に向かって自己解体する」と述べられていたが、この内容は、1989年の段階になると「ＧＣ連帯の新しい列の組み方は自立と共生であってほしい」（139頁）とされ、次のように分業の組みかえとして具体化されている。
「後から出て来たものが自立する。先にあったものを征服したり侵害したりしない。できれば先にあったものに自己解体していく。同時に先にあったものが自立する。関係のレベルが上がる。皆んなが豊かになる。そのように分業を支配・差別、その根幹となる格差の列から自立・連帯・共生の列へ変えて行く。そういう分業間の列の組み方を私は『内化』と呼んでいる。」（140頁）
主として自然との関係で征服か共生かと問うことで、この「内化」について分業の列の組みかえとして具体化した武田は、ついでそれを文化の問題として展開している。
まず「自然としての人間の生命」が「文化としての人間の生命」に優位していることが確認され、次に双方ともが人間の生命活動という同一次元に属することが確認される。ところが人間の文化性はある時点で一方的に自然性一般を対象化し、それそのものの本来の位置からはずれた次元へと転移させることで、「自然としての人間の生命」の優位性がゆるがされるようになる。そして武田は「問題はしたがって、自然性一般の対象化の仕方、つまり征服か共生かにあります。人間の文化性は征服の場合、自然性一般の外部の異次元に、共生の場合、内部の異次元に転移します。」（147頁）と述べている。
人間関係の問いなおしや分業の列の組み換え、といった具体的な課題として提出されていた「内化」が、ここでは文化の問題へと一般化され、そうすることで文化革命の方法を導く内実へと到達している。
「人間の文化性は頑強に、文化性が対象化の『はたらき』として獲得した現実的な優位性が、自然性が本来もっている『存在』または『いとなみ』の優位性を損傷しないよう、純粋に論理的な対象化を文化性自身に要求すべきです。共生は自然と人間をいかに対象化するかの闘いですから。
人間の文化性は、その際、人間の自然性を自然性一般に開かれるように対象化する必要があります。」（147頁）
武田はここで、自然性が文化性に「論理的な優位性」を獲得し、後者は逆に前者に対して「現実的な優位性」を獲得するとみているが、論理はことばではない、という武田説をふまえれば、ここで使われている「論理的」とは「本源的」という位の意味であろう。
ついでに武田は「疎外」や「対象化」という用語も、物質的裏づけなしに使用するので単に産出される、という意味（但し、産出されるものが、よそよそしく対立するという場合）になっている。
さて、ここで武田が文化に要求している「純粋に論理的な対象化」とか「人間の自然性を自然性一般に開かれるように対象化する」といったことは、一つは自然の本源性を損傷しない文化のあり方であり、もう一つは例えば循環型社会のように、文化性の対象化が自然一般に受け容れられる、ということだろう。
工業を農業に内化する
人間の自然性と文化性との関係についてのこのような把握は、当然にも「工業を農業に内化する」という課題に導く。武田にあってはこれは「外化→内化の道」であり、その内容は「①工業と農業のバランスを考える、②『ここまでおいでおいで』と制度も人間も上からあおらない、が二大原則です」（353頁）と1993年に述べている。というのも、「これから高度成長を経験する者には、外化→内化の道はいかにもまだるっこいし、きつい」（353頁）からだったが、しかし、今は「はっきり申し上げます」（353頁）。
「1960年の高度成長ですべては変わりました。変えたのは、第一に有害物質が合法的に拡散されている、という事実、第二に、地球資源は有限である。工業は農業に内化しなければならない、という考え方です。」（353－4頁）
このように述べたあと、武田は、岸本重陳、高坂正堯、岩井克人の著書の内容を紹介しつつ高度成長の過程をあとづけ、地域と職場の関係が戦前とは見事に逆転していることを確認したうえで、次のように述べている。
「この逆転を、よくやった自然過程と積極的に見ようが、今さらどうにもならない自然過程と消極的に見ようが、ともに外化→疎外の立場に立っていることに変りはありません。まだ実現していない人間過程―再度申しますが、この人間過程という言葉は様々な使われ方をします―つまり人間の考え一つでこうもなりえた、今からでも遅くはない、がんばってほしい、と伝承的に考えるとすれば外化→内化の立場に立たざるを得ません。」（361頁）
「外化→内化の道」に立ち、工業を農業に内化することを目ざせば当然にもシステムの問題をさけては通れない。しかし分化による進化論は展開できるが、システム論については未展開である。げんに武田は「村岡常務へのお答え」のなかで、グリーンコープ宣言が「協同組合の発生」にふれられていないことを認め、それに言及するのは「『男が工業を発明する』のずうっと後の方か、『グリーンコープ運動』を提唱する時か、とのどちらかにすべきでした」（179頁）と述べている。
武田によれば、グリーンコープ宣言の全文の趣旨は「闘う相手は実は人類の『進化』そのものである、生きるためには少なくともこれだけのことを解決しなければならない、いい加減にやれることではない、と言いたかった」（178頁）のであり、「その原理をいかに噛み砕いて言うかに気を取られて個々の現象にまで気が回りませんでした」（179頁）と率直に述べている。
武田の意識にあったのは、新しい生活協同組合運動としてのグリーンコープ運動の提唱にあたり、「その使命の困難さを理解してもらうだけの文章が書けない」（179頁）ことで、「使命の困難さを上回るような文章はなおさら書けない、という絶望」（179頁）があったと述べている。
ここから判明することは、武田が「協同組合の発生」の問題をグリーンコープ運動の使命を理解してもらうことよりも一層困難な問題と考えていた、ということである。
新しい生活協同組合の発生
今日の資本家的生産様式に代わりうる次世代のシステムについて考えようとすれば、商品や貨幣についての考察が不可欠である。
武田は「私はかねがね、貨幣は人間の経済活動の恐るべき疎外態である。それについて本格的な論及をマルクシズム側の学者に期待したい、つまり、マルクスの恐慌論は間違いではないか、と思っていましたが、今年3月25日、岩井克人『貨幣論』（築摩書房）が近代経済学の立場から出ました」（358頁）と述べ、岩井の序文を紹介している。
武田が「マルクスの恐慌論は間違いである」と述べたことの意味は恐慌から資本主義の危機が到来するという予見は間違いだ、という意味であり、岩井が恐慌よりもハイパーインフレーションの方が危機だ、と述べている点を評価しているのであるが、同時に岩井がマルクスの価値形態論を読み直す必要があると述べている部分を肯定的に紹介している。
「協同組合の発生」について武田がグリーンコープ運動の使命の理解よりも一層困難な問題として捉えていた、ということについて、ここでその真意が計られるべきである。通俗的な協同組合論やレイドロウ報告など「協同組合の発生」について述べた文献は多数あるが、武田はそれらで展開されている内容について賛同しえなかったのではなかろうか。武田が追求しようとしたものは、この間存在してきた協同組合の「発生」ではなく、これからつくり出すべき、「新しい生活協同組合」の「発生」の問題だったのではなかろうか。
とすれば「人間の経済活動の恐るべき疎外態」である貨幣とは何であり、それをどうするのか、という点の究明を欠いた協同組合論はシステム論としては失格だ、ということになろう。
新しい産直運動
そこで最晩年の武田の思想を追ってみよう。1993年10月9日付の文書「平和と共生東桂子さんに」には、工業を農業に内化していくイメージが次のように語られている。
「われわれの第三言語は、①農業と工業のバランスを考える、②農業は産業でよいか、③小中の農でいく、④新しい産直運動を展開する、です。④の産直運動を強化する必要があります。総員一日二時間の有償の農業労働が将来を見すえた産直の新しい課題となります。」（360頁）
ここでも言語から説きおこしているので、若干の解説を付しておこう。武田はここで人間の言語を第一言語、第二言語、第三言語に分類し、第一言語を農業と農業文化の言語、第二言語を工業と工業文化の言語、第三言語は双方の関係に関する言語とみなしている。そして今日の問題点を、本来第二言語が第一言語に、第一言語は生命に深く依拠しているにもかかわらず、第二言語が第三言語を領略しているところに求めている。だから第三言語のレベルで自分たちの農業言語が発展し得る条件を守らねばならない、ということで、先の提案がなされているわけである。
そこでこの提案の内容を見てみると、全て、自然成長的な資本家的生産の発展に対する歯ドメとなっている。それは他ならぬ脱物象化された社会システムの提案となってはいないだろうか。したがって問われているものは、タテの支配系をヨコの連帯系に組み換えた新たな分業をシステムとして組み立てることであろう。
第2節グリーンコープ運動の展開
グリーンコープ運動の三つの原点
グリーンコープの使命が人類の「進化」そのものを闘いの相手とすることであり、このことを理解していくための原理の解明に集中したとされているグリーンコープ宣言の末尾にはグリーンコープ連帯の希いとして、三つの原点があげられている。
「①グリーンコープ連帯の究極の希いは地球上のすべてのいのちと自然・くらしを守ることである。
②この希いを地域の運動として表現していく根拠は歴史的に女の自立である。
③女の自立は内外に平等にひらかれていなければならない。」（８頁）
グリーンコープ運動は、この三つの原点に立ち、「自然との共生、人間の共生、男女の共生という人類最後の課題をめざして」（９頁）スタートしたのであったが、この見地は実は、従来の協同組合運動の地平はいうまでもなく、労働運動や市民運動の地平をも超えたものとして提起されていた。
1985年８月に武田が福岡県生協連顧問と「新しい連帯のための特別委員会」代表に就任し、以降２年余にわたり、たがわ生協問題の解決に力をつくし、そしてこの活動がグリーンコープ連合結成への動きをつくり出していくが、この連帯をめざした武田の活動こそは、「新しい生活協同組合運動」としてのグリーンコープ運動を従来の協同組合主義や労働運動、市民運動との言論戦をとおして創出していく過程であったのではなかろうか。この見地から武田の活動を捉えかえしてみよう。
国家と社会との関係
たがわ生協問題の解決にむけて、それまでの対話をまとめた「連帯への記録」の思想的核心は市民運動としての生協運動と労働運動とが連帯しうる根拠を国家と社会の関係、及び上部構造と下部構造との関係の解明によってあとづけたことにある。
対立は、グリーンコープ連合結成にむけ、福岡県での全県連帯を実現しようとする方向が、労働者にとっては経営による合理化攻勢であり、労働組合と労働者の権利に対する軽視を生みださざるをえない、とする意見によって形成されていた。これに対し、武田は回答の基調を「一般企業の業務統合＝合理化＝労組ねじふせに対して、県生協連独自の連帯＝業務統合＝活性化＝組合員・労働者の相互主体化を提唱してきたこと、今後もこの方針を堅持すること、生協運動はこの方針の堅持を可能ならしめる質を本来的に持っていると考えていること」（81頁）というところにおき、この問題について、国家と社会との関係、上部構造と下部構造との関係についての新しい知見を示すことで解決しようとしている。
国家と社会の関係の問題には政治革命と社会革命の関係の問題が含まれていた。この点についての労働運動の側の伝統的な理解は、まず政治革命をなしとげ、労働者の国家を実現し、しかる後に社会革命にとりかかるべきだ、というものであった。従って、武田はこの伝統的な理解について「①対権力闘争の真の重要性と方法論からずれっ放しであったという意味で、生活者に対して常に背信的であったし、②またそれ自身の思想的な体質が闘争の総括性と上位性から権力の攻撃性と抑圧性に転移していた点で、生活者に対して常に圧制的なものを含んでいた」（85頁）というように経験的に退けているが、ここでは、それに代わるもう一つの理解が積極的に提出されているのである。
国家と社会の関係についての武田のもう一つの理解の原理は非常に簡単である。まず一般原理として、次の事柄が確認される。
「近代市民社会の成立によって実態的には同じ国家と社会が論理的に分離し、社会は国家からの相対的な自立と最終的な国家廃絶の契機をつかむと同時に、その国家廃絶のうらづけとなる社会の完全自立を実現するため、市場原理に支配された利益社会の止揚とそれに前後する新たな人間解放、すなわち二次的共同社会の創造とそれを支持しうる人間のより高次の自立と連帯を次の課題として残した。」（82-3頁）と。
ここで提起されている事柄は、社会の完全自立を実現することによる国家の廃絶であり、そして、社会を自立させていくためには、市場原理に支配された利益社会を止揚すべく、新たな人間解放としてある二次的な共同社会の創造とそれを支えることのできる人間のより高次の自立と連帯の形成ということである。そして、これがグリーンコープ運動の目的に他ならなかった。
次にこの一般的な課題を実現していくために、「関係の構造と止揚の方法」が述べられている。そもそも国家は社会から疎外（生み出）され、社会は自然から疎外されたものだが、さらに次のような構造があるとされる。
「この国家の社会からの疎外はさらに、男の女からの疎外、人類の自然からの疎外、職場の地域からの疎外、工業の農業からの疎外、都市の農村からの疎外、文明の土着からの疎外、北半球の南半球からの疎外、その他の疎外関係、すなわち分業によって意識的・制度的に構造化されています。」（83-4頁）
ここで「疎外」という用語は武田独自の意味あいで使われている。それは例えば「人類の自然からの疎外」とは、自然から生み出された人類が、自然に対してよそよそしい関係に立ち、自然を支配している、という意味なのである。だからこれは、人類を生み出すことによる自然の自己疎外ということを表現しているのであろうし、他のものも同様であろう。つまり武田はここで社会の自己疎外、女の自己疎外、地域の自己疎外、農村の自己疎外、等々について語っていると見てよいであろう。このように捉えると、「こうして後から疎外されたものを漸次疎外したものに向かって不可避的に止揚解体していくのが人間にとっての唯一な、従って主体的な運動であると私達は考えています。」（84頁）という提起の意味も明確になってくる。
例えば、社会は国家を生み出す（疎外する）ことによって自己疎外におちいっているとみなすとすれば、後から疎外されたものである国家を疎外したものである社会に向かって止揚解体していけば、社会は自己疎外から回復される、ということになるだろう。これを武田は「社会の自立と国家の廃絶」（84頁）というように表現している。
「しかし社会が国家から完全に自立するためには、その構成員である人間は、前述のように、男と女、人類と自然、職場と地域、工業と農業、都市と農村、文明と土着、北半球と南半球、その他の社会的な疎外の対関係を内在的に通過して、最終的に社会と自然との対関係をどう組み換えるかの問題に到達します。」（84頁）
武田の疎外論は、先に見た疎外したものの自己疎外という論理と同時に、疎外の関係を分業と捉える視点がある。したがって、社会の自己疎外からの回復を一たんは社会の自立というように原理的に想定したうえで、次には分業の組み換え、という実践的な課題が提起されてくる。
以上、労働組合的な、あるいは「政治主義」的な立場による社会変革論とは別のもう一つの社会変革論を見てきたが、ここでそれをまとめてみよう。
まず、社会的な人間（社会、国家、男性、女性等々）を生み出したもの（疎外したもの）と生み出されたもの（疎外されたもの）との対関係として捉える。社会と国家に関して言えば、社会が国家を疎外（生み出）している。ここに社会の自己疎外が成立しているが、社会を自己疎外から回復させるためには、疎外されたものを疎外したものに向かって解体止揚すること、具体的には国家を社会に向かって解体止揚していくことが必要である。そうすることで社会は自立し国家は廃絶される。ところでこの疎外関係は分業として、組織化され、制度化されている。従って解体止揚していくことは即この分業の組み換えということになる。この分業の組み換えこそが、今日の社会革命を実現していく方法である。およそこのような考えとして整理することができるのではなかろうか。
上部構造と下部構造との関係
次に上部構造と下部構造との関係について。武田は、下部構造一元論を批判し、上部構造は下部構造に深く規定されながらも、それ自身に固有の論理で下部構造の動向を或る程度逆規定することを確認したうえで、次のように述べている。
「経済は自然との関係の上に成り立っていますから、社会構造としては下部に属する経済も、自然との関係では社会という上部構造に属し、もちろん固有の論理で動くと同時に、自然を下部構造として措定すること自体によって、上部構造をさらに上部と下部の二重構造に分化する契機を胚胎します。そしてこの上部と下部の二重構造をふくめて人間社会を『自然』の上部構造とせず、自然を『自然』の下部構造としなかった楽天的な人間中心主義が、マルクスはもちろん、その後のいかなるＳＦ作家も予想しない公害を生み出したのでした。」（85-7頁）
国家の下部構造は経済であるが、しかし経済それ自体は自然に対しては国家とともに上部構造となっている、ということを確認したうえで、武田は人間のこころ（上部構造）の状態が身体（下部構造）に好影響を与えるホルモンを分泌するように、社会という上部構造が自然という下部構造に信号を発信できれば「もはや取り除くことができないと判明した分業であっても、それをタテの支配系からヨコの連帯系に組み変えることが或いは可能となるかも知れない」（86頁）と述べている。
「『全県連帯』は県生協連関係者にとってそのような信号であってほしいという願いが私達にはあります。基底体制還元論は政治革命主義に短絡したり、社会革命を偽装したりしますが、私達は分業間のヨコの連帯系の核として、構造化され類別化された論理的な上下疎外態間の対関係に内在して、それが現実的にはタテの支配系として作用する基軸とどこまでも拮抗していきたいと考えています。」（86頁）
国家と社会との関係を論じたときに示された分業の組みかえが、自然を社会の下部構造と捉えることで、疎外関係としてある分業がタテの支配系として作用する基軸と拮抗していく視点がここで明らかにされている。
先にみたもう一つの社会変革論と、それを前提にして組み立てられた自然を社会の下部構造とみなす考え方にもとづき、武田はそれまでの生協運動の位置づけについて明らかにしている。それは、「生活者の生活条件に敵対的・抑圧的・破壊的なあらゆる体制とイデオロギーからの生活そのものの解放、すなわち社会の完全自立をめざす社会運動の一環として生協運動を位置づけ、生活の中で最も自然に近い『食とその周辺』を分担して、その領域で応分の努力を重ねて来ました。」（85頁）というもので、この努力のうえに今回の全県連帯を通し、「有志生協群の小国家的な無益な競合状態を克服し、共に開かれた社会連帯の地平に立って、私達の現状と未来をもう少し大きな眼で見る視点を獲得したいと念願しております」（85頁）と述べている。
なお、この他「連帯への記録」には「生協と流通再編」「エネルギー革命―消費の大型化」「生協は女の運動」「大きく連帯して小さく動く」「生活と労働の真の豊かさ」「労働生産性と労働分配率」「疎外に耐える」「パート問題」「国鉄・組合・天皇制・家族」「企業防衛と国家防衛」「労働者と生活者」などの項目があるが、これらについては項目をあげておくだけにとどめよう。このあとさらに別の論文から、主として、「新しい生活協同組合」としての「グリーンコープ運動」について述べられている部分を追っていくことにしよう。
第３節新しい協同組合論
新しい生活協同組合
武田が生協運動について、最も簡明に述べているのは「野菜、地域、平和について」の「地域について」である。それを全文引用しよう。
「①生協は本来、地域の中に地域を創り出していく運動体である。
②自然に存在する地域（第一地域・自然地域）は有害食品を氾濫させる現代社会の生産・流通・消費の構造が浸透している。
③その中に生協が創り出して行く地域（第二地域・生協地域・連帯地域・協同地域）は生協商品が充溢する新しい生産・流通・消費の構造を独自に内包している。
④第二地域は徐々に第一地域に取って代わるであろう。だからこそ第二地域は内外に開かれていなければならない。第二地域はあくまでも連帯と協同による自主的な地域住民の活動に基礎をおく。
⑤経営的にも共同購入が生協活動に占める比率は近々50パーセントにすぎなくなるという。そのように地域住民の欲求が変化していく。あとの50パーセントを埋めるのが私達の地域活動なのだ。
⑥私達の地域活動は、私達にしかできない、私達の側からの、すなわち連帯と協同による仕出し屋、べんとう屋、レストラン、リサイクル工場、子どもセンター、託児所、医療相談室、診療所、その他もろもろである。」（115-6頁）
生協を地域をつくり出していく運動体と見るのは、それを生協運動として捉えるものだった。これに対して狭義の生協は武田によれば生協の経営である。この経営と運動とをより高い次元で結びつけたものが広義の生協であり広義の生協には広義の経営が対応している。
そこで狭義の生協経営は地域ではない、という結論が出てくる。それはこれを否定的に捉えていることを意味せず、むしろ狭義の経営は地域や運動には中立でシャンと業務を遂行するという意味だという。
ここから第一に「狭義の生協経営が越え、越えられるのは、ただ運動によってのみである。私達はこの事実を『生協運動は、生協を貫き、生協を越える』と表現してきた。広義の生協は、狭義の生協が地域に内在し得るように経営されねばならない。」（125頁）という見解が導かれてくる。
第二に、理事会の役割の重視である。というのも以下に述べられているように、広義の生協と生協運動のリーダーが理事会とされているからである。
「理事会は国内外の状況を的確に見透し、的確に対応し、新しい地域運動を創り出し得る『強力な主体』として生協を形成し、組合員に精神的・物質的な受益者意識を、職員に職場と雇用の安定を不断に保証し続けねばならない。」（119頁）
この理事会に対する位置づけは、通常の生協の理事会には荷が重い。しかし、グリーンコープはワーカーズコレクティブとしての理事会事務局を創り出すことで、理事会がこの重い荷物を担える条件づくりをしている。
自立と共生
次に武田が意図している生協運動を思想面から見てみよう。まず現実の社会運動にとり組む際に政治的なリアリズムが不可避的に要請される。運動の原理としては、もう一つの社会変革論として疎外されたものを疎外したものに向かって解体止揚することを提起し、その実践的課題としては分業をタテの支配系からヨコの連帯系へ組み変えることがあげられた。そのうえにたって、政治的リアリズムを導く政治思想が、プラス面とマイナス面の関係の問題として展開されている。
「①どんなプラス面にも必ずマイナス面が伴う、②生きるためには現実に何かを捨てねばならない、③しかしその一見捨てたかに見える対立物のプラス面を後生大事に育てていく観念の運動がないと折角のものも結局つぶれる、④自然は苛酷である、⑤観念は観念、今はともかく有機農業の末端につながろう、というＤＮＡの二重螺線みたいな哲理を生き抜くのも一生かなと覚悟させられています。」（347頁）
「どんなプラスのものにも必ずマイナス面が付きまといます。そのプラス面とマイナス面の対立を不断にレベル・アップして行くのが我々の『運動』ではないでしょうか。」（191頁）
この政治的リアリズムをふまえ、グリーンコープ連帯の思想は自立と共生におかれている。
「ＧＣ連帯の新しい列の組み方は自立と共生であってほしい。
①人間の自立、自然の自立、人間と自然の共生
人間が自立しなければ自然は自立しない。自立し合った者同士の連帯でなければ共生にはならない。自然との調和を誇っていた日本人がいま自然の最大の破壊者になっている。自然との列の組み方を『征服』から『共生』へ変えたい。
そのためには社会の下部構造に自然を加え、下部構造をそれぞれ自立した自然と経済の二重構造ととらえ直すくらいの観念の運動がほしい。
②女の自立、男女の共生、人間の共生
人間と自然が共生の列を組むためには、人間同士が共生の列を組まねばならない。
自立とは消去法で言えば他者を征服したり侵害したりしないこと。
人間が自然を征服し侵害するなら、その征服と侵害の論理は必ず人間自身にはねかえる。
人間同士の共生が実現するためには、キーポイントとして男女の共生が実現していなければならない。男が女を支配し侵害するのは一切のために良くない。
男女の共生はそれぞれ自立し合った男女の連帯でなければならない。女は男から自立する。
③地域の自立、南北の共生
女が男から自立するためには地域が職場から自立しなければならない。
……（中略）……
後から出来たものが自立する。先にあったものを征服したり侵害したりしない。できれば先にあったものに自己解体していく。同時に先にあったものが自立する。関係のレベルが上がる。皆んなが豊かになる。そのように分業を支配・差別、その根幹となる格差の列から、自立・連帯・共生の列へ変えて行く。そういう分業間の列の組み方を私は『内化』と呼んでいる。」（139-140頁）
ここでは「内化の思想」が、分業間の列の組み方というように具体化されている。
媒介、連帯の関係のもち方
このように自立と共生の思想をもとに連帯の列を組もうとするとき、「指導」か「媒介」か、という問題が出てくる。というのも、連帯とは関係のもち方に他ならないからである。この問題について武田は媒介を重要視している。
「そのような絶えず柔かく止揚され決して一方に硬直することのない関係の維持と発展の原動力を我々は『連帯』と表現して来た。
○両者は相互に浸透し合うものであるから、その相互に浸透し合うことが相互の関係をレベルアップするように両者を『媒介』すること、『指導』はその『媒介』が真剣で本物であるなら自然にその中に含まれてくると考えてよい。
○人は指導しようとして指導しきれるものではない。状況との対決を常に念願に置いて、資質と資質、思想と思想との聡明な出合いを媒介すること、その際状況、資質、思想についてそれぞれ明示する必要があれば、その明示がやや指導に近い。
○媒介の方が指導より観念が大きい。
○魯迅の塹壕戦の論理は『時に髪を振り乱して斗う』ことを否定していない。どんな時に髪を振り乱すのか、魯迅は何も語っていないが、媒介か指導かの論議など無用の一瞬があることを忘れずにいたい。」（133頁）
指導の場合、指導・被指導関係が前提にされるが媒介の場合は、媒介者は媒介したあとには関係から消え去っている。この意味で連帯の関係には媒介がふさわしい。
連帯を獲得していく方法
さらに連帯を獲得していく方法について武田は次のように述べている。
「連帯の基本は一度、二度、三度と関係のレベルアップに応じて何度も自他を相対化し得ること、そして、共々に共通の絶対を或いは発見し、或いは創出して、共々にそれに接近しようと試みることである。
○自他を相対化するためには自他を相対化し得る言葉を持たねばならない。
○言葉はついにとぎれるものであること、その時は他の言葉に託して静かに退場することを予め覚悟しておかねばならない。
○自分だけいちはやく絶対に達したと錯覚し、そこから他を指導しようとしたり、そこで高見の見物を極め込んだりしてはならない。
○第一に、我々の言葉が仮りに絶対に達したとしても、それは我々の身体に制限される。
○第二に、現実は膨大であり、どんな言葉も一元的にこれを表現することはできない。
○もちろん、自立と連帯は不可分である。自立の根拠となる言葉はしつように探し出されねばならない。ただ連帯のコトバの方が自立のコトバより大きい。
○たんに自分の自立のコトバを他に注入しようなどと考えるな。それぞれが自立の言葉に至る可能性を持った存在であると考えよ。自他の自立に援助し、時に打撃することもあるのが連帯のコトバだ。
○以下、具体的には次の順序をたどる。
①まだ極めて不十分なものであるが、先ず連帯のコトバによって他のすべてを丸ごと所有する。ヤボな価値判断なんか一切しない。
②次ぎにいくぶん塑成しかけている自分の自立のコトバによって、いったん所有したものをきびしく拒絶する。
③拒絶すると同時にもう一度所有する。何度も何度も同一物に対して所有と拒絶をくり返す。
④連帯のコトバと自立のコトバが共に鍛えられる。共に絶対に近づく。関係のレベルが上がる。」（133-4頁）
これは媒介を軸とした連帯の関係のとり方について整理したものであるが、連帯を獲得していく方法についてここまで整理したことは、連帯の意志の背後に多くの紛争と対立、論争があったことをうかがわせる。
実際生協の認可単位に１つの生協をつくり、それが連合していった生活クラブとちがい、グリーンコープは例えば福岡県に見られるように多くの色あいの異なる生協が、エフ・コープへの対応と労働組合問題をかかえながら連帯していった。その連帯の過程に多大のエネルギーがそそぎ込まれている。その帰結として、連帯の方法についての詳細な内容が示されているのであろう。
専従職員論
あと新しい生協運動のイメージを示すものとして見落とせないものに、専従職員論がある。
「○共生社が専従に、ともかく賃労働に専念せよ、とお願いしたのは、次の三つの理由からだと考えられます。
①運動を第一義、配送は第二義と考え、配達が運動を支えている事実に無頓着な労働者が多かった。
②一般公募で運動への参加を期待するのは非礼であり、条件づけるのは以ての外、という考えがあった。
③労働者は労働者本来の権利（労働条件の改善に努める）と義務（職務をきちんとやり抜く）に目覚めてほしい、と要請することで両者を統一したいと思った。
○ＧＣ連合では次のように整理しています。
①先ず観念的に一体不可分のものとしてとらえられた広義の経営と広義の運動がある。生協は企業体でもあれば運動体でもある。赤字のたれ流しは企業の倒産、運動の廃滅を同時に意味する。
②狭義の経営と狭義の運動が相互に作用しつつこれを支える。『狭義の』とは『実際に、或るいは、具体的に行われる』というほどの意である。
③狭義の経営は一切の経営事務と物質の配送を含む。直接には専従が担う。狭義の運動は直接には組合員が担う。
○ＧＣ連合は次のように専従にお願いします。
①専従は先ず、賃労働者としての自分の仕事、主に配送と配送事務の仕事を、それ自体としてきちんとやり抜くか、やり抜けるような条件整備に努力されたい。それが狭義の経営の基礎であり、狭義の運動と作用し合って、広義の経営と広義の運動を支える。ＧＣ連合はこれを支持する。
②専従は次に、生協企業体の『労働者』と生協運動体の『市民』とが自分の中で対立するのをとおして、自分の労働の質を対象化し、できれば両者の対立を止揚されたい。賃労働は一般的な労働の質を言うのであって、自分の労働の質を対象化する『コトバ』ではない。そういう『コトバ』を持っているのは労働者ではなくて市民である。
③専従は更に、完全な一人の市民に帰った時、グリーンコープ運動の質を純粋に対象化できるはずであり、その際、たとえば『グリーンコープ連帯の新しい列の組み方』の意図なり考えなりを共有してはいただけまいか。専従の中の『賃労働者』がテーゼ（正）、『市民』がアンチテーゼ（反）となって、市民の場合は、もちろん『市民』がテーゼ、『賃労働者』がアンチテーゼとなって、『グリーンコープ連帯の新しい列の組み方』のジンテーゼ（合）に進んで行く。これは私ひとりの夢想であろうか。」（140-2頁）
専従職員論も媒介の観点から立てられている。武田は職員が媒介者として自己の内で対立を止揚することを期待している。
媒介の主体
別のところでは武田は、「生協が本来内包している運動と経営の矛盾を双方から論理的に止揚し得る方法を考え出していほしい」（132頁）という観点から「先ず経営＝『個人からの超越性』（普遍性）が運動＝『個人の自発性』（恣意性）を生かし得る＝『媒介し得る』ように自己疎外してほしい。そうして始めて『逆もまた真なり』とまっすぐに言うことができる。何より経営の側の自己確認が論理的には前提であり、先決である」（132頁）と述べている。
これは「運営に関する覚え書的提言」という文書で述べられたものであるが、この文書は生協の運動体という側面と組織、経営体であるという側面についてそれぞれ考察したうえで双方の矛盾の止揚を経営の側の自己確認に求めたものである。
その際、運動体は個々の個人の自発性に近づくものとみなされ、組織体、経営体は個人からの超越性を内包しているものとみなされている。この個人からの超越性という場に、現実的には等身大でしかない自分を論理と観念の次元で越えることで対応する。これが経営に課せられた課題であった。ここから次の任務設定が出てくる。
「一つ、グリーンコープは或る計画の統括主義的徹底を参加者に強要しない。むしろ参加者の意志を一つの計画に媒介したい、二つ、媒介の主体は常勤常務理事会である。」（135頁）
これは筋論としてはその通りだが、たえずあやうさがつきまとう。連合形成過程で、理事長会がおかれていたが、その理事長会の位置について武田は次のように述べていた。
「理事長会を機関にしなかったのは、①理事会との関係を考慮した（組織としては理事会が最高機関である）。②しかし組合員はあらゆるエネルギーの源泉、ガイア、大地である。ガイアはあらゆる機関をこえている。③その直接の代表である理事長会が機関であってはならなかった、等の事情によります。」（153頁）
このあやうさは、理事長がガイアとしての組合員を代表できるか、という問題のあやうさでもある。もっともこの点は武田にも十分わかっていたことだろう。「膨大なエネルギーに対してハイアラキーと独裁の非難だけはグリーンコープとして是非とも避けねばならない」（152-3頁）と述べられていることからもそれは明白である。恐らく組織面での新しい発展が要求されているという予感があるのだろう。
「『ＧＣは遠くなった』という声がタコのように耳にこびりついています。たしかに権力として延びた面がありますが縮まった面もあります。その縮まった面での成果がまだ実感されていないのでしょう。我々の一層の努力が肝要です。権力として自立することの度合いは媒介の責任をとることの度合いと正比例します。丁寧に丁寧にやりたいものです。集中と排除の問題、分権と集権の問題、その他、一歩誤れば組織の命取りになりかねない問題が私たちの前に山積しています。」（207頁）
媒介の主体にとって媒介が無用となる事態こそが自己実現に他ならない。「媒介の責任をとること」を媒介を無用とする条件の形成としてつくりあげていくことははたして可能だろうか。

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