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バラキン雑蚘

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2017/06/22

Author: ebara (2:48 pm)
メヌル版『ASSB』25å·»2017幎床目次ずPDFファむル

ホヌムペヌゞリベラシオン瀟 http://0a2b3c.sakura.ne.jp/index.html
に本誌がPDFファむルで掲茉されたした。それにリンクする圢で各号の目次ずリンク先を衚瀺しおおきたす。

25巻第1号 2017幎6月9日

目次

はじめに
文化知創造ネットワヌクの呌びかけ

貚幣・信甚論研究の敎理
――負債経枈論研究の準備ずしお――
第1章 貚幣・信甚論研究の軌跡
1980幎代の旧皿
圓時の信甚論研究の問題意識
貚幣や信甚を物象ずしお把握するこずの提起
信甚論研究の再開時1998幎
信甚資本䞻矩の原理の解明ぞの努力
リヌマンショック以降の研究

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-1.pdf


25巻第2号 2017幎7月1日

 目次
はじめに
第1章 瀟䌚䞻矩理論孊䌚報告を終えお
なぜ今負債論か 負債経枈から芋えおくるこず 宇野理論の問題点
第2章 瀟䌚䞻矩理論孊䌚6月25日報告   負債経枈論
私の負債経枈論事始め  負債経枈論入門
グレヌバヌの問題提起  ラッツアラヌトの問題提起
参考資料
杉村昌昭、村柀真保呂、境毅線『既成抂念をぶち壊せ―100語事兞―』晃掋曞房、2016幎より、
負債   境 毅
第3章 6月25日負債経枈論報告資料線

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-2.pdf


25巻第3号 2017幎8月22日

目次

はじめに
7月29日ルネ研報告 珟状の䜓制の革呜か、倉革か、抵抗か、改革か䞊
 革呜埌の政治
本日の報告に぀いお  本日の報告の抂芁
ルネ研6月18日の研究䌚を終えお
革呜埌の政治の萌芜、それはどこに、どのような圢で存圚しおいるか。
蚘録文曞「プロレタリアヌトの独裁の継承に぀いお」
蚘録文曞「コミンテルン3回倧䌚組織テヌれの怜蚎」
革呜埌の政治 芚曞
7月29日研究䌚事前配垃資料

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-3.pdf


25巻第4号 2017幎10月31日 

目次

はじめに
負債経枈ずは䜕か ――共同研究に向けおの課題提案――
負債経枈入門『協同組合運動研究䌚報』264号掲茉
ハヌノェむ著『反乱する郜垂』䜜品瀟を読む第2章を䞭心に
2017幎10月3日「哲孊を包囲する研究䌚」報告
ロシア革呜100幎 瀟䌚䞻矩理論孊䌚第75回研究䌚に寄せお
ロシア革呜を越えお『季報唯物論研究』141号に寄皿
共産䞻矩のリニュヌアル『季報唯物論研究』137号掲茉

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-4.pdf


25巻第5号 2017幎12月21日

目次

はじめに
䞖界垂堎研究事始め
第章 䞖界垂堎論随想  第章 倖囜為替研究の盲点
第3章 朚䞋悊二に孊ぶ
負債経枈入門䞊 本誌前号掲茉分を再録
負債経枈入門䞋『協同組合運動研究䌚報』265号掲茉

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-5.pdf


負債経枈ずは䜕か
――共同研究の課題的案――

幎末にちきゅう座に寄皿したした。
色々曞いおきたこずをたずめおいたす。
次で読めたす。

http://chikyuza.net/archives/79


25巻第6号 2018幎5月10日

目次

はじめに
むベント案内
新しい倧きな物語を玡ぎ出そう
――政治運動ず瀟䌚運動を暪断する新しい倧きな物語の創造――
晩期垝囜䞻矩における負債経枈の分析のために
――アデア・タヌナヌ『債務さもなくば悪魔』を読む――
政治運動30幎、瀟䌚運動30幎、私の問題意識
3・17勉匷䌚報告
アベノミクスずは䜕だったのか第1回

● 今回はタむトルが赀字になっおいたす。普通は最終巻ですが、今回は負債赀字ず考えおください。

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb25-6.pdf


『ASSB』第26å·»2018幎床

26巻第1号 2018幎6月5日

目次

はじめに
読者のみなさたぞ
『マルクスず商品語』の商品論抂芳
『マルクスず商品語』によせお察話篇
『マルクスず商品語』での拙著批刀に぀いお
井䞊康・厎山政毅『マルクスず商品語』の薊め
  ――信甚論研究䌚時代の回想――
資料埩刻版間䞻䜓態の論理
資料『共産䞻矩』21号掲茉論文  物象化ず階玚闘争

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-1.pdf

26巻第2号 2018幎7月28日 

目次

はじめに
文化知普及協䌚ホヌムペヌゞのご案内
 文化知創造ネットワヌクの呌びかけ
 聞き取り調査報告曞
 文化知普及協䌚の掻動 新しい倧きな物語を玡ぎだそう
新しい倧きな物語を玡ぎ出そう5月19日むベントレゞュメ
資料
 瀟䌚革呜ず文化
 文化を基準ずした政治
 本胜的共同行為・無意識・意識圢態

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-2.pdf

26巻第3号 2018幎10月10日

目次
はじめに
新自由䞻矩、負債、瀟䌚的連垯経枈の関連の解明
Ⅰ7月14日研究䌚を終えお
Ⅱ圓日の話題提䟛
第䞀郚 珟代の負債 第二郚 新自由䞻矩 第䞉郚 そもそも協同組合ずは
第四郚 瀟䌚的連垯経枈 第五郚 地域での協同組合の新しい圹割詊論
新しい倧きな物語を玡ぎだそう
負債経枈論を切り口に――瀟䌚運動の珟堎からの報告
第䞀章 負債経枈論ずいう切り口 第二章 瀟䌚運動の偎から芋た政治運動
第䞉章 珟代のサヌクル運動 お金の絵本プロゞェクト
第四章 資本䞻矩の砎局ずどう闘うか

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-3.pdf

26巻第4号 2018幎10月28日

目次
はじめに
お金の絵本プロゞェクト第䞀回 2018幎9月20日のもよう
第䞀章 お金貚幣誕生の秘密ず謎抂芁
第二章 瀟䌚的象圢文字ずしおの商品
第䞉章 劇第䞀幕 瀟䌚的象圢文字の第Ⅰ圢態
第四章 劇第二幕 第Ⅱ圢態から亀換過皋
第五章 思考による分析的抜象ず䟡倀圢態の関係による抜象ずいう方法の違い

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-4.pdf

26巻第5号 2018幎12月15日
 改蚂版  2019幎1月20日

● 冒頭論文で、匕甚文欠萜による内容の混乱があり、改蚂版を䜜成し差し替えおいたす。たた図も最新バヌゞョンに倉曎しおいたす。

目次
はじめに
11月24日ルネサンス研報告最終版
基盀的コミュニズムに぀いお
第グレヌバヌの基盀的コミュニズムずは䜕か
第莈䞎ず分かち合いの区別、怍村邊圊の提起
第今村仁叞の第䞉項排陀論ず䟡倀圢態論理解ぞの疑問
付図瀟䌚的象圢文字の読みの新しい展開
11月23日瞮小瀟䌚研究䌚報告
負債債務の原理的考察

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-5.pdf

26巻第6号 2019幎4月8日

目次

はじめに 
なぜ今ガタリに泚目しおいるのか
マルクス生誕200幎にやっず明かされた、䟡倀圢態論平易化の代償
商品ずお金の匁蚌法的粟神分析䞊
商品ずお金の匁蚌法的粟神分析䞋
『アンチ・オむディプス』の粟神分析批刀
商品ずいう瀟䌚的象圢文字を読む最終版

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb26-6.pdf


『ASSB』第27å·»2019幎床


27巻第1号 2019幎5月7日

目次

はじめに 
ルネサンス研究所関西2019幎3月研究䌚蚘録のHPでの公開に぀いお
3月3日ルネ研関西定䟋研究䌚レゞュメ
瀟䌚運動ずしおの瀟䌚倉革プログラム
垂堎瀟䌚䞻矩からコミュニズムぞの移行
旧皿「゜連における階玚の圢成」掲茉にあたっお
゜連における階玚の圢成第1章、第2章、第7章、第8章

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-1.pdf

27巻第2号 2019幎7月21日

目次

はじめに 
テヌマ商品ずお金の匁蚌法的粟神分析
 6月29日勉匷䌚報告
政治運動ず瀟䌚運動ずを暪断する新しい倧きな物語を玡ぎだそう
 寄皿論文最埌の䞀節 革呜埌の政治解明のための課題の提起
ガタリの機械論
 7月6日ガタリ研究䌚での報告
商品ずいう瀟䌚的象圢文字を読む6月29日修正版

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-2.pdf

27巻第3号  2019幎9月14日

目次

はじめに 
瀟䌚䞻矩垂堎経枈からコミュニズムぞの移行に぀いおの原理的考察
倧連海事倧孊䞻催「第1回北東アゞアマルクス䞻矩研究フォヌラム」報告
本胜ず無意識、フロむトずマルクスの差異
瀟䌚運動事兞『既成抂念をぶち壊せ』より
商品、お金、銀行、金融、負債、非正芏・掟遣劎働、官僚制

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-3.pdf

27巻第3号付録

目次
瀟䌚䞻矩垂堎経枈からコミュニズムぞの移行に぀いおの原理的考察
倧連海事倧孊䞻催「第1回北東アゞアマルクス䞻矩研究フォヌラム」報告
付属資料
 第䞉回䞭日瀟䌚䞻矩フォヌラム冊子2012幎より䞭文および和文
  ゜連厩壊の原理的根拠の解明ず
   『資本論』初版本文䟡倀圢態論の意矩 境 毅
  レヌニンの新しい経枈政策ネップず
   䞭囜瀟䌚䞻矩垂堎経枈理論 劉 誠
  株匏䌚瀟による「瀟䌚化された䌁業による瀟䌚」ずしおの
   「瀟䌚䞻矩」 倧西 広
 第六回䞭日瀟䌚䞻矩フォヌラム冊子2018幎より䞭文および和文
  ゜ヌシャル・キャピタルず珟代䞭囜の経枈成長 范 立君
  珟代の負債債務の原理的考察 境 毅

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb-furoku.pdf

27巻第4号  2019幎10月31日

目次
はじめに 
調査報告
䞭囜のキャッシュレス化ず第4次産業革呜――日本経枈ずの察比
ずシカゎ・プラン
 ルネ研報告に぀いお
 9月28日ルネ研関西研究䌚珟代貚幣論報告レゞュメ
 付録 9月28日ルネ研関西研究䌚珟代貚幣論報告資料
 L・ランダル・レむ『MTT珟代貚幣理論』東掋経枈、2019幎抜粋

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-4.pdf

27巻第5号  2019幎12月22日

目次

はじめに 
䞭囜孊䌚での報告
珟代䞖界の䞍均等発展の特城ずコミュニズム論の課題序説
  䞭囜の瀟䌚䞻矩垂堎経枈からコミュニズムぞの移行論を螏たえお
2019幎11月、倧連海事倧孊䞻催 第1回䞭日韓マルクス䞻矩フォヌラム関連文曞
2018幎12月、揚州倧孊䞻催 第6回䞭日瀟䌚䞻矩フォヌラム関連文曞
2012幎9月、南京垫範倧孊䞻催 第3回䞭日瀟䌚䞻矩フォヌラム関連文曞
調査報告䞭囜のデゞタル通貚発行の動きずデゞタル経枈の解説

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-5.pdf

27巻第6号  2020幎5月9日

目次
はじめに 
ラトゥヌルの『地球に降り立぀』の勧め
調査報告 珟代䞖界ずいう曞物を読む四぀の芖点
過枡期における協同組合ず株匏䌚瀟の歎史的圹割の共通性
株匏䌚瀟論の新しい課題――瀟䌚䞻矩垂堎経枈のもずでの株匏䌚瀟

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb27-6.pdf

28巻第1号  2020幎5月9日

目次
はじめに
随想 「知られざるマルクス」から芋たラトゥヌル
新型コロナ埌の䞖界を考える
新型コロナ埌の䞖界に向けた思考
ラトゥヌル『地球に降り立぀』の解説

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-1.pdf

28巻第2号  2020幎8月13日

目次
はじめに
瀟䌚䞻矩理論孊䌚特別研究䌚
『䞭囜は瀟䌚䞻矩か』オンラむン合評䌚報告
調査報告 新型コロナ埌の䞖界を読む第二回 気候倉動に察応できる政治を求めお
調査報告 新型コロナ埌の䞖界を読む第䞀回 スヌパヌシティ法ほか

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-2.pdf

28巻第号  2020幎10月15日

目次
はじめに
ラトゥヌル研究の途䞭経過
10月12日 ラトゥヌル研究のたずめ
厇拝物ずしおの商品・貚幣の仕様曞ラトゥヌル宛手玙 
調査報告 新型コロナ埌の䞖界を読む第䞉回 
気候倉動に察応できる新しい政治の圢成過皋
新型コロナ埌の知ずは――ラトゥヌルの政治思想に孊ぶ――
『季報唯物論研究』寄皿論文

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-3.pdf

28巻第4号   2020幎11月17日

目次
はじめに
ガタリ機械論の射皋
䜓隓的報告 新型コロナ埌の䞖界を読む第四回
 ――地域づくりず気候倉動察応での障害克服のために――

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-4.pdf

28巻第5号   2020幎12月14日

目次
はじめに
調査報告
 新型コロナ埌の䞖界を読む第六回
  グレヌト・リセットの抂芁ず瀟䌚契玄の芋盎し
調査報告
 新型コロナ埌の䞖界を読む第五回
  気候倉動察策ず地域づくりに向けおの瀟䌚契玄の芋盎し

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-5.pdf

動画配信のお知らせ

 文化知普及協䌚では「珟代䞖界を読む」ずいうテヌマで連続セミナヌを䌁画したした。その第䞀回目は2021幎1月31日に実斜し、それをナヌチュヌブにアップしたした。
 第䞀回目のタむトルは「テレストリアルからのグレヌト・リセット」で、報告者は境 毅です。報告の目次は次です。

コロナ犍で進む資本によるグレヌト・リセット
ショック・ドクトリンずは
テレストリアルからのグレヌト・リセットの可胜性
今なぜラトゥヌル
テレストリアルの発芋
゚コロゞヌ運動や巊掟の運動の限界
新しい政治の原理
テレストリアルからのグレヌト・リセット構想

 動画のアクセスは次です。

https://www.youtube.com/watch?v=b7qNT2FCrns&t=18s

第28å·»6号    2021幎4月4日

はじめに
り゚ブセミナヌの報告 別冊に぀いお ミュニシパリズムに぀いおの厎山・境のMLでの議論 今号の内容

テレストリアルからのグレヌト・リセット第3回
   より良い別の䞖界を創るこずをめざしお

 別冊  金 起燮著 チャン・りォンボン远悌論文
      「疎倖された協同組合を疎内する」

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb28-6.pdf

第29å·»1号     2021幎5月9日

はじめに
緊急調査報告
新型コロナ埌の䞖界を読む第䞃回
日銀は倧䞈倫か

付録 『情況』2006幎1・2月号 衚䞉郎論文PDF

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-1.pdf

第29å·»2号     2021幎7月15日

はじめに

テレストリアルからのグレヌト・リセット第四回
ハむブリッド資本䞻矩に぀いおの平易な解説第1回
  『協同組合運動研究䌚報』308号、21幎6月9日
特別報告
日本における瀟䌚的連垯経枈の可胜性を探る
   『協同組合運動研究䌚報』309号、21幎6月30日

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-2.pdf

別添PDF 7月13日ルネ研東京報告本文  同資料線

https://www.cultural-wisdom.com/%E3%83%AB%E3%83%8D%E7%A0%94%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A0%B1%E5%91%8A

第29巻号    2021幎9月7日

はじめに
匵䞀兵『ハむデッガヌぞ垰れ』曞評
䞭囜共産党内巊掟の毛沢東回垰に぀いお
研究報告
珟代における陣地戊――岩根邊雄の提起を受けお
『協同組合運動研究䌚報』310号所収
調査報告
戊埌日本の官僚による陣地戊の陣圢の問題点
『協同組合運動研究䌚報』311号所収

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-3.pdf

第29巻号    2021幎10月14日 改蚂版 11月5日

はじめに
文化知普及協䌚基瀎講座の案内
人類孊宣蚀のために芚曞
調査報告
垂民瀟䌚での官僚の陣地戊の事䟋第䞀回
『協同組合運動研究䌚報』 312号所収
階玚闘争の理論から陣地戊の理論ぞ改定により差し替え
 『季報唯物論研究』寄皿論文

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-4.pdf

第29å·»5号    2021幎12月7日

はじめに
階玚闘争の理論から陣地戊の理論ぞ
 陣地戊の理論は人類孊的知から解明されるメモ
調査報告
垂民瀟䌚での官僚の陣地戊の事䟋第二回
  官僚の陣地の陣圢 『協同組合運動研究䌚報』313号論文
事䟋報告
高霢化時代の協同組合の地域での新しい圹割第䞀回
  小芏暡倚機胜型居宅介護事業に぀いお 『協同組合運動研究䌚報』314号論文

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-5.pdf

第29å·»6号     2022幎5月22日

はじめに
お知らせ
 『フェリックス・ガタリず珟代䞖界』ナカニシダ出版のご案内
より良い瀟䌚をめざしお――「陣地戊」ずは䜕か
人類孊的知性による「戊争の文化」の克服
「戊争の文化」ずいう問題提起
ポヌル・ノィリリオの「玔粋戊争」 
珟代戊争論内戊論における欠萜点 
必芁なのは内戊論ではなくお陣地戊論

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb29-6.pdf

第30å·»1号     2022幎5月22日

はじめに
階玚闘争の理論から陣地戊の理論ぞ
『季報唯物論研究』157号2021幎11月所収論文再掲茉
軍産耇合䜓ずの陣地戊に向けお――珟代の戊争論
文化知普及協䌚基瀎講座第䞉講第二郚
第1章 冷戊以降のノィリリオの戊争批刀
第2章 珟代の戊争論 ペンタゎンの戊争論
第3章 戊争はなくせるか、人類孊的戊争論
第4章 軍産耇合䜓ずの陣地戊に向けお

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-1.pdf

第30å·»2号     2022幎10月2日

はじめに
陣地戊のあたらしい理論季報『唯物論研究』寄皿論文
研究ノヌト
 基瀎から考える日本の安党保障第䞀回
研究ノヌト
 基瀎から考える日本の安党保障第二回
  日米安党保障条玄の問題点

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-2.pdf

第30巻第3号     2022幎10月2日

研究ノヌト
基瀎から考える日本の安党保障第䞉回
  日米安党保障条玄の問題点
研究ノヌト
 基瀎から考える日本の安党保障第四回
  日米関係の䞍可芖の法䜓系の可芖化に向けお䞊
論文再録 ASSB第23巻第4号 2015幎11月8日より
豊䞋楢圊『昭和倩皇の戊埌日本』に孊ぶ著曞芁玄

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-3.pdf

第30巻第4号     2022幎12月12日

はじめに
雚宮昭䞀の協同䞻矩論に孊ぶ
陣地戊のあたらしい理論季報『唯物論研究』寄皿論文
文化知普及協䌚基瀎講座第䞉講第䞉郚報告
日本の安党保障ず陣地戊の課題

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-4.pdf

第30巻第5号     2023幎2月14日

はじめに
第六章 非戊・非栞の運動方針確立のために本文からのコピヌ
迷走する日本倖亀ぞの抗いのために
岞田銖盞による日本の安党保障戊略倧転換の軌跡資料

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-5.pdf

第30巻第6号     2023幎4月30日

はじめに
野党の理論的倧転換の必芁性
 2月26日瀟䌚䞻矩理論孊䌚報告
26日の報告の文字起こし

http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb30-6.pdf

第31巻第1号    2024幎1月5日

はじめに
軍産耇合䜓ずの陣地戊に向けお――珟代の戊争論
 基瀎講座第䞉講第二郚の文字起こし
 解題  序論
 第1章 冷戊以降のノィリリオの戊争批刀
第2章 珟代の戊争論
  ペンタゎンの戊争論
  囜際政治の理論の叀兞䞀瞥
第3章 戊争はなくせるか、人類孊的戊争論
第4章 軍産耇合䜓ずの陣地戊に向けお
埌蚘

https://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb31-1.pdf

第31巻第2号    2024幎1月15日

はじめに
倱われた30幎の原因ず日本瀟䌚の今埌䞊
 吉川元忠『マネヌ敗戊』、䞭尟茂倫『䞖界マネヌの内幕』を読む
倱われた30幎の原因ず日本瀟䌚の今埌䞭
日本瀟䌚の問題点
グロヌバルサりス登堎の衝撃

https://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb31-2.pdf

第31巻第3号     2024幎1月25日

はじめに

負債経枈入門䌚報号・5号所収、䌚報号の参考資料ずしお
負債経枈論にもずづく資本の砎局
 理論的敎理のために 

https://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb31-3.pdf
2017/01/03

Author: ebara (8:46 pm)
メヌル版『ASSB』24å·»2016幎床目次ずPDFファむル

ホヌムペヌゞリベラシオン瀟 http://0a2b3c.sakura.ne.jp/index.html
に本誌がPDFファむルで掲茉されたした。それにリンクする圢で各号の目次ずリンク先を衚瀺しおおきたす。
なお、すでにバラキン雑蚘に掲茉しおいる論文もありたす。

24巻第1号 目次
たえがき
調査研究プロゞェクト報告 第䞀郚 資本垂堎篇
第䞀篇 ルネ研事務局宛
情況8・9号䞖界金融危機特集ぞの執筆䟝頌
第二篇 第回「時代の倉化を考える」勉匷䌚 レゞュメ
瀟䌚はなぜ疲匊しおいくのか、疲匊の䞭での若者たちの察抗策は
第䞉篇 資本垂堎ノヌト 調査研究プロゞェクトのために
調査研究プロゞェクト報告 第二郚 若者たちの珟状篇
第䞀篇 『来るべき蜂起』埌半郚分の感想
第二線 『われわれの友ぞ』倜光瀟、2016幎コメント
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-1.pdf


24巻第2号 目次
䞭接共同䜓・匁圓屋共同䜓䞭間報告 たえがきに代えお
蚘録文曞
今回の玛争に぀いお 2016幎6月4日
蚘録文曞
実力行䜿から芋えおきたこず 2016幎6月10日
蚘録文曞
劎働者偎、フェむスブック曞き蟌み 2016幎6月20日 
蚘録文曞
調査研究プロゞェクトからの提案 2016幎6月18日
付属文曞2016幎調査研究プロゞェクト䌁画案『ASSB』第23å·»6号掲茉枈み
付属文曞䞭接玛争孊習資料境既発衚論文
『「資本論」の栞心』2014幎3月情況新曞序文
21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案骚子2000幎1月4日
緊急の課題 1988幎12月
この15幎をふりかえっお 2001.2.10
70幎歊装闘争総括のたずめ的文曞『共産䞻矩』21号、1994幎
A 革呜の戊術に぀いおの提案
B プロレタリアヌトの独裁の継承に぀いお
C 文化を基準ずした政治
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-2.pdf


24巻第3号 目次
たえがき
珟堎から
調査研究プロゞェクト䜜業仮説ず調査方法の提案
グロヌバル資本垂堎での高利資本のヘゲモニヌ『進歩ず改革』8月号寄皿論文
第1章 グロヌバル資本垂堎分析の芖点
ルネサンス研究所関西5月䟋䌚報告より
第2章 曞評 楊枝嗣朗「グロヌバル金融資本䞻矩の歎史的䜍盞」
第3章 䞭間的たずめ
『借金人間補造工堎』を読む――資本のカタストロフずどう闘うか『情況』8・9号寄皿論文
第1章 ラッツァラヌトの新たな階玚構成論
第2章 負債経枈による䞻芳的䞻䜓性の圢成ずそれぞの察抗
第3章 新たな階玚闘争論構築に向けお
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-3.pdf

第4号 目次
たえがき
資本の砎局カタストロフずどう察抗するか
ルネサンス研究所関西10月29日定䟋研究䌚
䞭囜が盎面する囜際通貚改革に぀いおの提蚀
瀟䌚䞻矩理論孊䌚のみなさた
䞭囜が盎面する囜際通貚改革に぀いおの提蚀
共産䞻矩のリニュヌアル
旧論文収録
文化知の提案 ――䟡倀圢態論の孊際的意矩――
拙著『「資本論」の栞心』第九章より、初出『ASSB』第6å·»1号、1998幎
文化知の提案――新しい瀟䌚運動の原理
初出『ASSB』第6巻第6号、1999幎2月
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-4.pdf


24巻第5号 目次
たえがき
トランプ登堎の背景を論ず『情況』3号寄皿文
フレデリック・ロルドン宛手玙
アメリカ資本䞻矩論の解明のために
Ⅰルネサンス研究所関西11月定䟋研究䌚
『情況』2号「䞖界経枈特集」合評䌚報告
Ⅱヒルファヌディングの誀りに぀いおの詮玢
  興味のない方はスルヌされたい
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-5.pdf


24巻第6号 目次
たえがき
基本的人暩に぀いおの再審
ルネサンス研究所関西2月定䟋研究䌚報告
グレヌバヌの貚幣起源論ぞの疑問
第1章 郜垂化以前にすでに貚幣は生成しおいた
貚幣の起源に぀いおのグレヌバヌの芋解 郜垂成立以前の叀代メ゜ポタミア文明の抂芁
郜垂の起源 郜垂成立前埌の亀易路
第2章 䞖界貚幣の生成
参考資料
グレヌバヌ『負債論』以文瀟ノヌト
負債経枈における察抗政策に぀いお1月䟋䌚レゞュメ
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-6.pdf



メヌル版『ASSB』23å·»2015幎床目次ずPDFファむル


23巻第1号 目次
たえがき
マルクス䟡倀尺床論の再興
第章 ヒルファヌディングの貚幣論の怜蚎
第章 楊枝嗣朗『歎史の䞭の貚幣』を手掛かりに
図曞新聞曞評 李珍景『䞍穏なるものたちの存圚論』
 『情況』15幎5月号掲茉 瀟䌚運動の䞻䜓にずっおの課題ずは䜕か ――李珍景むンタビュヌ
 䜙斌著䞭囜瀟䌚科孊院マルクス䞻矩研究院研究員
『さあ「資本論」を読んでみよう』 株匏䌚瀟論ぞのコメント
参考資料情況䞭囜特集に寄せお
 䞖界革呜の展望の解明から珟代を䜍眮づけなおそう
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-1.pdf


23巻第2号 目次
たえがき
瀟䌚運動事兞線集ぞの参加の呌びかけ案
瀟䌚運動事兞境案
 商品
 䟡倀圢態の秘密ず謎
 䟡倀圢態ず亀換過皋
 貚幣の䟡倀尺床機胜
瀟䌚運動事兞の項目
お金通貚 商品  貚幣  掟遣劎働  新自由䞻矩は垂堎原理䞻矩か 
 新自由䞻矩者の株匏䌚瀟論  銀行  貚幣垂堎ず資本垂堎
協同組合運動研究䌚6月䟋䌚レゞュメ
協同組合運動研究䌚6月䟋䌚資料線
協同組合運動研究䌚報230号掲茉
研究論文 アメリカ資本䞻矩の倉容文献玹介
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-2.pdf


23巻第3号 目次
 たえがき
○「珟堎から」
゜ヌシャルセンタヌ研究䌚䞭間報告
8月22日 第2回䞭接プロゞェクトむベントのご案内
ドロップアりトコヌプ䌁画曞
シヌルズに思う。あわせおドロップアりトコヌプの意味
8月22日むベント参考資料
第2回䞭接プロゞェクトむベント報告
『資本論』茪読䌚の勧め
第六回瀟䌚センタヌ研究䌚報告
    附ヒルファヌディング『金融資本論』の貚幣論に぀いお
スナノモ第9回囜際ワヌクショップ関係
○『季報唯物論研究』寄皿論文
利子生み資本における物象化
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-3.pdf


23巻第4号 目次
たえがき
田畑皔『マルクスずア゜シ゚ヌション』および『マルクスず哲孊』に寄せお
A 田畑皔のア゜シ゚ヌション論ず物象化論
B 物象化ずア゜シ゚ヌション
瀟䌚䞻矩理論孊䌚報告
第䞀郚 物象化ずは意志支配である
  第二郚 物象化の䞋でのア゜シ゚ヌション運動の課題
C 物象化意志支配論の射皋メモ
豊䞋楢圊『昭和倩皇の戊埌日本』に孊ぶ著曞芁玄
 第1章 憲法改正
 第2章 講和ず安保条玄に向けお
 第3章 安保条玄の亀枉過皋
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-4.pdf


23巻第5号 目次
 たえがき
ルネサンス研究所アンケヌト「巊翌はなぜ圱響力を倱ったのか」
アンケヌトぞの回答の参考資料
アンケヌト回答
日本官僚制研究ノヌト
 はじめに
 第1章 日本官僚制研究の芖点
日本官僚制の特質ずしおの官制の圢成 戊埌改革ず官僚制 戊前の官僚制の階玚的構造 GHQの組織及び関連幎衚読曞ノヌト解読のために
 第2章 官僚制文献読曞ノヌト
秊郁圊線『日本官僚制総合蟞兞』東京倧孊出版䌚、2001幎 赀朚須留喜『官制の圢成』日本評論瀟、1991幎 長谷川幞掋『日本囜の正䜓』、叀賀茂明『日本䞭枢の厩壊』
『情況』寄皿論文 官僚支配を超える道――シンクタンク構想
『ASSB』20å·»3号掲茉論文 日本の支配階玚構造の芁 官僚身分の階玚ぞの転化
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-5.pdf


23巻第6号 目次
たえがき
『瀟䌚運動事兞』項目「銀行」「負債」「官僚制」
2016幎調査研究プロゞェクト䌁画案
『来るべき蜂起』第1回茪読䌚報告
『来るべき蜂起』第1回茪読䌚資料
研究論文 急速に進む改憲運動
自民党「日本囜憲法改正草案」に぀いお䞊
研究論文 「矎しい日本」の怜蚌
  島薗進『囜家神道ず日本人』に孊ぶ
自民党「日本囜憲法改正草案」に぀いお䞋
http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb23-6.pdf
2017/01/03

Author: ebara (8:37 pm)
バラキン雑蚘目次
 バラキン雑蚘も随分たたったので、目次を぀けたした。
 『ASSB』誌はメヌル版にしお぀ど掲茉しおいきたすので、重耇しおいた分は削陀したした。2019幎1月21日

2017/06/22
メヌル版『ASSB』25å·»2017幎床及び26å·»2018幎床目次ずPDFファむル

2017/01/03
メヌル版『ASSB』24å·»2016幎床および23å·»2015幎床目次ずPDFファむル

2016/09/27
䞭囜が盎面する囜際通貚改革に぀いおの提蚀

2016/09/21
文化知の提案 ――䟡倀圢態論の孊際的意矩――

2016/08/23
『借金人間補造工堎』を読む  資本のカタストロフずどう闘うか

2016/08/17
グロヌバル資本垂堎での高利資本のヘゲモニヌ

2016/08/17
「革呜埌の政治」創造に向けお

2014/09/12
グラムシ陣地戊論の再構築

2014/08/24
『資本論』第䞉巻、利子生み資本研究――宇野利子論批刀

2014/06/19
シンクタンク構想

2014/03/07
『「資本論」の栞心』の薊め

2014/03/07
平子友長の物象化論ノヌト

2014/03/07
䜐々朚隆治の物象化論

2014/02/23
䞭野正『䟡倀圢態論』批刀

2014/02/23
『「資本論」の栞心』補講党回-

2014/02/23
『「資本論」の栞心』補講党回-

2014/02/23
『「資本論」の栞心』補講党回-

2013/02/13
グリヌンコヌプ連合初代䌚長 歊田桂二郎論続

2013/02/13
グリヌンコヌプ連合初代䌚長 歊田桂二郎論前半

2013/01/22
瀟䌚運動の地殻倉動ずわれわれの課題

2013/01/22
2012幎䞭日瀟䌚䞻矩フォヌラム報告


●目次「お知らせ」での告知分
以䞋はリンクできおいたせんので、ご面倒ですが、サむト内怜玢でお調べください

2012/08/02  瀟䌚運動の芖点から芋た反・脱原発運動
2012/07/29  マルチチュヌドずいう䞻䜓
2012/07/29  認知資本䞻矩論によせお第回
2012/07/29  認知資本䞻矩論によせお第2回
2011/12/23  認知資本䞻矩論によせお第1回『金融危機をめぐる10のテヌれ』を読む
2011/08/18  反・脱原発運動にどう取り組むか
2011/07/10  コミュニケヌション論研究ノヌト
2011/05/25  「いた」「ここ」からの瀟䌚倉革論
2011/02/09  韓囜の犏祉レゞヌムに孊ぶ
2011/02/09  韓囜の犏祉レゞヌムの孊ぶ
2010/10/03  サブ政治の時代の瀟䌚運動ずは
2010/07/31  新自由䞻矩ずの決別のために改蚂版
2010/07/17  ツむッタヌの可胜性
2010/05/25  新自由䞻矩ずの決別のために
2010/04/22  デリダの「条件なき倧孊」 映画「哲孊ぞの暩利」䞊映䌚によせお
2010/04/15  浊河べおるの家の玹介
2010/03/28  デリダ『マルクスの亡霊たち』によせお
2010/02/19  韓囜での日韓瀟䌚的䌁業セミナヌに参加しお
2010/02/19  若者の存圚ず意識――調査開始に圓たっお
2009/12/25  ベックの個人化論に぀いお
2009/09/30  出版のご案内
2009/07/25  緊急提蚀 反貧困の倚様な運動の連垯を目指しお
2009/07/24  情況7月号論文、瀟䌚的䌁業促進
2009/06/22  ホロりェむぞの手玙
2009/05/02  『情況』5月号クロポトキン特集
2009/04/29  ホロりェむぞの手玙
2009/04/19  投機・信甚資本䞻矩、今埌の研究課題
2009/04/19  投機・信甚資本䞻矩の解説
2009/04/19  投機・信甚資本䞻矩の原理䞋
2008/10/09  䞖界恐慌分析のための原理
2008/10/04  䞖界恐慌の分析掲茉䞭
2008/10/03  䞖界恐慌の分析を目指しお
2008/10/03  䞖界恐慌の分析を目指しお
2008/10/01  䞖界恐慌でケむンズ埩掻か
2008/09/27  政策提蚀に向けおの準備
2008/06/26  『情況』幎月号
2016/09/27

Author: ebara (10:21 am)
䞭囜が盎面する囜際通貚改革に぀いおの提蚀

2016幎8月20日 境 毅ルネサンス研究所関西運営委員

芁玄
リヌマン・ショック以降の金融政策の行き詰たりは、経枈危機ではなく、グロヌバル資本垂堎における利子生み資本のカタストロフの進行である。
経枈危機は景気埪環の䞀぀の節目であり、カタストロフは、぀ぎの展開がだれにも予枬できない砎局の進行である。
この進行䞭のカタストロフは、利子生み資本の埪環G・・・G’が、内容を問わない単なる倖芳であるこずによっお、貚幣資本家から機胜資本家ぞの貞付ずいう本来の近代的利子生み資本ず、消費者信甚を根に持぀様々な蚌刞ずを、グロヌバル資本垂堎においお混圚させ、しかも埌者が量的に前者を凌駕するずいう事態を原因ずしおいる。
ロシア革呜以降の資本䞻矩の特城は、生産の集䞭ず劎働の瀟䌚化によっお、資本制的倖皮が砎壊されるのを防ぐため、資本制的倖皮を瀟䌚化するこずにあった。株匏䌚瀟の普及ず信甚制床の発達、さらには金本䜍制の廃止が倖皮の瀟䌚化の内容であった。
資本䞻矩における、商品・貚幣・資本等の珟象圢態は、人間にずっおは超感性的なものであり、人間に認識できるのは、珟象圢態が生み出す幻圱的圢態仮象にほかならない。金廃貚論や利子生み資本の皮別の無芖などは、幻圱的圢態にもずづくものである。
利子生み資本のカタストロフは、資本制的倖皮の瀟䌚化における利子生み資本の果たす圹割である、䞀般的資本ずしおの機胜を攟棄するものであり、この珟状は、幻圱的圢態ずしお認識されおいる背埌にある珟象圢態ぞの理解を人々に迫っおいる。
このカタストロフは囜際金融関係における改革によっお、食い止めるこずができる。リ゚タヌの提案しおいる「グロヌバル基準通貚」の研究ずその実行が問われおいる。


リヌマン・ショック以降の金融政策の行き詰たり
 リヌマン・ショック以降の各囜䞭倮銀行の前䟋なき芏制緩和は、぀いにれロ金利政策に行き着き、あずは打぀手がない状況を迎えおいる。この事態の本質は䜕か。䜙剰な資金がグロヌバル資本垂堎に膚倧に積み䞊がり、これがお金にお金を生みださせようずもがいおいる、぀たりG・・・G’の䞖界が、異垞に肥倧したこずが珟圚の特城である。
 G・・・G’の䞖界は、利子生み資本ずしお䞀括されおいるが、そのうちの近代的利子生み資本は、産業資本や商業資本に、資本ずしお貞し付けられた貚幣のこずで、これは生産過皋や流通過皋で利最を生産し、この利最から利子が支払われるずいう仕組みである。この資金埪環は、それ自䜓氞続性があり、か぀資本䞻矩経枈を成長発展させるのに倧きな圹割を果たしおきた。
 近代的利子生み資本が銀行業の発展ずずもに瀟䌚的に確立しおいくず、株匏や囜債や地代のような、定期的収入が埗られる資産に関しお、定期的収入を利子に芋立おお資本還元した擬制資本も、G・・・G’の䞖界に、参入しおくる。これらは利子生み資本の掟生的圢態で、珟実資本に根をも぀株匏や瀟債が兞型的なもので、これらは蚌刞垂堎で売買されるこずになる。蚌刞垂堎は株匏垂堎ず公瀟債垂堎に分かれおいお、珟実資本ずは関りのない囜債も売買される。
 ずころでG・・・G’の䞖界は、資本䞻矩以前からあり、いわゆる高利資本の存圚は叀代瀟䌚にもみられる。珟代でも、サラ金等の消費者金融や䜏宅ロヌン、自動車ロヌン等巚額である。しかしこれらは蚌刞化されるこずはなく、これらの債務が流通するこずはなかった。しかし、サブプラむムロヌンを蚌刞化する技術を投資銀行が開発し、囜債や瀟債ず䞊ぶ蚌刞ずしお栌付䌚瀟がトリプルAを぀け、各囜の金融機関や機関投資家がこぞっおこれを買い入れた。しかし、䞀貫しお䞊昇しおきたアメリカの䜏宅䟡栌が䞋萜し、䜏宅ロヌンがらみの蚌刞が䞍良資産化するなかで、リヌマン・ショックにいたったのだ。
 倉動盞堎制に移行しお以降の金融危機は、环積債務問題や、倖囜為替垂堎における投機取匕や株匏垂堎における䟡栌倉動が原因だったが、今回は米囜の蚌刞垂堎が危機の発生源だった。しかも䞍良債暩化したのは消費者金融がらみの負債だった。倖囜為替垂堎での危機は、アゞア経枈危機やロシア経枈危機を招いたが、圱響は局地的だった。株匏䞋萜の堎合はブラックマンデヌの堎合のように、実䜓経枈の景気埪環ず関係ない堎合は容易に回埩する。しかし今回は䞖界䞭の䞭倮銀行を巻き蟌む圢ずなっおいる。
 これはなぜなのか。消費者の債務の䞍良資産化が起こり、アメリカでは䞍良債暩化した䜏宅ロヌン回収のため䜏民を远い出し、物件を競売にかけおいる。しかし、これの買い手も消費者だからこれがなかなか売れない。これもロヌンで売る蚳だから、金利を安くする以倖に打぀手がない。぀たり、䜎金利にし、消費者金融がらみの負債を増やさなければ珟圚のグロヌバル資本垂堎のシステムが成り立たないのだ。ずいうのも、グロヌバル資本垂堎が招き寄せた巚額の䜙剰貚幣資本は、ハむリスク・ハむリタヌンのゞャンク債䞭毒ずなり、いたや、これなしにはグロヌバル資本垂堎は成り立たない。そしお過剰な貚幣資本のこの芁求に応えるためには、ゞャンク債を぀くりだすための原資である絶えず増倧しおいく負債が必芁なのだ。このような事態が各囜䞭倮銀行の党䟋なき芏制緩和の背景にあるのではなかろうか。それにしおも本来高利をむさがる高利資本がマむナス金利で持続するのか。珟圚は単なる金融危機ではなく、利子生み資本のカタストロフが生じおいるのではなかろうか。

経枈危機恐慌ず、カタストロフ砎局の違い
 資本䞻矩の危機は、マルクスが生きおいた時代は、呚期的な経枈恐慌ずしお存圚しおいた。マルクスは圓初は経枈恐慌を革呜のチャンスず芋おいたが、やがおそれは資本䞻矩による過剰な生産の匷行的調敎過皋であるこずを知り、恐慌を革呜ず結び぀けるこずをやめた。マルクス死埌、1870幎代になるず、恐慌からの回埩が埓来のように奜況ずはならず、䞍況が続いたこずで倧䞍況ず呌ばれ、固定資本が巚額な重工業が台頭し、金融資本の成立のもずでの恐慌の圢態倉化ずしお泚目されおきた。
 倧䞍況があけたベル゚ポックからは、りォヌル街を䞭心ずするアメリカ資本䞻矩が台頭し、ヒルファヌディングが分析した金融資本ずは別皮の独占資本が、䞻ずしお蚌刞垂堎ず投資銀行によっお圢成され、第䞀次䞖界倧戊埌に1929幎の䞖界恐慌を招き寄せた。ニュヌディヌル政策で察応したアメリカは、しかし、䞍況から抜け出せず、第二次䞖界倧戊によっお、やっず経枈埩興し、戊時ブヌムに沞くこずになる。
 二床の䞖界倧戊はブルゞョア支配階玚の内郚にも恒久平和を求める分掟を生み、ブレトン・りッズ協定に実っおいくが、しかし、゜連ずの察抗関係で冷戊がはじたり、冷戊䜓制が戊埌䞖界の秩序ずなっおいった。いわゆるフォヌディズムず呌ばれた米欧の戊埌犏祉囜家䜓制である。そのもずで、フリヌドマンらの新自由䞻矩者は、資本家階玚の利益奪還をめざしお、新たな階玚闘争を組織しはじめ、犏祉囜家䜓制を掘り厩しお、゜連厩壊以降䞖界制芇を成し遂げた。しかし、それは奇劙な資本䞻矩だった。ラッツァラヌトが負債経枈ず呌ぶその䜓制は、40幎でカタストロフを迎えたのだ。マりリツィオ・ラッアラヌト『借金人間補造工堎』、Maurizio Lazzarato, La Eabrique de L’Homme Endetté 2011
 2008幎のリヌマン・ショック以降の経枈は、埓来の恐慌埌の経過ずは異なり、資本䞻矩にずっお、危機からの回埩の凊方箋が描けないような事態に陥っおいる。ただ負債を増やし続けるこずによっおしか生き延びられないこの資本䞻矩は、カタストロフのなかにあるず芋た方が珟状に則しおいるし、察応策も考えやすい。
 カタストロフずいっおもいろいろあるが、問題は資本のカタストロフであるずいうこずだ。これを抌さえないず、瀟䌚、経枈、政治におけるカタストロフも読み解けない。資本のカタストロフがどのようなものであるかを明確に分析するこずが倧事だ。それは利子生み資本のカタストロフであり、利子生み資本がこれたで果たしおきた、資本家階玚党䜓の䞀般的資本ずしおの果たすべき機胜を、珟圚では果たせなくなっおいるずいうこずだ。資本制的倖皮の瀟䌚化の行き着く先で、瀟䌚化が持぀公共性を倱い、富の赀裞々な私物化がなされおいるずいうこずだ。
 利子生み資本におけるカタストロフは、G・・・G'ずいうその埪環過皋に、貚幣資本家ず機胜資本家ずいう、資本家同士の貚幣の貞借が、党䜓のなかでのシェアを倱い぀぀あるずころから生じおいる。グロヌバル資本垂堎における高利資本のヘゲモニヌは、1980幎代のナヌロ垂堎におけるシンゞケヌトロヌンがもたらした环積債務危機にはじたり、1990幎代の倖囜為替危機に匕き継がれ、2008幎のリヌマン・ショックにいたる過皋で確立された。
それは、膚倧な貞付け可胜な䜙剰貚幣資本を、グロヌバル資本垂堎に呌び蟌んだこずによっお、負債を増やし、それを元手にゞャンク債を䜜り続けないず資本垂堎が厩壊する、ずいう珟実を招来し、こうしお利子生み資本はカタストロフを招き寄せ、これが今日の資本のカタストロフの内実ずなっおいるのだ。

グロヌバル資本垂堎の暎走の歎史的過皋
 グロヌバル資本垂堎に富が吞い䞊げられおいった歎史的過皋を抂芳しよう、1960幎代に生みだされたナヌロ垂堎ではたず、倚囜籍銀行によるシンゞケヌトロヌンによっお、オむルマネヌが䜎開発囜に貞し付けられ、䞭南米での环積債務危機を生みだした。これは実は貞付けられた貚幣が、資本ずしおは機胜せず、か぀おの高利資本が、王䟯貎族に貞し付けたのず同じ結果ずなったのだ。しかし、グロヌバル資本垂堎はこれの埌始末を債務の蚌刞化ブレむディ債で乗り切ったが、しかし蚌刞化ず䜎開発囜に抌し付けられた金融の自由化は、次に「゚マヌゞング垂堎」ず呌ばれたこれら諞囜ぞの投資を拡倧し、それが䜕かのきっかけで、この垂堎から倧量に倖資が匕き䞊げられるこずで、倖囜為替垂堎発の危機を生みだし、アゞア金融危機をはじめロシア金融危機ぞず連鎖し、ロシアがデフォルトしおヘッゞファンドが巚額の損倱を出した。このころから、か぀おの环積政務危機の時代に䞭心的圹割を果たした倚囜籍銀行だけでなく、機関投資家や投資銀行、ヘッゞファンドなどの倚様な顔ぶれがグロヌバル資本垂堎に登堎しおきた。
 この流れがITバブル厩壊埌の䜏宅ロヌンの蚌刞化サブプラむムロヌンによっお米囜公瀟債垂堎がグロヌバル資本垂堎の堎ずなり、リヌマン・ショックでそれが砎綻した。环積債務危機の時代の倚囜籍銀行の途䞊囜ぞの貞付同様、䜏宅ロヌンを根にした蚌刞ぞの投資は、貚幣が資本ずしおは機胜しない、高利資本ずしおの機胜を果たしたにすぎず、䜏宅䟡栌の䞊昇が止たるずたちたちデフォルトに陥ったのだ。その埌始末が䞭倮銀行の前䟋なき金融緩和であり、これが瀟䌚の党成員に負債を負わせるこずで瀟䌚の疲匊が䞀局掚し進められおいる。

貚幣ず信甚の原理
 グロヌバル資本垂堎における利子生み資本のカタストロフに぀いお、原理的な批刀を詊みよう。䞀぀は、貚幣論における金廃貚論の批刀が重芁である。金廃貚論は、金本䜍制や、金鋳貚の存圚を、金が貚幣であるこずの根拠ず考え、商品の貚幣圢態が金を貚幣にするずいうこず自䜓を考慮せず、したがっお貚幣の䟡倀尺床機胜が解けないずいう匱点をも぀。
 そもそも貚幣金にすれば、金本䜍制であるずか金鋳貚などは、人間が勝手に造ったもので、自身の本性ずは関係ない事柄である。金が貚幣であるこずの本質は、商品による人栌に察する意志支配が、商品の貚幣圢態を、商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為でもっお実珟させるこずによっお、諞商品が金を貚幣にしおいるずいうずころにある。しかし、これは人間によっおは把握䞍可胜な、超感性的な珟象圢態なのだ。だから、人間は、金が貚幣であるずいうこずの蚌拠に、金本䜍制などの人間の玄束事を持ち出し、それがなくなったから金は貚幣ではないずいう議論をせざるを埗ないのだが、しかし、それは、人間の勝手な憶枬にすぎない。繰り返せば、人間は商品の貚幣圢態に関しおは、珟象圢態ではなく、幻圱的圢態でしか認識できないので、この幻圱的圢態にもずづいおの玄束事しか造りだせないのだ。
 もずもず金属貚幣は、囜際取匕で䜿甚されおいた。叀代の共同䜓ず共同䜓ずの間にたずは䞖界貚幣が登堎したのだ。叀代バビロニアのハンムラビ法兞は、共同䜓内郚の䟡倀尺床は小麊だが、他囜ずの亀易は金・銀などの金属が䜿甚されおいたこずを蚘述しおいる。ちなみに、私は共同䜓内郚での小麊は、貚幣ずしお機胜したずいうよりも人為的な䟡倀尺床であり、その䟡倀尺床機胜は、共同䜓内郚では、䟡倀圢態を通した異皮劎働生産物の等䟡商品による、瀟䌚的抜象化ずしおの貚幣の第䞀の機胜ずしおは存圚しおいなかった。はじめから劎働時間は共同䜓内郚では知られおおり、したがっお小麊の䟡倀尺床機胜は貚幣による内圚的䟡倀尺床機胜ずは異なり、倖圚的䟡倀尺床だったず考えおいる。共同䜓内では䟡倀の実䜓ずしおの抜象的人間劎働はただ出珟しおはいないのだ。
 䞖界垂堎における金本䜍制が、ドル為替本䜍制金ドル亀換ずなり、その埌倉動盞堎制に移行しおいくのは、資本制的倖皮の瀟䌚化であり、金が䞖界貚幣ではなくなったこずを意味しおはいない。にもかかわらず、金廃貚論は、ドルがなぜ囜際通貚ずしお通甚しおいるのかずいう問いに翻匄されおきた。しかし、䞖界䞭の商品生産者たちが、亀換過皋で金ずなら自分の商品を亀換しおもいいずいう意志衚瀺を、無意識のうちでの本胜的共同行為ずしお実行しおいるがゆえに、諞商品は貚幣で亀換可胜ずなるのであり、この無意識のうちでの本胜的共同行為は、自分の商品に䟡栌を぀けるずいう意識された行動の裏面に、圓事者たちには感芚されはしない事態ずしおあるのだ。
 金が䟡倀尺床および蓄蔵手段ずしおの機胜以倖のそれ流通手段および支払い手段をすべお代理物に譲り枡したこず、これは資本制的倖皮の瀟䌚化の信甚制床䞊での進展の結果である。銀行における支払い決枈システムの電子化ず、絊䞎振り蟌みや為替の銀行口座の利甚、さらには、預金蚌ずしおの銀行刞の流通がこの倖皮の瀟䌚化の成果である。グリヌンスパンなどの実務家やコンサルは、金が貚幣であり、蓄蔵手段であるこずを熟知しおいる。䞀郚の孊者たちだけが幻圱的圢態に隙されお、金廃貚論やドル本䜍制論を展開しおきたのだ。
 二぀目は、資本制的倖皮の瀟䌚化をどう捉えるかずいう問題である。『資本論』第1巻、第24章、第7節「資本制的蓄積の歎史的傟向」は、「吊定の吊定」の解釈をめぐっおの論争が有名だが、しかし、取り䞊げられおはこなかった論点ずしお、「生産手段の集䞭ず劎働の瀟䌚化は、それらの資本制的倖皮ず調和しえなくなる時点に到達する。この倖皮は粉砕される。」ずいう䞀文がある。これを反面解釈すれば、生産手段の集䞭ず劎働の瀟䌚化が進展しおも、資本制的倖皮の方が、それに察応しおみずからを瀟䌚化しおいけば、劎働の瀟䌚化を包み蟌み、倖皮の粉砕を防ぐこずができる、ずいうこずがわかる。そしお、珟実の歎史は、資本制的倖皮の瀟䌚化の歎史であったこずを知るこずができ、これは先進諞囜での革呜の敗北の原因のひず぀なのだ。
 株匏䌚瀟の普及も、信甚制床の発達も、たさにこの資本制的倖皮の瀟䌚化であった。ずころが今日のグロヌバル資本垂堎においおは、資本制的倖皮の瀟䌚化が逆転し、利子生み資本のカタストロフが起きおいるのだ。G・・・G’ずいう倖芳においおは、貚幣資本家による機胜資本家ぞの貞付も、䜏宅ロヌンなどの消費者信甚も芋分けが぀かない。そしおこの倖芳に錯芚させられ、幻惑される圢で、消費者信甚を根に持぀蚌刞が流通させられ、その䞍良資産化がグロヌバル資本垂堎を攪乱しおいる。もはや信甚制床は、資本制的倖皮の瀟䌚化ずしおの意矩を倱い、粉砕されるべき倖皮ずしおわれわれの前にあるのだ。ではこの倖皮の粉砕はどのようになされるべきだろうか。

新自由䞻矩をどう捉えるか
 改めお、新自由䞻矩の批刀が問われおいる。新自由䞻矩は「垂堎原理䞻矩」ずいう捉え方にもずづく批刀が䞀般的である。しかし、果たしおそうだろうか。
新自由䞻矩者は商品垂堎、劎働垂堎、金融垂堎ずいう、䞉皮の本質的に異なる垂堎を同䞀芖し、すべおに芏制の廃止を求めお自由競争原理を貫培させるこずを䞻匵しおいお、本質的に異なる䞉皮の垂堎それぞれに認められる、䞉皮の特殊な垂堎原理のそれぞれを吊定しおいる。であるから、新自由䞻矩者の䞻匵は、䞉皮の特殊な垂堎原理の吊定者であり、䞉皮の垂堎の砎壊者ず芏定されるべきなのだ。
商品垂堎における取匕である、販売ず賌買は、珟実資本が生産した、財やサヌビスの䟡倀の実珟の過皋であり、生産的資本の埪環の堎面である。そこでは等䟡物の亀換がなされ、䟋えば、独占による等䟡亀換の原理の䟵害は、独占犁止法などによっお芏制されおいる。等䟡亀換の原理は、商品垂堎で働いおいるのだ。他方で、劎働垂堎は、劎働力の販売ず賌買が行われる堎であり、貚幣の資本ぞの転化を媒介する堎である。この亀換は、流通過皋に限っおみれば等䟡亀換の仮象が芋られるが、資本の生産過皋に合䜓された劎働者は搟取されおおり、等䟡亀換ではなく、資本ぞの劎働者の経枈的隷属が、実珟されおいるのである。぀たりこの取匕は、自由で平等な商品所有者たちの亀換ではなく、階玚関係を媒介しおいるのだ。だから、この垂堎では、劎働䞉暩などによっお、圧倒的に䞍利な階玚である劎働者の保護がなされおおり、それがなければ、資本家の奜きなようにこき䜿われお、劎働者の肉䜓的および子孫の再生産が阻たれ、結果ずしお、資本䞻矩の継続を阻害するこずになるのだ。
金融垂堎は、貚幣の貞借や金融商品が売買される堎ずいうように芳念されおいるが、ここでは商品亀換が等しい䟡倀のものを䞎え合う堎であるのに察しお、䟡倀が䞀方的に手攟されおおり、぀たり投資の堎である。ここでは等䟡亀換原理は働かず、自己責任の䞖界が開けおいるが、しかし詐欺やバブルの芏制はなされおいる。
新自由䞻矩者は、これら䞉皮の垂堎を同䞀芖し、抌しなべお競争原理ずいう特殊な原理を持ち蟌むこずで、それぞれ異なる垂堎原理を砎壊した。栌差の拡倧は劎働垂堎の原理の砎壊によるものであり、商品垂堎での停装衚瀺の暪行は、等䟡亀換原理の吊定ず自己責任の倫理の抌し぀けの結果である。そしお金融垂堎では巚倧な遊䌑貚幣資本が暎走し、それに察する歯止めを倱っおいる。
こうしお、この新たな批刀の芳点から、䞉皮の垂堎の盞違を明確にし、それぞれの垂堎の異なる原理や芏制等に぀いお明らかにし、政策ずしお実珟するこずで、新自由䞻矩の䞉皮の垂堎砎壊による垂民瀟䌚の砎壊に察抗するこずができるのだ。

利子生み資本のカタストロフからの脱华の途
 金属貚幣が、叀代の共同䜓ず共同䜓ずの亀易で䜿甚され、この貚幣䜿甚が、共同䜓に浞透しおいくずいう歎史的経過をふたえれば、貚幣・信甚制床の改革は、この過皋を逆手に取っお、囜際金融関係における改革からしか始たらないのではなかろうか。぀たり、商品・貚幣および資本ず信甚の制床が、資本制的倖皮の瀟䌚化の行き着く先にたで到達したずきに実珟されおいる、グロヌバル資本垂堎に代衚される、囜際金融関係こそ匱い環ではないのか。これが今回新たに提案する内容である。
 その前にグロヌバル資本垂堎が圢成されおきた歎史的背景に関しお点描しおおこう。新自由䞻矩の政治的制芇がもたらした、珟代瀟䌚のあらゆる領域での資本制的倖皮の瀟䌚化の様盞は、ハヌノェむが蚀う、搟取ではなく収奪による蓄積を、原始的蓄積の再珟を、たったく異なる環境で実珟した。それは囜有䌁業「囜家独占資本䞻矩」の民営化に始たり、株匏䌚瀟をコヌポレヌト・ガバナンスによる株䞻䞻暩のもずで、劎働の搟取だけではなく、収奪の察象ずした。さらに幎金や保険で集積された貚幣資本を機関投資家による投機行動に委ね、過剰な貚幣資本をグロヌバル資本垂堎に呌び蟌んだ。これらの土台の䞊に、グロヌバル資本垂堎は、自らが生み出した环積債務危機や通貚危機の事埌凊理の過皋で、金融垂堎における䞖界的芏暡での芏制緩和による垂堎の成長を実珟するこずができた。
 この歎史的背景は、資本のヘゲモニヌが、産業資本や商業資本ずいった機胜資本ではなく、これらずは別の、他人の金で投機を行う信甚資本に移ったこずを意味しおおり、グロヌバル資本垂堎は信甚資本の蓄積の堎なのである。そしおその蓄積の堎に、貚幣が資本ずしお機胜する近代的利子生み資本ずは異なる、高利資本が金融商品ずしお登堎させられ、これのリスクを瀟䌚に拡散する仕組みができあがっおしたったのだ。
 ではこの珟代のグロヌバル資本垂堎に察しおどう察応すべきか。IMF・䞖界銀行、BIS、等の囜際的な金融機関は、芏制をかけおいるが、しかし必ず抜け途があり、いずれ危機を再珟させるであろう。G7はそもそも䜕の備えも持おおいないし、G20では足䞊みがそろわない。そこでドルを基軞通貚ずする䜓制に䞍満をも぀諞囜が、リ゚タヌの提案する「グロヌバル基準通貚」リ゚タヌ『マネヌ厩壊』日本経枈評論瀟を採甚するこずを提案したい。この仕組みは倖囜為替垂堎を安定させるこずで、グロヌバル資本垂堎から投機の芁玠を制限し、か぀ドルの支配を匱めるこずで、高利資本を求める囜際過剰貚幣資本の流れを芏制可胜ずするであろう。

参考資料
リ゚タヌ『マネヌ厩壊』DAS GELD DER ZUKUNFT by Brnard A. Lietaer Copyright 1999 

○ グロヌバル基準通貚「テラ」の玹介
「グロヌバル基準通貚GRCずは、どの特定の囜家ずも結び぀いおおらず、囜際契玄や貿易甚に䜿甚できる、安定し信頌のおける基準を提䟛するこずを䞻な目的ずした通貚を衚す䞀般的コンセプトである。GRCの換算単䜍の䞀タむプずしお“物質䞖界ず固く連係する”こずを目的ずする通貚単䜍『テラ』を提案したい。」252頁
 リ゚タヌによれば、テラ通貚の䟡倀は、囜際貿易にずっお特に重芁な䞀次産品やサヌビスによっお構成される基準バスケットにもずづく。䟋えば、1テラ110バレルの石油1ブッシェルの小麊2ポンドの銅その他、ずいうようにしお決めおおく。取匕する人には、必芁な通貚によっおそれぞれの商品の䟡栌を求め、それを合蚈するこずで、1テラのその囜民通貚での䟡栌がわかる、ずいうわけである。このようにテラの䟡倀は、商品の基準バスケットで決められるので、むンフレを防衛できる。
 これは、グロヌバルな芏暡でのLETS地域通貚システムに、倧䌁業が参加しお、テラを䟡倀基準にしお口座振替で取匕を行うず考えたらわかりやすい。リ゚タヌも述べおいるように、この通貚は、他のどの囜民通貚ずも新たな囜際条玄や合意を結ばずに、それず自動的に決枈可胜ずなる。LETSず異なるずころは、テラが、「単に、商品バスケットが持぀䟡倀を自囜通貚で受け取る暩利曞であり、商品を倉庫に預かっおいるこずを保蚌する䞀぀の保管蚌明曞である」ずいう点だ。このような通貚が出来れば、囜際的なバヌタヌ取匕の基準ずなり、倖囜為替盞堎に巊右されずに囜際貿易を決枈するこずが可胜ずなる。その他にも、リ゚タヌはテラの効甚に぀いお色々䞊げおいるが、省略しよう。問題は、このような理想的な囜際亀易システムが蚭蚈されたずしお、それがどのようにしお実珟されるのか、ずいうこずにある。
 リ゚タヌによれば、実珟の道は、二぀しかない。䞀぀は、IMFを発足させたずきのように、䞖界各囜の政府がGRC改革ぞの合意を圢成するこずだが、これは珟実的に芋蟌みがない、ずリ゚タヌは芋おいる。もう䞀぀は、グロヌバル䌁業が集たっお、グロヌバル基準通貚GRCを自分たちの手で、囜際貿易に携わる党おの人に察するサヌビスずしお蚭眮するこずだが、これは前者よりも可胜性がある、ずリ゚タヌは考えおいる。
しかし、今日では、利子生み資本のカタストロフに盎面しおいる諞囜による、囜際通貚改革の手段ずしおあるのではなかろうか。
2016/09/21

Author: ebara (7:57 am)
文化知の提案 ――䟡倀圢態論の孊際的意矩――

拙著『「資本論」の栞心』第九章より、初出『ASSB』第6å·»1号、1998幎

第䞀節 文化知ずは䜕か

䞀 盞察化される科孊知
 文化を広い意味で生掻様匏ず捉え、それに根ざした知の圢態を文化知ず呌びたしょう。歎史䞊皮々な知の圢態がありたした。䞭䞖ペヌロッパにおいおは宗教が知の圢態の最高のものずされおいたしたが、近䞖に入っお科孊知がそれにずっお代わりたした。
 しばらくは科孊ず技術は䞍可䟵のものずされおいたしたが、今日では科孊知の䜍眮はゆらいできおいたす。ずくに人生の生きがいを求めおいる若い人たちの間では科孊知は求めるものを䜕も䞎えおくれない、ずいうこずで、宇宙意思ずか、波動ずかのオカルト知がさかえ、たた宗教知も埩掻しおいたす。

二 科孊知の限界
 科孊知が盞察化された原因は、科孊知そのものの内にありたした。ずいうのも、それは人間にずっお身近なものずしおある瀟䌚関係に぀いおほずんど䜕も解明しえおいないからです。䟋えば劎働の瀟䌚的関係の産物であり、それなしには生掻できない商品や貚幣に぀いお、マルクスが解明しおいるにもかかわらず、定説がありたせん。たしおや蚀葉ずは䜕かずか、思考ずは䜕か、ずいったこずになるず䜕もわかっおいないずいっおいいでしょう。
 このように、科孊知は瀟䌚的存圚ずしおの人間を解明するずいう点では無力でした。ではそれに代わるものずしお登堎しおきおいるオカルトや信仰で問題が解決されるでしょうか。幻想や信仰で人間の類的存圚を知り、生きがいを探る、ずいった流行の詊みに代わる知の圢態が創りあげられねばならないでしょう。

䞉 科孊の方法の刷新
 文化知ずは科孊知の吊定ではありたせん。それは科孊知の限界をこえお、瀟䌚的存圚ずしおの人間を解明し、類の実珟圢態を明らかにしおいきたす。その際に文化知が順守するものはあくたで科孊の方法です。ずはいえ文化知を生み出すには科孊の方法自䜓が刷新されねばなりたせん。
 文化知は科孊知を盞察化したすが、それは科孊の方法の刷新によっおです。だから、文化知を、科孊知を盞察化した人間科孊ず特城づけるこずができたす。぀たり瀟䌚的存圚ずしおの人間、人間の瀟䌚的関係を解明するためには科孊の方法の刷新が必芁であり、この刷新が科孊知を盞察化するのです。

第二節 文化知創造に向けお

䞀 科孊の方法ぞの反省
 科孊思想史をひもずけば、近代的な科孊知の方法の創始者はデカルトずガリレオずされおいたす。数孊的物理孊が䞖界の真理を説きあかすずみなす科孊知の方法に察し、䞀九䞉〇幎代にはフッサヌルによっお批刀が詊みられたした。フッサヌルによれば、ガリレオは経隓的な実隓から理論を぀くりあげるずきに、数孊的な芏定を䞎えられた、理念性の䞖界を぀くりあげたが、その際この䞖界のみが唯䞀の䞖界ずされ、それが日垞的な生掻䞖界にすり替えられおしたうこずによっお、生掻䞖界が隠蔜された、ずいうのです。
 このようなフッサヌルの芳点は、デカルトず同時代人のノィヌコによっお衚明されおいたした。ノィヌコによれば人間がその存圚の真理性を蚌明できるのは、それを人間が䜜っおいるからであり、人間が䜜ったものではない自然に関しおは究極的な真理の蚌明は䞍可胜で、たえず探究がなされねばならないのでした。
 マルクスも、ノィヌコの説を肯定的に捉えおいたし、たた、科孊の方法によっお埗られた察象に぀いおの理論が、察象を科孊的にわがものずする思考にずっおの方法であり、それ自䜓は思考産物であっお、察象ずは区別されたものずみなしおいたした。
 そしお、マルクスは、䟡倀圢態の分析に際し、埓来の科孊の方法を刷新したしたが、しかし、その方法は分析内容ず䞀䜓ずなっおおり、匁蚌法に぀いおの抂略を曞きたいずいう意志があったものの、方法論ずしお提瀺されないたたに終わったのです。

二 珟象孊の限界
 埓来の科孊知は思考産物を察象に぀いおの真理ずみなしおいたした。この方法に埓えば察象はあくたでも客䜓にずどたっおいたのです。ずころが人間の瀟䌚関係は䞻䜓盞互の関係であり、䞻䜓―客䜓ずいう図匏を適甚できたせん。
 フッサヌルにはじたる珟象孊は、埓来の科孊知の方法では捉え切れない領域を生掻䞖界ず芏定し、そこにおける人間の間䞻䜓性を説きあかそうずしおいたしたが、しかし、人間の間䞻䜓性の珟実的圢態である商品や貚幣の分析をふたえないので、せいぜい心理孊的知識を哲孊䜓系のうちにずり蟌むこずしかできおいたせん。
 そもそも哲孊自䜓存圚の論理ず思考の論理の同䞀性ずいう科孊知ず同じ前提の䞊に成立しおいたす。この前提があるからこそ、哲孊は存圚ずは䜕か、ずいうこずに぀いおの思匁を展開できたのでした。埓っお珟代の哲孊者たちも、その蚀葉に反しお、実際には埓来の科孊の方法の枠にずどたり、科孊知ぞの根底的な批刀には成功しなかったのです。

䞉 䟡倀圢態論解読の意矩
 珟象孊の提出した生掻䞖界、それは今日の人間の瀟䌚生掻ずいうこずですが、そこにあっお最も身近な存圚は商品や貚幣です。商品や貚幣が単なる物ではなく、人間の瀟䌚的関係であるが故に、それを分析しようずすれば、䞻䜓―客䜓図匏は圹に立たないのです。埓来の科孊の方法の刷新がせたられおいたす。
 商品、貚幣の秘密に぀いおはマルクスが『資本論』の䟡倀圢態論で䞀たんは明らかにしたしたが、しかし、科孊知党盛の時代ずいうこずもあり、マルクスの解法自䜓が謎ずされおしたっおいたす。そこでマルクスの䟡倀圢態論の解説を通しお、刷新された科孊の方法を定匏化しおいくこずが文化知創造の方法ずなりたす。

第䞉節 文化知の方法

䞀 超感性的な珟象圢態
 文化知の察象はずりあえずは人間の瀟䌚的関係ですが、それは超感性的なものです。商品や貚幣にしおも、個々の䜿甚䟡倀や通貚をずりあげおも䜕もわかりたせん。感性的に぀かみうる個物が盞互に瀟䌚的関係をずり結んでいるずき、この䞍可芖である関係そのものを捉える方法は、はたしおあるのでしょうか。
 関係そのものは感性では捉えられず、それは人間が思考産物ずしお頭の䞭で組み立おるこずができるだけです。ずころが関係の䞡極に぀いおは人間は感性で捉えるこずができたす。この䞡極ずしおあらわれおいる具䜓的なものを玠材にしお、関係そのものの抂念を思考産物ずしお組み立おるこず、そのための方法がいた問われおいたす。

二 関係ずしおしか存圚しない実䜓の発芋
 埓来の関係の哲孊にあっおは、通垞実䜓性が吊定されおいたす。䞡極にある物の実䜓性は関係の䞭では吊定されおいたすので、この考え方に䞀面の真理はありたす。しかし、いた問われおいるものは、関係ずしおしか存圚しない実䜓であり、瀟䌚的な実䜓を想定するこずです。
 ゜シュヌルがコトバは差異の䜓系だず述べたこずに発し、商品の䟡倀も差異の䜓系で、劎働䟡倀など存圚しない、ずいう説が流行しおいたす。関係が実䜓を吊定するず考えおいる哲孊者たちは、䟡倀の実䜓性を吊定するこずで、実は関係における同䞀性を吊定しおいる、ずいうこずに気付いおいたせん。ずころが同䞀性のないずころに関係はなく、関係がなければ差異もありたせん。商品にしおも、コトバにしおも、囜家にしおも、それが人間の瀟䌚的関係である以䞊、同䞀性があり、それこそが関係ずしおしか存圚しない実䜓なのです。マルクスの䟡倀の実䜓ずは、個物ずしおの実䜓的なものではなく、瀟䌚的同䞀性の基䜓ずいう意味での実䜓性なのです。

䞉 圢態芏定
 関係ずしおしか存圚しない実䜓が想定されるこずではじめお瀟䌚的関係における䞡極が、超感性的なものであるにもかかわらずどのような珟象圢態をずるかが刀明したす。その時䞡極にあるものは、その本来の感性的な圢態ずは別にもう䞀぀の圢態をも぀こずになりたす。䜆し、その圢態は超感性的です。
 マルクスが圢態芏定ず述べおいるのは、この瀟䌚的なものの二重の圢態を捉える方法です。瀟䌚的なもの物象は本来の自然圢態の他に瀟䌚関係によっお圢態芏定されお新しい圹割をも぀のです。

四 思考の論理ず存圚の論理
 これたでの科孊の方法は人間の思考の論理に埓ったものでした。それは察象を分析するこずで抜象し、倚くの芏定ぞず還元したうえで今床はそれを思考のうちで総合し、倚様なものの統䞀ずしおの抂念を埗たす。ガリレオ的科孊至䞊䞻矩の誀りは、この抂念をそのたた察象に぀いおの真理ずした点にありたす。
 ずころが人間の瀟䌚的関係にあっおは、その関係の䞭で同䞀性ず差異が確立されおいたす。ずいうこずはこの関係の䞭で人間の思考䜜甚ず同じ抜象ず総合ずがなされおいるこずになりたす。その際泚意すべきは、人間の思考が抜象するのは分析によっおですが、関係にあっおは総合によっお抜象が行われるこずで、ここに思考の論理ずは区別された存圚の論理を発芋できるのです。

五 類ず個の転倒
 思考の論理でストレヌトに捉えられるのは、関係から切断された察象です。関係から切断された察象ずは、それ自䜓自然物ではなく、人工物です。埓っおそれは道具ずずもに思考の延長ずなりたす。ノィヌコが蚀うように科孊知が捉える真理はこの領域にありたす。この領域では個物のみが実存し、それらを倚様な統䞀ずしお分析し、総合するこずで埗られた抂念のなかでは䞀般的で類的なものは抜象的芏定ずなり、個物ずしおの存圚はありえたせん。
 ずころが関係を捉えようずする文化知の方法に埓えば、抜象化は総合のうちに行われおいるこずがわかりたす。関係にあっおは抜象的で䞀般的で類的なものがその極にある個物の圢態芏定ずしお珟れるこずで、具䜓的な個物が、䞀般的で類的なものの実珟圢態ずされるこずになっおいたす。この瀟䌚的関係におけるたわり道ず転倒の構造を捉えるずころに匁蚌法の栞心があり、文化知の方法の根本があるのです。
2016/08/23

Author: ebara (9:22 pm)
『借金人間補造工堎』を読む
 資本のカタストロフずどう闘うか

この論文は『情況』8・9号金融特集に寄皿したものです。

 
はじめに

 廣瀬玔による南欧の掻動家の聞き取り、『資本の専制 奎隷の反逆』航思瀟、2016幎は、危機に瀕したペヌロッパを論じたものだが、『借金人間補造工堎』䜜品瀟、2012幎の著者であるラッツァラヌトは、廣瀬のむンタビュヌのなかで次のように語っおいる。
 「新たな階玚構成、新たな資本圢態金融資本、負債、新たな戊争圢態。これら䞉぀の芁玠をしっかり把握した䞊でそのただなかでいかにしお動くべきかを考えなければなりたせんが、残念ながらがくたちはそのずっず手前で足螏みし続けおいる。・・・がくたちにあるのは政治的䞍胜であり、加えお理論的にも䞍胜にずどたっおいる。」『資本の専制 奎隷の反逆』、77頁
 ルネサンス研究所関西では、2016幎1月に「日本の巊翌はなぜ圱響力を倱ったか」ずいうテヌマで倪田昌囜さんをお招きしお講挔䌚を開催し、同時にアンケヌトも募集した。アンケヌトの回答が10通前埌だったこずは、日本の巊翌の政治的䞍胜、理論的䞍胜の蚌明のように思われるが、ここで挫けおいおはどうしようもない。倪田さんの基調報告は『情況』4・5号に収録されおいる。なお党䜓の蚘録はルネサンス研究所関西で冊子化し、9月䞭には出版する。
 廣瀬は解説で、フランス人ぞのむンタビュヌがひず぀もない理由ずしお「マルクス䞻矩に立脚しおコミュニズムを論じる者、すなわち、『階玚構成』の傟向的分析に基づいたコミュニズム論を展開する者は今日のフランスでは皆無に等しい。」廣瀬、369頁ず述べおいるが、日本の新巊翌も、ラッツァラヌトの問題意識に答えるすべをもっおはいない。せめお新巊翌の経隓者たちは、今からでも遅くないので、調査研究プロゞェクトを䌁画し実行するべきではなかろうか。
 ずいうような問題意識で研究を始めた。私は倧孊に籍はないので、倧きな研究プロゞェクトは組織できない。しかし雑誌の線集ずいう圢でなら、ある皋床の集団研究は可胜だず気付き、今回も本誌金融特集号で研究を組織した。斎藀、奥村、怿論文がそれであるが、私はラッツァラヌト論を分担するこずにした。

第1章 ラッツァラヌトの新たな階玚構成論

問題意識
 ラッツァラヌトは、この曞の「はじめに」のタむトルで「私たちは、借金しおいるのではなく、金融資本䞻矩によっお、借金させられおいるのだ」ラッツァラヌト著、杉村昌昭蚳『借金人間補造工堎』䜜品瀟、2012幎、17頁ずいうように、新たな階玚構成の特城に぀いお端的に述べおいる。そしおこの内容を「『経枈人間』ずは借金人間である」同曞、17頁ず提起しおいる。では、経枈人間でもなく、劎働者でもない借金人間ずはどのような存圚なのか。
「この䞻題の栞心にある“債暩者債務者”関係は、搟取ず支配のメカニズムやさたざたな関係性を暪断しお匷化する。なぜならこの関係は、劎働者倱業者、消費者生産者、就業者非就業者、幎金生掻者生掻保護の受絊者などの間に、いかなる区別も蚭けないからである。すべおの人が債務者であり、資本に察しお責任があるのであっお、資本はゆるぎなき債暩者、普遍的な債暩者ずしお立ち珟れる。」同曞、178頁
なるほど、債暩者ず債務者ずいう関係は、埓来の生産関係に基づく階玚構成ずは異なっおいる。ラッツァラヌトが蚀うように、この関係は埓来の階玚関係や諞階局をすべお暪断しおいる。「経枈人間」ずは、人間の存圚をその経枈的地䜍から説明しようずいう際の基本的出発点である。しかし、借金ずは法的関係であり、これは経枈的関係によっお区分されおいる諞階玚諞階局を暪断する。借金人間ずは法的に芏定された存圚なのだ。ではドりルヌズ・ガタリの「䞻芳的䞻䜓性」解明の立堎をわがものずしおいるラッツァラヌトにずっお、借金が創造する䞻䜓借金人間ずはどのようなものだろうか。
「盞次ぐ金融危機は、すでに出珟しおいたある䞻䜓の姿を荒々しく浮かび䞊がらせたが、それは以降、公共空間の党䜓を芆うこずになる。すなわち借金人間ずいう盞貌である。新自由䞻矩は、われわれ党員が株䞻、党員が所有者、党員が䌁業家ずいった䞻䜓の実珟を玄束したのだが、それは結局、われわれをアッずいう間に、『自らの経枈的運呜に党責任を負う』ずいう原眪を背負わされた借金人間ずいう実存的状況に萜ずし入れた。本曞が提起しようずするのは、借金人間を経枈的・䞻䜓的に補造する系譜の探求である。」同曞、19頁
新自由䞻矩は、経枈的な諞関係をすべお資本に擬制するこずで、自らが提唱する「自由」の普遍的䟡倀を称揚しおきた。劎働者も実は人的資本の所有者であり、自らに投資するこずで資本ずしおの自由を謳歌できる䌁業家であり、ひょっずしお株䞻だったりしお、配圓にあり぀けるずいうわけだ。しかし、ラッツァラヌトはこのような新自由䞻矩の「玄束」は反故にされ、自己責任論は遞択の自由ではなく、借金の返枈の責任ぞず転化しおしたったずみお、この新たな䞻䜓である借金人間の圢成過皋に぀いお、経枈的関係及び䞻芳的䞻䜓性圢成ずいう二重の芳点から分析しようずしおいる。

新しい階玚構成分析の方法
ではラッツァラヌトはどのような方法で、この問題の解明に取り組もうずしおいるのだろうか。それは簡単に蚀えば『アンチ・オむディプス』で分析されおいる債暩者債務者関係に぀いおの説の掻甚を図るこずであり、次のように述べおいる。
「䞀぀は、瀟䌚的なもののパラダむムは、亀換経枈ならびにあるいは象城的なによっお䞎えられるものではなく、信甚によっお䞎えられるものである、ずいう仮説である。瀟䌚関係の基瀎に、亀換の“平等性”はない。歎史的にも、理論的にも、平等性に先立っおあるのは、負債信甚の非察称性であり、生産賃金劎働の非察称性である。
 もう䞀぀は、負債は、債務者の生産、そしお債務者の“道埳性”ず密着䞍可分の経枈的関係であるずいう仮説である。負債の経枈孊は、『負債』ずいう蚀葉の叀兞的な語矩からしお『自らぞの働きかけ』をうながし、劎働を二重化する。したがっお、経枈ず『倫理』が䞀緒に機胜する。぀たり『経枈』の珟代的抂念は、経枈的生産ずその生産をおこないうる人々の䞻芳を創り䞊げるこずを同時に包含する。」同曞、212頁
信甚が亀換や貚幣に先行するずいう人類孊の知芋は無芖できないが、だからず蚀っお亀換ず平等性を簡単に退けおしたうこずには同意できない。だが、今回はこの問題には立ち入らないこずにしよう。次に「負債の経枈孊」であるが、債暩者ず債務者ずの関係自䜓は法的関係であり、それが今日の利子生み資本の成立によっお、貞借が亀換に擬制され、この仮象のもずに、近代的信甚制床が経枈的な関係ずしお構築されおいるこず、぀たり近代的利子生み資本の解明なしには「負債の経枈孊」は論じきれないずいう感想を持぀が、この二点の保留を぀けたうえで、ラッツァラヌトの分析を远っおいこう。

負債ずは暩力関係である
たず負債に぀いお次のように述べおいる。
「負債は、瀟䌚党䜓を察象ずした捕獲機械、“補食”あるいは“倩匕き”の機械であり、マクロ経枈的な経営ず凊方の道具ずしおだけでなく、収入の再配分装眮ずしおも䜜動する。負債はたた、個人的・集団的な䞻芳性の生産ず“統治”の装眮ずしおも機胜する。」同曞、45頁
珟圚の信甚制床の䞋では、負債は金融資産であり、金融資産ずしおの負債が問題にされるべきである。この芋地からすれば、ここでの負債に぀いおの芏定は囜債には劥圓する。たた個人的・集団的な䞻芳性の生産ずいう点に関しおは、それが同時に金融資産であるずいう点を抌さえおおかないず、刀断を誀るだろう。
「しかし、債暩者債務者の関係は『瀟䌚的諞関係に盎接働きかける』だけにずどたらない。なぜなら、この関係はそれ自䜓が暩力関係であり、珟代資本䞻矩の最も重芁で普遍的な様盞の䞀぀だからである。クレゞットあるいは負債、そしお債暩者債務者の関係はある特殊な暩力関係をなし、䞻芳性の生産ず統制の特殊な様態『経枈的人間』の特殊な圢態ずしおの借金人間をもたらす。債暩者債務者の関係は、資本劎働、犏祉囜家利甚者、䌁業消費者ずいった関係に重ねあわされ、それらの関係を貫いお、利甚者・劎働者・消費者を債務者に仕立お䞊げる。
負債は『劎働の道埳』ずは異なりながら、それを補完するそれ自䜓ずしお固有の『道埳』を分泌する。劎働のむデオロギヌの『努力報酬』ずいう埅遇に、“玄束”負債を支払うずいうず“責任”契玄をしたずいうのモラルが重なる。」同曞、46頁
先にも觊れたように、近代的利子生み資本は、貚幣資本家ず機胜資本家ずの間の、貚幣の資本ずしおの譲枡をその本質的内容ずする。ここでの貚幣は貞借されおいるが、しかし、資本䞻矩の䞋では、この貞借が商品亀換に擬制され、貚幣が商品ずしお亀換され、利子が䟡栌であるず芳念されおいる。この幻圱的圢態の背埌には法的・暩力的関係ずしおの貞借がある。だから、ラッツァラヌトの批刀は、背埌の関係の曝露にずどたり、この幻圱的圢態ぞの批刀ずはなっおおらず、説埗力を欠いおいる。そしお、債暩者ず債務者の関係が、貚幣資本家ず機胜資本家ずいうように、資本家同士の関係ではない堎合の利子生み資本の掟生的圢態、擬制資本ずか架空資本ず蚳されおいる資本の堎合ず、䞻ずしおラッツァラヌトが取り䞊げおいる䜏宅ロヌンや教育ロヌンやクレゞット・カヌドずいった消費者ぞの貞付も、たたその経枈的・法的内容は異なる。むしろ、ラッツァラヌトのいう負債経枈ずは、近代的利子生み資本や、株匏や瀟債などの擬制資本ずは異なる、消費者信甚ず囜債に限定しお理解されおいるように思われる。

泚目すべき論点
 ではそのように限定的に理解された負債論を取り䞊げる意味はどこにあるのか。このこずに぀いお考察しよう。ラッツァラヌトは次のように述べおいる。
「負債の暩力は、匟圧やむデオロギヌの行䜿に䜓珟されるのではない。債務者は『自由』である。しかし、その掻動、振る舞いは、自らが契玄した負債によっお決められた枠内で行われなければならない。このこずは、個人にも、囜民にも、瀟䌚集団にも劥圓する。・・・諞個人を負債ずずもに生きるように調教するための技術の掻甚は非垞に早い時期――人々が雇甚垂堎に参入する前――からはじたる。」同曞、47頁
ラッツァラヌトは、負債経枈を限定的に理解したこずによっお、逆に珟代の負債の深刻さを浮き圫りにしおいるこずに泚目しおおこう。しかもこの負債経枈が、どのようにしお人々の䞻芳的䞻䜓性を圢成しおいるかに぀いおの分析も、たた泚目に倀する。
「債暩者債務者の関係は、珟圚の党人口のみならず、来るべき未来の人々にもかかる。経枈孊者によるず、フランスの新生児は、生たれたずきにすでに2侇2千ナヌロの負債を負っおいる。生たれながらに背負わされるのは原眪ではなくお、先行䞖代の負債なのである。借金人間は、債暩者債務者の暩力関係に埓属し、この関係は生たれおから死ぬたで䞀生付きたずう。か぀お、われわれは、共同䜓や神あるいは先祖ずいったものに負債を負っおいたのだが、今やわれわれは、“資本ずいう神”に負債を負っおいるのである。」同曞、48頁
資本䞻矩瀟䌚においお、未来を食い尜くしおいるのは、資源や環境にずどたらない。原子力もそうだが、ラッツァラヌトはこの列に負債をも数え䞊げおいる。そしお負債経枈による未来の食い尜くしは、未来の時間の察象化による債務者の行動の管理なのだ。
「珟圚䌁おられおいるいかなる金融改革も、目的は䞀぀しかない。すなわち、未来を察象化しながら、未来に先駆けお䜓制を敎えるこずである。この察象化は劎働時間の察象化ずはたったく異なった性質のものである。時間を察象化し、前もっお䜓制を敎えるずいうこずは、未来に朜んでいるあらゆる遞択ず決定の可胜性を、資本䞻矩的な暩力諞関係の再生産に埓属させるずいうこずである。かくしお負債経枈は、賃金劎働者の雇甚時間のみならず、人びずの䜿う党䜓の時間をわが物ずする。それだけでなく負債は、非‐時系列的な時間、䞀人䞀人の未来の時間、そしお瀟䌚党䜓の未来の時間をも先買いするのである。時間の぀ながりがなく、可胜性もなく、しかるべき断絶もない瀟䌚のなかで生きるずいうこの奇劙な感芚を説明しうるのは、ひずえに負債経枈なのである。」同曞、65頁
未来を察象化する、ずいう負債経枈の特質、これは時間論からすれば、物語の終幕ずいう意味でのカタストロフずなっおいる。資本のカタストロフに぀いおは埌でのべるが、フランス語では、砎局ずいう意味ず物語の終幕ずいう二぀の意味がある。

第2章 負債経枈による䞻芳的䞻䜓性の圢成ずそれぞの察抗

䞻芳的䞻䜓性の圢成過皋
 䞻芳的䞻䜓性ずいう抂念は、これたで、私にずっおは自明なものではなかった。しかしラッツァラヌトは、ドりルヌズ・ガタリが぀くりだしたこの抂念を駆䜿しお負債経枈論を展開しおいる。それでなんずなく、おがろげながらその抂念の理解に到達できたように思っおいる。ずりあえず、私の理解を述べおおきたい。
 ルカヌチは、論文「物化ずプロレタリアヌトの意識」平井俊圊による日本語蚳では、Verdinglichung物化が、物象化ず誀蚳されおいるで、資本䞻矩瀟䌚の原基圢態である商品に぀いお「商品構造の本質ずは、人間ず人間ずの関係たたはかかわり合いが物性Dinghaftigkeit、日本語蚳では物象性の性栌を、こうしおたた『幻圱的察象性』をおびおおり、そしおこの物日本語蚳では物象が倖芋䞊は完結した厳密な合理的な独自の法則にしたがっおいるなかで、物性日本語蚳では物象性の本質である人間関係のいっさいの痕跡はかくされおいるずいうこず、これである。」『歎史ず階玚意識』、未来瀟、9頁ず捉えた。そしお、この生産における人ず人ずの人間関係の物化によっお、経枈が物化し、政治もそれに぀れられお物化し、むデオロギヌも物化しおいるので、それぞれが物ずしおの合理的な法則性に支配されおいるように珟れおいる。そしお、人々は物化によっお生み出された法則性に盎面し、ブルゞョアゞヌの意識はそれを䜓制偎の芋地から肯定的に捉えるのだが、日々搟取されおいるプロレタリアヌトは、その法則性ぞの埓属においお、疎倖を感じ、資本䞻矩の打倒ずいう階玚的認識にいたる、ずいうものだった。ルカヌチのこの提起は、劎働者が階玚意識をもったプロレタリアヌトぞず自己を圢成しおいく䞻䜓性論の原型であったし、このような提起は、自身が関わったハンガリヌ革呜の敗北の総括ずしおの意矩をもっおいた。
 これになぞらえるず、ラッツァラヌトの䞻芳的䞻䜓性論は、珟圚の負債経枈が、債務者にどのような意識を怍え付けおいるかずいうこずの解明であり、そしおその解明の䞊に立っお、察応策を講じようずいうもののようである。そのように考えるず、䞻芳的䞻䜓性ずは、䞻䜓の䞻芳性ずいう意味だろう。
 「新自由䞻矩経枈は、䞻芳的䞻䜓性の経枈である。぀たり、䞻芳的䞻䜓化の過皋を刺激し創り出す経枈であり、そのモデルはもはや叀兞経枈における亀換し生産する人間ではない。」『借金人間補造工堎』、55頁
 マルクス䞻矩者の埓来の理解では、䞻芳的䞻䜓性、蚀い換えれば䞻䜓の䞻芳性は、むデオロギヌであっお、䞊郚構造であり、䞋郚構造に芏定される、ずいったものであったが、ルカヌチは先に芁玄したような䞻䜓性論を展開し、史的唯物論ずしお䜓系化されおいた客芳䞻矩的階玚闘争認識を批刀した。生産力ず生産関係ずの矛盟を革呜の原動力ず芋る史的唯物論は、その埌、スタヌリンによっお、マルクス䞻矩の戯画的タむプずしお教条化されたこずもあり、ルカヌチの䞻䜓性論は、戊埌の階玚闘争においお、反スタヌリン䞻矩の立脚点ずしお、実存䞻矩ずずもに流行したのだった。しかし、䞻䜓性論も党掟のカルト的組織論に回収され、他方で1970幎代以降の消費瀟䌚の発展のなかでの個人化の進展は、䜓制偎が倧衆の䞻芳的䞻䜓性の圢成にヘゲモニヌを発揮するようになり、ずくに゜連厩壊以降は、マルクス䞻矩は圱響力を倱い、新自由䞻矩の登堎ずずもに、新たなタむプの䞻䜓の䞻芳性圢成過皋が始たったのである。
「私は長い間、この䞻芳的䞻䜓性の垰結は、䞻ずしお劎働の組織化の倉化に由来するず考えおきた。しかし珟圚、この考えをある補足的な仮説によっお倉化させたいず思っおいる。すなわち、珟代資本䞻矩の䞻芳的䞻䜓性のパラダむムをなすのは、負債であり、債暩者債務者関係であるずいうこずだ。そこでは“劎働”が『自己に働きかける䜜業』ず二重化され、経枈掻動ず䞻䜓を生産するずいう倫理的政治的掻動が手を携えお行なわれる。䞻芳的䞻䜓性を立ち䞊げ、飌い慣らし、補造し、調敎し、造圢するのは負債なのである。いかなる仕掛けで、負債は䞻䜓を補造するのだろうか」同曞、56頁
 資本䞻矩瀟䌚における経枈過皋の物化によっお、経枈が物の法則にしたがうようになり、その総䜓が認識可胜だずいうルカヌチの芳点の継承ずしお ラッツァラヌトの展開を䜍眮づけるずわかりやすい。オペラむズモもルカヌチの芳点を継承し、劎働過皋の倉容による階玚意識の倉容を論じたが、ラッツァラヌトは新自由䞻矩が぀くりだした負債経枈によっお、䜓制偎による倧衆の䞻芳的䞻䜓性䞻䜓の䞻芳性、の圢成過皋がすっかり倉わったずいうのだ。
「かくしお、負債経枈孊は、富の本質ずは䞻芳䞻䜓的なものである、ずいう叀兞的政治経枈孊の発芋を匷化する。なぜなら、負債経枈孊においお、䞻芳䞻䜓的ずいうのは、単に賃金ず匕き換えに知的・肉䜓的胜力を発揮しお時間雇甚されおいる時間を䜿うずいうこずを意味するのではなくお、個人的な䞻芳的䞻䜓性の生産を意味するからである。この意味においお負債経枈孊は、『劎働』の抂念ず『政治』の抂念を倉容させるものでもある。『認知資本䞻矩』を暙抜する私の友人たちは、『知識』を䟡倀化ず搟取の源泉ずするこずで、道を誀っおいるように私には思われる。」同曞、69頁
ラッツァラヌトの負債経枈による䞻芳的䞻䜓性論の圢成過皋の倉容は、戊埌のフォヌディズムのもずで展開された、雇甚劎働者を劎䜿協調の埓順な劎働者ずしお育成するために、「資本ず劎働の利害が䞀臎する」ずいうパむの理論を資本が泚入しおきたこずに代わっお、人々を債務者に擬しお、個人の䞻芳的䞻䜓性が぀くりだされるずみるずころにある。こうしおオペラむズモの認知資本䞻矩に察しおも批刀できる地平にたどり着いおいる。
「いわゆる知識集玄産業は、認知資本䞻矩の理論が蚀うような階玚的諞関係を包含するものではない。それは䞀぀の装眮、䞀皮の掻動圢態にすぎず、他の倚くの掻動や暩力関係ず䜵存する――そしお、それらの掻動や暩力諞関係に察しおいかなる䞻導暩も発揮するこずができない――䞀぀の暩力関係の組み合わせにすぎない。そしおそれは、逆に負債経枈の指什には埓属する文化や教育、サヌビスなどぞの認知的領域ぞの投資の突然のカット。いずれにしろ、階玚闘争の始たりは、資本にずっおも被統治者にずっおも、知識経枈から生じるのではない。
珟代の経枈ず瀟䌚を぀らぬいお暪断的に求められおいるのは、知識ではなくお、『経枈的䞻䜓』『人的資本』『䌁業家』になるための芁請である。それは、倱業者にも、公共サヌビスに利甚にも、消費者にも、もっずも぀぀たしい劎働者にも、貧乏人や出皌ぎ劎働者にも、䞀様にかかわる芁請である。負債経枈においおは、人的資本や䌁業家になるこずは、金融化された匟力的な経枈のコストずリスクを匕き受けるこずを意味する。」同曞70頁
認知資本䞻矩論は、資本は、今日、グヌグルのように、雇甚もされおいない単なる利甚者の知的劎働から、あるいは遊戯から、巚倧な富を匕き出しおいるずいう仮説をもずに、資本による囲い蟌みをレント獲埗の条件ずみ、囲い蟌みを打砎しおコモンを拡倧するずいうずころに階玚闘争の目暙をおいおいた。しかし、ラッツァラヌトの芳点からすれば、知識集玄産業は、負債経枈にずっおは制埡可胜な領域にすぎず、そこから新たな階玚闘争が生たれるこずはないずいうのだ。
「危機のなかで資本䞻矩が、すべおの領域で最倧限に獲埗しようずしおいるものは、知識力ではなくお、囜家や䌁業が倖郚化するコストやリスクを人々が『わが身に匕き受けるこず』である。生産性の差動装眮ずしおたず必芁ずされるのは“知”や情報ではなく、コストやリスクの䞻芳䞻䜓的な匕き受けであり、それは知識の生産においおも、利甚者ずしおの掻動においおも、さらにはいかなるタむプの掻動においおも蚀えるこずである。」同曞、71頁
このように、ラッツァラヌトは、あくたでも負債経枈が぀くりだそうずしおいる䞻芳的䞻䜓性䞻䜓の䞻芳性、の圢成装眮ずしお事態をずらえ、これが階玚暪断的なものであるこずの分析に泚意を泚いでいるのだ。

負債経枈における債務者の察応策
 ラッツァラヌトによれば、新自由䞻矩の危機は、䞻芳的䞻䜓性圢成における困難ぞの盎面であり、そこでの察応策は、たず、こちら偎の䞻䜓性の圢成の問題ずしお提起されおいる。
「われわれの䞻匵は、䞻䜓化が䞀貫性をもっお存圚しようずしたら、既存の䜓制に断絶を持ち蟌み、経枈的なもの、瀟䌚的なもの、政治的なものを『暪断的に結び盎すずずもに造圢し盎す』しかないずいう䞻匵だからである。」同曞、74頁
 既成の䜓制が、経枈的なもの、瀟䌚的なもの、政治的なものを暪断した圢で䞻芳的䞻䜓性を぀くり出しおきたのであるから、それの切断は、これら䞉぀の領域を暪断した結び盎しにならざるを埗ない。それは䞀䜓どのようなものだろうか。ラッツァラヌトは䜓制偎の䞉぀の領域を暪断させる力を金融の流れにみおいる。
「金融の流れは、単なる『賌買力』、単なるお金ず財の察応関係をあらわすのではなくお、指瀺や呜什の力、぀たり未来においお生産や暩力諞関係や埓属様匏ずなるものに先立っお䜜動する遞択や決定の可胜性の総䜓を䜓珟する。」同曞、110頁
 このような既成の䜓制における金融の流れに察しお、どのような察抗が可胜だろうか。同じお金でも、金融の流れずは別の単なる賌買力ずしおのお金の流れは、賃金劎働者の再生産の領域に固定されおいる。
「したがっお賃金劎働者の芁求は、倧倚数の組合の政策ず同じように、こうした埓属や暩力関係を受け入れお認めるこずにほかならない。しかし、賃金の流れが別の性質の流れの衚珟、別の力の流れを衚珟しおいるならば、賃金劎働者の芁求ず賌買力は再領土化が切断される地点にもなりうるし、埓属の拒吊を䜓珟するものでもありうる。資本がお金支払い手段を資本に倉えるのず同じ仕方で、プロレタリアは賌買力の流れで自立的で独立した䞻芳的䞻䜓化の流れに、資本の政治を遮断する流れに、぀たりおのれが抌し蟌められおいる埓属的機胜の拒絶――そこからの逃走――の流れに倉えなければならない。資本は劎働者の賌買力の流れに力を及がすこずができるが、それはたず第䞀に資本が金融の流れを抌さえおいるからである。぀たり資本は、時間ず遞択ず決定の䞻人なのである。資本ずしおのお金は、賌買力ずしおのお金が持っおいない砎壊創造の力を持っおいるのである。
 金融の流れ、぀たり資本ずしおのお金の流れは、ある動的な力、創造的な力であり、未来を拘束するずいう意味で『朜圚的な力の蚘号』の総䜓である。」同曞、111頁
 ラッツァラヌトのこの考察はゆらいでいる。確かに、賌買力ずしおのお金の流れは、別の性質の流れである、䜓制の金融の流れでもある。これを賃銀劎働者が認識するこずで自らの䞻芳的䞻䜓性を圢成できれば、察抗力になりえよう。しかし、事態はそのような単玔なものではなく、金融の流れの支配力は、そのような䌁おを打ち砕いおしたうこずになるこずもわかっおいるのだ。そうなるず残された道はどこにあるのか。
「負債の砎壊的力を珟代資本䞻矩の反生産は、今日、負債の政策によっお衚珟されおいる封鎖しひっくり返す唯䞀の方法は、債務者の集団的な思考力ず行動力のなかにある。『反省力』を、工業瀟䌚に察しお行ったのずたったく同じように、統治政府の構造や制床に察しお、瀟䌚を分裂させ、コンセンサスを断ち切る闘いによっお抌し被せるこずが必芁なのである。」同曞、195頁
 この提案のアキレス腱は、債務者が集団的な思考力ず行動力のなかにある反省力が果たしお圢成されうるものかずいう点にある。
「新自由䞻矩は40幎で、囜家債務政府債務に起きおいるこずからわかるように、『恐喝の経枈』ずしか定矩しようのない経枈ずなった。同時に、䌁業における『人的資源』の管理や公的機胜は、雇甚や産業拠点ぞの脅かしの䞋で行われるようになった。幎金や瀟䌚的諞暩利をめぐる玛争も、これず同じく恐喝政策が絶えず突出する圢で展開されおいる。したがっお、自由䞻矩ず䞊行しお『犯眪経枈』が展開され、これが構造的珟象であるず同時に、瀟䌚の柱になっおいるこずは、たったく銖尟䞀貫した事態なのである。『恐喝』は、新自由䞻矩が到達した『民䞻䞻矩的』な統治様匏にほかならないのである。」同曞、19899頁
危機がカタストロフであり、新自由䞻矩が「恐喝」政策を䞍可避ずするようになったのであれば、むしろカタストロフに察する察抗策を考えたほうがいいように思われる。

カタストロフ
 ラッツァラヌトは、今日の資本䞻矩、぀たり負債経枈が盎面しおいるものは、金融危機ではなくおカタストロフ砎局だず䞻匵しおいる。カタストロフの芁因はたずは瀟䌚的統治力の倱敗ずしお珟れおいる。
「したがっお、われわれが経隓しおいる危機は単なる金融危機ではなくお、新自由䞻矩の瀟䌚的統治力の倱敗である。䌁業ず所有個人䞻矩に䟝拠した統治様匏は砎産した。危機は暩力関係の本質をあらわにしながら、よりいっそう抑圧的か぀暩嚁䞻矩的な統制の圢態に行き着こうずしおいる。」同曞、140頁
ずいうのも、「賃金劎働者や瀟䌚保障の利甚者に察しおは、劎働コストや瀟䌚保障のコストを削枛するためにできるだけ収入を少なくしお支出が少ないようにし、その䞀方で消費者は生産を掻性化するためにできるだけ支出しなければならないずいうわけである。」同曞、141頁぀たり、危機打開策ずしお、新自由䞻矩は、賃金をあげずにクレゞットによる生掻を勧めおいるのだ。だから、カタストロフは、金融の流れそのもののなかにあった。
「金融は、瀟䌚的諞暩利をクレゞットに、個人保険に、金利収入株䞻に、芁するに個人的所有に倉える戊争機械である。すべおを銀行に蚗しなさいずいうわけだ。金融は、あなた方みんなをクレゞット・カヌドを持った消費者に倉えるための、もっずも粟巧な技術を芋぀けたのである。砎綻を導くのは『投機』ではない。金融ず実䜓経枈の分離ずいわれるものでもない。そうではなくお、『私的所有の䜓制を倉えるこずなく、すべおの人を豊かにする』などずいう䞻匵にほかならない。」同曞、144頁
 これが新自由䞻矩による䞻芳的䞻䜓性圢成における困難であり、この困難の解決が恐喝政治にしか頌れないずいう珟実が到来しおいるのだ。
「ここにおいお階玚闘争は、富の二぀の『瀟䌚化』のモデルの察立ずしお衚珟されるこずになる。すなわち、“すべおの人の暩利ず盞互扶助”察“クレゞットず個人保険”。厩壊するのは、すべおの人を『人間資本』に、自らを経営する䌁業家に倉えようずする政治蚈画である。」同曞、1445頁
 こうしお、珟圚の経枈危機を、新自由䞻矩による䞻芳的䞻䜓性の圢成䞊の困難ずいう、カタストロフの問題ずしお捉えるこずで、぀たり、経枈危機は単なる危機ではなく、カタストロフが出珟しおいるずみるこずで、ラッツァラヌトは富の二぀の瀟䌚化のモデルの察立を導き出した。このモデルの察立の摘出は、非垞に重芁な問題提起であり、ずくにこれがカタストロフぞの察応策ずしお提案されおいるこずで、この問題提起を軞に新たな察応策が怜蚎されるべきだろう。
「぀たり、銀行や負債経枈の暩力システムを救うために、山のように積み重なった負債をだれが払うのかずいう問題である。新自由䞻矩暩力ブロックの答えは蚀うたでもない。囜家や國民に抌し付けるずいうこずだ。しかし状況は、もはや新自由䞻矩の未熟な魔法䜿いたちでは、コントロヌルできなくなり぀぀あるのだ」同曞、146頁
䞻暩囜家の危機、ずいった問題は、債務者の集団的思考や行動力を前提にしおそれを超えた倧きな枠組みでの察抗策の提案が問われおいる。その際に、ラッツァラヌトは次のような珟状認識を披歎しおいる。
「私的負債は、垞に囜家の超越性の介入を必芁ずする。最終的に私的負債の埪環を可胜にし保蚌するのは、垂堎ではなく囜家の負債である。たずえば、貚幣造幣の私䌁業化民営化は新自由䞻矩者がもっずも恐れるもの、すなわち囜家の力の介入に必然的に行き着く。これはたさしく、珟圚の危機が明らかにしおいるこずだ。クレゞット信甚通貚の私的発行は、必ず囜家の介入を呌び寄せる。なぜなら、私的負債は内圚的な調敎垂堎の自動調敎がきかないからである。そしおそのずき、資本䞻矩の途蜍もない『狂気』を瀺す驚くべきこずが出珟する。぀たり、囜家の負債が、債暩者貞し手ずその代衚者による投機ず搟取の察象ずなり機䌚ずなるのである。圌らは、明らかに圌らに救いの手を差し䌞べおくれたものを、システマティックに砎壊しにかかる。民衆統制の基盀の䞀぀、囜民囜家ずその行政府を掘り厩すこの『狂気』を、われわれはどう考えたらいいのだろうか。私は囜家の消滅を惜しむものではないが、これはそれですむ話ではない金融危機に次ぐ金融危機、われわれは氞続的な危機状態に入っおいるのである。この単なる“危機”ずいう抂念ではずらえきれない状態を、『砎局カタストロフ』ず呌ぶこずにする。」同曞、157頁
この考え方は、冒頭で玹介した、『資本の専制 奎隷の反逆』に収録されおいるむンタビュヌ「資本の戊争的本性ずその回垰」ではいっそう深化され、「今日のペヌロッパに導入され぀぀あるのは戊争の䜓制です。」『資本の専制 奎隷の反逆』、59頁ず衚明されおいる。ラッツァラヌトは今回の砎局を二぀の䞖界倧戊になぞらえ、それらにおいおは怍民地支配であったものが、珟圚では囜内の債務者からの収奪に代わっおきおおり、資本はいたや囜内戊争を組織しおいるずいうわけだ。たさしく資本自䜓が暎力階玚ずしお立ち珟れおいるのだ。

第3章 新たな階玚闘争論構築に向けお

ラッツァラヌトの新たな階玚闘争論
 『借金人間補造工堎』の「おわりに」では、「新たな階玚闘争の地平ぞ」ずいうタむトルで、冒頭次のような提案がある。
「闘いが始たる政治的空間は、絶察に囜民囜家の空間ではない。負債は、囜境や囜籍など問題にしない。負債は、䞖界経枈の次元においお債暩者ず債務者しか知らない。これず同じ理由で、負債はたた、『普遍的債暩者』ずしおの資本の氎準で政治を思考するこずを求め、旧来の劎働や雇甚の捉え方ずは異なった芖芚をも぀こずを芁請する。負債は、䞀般に巊翌がその思考ず行動のパタヌンを組み立おる、雇甚倱業、就業者非就業者、生産に埓事するもの生掻保護を受けるもの、䞍安定的就業者非䞍安定的就業者、ずいったものの間の分裂を乗り越えお機胜する。借金人間の盞貌は、瀟䌚党䜓のなかで暪断的に䜜動し、新たな連垯ず新たな協働を呌び起こす。われわれはたた『自然ず文化』の暪断性に぀いおも思考しなければならない。なぜなら、新自由䞻矩は、われわれが地球や生き物ずしおのわれわれ自身に察しお創った負債を、さらに重くのしかかるようにしたからである。
 階玚闘争の掻性化にずっお䞍可欠の条件は、いかに粟巧な政治理論でも、別々に詊行し続けおいる䞉぀のもの――政治的なもの、瀟䌚的なもの、経枈的なもの――を暪断しながら再構成する『民䞻䞻矩』を最発明するこずである。なぜなら、負債はすでにこの䞉぀を接合し、これを動的に動かす装眮の䞭に統合しおいるからである。負債経枈は、フヌコヌが瀺唆した統治様匏を十党たるかたちで実珟したように思われる。」『借金人間補造工堎』、202頁
 このように、2011幎の段階では、「民䞻䞻矩」の最発明ずしお問題をずらえおいた。そしお次のような闘争様態を描いおいた。
 「最も緊急に求められる詊みは、工業瀟䌚の䞭でストラむキが有しおいた封鎖の有効性をも぀ような闘争様態を想像し実隓するこずである。資本䞻矩の叞什郚の脱領土化の珟状は、われわれにそれを匷いる。資本家ず統治者の頑迷な頭には、危機の蚀葉ず闘いの蚀葉しか届かない。」同曞、203頁
 しかし、その埌のペヌロッパの政治過皋は、ラッツァラヌトのこのような提案を実珟䞍胜にするような圢で展開された。『資本の専制、奎隷の反逆』での廣瀬玔のむンタビュヌのタむトルは「資本の戊争的本性ずその回垰」であり、そこで、ラッツアラヌトは次のように述べおいる。
「䜏民にたいしお戊争がなされる時代が到来しおいたす。ギリシャに察する通貚政策はあからさたに『戊争』ずしお展開されたした。金融資本は経枈的政治的メディア的装眮を有しおいたすが、ギリシャではそれらの装眮を歊噚に䜏民に察する攻撃を行いたした。ギリシャで起きたのは埓来の『階玚闘争』ではない。資本家ず劎働者ずの察立ではなく、資本ずその瀟䌚的圢態ずによる䜏民に察する攻撃なのです。シリアに目を移せば、こちらでもたた囜家間の戊争がもはや問題になっおいないこずは明癜です。戊争は瀟䌚の内郚で起きおいる。」『資本の専制、奎隷の反逆』、60頁
この皮の戊争は、以前からあり、「怍民地戊争は圓時からすでに囜家間戊争ではなく、垞に䜏民に察する戊争であり続けおきたした。」同曞、61頁ず指摘したうえで、この倉化を資本の産業資本から金融資本ぞのヘゲモニヌの移行ずしお䜍眮づけ、さらに金融資本の制芇は、二床の䞖界倧戊の原因であったこずを想起したうえで次のように述べおいる。
「資本ず劎働ずの劥協的䜓制は60幎代から70幎代にかけお危機に陥りたすが、資本はこの危機を利甚しお金融資本モデルぞの回垰を果たすのです。二぀の倧戊を導いたモデル、戊争のモデルぞの回垰です。金融資本が戊争を必然的に導くのは、それがいたるずころに『無限』を導入するものだからです。生産にも消費にも無限を導入し、無限の収奪を組織する。リベラリズムずは収奪の無限化のこずにほかならず、この無限収奪を進めるために必芁ずされるのが戊争のロゞックであり、危機のロゞックは完党に捚おられるこずになる。」同曞、66頁
ただし、戊争モデルぞの回垰ずいっおも、倧囜間の総力戊戊争ずは違い、圓時の怍民地戊争が今日の金融資本による戊争のモデルずなっおいる。
「今日の資本は生産ぞのいかなる貢献ももはやしおいない。負債のメカニズムによっお富を捕獲するだけずなったのです。
 䜏民によっお生産された富をその生産過皋にいっさい貢献するこずなしに玔粋に倖郚から捕獲するずいう手法は怍民地䞻矩のそれであり、これこそがたさにギリシャ䜏民にたいしお負債を通じお行われおいるこずです。」同曞、63頁
 今日の資本のこのような動きは、階玚闘争の倉容をもたらしおいる。垂民瀟䌚のより良い発展が期埅できないこずを知った倧衆は、極右政党の登堎に期埅しおいる。
「しかしこの状態からどう脱出すればよいのか誰にもわからない。誰も解決策を構想し埗おいない。」同曞、70頁
資本にずっおは、誰が囜家暩力を握ろうず、負債経枈の呜ずるずころを執行させるだけであり、負債経枈を制埡するこずは、ブルゞョア階玚も含め誰にもわからないのだ。もちろん巊掟もわからないのであり、「資本ず闘い埗るだけの『戊争機械』をどうすれば䜜り出せるのか、資本ず闘うためにはどのように階玚構成を組織化すればよいのかずいう問題は、68幎以来ずっず未解決にずどたり続けおいたす。」同曞、71頁ず、ラッツァラヌトは述べおいる。ただ、組織化に぀いお、いく぀かの芋解を衚明しおいるのでそれらを玹介しおおこう。たず瀟䌚民䞻䞻矩に぀いお。
「今日の資本による戊争はたさしく瀟䌚民䞻䞻矩の䞍可胜性、改良䞻矩の䞍可胜性、進歩の䞍可胜性によっお定矩されたす。資本ががくたちに察しお展開する戊争は、進歩によっおもたらされる富をみんなで分かち合うずいうこずそれ自䜓を䞍可胜にするものずしおある。」同曞、74頁
資本による戊争は、軍事力の行䜿ずしおではなく、経枈的なものであり、それが埓来の資本の䞋ぞの経枈的隷属ではなく、負債による経枈的奎隷制の匷化ずしおなされおいる。これは資本・賃劎働関係ずは別の、人々を暪断した攻勢ずしお仕掛けられおきおいるのだ。
「今日起きおいるこずはしたがっお1930幎代に起きたこずのカリカチュア的反埩だずも蚀えるかもしれない。すなわち、経枈危機があっお、それが䜏民の生掻に倧きな打撃を䞎え、その垰結ずしお極右が台頭するずいう流れであり、これがペヌロッパ党土にみられるずいうこずです。」同曞、76頁
 確かに、このようなアナロゞヌは理解しやすいが、単なる30幎代代ぞの回垰ではない。負債経枈がどのような階玚構成を生みだしおきたのか、ここからラッツァラヌトは持論を次のように展開しおいる。
「これたで『䜏民』ずしおがくが論じおきたのはこの新たな階玚構成のこずであり、負債政治がその攻撃察象ずしおいるのはこの新たな階玚構成であっお、埓来の劎䜿関係はもはや問題になっおいたせん。今日の資本は金融資本であっお産業資本ではないからです。金融資本は経枈的政治的メディア的装眮を通じお『䜏民』党䜓にたいしお力を行䜿する。攻撃されるのは劎働者だけではもはやなく、倱業者も䞍安定劎働者も幎金受絊者も含む『䜏民』党䜓なのです。資本はこれらすべおの人々の富を吞い䞊げ捕獲する。あくたでもこの新たな階玚構成を起点ずするかたちで、守りから攻めに転じるにはどのような組織化が必芁なのかを考えなければならない。巊掟諞政党は䟝然ずしお埓来の賃劎働者のロゞックを前提にしおいたすが、珟実には資本によっお賃劎働のロゞックはすでに解䜓されおしたっおいたす。たずえ今なお倚くの人が圢匏的には賃劎働者であり続けおいるにしおも、資本による富の捕獲はもはや賃劎働のロゞックに基づくものではありたせん。」同曞、78頁
 資本による䜏民に察する戊争が、軍事力ではなく、経枈的奎隷制の匷化ず、そのもずに人々を抌し蟌めおおく芏埋暩力の行䜿だずすれば、これに察する察抗はどのように組織されるべきだろうか。
「シリザやポデモスの登堎は興味深くはありたすが、しかしやはりそれはあくたでもひず぀の段階にすぎず、問題はいかにしおその先に進むかずいう点にありたす。新たな階玚構成を把握し、それにふさわしい組織化圢態を芋出さない限り、がくたちはい぀たでも守りから攻めぞず転じるこずはできない。40幎間ずっず、がくたちは資本からの䞀方的な攻撃に曝され続けおおり、䜕ひず぀勝ち取っおいない。」同曞、72頁
 ラッツァラヌトのこの痛切な呌びかけに答えお以䞋にいく぀かの詊論を提起しおみたい。

経枈危機恐慌ずカタストロフの違い
 資本䞻矩の危機は、マルクスが生きおいた時代は、呚期的な経枈恐慌ずしお存圚しおいた。マルクスは圓初は経枈恐慌を革呜のチャンスず芋おいたが、やがおそれは資本䞻矩による過剰な生産の匷行的調敎過皋であるこずを知り、恐慌を革呜ず結び぀けるこずをやめた。マルクス死埌、1870幎代になるず、恐慌からの回埩が埓来のように奜況ずはならず、䞍況が続いたこずで倧䞍況ず呌ばれ、固定資本が巚額な重工業が台頭し、金融資本の成立のもずでの恐慌の圢態倉化ずしお泚目されおきた。
 倧䞍況があけたベル゚ポックからは、りォヌル街を䞭心ずするアメリカ資本䞻矩が台頭し、ヒルファヌディングが分析した金融資本ずは別皮の独占資本が、䞻ずしお蚌刞垂堎ず投資銀行によっお圢成され、第䞀次䞖界倧戊埌に1929幎の䞖界恐慌を招き寄せた。ニュヌディヌル政策で察応したアメリカは、しかし、䞍況から抜け出せず、第二次䞖界倧戊によっお、やっず経枈埩興し、戊時ブヌムに沞くこずになる。アメリカの独占資本ず蚌刞垂堎の分析は、本誌特集、小林論文参照
 二床の䞖界倧戊はブルゞョア支配階玚の内郚にも恒久平和を求める分掟を生み、ブレトン・りッズ協定に実っおいくが、しかし、゜連ずの察抗関係で冷戊がはじたり、戊埌䞖界の秩序ずなっおいった。いわゆるフォヌディズムず呌ばれた米欧の戊埌犏祉囜家䜓制である。そのもずで、フリヌドマンらの新自由䞻矩者は資本家階玚のために新たな階玚闘争を組織しはじめ、犏祉囜家䜓制を掘り厩しお、゜連厩壊以降䞖界制芇を成し遂げた。しかし、それは奇劙な資本䞻矩だった。ラッツァラヌトが負債経枈ず呌ぶその䜓制は、40幎でカタストロフを迎えたのだ。ブレトン・りッズ䜓制の解䜓に぀いおは、本誌特集、怿論文参照
 2008幎のリヌマンショック以降の経枈は、埓来の恐慌埌の経過ずは異なり、資本䞻矩にずっおの危機からの回埩の凊方箋が描けないような事態に陥っおいる。ただ負債を増やす続けるこずによっおしか生き延びられないこの資本䞻矩は、カタストロフのなかにあるず芋た方が珟状に則しおいるし、察応策も考えやすい。グロヌバリズムの分析に぀いおは、本誌特集奥村論文参照
 カタストロフずいっおもいろいろあるが、問題は資本のカタストロフであるずいうこずだ。これを抌さえないず、瀟䌚、経枈、政治におけるカタストロフも読み解けない。資本のカタストロフがどのようなものであるかを明確に分析するこずが倧事だ。それは利子生み資本のカタストロフであり、利子生み資本がこれたで果たしおきた、資本家階玚党䜓の䞀般的資本ずしおの果たすべき機胜を、珟圚では果たせなくなっおいるずいうこずだ。資本制的倖皮の瀟䌚化の行き着く先で、瀟䌚化が持぀公共性を倱い、富の赀裞々な私物化がなされおいるずいうこずだ。
 利子生み資本におけるカタストロフは、G・・・G'ずいうその埪環過皋に、貚幣資本家ず機胜資本家ずいう、資本家同士の貚幣の貞借が党䜓のなかでのシェアを倱い぀぀あるずころから生じおいる。グロヌバル資本垂堎における高利資本のヘゲモニヌは、1980幎代のナヌロ垂堎におけるシンゞケヌトロヌンがもたらした环積債務危機にはじたり、1990幎代の倖囜為替危機に匕き継がれ、2008幎のリヌマンショックにいたる過皋で確立された。金融商品の歎史的分析は、本誌特集、斎藀論文参照
それは膚倧な貞付け可胜な䜙剰貚幣資本をグロヌバル資本垂堎に呌び蟌んだこずによっお、負債を増やし、それを元手にゞャンク債を䜜り続けないず資本垂堎が厩壊する、ずいう珟実を招来し、こうしお利子生み資本はカタストロフを招き寄せ、これが今日の資本のカタストロフの内実ずなっおいるのだ。境毅「グロヌバル資本垂堎での高利資本のヘゲモニヌ」『進歩ず改革』月号http://www.office-ebara.org/modules/weblog/ 参照

資本䞻矩を超える運動の芁ずしおの革呜埌の政治
 こうしお利子生み資本のカタストロフを芁因ずする今日の資本のカタストロフは、人々に、資本䞻矩を超えるこずをある意味で匷芁しおいる。これは資本䞻矩が共産䞻矩の物質的条件を぀くりだしたこずであるのだが、しかし埓来の共産䞻矩ではこの時代の芁請に応えるこずができおはいない。共産䞻矩のリニュヌアルが問われおいる。この課題に぀いおは別皿を準備しおいるが、ここではすでに提起したこずをたずめおおきたい。
 私は拙著『「資本論」の栞心』序文で資本䞻矩を超えるプロゞェクトの提案をした。それをここで匕甚しよう。
「資本䞻矩を超えたい、これが今日、人々の切実な願いずなっおいたす。『もう䞀぀の䞖界は可胜だ』、この蚀葉は広くゆきわたりたした。しかしそこに至る道筋は䞍透明です。私は埌蚘に曞いたように、゜連厩壊盎前にその原理的根拠に気付きたした。商品からの貚幣生成が商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為にあり、商品・貚幣をなくすこずはプロレタリアヌト独裁の囜家暩力の意志的行為には手におえたせん。したがっお、商品・貚幣・資本の廃絶を展望する共産䞻矩運動は、この共同行為を䞍必芁ずする亀易関係を迂回しお䜜り出すこずが必芁だずいう提案をしたした。この提案はいただ日本の巊翌には受け入れられおいたせん。しかし、この間の䞖界の運動はたすたすこの提案の具䜓化の必芁性を感じさせおいたす。そこで今回の出版にあたり、その趣旚を資本䞻矩を超えお『もう䞀぀の䞖界』を創りだすずいう芳点で、あらゆる領域から超える可胜性を探る詊みを理論的、実践的に解き明かすプロゞェクトの開始を宣蚀したいず考えおいたす。このプロゞェクトは次の五点の確認から始たりたす。
䞀資本䞻矩を超えるこずが課題ずなっおいる。
二そのためには、瀟䌚のあらゆる領域から超えおいくデザむンずプログラムずが構想され、それにもずづいた取組みがなされなければならない。
䞉倚数のプロゞェクトが必芁である。しかしそれは䞖界䞭の意志ある人々の党員参加のプロゞェクトでないず成功しないだろう。校正ミスをで補充
四資本䞻矩を超えるずいう問題意識をそれぞれの持ち堎で具䜓化しおいくこず。
五差異を力に倉えうる組織を生み出すこず。」『「資本論」の栞心』情況新曞、910頁
珟圚の地平は、゜連厩壊埌の新自由䞻矩の垭捲がもたらしたカタストロフであり、これは経枈危機のように埪環するのではなく、長期に続く過皋ずなる。 
共産䞻矩のリニュヌアルが問われおいるが、その基本的内容は、゜連厩壊の総括 文化
を基準にした政治 シンクタンク掻動 迂回䜜戊における陣地戊の䜍眮づけ、等々ずしおこれたで提起しおきた。これたでの私自身の関連文献は、抎原均の公匏ホヌムペヌゞ、バラキン雑蚘http://www.office-ebara.org/modules/weblog/ に揚げおおく。
最近の䞭接共同䜓玛争の経隓から、陣地戊ずしおの共同䜓運動にあっおは、革呜埌の政治が問われるこずが刀明した。差異を力に倉えうる組織論の前提に、革呜埌の政治を獲埗するこずがあるのだ。この点に぀いおも別の機䌚に提起したい。
2016/08/17

Author: ebara (12:07 pm)
グロヌバル資本垂堎での高利資本のヘゲモニヌ

以䞋の論文は『進歩ず改革』月号に寄皿したものです。もずもず『情況』・号金融特集甚に準備しおきたものですが、こちらに寄皿したした。『情況』掲茉論文ずセットでお読みください。



グロヌバル資本垂堎での高利資本のヘゲモニヌ

はじめに
 急遜線集郚から寄皿䟝頌を受けた。私は、昚幎は瀟䌚運動事兞『既成抂念をぶち壊せ』晃掋曞房、発売䞭の線集に関わり、7項目商品、お金、銀行、金融、負債、官僚制、非正芏・掟遣劎働を曞いた。これらの項目で既成抂念をぶち壊す詊みを行うこずで、リヌマン・ショック以降に倉化しおいるグロヌバル資本垂堎の謎解きの準備ができた。そしお本皿第2章の曞評で、高利資本のヘゲモニヌずいう芳点を確立し、そしお第1章の芖点にたどり着いた。最埌に第3章ずしお、䞭間的たずめを行なった。読者の皆様からの批刀、ご意芋をお埅ちしおいたす。

第1章 グロヌバル資本垂堎分析の芖点
ルネサンス研究所関西5月䟋䌚報告より

信甚制床における暗号の解読
 本日の報告内容は、実は80幎代半ばに「信甚商品」論を提起し、信甚における情報の暗号化をどう読み解くかで苊劎し、解けなかったたたたであった論点が、今幎の3月にその糞口に気付いお以降の考察である。80幎代半ばから埌半には、私は、䞀方でマルクス『資本論』初版本文の䟡倀圢態論を研究し぀぀、他方では倧谷犎之介の考蚌による『資本論』第䞉巻、マルクスの利子生み資本草皿を研究しお、圓時の倉動盞堎制に移行しお以降の架空資本が跳梁する信甚珟象を解明しようずしおいた。圓時予定しおいた著䜜は「䟡倀圢態・物象化・利子生み資本」であったが、利子生み資本の郚分を完成できず、『䟡倀圢態・物象化・物神性』1990幎ずしおたずめざるをえなかった。
 その埌は倧谷犎之介の考蚌が進んでいないこずもあっお、利子生み資本研究はずっず䞭断したたたであったが、リヌマン・ショック以降研究を再開したずころ、倧谷の考蚌はすべお終わり、その業瞟がネットからダりンロヌドできるこずが分かっお、遅遅たる歩みではあるが『資本論』の利子生み資本研究を続け、いく぀かの論文を発衚しおきた。ずはいえそれはただ第䞉巻の゚ンゲルスの線集の問題点の解明ず、゚ンゲルス・ヒルファヌディングに䟝拠しおいた日本の信甚論の通説宇野理論にも正統掟理論にも共通しおいるぞの批刀のレベルにずどたり、珟実の分析ずは皋遠いものであった。
 䞀応マルクスの草皿の党䜓像を自分の頭の䞭で描き出すこずが可胜ずなったず刀断し、マルクスの草皿の線集をしようず努力しおみたが、これは盞圓の時間を芁するこずに気付き、この䜜業を珟状分析ずの同時進行で行おうず考え始めたのが数幎前のこずだった。そしお、リヌマン・ショック以降数幎た぀ず、この恐慌に察する研究論文も出始め、自分なりの考えをたずめるための玠材も収集出来おきた。こうしお調査研究プロゞェクトの構想を䌁画案2016幎2月7日ずしお立おるこずができた段階で、高利資本を根に持぀金融商品が債刞垂堎に登堎しおそれらが䞍良資産化しおいるずいう事実ず、その埌始末ずしおの䞭倮銀行による前䟋なき芏制緩和の展開をどう捉えるかずいう問題に盎面したずきに、利子生み資本ず高利資本のヘゲモニヌ争いにおける埌者の優䜍性、ずいう芳点にたどり着いたのだ本皿、第2章参照。
 この芳点からすれば、すでに1980幎代の环積債務危機を招いた、ナヌロカレンシヌ垂堎のシンゞケヌトによる゜ブリンロヌンからしお、貞付けられた貚幣が資本ずしお機胜するずいうよりも、王䟯貎族ぞの貞付を行っおいた高利資本ず同じ機胜を果たしおいた。そしお、債務䞍払いに盎面し、これをブレディ債負債の株匏化ずいう事埌策で乗り切ったが、それがたた次のアゞア通貚危機以降の通貚危機を招き、それ以降はアメリカによる資金の「垝囜埪環」で歎史䞊なかった株高が実珟され、ITバブルに぀ながったのであるが、この経過がリヌマン・ショックに぀ながっおいる。぀たりグロヌバル資本垂堎は1980幎代から高利資本のヘゲモニヌが貫培し、それをあたかも近代的利子生み資本が぀くりだす近代的信甚制床であるかのごずき幻圱的圢態が生み出されおいたのだ。近代的信甚制床ずいう情報の暗号化の本圓の意味は高利資本のヘゲモニヌの貫培ずいうこずだったのだ。
泚
倧谷犎之介の劎䜜は、最近単行本ずしお出版された。『マルクスの利子生み資本論』党4巻、桜井曞店。お䞖話になったものの䞀人ずしおお祝いしたい。
資本制的倖皮の瀟䌚化
 私は拙著『䟡倀圢態・物象化・物神性』で、劎働の瀟䌚化を䞊回る資本制的倖皮の瀟䌚化を資本䞻矩の延呜の根拠ず捉えた。この芋地からすれば、高利資本のヘゲモニヌは、それが資本制的倖皮の瀟䌚化を実珟する限りで珟実性をも぀。たずえば貚幣論における金廃貚論の登堎は、金本䜍制や、金鋳貚の存圚を金が貚幣であるこずの根拠ず考え、商品の貚幣圢態が金を貚幣にするずいうこず自䜓を考慮せず、したがっお貚幣の䟡倀尺床機胜が解けないずいう匱点をも぀。
 そもそも貚幣金にすれば、金本䜍制であるずか金鋳貚などは、人間が勝手に造ったもので、自身の本性ずは関係ない事柄である。金が貚幣であるこずの本質は、商品による人栌に察する意志支配が、商品の貚幣圢態を商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為でもっお実珟させるこずによっお、諞商品が金を貚幣にしおいるずいうずころにある。しかし、これは人間によっおは把握䞍可胜な、超感性的な珟象圢態なのだ。だから、人間は、金が貚幣であるずいうこずの蚌拠に人間の玄束事を持ち出し、それがなくなったから金は貚幣ではないずいう議論をせざるを埗ないのだが、しかし、それは、人間の勝手な憶枬にすぎない。繰り返せば、人間は商品の貚幣圢態に関しおは、珟象圢態ではなく幻圱的圢態でしか認識できないので、この幻圱的圢態にもずづいおの玄束事しか造りだせないのだ。
 もずもず金属貚幣は、囜際取匕で䜿甚されおいた。共同䜓ず共同䜓ずの間にたずは䞖界貚幣が登堎したのだ。叀代バビロニアのハンムラビ法兞には、共同䜓内郚の䟡倀尺床は小麊だが、他囜ずの亀易は金・銀などの金属が䜿甚されおいたこずを蚘述しおいる。ちなみに、私は共同䜓内郚での小麊は、貚幣ずしお機胜したずいうよりも人為的な䟡倀尺床であり、その䟡倀尺床機胜は、共同䜓内郚では、䟡倀圢態を通した異皮劎働生産物の具䜓的劎働の等䟡商品による瀟䌚的抜象化ずしおの貚幣の第䞀の機胜ずしおは存圚しおいなかった。はじめから劎働時間は共同䜓内郚では知られおおり、したがっお小麊の䟡倀尺床機胜は貚幣による内圚的䟡倀尺床機胜ずは異なり、倖圚的䟡倀尺床だったず考えおいる。共同䜓では䟡倀の実䜓ずしおの抜象的人間劎働はただ出珟しおはいないのだ。
 䞖界垂堎における金本䜍制が、ドル為替本䜍制金ドル亀換ずなり、その埌倉動盞堎制に移行しおいくのは資本制的倖皮の瀟䌚化であり、金が䞖界貚幣ではなくなったこずを意味しおはいない。にもかかわらず、金廃貚論は、ドルがなぜ囜際通貚ずしお通甚しおいるのかずいう問いに翻匄されおきた。しかし、䞖界䞭の商品生産者たちが、亀換過皋で金ずなら自分の商品を亀換しおもいいずいう意志衚瀺を、無意識のうちでの本胜的共同行為ずしお実行しおいるがゆえに、諞商品は貚幣で亀換可胜ずなるのであり、この無意識のうちでの本胜的共同行為は、自分の商品に䟡栌を぀けるずいう意識された行動の裏面に、圓事者たちには感芚されはしない事態ずしおあるのだ。
 金が䟡倀尺床および蓄蔵手段ずしおの機胜以倖のそれ流通手段および支払い手段をすべお代理物に譲り枡したこず、これは資本制的倖皮の瀟䌚化の信甚制床䞊での進展の結果である。銀行における支払い決枈システムの電子化ず、絊䞎振り蟌みや為替の銀行口座の利甚、さらには、預金蚌ずしおの銀行刞の流通がこの倖皮の瀟䌚化の成果である。グリヌンスパンなどの実務家やコンサルは、金が貚幣であり、蓄蔵手段であるこずを熟知しおいる。孊者たちだけが幻圱的圢態に隙されお、金廃貚論やドル本䜍制論を展開しおきたのだ。
 
高利資本のヘゲモニヌからの脱华仮説ずしお
 金属貚幣が共同䜓ず共同䜓ずの貿易で䜿甚され、この貚幣䜿甚が、共同䜓に浞透しおいくずいう歎史的経過をふたえれば、貚幣・金融制床の改革は、それを逆手に取っお、囜際金融関係における改革からしか始たらないのではなかろうか。぀たり、商品・貚幣および資本ず信甚の制床が、資本制的倖皮の瀟䌚化の行き着く先にたで到達したずきに実珟されおいる、今日の囜際金融関係こそ匱い環ではないのか。これが今回新たに提案する内容である。
 その前にグロヌバル資本垂堎が圢成されおきた歎史的背景に関しお点描しおおこう。新自由䞻矩の政治的制芇がもたらした、珟代瀟䌚のあらゆる領域での資本制的倖皮の瀟䌚化の様盞は、ハヌノェむが蚀う、搟取ではなく収奪による蓄積を、原始的蓄積の再珟を、たったく異なる環境で実珟した。それは囜有䌁業「囜家独占資本䞻矩」の民営化に始たり、株匏䌚瀟をコヌポレヌト・ガバナンスにより株䞻䞻暩のもずで、劎働の搟取だけではなく、収奪の察象ずした。さらに幎金や保険で集積された貚幣資本を機関投資家による投機行動に委ね、過剰な貚幣資本をグロヌバル資本垂堎に呌び蟌んだ。これらの土台の䞊に、グロヌバル資本垂堎は、自らが生み出した金融危機や通貚危機の事埌凊理の過皋で、金融垂堎における芏制緩和による垂堎の成長を実珟するこずができた。
 この歎史的背景は、資本のヘゲモニヌが、産業資本や商業資本ずいった機胜資本ではなく、これらずは別の、他人の金で投機を行う信甚資本に移ったこずを意味しおおり、グロヌバル資本垂堎は信甚資本の蓄積の堎なのである。そしおその蓄積の堎に、貚幣が資本ずしお機胜する利子生み資本ずは異なる、高利資本が金融商品ずしお登堎させられ、これのリスクを瀟䌚に拡散する仕組みができあがっおしたったのだ。
 ではこの珟代のグロヌバル資本垂堎に察しおどう察応すべきか。IMF・䞖界銀行、BIS、等の囜際的な金融機関は、芏制をかけおいるが、しかし必ず抜け途があり、いずれ危機を再珟させるであろう。G7はそもそも䜕の備えも持おおいないし、G20では足䞊みがそろわない。そこでドルを基軞通貚ずする䜓制に䞍満をも぀諞囜が、リ゚タヌの提案する「グロヌバル基準通貚」リ゚タヌ『マネヌ厩壊』日本経枈評論瀟を採甚するこずを提案したい。この仕組みは倖囜為替垂堎を安定させるこずで、グロヌバル資本垂堎から投機の芁玠を制限し、か぀ドルの支配を匱めるこずで、高利資本を求める囜際過剰貚幣資本の流れを芏制可胜ずするであろう。

第2章 曞評 楊枝嗣朗「グロヌバル金融資本䞻矩の歎史的䜍盞」

楊枝嗣朗は、岡本悳也ずの共著論文「グロヌバル金融資本䞻矩の歎史的䜍盞」『季刊経枈理論』51å·»3号、所収第Ⅳ章「珟代金融システム論の芖座の転換」で、「䌁業生産金融優䜍から家蚈消費金融優䜍ぞ」ずいう副題を掲げおいる。楊枝の芖座は、珟実の資本垂堎における倉貌をふたえたもので、次のような事態を指しおいる。
「か぀お金融の䞻流である『䌁業生産金融』の陰に埋没しおいた『家蚈消費金融』が、䜏宅ロヌン、自動車ロヌン、消費者信甚のロヌン等の『蚌刞化』によっお『䌁業生産金融』ず䞊んで珟代の金融の二倧朮流に生成し、発展しおきたこずである。すなわち、珟代の金融システムは、『䌁業生産金融優䜍』から『家蚈消費金融優䜍』ぞ、『生産力』芖点から『消費力』芖点ぞずコペルニクス的転回を遂げたのである。」『季刊経枈理論』51å·»3号、26頁
楊枝説は、この事態を肯定的に評䟡しおおり、この評䟡は問題であり、逆ではないかず思われるが、次のような珟代資本垂堎の構成の倉化に぀いおの具䜓的分析は、共有すべきものである。
「米囜の資本垂堎に぀いお芋るず、1984幎12月の垂堎芏暡は、モヌゲヌゞ関係の商品玄2兆ドル31,6で、うちレゞデンシャルが1,5兆ドル、非レゞデンシャル玄5000億ドルである。その時点での株匏時䟡総額は2兆ドル31,6、瀟債玄5960億ドル9,3、政府関係蚌刞1,2兆ドル19,1、免皎債543億ドル8,5である。2幎埌の1986幎には商業䞍動産・䜏宅モヌゲヌゞデット゚クむティの芏暡は玄7,3兆ドル54,0瀟債・地方債は玄1,4兆ドル10,4、財務省蚌刞は玄1,8兆ドル13,3、株匏時䟡総額は玄3,0兆ドル22,2ずなっおいる。
 1990幎末の垂堎芏暡は、米囜債2兆3396億ドル、瀟債1兆7057億ドル、モヌゲヌゞ3兆8079億ドル、GSE債3937億ドルで、2002幎6月には、各々、米囜債3兆2131億ドル、瀟債6兆176億ド、モヌゲヌゞ7兆9679億ドル、株匏2兆1996億ドルである。ここでもモヌゲヌゞ蚌刞が最倧の項目である。金融危機の前幎2006幎には、米囜での非金融機関関係債務を芋るず、倧郚分がモヌゲヌゞからなる家蚈債務が44,3を占め、䌁業債務33,1、政府債務22,6である。
 米囜の貚幣垂堎でも、資本垂堎においお、家蚈ぞの金融モヌゲヌゞやモヌゲヌゞ担保蚌刞が最も倧きいシェアを占めおいるこずから、金融垂堎の構造倉化の䞭心は、『䌁業金融』から『家蚈金融・非䌁業金融仕組み金融』ぞの転回・䞊立、および埌者の優䜍であるず蚀える。」26頁
 家蚈債務が䌁業債務を凌駕する時代の資本垂堎の運動は、圓然埓来ずは異ならざるをえない。なぜなら、䌁業生産金融は利子生み資本の運動であるが、家蚈消費金融は高利資本の運動だからだ。おそらくこの高利資本を蚌刞化の技術によっお、利子生み資本に停装するこずで、資本垂堎ぞのアクセスを可胜ずしたのであろう。この点に぀いお、楊枝は䌁業生産金融に比べ、家蚈消費金融の「金融の仕組み性」の存圚を指摘しおいる。
「蚌刞化においお、䌁業金融の蚌刞化ず、非・䌁業金融の蚌刞化は、はっきりず区別される。前者は、たずモヌゲヌゞ蚌刞・商業䞍動産モヌゲヌゞ蚌刞・自動車ロヌン蚌刞・消費者ロヌン蚌刞等、資産金融の蚌刞化でくくられる。これら非・䌁業デットは蚌刞化により、資本垂堎ぞのアクセスをも぀こずができるようになる。そのため、䟋えば、『䞍動産金融においお、信甚リスクの刀断は、察象䌁業ではなく、䞍動産資産そのものが察象になる』ずいう点でも、無担保の方向に進んできた䌁業金融ず明確に区別され『金融の仕組み性』が重芁になる。」27頁
このような倉貌を遂げた資本垂堎においおは金融危機の衚れも倉化する。たずバブルの性栌に぀いお、それがシャドヌバンキングによっお担われたこずを指摘しおいる。
「金融垂堎は䌝統的な銀行業務においおではなく、資産担保金融の蚌刞化『シャドヌバンキング』の発展ぞず、急激な倉貌を遂げたのである。過去数癟幎の金融史を振り返っおみおわかるように、新しい金融むノベヌションは、倚くの堎合、その行き過ぎに因っお金融危機を将来しおきた。・・・・今回は、䌁業金融ではなく、家蚈金融におけるむノベヌションを基盀にしお危機が発生したわけである。」27頁
このような金融機関の担い手の倉化を螏たえ、楊枝は次のようにリヌマン・ショックを金融仲介の倱敗ずみなしおいる。
 「米囜が『グロヌバル・フィナンシャル・センタヌ』ずしお『情報生産』機胜で圧倒的な優䜍をもっおいるずいうこずは、すでに述べたように、この機胜が垞に倱敗しないずいうこずを意味しない。珟代の錬金術ずもいうべき金融仲介『過剰』機胜によっお、リヌマン・ショックにみられるような『金融仲介の倱敗』を倧々的に露呈しおしたったのである。米囜に集䞭した䞖界的な貯蓄は成熟囜の幎金基金、保険、銀行に代衚される『機関化』した倧衆の貯蓄であり、産油囜の石油代金、新興囜・途䞊囜の技家準備などからなる。」27頁
このようなリヌマン・ショックの原因をふたえ、以降の䞭倮銀行の非䌝統的金融政策量的緩和の必然性に぀いお次のように述べおいる。
「䞭倮銀行の『最埌の貞し手』機胜は䌁業から家蚈郚門ぞず前進した。自動車ロヌン、クレゞットカヌドロヌンは今やアメリカの家蚈郚門の消費生掻に䞍可欠な生掻のベヌスである。これをアメリカの家蚈郚門の過剰消費の枩床であるずの批刀はずもかく、家蚈郚門がこれらのロヌンを利甚し埗なくなるずいうこずは、䌁業郚門が運転資金の調達に支障をきたし、流動性危機によっお経営砎たんするようなものである。連邊準備制床理事䌚はこれらの消費者ロヌン、䜏宅ロヌンを担保ずした蚌刞化商品の買い入れ、担保ずした貞出、非䌝統的金融政策を実行した。䞭倮銀行の最埌の貞し手機胜は䌁業郚門から家蚈郚門ぞ前進したのである。バゞョットルヌルのコペルニクス的展開である。」28頁
 楊枝はこの非䌝統的金融政策によっお、以降の景気が持ち盎したこずで、これを奜意的に評䟡しおいる。しかし具䜓的に芋れば、前䟋なき金融緩和政策による家蚈郚門の救枈は、最終消費者を救枈したわけではなく、それを切り捚おお、䜏宅䌚瀟や金融仲介機関や、ロヌンで商品を販売しおいた倧䌁業などを救枈したのである。そしお民間の䞍良債暩を囜債で肩代わりするこずで新たな危機を準備したのだ。
 珟圚のこの消費者金融が量的に䌁業金融を凌駕した資本垂堎の分析にずっお、利子生み資本ず高利資本の本質的区別が重芁である。前者では利子は利最からの分配であるが、埌者では、消費者の将来の所埗の先取りである。利子生み資本は資本䞻矩を発展させるこずで瀟䌚の倉革を促進したが、高利資本は瀟䌚を停滞させる。いたこの蚌刞化された高利資本を救枈するこずで、最終消費者は切り捚おられ、しかも囜債の肩代わりによっお、利子の請求が圓事者だけでなくすべおの人々の肩に転化されるこずになり、そのこずで垂民瀟䌚の厩壊が始たっおいるのだ。これらの事柄を調査するこずが必芁である。

第3章 䞭間的たずめ

 リヌマン・ショック以降の各囜䞭倮銀行の前䟋なき芏制緩和は、぀いにれロ金利政策に行き着き、あずは打぀手がない状況を迎えおいる。この事態の本質は䜕か。䜙剰な資金がグロヌバル資本垂堎に膚倧に積み䞊がり、これがお金にお金を生みださせようずもがいおいる、぀たりG・・・G’の䞖界が異垞に肥倧したこずが珟圚の特城である。
 G・・・G’の䞖界は利子生み資本ずしお䞀括されおいるが、そのうちの近代的利子生み資本は、産業資本や商業資本に貞し付けられた貚幣のこずで、これは生産過皋や流通過皋で利最を生産し、この利最から利子が支払われるずいう仕組みで、それ自䜓氞続性があり、か぀資本䞻矩経枈を成長発展させるのに倧きな圹割を果たしおきた。
 近代的利子生み資本が銀行業の発展ずずもに瀟䌚的に確立しおいくず、株匏や囜債や地代のような定期的収入が埗られる資産に関しお、定期的収入を利子に芋立おお資本還元した擬制資本も、G・・・G’の䞖界に参入しおくる。これらは利子生み資本の掟生的圢態で囜債や瀟債や株匏が兞型的なもので、これらは蚌刞垂堎で売買されるこずになる。蚌刞垂堎は株匏垂堎ず公瀟債垂堎に分かれおいる。
 ずころでG・・・G’は資本䞻矩以前からあり、いわゆる高利資本の存圚は叀代瀟䌚にもみられる。珟代でも、サラ金等の消費者金融や䜏宅ロヌン、自動車ロヌン等巚額である。しかしこれらは蚌刞化されるこずはなく、これらの債務が流通するこずはなかった。しかし、サブプラむムロヌンを蚌刞化する技術を投資銀行が開発し、囜債や瀟債ず䞊ぶ蚌刞ずしお栌付䌚瀟がトリプルAを぀け、各囜の金融機関や機関投資家がこぞっおこれを買い入れた。しかし、䞀貫しお䞊昇しおきたアメリカの䜏宅䟡栌が䞋萜し、䜏宅ロヌンがらみの蚌刞が䞍良資産化するなかで、リヌマン・ショックにいたったのだ。
 埓来の金融危機は、倖囜為替垂堎や株匏垂堎における䟡栌倉動が原因だったが、今回は米囜の蚌刞垂堎が危機の発生源だった。しかも䞍良債暩化したのは消費者金融がらみの負債だった。倖囜為替垂堎での危機は、アゞア経枈危機やロシア経枈危機を招いたが、圱響は局地的だった。株匏䞋萜の堎合はブラックマンデヌの堎合のように、実䜓経枈の景気埪環ず関係ない堎合は容易に回埩する。しかし今回は䞖界䞭の䞭倮銀行を巻き蟌む圢ずなっおいる。
 これはなぜなのか。消費者の債務の䞍良資産化が起こり、アメリカでは䞍良債暩化した䜏宅ロヌン回収のため䜏民を远い出し、物件を競売にかけおいる。しかし、これの買い手も消費者だからこれがなかなか売れない。これもロヌンで売る蚳だから、金利を安くする以倖に打぀手がない。぀たり、消費者金融がらみの負債を増やさなければ珟圚のグロヌバル資本垂堎のシステムが成り立たない、このような事態が各囜䞭倮銀行の党䟋なき芏制緩和の背景にあるのではなかろうか。それにしおも本来高利をむさがる高利資本がマむナス金利で持続するのか。疑問は尜きない。
2016/08/17

Author: ebara (12:02 pm)
「革呜埌の政治」創造に向けお

調査研究プロゞェクト䞭接共同䜓調査䜜業仮説ず孊習資料

久しぶりの曎新です。「革呜埌の政治」の重芁性は、幎の歊装闘争の総括ずしお述べおきたこずですが、ここにきお、䞭接共同䜓の玛争を契機に新たな圢で提案するこずが可胜ずなりたした。それで、調査の䜜業仮説ず、このHPに掲茉枈みですが、どこにあるのかわからない関連論文を資料ずしおたずめたした。
ご怜蚎ください。


調査研究プロゞェクト䜜業仮説ず調査方法の提案

䞭接玛争孊習資料
資料目次、以倖はHP掲茉分を䞀぀にたずめたした

『「資本論」の栞心』2014幎3月情況新曞序文
21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案骚子2000幎1月4日
緊急の課題 1988幎12月
この15幎をふりかえっお 2001.2.10
70幎歊装闘争総括のたずめ的文曞『共産䞻矩』21号、1994幎
A 革呜の戊術に぀いおの提案
B プロレタリアヌトの独裁の継承に぀いお
C 文化を基準ずした政治


調査研究プロゞェクト䜜業仮説ず調査方法の提案

2016幎8月2日 境 毅

Ⅰ今回の調査の䜜業仮説

はじめに
もずもず今回の調査研究プロゞェクトで私にできるこずは、新たな階玚分析の芖点解明のための資本垂堎分析ず、倉化した瀟䌚のなかでの若者たちの珟状の分析だった。䞭接共同䜓および匁圓屋共同䜓の調査掻動を開始するにあたり、以前に空倢箱で数回の調査研究プロゞェクトの研究䌚をもったこずもあり、この二぀のテヌマを合䜓した圢で䜜業仮説を䜜った。

この調査で明らかにしたい事は「共同䜓における政治ずは」ずいうこずに尜きる。

時代認識
政治は、珟圚の垂民瀟䌚では資本家階玚の政治暩力によっお独占され、反察者は政治運動で抵抗する。反察偎の政治運動は、暩力の政治に察しお反察する集䌚やデモやストラむキずいった闘争手段を甚いる。19䞖玀埌半から、反察偎は政党を組織し、議䌚に代衚を送るようになったが、反察掟の政党政治の勝利であったロシア革呜が、90幎代初めの゜連の厩壊によっおその幕を閉じたずき、反察掟の政党政治は行き詰たり、新しい瀟䌚運動が台頭しおきた。
゜連厩壊で勝ち誇った資本家階玚は、新自由䞻矩政策を本栌化し、投機で蓄積する資本䞻矩の新しい段階を぀くり出したが、それが今や行き詰たり、カタストロフを迎えおいるが、しかし保守および反察掟の政党政治においおは解決策が打ち出されおはいない。
投機で資本蓄積する珟圚の資本䞻矩は、膚倧な䜙剰貚幣資本をグロヌバル資本垂堎に登堎させ、この貚幣資本が芁求するハむリスク・ハむリタヌンのゞャンク債を提䟛しなければ䜓制が継続しえない事態に远い蟌たれおいる。そしお、ゞャンク債を新たに䜜るために、あらゆる領域から新たな負債を぀くり出すこずが絶察的に芁求され、各囜䞭倮銀行は前䟋なき芏制緩和を継続するこずでこの芁求に埓っおいる。
しかし、このような事態は、働く人々にたすたす倚くのロヌンを背負わせるこずを意味しおおり、人々は埓来保障されおきた賃劎働者ずしおの諞暩利を奪われ、「経枈的奎隷制」に組み蟌たれおいる。このような事態が、2倧政党政治の終焉ず、ナチス的右翌政党の台頭、巊掟の再結集あたり頌りにならないがをもたらしおいる。

珟圚における政治の意味
 政治ずは暩力偎が行䜿するものではなく、反察掟もそれを行䜿する。ロシア革呜はプロレタリアヌトの政党が暩力を奪取し、プロレタリアヌト独裁を実行しお共産党が政治の䞻䜓ずなった。そのずきに、革呜前の反察掟時代の政治や、たた圓時のツアヌ暩力の政治ずは異なる政治が「革呜埌の政治」ずしお展開されるべきであった。しかしその期埅は裏切られ、反察掟時代の党掟政治から抜け出せず、囜家の死滅ず党の死滅ずいう理念は実珟されないたたであった。
 今日資本䞻矩がカタストロフを迎えおいるにもかかわらず、反察掟がなすすべもないのは、根本的には、反察掟が「革呜埌の政治」に無関心であり、それを実珟しようずはしおこなかったこずの垰結ではなかろうか。

「革呜埌の政治」はどこにある
 資本䞻矩を超えるプロゞェクトずしお構想され、日本型の゜ヌシャルセンタヌずしお準備された䞭接共同䜓、そしお、2月から始められた匁圓屋共同䜓、これらの詊みは「革呜埌の政治」の居堎所でなければならなかった。しかしそこでの玛争で実際に起きたのは、叀い党掟政治であり、その垰結ずしおの共同䜓の解䜓であった。
 共同䜓にもいろいろあるが、䞭接共同䜓は、資本䞻矩を超えるプロゞェクトずしおの意矩を持っおおり、そのような共同䜓は、おのずからある皮囜家の類䌌物ずなり、革呜埌の瀟䌚のいた・ここでの出珟ずいう意矩を持っおいる。だからここに「革呜埌の政治」が登堎すべきであり、育たれるべきであった。

政治ずは
 「革呜埌の政治」ずいう芋識に立おば、政治の芋え方も倉わっおくる。たずは共同䜓の党員が政治的䞻䜓であるずいうこずだ。政治の本質は、同意によろうが匷制によろうが、他人の意志の領有である。それを機胜的に芋れば、集団の意思決定の過皋である。なぜこのような政治が革呜埌の瀟䌚だけでなく、珟圚の共同䜓にも必芁なのかず蚀えば、資本䞻矩を超えるこずをめざした共同䜓では、理念だけでなく、そこにおける共同生掻に必芁な業務の遂行や問題の凊理に぀いおの集団の意思決定が問われ、それを実珟するものこそが「革呜埌の政治」であるからだ。このような政治が問われおいるずきに、旧来の政党政治が持ち蟌たれたら、集団そのものの解䜓にいたるこずは火を芋るよりも明らかである。

「革呜埌の政治」の特城
 共同䜓における新たな政治ずしおの「革呜埌の政治」に぀いおいく぀かの特城をあげおおこう。共同䜓のメンバヌは䞀人䞀人が政治的䞻䜓であり、政治的行為の䞻䜓である。政治的行為は他者ずの間で繰り広げられるある皮の力孊関係を圢成する。だからたずは、政治的行為者は、自らの政治が他者に䞎える圱響を考量し、その圱響に察しお責任を持぀ずいう芖点が必芁である。
぀たり、「革呜埌の政治」においおは、たずもっお共同䜓における協同の実珟ずいう目暙を基準にすべきである。そのためには、他者に察する配慮が必芁であり、他者の足りないずこずを補うずいう文化に自らの政治的行為を埓属させるべきなのだ。このような政治は、自治ず協同を実珟するが、しかし、自治ずいうず政治的行為から切り離された仕組みずしお理解される恐れがあり、あえお「革呜埌の政治」を䞻題にしたい。

Ⅱ調査方法

いく぀かの原則
この調査は、研究者が察象を調査するずいう普通のやり方は退けたいもちろんやりたい人はやればいい。䞭接共同䜓のメンバヌが皆政治的䞻䜓であるのだから、それぞれが調査䞻䜓である。
「革呜埌の政治」は、共同䜓の維持のための䞍可欠の条件であるのだから、それぞれの政治的䞻䜓が、自らず関係他者の政治に぀いお調査し、そこから自らにずっおの「革呜埌の政治」を぀くり出す実践ずしお自己展開すべきである。
共同䜓のメンバヌが、「革呜埌の政治」を䜓埗するこずで、集団的な有機的知識人が圢成されるであろう。いったん厩壊した匁圓屋共同䜓の厩壊の総括は、この調査掻動によっお、たず䞭接共同䜓のレベルアップをはかるずころからしか始たらないず思われる。
もちろんそれぞれが、たったく別の䜜業仮説を䜜っお調査するこずは自由である。

調査掻動のルヌル
私が配信しおいる調査研究プロゞェクトの情報ネットワヌクは、今回の調査に圓たり、必芁ずするすべおのメンバヌに開攟する。情報をこのネットワヌクに掲茉したい人は、私宛にその旚連絡するこず。
ネットワヌクに掲茉する情報は、調査掻動ずしおの情報でなくずもいいし、単なる意芋でもかたわない。
調査研究プロゞェクトにそれぞれグルヌプを䜜っお調査するこずも必芁だろう。


䞭接玛争孊習資料

2016幎6月18日 調査研究プロゞェクト 境 毅

資料線纂に圓たっお

 私は2014幎に瀟䌚センタヌ研究䌚を呌びかけ、以降若者たちず日本における瀟䌚センタヌづくりを詊みおきたした。この研究䌚は途䞭で゜ヌシャルセンタヌ研究䌚ず名称倉曎し、今幎の初めには、研究䌚を改組しお、䞍可芖委員䌚の『来るべき蜂起』茪読䌚を開始し、以降は調査研究プロゞェクトを立ち䞊げお䞭接に関わっおきたした。私がなぜ、どのような芳点から関わっおきたかに぀いお、私の過去の諞文曞を䞀぀にたずめお公開したす。
 以䞋に掲茉する諞文曞は、70幎の歊装闘争の敗北埌、その総括をもずに新たな運動提起をめざしお郜床䜜成しおきたものです。順番から蚀えば、1988幎12月に発衚した「緊急の課題」が最初で、これに『共産䞻矩』21号に掲茉した文曞が続きたす。䞖玀末にはア゜シ゚21関西が結成され、その勢いをかりお、「21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案骚子」をたずめたした。しかし期埅したア゜シ゚21関西は厩壊し、NAMができたしたが、私はNAMにはかかわっおいたせん。再び理論掻動に舞い戻り、政治・文化講座PC講座を再開したしたが、その時に「この15幎をふりかえっお」ずいう報告をし、この文曞ず関連文曞はHPに掲茉しおありたす。
 正盎蚀っお、私の目の黒いうちに、マルクス埩暩があるずは思っおもいたせんでした。しかし、今䞖玀に入っお新自由䞻矩の、特にグロヌバル資本垂堎の匊害が垂民瀟䌚解䜓ぞず向かう䞭で、リヌマンショックが起き、ロヌマ法王たでもがマルクスを匕き合いに出すような時代が蚪れおきたした。たた3.11以降、日本でも倧衆運動が埩掻しおきたした。それで急遜たずめたのが『「資本論」の栞心』2014幎3月です。この本の序文は最初に掲げたしたが、共産䞻矩のリニュヌアルず、資本䞻矩を超えるプロゞェクトを提案しおいたす。私が2014幎に瀟䌚センタヌ研究䌚を呌びかけ、参加したメンバヌず䞀緒に぀くり出そうずしたものは、この序文の内容です。
 これらの諞文曞に぀いおのご質問、ご意芋は、境宛メヌルでくだされば誠実に察応いたしたす。

資料目次

『「資本論」の栞心』2014幎3月情況新曞序文
21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案骚子2000幎1月4日
緊急の課題 1988幎12月
この15幎をふりかえっお 2001.2.10
70幎歊装闘争総括のたずめ的文曞『共産䞻矩』21号、1994幎
A 革呜の戊術に぀いおの提案
B プロレタリアヌトの独裁の継承に぀いお
C 文化を基準ずした政治


拙著『「資本論」の栞心』2014幎3月情況新曞序文

䞀 資本䞻矩を超える
 資本䞻矩を超えたい、これが今日、人々の切実な願いずなっおいたす。「もう䞀぀の䞖界は可胜だ」、この蚀葉は広くゆきわたりたした。しかしそこに至る道筋は䞍透明です。私は埌蚘に曞いたように、゜連厩壊盎前にその原理的根拠に気付きたした。商品からの貚幣生成が商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為にあり、商品・貚幣をなくすこずはプロレタリアヌト独裁の囜家暩力の意志的行為には手におえたせん。したがっお、商品・貚幣・資本の廃絶を展望する共産䞻矩運動は、この共同行為を䞍必芁ずする亀易関係を迂回しお䜜り出すこずが必芁だずいう提案をしたした。この提案はいただ日本の巊翌には受け入れられおいたせん。しかし、この間の䞖界の運動はたすたすこの提案の具䜓化の必芁性を感じさせおいたす。そこで今回の出版にあたり、その趣旚を資本䞻矩を超えお「もう䞀぀の䞖界」を創りだすずいう芳点で、あらゆる領域から超える可胜性を探る詊みを理論的、実践的に解き明かすプロゞェクトの開始を宣蚀したいず考えおいたす。このプロゞェクトは次の五点の確認から始たりたす。
䞀資本䞻矩を超えるこずが課題ずなっおいる。
二そのためには、瀟䌚のあらゆる領域から超えおいくデザむンずプログラムずが構想され、それにもずづいた取組みがなされなければならない。
䞉倚数のプロゞェクトが必芁である。しかしそれは䞖界䞭の意志ある人々の党員参加のプロゞェクトでないず成功しないだろう。校正ミスをで補充
四資本䞻矩を超えるずいう問題意識をそれぞれの持ち堎で具䜓化しおいくこず。
五差異を力に倉えうる組織を生み出すこず。
 これたで䜓制遞択の問題ずしおは、囜家暩力を奪取しお瀟䌚䞻矩を実珟するずいう、䌝統的なマルクス・レヌニン䞻矩の路線があり、ロシア革呜や䞭囜革呜が勝ち取られたした。ずころが゜連のスタヌリン䞻矩ぞの倉質を契機に、ハむ゚クのような、゜連批刀にもずづく瀟䌚認識から、党䜓䞻矩か自由䞻矩かずいう二぀の道のうち自由䞻矩を遞ぶずいう新自由䞻矩が生たれ、䞃〇幎代埌半には戊埌の犏祉囜家の政策的よりどころであったケむンズ䞻矩を衰退させ、゜連厩壊以降資本䞻矩䞖界の䞻流ずなりたした。この新自由䞻矩の台頭に察抗しおペヌロッパ瀟䌚民䞻䞻矩は、埓来の路線をリニュヌアルする第䞉の道を提案しおいたす。他方でハむ゚クず同時代人のポランニヌは垂堎経枈そのものの批刀を展開しおきたした。ポランニヌは資本䞻矩が土地、劎働力、貚幣ずいった擬制商品を䜜り出したが、しかし、そのこず自䜓によっお自由䞻矩は行き詰たっお、垂堎経枈を瀟䌚に埋め戻さざるをえなくなるずいう展望を提起しおいたす。そしおポランニヌの思想は緑の政治に取り蟌たれおいたす。
 新自由䞻矩、第䞉の道、緑の政治、このような今日の政治的遞択には、共産䞻矩のリニュヌアルが欠萜しおいたす。私は資本䞻矩を超えるずいう芳点から「もう䞀぀の䞖界」ぞの道筋を明らかにするこずこそが、共産䞻矩の今日的リニュヌアルであるず考えおいたす。そしお資本䞻矩を超えるずいう芳点は、たず商品をどう超えるかずいう難問を理論的に解決しなければならないのです。次いで資本をどう超えるかずいう問題に぀いおは、賃劎働に代わる「もう䞀぀の働き方」ずいう提案があり、それは協同組合運動の長い歎史の䞭で具䜓化されおきおいたす。あずは株匏䌚瀟自䜓を資本䞻矩を超える媒介ずしおいくこずず、銀行に代わる支払決枈システムをどう構築しおいくかずいうこずですが、これらも珟実の運動から解決のめどが出おくるでしょう。『「資本論」の栞心』、911頁


21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案骚子     2000幎1月4日 境 毅

はじめに 今䜕故綱領か
A信甚資本䞻矩の成立 B䞖界の䞉局分化 C新しい瀟䌚運動
D協同思想にもずづく運動ず組織 E䌝統的な共産䞻矩運動を超えお

はじめに 今䜕故綱領か

 埓来の共産䞻矩運動の綱領は、プロレタリアヌトが政治暩力を奪取するずころからしか瀟䌚革呜は始たらないずいう共通の芋地に立っおいた。だから綱領は、党の綱領であり、その内容は政治䞀元䞻矩だったが、このような綱領では、今日の瀟䌚運動を組織する事は出来ない。
 ゜連の厩壊は、この掚論の珟実性を蚌明するものであった。しかし、それ以降急速に進展しおきた䞖界単䞀の資本垂堎の圢成は、新たな瀟䌚革呜の展望を提瀺し぀぀ある。しかも、新しい瀟䌚運動も20幎近い経隓を積み、その運動の発展法則に぀いお理解し぀぀ある。
 綱領はやはり政治文曞であり、政治の比重が萜ちおいっおいる今日の瀟䌚のなかでは、政治綱領の重みも䞋萜しおいっおいる。党おの領域の運動を綱領に䜓系化する事は出来ないし、又、その必芁もなかろう。
 ずはいえ、珟代䞖界の歎史的段階ず政治的刀断、及び、次䞖代の瀟䌚システムの構想を明らかにするずいう䜜業は残されおいるし、これらの内容が提瀺されれば、今日展開されおいる新しい瀟䌚運動、それには、文化的運動から経枈的な取組たで含たれおいるが、それらの運動が、自らの䜍眮を盞互に了解しおいけるであろう。
 埓っお、今ここで公衚する綱領草案は誘い氎である。それぞれの運動䜓は、自らの綱領や宣蚀をも぀時期に来おいる。そのこずが可胜ずなる方向に党䜓を媒介しおいけるような文曞の起草を目指したい。

A信甚資本䞻矩の成立

120䞖玀の資本制的生産の発展の歎史的特城は、劎働の瀟䌚化に察抗する資本制的倖被の瀟䌚化の進展にあった。

21971幎のニク゜ンによる金・ドル亀換停止に端を発した、管理通貚制から倉動盞堎制ぞの移行は、資本制的倖被の瀟䌚化を極点にたで抌し進める新たな出発点ずなった。

3倉動盞堎制ぞの移行は、ブルゞョア瀟䌚の囜家圢態による総括を脱力化する経枈的諞条件を぀くり出した。ナヌロダラヌ垂堎が民間の囜際金融垂堎ずしお巚倧ずなり、各囜通貚圓局の力を脱力化しおいくなかで、資本の茞出が囜家間での資本の囜際的移動にずっお代わられた。倚囜籍䌁業を土台ずした倚囜籍銀行をはじめずする金融機関が、オンラむンシステムで結び぀いた囜際金融垂堎を発達させる事で、遂に囜境にずらわれない䞖界単䞀の資本垂堎が圢成された。

4䞖界単䞀の資本垂堎の土台は、生産の集積によっお圢成された。今日、資本制的倧䌁業が倚囜籍䌁業ずなり、䞖界的寡占を実珟し、その売䞊額は䞭䜍の囜家の囜民総生産ず肩を䞊べるほどの巚額なものずなった。他方で、諞資本の競争による技術革新は、コンピュヌタの発達による情報革呜をもたらし、埓来銀行等の金融機関が私的に所有しおいた支払決枈システムをオンラむンで結び぀けお、単䞀のネットワヌクに連結し、支払決枈システムを私的所有の枠の䞭での臚界にたで瀟䌚化した。

5䞖界単䞀の資本垂堎が圢成されたこずにより、その政治的代衚郚の圢成が進んだ。グロヌバリれむションがその合い蚀葉であった。アメリカ政府は、囜民囜家USAの政治的代衚郚でありながら、同時に、䞖界単䞀の資本垂堎の政治的代衚郚ずしお機胜し぀぀あり、先進囜サミットを䞻催しおいる。たた、GATTをWTOに改組し、IMFや䞖界銀行の再線や囜連ぞのおこ入れを始めおいる。

6䞖界単䞀の資本垂堎が圢成されたこずにより、資本䞻矩は、信甚資本䞻矩の段階に入った。債暩・債務関係が信甚の原基圢態であるが、この原基圢態の䞊に貚幣取扱業が発達し、資本の商品化が進み、信甚制床を圢成する事で、資本が珟実資本ず架空資本ずに自己を分化させ、資本制的倖被を瀟䌚化させおきた。埓来、架空資本ず金融垂堎は珟実資本の蓄積のための手段ずしお機胜しおおり、それは、珟実資本の景気埪環の振幅を増倧させおきた。ずころが、単なる貚幣請求暩である架空資本が倉動盞堎制の䞋で囜民囜家の芏制から脱出し、䞖界単䞀の資本垂堎ぞず自己を組織したこずで、珟実資本の蓄積が、架空資本の運動に巊右されるようになったのである。

B䞖界の䞉局分化

7信甚資本䞻矩の支配の䞋で、䞖界はグロヌバル、囜民囜家、ロヌカルの䞉局に分化し぀぀ある。

8グロヌバルは、䞖界単䞀の資本垂堎に組織されおいる倚囜籍䌁業及び倚囜籍金融機関から成り、アメリカ政府やWTO、IMF、䞖界銀行、囜連などを政治的代衚郚ずしお組織しようずしおいる。囜民囜家は、グロヌバルずロヌカルの䞭間に䜍眮し、双方に解䜓され぀぀あるが、囜連や、EUの圢成を通しお、囜民囜家のグロヌバルなネットワヌクを圢成しようずしおいる。ロヌカルは、生呜系の゚コノミヌを栞ずしおいる。このロヌカルもグロヌバルな結び぀きを圢成しおいる。

9グロヌバルな䌁業が展開する産業郚門においお、埓来は、䞀囜数瀟の寡占が圢成されおいたが、信甚資本䞻矩の䞋での諞資本の競争の激化により、䞖界的芏暡での数瀟の寡占ぞず進み぀぀ある。たた、科孊技術の発達は、コンピュヌタによる情報革呜をもたらし、バむオテクノロゞヌを実甚化させ、生物の生呜掻動そのものが資本の䟡倀増殖の手段ずなり぀぀ある。

10進行し぀぀ある䞖界の䞉局分化は、先進囜、䞭進囜、第䞉䞖界ずいう、埓来の䞖界の区分を再線した。グロヌバルが圢成しようずしおいる政治的代衚郚は、囜民囜家ずは異なり誰からも遞出されおいず、埓っお、誰に察しおも責任を負っおはいない。それゆえ、グロヌバルが展開しようずしおいる芋さかいなしの䟡倀増殖の運動は、必然的に、ロヌカルの実䜓である生掻者の囜境を越えたグロヌバルな察抗運動を倚皮倚様に生み出しおいる。

11䞖界の䞉局分化にもずづくグロヌバルに察抗する、生掻者のグロヌバルな察抗運動が圢成されるこずで、地球環境問題が、生掻者の問題解決型の運動をうみだしおいる。生物は、生呜掻動ずいう代謝を通し倪陜光ず地球䞊の物質を土台にしお、地球環境を圢成しおいく䞻䜓ずしお、匷力な環境圢成力を発揮しおきた。生態系にしおも、個䜓ずしおの生物にしおも、たた、现胞やDNAずいったミクロの領域にしおも、党お、自然界における物質埪環を遂行するこずで、地球環境それ自䜓の圢成力ずしお䜜甚しお来たのである。ずころが、劎働力が商品化するこずで、産業資本が生成され、䟡倀が剰䜙をずもなっお埪環する資本の蓄積が始たった時、それは、叀代の郜垂文明ずは比范にならぬ皋の倧芏暡な人工生態系を圢成しおいった。環境危機の本質は、資本の蓄積が䟡倀の埪環に物質の埪環を埓属させおいるずころにある。資本は䟡倀増殖が可胜であれば、環境砎壊をいずわない。乱開発や産業廃棄物の倧量廃棄はもちろんのこず、蟲薬やプラスチックを始めずする合成化孊物を倧量生産、倧量消費、倧量廃棄するこずで資本が蓄積されおきた。

12グロヌバルにずっおはロヌカルなもの、぀たり、䟡倀増殖の領域倖ず芋られおいるものは、実は自然力ずいう生産力である。倪陜光、氎、空気、土、それに埮生物、怍物、動物、これらは存圚そのものが生産力である。この自然の生産力を土台にした生呜系の゚コノミヌは、グロヌバルから芋れば賃劎働者の再生産過皋であり、グロヌバルの関心倖のこずである。ある時間を無報酬で資本家のために働くかぎりで、自分の生掻のために働く事を、すなわち生きる事を蚱されおいる賃劎働者は、資本の蓄積が䟡倀の剰䜙をずもなった埪環であり、そしおそれが匷力な環境砎壊力ずしおはたらいおいるこず、そしおこの環境砎壊力は、賃劎働者の生呜掻動そのものを砎壊しおいるずいう事実に盎面しおいる。
 この意味でロヌカルは、単なる地域ではない。それは生呜系の゚コノミヌであり、資本の蓄積が匕き起こしおいる問題の解決だけでなく、資本ずいうシステムそのものを倉えおいける、もう䞀぀のグロヌバルである。

C新しい瀟䌚運動

13信甚資本䞻矩の成立は、囜家暩力の奪取をめざした埓来の共産䞻矩運動に代わる、新しい瀟䌚運動を台頭させおいる。

14埓来の共産䞻矩運動を瀟䌚革呜の戊術ずいうレベルで特城づけるずすれば、それは政治的意志の力で、商品、貚幣、資本を廃絶しようずする詊みであり、脱商品化の路線の䞀぀ずしお捉えるこずが出来る。これに察し、新しい瀟䌚運動は、商品から貚幣を生成させる商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為を無甚ずする瀟䌚的諞関係を迂回しお圢成する事で、商品、貚幣関係を死滅させる戊術を䜜り出し぀぀ある。これは、商品や貚幣や資本ずいった䟡倀圢態がも぀物神性の裏にある物象化、すなわち、人栌の意志を支配する力を削いでいく脱物象化の路線である。

1520䞖玀の資本䞻矩は、商品、貚幣、資本を脱物象化する瀟䌚運動を登堎させる諞条件を぀くり出しおきた。コンピュヌタの発達による情報革呜は、個々人の支払決枈の口座を共同で管理する協同した諞個人を圢成する技術的条件を぀くり出した。それはたた、補造業におけるオヌトメ化を進め、産業資本の瀟䌚化を極端にたで抌し進め、営利のための組織ずしお機胜しおいる巚倧株匏䌚瀟を非営利の事業䜓に転化させる物質的諞条件を぀くり出しおいる。さらに、消費の郚面では、生掻者が必芁な情報を獲埗し、自らの消費に぀いお䞻䜓的に決定しうる可胜性を぀くり出した。

16資本の運動は、資本の盎接的生産過皋、資本の流通過皋、資本制的生産の総過皋ずから成る。1990幎代の運動の諞経隓は、それぞれの分野での脱物象化の運動論を぀くり出した。

17資本の盎接的生産過皋では、資本に雇甚されない「もう䞀぀の働き方」を぀くり出し、これを拡倧しおいくこずで、資本による剰䜙䟡倀の生産の領域を狭めおいくこずが可胜ずなった。

18資本の流通過皋では、最終消費垂堎に賌買者ずしお珟れる劎働者、蟲民、垂民が消費の遞択をするこずで、資本による剰䜙䟡倀の実珟を無化するこずが可胜ずなった。

19資本制的生産の総過皋においおは、既成の資本の信甚制床ずは別に、劎働者、蟲民、垂民が自らの口座を共同で管理する支払決枈システムを新たに぀くり出すこずで、今日瀟䌚党䜓におよんでいる資本の信甚制床の支配力を制限しおいくこずが可胜ずなった。

D協同思想にもずづく運動ず組織

20信甚資本䞻矩の䞋でのグロヌバルな資本の支配に察する、ロヌカルのグロヌバルな新しい瀟䌚運動の台頭は、協同思想にもずづく新たな運動ず組織を圢成し぀぀ある。

21ブルゞョア瀟䌚が囜家圢態によっお総括されおいる段階でのプロレタリアヌトの階玚闘争は、民䞻䞻矩の芁求にもずづく倧衆運動を通しおの政治革呜を担う勢力の拡倧が䞀般的であった。しかし、ブルゞョア瀟䌚が生呜系の゚コノミヌをロヌカルに封じ蟌めたたた、グロヌバルな瀟䌚ずしお圢成された時、圢成され぀぀あるブルゞョア瀟䌚の政治的代衚郚を芏制する䞖界垂民は䞍圚のたたである。
 囜家の倖の領域では民䞻䞻矩は通甚しない。䞖界単䞀の資本垂堎の政治的代衚郚の赀裞々な䟡倀増殖欲に察しおは、民䞻䞻矩的芁求では運動を組織できず、新たなタむプのグロヌバルな実力闘争をも含んだ察抗運動が展開されおいる。

22時代は、政党ず民䞻䞻矩ずいう囜民囜家を前提ずした政治からの脱皮を芁請しおいる。そしお今、あらためお協同思想が顧みられなければならない。

23民䞻䞻矩ずは、もずもずブルゞョア独裁の囜家圢態のこずを指すが、民衆にずっおは、個人ずしおの自己の暩利を支配階玚の抑圧から防衛する抵抗の原理たりえた。ずはいえ、その原理は、あくたでも商品亀換を土台ずする垂民瀟䌚の枠にずらわれおいた。

24これに察し、協同思想は、諞個人が連合ア゜シ゚ヌトしおいくこずを原理ずしおいる。珟時点での協同思想の担い手である協同組合は、共同しお出資し、運営し、劎働あるいは利甚するこずで成立しおいる。これは、資本制的倖被の極点たでの瀟䌚化のゆき぀く先の向こう偎に、党䞖界を匕き受けうる次䞖代の経枈システムずしおの意矩をもっおいる。

25協同思想は埓来、盞互扶助ず捉えられ、その愛他思想は、他者の欠けおいるずころを補う事をその内容ずしおいた。政治的意志統䞀を第䞀矩におく埓来の運動に代わる、欠けおいるずころを補いあう協同思想にもずづく戊線が、生呜系の゚コノミヌをグロヌバルな芏暡で脱物象化しおいくこずで、資本制的生産様匏の葬鐘を打ち鳎らすこずができよう。

E䌝統的な共産䞻矩運動を超えお

26政治暩力を奪取するずころからしか瀟䌚革呜は始たらないずする、䌝統的な共産䞻矩運動の戊術は、封建瀟䌚で開始されたブルゞョア革呜を、プロレタリア革呜にたで氞続させるずいう、氞続革呜論から出発しおいる。
 氞続革呜の戊術が1917幎ロシアで成功し、その埌、゜連邊が成立し、ボリシェビむキ党のもずに第䞉むンタヌナショナルが圢成され、䞖界の共産䞻矩運動を錓舞した。これによっお匕き起こされた資本䞻矩の危機に察応し、ブルゞョア階玚は、資本制的倖被を瀟䌚化するこずで䜓制を維持しおきた。

27次に、䞀囜瀟䌚䞻矩論のもずに成立した゜連邊のスタヌリン䞻矩䜓制は、政治暩力を掌握しおいるにもかかわらず瀟䌚革呜を完遂する事が出来なかった。もずもず、共産䞻矩運動の理念は、階玚の廃止であり、その土台ずなっおいる商品、貚幣、資本の廃絶であった。スタヌリン䞻矩をはじめずする既成の共産䞻矩運動は、この共産䞻矩の理念を実珟する実践的展望をも぀こずができなかった。

28商品からの貚幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本胜的共同行為による、ずいう䟡倀圢態の論理に埓えば、政治暩力ずいう意志の力でこれを廃絶しようずするこず自䜓に背理が含たれおいた。

29脱商品化ではなく、脱物象化の運動が圢成されおいくこずで、商品、貚幣、資本の廃絶の実践的展望が明らかにされた。政治暩力を獲埗するはるか以前から、資本ず囜家に察抗する運動を、脱物象化されたア゜シ゚ヌションを軞ずしお圢成しおいくこずで、瀟䌚革呜を日々抌し進め、同時に、囜家の政治的暩力を脱力させおいくこずが課題ずなっおいる。


緊急の課題 1988幎12月

テヌれ

1既成の党掟旧巊翌・新巊翌を問わずの政治は、党お、最小限綱領のレベルの芁求で倧衆運動を組織するこずを土台にしおいた。埓っお巊翌の意識性は、この土台に制玄されおいるが、この意識性の狭さが80幎代における巊翌諞党掟の運動の埌退を぀くりだした根本的芁因である。

2今日、自然発生的な倧衆運動の倚くは、最倧限網領のレベルの芁求で自己を組織しおいる。それゆえ、最倧限網領のレベルの芁求で倧衆運動を組織するこずを土台にした新たな政治が問われおいる。そしお、この新たな政治こそが、今日の掻動家たちがもたねばならない意識性の内実なのである。

3最倧限綱領のレベルの芁求にもずづく倧衆運動は、最小限網領レベルの芁求にもずづくそれずは、その運動の質、発展法則が異なっおいる。掻動家たちは、最倧限網領のレベルの芁求で倧衆運動が自己を組織しおいるこずを認めるだけでなく、自分たちの意識性を確立するに圓たっお、この盞違に泚目しなければならない。

解説

1最倧限網領は瀟䌚革呜の網領であり、政治的には階玚の廃止であるが、商品・貚幣・資本関係の廃絶をその根本内容ずしおいる。他方、最小限網領は、䞀般に圓面の芁求ずしお理解されおいるが、その根本は民䞻䞻矩である。埓来の巊翌の意識性は、民䞻䞻矩的芁求で組織した倧衆運動を、ブルゞョア囜家暩力の打倒ぞず導くこずにおかれ、瀟䌚革呜の諞芁求で倧衆運動を組織するこずはその芖野に入っおはいなかった。
 そしお革呜運動の歎史的経隓は、民䞻䞻矩革呜においおブルゞョア階玚を打砎り、プロレタリアヌトの囜家を暹立し、ブルゞョア階玚を収奪するずころにたで進んだものの、商品・貚幣関係の廃絶に぀いおは、その展望さえ明らかにするこずができなかった。こうしお死滅すべく組織されたはずのプロレタリアヌトの囜家が倉質しお、官僚が階玚に成長し、悪い意味での民䞻䞻矩を瀟䌚の経枈的関係にも培底させ、民䞻䞻矩の止揚に抵抗を詊みるこずを蚱しおしたうずいう苊い事態が生じおいる。

2この革呜運動における困難を打砎する唯䞀の道は、商品・貚幣関係の廃絶の実践的展望を明らかにするこずから開かれよう。そしお、この実践的展望の解明は、最倧限網領のレベルの芁求での倧衆運動を組織するこずを土台ずした、新たな政治運動を展開するこずを可胜ずするために、掻動家に必芁ずされる意識性の芁諊なのである。

3商品・貚幣関係の廃絶の展望は、それらがどのようにしお成立しおいるかを解くこずから導かれおくる。そもそも貚幣は、諞商品に意志を宿した商品所有者たちが亀換過皋に盎面しお、本胜的に単䞀の商品金で自分たちの商品の䟡倀を衚珟するずいう共同行為を行うこずによっお生成され、そしお、貚幣が生成されるこずによっお商品関係は瀟䌚的に劥圓なものずなり埗たのであった。だから、所有者が自らの所有物に䟡栌を぀ける、ずいう行為が貚幣関係を日々再生産しおいるのであり、このように所有者の行為によっお日々再生産されおいるがゆえに、それを廃絶するこずも可胜なのである。ずころが、貚幣生成の共同行為は、なるほど商品所有者たちの意志行為ではあるものの、商品ずいう物象に意志を支配された行為であり、瀟䌚的本胜にもずづく行為であっお、自由な人栌間の自由な意志行為ではありえない。だから圓事者たちにずっおこの共同行為は、無意識のうちになされおいるのであり、それゆえ圌らの意識にあっおは、貚幣がすでに存圚しおいるから自分たちの商品に䟡栌を぀けおいるず芳念されおいお、自分たちの共同行為が貚幣を生成させおいるずいう珟実は意識されはしない。

4物象による意志支配からどのように逃れるか、ずいう問題は、今日では倧衆がいだいおいる䞀般的な関心ずなっおいる。だからこの問題に察しおは倚くの思想家たちがずりくんできた。しかし、珟代の思想家の誰もが問題そのものをきちんず把握しおいないのであっお、その解法がデタラメなものにならざるをえなかったのも圓然のなりゆきであった。問題を商品・貚幣関係の廃絶ずしおたおるこず、これが思想界の混乱から抜け出るための出発点である。資本関係の方はどうするのかずいう質問があるかもしれない。これに぀いおは、資本関係の廃絶は歎史䞊の経隓があるず答えるだけでよい。今日䞖界の資本関係がいただ存続しおいるのは、その廃絶の実践的展望が明らかではないからではなくお、さらに進んで商品・貚幣関係の廃絶の実践的展望が䞍明なために、革呜運動が自然成長的に埗おいる力を瀟䌚革呜の力ぞず転じるこずができおいない、ずいうこずによっおいるのだから。

5物象による意志支配ずは、根源的には貚幣生成のための本胜的な共同行為に始たる。したがっお、そこから逃れるためには、本胜的な共同行為を廃絶すればよい。ずころが、䟋え瀟䌚的なものであるずはいえ、本胜的な行為を意識でもっお統制しようずする詊みは盎接的には倱敗せざるをえない。この共同行為は、法埋的、あるいは行政的措眮の手におえない領域にあるのであっお、このこずはプロレタリアヌトの独裁の䞋においおも倉わりはない。実際、プロレタリアヌトの独裁が、法埋的、あるいは行政的働きかけでもっお、商品・貚幣関係を廃絶しようずする詊みが砎産したずいうこずは、歎史䞊の珟実なのである。

6この歎史䞊の珟実はたた、ブルゞョア瀟䌚が成熟しない時点での詊みであり、埓っお、革呜運動は、自らの詊みを実珟する物質的及び粟神的諞条件をもち合わせおいなかったこずずしお理解するこずができる。本胜的な共同行為を盎接に意識的に統制するこずが背理であるずしおも、ブルゞョア瀟䌚が成熟し、階玚が成熟しお、プロレタリアヌトの自然成長的な力量が増倧しおいるもずで、倧衆運動が最倧限網領のレベルの芁求で自己を組織するようになっおくるず、この本胜的共同行為を䞍必芁ずする物質的・粟神的諞条件を圢成するこずが実践的に可胜ずなっおくるのである。貚幣を生成する本胜的な共同行為は、盎接には統制できないが、しかし、この共同行為を䞍必芁ずする諞条件を圢成さえすれば、迂回的に統制するこずができる。そしお、これが、商品・貚幣関係の廃絶のための実践的展望の解明の手がかりなのである。

7今日展開されおいる倧衆運動は、自然発生的に商品・貚幣・資本関係の批刀ぞず進んでいる。このこずは、倧衆運動が最倧限網領のレベルの芁求で自己を組織しおいるこずの垰結である。しかしながら、この自然発生的な瀟䌚批刀は商品・貚幣・資本関係を䜿甚䟡倀の偎面で捉えお、これを批刀する、ずいうこずにずどたっおいる。䜿甚䟡倀は千差䞇別であるので、䜿甚䟡倀批刀にずどたる限り、倧衆運動は課題別に分散化し、盞互に察立しあうこずになっお、瀟䌚革呜に䞍可欠な、運動の統合をもたらしえない。こうしお倧衆運動は、最倧限網領のレベルの芁求をかかげおいながらも、その自然発生的な展開においおは、その芁求を実珟すべき運動の統合ぞず到るこずが出来ないので、瀟䌚改良の道ぞず収れんされおしたうこずになる。今日の倧衆運動の倚くは、資本に組織された瀟䌚ず文明に察する䜿甚䟡倀批刀倧芏暡工業批刀や食品添加物批刀や公害批刀等々に留たっおいるので、資本の文明に察抗する瀟䌚改良の運動ずいう偎面が党面化し、その運動が最倧限網領のレベルの芁求にもずづき、瀟䌚革呜を展望しおいる、ずいう偎面は隠されおしたうこずになる。

8今日の倧衆運動にあっお、掻動家たちが運動を統合するこずを意図しながらも、珟実には運動の分散化ず盞互間の察立が進行しおいるこず、このこずは運動の自然発生性が優䜍であるこずの垰結である。もし、掻動家たちが、䜿甚䟡倀批刀からさらに進んで、商品・貚幣・資本関係を、この瀟䌚ず文明を䟡倀批刀ずしお批刀するならば、それは、この瀟䌚ず文明の統合原理を批刀するこずを意味し、䜿甚䟡倀批刀から出発した自然発生的な倧衆運動を統合する思想的栞心を獲埗したこずにはならないだろうか。

9新瀟䌚の圢成芁玠は、旧瀟䌚のうちですでに根を匵っおいなければならない。商品・貚幣関係の廃絶の展望が商品所有者たちの本胜的共同行為を䞍必芁ずする諞条件を圢成するこずによっお䞎えられるずすれば、さしあたっお問題ずなるのは協同䜓である。ブルゞョア瀟䌚においおも、商品・貚幣・資本関係を排陀した小協同䜓を圢成するこずは可胜である。しかし、この協同䜓の連合がそれ独自でブルゞョア瀟䌚を転芆する普遍的な運動䜓に成長するずいう実践的展望は倢想にすぎない。貚幣生成の共同行為を䞍必芁にする諞条件を経枈的に圢成する、ずいうこの詊みは、商品・貚幣・資本の䟡倀批刀にもずづく新たな文化圢成のネットワヌクずしお自己を䜍眮づけたずき、意矩あるものずなろう。ブルゞョア瀟䌚における新瀟䌚の圢成芁玠で、今日決定的に䞍足しおいるものは䟡倀批刀の文化である。この文化こそが、貚幣生成の共同行為を䞍必芁にする諞条件のうちのブルゞョア瀟䌚に根を匵るこずの可胜な䞻芁なものである。今日の倧衆運動の戊線が、商品・貚幣・資本関係の廃絶の実践的展望ずしおある文化の圢成を自己の課題ずするずき、瀟䌚革呜をめざした運動の統合は珟実のものずなるであろう。


この15幎をふりかえっお

PC講座第10回レゞュメ この15幎をふりかえっお 2001.2.10

はじめに

 第2次PC講座の私にずっおの目暙は、協同䞻䜓ずは䜕か、それはどのようにしお圢成しおいけるのか、ずいうこずを解明するこずでした。幞い前回の講座で、この問題に぀いおの䞀定の回答を䞎えるこずが出来たしたので、最終回では、協同䞻䜓の解明にむけたこの15幎間の私自身の思想的歩みをたどるこずにしたした。このような機䌚が䞎えられないず、なかなか自分の過去の芋解を芋盎すこずができたせん。それで、講座で話したこずをふたえ、文章化しおおくこずにしたす。

第1章 7぀の飛躍点

 協同䞻䜓を぀くるずいうこずが重芁な問題なのだ、ず気付く前には、その前史がありたす。前史も含め、15幎間をふりかえるこずにしたわけですが、この15幎間にはいく぀かの思想䞊の飛躍がありたした。ずっず懞案だった難問が突然解決をみる、ずいう誰にでもある経隓ですが、たず、この飛躍に぀いお幎代順に䞊げるこずから始めたしょう。

 第1は、1988幎12月に䜜成した「緊急の課題」でした。この文曞で商品からの貚幣の生成が商品所有者の無意識にうちでの本胜的共同行為による、ずいうマルクスの䟡倀圢態論の、私なりの解釈を、政治暩力を奪取し意志の力で商品・貚幣をなくそうずしおも無理がある、ずいう革呜戊術䞊の問題提起ず捉えかえすこずができたした。そうするこずで、゜連に䜕故、商品、貚幣が残存しおいるかが刀明し、たた、゜連における共産党の支配が埌に厩壊しおいきたすが、その原因を把握するこずができたした。

 第2には、1989幎4月に仕䞊げ『赀報』48号に公衚された文曞「革呜䞻䜓の圢成」でした。政治暩力を奪取しなければ瀟䌚革呜は始たらない、ずする埓来の巊翌の垞識を批刀する芳点は定たったのですが、じゃあどうすればよいのかずいう問題が、新たに提起されおきたす。問題の栞心は、商品所有者たちが無意識のうちでの本胜的共同行為をしなくおもよいような瀟䌚的関係を迂回しお䜜り出す、ずいうこずにありたした。この文曞では、このような事態を可胜ずする䞻䜓を「文化的勢力」に求め、「䟡倀批刀によっお統合された倚様な文化的勢力」を革呜䞻䜓ずしお考えたのでした。なお、この文曞は『䟡倀圢態・物象化・物神性』の第10章です

 第3は、協同組合運動研究䌚の94幎2月䟋䌚で『アリスメンディアリ゚タの協同組合哲孊』を研究したずきに起こりたした。文曞ずしおは『ASSB』誌1å·»12号1994幎3月に「もう䞀぀の瀟䌚倉革――アリスメンディアリ゚タ詊論」を曞きたした。この頃私は、資本䞻矩の経枈システムを倉革する方法に぀いお考えおいお、結局は、二぀しかないのではないかず結論づけおいたした。䞀぀は、ロシア革呜がなしずげたような資本家階玚が独占しおいる生産手段を収奪するこずであり、もう䞀぀は、劎働者階玚が資本家階玚の工堎に働きに行かずにもう䞀぀の働き方で生掻しおいくこずでした。この埌者の方法こそ文化的勢力が実珟できる課題ず考えおはいたのですが、しかし、むメヌゞだけで、具䜓的な実践ず結び぀いおはいなかったのです。ずころが、アリスメンディアリ゚タは、モンドラゎン生産協同組合の組合員たちに資本家䌁業に負けないだけの投資をするこずを呌びかけおいたした。そしお、この投資をするこずこそが協同組合で働く劎働者の団結の内実であり、協同の実珟である、ず䞻匵しおいたのです。たさにこの提起こそ、瀟䌚革呜を日々持続しおいく具䜓的な方針ずしおの意矩をもっおいたした。「もう䞀぀の瀟䌚革呜の戊術」は、アリスメンディアリ゚タによっお、すでに実践されおいたのでした。

 第4は、阪神倧震灜の経隓でした。協同組合運動研究䌚では、93幎6月から「協同ず民䞻䞻矩」ずいうテヌマで14回の研究䌚をもち、協同思想に぀いお明らかにしおいこうずしおいたした。私は、94幎5月から、物象化論をずりあげ、民䞻䞻矩は他から個を守るシステムずしお機胜するのに察し、協同は、他ぞの働きかけであり、この意味で物象化された今日の経枈システムに察抗できる思想ではないかず考えるようになっおいたした。そしお、協同思想の目暙を物象化の廃絶、぀たりは、物象化しないシステムの実珟ずいうように考えおいたのでした。このような考えをたずめようずしおいる時に阪神倧震灜埌の救揎掻動に取り組むこずになり、そしおそこで自立した個人が、実は、お金のシステムに支えられた䞊で成立しおいる、ずいう珟実を実感できたのです。こうしお、自立した個人が連合しお協同を実珟する、ずいう埓来の協同のむメヌゞに代わり、他の人々ずの協同を実珟するこずで自立した個人の䞻䜓性も開かれおいく、ずいう逆の芋地に到達できたのです。こうしお、協同䞻䜓をどう぀くるか、ずいうテヌマにたどり぀いたのでした。

 第5は、第1次政治・文化PC講座で、文化知の方法を定匏化できたこずでした。それたで、新たな知の圢態ずしおの文化、ずか、文化的勢力ずか述べおきたしたが、感芚的な提起に終わっおいたした。たた、マルクスの䟡倀圢態論の解読に぀いおも、なかなか理解しおもらえないずいう珟実に盎面しおいたした。そこで、マルクスが䟡倀圢態の分析に甚いた方法を抜出し、それでもっお、蚀語や瀟䌚や囜家ずいった、人間の他の瀟䌚的関係を解明しおいくこずを構想し、これを文化知ず名づけ、その方法を『ASSB』誌6å·»1号1998幎4月で公衚するこずが出来たのでした。

 第6は、氞幎枩めおきた「21䞖玀の瀟䌚運動の綱領草案」が、ア゜シ゚21での柄谷さんずの出䌚いに觊発されお、1999幎末に起草出来たこずです。

 第7は、2000幎4月にア゜シ゚21の䌁画のシンポゞりムに参加し、そこで文化知から芋た囜家ずいう芳点から、貚幣ず同じように、民䞻䞻矩も日々生み出されおいるものであるこずを明らかに出来たこずでした。「孊生ず民䞻䞻矩」参照

 以䞊が、第2次PC講座で協同䞻䜓を远求しおいく前段での私自身の思想䞊の飛躍に぀いおの敎理です。これを螏たえお、この間の文曞の玹介も含め、私自身の芋解の掚移に぀いお敎理しおいきたす。

第2章 前史

1䟡倀圢態論の研究

 協同䞻䜓論の解明、ずいった、90幎代の私の問題意識そのものの出発点は、゜連論研究でした。1982幎に出版された自著『゜ビ゚ト経枈孊批刀』四季曞房刊で、私は、゜連に䜕故商品、貚幣が残存しおいるのかに぀いお䞻芁に研究し、この時点では、゜連の党、囜家の官僚制の土台ずなっおいる劎働の階局制が商品生産の原因である2946頁ず指摘したしたが、自身ではその䞍充分性に぀いお自芚しおいたした。そしお、共産党が囜家暩力を掌握しおもなかなか商品、貚幣は廃絶できないのは䜕故か、ずいう問題意識から、以降も『資本論』の䟡倀圢態論ずくに初版のものに取り組んできたのでした。

 その成果は自著『䟡倀圢態・物象化・物神性』資本論研究䌚刊にたずめられおいたす。この著䜜で、私は、マルクスの『資本論』が物象化論であるず新たに刀断を䞋しおいたすので、たず、そのこずに぀いお述べおおきたしょう。

 スタヌリン䞻矩的な客芳䞻矩的なマルクス理解、瀟䌚の発展法則、ずいった科孊的䞖界芳によるものに察し、最初に日本共産党から分かれた新巊翌1958幎頃のマルクス理解は、初期マルクスの疎倖論に䟝拠したものでした。それは、個人がどのようにしお䞻䜓性を確立しおプロレタリアヌトの階玚闘争に参加しおいくか、ずいう文脈で、革呜理論の思想的内実ずしお捉えられおいたのです。このような疎倖革呜論に察し、早くから廣束枉さんが批刀を提起し、60幎安保闘争を闘った共産䞻矩者同盟は、疎倖革呜論には批刀的な人々も倚かったのですが、埌日、廣束さんは、、疎倖論から物象化論ぞずマルクス・゚ンゲルスが転回しおいる、ずいう芋解を打ち立おたした。私自身、廣束さんの四肢構造論や物象化論には批刀的であり、か぀、『資本論』を物象化論ず捉えおいたのは、廣束さんずその孊掟だけだったずいういきさ぀もあり、物象化ずいう蚀葉の採甚をためらっおきたのですが、資料ずしお付した「玹介、抎原均著『䟡倀圢態・物象化・物神性』」にも曞きたしたように、マルクスは商品論で商品ずいう物象に人栌の意志が支配されおいる、ずいうこずを解明したんだ、ずいうこずがわかり、廣束さんの物象化論ずは党然異なる内容ずしお物象化を捉えるこずが出来たので、以降、物象化ずいう甚語を䜿うこずにしおいたす。

 さお、この『䟡倀圢態・物象化・物神性』での䟡倀圢態論の解読をふたえお構想されたのもが「緊急の課題」でした。この文曞はこの本のあずがきに収録しおいたす。ずいうのも、1987幎の時点で、第10章以倖の原皿はそろっおいたのですが、出版たでに時間がかかり、結局、第10章ず「緊急の課題」ずを远加する圢で本が仕䞊がったからでした。

2゜連論研究ぞのけじめ

 「緊急の課題」の内容に぀いおは、飛躍の第1ずしお述べたした。この内容に則し、゜連邊の厩壊が始たった1991幎倏の動きが出る1幎前に䜜成したものが「ペレストロむカに぀いおのテヌれ」『赀報』49号、1990幎11月30日刊でした。これは資料ずしお、党文玹介したす。この時点で私は、゜連や䞭囜は、協同組合的瀟䌚に䞀番近い瀟䌚ずみなしおいたした。その意味は、うたく指導されさえすれば、劎働者、蟲民が解攟された瀟䌚ぞず到達しうるし、その根拠を、゜連や䞭囜の経枈的関係はいただ物象化されおおらず、そしお、劎働者や蟲民が生産手段から完党に分離されおいず、圢匏的ずはいえ、占有者ずしお存圚しおいたこずに求めおいたした。
 この圓時の私自身の協同組合瀟䌚のむメヌゞに぀いお、『赀報』の同じ号この号が最終号ずなりたしたの論文「蚈画経枈の可胜性――「蚈画ず垂堎」論を超えお」で問題提起をしおいたすので、この論文も資料ずしお掲茉しおおきたす。

 私自身の゜連論研究は、著曞ずしお出版した『゜ビ゚ト経枈孊批刀』の他には『赀報』玙に連茉した「゜連における階玚の圢成」ずいう論文がありたす。これは出版の予定でしたが、フロッピヌに入ったたたになっおいたす。この論文で、私は賃劎働者が生産手段から完党に分離されおいるのに察しお、゜連の劎働者は圢匏的には占有者ずしおあり、盞察的な分離の関係にあるずしたしたが、「緊急の課題」での商品、貚幣論にもずづき、「ペレストロむカに぀いおのテヌれ」等で、積幎の゜連論研究に䞀応のけじめを぀けるこずができたのでした。そしお、その1幎埌に、゜連邊は珟実に厩壊しおいったのですが、私は、結局70幎埌にネップの段階に立ちかえったずみる他はない、ず考えおいたす。この点に぀いおは「協同組合運動ず瀟䌚倉革」を参照しお䞋さい。

31991幎での提起

 ここでは゜連論に぀いお論じる堎ではないので、話をもずにもどしたしょう。1991幎に岩井克人さんが『批評空間』に貚幣論を連茉し始めたした。そこには、マルクスの䟡倀圢態論に぀いおの新しい解釈が提出されおいたした。情況出版から、岩井説ぞのコメントが欲しいずいう䟝頌を受けお曞いたものが「根源的他者ず䟡倀圢態論」『情況』1991幎9月号ず「䟡倀圢態・貚幣・瀟䌚䞻矩」『情況』1991幎12月号でした。これらの論文に理論的な内容を曞き終えた埌、実践的な提起を付蚘しおおきたした。前者では「新たな知の圢態の創造」を提起し、埌者では文化的勢力のむメヌゞを描きたした。
 これらは、飛躍の第2で觊れた「革呜䞻䜓の圢成」をふくらたせたものですが、前者では「䟡倀圢態を廃絶しおも残存するであろう瀟䌚ずいう思考圢態ずどう向かい䌚うか」ずいう問題を提起し、瀟䌚ずいう思考圢態が思考にずっおは根源的他者であるこずを認めるずころから、「新たな知の圢態を新たな文化ずしお圢成しおいくための共同䜜業」を提案しおいたす。そしお埌者では、政治では文化は぀くれない、ずいう政治の限界をどうするか、ずいう問題をたお、「瀟䌚的パフォヌマンスを共同で持続しお挔出し続ける」こず「共同しお持続し埗る運動圢態を創出するこず」を提案しおいたす。ずいうのも「文化の力はその存圚の重力ずでもいうべきもので決たる」からであり、「囜家ずいうレベルずは異なる文化圏」が「囜境を越えお圢成されおいく」からです。

 私の『情況』論文には倚少の反響もあり、゜連瀟䌚䞻矩の総括も議論になるかも知れないず思われたのですが、しかし䞀方で、1991幎1月4月の湟岞戊争があり、他方で1991幎倏以降、゜連邊が厩壊しおしたうこずで時代の雰囲気がすっかり倉わり、日本の巊翌の問題意識も倉化し、゜連瀟䌚䞻矩の総括ずいった䜜業ぞの泚目もなされなくなっおしたいたした。こうしお、私自身も協同組合ずいう珟堎で問題提起をしおいくずいう掻動を土台ずし぀぀、自身の理論掻動に継続性を䞎えるために、研究所の蚭立をめざしお『ASSB』誌の刊行にふみきるこずになりたす。

第3章 物象化ず協同䞻䜓

1協同ず民䞻䞻矩

 京郜で京郜生協ずは別にもう䞀぀の生協を぀くろうずする動きがあり、1988幎倏に、新しい生協の理念を明らかにするこずを目的に、協同組合運動研究䌚が発足したした。私は圓初からこの研究䌚に参加しおいたのですが、最初の問題意識は協同思想ずは䞀䜓䜕だろう、ずいうものでした。研究䌚を続けるうちに、だんだん明らかになったこずは、民䞻䞻矩ず協同ずのちがいでした。それで、このちがいをあきらかにするこずを目暙に「協同ず民䞻䞻矩」ずいうテヌマで1993幎6月から1995幎11月にかけお、14回の研究䌚をもちたした。

 1回目は「民䞻䞻矩の理論ず制床」ずいうこずで、珟行の憲法を玠材ずしたした。
 2回目は、「政治的解攟ず人間的解攟」ずいうテヌマで、マルクスの「ナダダ人問題」ずパリ・コミュヌン論を取り䞊げたした。
 3回目は、ホッブス、ロック、ル゜ヌらの、いわゆる叀兞的民䞻䞻矩論を研究したした。
 4回目には、協同組合運動史䞊有名なロッチディヌル原則をずりあげたした。
 5回目のテヌマが、アリスメンディアリ゚タの思想で、この研究䌚で、私の第3の飛躍がなされたのでした。

 アリスメンディアリ゚タの提起に力を埗お、私は物象化論ず協同ずの関連に぀いお研究䌚で報告するこずずし、1994幎5月には「物象化ぞの招埅」を、同幎7月には「本胜的共同行為・無意識・意識圢態」を、1995幎4月には阪神倧震灜の教蚓をふたえお「協同䞻䜓ずは䜕か」を、そしお同幎11月にはシリヌズ最終回ずしお「脱物象化の運動論を求めお」を発衚したした。

2物象化に぀いおの研究

 「物象化ぞの招埅」で明らかにされた事柄は、協同思想ずは物象化に向き合うものだ、ずいうこずでした。そこでは「民䞻䞻矩は他から個を守るシステムずしお機胜するのに察し、協同は、他ぞの働きかけでした。民䞻䞻矩的芁求では、物象化の解䜓には手が届きたせんが、協同思想は、この物象化に正面から向き合っおいたす。新しい瀟䌚運動は協同思想を遞択するこずによっお、今日の経枈システムがもたらす物象化の解䜓ずいう課題に正面から向き合っおいたす。ここに新しい瀟䌚運動が自分自身に぀いお知るための手がかりがありたす。」ず述べおいたす。
 「本胜的共同行為・無意識・意識圢態」では、科孊知の存立根拠を䟡倀圢態の論理構造に求め、今日の意識圢態の克服がどのような地点から始たらねばならないか、に぀いお次のように問題提起をしおいたす。

 「この商品の䟡倀圢態の論理構造が、䞻䜓からも、客䜓からも切り離された、抜象的なものである科孊的知をはじめずする意識圢態の原圢を提䟛しおいるのではないでしょうか。
 そしお、意識が具䜓的なものから切り離され、抜象的なたたで自立化されたずき、フロむトの蚀う無意識が浮䞊しおきたずみなせるでしょう。資本䞻矩以前の瀟䌚では、意識が科孊ずしお自立するこずはなく、粟神は肉䜓から分離せず、肉䜓の掻動が無意識ずしお意識されるこずもなかったのでしょう。
 そうだずするず、物象化にもずづく本胜的共同行為の解䜓は、今日の意識圢態の批刀ずその克服、぀たりは新しい文化ず知の創造から始たるこずになりたす。
 垂堎経枈のたっただなかに生み出されおいるもう䞀぀の経枈システムは、新しい文化ず知を創造するネットワヌクずしお機胜する限りで、瀟䌚的に意矩のあるシステムずしお持続し、本胜的共同行為に代わりうる瀟䌚的共同行為を圢成しお、物象化を廃絶しおいく道を拡げおいくこずになるでしょう。」

 「協同䞻䜓ずは䜕か」は第4の飛躍で述べおありたすが、この時点で、協同䞻䜓に぀いおの解明、ずいう課題が意識されたした。私は、研究䌚の案内文では協同䞻䜓ずは䜕かずいうこずに぀いお「(1)集団的䞻䜓であるこず(2)人間の意識的な瀟䌚関係であるこず(3)双方向のコミュニケヌションがあるこず」ず曞いおいたす。そしお䌚報では、「協同䞻䜓ぞの第䞀歩は、今日の瀟䌚で実珟されおいる自立した個人ずいう存圚ぞの批刀意識から始たるのかも知れない」ず述べお締めくくっおいたす。

3協同䞻䜓の圢成

 シリヌズ協同ず民䞻䞻矩最終回「脱物象化の運動論を求めお」では、埓来、文化的勢力や新たな知の圢態ずしおの文化の創造ずいうような抜象的な内容でしか提起できなかった運動の問題を、脱物象化の運動ずしお芏定するこずが出来たした。「脱物象化」ずいう蚀葉自䜓は、瀟䌚孊者、野村䞀倫さんの『リフレクション』文化曞房博文瀟から借りおきたものです。

 マックス・り゚ヌバヌは、近代瀟䌚が圢成されおいったずきの科孊的䞖界芳の確立過皋を「䞖界の魔法が解ける」ず蚀いたした。これは、䞭䞖の神孊的䞖界芳が解䜓されおいく様子を衚珟したものでしたが、しかし以降の資本䞻矩瀟䌚の発展は、魔法を解いたのではなく、䞭䞖の魔法に代わる新しい魔法をかけおいくこずになったのです。

 1960幎代初めには、ただ、この新しい魔法は、人を虜にするほどにはなっおいたせんでした。19䞖玀埌半から1960幎代初めたで、人々は䞀切の魔法が解けおいったように感じおいたのですね。このころはただ瀟䌚正矩をかかげた反政府運動がさかんでしたが、圓時は魔法が解けおいっおいたので、瀟䌚正矩をかかげ、人間の理性に蚎える政治運動が、倧衆運動ずしお成立しえたのですね。

 ずころが、1960幎代以降、䞖界には新しい魔法がかけられ、それがどんどん人を虜にしおいきたした。䞖界が再び魔法にかけられ、人々の意識が曇らされおいるずきに、瀟䌚的正矩をかかげおみおも、その正圓性を刀定する基準を人々が芋倱っおいるわけですから、受け入れられたせん。䌚報ではこの問題を「運動の正圓性を刀断する基準をその運動が珟代の魔法を解く方向に向っおいるかどうか、ずいうこずに眮けないでしょうか。脱物象化、ずいうこずを運動の基準に眮くこずができないでしょうか。」ず述べおいたす。そしお、私自身の課題を若者たちずの出䌚いず亀流に求めたした。

 「自分探しの旅に出おいる倧勢の若者たちず出䌚え、亀流できる条件を探っおみたす。それは倚分、理性に蚎えるロゎスではなく、身䜓ず感性を満足させ、共感ず連垯を生むパフォヌマンスの創造でしょう。
 新興宗教にずっおは、若者は金もうけの手段ずしおしか芋なされおいないし、自己開発セミナヌは、結局は、魔法にかかった䞖界でもメゲずに生きおいける知恵を授けるこずにしかなっおいないようです。協同組合の時代の到来を実感し、協同䞻䜓の圢成を実珟しようずするずき、自分探しの旅に出おいる若者達の望む協同のシステムを描き出すこずができるかどうか、ここに詊金石があるず思われたす。」

 こうしお、゜連論の研究から発し、䟡倀圢態論から廣束説ずは別の物象化論を読み取り、それを政治に適甚しお、゜連瀟䌚䞻矩の総括をし、協同組合瀟䌚を提案しお以降、協同思想の研究や文化的勢力の远求は、結局脱物象化の運動ずしおの協同䞻䜓の圢成、ずいう新たな意味での協同䞻䜓の措定ぞず到ったのでした。

第4章 文化知の創造

1党おの問題の芋盎し

 以降はこの新しい意味での協同䞻䜓論、脱物象化の運動ずしおの協同䞻䜓の圢成ずいう芋地から、党おの問題を芋盎しおみようずいう衝動にかられるようになりたした。それで、かっおの戊友が呌びかけおくれた土曜䌚に参加しながら、協同組合運動以倖の領域にも出おいっお話をする機䌚をも぀ようにしたした。1997幎に行った講矩に䞉぀の蚘録が残っおいたす。「もう䞀぀の倉革の可胜性」は97幎2月の協同組合運動研究䌚の蚘録で、モンドラゎン協同組合を評䟡する芖点から、゜連の総括ず、珟代の資本䞻矩の危機に぀いお論じおいたす。

 「もうひず぀の瀟䌚革呜の可胜性続」は97幎8月にフロント系の倏の合宿で話したこずをたずめたものです。ここでは文化を基準にした政治、ずいう芋地から政治の再生に぀いお論じおいたす。そしお、最埌の「協同思想の可胜性」は、97幎12月から始めたPC講座第1回の講矩で、ここでは、私の協同組合運動ぞのかかわりずいう芖点から、協同思想の可胜性に぀いお述べおいたす。これら䞉぀の蚘録は、97幎時点での脱物象化の運動論ずいう芋地からの革呜理論や政治や協同思想の芋盎しでした。

2文化知の方法の定匏化

 運動䞻䜓の措定には芋通しが぀いたものの、ずっず念頭であった䟡倀圢態論の論理を平易に解説する、ずいう詊みは解決しないたたでした。それで、䟡倀圢態論の解明を䞭心課題ずした1幎間の有償の講座を97幎12月から始めたのです。第1次PC講座がそれでした。その堎での参加者に支えられるこずで理論䞊の進歩がなされたした。第5の飛躍で述べた文化知の方法の定匏化がそれです。

 文化知の方法に぀いおはその埌色々なずころで述べおいたすが、ここでは最初の定匏「文化知の創造」『ASSB』6刊1号を資料ずしおあげおおきたしょう。第1次PC講座終了埌、いよいよ20䞖玀の共産䞻矩運動を総括し、21䞖玀の瀟䌚運動の綱領を䜜成しよう、ずいうこずになり、綱領研究䌚を発足させたした。信甚論研究にずいぶん時間をずられたしたが、ア゜シ゚21関西事務局の掻動を開始しお以降䜜業が急速に進展したこずは、「『可胜なるコミュニズム』をめぐっお、柄谷理論ず綱領問題」で曞いおいたす。そしお1999幎の幎末に草案を仕䞊げるこずが出来たした。これは第6の飛躍でした。

 綱領䜜成䜜業ず平行しお、私は、第1次PC講座で明らかずなった文化知の方法を、蚀語や瀟䌚や囜家に適甚しおみたいず考えるようになりたした。蚀語に぀いおは講座の方で䞀応の解明は終えおいたのですが、ア゜シ゚21関西発足前段のプレ講座で、貚幣ず蚀語に぀いお話をするこずができ、たた、京倧11月祭では、囜家に぀いおも蚀及するこずができたした。その問題意識は、第7の飛躍であげた2000幎4月のシンポゞりムで、民䞻䞻矩も貚幣ず同様、日々生み出されおいる、ずいう結論に到達しおいたす。

 Office-Ebara のホヌムペヌゞが2000幎1月に開蚭され、この頃からの文曞はおおむねHPに出しおいたすので、内容の玹介は差し控えおおきたしょう。以䞊が第2次PC講座に入る前の私の思想状況でした。

第5章 䞖玀末の最埌の1幎

1課題の転換

 2000幎床の私の課題は、綱領草案の解説文を仕䞊げるこずに眮かれおいたした。この䜜業を䞭心にし぀぀、第2次PC講座で脱物象化の運動論にもずづく協同䞻䜓の圢成に぀いおの実践的方針の探求ず、地域゚ル・コヌプの蚭立趣旚に぀いおの研究が蚈画されおいたした。

 ずころが、新しい瀟䌚運動はすでに始たっおいたのですね。そしお新しい䞖代が運動に登堎しおきおいたのです。このこずで、私の圓初の蚈画は倧きく倉化したした。この1幎間の私の理論的䜜業に぀いおは、『ASSB』で公衚しおきたしたが、その内容は次のようでした。

  8å·»1号「ア゜シ゚ヌションの政治1」「信甚資本䞻矩論のために1」
    2号「廣束哲孊ぞの疑問」「民䞻䞻矩は日々生み出されおいる」
    3号「『モモ』を読む第1回」
    4号「『モモ』を読む第2回」
    5号「゚マニ゚ル・レノィナス論」
    6号「カント研究序説」

 䞀芋しお知れるこずですが、1号の時点は、綱領草案の解説文の䜜成のための䜜業ですが、8月刊行の3号からは、その䜜業からは党く倖れおしたっおいたす。その理由は、先にも述べた新しい瀟䌚運動の始たりず、新しい䞖代の運動ぞの登堎でした。新しい䞖代には、20䞖玀の巊翌の総括を目指した綱領草案の解説文などに関心は持おたせん。それで私自身、新しい䞖代ず問題意識を共有する圢で課題を蚭定し盎したこずになりたす。

2゚ンデの「新しい思考」

 ミヒャ゚ル・゚ンデの『モモ』を取り䞊げたのは『゚ンデの遺蚀』が出版され、地域通貚が話題になっおいたずいうこずもありたすが、本圓のずころは、゚ンデが『モモ』で脱物象化のむメヌゞを描いおいたからでした。そしお『モモ』がドむツの新しい瀟䌚運動の担い手たちに奜意をもっお迎えられたこずが刀明した1980幎代はじめに、瀟䌚民䞻党の政治家゚アハルト・゚プラヌず挔劇女優のハンネ・テヒルを盞手にした察談『オリヌブの森で語り合う』は実は、脱物象化の運動論ずしおの意矩をもっおいたのでした。さらに゚ンデが提起した「新しい思考」は文化知の先駆だったのです。

 以降は、゚ンデが提起した「新しい思考」をどのように具䜓化しおいくかが私にずっおの課題ずなりたした。そしお、人間の意識ずは䜕かをめぐっおの近代知が議論されおいた時点、぀たりはゲヌテの時代にたで溯るこずになったのです。「新しい思考」が批刀の察象ずした科孊知、あるいは近代知に぀いお、その成立の時期にたで溯るこずでその限界を明らかにする、ずいう゚ンデの詊みを肉付けしおみようず考えおみたのでした。

3第2次PC講座の進展

 他方で「協同䞻䜓ずは䜕か」をテヌマずした第2次PC講座も、前半の民䞻䞻矩を終了し、いよいよ䞭心テヌマず蚭定しおいた間䞻䜓性論や察話論に入っおきたした。講座の準備のために、ブヌバヌずバフチンを再読しおいたずき、レノィナスの『倖の䞻䜓』のブヌバヌ論にたどり着き、協同䞻䜓ずは、実はレノィナスが䞻匵しおいた『倖の䞻䜓』のこずであり、そしお、それは自己の意識の圏の倖にある他者の絶察的他性を了解するこずからしか始たらないこずがわかっおきたした。レノィナス自身は、近代西欧哲孊の存圚論の批刀をフッサヌルやハむデガヌの哲孊ぞの批刀ずしお展開しおいたのですが、しかし、圌の個の唯䞀性を認める「圢而䞊孊」ずは実は、思惟による抜象䜜甚ずは異なる存圚における事態抜象の様匏の発芋だったのですね。

 レノィナスの「倖の䞻䜓」論ず、他者の絶察的他性の承認、及び、唯䞀性をもった個が出䌚う堎ずしおの瀟䌚、ずいった問題提起を文化知の萌芜ず捉えるず、実はそこに脱物象化の運動論が含たれおいるこずがわかり、その芋地から「地域゚ル・コヌプ」のむメヌゞを考えるず「新しい思考で地域を考える」ずいう圢で脱物象化の運動論がたずたり、協同䞻䜓ずは䜕か、ずいうテヌマに䞀応の回答を䞎えるこずが出来たした。

4近代知の総括にむけお

 レノィナスのあずでカントを読むず、カントの物自䜓ずは絶察的他者論であり、レノィナスの先駆であるこずがよくわかりたす。もっずもそれ以前に、ゲヌテのカントやヘヌゲルに察する短評が急所を突いおいお、それがカントを読む手匕きずなった、ずいうこずもありたす。ずたれ、これたでどうしおも奜きになれなかったカントがやっず私の意識のうちに登堎しおきたのでした。

 カントを読んでわかったこずは、マルクスがヘヌゲル匁蚌法をひっくり返すず蚀っおいるずきのひっくり返し方でした。゚ンゲルスの自然の匁蚌法は、単にヘヌゲルの抂念の匁蚌法の裏返しにしかすぎたせんが、カントの他者論、超越論的仮象論ず、ヘヌゲルの抂念の匁蚌法を組み合わせるず、新しい思考がひらけおくるように思われたす。「カント研究序説」10、絶察的他者、倖の䞻䜓の匁蚌法、参照。そしお、文化知に぀いおも、単に方法だけでなく、近代知の批刀ずいう圢で提起しおいく方向性が明らかになりたした。「カント研究序説」14、科孊的䞖界芳を超えお文化知ぞ

5第3次PC講座の課題

 この1幎間の掻動を振り返るこずで、協同䞻䜓論の課題が芋えおきたした。実践的な芋地からすれば、組織ず思想ず政策ずいうこずになりたす。䜕よりも倧きかったのは、協同䞻䜓の䞭味を新しいタむプの事業ずしお䜍眮づけるこずができたこずでした。そうするこずで「新しい思考」ず呌んできた思考を肉付けしおいく方向性も鮮明になっおきたす。さらに、政策の提蚀ですが、この点では、埓来の垂民運動の、個人ずしお䌁業や行政に働きかける、ずいうスタむルずは異なり、䌁業や行政ずは別の協同䞻䜓の芋地に立぀こずで、問題解決型の政策提蚀が出来るようになり、政策の策定も容易に軌道に乗るでしょう。

 このような党䜓の関連のなかで、第3次PC講座は、思想的課題に取り組みたす。詳しくは、「第3次政治・文化PC講座のご案内」を参照しお䞋さい。

この文曞で蚀及されおいる文献は、HP「孊習したい人のために」に掲茉されおいる


70幎歊装闘争総括のたずめ的文曞  HP掲茉分

『共産䞻矩』21号(1994幎発行)巻頭論文

A 革呜の戊術に぀いおの提案

問題提起
 資本䞻矩の経枈システムを倉革するには二぀の方法しかない。䞀぀は資本家階玚が独占しおいる生産手段を収奪するこずであり、もう䞀぀は、劎働者階玚が資本家階玚のもずに働きに行かないこずである。
 前者はマルクス䞻矩者たちの革呜戊術の基本的内容であり、1917幎のロシア革呜で実行された。
 埌者は、いただ革呜の戊術ずしおはたずめられたこずはない。共同䜓建蚭などの自然発生的な運動は19䞖玀埌半からあ぀たが、それらは前者の戊術を補足するものずしおしか䜍眮付けられおはいなか぀た。いたここで提起しようずする思想はブルゞペア民䞻䞻矩革呜が終了し、資本䞻矩が発展し、爛熟しおいる今日、革呜戊術ずしおは、埌者の方に珟実性がある、ずいうものである。その理由に぀いお考察しよう。

氞続革呜の成吊
 19䞖玀から20䞖玀前半は、䞖界史的に芋お、ブルゞョア的倉革の時代であ぀た。ブルゞョア的倉革の特城は、封建瀟䌚のうちで資本家的生産を拡倧させ、力をたくわえおきたブルゞョア階玚が、自らを政治的階玚ぞず自己圢成し、封建瀟䌚の支配階玚領䞻ず貎族から政治暩力を奪い、民䞻䞻矩的政治システムを圢成するこずによっお、資本家的生産を支配的な生産様匏に転化し、それを曎に発展させるこずにあった。
 ブルゞョア的倉革はたずむギリスから始たり、぀いで、フランスに飛火しおい぀たが、時代を経るにしたがっお、資本家的生産が䞍可避的に生み出す劎働者階を政治的階玚ぞず目芚めさせ、ブルゞョア的倉革の政治過皋に登堎させるこずになっおきた。そのため、ブルゞペア的倉革が次第にプロレタリア的色圩をおびるようになっおきた。
 マルクスが1850幎に提起した氞続革呜ずいう戊術は文字通りブルゞョア的政治革呜が始たったずき、その政治過皋に参加しおいるプロレタリアが自己を政治的階玚ぞず圢成し、ブルゞョア的政治革呜の過皋で自らの政治的力を増倧させ、プロレタリア的政治革呜にたで革呜を氞続させようずいうものであった。
 ブルゞョア的倉革の時代にあっおは、プロレタリア革呜を目指す者たちも、その時代の政治的環境に順応せざるを埗ない。マルクスの戊術を手がかりに、レヌニンは氞続革呜の理論ず戊術をねりあげロシアのブルゞョァ的倉革の時期に、これをプロレタリア的政治革呜にたで氞続させるこずに成功した。
 ロシアで氞続革呜が成功したが、ペヌロッパでは倱敗した。プロレタリア階玚はブルゞョア的政治䜓制の内での䜓制内反察掟ずしおの䜍眮を䞎えられ、資本䞻矩䞖界で安定した民䞻䞻矩䜓制が圢成されたのは戊埌のこずである。
 こうしおマルクスが氞続革呜を構想した時代ず今日ずでは、プロレタリア革呜を準備しおいく政治的環境がすっかり倉わっおしたった。ブルゞョア革呜の時期に、プロレタリアヌトがヘゲモニヌを発揮し、革呜を氞続させおプロレタリアヌトの独裁を実珟し、瀟䌚革呜を実珟しようずする戊術は、その最初の出発点でのブルゞョア革呜の開始ずいう前提条件を倱っおしたったのである。

ロシア革呜の教えるもの
 今日氞続革呜の戊術はその前提条件を倱っおいるが、では、この戊術によっおプロレタリアヌトの独裁を実珟したロシア革呜ず、1990幎代に入っおの゜連の厩壊は䜕を教えおいるだろうか。
 ロシア革呜の教蚓は、プロレタリアヌトの独裁が䜕故倉質したか、ずいうこずを明らかにするこずから導き出される。倉質の芁因には色々あろうが、珟段階では、商品・貚幣の廃絶を目的ずする瀟䌚革呜をプロレタリアヌト独裁によっお遂行しうるかどうか、ずいう根本間題に぀いおの考察が問われおいる。
 マルクスが『資本論』で明らかにしおいるように、商品からの貚幣の生成が、諞商品に意志を支配された商品所有者たちの本胜的共同行為によるずすれば、商品、貚幣の廃絶は、この本胜的共同行為をやめさせるこずによらねばならない。無意識のうちになされおいる本胜的共同行為は、意志の力によっおは統制するこずはできず、それをなくすには、その共同行為が䞍必芁ずなる諞条件を迂回しお、぀くりださねばならない。
 ここから、資本家階玚の収奪に関しおは、ブロレタリアヌト独裁の䞋での政治の力、぀たりは意志の力で実珟可胜だが、商品・貚幣の廃絶に関しおは政治的力では実珟し埗ないこずが明らかになる。そうだずすれば、プロレタリァヌト独裁にずっおのネップの必然性ず、ネップの䞋での文化革呜の杜䌚革呜にずっおの意矩が鮮明ずなる。぀たり、ネップを早期に終了させたプロレタリアヌト独裁は、そのこずによっお、倉質せざるを埗なかったのである。
 ネップは、食糧の匷制調達ず物物亀換によっお支えられおいた戊時共産䞻矩の時期の経枈のいきづたりを、商品亀換を埩掻させるこずによっお打開しようずする詊みであり、圓時の゜連共産党は、これを退华の戊術ず芋なしおいた。だから、経枈の埩興がなされれば、商品亀換を廃止するずいうこずは、ネップを提起する前提ずなっおいた。
 しかし、いた明らかずなったのは、ネップは決しお戊術的埌退ではなく、プロレタリアヌトの独裁の䞋で、瀟䌚革呜を実珟しおいくための䞍可避の道筋であったずいうこずである。プロレタリアヌトの独裁は、商品亀換に干枉するこずを避け、それを廃絶しおいける文化革呜を育おおいく必芁があった。死の盎前のレヌニンの提起は、このポむントを抌えおはいたが、しかし、圌には瀟䌚革呜の路線を提出する時間が残されおはいなかった。

政治の限界
 マルクスは『資本論」で、貚幣が本胜的共同行為の産物であるこずを明らかにしお以降も終生、商品・貚幣を廃絶する瀟䌚革呜をプロレタリアヌト独裁によっお遂行するずいう説を持ち続けた。䜕故そうなっおしたったかは明らかではないが、氞続革呜の戊術を構想する以前にマルクスは、瀺唆に富んだ政治批刀を展開しおいる。
「囜家が匷力であればあるほど、したがっおある囜が政治的であればあるほど、その囜家の原理のうちに、぀たりその囜家を自己の胜動的で自芚的で公的な衚珟ずする珟行瀟䌚制床のうちに、瀟䌚的欠陥の原因をもずめたり、杜䌚的欠陥の䞀般原理を぀かんだりするこずを、たすたすしなくなりがちである。政治的理解力がたさに政治的理解力であるのは、それが政治の枠内で考えるからこそである。政治的理解力は、鋭く、生き生きしおいればいるほど、瀟䌚的欠陥をずらえるこずがたすたすできなくなる。 (äž­ç•¥) 政治の原理は意志である。政治的理解力が䞀面的であればあるほど、いいかえればそれが完成しおいればいるほど、それは意志の党胜をたすたす信じ、意志の自然的か぀粟神的限界がわからなくなり、こうしお瀟䌚的欠陥の原因がたすたす発芋できなくなる。」「『プロむセン囜王ず瀟䌚革呜―プロむセン人』にたいする批刀的論評」マルクス、゚ンゲルス党集第䞀巻、439頁)
 マルクスは、フランス18䞖玀のブルゞョア革呜を怜蚎しお、政治に぀いおのこのような批刀的芋地を述べたこずがあった。政治的理解力が政治の枠内で考えるが故に、瀟䌚的欠陥の原因を理解できないこず、瀟䌚的欠陥の原因を把握するためには瀟䌚的理解力が間われるこず、この瀟䌚的理解力、瀟䌚的粟神をもっおする政治革呜こそが、もっぱら政治的粟神にもずづくブルゞョア革呜ずは異なるプロレタリア革呜の特質であるこず、などに぀いお述べたあず、瀟䌚䞻矩革呜の玠描を行っおいる。
「革呜はすべお埓来の瀟䌚を解䜓する。そのかぎり、それは瀟䌚的である。革呜はすべお埓来の暩力を打倒する。そのかぎり、それは政治的である。 (äž­ç•¥) 瀟䌚的粟神をもっおする政治革呜はそれだけ合理的になるのである。いやしくも革呜ずいうもの―珟存暩力の打倒ず埓来の諞関係の解䜓―は䞀぀の政治行為である。だが革呜なしには、瀟䌚䞻矩は、実珟できない。瀟䌚䞻矩は、砎壊ず解䜓ずを必芁ずするかぎりで、右のような政治行為を必芁ずする。しかし、瀟䌚䞻矩の組織掻動が始たり、その自己目的、その粟神があらわれるようになるず、瀟䌚䞻矩は政治的ノェヌルをかなぐりすおる。」(同446頁)
 マルクスが、政治的行為によっお「砎壊ず解䜓」すべきずした察象に䜕が入っおいたかは刀然ずはしおいない。商品・貚幣もその察象ずされおいたが故に、圌のプロレタリアヌト独裁の理論が成立し埗おいるのである。
 しかし、ここで瀟䌚的理解力を働かせお「意志の自然的、か぀粟神的限界」を明確にしさえすれば、政治(意志)の力で砎壊、解䜓しうる察象が明らかになるはずである。

政治理論に぀いおの詊論
 マルクスが述べおいる「瀟䌚的理解力」珟行瀟䌚制床のうちに瀟䌚的欠陥の原因をもずめるから出発しよう。
 今日の瀟䌚の欠陥を、政治によっお解決しようずするのではなく、瀟䌚制床そのものを倉革するこずによっお解決しようずするずき、商品・貚幣は意志の力ではなくせない、ずいう難問にぶ぀かる。マルクスはプロレタリアヌトの独裁によっお、瀟䌚倉革を実珟しようず考えたが、この政治路線は、圌自身が『資本論』で明らかにした、商品・貚幣論ずくいちがっおいた。若きマルクスの「政治的理解力」の批刀からすれば、ここでは圌自身が䞀面的な「政治的理解力」を働かせおいたこずになる。
 ずころで商品・貚幣は意志の力ではなくせないが、資本の方はどうだろうか。ロシア革呜はプロレタリアヌトの独裁によっお、資本家階玚を収奪し、資本をなくすこずができたこずからも明らかなように、資本は意志政治の力で廃絶できる。しかし、ロシア革呜の堎合は、資本の廃絶が、商品・貚幣の廃絶ぞずは぀ながらなかった。
 そこで、商品・貚幣の廃絶ぞず぀ながるような資本の廃絶の方法があるかどうか、ずいうこずが問題ずなる。瀟䌚的粟神をもっおする政治革呜はこのような芋地に立぀こずから始たる。
 資本の廃絶の第二の方法にかかわる政治思想の怜蚎から手掛けよう。資本䞻矩的生産のアキレス鍵を劎働者の劎働の疎倖に求め、自己疎倖からの回埩を瀟䌚䞻矩の理念ずするいわゆる疎倖革呜論は、劎働者階玚の䞻䜓圢成を目指しおいる点で第二の方法ずかかわっおいる。
 しかし、埓来の疎倖革呜論は実は第䞀の方法を前提にしおいた。䟋えば、資本家の䞋での賃劎働が疎倖された劎働であるこずを自芚し、疎倖からの回埩を目指しお革呜的実践に参加する䞻䜓性を確立するずいうずき、自芚過皋そのものは個的なたたに眮かれ、䞻䜓性を確立した個が参加する革呜的実践は、第䞀の方法に他ならなかった。
 いた、マルクスの物象化論をふたえるなら、劎働者の自己疎倖のあり方が、物象化ずしおある、ずいうこずであり、そうだずすれば、䞻䜓的自芚をもっおしおは、物象化ずわたり合うこずができない、ずいうこずが明らかずなる。物象化ずは、物象による人栌の意志支配であり、人々に無意識のうちでの本胜的共同行為をずらせるずすれば、これに抗するには意志の力ではどうしようもない。(もっずも、意志の力によっお、システムから抜け出すこずは出来る。しかし抜け出すこずによっおは、システムを倉えられない。)
 氞続革呜論ずプロレタリアヌト独裁の理論が、ブルゞョア革呜の原理、「政治的理解力」に汚染されおいたずすれば、疎倖革呜論も䟋倖ではなかった。疎倖の問題を第二の方法の根底におく詊みは未開発だった。

第二の方法ずは
 瀟䌚的粟神からみお資本の廃絶の第二の方法はどうなるか。たずこの第二の方法はどのようなものだろうか。劎働者階玚が資本家の䞋に働きに行かないこず、ずいうように曞くず、ストラィキずかサボタヌゞュを連想するかもしれない。しかし、第二の方法ずいう限り、それは䞀時的なものではない。むメヌゞずしおは資本家の䞋で働かなくずも他の働き堎所があり、そこで生掻しおいける「もう䞀぀の働き方」ずいった方がよい。
 劎働者が、劎働力を商品ずしお資本家に売る賃劎働を拒吊し、新しく働く堎を創るずすれば、さしあたっおそれは劎働者生産協同組合(ワヌカヌズ・コレクティブ)ずなる。この領域がどんどん拡倧しおいっお、資本の領域を喰い぀ぶしおいくこずが出来れば資本の廃絶が実珟する。しかし、歎史䞊の珟実はそうはならず逆に新しい働く堎の方が資本に䟵食されおきた。ずはいえ、それは過去の話である。今日どうであるかに぀いおは怜蚎に倀するであろう。
 いた、ここで資本のシステムのいきづたりに぀いおはふれず、もっぱら䞻䜓的契機のみに泚目しよう。
 劎働者生産協同組合の詊みや、自䞻管理がこれたで成功しおこなかった原因を、それが本来䜕であるか、ずいう自己認識の点で誀っおいた、ずいう芋地を立おおみよう。぀たり、それらは第二の方法の手段ずしお䜍眮づけられお初めおその内実を開瀺しおいけるのであり、埓来このような䜍眮付けは明確にはされおこなかったので、その内実が人目には隠されたたたになっおいた、ずいう考え方である。
 この芋地からすれば、劎働者協同組合や自䞻管理がもっぱら自らの職堎や工堎の管理を目的ずしおいお、瀟䌚に察しお目を向けおいなかったこずが明らかずなる。「もう䞀぀の働き方」を増倧させおいっお、資本を駆逐するずいう戊術が意識されおおればネットワヌクづくりず瀟䌚的自治に取り組み、脱商品化の展望をたねきよせるこずが可胜だったのではなかろうか。

B プロレタリアヌトの独裁の継承に぀いお

提案
 プロレタリアヌト独裁の理論を継承する、ずいう立堎に問われおいるものは、第䞀に民䞻䞻矩をのりこえるこずであり、独裁の䞋での瀟䌚革呜の展望を明らかにするこずである。これは、今日すでに倧衆運動が最倧限綱領レベルの芁求で自己を組織しおいるこずず盞関しおいる。
 第二に、瀟䌚革呜の展望を明らかにするこずであり、商品・貚幣の廃絶の実践的展望を明らかにするこずである。
 第䞉に文化革呜の理論の圢成である。政治の基準を文化におかなければならないが、そのためには、文化ずしおの知、ずいう知の圢態を぀くりださねばならない。䌝統的な党組織論に埓えば、たず綱領を䜜成し、そのもずに党䞭倮組織を建蚭しお、機関玙誌その他の手段で党を拡倧しおいく、ずいうこずになる。今日広く流垃しおいる党組織論は実はレヌニンの党組織論ではなく、スタヌリン䜓制の䞋で圢成されたこずに぀いおは、20幎䜙り前に明らかにしおおいたが、このような党組織論にずっおは、これらの課題に取り組むこずができないこずは明癜である。
 意識性が、参加する意識の䞋での文化ずしおの知の圢態をずり、運動の組織だけでなく、文化圏自䜓がネットワヌクずなっおいるずき、そのネットワヌクの共鳎をさそう皮々の仕掛を぀くりだすこずが課題ずなる。

歎史意識ずしおの氞続革呜
 氞続革呜は、革呜の戊術ずしおはその前提条件を欠いおいる。しかし、それを歎史的過皋ずしおみれば、革呜の連続性ずの意味では生きおいる。この意味での氞続革呜の内容はもはやブルゞョア革呜をプロレタリア革呜にたで氞続させる、ずいうこずではなく、プロレタリア革呜の開始ずその氞続が、ブルゞョア革呜埌のブルゞョア瀟䌚の階玚闘争の質を倉えた、ずいう歎史意識ぞず転化しおいる。
 今日の䞖界を過枡期䞖界ず捉える立堎は、このブルゞョア瀟䌚の階玚闘争の質の倉化を前提ずしお打ち出された歎史認識であり、われわれは、䞖界プロレタリアヌトの独裁の暹立をかかげた。スタヌリン䜓制の成立による゜連・東欧のプロレタリアヌト独裁の倉質をふたえ、垝囜䞻矩諞囜、゜連・東欧、そしお第䞉䞖界の䞉ブロックの階玚闘争を統䞀する目暙ずしお、䞖界同時革呜、䞖界プロレタリアヌトの独裁が目指されたのである。
 そもそも過枡期䞖界ずいう芏定は、゜連のプロレタリアヌトの独裁が倉質し、瀟䌚垝囜䞻矩に転化したずいう認識の䞋に成立しおいたから、共産党が打ち倒され、囜家制瀟䌚䞻矩が解䜓されお、垂堎経枈化が目指されようず、その芏定を倉化させる芁因ずはならない。
 珟時点で総括されねばならないこずは、過枡期䞖界ずいう芏定ではなく、ロシア革呜が䞎えたむンパクトによっお、ブルゞョア瀟䌚の階玚闘争の質がどのように倉化したか、ずいう問題の内容である。

過枡期䞖界の階玚闘争
 ゜連の成立によっお、ブルゞョア瀟䌚の階玚闘争の質が倉化した、ずいう認識で、䞀぀の極をなす芋解は、䜓制間矛盟論であり、資本䞻矩ず瀟䌚䞻矩ずの䜓制間の競争で瀟䌚䞻矩が勝利するこずによっお、資本䞻矩を倉えお行こう、ずいうものであった。この芋解は、゜連の厩壊によっお、その誀りが瀺された。
 この䜓制間矛局論から生じる䞀぀の系ずしお、垝囜䞻矩諞囜での議䌚を利甚した平和革呜論があった。日本共産党の民䞻連合政府論はその具䜓案であったが、これも倱敗しおいる。
 われわれの䞖界同時革呜、䞖界プロレタリアヌトの独裁論は、革呜戊争の戊術ぞず到ったように、平時の階玚闘争が゜ビ゚トを圢成し、二重暩力状態を぀くりだせる質に到達しおいる、ずいう刀断にもずづいおいた。
 この刀断は、発達したブルゞョア瀟䌚の階玚闘争の質の倉化をプロレタリアヌト独裁の政治暩力の暹立ずいう、政治的芳点からのみ捉えるこずになっおいた、ずいう点で限界を持っおいた。もっずも、今日の瀟䌚における階玚闘争の質を、瀟䌚的、文化的面から捉えようずする詊みがなされおはいたが、しかし、それらの詊みも、先の政治的芳点に埓属しおいた。

われわれの経隓
 われわれの刀断が䞀面的であったずしおも、われわれは革呜戊争の戊術を実践し、RG政治軍隊の基準ず、囜際非合法党建蚭ぞず進むこずによっお、小芏暡ではあるがプロレタリアヌト独裁の囜家ずいうよりは文化圏ずいった方が正確であるが、䞀぀の戊士共同䜓を圢成したのである。
 戊士共同䜓を圢成した途端に、埓来の政治はその質を倉えるこずを迫られた。瀟䌚的、文化的な諞問題を政治を基準に凊理する、ずいう䌝統的な政治がゆきづたったのである。他方で、革呜党である以䞊、共同䜓䞀般を存続させる論理に身をたかせるわけにはいかなかった。共同䜓の内郚に理想郷を創出しようずいう傟向ず闘争し、階玚闘争党䜓を指導する䜍眮を確保しなければならなかった。ここで階玚闘争の質の倉化を、結果ずしお、政治的芳点からのみ捉えるこずになっおいたこずが党掻動の脱皮を劚げた。
 今から振り返れば、われわれは、ブロレタリアヌトの独裁の暹立を目指すのではなく、プロレダリアヌトの独裁を実行すれば良かったのである。むろん、この独裁の範囲は限られおおり、たた限られた範囲でのプロレタリアヌトの独裁は倖に開かれたものでなければならず、実䜓ずしおはヘゲモニヌになるが、プロレタリアヌトの独裁のヘゲモニヌを打ち立おるこずを目指すべきであった。

経隓の総括
 ロシア革呜の䟋を匕くたでもなく、ブロレタリアヌトの独裁は、過枡期の瀟䌚における瀟䌚革呜の展望をしっかりず芋定めるこずができずに倉質を䜙儀なくされた。そうだずすれば、今日間われおいるのは、プロレタリアヌトの独裁を実珟するはるか以前から、瀟䌚革呜の展望を明らかにするこずであった。
 そしお、瀟䌚革呜の展望が、商品・貚幣の廃絶ずかかわっおおり、そしお、商品・貚幣が無意識のうちでの本胜的共同行為によっお支えられおいるこずがわかれば、プロレタリアヌトの独裁の任務ずしお提起されおいる文化革呜の重芁性が明らかずなり、たたその捉えかえしが可胜ずなっおくる。
 われわれは囜際非合法党を戊士共同䜓のレベルにたで鍛え䞊げるこずによっお、自らがプロレタリァヌト独裁䞋の暩力であるこずに気づき、その立堎から、今日の階玚闘争を評䟡するこずを孊びはじめた。では、プロレタリアヌトの独裁の継承はどのようになされるべきであろうか。

プロレタリアヌト独裁の継承
 プロレタリアヌト独裁の理論を右から吊定する声が圧倒的にあがっおいるなかで、これを防衛しようずする声はかき消されがちである。単に声が小さいだけではない。その声が過去に圢成された理論の擁護にずどたり、珟圚それをどのように掻かすか、ずいう点での提起が䞍分明だからだ。
 肝心なこずは、その理論を掻かすこずだ、ずすれば、どのようにすれば良いのだろうか。たず右からの倧声、支配的な論調が䞀䜓どのようにしおその理論を吊定しおきたかを知るこずが第䞀歩であろう。
 プロレタリァヌト独裁の理論を吊定する堎合、そのほずんどは、独裁に民䞻䞻矩を察眮する、ずいうやり方である。旧くはベルンシュタむンが、瀟䌚䞻矩革呜の自然発生的、民䞻䞻矩的性栌を論拠にしお革呜の戊術を政治ず経枈の分野での民䞻䞻矩の拡倧に求める芋地から独裁を批刀したが、その埌の批刀の倚くはこのベルンシュタむン説の枠内にある。そしお、゜連・東欧を初めずする、か぀おのスタヌリン䞻矩者たちの䞻流は、このベルンシュタむン説に乗り換えおいる。
 このような珟状で、民䞻䞻矩か独裁か、ずいう察眮がなされ、独裁を防衛する偎は、この察眮を認めた䞊での独裁の必芁性を䞻匵するにずどたっおいる。ここから出おくる結論は、民䞻䞻矩的独裁、あるいは、ブルゞョア的民䞻䞻矩を保障した独裁、ずいった芋解である。これではプロレタリアヌト独裁の理論を掻かすこずはできないし、たしおやそれを継承するこずもできない。

民䞻䞻矩をのりこえる
 右からの批刀が、独裁に民䞻䞻矩を察眮しお独裁の理論を吊定しおきたのなら、独裁の理論の擁護は、民䞻䞻矩を乗り越える必芁性を提起する以倖にはありえない。このように問題を立おたずきに始めお、ネップの時期のレヌニンや、文化倧革呜の時期の毛沢東が盎面しおいた諞間題を今日の瀟䌚的環境の内に呌び出し、その苊闘を継承しおいく土俵をし぀らえるこずができる。理論を継承する、ずいうこずは、単にマルクスやレヌニンの蚀説を繰り返すこずではない。その理論が困難に突き圓たった実践の堎を珟圚に再構成し、その困難を実践的に克服するこずが問われおいるのである。
 そもそも独裁も、囜家を前提にしおいる以䞊、ある皮の民䞻䞻矩に他ならない。だから民䞻䞻矩を乗り越える、ずいうこず,は、プロレタリアヌト独裁をも乗り越える、ずいうこずである。そもそもマルクスのプロレタリアヌト独裁の芏定は、資本䞻矩瀟䌚から共産䞻矩瀟䌚に到る過枡期の瀟䌚の囜家暩力に぀いおなされたものであった。埓っおその独裁は、共産䞻矩瀟䌚によっお吊定されるべきものだった。この意味で、プロレタリアヌト独裁の理論を継承する、ずいうこずは、民䞻䞻矩を乗り越える杜䌚革呜の戊術を今日新たに打ち立おるこずず同矩なのである。

瀟䌚革呜の展望
 民䞻䞻矩を乗り越えるためには、䜕故瀟䌚革呜が必芁ずなるのか。このこずを明確に把握しない限り前進するこずはできない。
 もずもず過枡期の瀟䌚にプロレタリアヌト独裁が䞍可欠なのは、それが、瀟䌚革呜のテコずしお圹立おられねばならないからであった。埓っお、瀟䌚革呜の展望を欠いたプロレタリアヌトの独裁は、必然的に倉質せざるをえない。レヌニンや毛沢東の苊闘も、過枡期の瀟䌚における瀟䌚革呜の展望を明らかにするこずが、その眮かれた歎史的諞条件によっお、非垞に困難であったこずにもずづいおいた。しかも、圌らは、政治暩力を奪取し、プロレタリアヌト独裁を実珟したあずで、この問題に盎面したのであった。圌らの詊みが倱敗したあずで、埌に続こうずする者たちにずっおは、プロレタリアヌト独裁暹立のはるか以前から、この間題の解決をせたられおいるはずであった。しかし、その事前の解決に぀いおは、これたで意識的に詊みられるこずはなかった。プロレタリアヌトの独裁の継承は、この問題を解決する詊みから始たる。

C 文化を基準ずした政治

提案
 劎働者階玚が資本家の䞋に働きに行かない、ずいう、もう䞀぀の革呜の戊略を採甚するず、政治は自己倉革しなければならない。
 資本䞻矩瀟䌚のただ䞭で、この戊略にもずづく新しい経枈圏が䞀぀の文化圏ずしお圢成されるずき、改良ず革呜ずいう、埓来の運動がかかえおいたゞレンマは解消する。これは、倧衆運動が最倧限綱領レベルの芁求で自己を組織しおいるこずの垰結である。しかし、最倧限綱領レベルの芁求ずいっおも、もはや瀟䌚革呜を展望しなければ、解消しようもない課題をかかげおいる、ずいった消極的な意味では、ただ䌝統的政治の枠組みから抜け出せおはいない。
 経枈圏の圢成を自己目的化するこずは、本胜的共同行為によっお成立しおいる商品、貚幣を意志の力で廃絶しようずする政治に぀ながり、珟実性を持぀こずができない。そうではなくお、経枈圏の圢成を文化的勢力の圢成のための情報のネットワヌクづくりず捉えるず、新たな文化圏をシステムずしお圢成するずいう課題が日皋にのがっおくる。
 そうなるず、文化的勢力を拡倧しおいくために、政治を奉仕させるこずが可胜ずなる。最倧限綱領レベルの芁求にもずづく運動の䞻䜓圢成が可胜ずなる。この文化を基準ずした政治こそが、プロレタリアヌトの独裁の䞋で花開かねばならなかったものであり、そしお、今日共産䞻矩者に求められおいる目的意識性である。

瀟䌚的無意識ず䞻䜓の圢成

(1) 今日の課題
 今日の環境間題は、資本䞻矩の終末の到来を告げおいる。人々が資本䞻矩のシステムに忠実に埓っお働くこずによっお、取り返しの぀かない環境砎壊が進んだからだ。今埌はこのシステムがながらえようずするなら、資本の論理ずは別の論理を導入せざるを埗ないのだが、資本にはこの別の論理を䜿いこなすこずができるわけはない。ずいうのは、この別の論理ずはおそらくオルタナティブな文化のこずだろうから。
 終末が蚪れおいるにもかかわらず、匕導を枡すべき䞻䜓が圢成されおいないずいう認識が巊翌の間で䞀般的である。はたしおそうだろうか。そのような認識は、巊翌が詊みおきた䌝統的な䞻䜓圢成の方法の砎産を意味しおいるだけではなかろうか。

(2) 政治のパワヌの盞察的䜎䞋
 たずえば、1989幎から始たった東欧ずロシアにおける旧䜓制の厩壊においお、意志行為ずしおの政治はどのような圹割をはたしたであろうか。反䜓制掟がもっずも組織されおいたポヌランドでは、〈連垯〉の政府が圢成されたが、これは、プロレタリアヌトの独裁が埩掻されたこず以倖の䜕物をも意味しおはいなかった。しかし、この独裁を担った〈連垯〉は、過去の反䜓制掟の時代に掲げおきた政綱を実珟するこずができず、たた、それに倉わる新たな政綱を明らかにするこずもできずに立ち埀生しおしたった。
 こうした事態は、出珟しおいる政治的勢力の胜力の間題に垰すわけにはいかない。今日の瀟䌚では、政治、぀たり意志の力で動かすこずのできる領域が瞮小しおきおいるのだろう。民䞻䞻矩的政治制床、逆説的だが、゜連・東欧の旧システムは、実は民䞻䞻矩であったが圢成されおしたえば、政治の持぀パワヌは盞察的に䜎䞋しおいくのだ。
 今日の杜䌚は、日々倉動しおいっおいる。政治のパワヌが䜎䞋しおいるずすれば、日々の倉動はどのようなパワヌに基づいおいるのだろうか。

(3) 無意識の力の増倧
 政治のパワヌは保守にしろ革新にしろ、意志的な力である。瀟䌚を動かす力で意志的な力の領域が瞮小しおきおいるずすれば、無意識的な力の領域が増倧しおいるこずになる。
 無意識的な力に぀いおは、フロむトを始祖ずする粟神医孊によっお取り䞊げられおきたが、ここで間題にするのは、個々人の個的な無意識ではなくお、歎史的、瀟䌚的な無意識である。それは今日の新興宗教がテヌマずしお取り䞊げおいるが、巊翌が運動䞊の問題ずしお捉えたこずはなかった。
 歎史的、瀟䌚的に圢成されるもの、ず芏定しおみおも、それが「無意識」であっおみれば、個々人の内面の問題ず捉えられる。内面の問題、心の間題は、埓来、芳念論や宗教がテヌマにしおきたこずで、巊翌は䞻䜓性論を掲げおいる小グルヌプを別にしお、それを運動䞊の倧間題ずは考えおこなかった。たた、䞻䜓性論も意志の領域であっお、無意識に぀いおは無関心であった。
 瀟䌚の倉動にかかわる無意識の力が増倧しおきおいるずき、意志の力のみに頌っおきた巊翌が力を倱っおきたのは圓然の垰結であった。巊翌は巊翌の芋地から、増倧しおきおいる無意識の力をどう捉えるか、ずいうこずが問われおいるのである。

(4) マルクスの可胜性
 今日歎史そのものによっお砎産を宣告された巊翌の運動も、その始祖マルクスにたでさかのほるず、そこに新たな可胜性を芋いだすこずができる。ずいうのもマルクスその人こそ、歎史的、瀟䌚的に圢成される無意識に぀いお解きあかしおいるからである。
 その理論は物象化論ずいっおも、今日流垃しおいるものは、無意識を解明できおいないなのだが、マルクスの生きおいた時代には、意志の力の領域が倧きかったため、圌は、物象化論に基づく政治理論を打ち立おる必芁性を感じるこずができなかった。こうしお、無意識の力を解明する物象化論に基づく政治理論を打ち立おるこずは埌䞖の人々の圹割ずなっおいるのである。

(5) 物象化ず瀟䌚的無意識
 物象化論の芋地からすれば瀟䌚的な無意識の行為を生成するものは、個人の内面にはない。個人の倖にある物象が人栌の意志を支配し、個々人に無意識の行動をずらせるわけだから、無意識を圢成するものは、察象的䞖界の方にあるこずになる。
 だから、察象的䞖界は二重化しおいる。県に芋える䞖界ず、意志支配のシステムずしおのそれず。県に芋える䞖界にも、䟋えば法則のように、盎接県に芋えないものもある。しかし、それは県に芋えるもの同士の関係であり、県に芋えるものを手がかりに論理的に把握するこずができる。意志支配のシステムずしおの䞖界は、県に芋えない䞖界ではない。県には芋えおいるが、それは実は仮象であり、県に芋えない関係を衚珟しおいるのだが、しかもその関係が人々の瀟䌚関係をずりもっおいるのだ。
 県に芋える䞖界は認識の察象ずしお成立し、人々はその認識から刀断を導き、意志行為を行う。政治の䞖界はこの領域にある。
 県に芋えない䞖界は、意志を支配するものずしお、人々の内面に介入しおいる。埓っおそれは認識の察象ずしお、䞻䜓ず切り離しお措定するこずができない。認識䞻䜓ずしおの意識ず無意識を媒介にしお぀ながっおいるものを認識する認識論は未開発である。
 劎働者階玚が資本家階玚のもずに働きに行かない、ずいうもう䞀぀の革呜戊術を考えるずき、この無意識の問題は避けお通れない。ここで身近な実践の問題をずりあげよう。それは今の資本のシステムから抜け出す具䜓的な方法である。

倚文化時代の政治

(1) 倚文化時代ずは
 新しい䟡倀芳にもずづくラむフスタむルの倉曎、これが、今日の環境問題を解決するためには䞍可欠のものであるこず、問題に関心のある人々ならば、このこずをだれもが認める時代ずなった。だが、間題は提起されおはいるものの、実践的な解決方法に぀いおは䞍透明なたたである。どうしおだろうか、だれもが新しい䟡倀芳の必芁性を䞻匵するが、しかし、皆それぞれが異なった内容の䟡倀芳をもっおいる。だから、ラむフスタむルの倉曎ずいっおも、無数の提案が生たれおしたう。そこには統䞀的な、あるいは総合的な、䟡倀芳がなく、統䞀的あるいは総合的蚈画が䜜り出されおはいない。
 この事態はいったい䜕を意味しおいるのか。䞀぀の䟡倀芳があり、それにもずづくラむフスタむルがあれば、そこには䞀぀の文化圏がある。このように捉えるず、珟代はすでに倚皮・倚様・倚重の文化圏によっお構成されおいる倚文化時代であるこずがわかる。
 倚文化時代が始たっおから久しいずきが流れおいるのだが、文化ほど今日共通意識が獲埗されおいないものはない。ずいうのも、政治運動ずは異なっお、文化運動は意志の統䞀でもっお組織できるものではない。だから文化は埓来の政治理論の手におえない領域にある。仮に理論がそれを解明しようずしたこずがあったずしおも、倧した成果をあげるこずができなかった。
 䟋えば政治運動であれば、倚様な芋解があったずしおも、ある時点で運動党䜓を䞀぀のスロヌガンでたずめるこずが可胜であり、そしお、そのスロヌガンでもっお力を結集するこずができた。だが今日の倚様な䟡倀芳ず無数にあるラむフスタむル倉曎蚈画をどうやっお䞀぀にたずめればよいか。䌝統的な政治がその生呜力を倱い぀぀ある根拠の䞀぀はここにある。

(2) 倚皮・倚様・倚重の文化圏
 旧い䟡倀芳ずは䜕であったか。それはカネ䞇胜の䟡倀芳であり、䌁業瀟䌚における䌚瀟䞭心䞻矩であった。この旧い文化はたしかに人間の頭脳があみ出したものであるずはいえ、その思考はモノやカネに支配されおいた。旧い文化のルヌツは人間の頭の䞭にあったのではなく、商品や貚幣や資本にあった。
 旧い文化にも倚様性はあった。しかしそこにはカネ䞇胜ずいう統䞀原理があり、なおか぀、この原理は人々の生掻の関係を支配しおいた。だから旧い文化が栄えおいた時代の倚様性ずは.䞀぀の文化の倚様性にすぎず、倚様なものは決しお独自の文化圏を圢成しえおいたわけではなかった。したがっお、文化圏は民族や囜家ずしお出珟しおいた。
 では新しい䟡倀芳のルヌツはどこにあるのだろうか。そしおその倚様性がなぜ、文化圏を圢成しえるのだろうか。これは今日の環境問題を根底から提えるこずから刀明しおくる。
 今日の瀟䌚システムが、圹立たないものずしお、その瀟䌚の倖郚に排出したものが、自然の諞埪環サむクルから脱萜しお倧量に蓄積し、それが独自の生呜力をもっお今日の瀟䌚システムをしめ぀けおきおいる。今日の瀟䌚システムが人間瀟䌚存亡の危機を招来させるほどに環境砎壊を拡倧させたこずによっお地球を「ガむア」地球生呜䜓ずしお目芚めさせた。こうしおカネ䞇胜の䟡倀芳にかわる「ガむア」の䟡倀芳が倚皮・倚様・倚重に生み出される時代が到来した。
 新しい䟡倀芳のルヌツは「ガむア」にある。それは旧い文化自䜓が䜜り出しながら制埡できないものをルヌツずしおいる。だからそれは䟝然ずしお生掻の関係では支配的な旧い文化のただなかに、新しい文化圏を生み出すこずができる。その䟡倀芳はその内容を䌝統的瀟䌚のシステムやむデオロギヌから埗おいるかも知れない。
 だが䌝統的瀟䌚のシステムやむデオロギヌは、旧い文化の䞭に溶解させられた。䜕故ならそれは生態系にルヌツをもっおはいたが「ガむア」(生態系の新段階)にルヌツをも぀ものではなかったから。
 珟圚、人々の頭の䞭には「ガむア」(環境問題)をルヌツずする新しい䟡倀芳が倚皮・倚様・倚重に芜生えお.いる。ずころが生掻の関係で支配的なものは、䟝然ずしお旧い䟡倀芳に基づく旧い文化、旧い瀟䌚システムであり、人々はこれにずらわれおいる。こうしお新しい文化圏に基づくラむフスタむル倉曎の提案は旧い瀟䌚システムから生掻の関係を脱出させようずいう詊みにならざるを埗ない。ずころが、この詊みが䞀぀の困難を抱えおいる。

(3) カネ䞇胜の文化圏からの脱出
 もずもず人間の瀟䌚は人間の身䜓ず自然の関係から生じおきた倖的匷制によっお圢成された。杜䌚の圢成によっお人間ははじめお人間たりえるようになったずしおも、この瀟䌚を構成員の自由意志によっお圢成するこずはできなかった。
 旧い䟡倀芳に基づく今日の瀟䌚システムも䟋倖ではない。カネ䞇胜の瀟䌚が自由な瀟䌚に芋えるのも、人ず人ずの生掻䞊の地䜍ず圹割ずがモノずモノずの関係で決たっおしたっおいるからである。だから今日の人間は人ず人ずの政治的関係では自由を䞻匵できるがモノずモノずの関係から決たっおくる所有の問題には平等を䞻匵するこずができないのである。
 さお、新しい䟡倀芳にもずづくラむフスタむルを実行しようずすれば生掻の関係の堎にあるモノずモノずの関係から生じおいる拘束を断ち切らなければならないが、そこに困難が顔を出しおくる。この拘束を郚分的に断ち切るこずは簡単であるが、しかし郚分的切断が決しお党䜓的な切断ぞず波及しおは行かないのである。だから、郚分的に断ち切ったこずによっおかえっおより匷固に拘束されおしたうずいった事態があらわれおきたりもする。
 カネを䞇胜ずするシステムはモノの偎の共同行為によっお成立しおいる。他のすべおのモノがカネだけをたおおやるから、カネが䞇胜ずなるのであり、このような共同行奄に加わるモノが商品なのである。モノの偎の共同行為を成立させるためには人間の関䞎が必芁である。人間はモノに匕きずられお、この共同行為に参加する。そこでは人間はモノの関係に自分の意志を宿す。だから人間は頭の䞭では共同行為に参加したずは考えおいない。この共同行為は人間にずっおは、無意識のうちになされる本胜的な行為である。
 自分ひずりがモノの偎の共同行為に加わらなければ、この拘束は郚分的に切断される。このこずは個人の決断によっお、実珟しえる。ずころが、個人は他者ずの生掻の関係を結ぶこずなしには生きお行けないのだから別皮の生掻の関係を共同行為ずしお圢成しなければならない。そのずき、この文化圏は、無意識のうちになされる本胜的共同行為を排陀できるだろうか。本胜的共同行為は意志の力によっおは排陀しきれない。意志の力によっお維持される新たな共同行為は、本胜的共同行為に浞透されるこずはあっおも、それを排陀しえない。郚分的切断が決しお党䜓的切断ぞず波及しない原因がここにある。

(4) ネットワヌクの共鳎をさそう政治
 モノずカネのシステムを郚分的に切断できおも党䜓的切断ぞず波及させおいくこずができないずすれば、迂回䜜戊が必芁ずなる。新しい䟡倀芳に基づく文化圏は生掻の関係の堎で本胜的共同行為を排陀しえないずすれば、それはモノずカネのシステムを受け入れざるをえない。では䜕故それが文化圏たりえたのだろうか。それが文化圏たりえたのは、モノずカネずのシステムずは別皮の情報のネットワヌクを圢成しおきたからである。
 情報䌝達自䜓に぀いおいえば、旧い文化の方がマス・コミをはじめずしお倧芏暡な手段を.もっおいる。だがそれは、参加者のだれもが䞭心ずなれるずいう意味でのネットワヌクにはなっおいない。埓っお、今日は新しい䟡倀芳にもずづいお、情報のネットワヌクを぀くりだせば、それが文化圏ずなれる時代なのである。
 論理的に考察すれば、本胜的になされるものであるずはいえ、共同行為をなくすこずができるものは、やはり党員参加の共同行為である。そしお䜕らかの共同行為が成し遂げられるためには情報のネットワヌクが発達しおいなければならない。ここで本圓の困難があらわれおくる。情報のネットワヌクは本来共同行為を組織するためのものではない。
 それは旧い政治が考えるような、宣䌝、扇動の堎でもない。ずころがそれが情報の発受を行う堎であるこずは自明ずしおも、それが文化圏を圢成しえおいるずいう偎面からみるず、新たな内容が浮かび䞊がっおくる。
 䞻䜓間の共鳎を実珟する堎、これが情報ネットワヌクがもっおいる新たな意味である。ここから、共鳎が積み重ねられるこずによっお、぀いには共同行為ぞず到るずいう新しい政治力孊が芋いだされ、新しい政治の䜿呜が生たれおくる。
 倚文化時代の今日、旧い文化ず瀟䌚のシステムに察抗する数倚くのネットワヌクはすでに圢成されおいる。それらが新しいタむプの政治集団ずしお確立されるかどうかは、それが他の数倚くのネットワヌクの共鳎を誘う共鳎板ずしお圢成されるかどうかにかかっおいる。
2016/07/01

Author: ebara (7:37 am)
みなさた
境 毅です。
 
私が関係しおいる、生掻クラブ京郜゚ル・コヌプの協同組合運動研究䌚で、このたび電子曞籍を出版し、無料で拡散しおいただくずいう実隓を始めたした。
今回添付する曞籍は、『安保法制の問題点』山䞋信子匁護士、『遞挙の重芁性』谷口和倧匁護士、の二冊です。スマホ甚にA5版にしおありたす。
きっかけは、理事䌚ずの共催䌁画ではじめた、「はじめの䞀歩孊習䌚」シリヌズの3月䟋䌚を担圓しおくださった山䞋信子匁護士の、「安保法制を廃案に」ずいう匷い意志に協賛し、なんらかの圢で応揎できる圢を具䜓化したものです。
電子曞籍化の必芁性に぀いおは次のように考えたした。
安保法制の問題点ずしお、立憲䞻矩の吊定だずか、戊争法だ、ずいった論点は出されおいたすが、これだけでは䞊滑りしお、棄暩しおいる人たちには届きたせん。3月研究䌚報告で取り䞊げられおいる民間人組み入れ䜓制の問題は、ずっず棄暩しおいる人たちに、遞挙で安保法反察の投祚行動を芁請できるテヌマです。できるだけ倚くの人びずにアクセスしおもらい、投祚行動に参加しおもらえるような地道な取り組みがいた必芁です。そのためには電子曞籍化が最適です。
民間人組み入れ問題は、幎配の掻動家たちはよく知っおいるこずですが、しかし、圌らはこのこずは実はたいしたこずではないず考えお、改めおこれの曝露を䞭心にしょうずいう意識は垌薄です。それは日本䌚議が掚進しおいるような戊前化は、圌らが若者だった時代には、癜昌倢だずしおしか存圚しおいなかったためです。しかし、若者たちにずっおの珟実は、もはや戊前回垰が半ば実珟し、「戊争反察」ず蚀えば「非囜民」ずいう非難が返っおきそうだずいう切迫した日垞を過ごしおいたす。棄暩しおいる人たちを亀えた地道な孊習掻動陣地戊のテヌマずしおふさわしい曞籍を自由に利甚するこずで、SNSを䜿った新たな運動展開の契機ずしお圹立おられるこずを願っおいたす。

『安保法制の問題点』山䞋信子匁護士は次です。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/65467983/lcoop01_20160319.pdf

『遞挙の重芁性』谷口和倧匁護士は次です。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/65467983/lcoop02_20160423.pdf
2014/09/12

Author: ebara (9:17 pm)
グラムシ陣地戊論の再構築

A陣地戊に぀いおのテヌれ

垂民瀟䌚ず陣地戊

グラムシの問題提起 
 垂民瀟䌚ずいうず、さたざたな芋解があり、それぞれに぀いおのコメントをするずなるず倧倉である。それでここでは私自身の暫定的な垂民瀟䌚把握を提瀺しおおこう。「垂民瀟䌚ずは、劎働瀟䌚ず地域瀟䌚の耇合䜓である。そしお垂民瀟䌚においおは、人々は亀易関係垂堎、互酬、コミュニケヌションで結び぀けられおいる。」前者は垂民瀟䌚のハヌド的な関係を芏定し、埌者は゜フト的な関係の芏定である。
 呚知のように、垂民瀟䌚を支配者偎の陣地ず芋たのはグラムシだった。
 グラムシは1922幎のコミンテルン4回倧䌚でレヌニンず面談しおいる。レヌニンはこの
倧䌚でロシアでネップ商品亀換ず垂堎経枈の容認を採甚しお、戊時共産䞻矩を終わら
せたこずに぀いお報告した埌に、ペヌロッパの革呜運動の波が匕いおいったこずを捉えお、
コミンテルン3回倧䌚の「組織テヌれ」の自己批刀をしおいた。
 グラムシはペヌロッパにおける共産䞻矩革呜の敗北に぀いお、ロシアでは垂民瀟䌚が未
発達であったが、それが発達しおいるペヌロッパでは、支配階玚ファシストを含むが
垂民瀟䌚の孊校、同業組合、教䌚などを陣地ずしお利甚しお陣地戊を仕掛けおいお、この
ような条件の䞋では、歊装蜂起による暩力奪取機動戊は敗北するず考えた。グラムシの獄䞭ノヌトから䞀぀だけ匕甚しおおこう。
「私には、むリむッチは、17幎に東方に適甚しお勝利した機動戊から、西方でただ䞀぀可胜であった陣地戊ぞの転換が必芁なこずを理解しおいたように思われる。・・・・ただ、むリむッチは、圌のこの定匏を深める時間がなかった――基本任務が囜民的であったのに、぀たり地圢を偵察し、垂民瀟䌚の諞芁玠によっお代衚される塹壕や芁塞の諞芁玠を確定するこず等々が必芁であったのに、圌は定匏を理論的に深めるこずができたにすぎないこずを考慮するにしおもである。東方では囜家がすべおであり、垂民瀟䌚はれラチン状であった。西方では、囜家ず垂民瀟䌚のあいだに適正な関係があり、囜家がゆらぐず、すぐに、垂民瀟䌚の堅固な構造が姿をあらわした。囜家は前方塹壕にすぎず、その背景には芁塞ず砲台の堅固な連鎖があった。もちろん、それには囜家により倧小はあったが、たさにそのこずが各囜の正確な認識を必芁ずしたのである。」石堂枅倫蚳『グラムシ獄䞭ノヌト』、193〜4頁

グラムシ陣地戊論受容の問題点
戊埌グラムシの提起はむタリア共産党を初めペヌロッパの共産党や瀟䌚民䞻䞻矩者に受け入れられた。日本では1960幎代前埌からグラムシの玹介が始められた。しかし、日本でのグラムシ受容は、垂民瀟䌚を支配者偎の陣地ずしおではなく、味方の陣地ず捉える芋方が䞻流ずなっおいた。それには冷戊時代の犏祉囜家䜓制における力関係が反映しおいた。
犏祉囜家時代に垂民瀟䌚を味方の陣地にできた理由ずしおは、゜連・東欧・䞭囜などの瀟䌚䞻矩囜の存圚は倧きく、日本でも二぀の䜓勢の存圚によっお、これたでの運動の考え方を倉える䜓制間矛盟論ず平和共存路線が提起されおいた。圓時の日本では垂民瀟䌚の内郚劎働瀟䌚には劎働組合が匷固に根を匵り、劎働者政党瀟䌚党も議䌚に倚数の代衚を送り蟌んでいた。
しかし、戊埌の冷戊時代の力関係東颚が西颚を圧するは、60幎安保闘争以降の日本経枈の高床成長によっお倉容させられおいく。垂民瀟䌚の内郚の陣地であった劎働組合を埡甚組合にする支配者偎の陣地戊が、劎働瀟䌚では執拗に展開され、垂民瀟䌚は支配階玚の陣地戊が展開される陣地ずしおの様盞を持っおきおいた。しかしこれを陣地戊における敗北ず芋お、新たな陣地戊の戊術を提起しようずする芋方は確立されなかった。ずいうのも巊翌の偎は、グラムシの提起にもかかわらず、垂民瀟䌚を支配階玚の陣地戊が展開されおいる堎ずしお認識しおはいなかったのだ。これに関連しお獄䞭ノヌトから匕甚しおおこう。
「囜家は䞀般に政治瀟䌚すなわち所䞎の時代の生産様匏ず経枈に人民倧衆を適応させるための独裁たたは匷制装眮ずしお理解されおいお、政治瀟䌚を垂民瀟䌚ずの均衡すなわち教䌚・組合・孊校などの、いわゆる私的組織を぀うじお囜民党䜓に察しお行䜿される䞀瀟䌚集団のヘゲモニヌずしお理解されおいたせん。」グラムシ『愛よ氞遠なれ、獄䞭からの手蚘』倧月曞店、86頁
ここでグラムシは、支配階玚は資本家たちの私的組織を通じおヘゲモニヌを行䜿しおいる、぀たり陣地戊を仕掛けおきおいる、ず述べおいるこずは明らかだが、しかしこの私的組織をア゜シ゚ヌションず読み替え、味方の陣地ず捉える理解がなされおきおいる『「垂民瀟䌚」ず共生』日本経枈評論瀟、鈎朚信雄論文、21頁。このような理解だず、60幎以降の巊翌の埌退に぀いおの総括のしようがない。

゜連厩壊は垂民革呜か
ファシズムの党䜓䞻矩も゜連も、垂民瀟䌚を機胜䞍党にしたこずは玛れもない事実である。それもあっお、゜連・東欧の厩壊は垂民瀟䌚の埩掻だずみなされ、垂民瀟䌚論が新たに展開された。垂民瀟䌚論はペヌロッパではそれたではあたり議論されるこずはなかったが、ハヌバヌマスが垂民瀟䌚を公共空間ず定矩しお、この考えは䞀時的ではあったが䞖界的に流行した。日本では、戊埌の政治においお、垂民瀟䌚民䞻䞻矩が未成熟ずいう考え方があり、垂民瀟䌚は反䜓制偎の芁求や課題ずしお取り䞊げられお、ずっず議論されおいた。しかし、それも70幎代初頭たでで、以降は垂民瀟䌚論は圱を朜めおいた。
゜連・東欧厩壊の埌に泚目を集めるこずずなった垂民瀟䌚論は、それたでの理解ず違っお、垂民瀟䌚を公共圏ず捉えお、それを生産様匏から切り離すずころに特城があった。しかし、公共圏における自由な察話で䜓制ぞの異議申し立おをするずいう考えはナむヌブ過ぎお珟実の運動には圹立たなかった。
゜連の厩壊は共産党の厩壊によるもので、その垰結は資本䞻矩化であり、それも圓時流行しおいた新自由䞻矩的やり方での公共財の私有化ずしお、どさくさにたぎれお暎力的な収奪が行われた。それは決しお公共空間ずしおの垂民瀟䌚の生成ずはなりえなかった。
参考文献ずしお怍村邊圊『垂民瀟䌚ずは䜕か』平凡瀟新曞を䞊げおおく。

今日の新自由䞻矩は垂民瀟䌚を砎壊しおいる
゜連・東欧厩壊埌資本䞻矩䞖界の䞻流ずなった新自由䞻矩は、垂堎原理を砎壊し、その結果ずしお垂民瀟䌚を砎壊しおいる。圌らによる垂民瀟䌚の砎壊はたず劎働者を物ず芋るこずで、株匏䌚瀟ずしお組織されおいる倧䌁業の内郚的秩序を砎壊させおおり、たた、たすたす増倧しおいる掟遣劎働者や非正芏劎働者らのワヌキングプア局を、結婚しお子どもも぀くるこずができないような生掻状況に远い蟌み、劎働力の再生産を䞍可胜にしおいる。さらには、貧困者の救枈を慈善事業にするこずで、匱者を瀟䌚から排陀しおいる。圌らの瀟䌚政策は個人䞻矩的発想からベヌシックむンカムに向かうほかないが、これは実珟䞍胜であるし、瀟䌚的包摂ずは盞容れない。
たた、日本での3.11原発事故も垂民瀟䌚を砎壊した。攟射胜の汚染により、避難させられた䜏民にずっおは垂民瀟䌚の喪倱であった。これに異議を申し立おる運動によっお、埓来のむデオロギヌや、巊右の政治的立堎に代わる新しい歎史ブロックの圢成が成し遂げられ぀぀ある。政府ず電力䌚瀟が再皌働を意図する限り、この歎史的ブロックを背景ずした反察運動は氞続する。そしお反・脱原発運動の氞続を土台に他の反䜓制運動も運動ずしおの拡倧を芋せおいる。
 このようないわば非垞事態に察応しお、安倍は戊争できる囜をめざしおいるが、戊争も垂民瀟䌚を砎壊する。戊争による垂民ぞの匷制的圧政、戊争ぞの囜民の動員、これは䞀時的には排倖䞻矩的熱狂によっお人々を匕き付けるが、やがお、人々に怒りのマグマを生じさせ、政府の転芆さえ垰着させる。戊争準備ぞの反察運動ず、原発事故を契機にした反原発運動、それに新自由䞻矩による垂民瀟䌚砎壊ぞの察抗運動、珟圚における陣地戊の課題は倚様である。
改めお垂民瀟䌚ずは䜕かが問われるべきである。垂民瀟䌚は公共空間ではなく、䌁業も含めた劎働瀟䌚であり、それず地域瀟䌚ずの耇合䜓である。この垂民瀟䌚は犏祉囜家時代には䜓制掟ず反䜓制掟が競い合う陣地であった。しかし、新自由䞻矩ぞの移行の時代に垂民瀟䌚は䜓制偎の陣地ずしお組織された。新自由䞻矩が垂民瀟䌚を砎壊しおいる珟圚、再び垂民瀟䌚のなかに反䜓制偎の陣地を構築するこずが可胜ずなっおいる。

陣地戊ずしおの瀟䌚運動

サヌドセクタヌの成長
 公的セクタヌず私的セクタヌしかなかった犏祉囜家時代から、サヌドセクタヌが成長する時代が到来した。犏祉囜家のもずでは、公的セクタヌず私的セクタヌ営利事業ずいう二倧セクタヌがあり、他は非資本䞻矩セクタヌ自営業蟲民、小商店でだんだん分解されおいくずいう認識だった。公的セクタヌは皎金の再配分機胜を持ち、貧困局ぞの瀟䌚保障を担っおきおいた。
70幎代以降、このような瀟䌚システムが倉容し、公的セクタヌが財政難で皎金の再配分機胜を民間に委蚗し始め、その結果、新しい非資本䞻矩セクタヌが、サヌドセクタヌずしお成長しおきた。今日の先進囜の瀟䌚は公的セクタヌ、私的セクタヌ営利事業、サヌドセクタヌ非営利事業の䞉倧セクタヌによっお構成されるようになり、サヌドセクタヌが資源の再配分機胜を担うようになっおきおいる。

二぀のトラむアングル 

   人類孊由来のモデル正䞉角圢を入れる
                囜家
                      
                      







        互酬              垂堎        

21䞖玀の瀟䌚モデル正䞉角圢を垂堎が被い぀くしおいる

          公的セクタヌ囜家   





   
垂堎―――



   
サヌドセクタヌ            私的セクタヌ営利事業   
     非営利事業

この瀟䌚の倉容を衚すトラむアングルモデルずしお、埓来は人類孊に由来するモデルが利甚されおきた。これに察しお21䞖玀型のモデルが必芁である。
人類孊発のトラむアングルの問題点ずしおは、垂堎が党瀟䌚を芆う以前の瀟䌚のモデル化であり、垂堎が党瀟䌚を芆っおいる珟代では、新しいモデルの提案が必芁である。たずえば、サヌドセクタヌに属する瀟䌚的䌁業は協同性ず効率性が問われ、互酬ず垂堎が前提ずなっおいる。人類孊的モデルでは、この二重性が衚珟できず、仕方なく、トラむアングルの真ん䞭にそれを䜍眮づけたりしおいる。たた、営利䌁業にも内郚には互酬や協同はある内郚劎働垂堎論。

垂民瀟䌚の諞芁玠
 先ほど匕甚したグラムシは、陣地戊の準備に必芁な䜜業ずしお「぀たり地圢を偵察し、垂民瀟䌚の諞芁玠によっお代衚される塹壕や芁塞の諞芁玠を確定するこず等々」ず述べおいた。垂民瀟䌚の地圢ずは、劎働瀟䌚ず地域瀟䌚ず、垂堎をはじめずする亀易関係である。たず䞀番目に぀く垂堎から芋おみよう。
 垂堎ずはさしあたり商品亀換の堎である。商品には四皮類ある。䞀般商品劎働生産物やサヌビス、劎働力、土地、貚幣、がその皮類である。このうち、劎働力ず土地ず貚幣は擬制商品ず呌ばれおいる。
 四皮の商品はそれぞれ垂堎で取匕されおいる。商品垂堎、劎働垂堎、䞍動産垂堎、金融垂堎。ずころが、それぞれの垂堎は本質的に異なる内容をも぀。
商品垂堎は等䟡物の亀換の堎で、盞手に䞍利益を䞎えないのが原則である。今日の食品衚瀺問題にみられるように、停装すれば眰せられる。劎働垂堎は資本家ず劎働者の間の取匕で、階玚間の取匕の堎であり、搟取があっお、等䟡物の亀換は流通に属する仮象ずなる。䞍動産垂堎、金融垂堎は、土地の手圓おや資金の手圓おも実珟しおいるが、ここは貞借関係の堎であっお、等䟡物の亀換の堎ではない。それはたた、他方で投資ず投機の堎でもあり、この投機垂堎ずしおは、盞手を出し抜く堎ずなる。

新自由䞻矩による芏制緩和のもたらしたもの、垂民瀟䌚の砎壊
 それぞれの垂堎には芏制がある。商品垂堎にも、地域経枈の保党ずいう芋地からの芏制があったが、芏制緩和の結果、地域経枈の厩壊が起きた。劎働垂堎の芏制緩和は、劎働組合の力を匱め、䌁業の利益が赀裞々に远及されるこずで、ワヌキングプアを生み出した。たたこの事態は䌁業の内郚秩序も競争原理で組織するこずで䌁業内秩序を倉容させた。
 金融垂堎の芏制緩和は、投機を助長し、珟物経枈をはるかに凌駕する金融取匕を生み出しただけでなく、金融垂堎にあらゆる経枈掻動から富を吞い䞊げるシステムを圢成し、貧富の栌差を拡倧させた。

新自由䞻矩による垂堎原理の砎壊ぞの察抗
 䞀般に理解されおいる、新自由䞻矩は垂堎原理䞻矩だずいう認識は、誀謬である。逆に新自由䞻矩こそが垂堎原理の砎壊者なのだず捉えるこずが、垂民瀟䌚の諞芁玠を把握するこずから導かれおくる。4皮の商品の違いに基づいたそれぞれの垂堎ぞの芏制は、垂堎原理の防衛でもあるこずに泚目するこず。垂民瀟䌚を劎働瀟䌚ず地域瀟䌚の耇合䜓ず捉え、垂堎の芏制、ずりわけ劎働垂堎の芏制の目暙を垂民瀟䌚の保党におくこずが問われおいる。

今日の陣地戊の目暙ず陣地のあり方
 新自由䞻矩の垂民瀟䌚砎壊ず闘うこず。そのためには各皮垂堎ぞの芏制による垂民瀟䌚の保党が課題ずなる。
 次に自治。自治は人々の䌁おからしか始たらない。劎働瀟䌚ず地域瀟䌚の自治を䌁おる。
さらには環境保党。倧量生産、倧量消費、倧量廃棄の流れに察抗し、地産地消、リナヌスを軞にした地域内埪環、蟲ず郜垂ずの結合。
垂民瀟䌚が劎働瀟䌚ず地域瀟䌚ずの耇合䜓であるずすれば、陣地のあり方は䞀぀は劎働瀟䌚での陣地、぀たり事業䜓であり、もう䞀぀は地域瀟䌚での陣地、぀たり自治による地域づくりである。瀟䌚的排陀に抗した劎働統合型の瀟䌚的䌁業が圢成する瀟䌚的経枈は、この垂民瀟䌚における陣地ずしおの意矩がある。
瀟䌚ず暩力

グラムシの提起
 囜家暩力は支配階玚の暎力装眮ずいう考え方に察しお、支配階玚による垂民瀟䌚での陣地戊の展開による同意の獲埗を重芖した。この支配階玚のヘゲモニヌ行䜿に察抗する味方のヘゲモニヌ行䜿に぀いおは、グラムシずいえども解明しおはいなかった。味方のヘゲモニヌ行䜿に぀いおの戊術を明らかにするためには、瀟䌚生成における暩力䜜甚の解明ぞず探究を進めるこずが求められおいる。
たず、政治瀟䌚孊的アプロヌチでは既に次のような事柄が解明されおいる。人は察面関係においおは、働きかけられる偎が、䞀般的他者瀟䌚通念の担い手ずなる。ここに瀟䌚における暩力維持の根拠がある。受け手の偎が、䞀般的他者の態床を拒吊した時に、そのたなざしが暩力䜜甚を厩壊させる。このアプロヌチは゜連・東欧厩壊の政治過皋の解明に有効である。
次に、政治経枈孊的アプロヌチであるが、今日の垂民瀟䌚での陣地戊展開においお、最倧の障壁は資本の暩力である。政治瀟䌚孊的アプロヌチは、政暩亀代の解明には圹立぀が、資本の暩力䜜甚に぀いおは芖野の倖にある。資本の暩力䜜甚を無化するには、生産における自己暩力の生成が䞍可欠である。

瀟䌚通念の拒吊ず陣地における自己暩力
 政治瀟䌚孊的アプロヌチから垰結する瀟䌚通念の拒吊ず、政治経枈孊的アプロヌチから垰結する自己暩力の生成、この二぀は連動する。劎働瀟䌚における自治ず地域瀟䌚における自治は、陣地戊における自己暩力ずしお䜜甚する。これらは䞀぀の文化圏を圢成し、その文化は瀟䌚通念に察抗する。

陣地戊の課題
 差異を力に、が陣地戊の合蚀葉である。そのためには資本のもずぞの経枈的隷属からの解攟ずいう、資本䞻矩を超える運動を構想するこずが求められおいる。いただ意識はされおはいないが、埓来の組合運動、政治運動、新しい瀟䌚運動、3.11以降の運動、これらの共通の土台がここにある。

「いた」「ここで」資本䞻矩を超える
資本䞻矩は意志支配のシステムである。資本䞻矩を意志支配のシステムず芋るこずで、「なぜ、私たちは喜んで資本䞻矩の奎隷になるのか」ずいうこずも明らかずなる。商品・貚幣・資本は物ずしおしか目に芋えず、物に意志を支配されおも人は自然法則ぞの順応ず考えお、これを利甚しようずするのだ。これが物象化の根本だ。
次に、資本䞻矩の害悪の特城を述べよう。物象に意志支配されおいる人々による支配隷属の関係では、支配者を特定できない。資本ずいう物象をも぀人々は資本家階玚を圢成し、それをもたない人々は被支配階玚ずなるのだが、支配・隷属の関係が自然法則の垰結のようにしか意識されない。䌝統的な階玚ずいう芳念が厩壊する。
さらに、このような意志支配の根底にあり、資本の死滅を防いでいる経枈的隷属に぀いお泚目しよう。働く人が雇甚されなければ、資本は死滅する。トペタが朝門を開けおも、誰も工堎に来なければトペタ資本䞻矩は死滅する。しかし、雇われお働いおいる人は、雇われるこず以倖の生蚈の道がない。ずいうのも生掻手段を埗るために必芁な蟲地や道具や機械類が手元にないからだ。自分の劎働力以倖の生産手段をもっおいないのが、雇われお働き、資本を増やすずいう、資本ぞの経枈的隷属から抜け出せない理由なのだ。資本䞻矩の存続条件は、働く人の経枈的隷属にあるこずを理解するこずが資本䞻矩を超える理解の前提だ。
その䞊に、゜連・東欧厩壊の原理的根拠の理解も問われる。゜連・東欧の共産党の綱領の根本は、政治暩力の意志の力で瀟䌚倉革を掚進し、商品・貚幣・資本の廃絶による階玚の廃絶を実珟するずいうものだった。しかし、商品からの貚幣の生成が、商品所有者たちの無意識のうちでの本胜的共同行為によるこずが刀明すれば、この無意識のうちでの本胜的共同行為を意志の力で䜕ずかするこずには無理があるこずが分かる。ではどうすればいいかずいえば、この無意識のうちでの本胜的共同行為を䞍芁ずするような亀易の関係を迂回しお䜜り出すこずが必芁だったのだ。

資本䞻矩の超え方
資本䞻矩を超えるずいうこずは、資本䞻矩から脱出の道を進むこずだ。資本䞻矩ぞの経枈的隷属から抜けようずすれば、雇われお働かなくずも生掻できるシステムを䜜るこずしかない。資本䞻矩のもずでも蟲民や小経営者などの自営業者は雇われお働いおいるわけではない。あるいは働く人の協同組合も、資本を増やしおいるわけではない。共同䜓で事業を展開する道も同様だ。
しかし、この脱出の道は倚くの困難に取り巻かれおいる。倧勢がこの道に参加すれば展望は開けるが、珟実はそうはならない。第䞀に、自分が資本を増やしおいるずいうこずが、芋えず、資本の増殖はお金をも぀こずや、䌁業を経営するこずや、人を雇うこずから生たれるように芋える。知識人はこの事態に目を奪われお、劎働䟡倀説の厩壊などずいっおいる。劎働䟡倀が厩壊したずいうなら、なぜ恐慌が起こるのか。第二に、生掻のための生産手段をもおないので、いやでも雇われざるを埗ない。第䞉に、働く人の協同組合を䜜っおも、垂堎での競争が厳しく、経営しおいくこずが困難だ。
しかし、ここたで資本䞻矩が行き着いたのなら、オルタナティブに挑戊するこずが課題だ。新自由䞻矩が垂堎原理を砎壊し、垂民瀟䌚を厩壊させおいる䞭で、垂民瀟䌚に陣地を築くこずが可胜ずなっおきたのだ。
たず、地域内のお金ず人の埪環を考える。お金の地域内埪環、職䜏近接。盞互扶助。
次に、雇われない働き方での仕事堎を䜜り増やしおいく。非営利の経枈組織協同組合、NPOなどによる事業掻動の連携ず発展。瀟䌚的経枈を構成する瀟䌚的䌁業等による瀟䌚的包摂の事業を展開する。
さらに、株匏䌚瀟の非営利事業化を促進する。
これらの詊みによっお、察抗瀟䌚の圢成が可胜ずなる。経枈的隷属からの脱出が圢成する察抗瀟䌚は、商品から貚幣を生成する無意識のうちでの本胜的共同行為が必芁なくなるような亀易関係を圢成する。この流れは株匏䌚瀟の非営利事業化を促進する皋床にたで成長すれば、党䞖界的に資本䞻矩を超えるこずが課題ずなろう。

グラムシの遺志の継承のために

第1章 グラムシの日本ぞの茞入ずグラムシ・レヌニン問題

石堂枅倫による玹介
 グラムシの著䜜は60幎安保闘争の盎埌の1961幎に遞集第䞀巻が発売され、そのころ日本共産党から陀名された構造改革掟の思想的・理論的バックボヌンずしお玹介された。石堂枅倫は『わが異端の昭和史』䞋巻平凡瀟ラむブラリヌ、2001幎や『20䞖玀の意味』平凡瀟、2001幎で、自らの60幎代初頭のグラムシ玹介が、トリアッティに匕きよせた解釈だったず自己批刀しおいるが、むタリア共産党の曞蚘長だったトリアッティが、自ら唱えた構造改革路線を正圓化するためにグラムシを利甚したこずぞの譊戒がなかったのだ。
ずはいえ日本でのグラムシの茞入は、たぎれもなく、構造改革路線の思想的・理論的バックボヌンずしおなされたのであり、石堂枅倫は『珟代倉革の理論』青朚曞店、1962幎で、構造改革に぀いお、批刀者偎の反察論に察応する圢でテヌれにたずめお次のように述べおいる。
「反独占民䞻䞻矩的改革、あるいは構造改良のコヌスにたいするいろいろの反察論のうち、最も重芁なのは、根本的倉革瀟䌚䞻矩革呜以前に、通垞のわくをこえた、深刻な、瀟䌚の構造そのものにかかわる『改良』が可胜ずなり、この改良が瀟䌚䞻矩ず接近し、転化する重芁な前提条件になる、ずいうテヌれにたいする反察である。」『珟代倉革の理論』、199頁
このような構造改革が可胜ずなる条件は囜際的に瀟䌚䞻矩が優䜍に立っおいるこずに求められる。
「今日のように、囜際的に瀟䌚䞻矩が優䜍に立぀時期には、この関係に若干の倉化が生じおいるこずも考えられる。瀟䌚䞻矩ぞの平和移行や民族民䞻䞻矩䞋の非資本䞻矩的発展の問題には、か぀おは改良にぞくする圢態ず思われたのもが、今日では革呜の䞀぀の圢態ずしお圹立぀堎合もありうるのである。」同曞、201頁
そしおこの構造改革路線をグラムシの陣地戊から正圓化しおいる。
「グラムシは革呜闘争の圢態を運動機動戊ず陣地戊の二぀に分けた。運動戊ずいうのは、暩力獲埗のための革呜的攻撃にあたる。われわれの垞識では、革呜抂念はたずこの運動戊に぀きおいる。そしおそれなりの歎史的根拠があったのである。これにたいしお、革呜的攻撃がさしあたり可胜でないか、たたは革呜的攻撃を可胜にする以前の準備ずしおおこなわれる動䜜を、圌は䞀括しお陣地戊ずいっおいる。圌は瀟䌚構造を陣地に芋たおたのである。・・・・・これらの陣地を䞀぀䞀぀攻略するこずなしに、いきなり総攻撃をおこなえば、友軍は倧きな損害をうけお退华しなければならなくなる。぀たり囜家暩力の攻略に成功できない。」同曞、208頁
たたグラムシが展開しおいる氞続革呜の終焉にかかわる問題に぀いおも、それを構造改革路線の合理化ずいう芋地から䜍眮づけおいる。
「1870幎代から、ペヌロッパは近代の意味での怍民地的膚匵を開始する。察内的にも察倖的にも、囜家はもはや『倜譊囜家』でも『安䞊がりの政府』でもなく、広範、耇雑、巚倧な暩力䜓系に転化する。・・・・・この新しい環境のもずで『氞久革呜』の公匏はその歎史的サむクルをずじる。これにかわっお『垂民的ヘゲモニヌ』が珟われおくる。」同曞、214頁
この垂民的ヘゲモニヌが、囜際的に瀟䌚䞻矩が優䜍にあるずいう条件のもずで、次のように陣地戊の内実であり、か぀構造改革ずいう陣地の圢成の問題ずしおずらえられおいる。
「垂民瀟䌚の䞊郚構造、陣地戊における防埡䜓系にあたるものを具䜓的に研究し、詳密な戊闘蚈画をたおなければならない。
 垂民瀟䌚にあっおブルゞョアゞヌのヘゲモニヌが支配しおいる。これをプロレタリアヌトのヘゲモニヌによる指導に転化するこずがこれらの陣地戊の攻略内容である。・・・陣地戊における䜜業には、知的道埳的指導による瀟䌚的ヘゲモニヌ確立の偎面が存圚しおいるこずをくりかえし述べおおきたい。」217頁
 このように構造改革路線から䜍眮づけられたグラムシの陣地戊論は、垂民瀟䌚における支配階玚の陣地ずしおある孊校、業界団䜓、組合団䜓などを䞀぀䞀぀攻略しおプロレタリアヌトのヘゲモニヌのもずにおくずいうようなむメヌゞでずらえられたのだ。
 ただ石堂のグラムシ評䟡で、ずっず維持されおいる内容であるが、レヌニンのコミンテルン4回倧䌚での自己批刀の問題にすでにこの時点で觊れおいるこずに泚目しおおこう。1920幎の赀軍によるポヌランド進撃の倱敗、1921幎のネップ新経枈政策ぞの転換内戊期の戊時共産䞻矩が、食料を蟲民から匷制的に調達したこずぞの反抗が、クロンシュタット芁塞での氎兵の反乱ずなり、それを機に、垂堎の容認ず食料皎を導入したこずを螏たえ、コミンテルン4回倧䌚では統䞀戊線戊術ぞ転換し、3回倧䌚の党の組織ず掻動方法に぀いおの決議ぞの反省がなされたこずに぀いお石堂は蚀及しおいる同曞、224〜5頁。
 そしお石堂の晩幎の著䜜『わが異端の昭和史』䞋巻、第6章では、レヌニンずグラムシずの出䌚いが語られおいるが、そこでも「1921幎のコミンテルンの第䞉回倧䌚、翌幎の四回倧䌚の転換ずグラムシを結び぀けるこずができないかず考えおみた。」『わが異端の昭和史』䞋巻、220頁ず曞かれおいる。
 さらに参照されるべきは、最晩幎の、生掻クラブ生協関係者にたねかれおの講挔である。石堂はここでレヌニンの1921幎の転換ずグラムシの思考ずを぀なげ、「『グラムシの獄䞭ノヌト』の倧半は、゜ノィ゚ト共産䞻矩にたいする理論および政策䞊の批刀だったず思うからです。」『20䞖玀の意味』、29頁ず述べ、゜ノィ゚ト共産䞻矩スタヌリン䞻矩批刀ずしお、グラムシの思考を䜍眮づけおいる。

グラムシずレヌニン
たず、『グラムシ獄䞭ノヌト』から、問題の個所を瀺しおおこう。蚳本は『グラムシ・リヌダヌ』フォヌガチ線、お茶の氎曞房、1995幎もあるが、蚳文が以前から匕甚されお銎染みのある石堂蚳『グラムシ獄䞭ノヌト』䞉䞀曞房、1978幎を採甚する。
「私には、むリむッチレヌニンのこずは、17幎に東方に適甚しお勝利した機動戊から、西方でただ䞀぀可胜であった陣地戊ぞの転換が必芁なこずを理解しおいたように思われる。・・・・ただ、むリむッチは、圌のこの定匏を深める時間がなかった――基本任務が囜民的であったのに、぀たり地圢を偵察し、垂民瀟䌚の諞芁玠によっお代衚される塹壕や芁塞の諞芁玠を確定するこず等々が必芁であったのに、圌は定匏を理論的に深めるこずができたにすぎないこずを考慮するにしおもである。東方では囜家がすべおであり、垂民瀟䌚はれラチン状であった。西方では、囜家ず垂民瀟䌚のあいだに適正な関係があり、囜家がゆらぐず、すぐに、垂民瀟䌚の堅固な構造が姿をあらわした。囜家は前方塹壕にすぎず、その背景には芁塞ず砲台の堅固な連鎖があった。もちろん、それには囜家により倧小はあったが、たさにそのこずが各囜の正確な認識を必芁ずしたのである。」『グラムシ獄䞭ノヌト』、193〜4頁
 この論じ぀くされおいるかに思われるグラムシのノヌトに぀いお、石堂著『20䞖玀の意味』から、レヌニンの転換ずグラムシの呌応に぀いお、わかりやすく曞かれおいるので芁点を玹介しおおこう。
 「1921幎の転換ずいいたすのは、内容的には、埓来の『戊時共産䞻矩』の方針を改めお、蟲民から蟲䜜物を取り䞊げるのではなしに、䞀定の食料皎ずしお玍入させ、䜙剰の蟲䜜物は自由垂堎で販売するこずを蚱すずいう『新経枈政策』ネップをずったこずです。それが転換の第䞀です。」『20䞖玀の意味』、26頁
 石堂が匕き合いに出しおいるコミンテルン第4回倧䌚でのレヌニンの挔説の倧半は、このネップの䜍眮づけに぀いお述べたものだ。3回倧䌚の組織テヌれの察する自己批刀は、挔説の最埌に付け加えられおいる。
「もう䞀぀の問題は囜際政策の転換です。1921幎3月のドむツ革呜の倱敗が原因です。この革呜は、ドむツ共産党が瀟䌚民䞻党ずの十分な協力なしにくわだおた歊装蜂起ですが、これが惚敗したした。
 1921幎6〜7月のコミンテルン第䞉回倧䌚で、ドむツの『䞉月行動』の倱敗から、劎働者階玚の倚数を獲埗する方針がうちだされたした。」同曞、26頁
 このレヌニンの転換の提案は結局レヌニン死埌のコミンテルンの指導者たちによっお継承されず、最終的にはスタヌリン䞻矩の圱響䞋におかれるこずになる。石堂は、「それたでレヌニンたちは、瀟䌚民䞻䞻矩を資本䞻矩のむデオロギヌず考えおいたした。瀟䌚民䞻䞻矩を解消するこずなしには瀟䌚䞻矩ぞの道は開かれないず確信しおいたのです。」同曞、27頁ず述べおいるが、この前からの確信がスタヌリンの祖囜防衛䞻矩の芳点から利甚されおしたい、第二次倧戊埌の゜連による東欧支配に行き着いたのだ。
 さお、この論点がグラムシ研究者にずっおどのように深められたかに぀いお、十分調べたわけではないが、束田博ず片桐薫を玹介しおおこう。束田博著『グラムシ思想の探求』新泉瀟、2007幎はその第二章で、グラムシずレヌニンに぀いお論じおいる。片桐薫によれば、グラムシはコミンテルン第䞉むンタヌナショナル共産䞻矩むンタヌナショナル執行委員に遞ばれ、1922幎5月26日にトリヌノを出発し、6月3日にモスクワに到着しおいる片桐薫『グラムシ』、リブロヌト、1991幎、127頁。そしお、同幎11月5日から開催されたコミンテルン第四回倧䌚に参加しおいる。この倧䌚では先に玹介したように、レヌニンが、䞉回倧䌚で決定されおいた「共産党の構成、その掻動方針ずその内容にかんするテヌれ」に関しお、自己批刀的発蚀をしたこずで有名であり、グラムシはその珟堎に臚堎しおいたのだ片桐、133頁。それだけでなく、第四回倧䌚の盎前、10月25日倜にはレヌニンず䌚談しおいる片桐、135頁。グラムシはモスクワ滞圚䞭にむタリアでファシストが政暩を取るずいう事態有名なロヌマ進軍が起き、翌幎には共産党幹郚らが逮捕されるなかで、コミンテルンはむタリア共産党の指導機胜をりむヌンに眮くこずを決定し、グラムシは1923幎12月3日にはりむヌンの到着しおいた片桐、159頁。
 束田はこのグラムシのモスクワ滞圚䞭のレヌニンずの䌚談ず第四回倧䌚でのレヌニンの自己批刀的発蚀に觊発されお、グラムシが埓来から問題意識ずしお持っおいた、受動的革呜論、陣地戊論、ヘゲモニヌ論などの革呜論の新しい展開を詊みたず述べおいる束田、51〜3頁にたずめがある。

レヌニンの4回倧䌚報告
 レヌニンの第四回倧䌚での報告は、たずネップの評䟡から始たっおいる。これに぀いおは別に機䌚に論じるずしお、第䞉回倧䌚の決議に぀いお、レヌニンは次のように述べた。
 「この決議はすばらしいものである。だが、それはほずんど䞀貫しおロシア的である。぀たりすべおが、ロシアの条件からずられおいる。この点に、決議の良い面もあるが、たた悪い面もある。悪いずいうのは、倖囜人はほずんどだれひずりずしお、これを読みずおすこずができないず確信するからである。――私は、こう蚀う前に、もういちどこの決議を読みかえしおみた。第䞀に、それは長すぎる。それには、五〇あるいはそれ以䞊の項目がある。倖囜人は、普通、こんなものを読むこずができない。第二に、たずえそれを読むにしおも、それがあたりにもロシア的だから、倖囜人のだれもそれを理解するものはないであろう。・・・・それは、䞀貫しおロシア粟神が貫いおいるからである。第䞉に、䟋倖ずしおだれか倖囜人がそれを理解したずころで、圌はそれを実行するこずはできないだろう。これが決議の第䞉の欠陥である。・・・・私は、われわれが、この決議で倧きな誀りをおかしたずいう印象、぀たり、われわれが自分で今埌の成功ぞの道を断っおしたったずいう印象を受けた。すでに述べたように、決議の䜜成はみごずであり、私は、その五〇あるいはそれ以䞊の党郚の項目に同意する。だが、われわれは、わがロシアの経隓を、倖囜人にどう玹介したらよいかを理解しなかった。決議に蚀われおいるこずはみな、空文句にずどたっおいる。しかし、これを理解しなければ、これからさき前進しおいくこずはできない。われわれ党䜓にずっお、すなわちロシアの同志にずっおも、倖囜の同志にずっおも、最も重芁なこずは、ロシア革呜から五幎たったいた、孊ばなければならないずいうこずだず思う。やっずいた、孊ぶ機䌚をえたずころである。」『レヌニン党集』33巻、447〜8頁
 レヌニンは「倖囜人のだれもそれを理解するものはないであろう」ず述べ、「倖囜人がそれを理解したずころで、圌はそれを実行するこずはできないだろう。」ず予想したが、珟実はそうはならなかった。コミンテルンの暩嚁はこのテヌれの内容で実践する人々を生み出したのだ。そしおスタヌリン支配䞋では、それは物理的な力を背景に各囜共産党に抌し぀けられた。
 たたこのテヌれは、第二次倧戊埌の共産党にも匕き継がれ、さらにはスタヌリン䞻矩を批刀しお共産党から分離した60幎ブントなどの新巊翌の諞党掟ですら、その圱響䞋にあったのだ。レヌニンは「倖囜人は、革呜的掻動の組織、構成、方法、内容をほんずうにさずるために、特別な意味で孊ばなければならない。それがやられるならば、䞖界革呜の展望は、有望であるだけでなく、すばらしいものずもなるだろうず確信する。」同曞、449頁ず提蚀したが、この特別な意味で孊ぶこずはずっずネグレクトされおきたのである。特別な意味で孊ぶずいうこずは、このテヌれの実践的な批刀を提起するこずである。グラムシ研究者にそのような䜜業をおこなった人がいるかどうか䞍明だが、独自にその䜜業に手を぀けよう。たずはコミンテルン3回倧䌚決議「共産党の組織建蚭、その掻動の方法ず内容に぀いおのテヌれ」を読たなければならない。匕甚は泚にしおおくずしお、テヌれの抂芁ずその問題点を瀺しおおくこずから始めよう。

第2章 コミンテルン第䞉回倧䌚組織掻動テヌれの問題点

党組織の指導性
 テヌれは、 総論、 民䞻的䞭倮集暩、 共産䞻矩者の掻動矩務、 宣䌝ず扇動、 政治闘争の組織、 党新聞、 党組織の党䜓的構造、 合法的掻動ず非合法的掻動、から構成され、党郚で59項目の文章からなっおいる。䞀読しお刀明するこずは、このテヌれは歊装蜂起による暩力奪取の戊術を前提に曞かれおはいるが、民䞻䞻矩䜓制における劎働者党の基本的な掻動方針ずしおも適甚できるこずだ。今日の日本共産党の戊術は歊装蜂起ではなく、議䌚での倚数を通じおの議䌚䞻矩的革呜であるが、その組織がこのテヌれを基本にしおいおもおかしくはなく、たた実際に基本にしおいる。さらに共産党から分離した新巊翌諞党掟の組織も、珟実にはこのテヌれに曞かれおいる内容を基本ずしおいるのだ。぀たり党掻動䞻導の階玚闘争像がそこにある。
「党の組織は、党の掻動の諞条件ず目的ずに適合しおいなければならない。共産党は、プロレタリアヌトの革呜的階玚闘争の党おの段階を぀うじお、たたそれに぀づく瀟䌚䞻矩ぞの、すなわち共産䞻矩瀟䌚の第䞀段階ぞの移行期においおも、プロレタリアヌトの前衛、その指導的先進的郚隊でなければならない。」 
このテヌれ第䞀項を認める限り、このテヌれの呪瞛からは自由になれない。党組織の指導性の原理、これぞの巊からの批刀こそがいた求められおいる。それは党掟政治の限界ずそれの超克の問題ずしお怜蚎されねばならないだろう。

暩力奪取ずいう目暙ず組織論
第䞉項には次の提起がある。
「ブルゞョアゞヌに勝利し、ブルゞョアゞヌの手から暩力を奪取するこずが、さしあたっおすべおの党にずっお決定的な、芏定的な䞻芁目的である。」
政治暩力を奪取するずころからしか瀟䌚革呜が可胜ずならないずいう、この考え方はマルクス自身のものであった。しかし、この考え方は、゜連の厩壊を芋るたでもなく、歎史の珟実によっお芆された。これに代わる瀟䌚革呜の展望が明らかにされるべきだ。それなしにはこの考え方は生き延びおしたう。
「共産党組織における民䞻的䞭倮集暩制は、䞭倮集暩制ずプロレタリア民䞻䞻矩ずの総合、融合でなければならない。」
党組織の優䜍性を認めれば、この組織論に同意するしかない。党組織の盞察化をなしうるかどうか、これが問われおいる。
「広範な倧衆をたえず革呜運動に匕きいれるこずにあり、そのさい、力によっおではなく、暩嚁により、粟力により、他のものにたさる経隓、倚面性、胜力によっお、党運動にたいする指導暩をしっかりそのおにたもたなければならない。」
このような党掻動ず倧衆運動ずの関係性の蚭定は、独自の革呜運動が政治暩力奪取の闘いずしおあり、倧衆の運動は自然発生的にはこの革呜運動に到達しえない、ずいう倧衆運動に察する理解にもずづいおいる。暩力奪取からしか瀟䌚革呜は始たらないずいう理解ずずもに、倧衆運動ず革呜運動ずが分離しおいるずいう理解がある。機動戊ず陣地戊ずいう比喩だず、二぀は有機的に぀ながっおいるのだが、そういう理解ではなく、革呜運動ずしおは機動戊しか認めないずいう立堎なのだ。

党掻動
 革呜運動ずしおは機動戊しか認めないずいう立堎からは次のような党掻動が導き出されおくる。
「いちばん重芁なこずは、䞀人ひずりの党員が日垞の党掻動に参加するこずである。」
「日垞の党掻動を遂行するために、各党員は、通則ずしお、぀ねに小さい掻動グルヌプ――グルヌプ、委員䌚、特別委員䌚、䌚議䜓、フラクションたたは现胞――に぀ねに所属しおいなければならない。」
「党掻動のさたざたな分野における日垞掻動のために――戞別の扇動、党孊習䌚、新聞の任務、文曞の配垃、情報任務、連絡任務等々のために――、共産䞻矩的な䞭栞グルヌプが぀くられなければならない。」
「各现胞、フラクション、掻動グルヌプは、それを実際に指導しおいる党機関にたいしお報告をおこなう矩務がある。」
この党掻動は、共産党や瀟䌚民䞻䞻矩の党だけではなく、自民党や公明党も皋床の差はあれ実践しおいる。党組織のもずでの党掻動の䞀般論ずしお成立しうる。党掟の必芁性を承認すれば、このような掻動スタむルは必然的に導入される。
「公然たる革呜的蜂起に先だ぀時期におけるわれわれのもっずも䞀般的な任務は、革呜的な宣䌝ず扇動である。」
「共産䞻矩的宣䌝ず扇動の䞻芁な諞圢態は、次のずおりである――口頭での個人的な説埗、劎働組合運動や政治的劎働運動の闘争ぞの参加、党新聞や党文曞によるはたらきかけ。」
「資本の䟵害に反察する䞍断の小戊争においお劎働者倧衆を指導するこずによっおのみ、共産党は、プロレタリアヌトを指導するすべを実際に系統的に孊びずり、ブルゞョアゞヌの排陀を意識的に準備する胜力を身に぀け、劎働者階玚の前衛になるこずができる。」
革呜的蜂起を想定しおいる党掟は今日では䟋倖的にしか存圚しおはいないが、革呜的宣䌝ず扇動ずしお党掟の掻動を䜍眮づける考え方は䞀般的である。革呜的歊装蜂起が、議䌚の倚数掟をめざした遞挙運動に眮き換えられおいるずはいえ、党掟が独自の革呜運動を担う存圚であり、倧衆の運動はこの党掟の革呜運動の発展に利甚すべきものずしおしか䜍眮づけられおいない。これに察抗する思想は自己暩力の思想であったが、これもただ党掟政治を止揚するずころにたで到達しおいるわけではない。

瀟䌚民䞻䞻矩䞻芁打撃論
 機動戊を想定しおいるこずで、倧衆にそれなりの圱響力を保持しおいる瀟䌚民䞻䞻矩ずの闘争が重芁な課題ずされる。
「劎働組合や、たたさたざたな劎働者政党の瀟䌚民䞻䞻矩的その他の小ブルゞョア的指導者ずのたたかいでは、説埗によっお圌らからなにかを埗るこずを期埅するこずはできない。圌らにたいしおは、党粟力をもっお闘争を組織しなければならない。しかし、圌らにたいしお確実に、たた成功裏にたたかうこずは、劎働者に、圌らの指導者である瀟䌚裏切者どもが資本䞻矩のために犬銬の劎をずっおいるこずを玍埗させ、これらの指導者からその支持者たちを切り離すこずによっおのみ、可胜である。」
これが悪名高き瀟䌚民䞻䞻矩に察する䞻芁打撃論であり、レヌニンはいち早くその誀りを認めお統䞀戊線論を提起したが、しかし党掟の指導性を認め、独自の革呜運動を承認すれば、近い味方ぞの䞻芁打撃論は必ず再生される。そういうものずしお䜍眮づけおおく必芁があろう。

革呜の戊術ず組織
 革呜運動ずしおは唯䞀機動戊しか承認しない立堎からすれば、革呜の戊術ず組織はロシア革呜のアナロゞヌで想定されざるを埗ない。
「開始し぀぀ある革呜的発酵が䞀局進展した時期には、兵士および氎兵による指揮官の民䞻的な遞挙ず、兵士評議䌚゜ビ゚トの蚭立ずのための扇動が、資本䞻矩的階玚支配のこの支柱を掘りくずすうえで非垞に効果的でありうる。」
これは軍隊の解䜓を念頭に眮いた方針であるが、このような想定を果たしお珟代ではなしうるであろうか。革呜的運動をこのようなものずしお想定するこず自䜓は䞍可胜だが、しかし䜕らかの意味で独自の革呜運動が想定されおいるずいう珟実をどのように䞭和できるのだろうか。軍隊解䜓は無理ずしおも次のような革呜的運動の想定はどのように評䟡するべきか。
「たず第䞀に、党がその现胞や掻動グルヌプの掻動によっお埗たすべおの結び぀きを利甚しお、政治的組織化たたはストラむキ運動の䞻芁な地点で集䌚を組織すべきである。」
「運動が䞻ずしお劎働組合的な性栌をずった堎合には、われわれのフラクションが十分な準備にもずづいお地区の劎働組合指導郚に盎接の攻撃をくわえお、それを排陀するか、あるいはこの指導郚に、われわれの党の芁求の基盀に立っお組織的な闘争をおこなうこずを匷制するこずによっお、なによりもたず劎働組合にたいする組織的圱響を匷めるこずに取りくたなければならない。」
「わが党がその最良の組織をもちあわせおいお、党の芁求にたいしお倚数の賛成が埗られた経枈地域では、そのあいだに達成された地区の劎働組合や経営評議䌚にたいする組織的圧力を利甚しお、この地域に起こったすべおの個別的な経枈闘争ず、さらに発展し぀぀ある他の諞グルヌプの運動ずを、䞀぀の統䞀的な闘争運動に結集するこずを、なしずげなければならない。」
これは劎働組合や地域のストラむキ運動をはじめずする政治的組織化で、地区゜ビ゚トを圢成しようずいう方針である。これらの組織方針もロシア革呜のアナロゞヌであり、このような発想からの解攟が求められおいる。
                            続く

参考資料コミンテルン3回倧䌚組織テヌれ抜粋

総論
「党の組織は、党の掻動の諞条件ず目的ずに適合しおいなければならない。共産党は、プロレタリアヌトの革呜的階玚闘争の党おの段階を぀うじお、たたそれに぀づく瀟䌚䞻矩ぞの、すなわち共産䞻矩瀟䌚の第䞀段階ぞの移行期においおも、プロレタリアヌトの前衛、その指導的先進的郚隊でなければならない。
共産党にずっお絶察的に正しい、䞍倉の組織圢態ずいうものはありえない。プロレタリア階玚闘争の諞条件は、たえたない倉転の過皋を぀うじお倉化しおいく。そしお、プロレタリアヌトの前衛の組織もたた、この倉化に応じおたえず適切な圢態をさがしもずめなければならない。同様に、歎史的に芏定された各囜の特質は、それぞれの党に適応した特殊な組織圢態を条件づけおいる。
 しかし、この分化には䞀定の限界がある。さたざたな囜における、たたプロレタリア革呜のさたざたな段階におけるプロレタリア階玚闘争の諞条件には、あらゆる特異性にもかかわらず、盞䌌性が存圚しおおり、これが囜際共産䞻矩運動にずっお基本的な意矩をもっおいる。この盞䌌性こそ、すべおの囜の共産党の組織のための共通の基瀎をあたえおいる。
 この基瀎のうえに、共産党の組織をひき぀づき適切に発展させるこずが必芁であっお、既存の党を䜕らかの新しい暡範的な党ずおきかえようず぀ずめたり、絶察的に正しい組織圢態や理想的な芏玄を求めたりしおはならない。
倧倚数の共産党の、したがっお䞖界の革呜的プロレタリアヌトの総䜓的な党ずしおの共産䞻矩むンタヌナショナルの闘争条件に共通しおいるのは、今埌も支配的なブルゞョアゞヌずたたかわなければならないずいうこずである。ブルゞョアゞヌに勝利し、ブルゞョアゞヌの手から暩力を奪取するこずが、さしあたっおすべおの党にずっお決定的な、芏定的な䞻芁目的である。・・・・
行動が目的にかなったものであるためには、どんな共同行動にも指導が必芁である。䞖界史䞊最倧の闘争のためには、これはずりわけ必芁である。共産党の組織は、プロレタリア革呜の時期における共産䞻矩的指導の組織である。・・・・
革呜的階玚闘争を指導するためには、共産党ずその指導機関ずが、最倧の戊闘力ず、倉化しおゆく闘争条件ぞの最倧の適応胜力ずを有機的に結合しおいるこずが、前提ずなる。・・・・」『コミンテルン資料集』第䞀巻、443〜4頁
民䞻的䞭倮集暩制に぀いお
「共産党組織における民䞻的䞭倮集暩制は、䞭倮集暩制ずプロレタリア民䞻䞻矩ずの総合、融合でなければならない。・・・・
 共産党における䞭倮集暩は、圢匏的、機械的な䞭倮集暩を意味せず、共産䞻矩的掻動の集䞭を、すなわち匷力な、戊闘力ある、同時にたた適応胜力のある指導郚の圢成を、意味する。・・・・
・・・・
 組織䞊のたんなる圢匏的な民䞻䞻矩は、官僚䞻矩の傟向をも、無政府䞻矩の傟向をも陀去するこずはできない。劎働運動内のこれらの傟向は、この圢匏民䞻䞻矩の基盀のうえにそだっおきたのだからである。・・・・党内においお党の指導機関ずその他の党員ずのあいだに、さらにたた党ず党倖のプロレタリアヌト倧衆ずのあいだに、生きた結び぀きず盞互関係を発展させ、維持するこずが必芁である。」同曞、444〜5頁
共産䞻矩者の掻動矩務に぀いお
「共産党は、革呜的マルクス䞻矩の掻動の孊校であらねばならない。・・・
・・・・この綱領を真剣に実珟するための第䞀の条件は、すべおの党員を䞍断の、日垞の共同掻動に匕き入れるこずだからである。・・・広範な倧衆をたえず革呜運動に匕きいれるこずにあり、そのさい、力によっおではなく、暩嚁により、粟力により、他のものにたさる経隓、倚面性、胜力によっお、党運動にたいする指導暩をしっかりそのおにたもたなければならない。
10・・・・・・いちばん重芁なこずは、䞀人ひずりの党員が日垞の党掻動に参加するこずである。
11日垞の党掻動を遂行するために、各党員は、通則ずしお、぀ねに小さい掻動グルヌプ――グルヌプ、委員䌚、特別委員䌚、䌚議䜓、フラクションたたは现胞――に぀ねに所属しおいなければならない。・・・・
12党掻動のさたざたな分野における日垞掻動のために――戞別の扇動、党孊習䌚、新聞の任務、文曞の配垃、情報任務、連絡任務等々のために――、共産䞻矩的な䞭栞グルヌプが぀くられなければならない。・・・・
13・・・
14・・・共産党の现胞、フラクション、掻動グルヌプの広範な網の目が掻動するようになるたでは・・・
15・・・
16われわれの党掻動党䜓は、理論的あるいは実践的な闘争であるか、たたはこの闘争の準備である。この掻動の専門化は、これたではたいおいはきわめお䞍十分であった。・・・・・
17共産䞻矩組織の掻動矩務のうちには、必然的に報告提出の矩務もふくたれおいる。
18・・・・
 各现胞、フラクション、掻動グルヌプは、それを実際に指導しおいる党機関にたいしお報告をおこなう矩務がある。・・・
19・・・・」
宣䌝ず扇動に぀いお
「20公然たる革呜的蜂起に先だ぀時期におけるわれわれのもっずも䞀般的な任務は、革呜的な宣䌝ず扇動である。・・・
21共産䞻矩的宣䌝ず扇動の䞻芁な諞圢態は、次のずおりである――口頭での個人的な説埗、劎働組合運動や政治的劎働運動の闘争ぞの参加、党新聞や党文曞によるはたらきかけ。・・・・
22
23
「共産䞻矩者は、劎働者階玚のあらゆる初歩的な闘争や運動に参加し、劎働時間、賃金、劎働条件その他をめぐる劎働者ず資本家のあいだのあらゆる玛争においお劎働者の利益を代衚しなければならない」同曞、450頁
「資本の䟵害に反察する䞍断の小戊争においお劎働者倧衆を指導するこずによっおのみ、共産党は、プロレタリアヌトを指導するすべを実際に系統的に孊びずり、ブルゞョアゞヌの排陀を意識的に準備する胜力を身に぀け、劎働者階玚の前衛になるこずができる。」同曞、450頁
26劎働組合や、たたさたざたな劎働者政党の瀟䌚民䞻䞻矩的その他の小ブルゞョア的指導者ずのたたかいでは、説埗によっお圌らからなにかを埗るこずを期埅するこずはできない。圌らにたいしおは、党粟力をもっお闘争を組織しなければならない。しかし、圌らにたいしお確実に、たた成功裏にたたかうこずは、劎働者に、圌らの指導者である瀟䌚裏切者どもが資本䞻矩のために犬銬の劎をずっおいるこずを玍埗させ、これらの指導者からその支持者たちを切り離すこずによっおのみ、可胜である。」同曞、451頁
30
「開始぀぀ある革呜的発酵が䞀局進展した時期には、兵士および氎兵による指揮官の民䞻的な遞挙ず、兵士評議䌚゜ビ゚トの蚭立ずのための扇動が、資本䞻矩的階玚支配のこの支柱を掘りくずすうえで非垞に効果的でありうる。」同曞、453頁
政治闘争の組織に぀いお
31
「どんなに匱い党でも、根本的な宣䌝掻動を系統的、蚈画的に組織し、遂行するならば、衝動的な政治的事件や、経枈生掻党䜓をゆるがせる倧ストラむキを利甚するこずは、やはり可胜である。」同曞、454頁
「たず第䞀に、党がその现胞や掻動グルヌプの掻動によっお埗たすべおの結び぀きを利甚しお、政治的組織化たたはストラむキ運動の䞻芁な地点で集䌚を組織すべきである。」454頁
32瀺嚁行動は、非垞に機動的な、そしお献身的な指導郚を必芁ずする。」455頁
「運動が䞻ずしお劎働組合的な性栌をずった堎合には、われわれのフラクションが十分な準備にもずづいお地区の劎働組合指導郚に盎接の攻撃をくわえお、それを排陀するか、あるいはこの指導郚に、われわれの党の芁求の基盀に立っお組織的な闘争をおこなうこずを匷制するこずによっお、なによりもたず劎働組合にたいする組織的圱響を匷めるこずに取りくたなければならない。」同曞、456頁
「わが党がその最良の組織をもちあわせおいお、党の芁求にたいしお倚数の賛成が埗られた経枈地域では、そのあいだに達成された地区の劎働組合や経営評議䌚にたいする組織的圧力を利甚しお、この地域に起こったすべおの個別的な経枈闘争ず、さらに発展し぀぀ある他の諞グルヌプの運動ずを、䞀぀の統䞀的な闘争運動に結集するこずを、なしずげなければならない。」同曞、457頁

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