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2016/08/23

『＜借金人間＞製造工場』を読む　資本のカタストロフとどう闘うか

Category: バラキン雑記 :

Author: ebara (9:22 pm)

『＜借金人間＞製造工場』を読む
　資本のカタストロフとどう闘うか

この論文は『情況』8・9号金融特集に寄稿したものです。

　
はじめに

　廣瀬純による南欧の活動家の聞き取り、『資本の専制　奴隷の反逆』（航思社、2016年）は、危機に瀕したヨーロッパを論じたものだが、『＜借金人間＞製造工場』（作品社、2012年）の著者であるラッツァラートは、廣瀬のインタビューのなかで次のように語っている。
　「新たな階級構成、新たな資本形態（金融資本、負債）、新たな戦争形態。これら三つの要素をしっかり把握した上でそのただなかでいかにして動くべきかを考えなければなりませんが、残念ながらぼくたちはそのずっと手前で足踏みし続けている。・・・ぼくたちにあるのは政治的不能であり、加えて理論的にも不能にとどまっている。」（『資本の専制　奴隷の反逆』、77頁）
　ルネサンス研究所関西では、2016年1月に「日本の左翼はなぜ影響力を失ったか」というテーマで太田昌国さんをお招きして講演会を開催し、同時にアンケートも募集した。アンケートの回答が10通前後だったことは、日本の左翼の政治的不能、理論的不能の証明のように思われるが、ここで挫けていてはどうしようもない。（太田さんの基調報告は『情況』4・5号に収録されている。なお全体の記録はルネサンス研究所関西で冊子化し、9月中には出版する。）
　廣瀬は解説で、フランス人へのインタビューがひとつもない理由として「マルクス主義に立脚してコミュニズムを論じる者、すなわち、『階級構成』の傾向的分析に基づいたコミュニズム論を展開する者は今日のフランスでは皆無に等しい。」（廣瀬、369頁）と述べているが、日本の新左翼も、ラッツァラートの問題意識に答えるすべをもってはいない。せめて新左翼の経験者たちは、今からでも遅くないので、調査研究プロジェクトを企画し実行するべきではなかろうか。
　というような問題意識で研究を始めた。私は大学に籍はないので、大きな研究プロジェクトは組織できない。しかし雑誌の編集という形でなら、ある程度の集団研究は可能だと気付き、今回も本誌金融特集号で研究を組織した。斎藤、奥村、椿論文がそれであるが、私はラッツァラート論を分担することにした。

第1章　ラッツァラートの新たな階級構成論

１．問題意識
　ラッツァラートは、この書の「はじめに」のタイトルで「私たちは、借金しているのではなく、金融資本主義によって、借金させられているのだ！」（ラッツァラート著、杉村昌昭訳『＜借金人間＞製造工場』（作品社、2012年、17頁）というように、新たな階級構成の特徴について端的に述べている。そしてこの内容を「『経済人間』とは＜借金人間＞である」（同書、17頁）と提起している。では、経済人間でもなく、労働者でもない＜借金人間＞とはどのような存在なのか。
「この主題の核心にある“債権者／債務者”関係は、搾取と支配のメカニズムやさまざまな関係性を横断して強化する。なぜならこの関係は、労働者／失業者、消費者／生産者、就業者／非就業者、年金生活者／生活保護の受給者などの間に、いかなる区別も設けないからである。すべての人が＜債務者＞であり、資本に対して責任があるのであって、資本はゆるぎなき債権者、普遍的な債権者として立ち現れる。」（同書、17～8頁）
なるほど、債権者と債務者という関係は、従来の生産関係に基づく階級構成とは異なっている。ラッツァラートが言うように、この関係は従来の階級関係や諸階層をすべて横断している。「経済人間」とは、人間の存在をその経済的地位から説明しようという際の基本的出発点である。しかし、借金とは法的関係であり、これは経済的関係によって区分されている諸階級諸階層を横断する。＜借金人間＞とは法的に規定された存在なのだ。ではドウルーズ・ガタリの「主観的主体性」解明の立場をわがものとしているラッツァラートにとって、借金が創造する主体＜借金人間＞とはどのようなものだろうか。
「相次ぐ金融危機は、すでに出現していたある主体の姿を荒々しく浮かび上がらせたが、それは以降、公共空間の全体を覆うことになる。すなわち＜借金人間＞という相貌である。新自由主義は、われわれ全員が株主、全員が所有者、全員が企業家といった主体の実現を約束したのだが、それは結局、われわれをアッという間に、『自らの経済的運命に全責任を負う』という原罪を背負わされた＜借金人間＞という実存的状況に落とし入れた。本書が提起しようとするのは、＜借金人間＞を経済的・主体的に製造する系譜の探求である。」（同書、19頁）
新自由主義は、経済的な諸関係をすべて資本に擬制することで、自らが提唱する「自由」の普遍的価値を称揚してきた。労働者も実は人的資本の所有者であり、自らに投資することで資本としての自由を謳歌できる企業家であり、ひょっとして株主だったりして、配当にありつけるというわけだ。しかし、ラッツァラートはこのような新自由主義の「約束」は反故にされ、自己責任論は選択の自由ではなく、借金の返済の責任へと転化してしまったとみて、この新たな主体である＜借金人間＞の形成過程について、経済的関係及び主観的主体性形成という二重の観点から分析しようとしている。

２．新しい階級構成分析の方法
ではラッツァラートはどのような方法で、この問題の解明に取り組もうとしているのだろうか。それは簡単に言えば『アンチ・オイディプス』で分析されている債権者／債務者関係についての説の活用を図ることであり、次のように述べている。
「一つは、社会的なもののパラダイムは、交換（経済ならびに／あるいは象徴的な）によって与えられるものではなく、信用によって与えられるものである、という仮説である。社会関係の基礎に、交換の“平等性”はない。歴史的にも、理論的にも、平等性に先立ってあるのは、負債／信用の非対称性であり、生産／賃金労働の非対称性である。
　もう一つは、負債は、債務者の生産、そして債務者の“道徳性”と密着不可分の経済的関係であるという仮説である。負債の経済学は、『負債』という言葉の古典的な語義からして『自らへの働きかけ』をうながし、労働を二重化する。したがって、経済と『倫理』が一緒に機能する。つまり『経済』の現代的概念は、経済的生産とその生産をおこないうる人々の主観を創り上げることを同時に包含する。」（同書、21～2頁）
信用が交換や貨幣に先行するという人類学の知見は無視できないが、だからと言って交換と平等性を簡単に退けてしまうことには同意できない。だが、今回はこの問題には立ち入らないことにしよう。次に「負債の経済学」であるが、債権者と債務者との関係自体は法的関係であり、それが今日の利子生み資本の成立によって、貸借が交換に擬制され、この仮象のもとに、近代的信用制度が経済的な関係として構築されていること、つまり近代的利子生み資本の解明なしには「負債の経済学」は論じきれないという感想を持つが、この二点の保留をつけたうえで、ラッツァラートの分析を追っていこう。

３．負債とは権力関係である
まず負債について次のように述べている。
「負債は、社会全体を対象とした捕獲機械、“補食”あるいは“天引き”の機械であり、マクロ経済的な経営と処方の道具としてだけでなく、収入の再配分装置としても作動する。負債はまた、個人的・集団的な主観性の生産と“統治”の装置としても機能する。」（同書、45頁）
現在の信用制度の下では、負債は金融資産であり、金融資産としての負債が問題にされるべきである。この見地からすれば、ここでの負債についての規定は国債には妥当する。また個人的・集団的な主観性の生産という点に関しては、それが同時に金融資産であるという点を押さえておかないと、判断を誤るだろう。
「しかし、債権者／債務者の関係は『社会的諸関係に直接働きかける』だけにとどまらない。なぜなら、この関係はそれ自体が権力関係であり、現代資本主義の最も重要で普遍的な様相の一つだからである。クレジットあるいは負債、そして債権者／債務者の関係はある特殊な権力関係をなし、主観性の生産と統制の特殊な様態（『経済的人間』の特殊な形態としての＜借金人間＞）をもたらす。債権者／債務者の関係は、資本／労働、福祉国家／利用者、企業／消費者といった関係に重ねあわされ、それらの関係を貫いて、利用者・労働者・消費者を＜債務者＞に仕立て上げる。
負債は，『労働の道徳』とは異なりながら、それを補完するそれ自体として固有の『道徳』を分泌する。労働のイデオロギーの『努力＝報酬』という待遇に、“約束”（負債を支払うという）と“責任”（契約をしたという）のモラルが重なる。」（同書、46頁）
先にも触れたように、近代的利子生み資本は、貨幣資本家と機能資本家との間の、貨幣の資本としての譲渡をその本質的内容とする。ここでの貨幣は貸借されているが、しかし、資本主義の下では、この貸借が商品交換に擬制され、貨幣が商品として交換され、利子が価格であると観念されている。この幻影的形態の背後には法的・権力的関係としての貸借がある。だから、ラッツァラートの批判は、背後の関係の曝露にとどまり、この幻影的形態への批判とはなっておらず、説得力を欠いている。そして、債権者と債務者の関係が、貨幣資本家と機能資本家というように、資本家同士の関係ではない場合の利子生み資本の派生的形態、擬制資本とか架空資本と訳されている資本の場合と、主としてラッツァラートが取り上げている住宅ローンや教育ローンやクレジット・カードといった消費者への貸付も、またその経済的・法的内容は異なる。むしろ、ラッツァラートのいう負債経済とは、近代的利子生み資本や、株式や社債などの擬制資本とは異なる、消費者信用と国債に限定して理解されているように思われる。

４．注目すべき論点
　ではそのように限定的に理解された負債論を取り上げる意味はどこにあるのか。このことについて考察しよう。ラッツァラートは次のように述べている。
「負債の権力は、弾圧やイデオロギーの行使に体現されるのではない。債務者は『自由』である。しかし、その活動、振る舞いは、自らが契約した負債によって決められた枠内で行われなければならない。このことは、個人にも、国民にも、社会集団にも妥当する。・・・諸個人を負債とともに生きるように調教するための技術の活用は非常に早い時期――人々が雇用市場に参入する前――からはじまる。」（同書、47頁）
ラッツァラートは、負債経済を限定的に理解したことによって、逆に現代の負債の深刻さを浮き彫りにしていることに注目しておこう。しかもこの負債経済が、どのようにして人々の主観的主体性を形成しているかについての分析も、また注目に値する。
「債権者／債務者の関係は、現在の全人口のみならず、来るべき未来の人々にもかかる。経済学者によると、フランスの新生児は、生まれたときにすでに2万2千ユーロの負債を負っている。生まれながらに背負わされるのは原罪ではなくて、先行世代の負債なのである。＜借金人間＞は、債権者／債務者の権力関係に従属し、この関係は生まれてから死ぬまで一生付きまとう。かつて、われわれは、共同体や神あるいは先祖といったものに負債を負っていたのだが、今やわれわれは、“資本という神”に負債を負っているのである。」（同書、48頁）
資本主義社会において、未来を食い尽くしているのは、資源や環境にとどまらない。原子力もそうだが、ラッツァラートはこの列に負債をも数え上げている。そして負債経済による未来の食い尽くしは、未来の時間の対象化による債務者の行動の管理なのだ。
「現在企てられているいかなる金融改革も、目的は一つしかない。すなわち、未来を対象化しながら、未来に先駆けて体制を整えることである。この対象化は労働時間の対象化とはまったく異なった性質のものである。時間を対象化し、前もって体制を整えるということは、未来に潜んでいるあらゆる選択と決定の可能性を、資本主義的な権力諸関係の再生産に従属させるということである。かくして＜負債経済＞は、賃金労働者の雇用時間のみならず、人びとの使う全体の時間をわが物とする。それだけでなく負債は、非‐時系列的な時間、一人一人の未来の時間、そして社会全体の未来の時間をも先買いするのである。時間のつながりがなく、可能性もなく、しかるべき断絶もない社会のなかで生きるというこの奇妙な感覚を説明しうるのは、ひとえに＜負債経済＞なのである。」（同書、65頁）
未来を対象化する、という負債経済の特質、これは時間論からすれば、物語の終幕という意味でのカタストロフとなっている。（資本のカタストロフについては後でのべるが、フランス語では、破局という意味と物語の終幕という二つの意味がある。）

第2章　負債経済による主観的主体性の形成とそれへの対抗

１．主観的主体性の形成過程
　主観的主体性という概念は、これまで、私にとっては自明なものではなかった。しかしラッツァラートは、ドウルーズ・ガタリがつくりだしたこの概念を駆使して負債経済論を展開している。それでなんとなく、おぼろげながらその概念の理解に到達できたように思っている。とりあえず、私の理解を述べておきたい。
　ルカーチは、論文「物化とプロレタリアートの意識」（平井俊彦による日本語訳では、Verdinglichung＝物化が、物象化と誤訳されている）で、資本主義社会の原基形態である商品について「商品構造の本質とは、人間と人間との関係またはかかわり合いが物性（Dinghaftigkeit、日本語訳では物象性）の性格を、こうしてまた『幻影的対象性』をおびており、そしてこの物（日本語訳では物象）が外見上は完結した厳密な合理的な独自の法則にしたがっているなかで、物性（日本語訳では物象性）の本質である人間関係のいっさいの痕跡はかくされているということ、これである。」（『歴史と階級意識』、未来社、9頁）と捉えた。そして、この生産における人と人との人間関係の物化によって、経済が物化し、政治もそれにつれられて物化し、イデオロギーも物化しているので、それぞれが物としての合理的な法則性に支配されているように現れている。そして、人々は物化によって生み出された法則性に直面し、ブルジョアジーの意識はそれを体制側の見地から肯定的に捉えるのだが、日々搾取されているプロレタリアートは、その法則性への従属において、疎外を感じ、資本主義の打倒という階級的認識にいたる、というものだった。ルカーチのこの提起は、労働者が階級意識をもったプロレタリアートへと自己を形成していく主体性論の原型であったし、このような提起は、自身が関わったハンガリー革命の敗北の総括としての意義をもっていた。
　これになぞらえると、ラッツァラートの主観的主体性論は、現在の負債経済が、債務者にどのような意識を植え付けているかということの解明であり、そしてその解明の上に立って、対応策を講じようというもののようである。そのように考えると、主観的主体性とは、主体の主観性という意味だろう。
　「新自由主義経済は、主観的主体性の経済である。つまり、主観的主体化の過程を刺激し創り出す経済であり、そのモデルはもはや古典経済における交換し生産する人間ではない。」（『＜借金人間＞製造工場』、55頁）
　マルクス主義者の従来の理解では、主観的主体性、言い換えれば主体の主観性は、イデオロギーであって、上部構造であり、下部構造に規定される、といったものであったが、ルカーチは先に要約したような主体性論を展開し、史的唯物論として体系化されていた客観主義的階級闘争認識を批判した。生産力と生産関係との矛盾を革命の原動力と見る史的唯物論は、その後、スターリンによって、マルクス主義の戯画的タイプとして教条化されたこともあり、ルカーチの主体性論は、戦後の階級闘争において、反スターリン主義の立脚点として、実存主義とともに流行したのだった。しかし、主体性論も党派のカルト的組織論に回収され、他方で1970年代以降の消費社会の発展のなかでの個人化の進展は、体制側が大衆の主観的主体性の形成にヘゲモニーを発揮するようになり、とくにソ連崩壊以降は、マルクス主義は影響力を失い、新自由主義の登場とともに、新たなタイプの主体の主観性形成過程が始まったのである。
「私は長い間、この主観的主体性の帰結は、主として労働の組織化の変化に由来すると考えてきた。しかし現在、この考えをある補足的な仮説によって変化させたいと思っている。すなわち、現代資本主義の主観的主体性のパラダイムをなすのは、負債であり、債権者／債務者関係であるということだ。そこでは“労働”が『自己に働きかける作業』と二重化され、経済活動と主体を生産するという倫理的／政治的活動が手を携えて行なわれる。主観的主体性を立ち上げ、飼い慣らし、製造し、調整し、造形するのは負債なのである。いかなる仕掛けで、負債は主体を製造するのだろうか？」（同書、56頁）
　資本主義社会における経済過程の物化によって、経済が物の法則にしたがうようになり、その総体が認識可能だというルカーチの観点の継承として　ラッツァラートの展開を位置づけるとわかりやすい。オペライズモもルカーチの観点を継承し、労働過程の変容による階級意識の変容を論じたが、ラッツァラートは新自由主義がつくりだした負債経済によって、体制側による大衆の主観的主体性＝主体の主観性、の形成過程がすっかり変わったというのだ。
「かくして、＜負債経済学＞は、富の本質とは主観＝主体的なものである、という古典的政治経済学の発見を強化する。なぜなら、＜負債経済学＞において、主観＝主体的というのは、単に賃金と引き換えに知的・肉体的能力を発揮して時間（雇用されている時間）を使うということを意味するのではなくて、個人的な主観的主体性の生産を意味するからである。この意味において＜負債経済学＞は、『労働』の概念と『政治』の概念を変容させるものでもある。『認知資本主義』を標榜する私の友人たちは、『知識』を価値化と搾取の源泉とすることで、道を誤っているように私には思われる。」（同書、69頁）
ラッツァラートの負債経済による主観的主体性論の形成過程の変容は、戦後のフォーディズムのもとで展開された、雇用労働者を労使協調の従順な労働者として育成するために、「資本と労働の利害が一致する」というパイの理論を資本が注入してきたことに代わって、人々を債務者に擬して、個人の主観的主体性がつくりだされるとみるところにある。こうしてオペライズモの認知資本主義に対しても批判できる地平にたどり着いている。
「いわゆる知識集約産業は、認知資本主義の理論が言うような階級的諸関係を包含するものではない。それは一つの装置、一種の活動形態にすぎず、他の多くの活動や権力関係と併存する――そして、それらの活動や権力諸関係に対していかなる主導権も発揮することができない――一つの権力関係の組み合わせにすぎない。そしてそれは、逆に＜負債経済＞の指令には従属する（文化や教育、サービスなどへの認知的領域への投資の突然のカット）。いずれにしろ、階級闘争の始まりは、資本にとっても被統治者にとっても、知識経済から生じるのではない。
現代の経済と社会をつらぬいて横断的に求められているのは、知識ではなくて、『経済的主体』（『人的資本』『企業家』）になるための要請である。それは、失業者にも、公共サービスに利用にも、消費者にも、もっともつつましい労働者にも、貧乏人や出稼ぎ労働者にも、一様にかかわる要請である。＜負債経済＞においては、人的資本や企業家になることは、金融化された弾力的な経済のコストとリスクを引き受けることを意味する。」（同書70頁）
認知資本主義論は、資本は、今日、グーグルのように、雇用もされていない単なる利用者の知的労働から、あるいは遊戯から、巨大な富を引き出しているという仮説をもとに、資本による囲い込みをレント獲得の条件とみ、囲い込みを打破してコモンを拡大するというところに階級闘争の目標をおいていた。しかし、ラッツァラートの観点からすれば、知識集約産業は、負債経済にとっては制御可能な領域にすぎず、そこから新たな階級闘争が生まれることはないというのだ。
「危機のなかで資本主義が、すべての領域で最大限に獲得しようとしているものは、知識力ではなくて、国家や企業が外部化するコストやリスクを人々が『わが身に引き受けること』である。生産性の差動装置としてまず必要とされるのは“知”や情報ではなく、コストやリスクの主観＝主体的な引き受けであり、それは知識の生産においても、利用者としての活動においても、さらにはいかなるタイプの活動においても言えることである。」（同書、71頁）
このように、ラッツァラートは、あくまでも負債経済がつくりだそうとしている主観的主体性＝主体の主観性、の形成装置として事態をとらえ、これが階級横断的なものであることの分析に注意を注いでいるのだ。

２．負債経済における債務者の対応策
　ラッツァラートによれば、新自由主義の危機は、主観的主体性形成における困難への直面であり、そこでの対応策は、まず、こちら側の主体性の形成の問題として提起されている。
「われわれの主張は、主体化が一貫性をもって存在しようとしたら、既存の体制に断絶を持ち込み、経済的なもの、社会的なもの、政治的なものを『横断的に結び直すとともに造形し直す』しかないという主張だからである。」（同書、74頁）
　既成の体制が、経済的なもの、社会的なもの、政治的なものを横断した形で主観的主体性をつくり出してきたのであるから、それの切断は、これら三つの領域を横断した結び直しにならざるを得ない。それは一体どのようなものだろうか。ラッツァラートは体制側の三つの領域を横断させる力を金融の流れにみている。
「金融の流れは、単なる『購買力』、単なるお金と財の対応関係をあらわすのではなくて、指示や命令の力、つまり未来において生産や権力諸関係や従属様式となるものに先立って作動する選択や決定の可能性の総体を体現する。」（同書、110頁）
　このような既成の体制における金融の流れに対して、どのような対抗が可能だろうか。同じお金でも、金融の流れとは別の単なる購買力としてのお金の流れは、賃金労働者の再生産の領域に固定されている。
「したがって賃金労働者の要求は、大多数の組合の政策と同じように、こうした従属や権力関係を受け入れて認めることにほかならない。しかし、賃金の流れが別の性質の流れの表現、別の力の流れを表現しているならば、賃金労働者の要求と購買力は再領土化が切断される地点にもなりうるし、従属の拒否を体現するものでもありうる。資本がお金（支払い手段）を資本に変えるのと同じ仕方で、プロレタリアは購買力の流れで自立的で独立した主観的主体化の流れに、資本の政治を遮断する流れに、つまりおのれが押し込められている従属的機能の拒絶――そこからの逃走――の流れに変えなければならない。資本は労働者の購買力の流れに力を及ぼすことができるが、それはまず第一に資本が金融の流れを押さえているからである。つまり資本は、時間と選択と決定の主人なのである。資本としてのお金は、購買力としてのお金が持っていない破壊／創造の力を持っているのである。
　金融の流れ、つまり資本としてのお金の流れは、ある動的な力、創造的な力であり、未来を拘束するという意味で『潜在的な力の記号』の総体である。」（同書、111頁）
　ラッツァラートのこの考察はゆらいでいる。確かに、購買力としてのお金の流れは、別の性質の流れである、体制の金融の流れでもある。これを賃銀労働者が認識することで自らの主観的主体性を形成できれば、対抗力になりえよう。しかし、事態はそのような単純なものではなく、金融の流れの支配力は、そのような企てを打ち砕いてしまうことになることもわかっているのだ。そうなると残された道はどこにあるのか。
「負債の破壊的力を（現代資本主義の反生産は、今日、負債の政策によって表現されている）封鎖しひっくり返す唯一の方法は、債務者の集団的な思考力と行動力のなかにある。『反省力』を、工業社会に対して行ったのとまったく同じように、統治政府の構造や制度に対して、社会を分裂させ、コンセンサスを断ち切る闘いによって押し被せることが必要なのである。」（同書、195頁）
　この提案のアキレス腱は、債務者が集団的な思考力と行動力のなかにある反省力が果たして形成されうるものかという点にある。
「新自由主義は40年で、国家債務（政府債務）に起きていることからわかるように、『恐喝の経済』としか定義しようのない経済となった。同時に、企業における『人的資源』の管理や公的機能は、雇用や産業拠点への脅かしの下で行われるようになった。年金や社会的諸権利をめぐる紛争も、これと同じく恐喝政策が絶えず突出する形で展開されている。したがって、自由主義と並行して『犯罪経済』が展開され、これが構造的現象であると同時に、社会の柱になっていることは、まったく首尾一貫した事態なのである。『恐喝』は、新自由主義が到達した『民主主義的』な統治様式にほかならないのである。」（同書、198～99頁）
危機がカタストロフであり、新自由主義が「恐喝」政策を不可避とするようになったのであれば、むしろカタストロフに対する対抗策を考えたほうがいいように思われる。

３．カタストロフ
　ラッツァラートは、今日の資本主義、つまり負債経済が直面しているものは、金融危機ではなくてカタストロフ（破局）だと主張している。カタストロフの要因はまずは社会的統治力の失敗として現れている。
「したがって、われわれが経験している危機は単なる金融危機ではなくて、新自由主義の社会的統治力の失敗である。企業と所有個人主義に依拠した統治様式は破産した。危機は権力関係の本質をあらわにしながら、よりいっそう抑圧的かつ権威主義的な統制の形態に行き着こうとしている。」（同書、140頁）
というのも、「賃金労働者や社会保障の利用者に対しては、労働コストや社会保障のコストを削減するためにできるだけ収入を少なくして支出が少ないようにし、その一方で消費者は生産を活性化するためにできるだけ支出しなければならないというわけである。」（同書、141頁）つまり、危機打開策として、新自由主義は、賃金をあげずにクレジットによる生活を勧めているのだ。だから、カタストロフは、金融の流れそのもののなかにあった。
「金融は、社会的諸権利をクレジットに、個人保険に、金利収入（株主）に、要するに個人的所有に変える戦争機械である。すべてを銀行に託しなさいというわけだ。金融は、あなた方みんなをクレジット・カードを持った消費者に変えるための、もっとも精巧な技術を見つけたのである。破綻を導くのは『投機』ではない。金融と実体経済の分離といわれるものでもない。そうではなくて、『私的所有の体制を変えることなく、すべての人を豊かにする』などという主張にほかならない。」（同書、144頁）
　これが新自由主義による主観的主体性形成における困難であり、この困難の解決が恐喝政治にしか頼れないという現実が到来しているのだ。
「ここにおいて階級闘争は、富の二つの『社会化』のモデルの対立として表現されることになる。すなわち、“すべての人の権利と相互扶助”対“クレジットと個人保険”。崩壊するのは、すべての人を『人間資本』に、自らを経営する企業家に変えようとする政治計画である。」（同書、144～5頁）
　こうして、現在の経済危機を、新自由主義による主観的主体性の形成上の困難という、カタストロフの問題として捉えることで、つまり、経済危機は単なる危機ではなく、カタストロフが出現しているとみることで、ラッツァラートは富の二つの社会化のモデルの対立を導き出した。このモデルの対立の摘出は、非常に重要な問題提起であり、とくにこれがカタストロフへの対応策として提案されていることで、この問題提起を軸に新たな対応策が検討されるべきだろう。
「つまり、銀行や＜負債経済＞の権力システムを救うために、山のように積み重なった負債をだれが払うのかという問題である。新自由主義権力ブロックの答えは言うまでもない。国家や國民に押し付けるということだ。しかし状況は、もはや新自由主義の未熟な魔法使いたちでは、コントロールできなくなりつつあるのだ！」（同書、146頁）
主権国家の危機、といった問題は、債務者の集団的思考や行動力を前提にしてそれを超えた大きな枠組みでの対抗策の提案が問われている。その際に、ラッツァラートは次のような現状認識を披歴している。
「私的負債は、常に国家の超越性の介入を必要とする。最終的に私的負債の循環を可能にし保証するのは、市場ではなく国家の負債である。たとえば、貨幣（造幣）の私企業化（民営化）は新自由主義者がもっとも恐れるもの、すなわち国家の力の介入に必然的に行き着く。これはまさしく、現在の危機が明らかにしていることだ。クレジット（信用）＝通貨の私的発行は、必ず国家の介入を呼び寄せる。なぜなら、私的負債は内在的な調整（市場の自動調整）がきかないからである。そしてそのとき、資本主義の途轍もない『狂気』を示す驚くべきことが出現する。つまり、国家の負債が、債権者（貸し手）とその代表者による投機と搾取の対象となり機会となるのである。彼らは、明らかに彼らに救いの手を差し伸べてくれたものを、システマティックに破壊しにかかる。民衆統制の基盤の一つ、国民国家とその行政府を掘り崩すこの『狂気』を、われわれはどう考えたらいいのだろうか。私は国家の消滅を惜しむものではないが、これはそれですむ話ではない金融危機に次ぐ金融危機、われわれは永続的な危機状態に入っているのである。この単なる“危機”という概念ではとらえきれない状態を、『破局＝カタストロフ』と呼ぶことにする。」（同書、157頁）
この考え方は、冒頭で紹介した、『資本の専制　奴隷の反逆』に収録されているインタビュー「資本の戦争的本性とその回帰」ではいっそう深化され、「今日のヨーロッパに導入されつつあるのは戦争の体制です。」（『資本の専制　奴隷の反逆』、59頁）と表明されている。ラッツァラートは今回の破局を二つの世界大戦になぞらえ、それらにおいては植民地支配であったものが、現在では国内の債務者からの収奪に代わってきており、資本はいまや国内戦争を組織しているというわけだ。まさしく資本自体が暴力階級として立ち現れているのだ。

第3章　新たな階級闘争論構築に向けて

１．ラッツァラートの新たな階級闘争論
　『＜借金人間＞製造工場』の「おわりに」では、「新たな階級闘争の地平へ！」というタイトルで、冒頭次のような提案がある。
「闘いが始まる政治的空間は、絶対に国民国家の空間ではない。負債は、国境や国籍など問題にしない。負債は、世界経済の次元において＜債権者＞と＜債務者＞しか知らない。これと同じ理由で、負債はまた、『普遍的債権者』としての資本の水準で政治を思考することを求め、旧来の労働や雇用の捉え方とは異なった視覚をもつことを要請する。負債は、一般に左翼がその思考と行動のパターンを組み立てる、雇用／失業、就業者／非就業者、生産に従事するもの／生活保護を受けるもの、不安定的就業者／非不安定的就業者、といったものの間の分裂を乗り越えて機能する。＜借金人間＞の相貌は、社会全体のなかで横断的に作動し、新たな連帯と新たな協働を呼び起こす。われわれはまた『自然と文化』の横断性についても思考しなければならない。なぜなら、新自由主義は、われわれが地球や生き物としてのわれわれ自身に対して創った負債を、さらに重くのしかかるようにしたからである。
　階級闘争の活性化にとって不可欠の条件は、いかに精巧な政治理論でも、別々に試行し続けている三つのもの――政治的なもの、社会的なもの、経済的なもの――を横断しながら再構成する『民主主義』を最発明することである。なぜなら、負債はすでにこの三つを接合し、これを動的に動かす装置の中に統合しているからである。＜負債経済＞は、フーコーが示唆した統治様式を十全たるかたちで実現したように思われる。」（『＜借金人間＞製造工場』、202頁）
　このように、2011年の段階では、「民主主義」の最発明として問題をとらえていた。そして次のような闘争様態を描いていた。
　「最も緊急に求められる試みは、工業社会の中でストライキが有していた封鎖の有効性をもつような闘争様態を想像し実験することである。資本主義の司令部の脱領土化の現状は、われわれにそれを強いる。資本家と統治者の頑迷な頭には、危機の言葉と闘いの言葉しか届かない。」（同書、203頁）
　しかし、その後のヨーロッパの政治過程は、ラッツァラートのこのような提案を実現不能にするような形で展開された。『資本の専制、奴隷の反逆』での廣瀬純のインタビューのタイトルは「資本の戦争的本性とその回帰」であり、そこで、ラッツアラートは次のように述べている。
「住民にたいして戦争がなされる時代が到来しています。ギリシャに対する通貨政策はあからさまに『戦争』として展開されました。金融資本は経済的＝政治的＝メディア的装置を有していますが、ギリシャではそれらの装置を武器に住民に対する攻撃を行いました。ギリシャで起きたのは従来の『階級闘争』ではない。資本家と労働者との対立ではなく、資本とその社会的形態とによる住民に対する攻撃なのです。シリアに目を移せば、こちらでもまた国家間の戦争がもはや問題になっていないことは明白です。戦争は社会の内部で起きている。」（『資本の専制、奴隷の反逆』、60頁）
この種の戦争は、以前からあり、「植民地戦争は当時からすでに国家間戦争ではなく、常に住民に対する戦争であり続けてきました。」（同書、61頁）と指摘したうえで、この変化を資本の産業資本から金融資本へのヘゲモニーの移行として位置づけ、さらに金融資本の制覇は、二度の世界大戦の原因であったことを想起したうえで次のように述べている。
「資本と労働との妥協的体制は60年代から70年代にかけて危機に陥りますが、資本はこの危機を利用して金融資本モデルへの回帰を果たすのです。二つの大戦を導いたモデル、戦争のモデルへの回帰です。金融資本が戦争を必然的に導くのは、それがいたるところに『無限』を導入するものだからです。生産にも消費にも無限を導入し、無限の収奪を組織する。リベラリズムとは収奪の無限化のことにほかならず、この無限収奪を進めるために必要とされるのが戦争のロジックであり、危機のロジックは完全に捨てられることになる。」（同書、66頁）
ただし、戦争モデルへの回帰といっても、大国間の総力戦戦争とは違い、当時の植民地戦争が今日の金融資本による戦争のモデルとなっている。
「今日の資本は生産へのいかなる貢献ももはやしていない。負債のメカニズムによって富を捕獲するだけとなったのです。
　住民によって生産された富をその生産過程にいっさい貢献することなしに純粋に外部から捕獲するという手法は植民地主義のそれであり、これこそがまさにギリシャ住民にたいして負債を通じて行われていることです。」（同書、63頁）
　今日の資本のこのような動きは、階級闘争の変容をもたらしている。市民社会のより良い発展が期待できないことを知った大衆は、極右政党の登場に期待している。
「しかしこの状態からどう脱出すればよいのか誰にもわからない。誰も解決策を構想し得ていない。」（同書、70頁）
資本にとっては、誰が国家権力を握ろうと、負債経済の命ずるところを執行させるだけであり、負債経済を制御することは、ブルジョア階級も含め誰にもわからないのだ。もちろん左派もわからないのであり、「資本と闘い得るだけの『戦争機械』をどうすれば作り出せるのか、資本と闘うためにはどのように階級構成を組織化すればよいのかという問題は、68年以来ずっと未解決にとどまり続けています。」（同書、71頁）と、ラッツァラートは述べている。ただ、組織化について、いくつかの見解を表明しているのでそれらを紹介しておこう。まず社会民主主義について。
「今日の資本による戦争はまさしく社会民主主義の不可能性、改良主義の不可能性、進歩の不可能性によって定義されます。資本がぼくたちに対して展開する戦争は、進歩によってもたらされる富をみんなで分かち合うということそれ自体を不可能にするものとしてある。」（同書、74頁）
資本による戦争は、軍事力の行使としてではなく、経済的なものであり、それが従来の資本の下への経済的隷属ではなく、負債による経済的奴隷制の強化としてなされている。これは資本・賃労働関係とは別の、人々を横断した攻勢として仕掛けられてきているのだ。
「今日起きていることはしたがって1930年代に起きたことのカリカチュア的反復だとも言えるかもしれない。すなわち、経済危機があって、それが住民の生活に大きな打撃を与え、その帰結として極右が台頭するという流れであり、これがヨーロッパ全土にみられるということです。」（同書、76頁）
　確かに、このようなアナロジーは理解しやすいが、単なる30年代代への回帰ではない。負債経済がどのような階級構成を生みだしてきたのか、ここからラッツァラートは持論を次のように展開している。
「これまで『住民』としてぼくが論じてきたのはこの新たな階級構成のことであり、負債政治がその攻撃対象としているのはこの新たな階級構成であって、従来の労使関係はもはや問題になっていません。今日の資本は金融資本であって産業資本ではないからです。金融資本は経済的＝政治的＝メディア的装置を通じて『住民』全体にたいして力を行使する。攻撃されるのは労働者だけではもはやなく、失業者も不安定労働者も年金受給者も含む『住民』全体なのです。資本はこれらすべての人々の富を吸い上げ捕獲する。あくまでもこの新たな階級構成を起点とするかたちで、守りから攻めに転じるにはどのような組織化が必要なのかを考えなければならない。左派諸政党は依然として従来の賃労働者のロジックを前提にしていますが、現実には資本によって賃労働のロジックはすでに解体されてしまっています。たとえ今なお多くの人が形式的には賃労働者であり続けているにしても、資本による富の捕獲はもはや賃労働のロジックに基づくものではありません。」（同書、78頁）
　資本による住民に対する戦争が、軍事力ではなく、経済的奴隷制の強化と、そのもとに人々を押し込めておく規律権力の行使だとすれば、これに対する対抗はどのように組織されるべきだろうか。
「シリザやポデモスの登場は興味深くはありますが、しかしやはりそれはあくまでもひとつの段階にすぎず、問題はいかにしてその先に進むかという点にあります。新たな階級構成を把握し、それにふさわしい組織化形態を見出さない限り、ぼくたちはいつまでも守りから攻めへと転じることはできない。40年間ずっと、ぼくたちは資本からの一方的な攻撃に曝され続けており、何ひとつ勝ち取っていない。」（同書、72頁）
　ラッツァラートのこの痛切な呼びかけに答えて以下にいくつかの試論を提起してみたい。

２．経済危機＝恐慌とカタストロフの違い
　資本主義の危機は、マルクスが生きていた時代は、周期的な経済恐慌として存在していた。マルクスは当初は経済恐慌を革命のチャンスと見ていたが、やがてそれは資本主義による過剰な生産の強行的調整過程であることを知り、恐慌を革命と結びつけることをやめた。マルクス死後、1870年代になると、恐慌からの回復が従来のように好況とはならず、不況が続いたことで大不況と呼ばれ、固定資本が巨額な重工業が台頭し、金融資本の成立のもとでの恐慌の形態変化として注目されてきた。
　大不況があけたベルエポックからは、ウォール街を中心とするアメリカ資本主義が台頭し、ヒルファーディングが分析した金融資本とは別種の独占資本が、主として証券市場と投資銀行によって形成され、第一次世界大戦後に1929年の世界恐慌を招き寄せた。ニューディール政策で対応したアメリカは、しかし、不況から抜け出せず、第二次世界大戦によって、やっと経済復興し、戦時ブームに沸くことになる。（アメリカの独占資本と証券市場の分析は、本誌特集、小林論文参照）
　二度の世界大戦はブルジョア支配階級の内部にも恒久平和を求める分派を生み、ブレトン・ウッズ協定に実っていくが、しかし、ソ連との対抗関係で冷戦がはじまり、戦後世界の秩序となっていった。いわゆるフォーディズムと呼ばれた米欧の戦後福祉国家体制である。そのもとで、フリードマンらの新自由主義者は資本家階級のために新たな階級闘争を組織しはじめ、福祉国家体制を掘り崩して、ソ連崩壊以降世界制覇を成し遂げた。しかし、それは奇妙な資本主義だった。ラッツァラートが負債経済と呼ぶその体制は、40年でカタストロフを迎えたのだ。（ブレトン・ウッズ体制の解体については、本誌特集、椿論文参照）
　2008年のリーマンショック以降の経済は、従来の恐慌後の経過とは異なり、資本主義にとっての危機からの回復の処方箋が描けないような事態に陥っている。ただ負債を増やす続けることによってしか生き延びられないこの資本主義は、カタストロフのなかにあると見た方が現状に則しているし、対応策も考えやすい。（グローバリズムの分析については、本誌特集奥村論文参照）
　カタストロフといってもいろいろあるが、問題は資本のカタストロフであるということだ。これを押さえないと、社会、経済、政治におけるカタストロフも読み解けない。資本のカタストロフがどのようなものであるかを明確に分析することが大事だ。それは利子生み資本のカタストロフであり、利子生み資本がこれまで果たしてきた、資本家階級全体の一般的資本としての果たすべき機能を、現在では果たせなくなっているということだ。資本制的外皮の社会化の行き着く先で、社会化が持つ公共性を失い、富の赤裸々な私物化がなされているということだ。
　利子生み資本におけるカタストロフは、G・・・G'というその循環過程に、貨幣資本家と機能資本家という、資本家同士の貨幣の貸借が全体のなかでのシェアを失いつつあるところから生じている。グローバル資本市場における高利資本のヘゲモニーは、1980年代のユーロ市場におけるシンジケートローンがもたらした累積債務危機にはじまり、1990年代の外国為替危機に引き継がれ、2008年のリーマンショックにいたる過程で確立された。（金融商品の歴史的分析は、本誌特集、斎藤論文参照）
それは膨大な貸付け可能な余剰貨幣資本をグローバル資本市場に呼び込んだことによって、負債を増やし、それを元手にジャンク債を作り続けないと資本市場が崩壊する、という現実を招来し、こうして利子生み資本はカタストロフを招き寄せ、これが今日の資本のカタストロフの内実となっているのだ。（境毅「グローバル資本市場での高利資本のヘゲモニー」『進歩と改革』８月号http://www.office-ebara.org/modules/weblog/　参照）

３．資本主義を超える運動の要としての革命後の政治
　こうして利子生み資本のカタストロフを要因とする今日の資本のカタストロフは、人々に、資本主義を超えることをある意味で強要している。これは資本主義が共産主義の物質的条件をつくりだしたことであるのだが、しかし従来の共産主義ではこの時代の要請に応えることができてはいない。共産主義のリニューアルが問われている。この課題については別稿を準備しているが、ここではすでに提起したことをまとめておきたい。
　私は拙著『「資本論」の核心』序文で資本主義を超えるプロジェクトの提案をした。それをここで引用しよう。
「資本主義を超えたい、これが今日、人々の切実な願いとなっています。『もう一つの世界は可能だ』、この言葉は広くゆきわたりました。しかしそこに至る道筋は不透明です。私は後記に書いたように、ソ連崩壊直前にその原理的根拠に気付きました。商品からの貨幣生成が商品所有者たちの無意識のうちでの本能的共同行為にあり、商品・貨幣をなくすことはプロレタリアート独裁の国家権力の意志的行為には手におえません。したがって、商品・貨幣・資本の廃絶を展望する共産主義運動は、この共同行為を不必要とする交易関係を迂回して作り出すことが必要だという提案をしました。この提案はいまだ日本の左翼には受け入れられていません。しかし、この間の世界の運動はますますこの提案の具体化の必要性を感じさせています。そこで今回の出版にあたり、その趣旨を資本主義を超えて『もう一つの世界』を創りだすという観点で、あらゆる領域から超える可能性を探る試みを理論的、実践的に解き明かすプロジェクトの開始を宣言したいと考えています。このプロジェクトは次の五点の確認から始まります。
（一）資本主義を超えることが課題となっている。
（二）そのためには、社会のあらゆる領域から超えていくデザインとプログラムとが構想され、それにもとづいた取組みがなされなければならない。
（三）多数のプロジェクトが必要である。しかしそれは世界中の＜意志ある＞人々の全員参加のプロジェクトでないと成功しないだろう。（校正ミスを＜＞で補充）
（四）資本主義を超えるという問題意識をそれぞれの持ち場で具体化していくこと。
（五）差異を力に変えうる組織を生み出すこと。」（『「資本論」の核心』情況新書、9～10頁）
現在の地平は、ソ連崩壊後の新自由主義の席捲がもたらしたカタストロフであり、これは経済危機のように循環するのではなく、長期に続く過程となる。　
共産主義のリニューアルが問われているが、その基本的内容は、ソ連崩壊の総括　文化
を基準にした政治　シンクタンク活動　迂回作戦における陣地戦の位置づけ、等々としてこれまで提起してきた。（これまでの私自身の関連文献は、榎原均の公式ホームページ、バラキン雑記http://www.office-ebara.org/modules/weblog/　に揚げておく。）
最近の中津共同体紛争の経験から、陣地戦としての共同体運動にあっては、革命後の政治が問われることが判明した。差異を力に変えうる組織論の前提に、革命後の政治を獲得することがあるのだ。この点についても別の機会に提起したい。

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