以下は08.11月の研究会での報告を文字起ししてもらったものです。機関紙『コモンズ』に掲載されました。

　この報告は、『情況』09年1・2月号に寄稿した「投機・信用資本主義の原理」に基づいてその解説を試みたものです。ぜひ原文を参照下さい。またこの論文では新たな問題提起をすると共に、共同して研究するためのプランも書きました（長いので次の記事にしています）。皆さんの共同研究への参画を期待しています。（榎原　均）
　　　　　
投機・信用資本主義の原理

　０７年の夏にアメリカのサブプライム問題が、ヨーロッパまで波及して、これは世界恐慌になるということで、僕らは、生きているうちにソ連の崩壊という歴史的事件を目撃し、のみならず世界恐慌まで体験できて、歴史はすごいサービスをしてくれている、すごいことだな・・・・そんなこと言っていたらすってんてんになった人には怒られそうですが、そんな気持ちでいました。
　実は僕は七年間ほど監獄に入ってまして、出てきた時信用論の研究会を京都で行いました。その時から基本的に現在の経済は・・・・・現実資本と架空資本という言葉が今では常識になってしまいましが、・・・・・どう見ても架空資本のほうが現実資本に勝ってしまうという事態があるのではないかと気づきまして、その時以来、このへんのところを何とか信用論の研究としてまとめたいと思っていました。
　信用資本ということで、もう3年ほど前になりますが、雑誌『情況』（2006年11・12月号）に「信用資本主義と価値形態論」を書かせてもらいました。そこでそれまでの経過ということをまとめているのですけれども、08年になって、いよいよ恐慌がきたということで、これまで考えていたことが、ぱっとフォーカスが結びまして、それで書き下ろしたというのがこの『ASSB』誌に載せています「投機・信用資本主義の原理」です。その論文の「信用資本とは何か」というところから始めたいと思います。

１．信用資本とは何か
　「信用資本」という言葉については、マルクスは『資本論』第三巻第五編利子生み資本論の第三二章のなかで述べています。それはどういうことかというと、他人のお金を使って投機している資本のことで、現在なら、たとえばミューチャルファンドやヘッジファンドといったたぐいのものを、マルクスは信用資本と述べています。利子生み資本というのは、マルクスによれば、貨幣そして資本が商品化したというのがその本質です。
　お渡ししましたＡ4のプリントにあります『資本論』全三巻の目次を見ていただきたいのです。そのなかの第一部はご存知のように商品から始まるのですが、その商品から貨幣が生じると、その貨幣が資本に転化し、そしてその資本が絶対的剰余価値の生産、そして相対的剰余価値の生産という形で剰余価値を生産し、一つの循環をなしている。その循環が、流通があり、その総過程がありというふうになってまして、その総過程のところで資本の商品化が出来て、それが第三部第五編「利子生み資本」で述べられていることですね。そして、その利子生み資本が架空資本化していくという次の運動をするんです。僕はこの20年間資本論体系の延長上で、虚の経済である架空資本のほうが、実の経済を滅ぼしてしまうような力関係がどうして生まれるのか？ということを一生懸命に考えていたのですけども、10年前ぐらいにそのように考えていてはダメじゃないかと考えました。むしろ原理としても新しいものをつくっていかないと今の経済の状態は解けないのじゃないかと考えたのです。それで、信用資本と言う概念規定を資本論も使っているのでそこから着想したのです。信用資本と言うのは何か？ということですけども、いまの金融市場でのプレイヤーは、銀行、証券会社、年金基金、保険会社、投資ファンド、ヘッジファンドですね。彼らが経済に対して大きな影響力をもっているということですね。これらの資本家は他人のお金を現実資本に投資するのではなく、金融資産の売買に向けることで、投機資本と化しています。
　普通は金融資本というのはお金をファイナンスしてあげるということですから、経営したいけれどもお金がないという資本家にお金を貸して上げて、借りた人が事業家としてやっていくというのが金融なんですけども、そうではなくて人から集めた借りたお金で投機をして儲けていくというパターンですね。これが、主流になってしまった資本主義を投機・信用資本主義と名づけようというのが僕の提案なんです。
　「マルクスは他人のお金で投機を行う資本、投機で資本蓄積を行う資本を『信用資本』と呼んだ」、これにはバイアスがかかっています。マルクスは「信用資本」と言う言葉を使いましたけども、他人の資本でやっているということは言っているんですけども、投機で資本蓄積を行うということまでは言っていない。でもそこまで行かなければいけないのではないかと思うのです。
「彼らが売買しているものは、金融資産（株式、社債、国債、消費者の債務証書―サブプライムローンがそうですね―外国為替など）」ですけども、これらの金融資産というものは一般商品に比べて性格が違うのですね。例えば、ＧＭがピンチで国家にお金をカンパしろと言ってますけども、ＧＭが作った自動車は商品交換によって消費者の手に渡りますが、その時には等価の交換が成立しています。同じ商品でも金融商品の本質が何かといったら、将来の利益に対する請求権なんですね。株式がそうですね。株式会社を作って株主になっているということは、その会社が将来に上げる利益に対する配当を受け取れるということですね。その配当が定期的に入ってくると見立てたら、それを利子と看做して資本還元することで金融資産の価値、価格が決まっていくという原理があるんですけども、だから、金融資産の価値の実体は労働ではないということですよね。いまから20年前ぐらいに価値の実体は労働ではない、という説が流行ったのですけども、よく考えたら、すでにその時に金融資産の取引高のほうが一般商品の取引高よりも多かったんですよね。その実態に幻惑されて、価値の実体が労働ではないなんて言うんですね。しかし一般商品の価値の実体は労働であるわけです。ケインズでもそうみています。実際みんなサブプライムで損したものだから、どこもお金お金と言っていて、しかし、金融資産の価値の実体は何もない、架空なんですね。だからこんなに高かったと思ったらこんなに安くなって、株式時価総額が何兆ドルと減ったというんですけどね・・・・・減ってどこへいったんや・・・・と思うんですけどね。株価が乱高下することでダメージは実の経済に出るんですけども、実の経済がすぐに止まるというものでもない。その意味では相対的に関係のない世界なんですよね。そんなところをどう原理的に位置づけるか？ということで、架空資本の本質は、「利子生み資本の形態すらとらない」、ということなんです。これが新しい提案です。
　「利子生み資本」というのは、先ほど説明しましたように、お金は持たないけれども事業を行いたいという機能資本家が、お金は持っているけれど事業は自分ではやりたくない貨幣資本家からお金を借りるという時の貸借関係を、貨幣の商品化とか、資本の商品化と名づけて、借りたお金で事業をやって利子を払うという形で循環する資本を、マルクスは利子生み資本と名づけたんです。これが利子生み資本の概念ですね。金融資産たとえば株ですね、最初その株が売り出されたとき買えば、その資金は現実資本に投下されているんですね。ところがその株が高くなったからといって転売され流通してゆくその時の転売される株は、金融資産ではありますけれども基本的には架空資本であるとマルクスが言っているし、皆さんそう言うわけです。なんで架空と言うのかはっきりしなかったんですけども、それは利子生み資本という形すらとっていないという意味で架空だと僕は解釈しました。それが僕の新しい提案です。それが妥当かどうかということをここで論議していきたい。
　マルクスが資本論で次のように言っているのでちょっと読み上げます。
　「貨幣資本が存在する形態が、ただ貨幣の形態だけだと仮定してもこの貨幣資本の大きな一部分は、つねに必然的に単に架空なものである。すなわち価値への権限である。・・・しかし、それが貨幣資本に転化して、同じ貨幣が繰り返し貨幣資本を表す限りでは、明らかに、それはただ一つの点で金属貨幣として存在するだけであって、他のすべての点では、それはただ資本への請求権と言う形で存在するだけである。これらの請求権の蓄積は、前提によれば、現実の蓄積から、すなわち商品資本等々の価値が貨幣に転化することから生じる。とはいえ、これらの請求権そのものの蓄積は、それの源泉である現実の蓄積とも違うし、貨幣の貸出によって媒介される将来の蓄積（生産過程）とも異なるのである。」（『資本論』第三巻、原典、旧版553～4、全集版524～5頁、引用はマルクスの手稿で訳文は大谷訳『経済志林』64巻4号、269頁）
　このように言っているから架空資本は利子生み資本とは違うと言っていると読めます。僕の言葉で翻訳したらね。利子生み資本の形というのはいったん物を作るために生産に投下されて、回収されるという現実資本の循環を経ている、そういうのが利子生み資本ですけども、そういう経路を土台として、架空資本と言う新しい資本の形を確立して、現実の蓄積とは異なる領域で徘徊しているんですね。（共産主義が徘徊したという奴ですね。いまや架空資本が徘徊しているんですね。）

２、信用資本が売買する金融資産は架空資本
　先ほども説明しましたけども、「今日の社会では、定期的収入をもたらす収入源はその収入を利子と見立てて資本還元し、資本の額を計算することで、その収入源は資本とみなされる（擬制資本）。たとえば国債は国の借金であって、国債を売ったお金が資本として投下されているわけではない。だから利子生み資本（貸付けたお金が現実資本に投下される形態）としての機能は持ってはいない。にもかかわらず資本として扱われるが、このような資本を架空資本と名づける。架空という意味は、現実資本に投資されないということを指し、利子生み資本の概念からすれば架空のものという意味である。」、こういう意味に解釈しました。これが新しい提起です。
　「株式も最初の購入者の資金は現実資本へと投資されるが、しかしその株券が次々と売買されて持ち手を換えるときにはそれは架空資本となっている。今日売買されている金融資産はほとんどが架空資本である。」
　僕は20年前から考えてきてよく分からなかったこと、それが、要は段階規定をしたい・・・・これは宇野派の影響かもしれないですけども・・・・レーニンが自由主義から独占が起こって、帝国主義段階にいたるというように段階規定をしたことになぞらえたい、ということなんです。独占資本の実体が金融資本で、金融資本が帝国主義の経済的基礎である、というのは良くわかるんですけども、それでいくとはたして金融資本というのは今あるのか？ということなんです。いまの銀行は金融はしない、貸し剥がしはしますけど、金融機関の金融機能が麻痺している。銀行でも証券会社でも投機で稼いでいるわけです。ということは、投機が資本蓄積の様式として定着しているのがこの数年間・・・・いま恐慌で潰れていますけど・・・・この数年間こうだったということなんです。
　「信用資本は架空資本を投機的に取引することで蓄積して行く。それはバブルを形成し、バブルがはじければ金融資産の時価総額は暴落するが、しかしこれは現実資本にとっては直接のかかわりがない。実体経済の動向とは無関係に、バブルとその収縮、これを繰り返すことは投機・信用資本主義の宿命である。」
　歴史的に何度もこういうことはありました。ブラックマンデーとか、過去のニューヨークの株式の下落ということがありました。それはすぐに回復しているんですね。今度もそういうことではないかという甘い期待もあったんですけども、そうはなかなかいかなくて今度はなかなか深刻な事態になっているんですけども・・・・。
　「信用資本の蓄積様式は資本市場における投機であり、新しい資本主義の段階は、投機・信用資本主義と呼ぶほかはない。つまり、資本市場における架空資本の売買の一般化は、支配的な資本が利子生み資本としてあった金融資本主義から、信用資本を支配的な資本とする、投機・信用資本主義への移行をもたらしたのである。」
　金融資本は、独占と銀行との癒着、大企業と銀行との癒着ですから、その本質は利子生み資本なんです。これは、ちゃんと企業に投下されているわけです。ところが、投資銀行の投資は企業に全然投資されていない。いまや潰れてしまっていますけどね。商業銀行が企業に投資しないからアメリカの自動車メーカーのビッグスリーが潰れかけて国家にお金を頂戴、と言わざるを得ないという事態になっているということなんです。この事態をしっかり見ていただいて、それは資本主義そのものが、投機・信用資本主義に到っているという新しい段階なんだというのが二つ目の提案なんです。

３．投機・信用資本主義の背景、世界単一の資本市場の形成
　どうしてこういうことに成ってしまったのか？という原因なんですけども、それはまず一つ目に、貸付可能な貨幣資本が膨大に蓄積したということなんですね。「労働者の年金や保険も年金基金や保険会社に集められ、巨大な貸付可能な貨幣資本となる」、ということなんですね。年金基金というものは膨大なもので、21世紀にはいってこれが投機を始めたんですけども。ITバブルが崩壊した時これは何とかしなければ、ということで、金融の証券化ということをやって、それでサブプライムができたということになってます。そういうことやれるというのはやっぱり余剰資金があるからなんですね。本来銀行に集中された預金というものは企業に貸し付けられるということだったんですけども、企業自体が余剰資金を持ってしまったということで、銀行が大企業にお金を貸す必要がなくなってしまった。大企業自身も証券市場で資金調達するということになってしまった。そうすると銀行は架空資本の投機のところで利鞘を稼ぐところへ行かざるを得ない、ということになっている。労働者の年金や保険それにオイルマネーですね、こういうお金が溜まってしまう。あとはアメリカとの貿易で中国と日本にドルが一杯溜まるということが起こってきたということが一つです。
　もう一つは、「世界単一の資本市場の形成」ですね。これはどういうことかというと、従来金融市場はロンドンにしろニューヨークにしろ空いている時間というのは限られていて、地域的にも統一した形で取引するというのは難しく、分断されていたんです。ちょっと前まではファックスとかテレックスが通信手段だったんですけども80年代からのＩＴ技術によるオンライン化によって、日本の銀行でも都市銀行と地方の銀行の取引がオンラインでできるようになった。昔は窓口では都市銀行のお金が地方銀行では下ろせないということがあったんですけども、それがいまや労金でも信用組合でもどこでも出来るようになってしまった。これが、日銀ネットというオンラインの姿でありますけども、これが世界中の銀行・金融市場を結びつけたわけです。そうすると国際金融市場は世界単一の資本市場としての機能を持つことになったのではないかと思うのです。こういうことが起こった結果として非常に安い値段で投機取引ができることになった。投機というのはいままでとてもお金がかかるものだった。だから大金持ちしかできるものでしかなかった。どんどん安くできるものだから投資信託みたいな商品で高齢者に売りつけるということも可能になってきた。これはもう全部金融でなくて投機なんですね。

４．投機・信用資本主義段階
　「この貸付可能な貨幣資本の蓄積は現実資本の蓄積からは相対的に独立しているし、また貸付可能な貨幣資本の運用については架空資本の売買という投機に向かいやすい。貸付け可能な貨幣資本の異常な規模での蓄積、オンライン化による世界単一の資本市場の成立、これらを土台にして、金融資本は投機・信用資本へと変質した。金融機関が金融をしなくなり、（ゼロ金利で預金者を苦しめ、ＧＤＰの縮小を行っただけでなく、銀行の貸し渋り、産業への血液の提供をせず、投資信託を売りまくる、等々）金融業と証券業の垣根も取り払われ、巨大金融機関や機関投資家、さらにはさまざまなファンドは投機取引で利益を出すようになった。投機が資本の蓄積様式となり、そしてこの投機という信用資本の蓄積様式が支配的となり、社会の隅々から富を吸い上げている。」
「金融資本と違って、投機・信用資本は産業や消費者から搾り取れるだけ搾り取る、トータル・キャピタリズムとして特徴付けられる。」こういう観点でいち早く主張したのがジャン・ヴェイルウッドというフラン人で、ミッテランの時の金融担当者なんです。ミッテランの敗れた後は民間の金融機関にいた人なんです。トータル・キャピタリズム、この意味が、金融はしていない、ファイナンスはしていない、で何をしているのかといえば、投機をしている。トータルという言葉の意味は、ファイナンスでしたら、利子生み資本は株式会社から富を吸い上げるだけなんです。ところが投機をするということは、社会全体から富を吸い上げるんです。その意味で彼は「トータル・キャピタリズム」と名づけたんですけども、ところが訳者がそれを「金融資本」と訳してしまって、もうどうしようもない。
　「資本市場は基本的には無法地帯である。詐欺まがいの取引が市場に悪影響を与えると、そのあとから司直が規制に乗り出す。このようないたちごっこが繰り返されてきた。投機・信用資本主義こそが敵であり、これと闘うには投機市場にお金を吸い上げられないようにすればいい。世界恐慌における経済政策の基本はここに置かれなければならない。」
　投機が何で儲かるかといったら、投機市場がずーと膨らんでいってたらゼロ・サムゲームではあるんだけれども誰も損をしないという可能性がありますよね。損するそういう確率が低いものです。それをやりたいのですね。投機市場にどんどんお金を吸い上げたいのですね。だから日本でも「貯蓄から投資へ」ということを言い、預金を取り崩して、投資信託を買いなさいということを言ってる。
　預金というのは元本ともに保証されているんだけれども、投資信託は自己責任で、こうなりましたから貴方の分はダメになりました、ということでもやっていける。こういうことは、変質した資本主義が成熟していて、この間の恐慌で死に絶えた振りをしていますけれども、また復活すると思うのです。絶対復活するでしょう。というのも、金融市場があれば必ず投機が発生し、余剰な貸し付け可能な貨幣資本がだぶついていますから、必ず復活します。この機会に徹底して、投機・信用資本主義の構造を明らかにした上で、それが再生しないような政策を提案しなければいけないと思っています。トーピン税なども有効なやり方とは思っていますけども。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (85) | Reads (2342)

2009/04/19

投機・信用資本主義の原理（下）

Author: ebara (5:09 pm)

『情況』09年1・2号に掲載された、「投機・信用資本主義の原理」の前半は。9月21日付バラキン雑記に掲載しましたが、その続きをUPします。

投機・信用資本主義の原理（下）

第三章　今後の研究課題

Ａ．信用資本主義という発想について

１．私の問題意識
　私の問題意識はこのようにこれまでの定説からかけ離れているので、なかなか理解されないかもしれない。ケインズも一般理論を公表するに当たり、インナーサークルでの議論で最初の原稿はほとんど書き換えられたといっている。私は学会に所属しているわけでもないし、研究機関に所属しているわけでもないので、問題意識を事前に議論する場を持つことができなかった。しかし『情況』誌に公開することで、多少の議論が起きることを期待している。その誘い水として、今後の研究課題についてレジュメ風に書き留めておくことにする。

２．金融資本は解消したのか
　『資本論』は現実資本の分析が中心であるが、しかし、第三部、第五編で架空資本の分析を試みている。『金融資本論』は信用と架空資本の運動を分析したが、それを産業における独占体形成（金融資本とは、「銀行が処理し産業資本家が充用する資本である。」『金融資本論』、国民文庫、下、89頁）の分析へと収斂させた。つまり当時のドイツの現実からの抽象として、貨幣資本を蓄積した銀行は、それを産業に投下し、産業を管理することが中心的な業務になるとした。
　しかし、1980年代以降巨大商業銀行は多国籍化し、投機（ディーリング）で利益を出すようになり、他方大企業も自己資本を増大させて銀行離れをし、また直接債券市場から資金を調達するようになった。銀行と産業との癒着は貨幣取扱い業務や債券発行業務以外では見られなくなる。
　ヒルファーでリングやレーニンが定義したような金融資本は、今日存在するかしないのか。これは実証的研究によって解明されるべき課題である。

３．投機で資本蓄積する資本家の支配はどのようにして形成されたか
　従来投機は資本蓄積の王道とはみなされてはいなかった。しかし今日では、投資ファンドや投資銀行といった本来の投機的資本家のみならず、商業銀行も投機的取引で利益を上げるようになり、産業に対する投機資本家の支配が形成された。
　こうして、金融資本の蓄積様式とは異なる独自の蓄積様式がどのように形成されているか、ということが実証的に研究されねばならない課題となった。投機が独自の蓄積様式となりうる条件を考えて見ると、技術的条件は、オンラインシステムによる世界単一の資本市場の形成であろう。これによって投機取引に掛かる費用が低減しゼロに近くなった。経済的条件は、資本市場が常に拡大することであり、そのための方法を開拓した。アメリカの赤字による世界中からの資本の招き寄せ、コーポレート・ガバナンス、金融の証券化、大衆の投機市場への参画の促進のための種々の金融商品の開発による貯蓄から投資へ、など。イデオロギー的には労働価値説の放擲とお金にお金を生ませるという利殖観を、万人に勧める新自由主義の台頭である。

４．信用商品と信用資本の位置をどのように定めるか
　『資本論』第一巻で解明された、商品から貨幣が形成され、貨幣が資本に転化し、資本が生産されて、商品に戻る、という現実資本の循環とは異なる架空資本の循環様式はいかなるものか。商品からの貨幣の生成、貨幣の商品化、利子生み資本の形成、利子生み資本の金融資産化、金融資産の流動化、架空資本の形成、これをどのように叙述するべきか。

Ｂ．信用論の諸問題と信用商品、信用資本の解明のための課題

１．銀行信用論の再検討
　一般的には商業信用から銀行信用へと上向する。商業手形の銀行による割引、銀行券の発行に銀行信用の本質を見る。
　貨幣取扱業、預金、信用創造、の系列の無視があった。これは支払決済システムを形成し信用制度の土台となる。この支払決済システムは、私的企業である銀行の私的なインフラであるが、しかしそれは同時に経済における公的なインフラであり、今日の世界金融恐慌で、これが崩れようとしているので、各国は巨大な資本注入を行っているのである。
　1929年恐慌では、この公的インフラが、取り付け騒ぎによる銀行の倒産によって破壊され、それによって産業恐慌を激化させることになった。この轍を踏まないようにと、各国政府は支払決済システムの防衛のために、私的商業銀行に膨大な公的資金を注入せざるを得なくなっているのである。
　銀行の支払決済システムの公的性格を理解せずには公的資金の投入ということについて理解はできない。銀行論の再検討が必要である。

２．信用貨幣論の再検討
　一般的には信用貨幣としての銀行券は、貨幣金の代替物とみなされてきた。金交換停止（不換紙幣）後はその流通根拠に、それを信用して受け取るから、だとか、国家紙幣化して強制通用力を付されているからとか言われている。金廃貨論も登場した。
　信用貨幣の太宗は預金通貨である。大口の取引はこれで行われている。小口の取引（労賃の支払など）は銀行券でなされている。今日の銀行券の発券のシステムからすれば、日銀券は日銀の一覧払いの債務証書であり、その本質は預金証である。市中銀行が日銀の当座預金を引き出すことで日銀券が発行されるケースから分かるように、日銀券は市中銀行の日銀に対する預金証であり、これが「紙切れ」が流通する根拠である。巷で論議されている日銀券そのものの価値（紙代と印刷費）が問題ではなく、その紙切れに書かれている額面が問題である。手形の価値は額面によるのであり、その証書の制作費は無関係である。信用貨幣のうちで特に目に付く銀行券について、それを預金証としてみるための定説が形成されるべきである。

３．通貨と金融資産の違い
　信用貨幣のうち通貨として計算されるものは、銀行券だけでなく、預金通貨も含まれる。いわゆるマネーサプライと呼ばれているものである。通常定期預金は流動性がないということでM１からは省かれてM２+CDとされている。同じく債務証書である、株券や国債や社債などは金融資産であるが、通貨には入らない。これらは流動性はあるが商品交換を媒介しないからだ。
　しかし金融資産は銀行券とは違って、利子がつき、これを資本還元した価格で取引される。金融資産の商品化は原初的な資本（貨幣）の商品化とは違って、利子生み資本の運動を伴わず、その意味で架空資本となる。この架空資本の取引が投機である。
　そこでの問題は、投機による金融資産の流動化によって、金融資産をもマネーサプライに加えようとする動きがあることだ（広義流動性）。しかし金融資産の価値は今日のような危機の局面では乱高下している。こんなものを通貨として扱うことは基本的には誤りであることを明確にしなければならない。

４．ドル危機論の再検討
　アメリカ経済に何かあると、国際通貨ドルの崩壊ということが話題となる。国際通貨は通貨という名称が付けられているが、一国内の通貨とは本質的に異なっている。各国の貿易の不均衡によって、民間が稼いだドルを政府が買い上げることによって外貨準備が形成されるが、政府はこのドルをアメリカの国債に投資している。外貨準備の内実が国債であるから、それは通貨ではないことになる。だから俗説のように、アメリカが貿易赤字でドルを増刷し、通貨が過剰となり、インフレとなって、ドル危機を招来してアメリカがピンチになるということではなくて、アメリカ経済の危機がドルの信任という問題を引き起こすのである。
　フリードマンは変動相場制になると、貿易差額は均衡すると考えたが（『資本主義と自由』日経BP社、139頁）、そうはならなかった。各国通貨当局の動きが勘定に入れられてはいなかったのだ。この問題をどのように取り上げ、またアメリカの赤字をどのように評価するのか、改めて検討すべき課題である。

５．金融市場論の再検討
　80年代から90年代にかけての国際的な資金の流れの分析は、貿易差額がどのように付け回されているかという観点からのもので、やはり現実資本の側からの資金形成という見方にとらわれていた。この現実資本の運動から生み出されてきた貸付可能な貨幣資本の蓄積が、どのようにして投機へと向かうかについては、ブラックボックスであった。
　そもそも自由な個人が相互に対面する市場という概念で、金融市場、商品市場、労働市場をひとくくりにすることが誤っている。フリードマンはすべてを自由市場と見、自由な個人の取引とみなす。そしてその特異な所有権論で、土地の所有者には上空の飛行機の運航について拒否できる可能性を考え（同書、72頁）、そして同じように株式の所有者は現実の企業の財に対する所有権を持つとみなしている（同書、252頁）。このような考え方についての批判が必要である。
　商品市場は等価物の交換であり、使用価値の持ち手交代である。金融市場（資本市場）は将来の価値請求権の売買の場であり、リスクの交換である。労働市場は、労働力という擬制的商品の売買の場であり、階級間の取引である。これらを同じものへと還元することへの批判が問われているといえる。
　現実資本が金融市場で資本調達をするときには、現実資本の調達が同時に将来の価値請求権の形成という形をとり、架空資本の形成となり、リスク交換の場を拡大させる。つまり金融市場は、資金の調達の場だけでなく、架空資本の形成とその売買の場、という二重性を持つのである。

Ｃ．信用資本主義と政策提言

１．『資本論』体系との関係
　信用資本論を『資本論』体系に組み込むことには無理がある。『資本論』は基本的には現実資本の運動を解明している。したがってそれを土台にして、架空資本論としての展開が問われている。
　貨幣（資本）の商品化、利子生み資本の成立、利子生み資本の金融資産化、金融資産の流動化、架空資本の形成、ここまでは『資本論』体系で解明されている。
　これを信用商品と信用資本の成立過程と押さえて、信用資本が現実資本を支配するという転倒が起きることを明らかにすることが必要である。この転倒の分析が信用資本の原理の解明となる。

２．架空資本による現実資本の支配
　実よりも虚が優位に立つ基本的な原因は、物象化と物象による人格の意思支配のある。しかしこれだけでは実も蓋もない。
商品の二要因をなす価値と使用価値を比較すれば、使用価値が実の世界に属し、価値が虚の世界に属する。既に商品生産において、価値の増殖を目的として使用価値が生産されるという転倒がある。現実資本の生産過程が価値増殖を目指しての使用価値の生産であるように、価値増殖ということが資本の最高の命題であること。それ自身で増殖する価値としての架空資本、という形態規定が優位性の第一歩であろう。
　理念的には優位にある架空資本が、現実的にも優位になれる諸条件の形成について跡付けることが必要である。それは、他人の資本で、なおかつ現実の生産過程を循環させずに資本蓄積できる、信用資本主義の蓄積様式の形成と投機資本家階級の形成、そしてその独自の階級的利益の追求のための階級闘争がなされていることを提示することである。

３．政策提言について
これらの解明によって、各国政府はなぜ私的企業に公的資金をつぎ込まざるを得ないのかの解明と、新自由主義が推し進めた国際会計基準が企業の体質を弱めたことの解明が進むであろう。あと恐慌と長期不況は資本主義の不均等発展の帰結である。国際協調が進められているが、弱い環はどこか、これも事態の進行によって明らかとなるであろう。
　最後に、投機・信用資本主義について、これまで述べた事柄を簡単にまとめておこう。
　まず、今日の資本市場での主要な取引は投機取引であり、その際、売買される金融資産は架空資本であって、利子生み資本の運動形態をとってはいないこと、この認識から出発する。次に、銀行と独占資本との癒着という意味での金融資本は過去のものとなり、投機で資本蓄積する投機・信用資本主義が現実資本を支配する時代が始まったことを確認する。
　他人の資本で投機をする投機・信用資本主義は、その独自の資本蓄積運動の帰結として、実体経済とは相対的に独自に、資本市場でバブルとその収縮という事態を繰り返す。このような投機・信用資本主義の運動が、サブプライム問題を契機に危機に陥り、世界金融恐慌を招き寄せたのである。投機は資本市場に不可避に取り付くものであり、これの規制が政策提言の土台に置かれなければならない。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (681) | Reads (16349)

2008/10/09

世界恐慌分析のための原理

Author: ebara (9:40 pm)

この20年間考えてきた信用論が突然フォーカスが合ってきました。以下に掲載するのがそれです。先に掲載した政策提言に向けての準備も、この原理からの発想です。そちらと合わせて検討してください。

投機・信用資本主義の原理

Ａ．資本主義の新しい段階としての投機・信用資本主義

１．ドイツをモデルとした金融資本論
　以前からの常識であるが、ヒルファーディングの『金融資本論』はドイツをモデルとしたもので、イギリスやアメリカの独占資本はヒルファーディングの理論では解明できないと言われてきた。実際多国籍企業をどのように位置づけるかについては、定説は形成されなかった。
周知のように、レーニンの『帝国主義論』もヒルファーディングの『金融資本論』を土台としており、それに対する代案として、自由貿易帝国主義論や、新植民地主義論が提起されたが、ソ連崩壊以降のグローバリゼーションを捉える理論は未形成であった。
　グローバリゼーションが新自由主義と絡めて理解され、新自由主義の批判がハーヴェイ（『新自由主義』作品社、『ニューインペリアリズム』青木書店）やジャン・ペイルヴァット（『世界を壊す金融資本主義』ＮＴＴ出版）などによってなされ始める中で、ドイツをモデルにした金融資本主義論に代わる新たな世界資本主義の把握が模索し始められるに至っている。レーニンの段階論としての帝国主義論を継承しつつも新たな段階規定を行うべき時点が到来している。

２．1929年の世界恐慌
　アメリカの何人かのエコノミストが現在の危機を100年に一回、つまり歴史上なかったような危機だと捉え始めている。実際に1929年金融恐慌も今日の危機と比較すれば児戯に等しいように見える。1929年金融恐慌についてのノンフィクション『ウォール街の崩壊』（トマス＆モーガン著、講談社学術文庫）を読めば、当時の投機が現在の投機と比べればまだ子供っぽく、世界の金融市場に対する影響もたいしたことはなかったことが分かる。ただ金融恐慌が直ちに世界産業恐慌へと移行して、失業者の増大を生み、社会問題を引き起こしたという金融と産業とのつながりの点では、少し様相が異なっている。もちろん現在の金融危機がいつ世界産業恐慌に移行してもおかしくはないが。
　当時はイギリスの金融市場に比べ、アメリカの金融市場は規制がなく、投機家が株式市場でバブルを演出し、恐慌に至った。これを反省して、銀行と証券会社を分離する、グラス・スティーガル法で規制がかかった。ケインズも1936年に出版した一般理論で、「金利生活者の安楽死」を経済政策として考えた。ところが現在の新自由主義の理論的バックボーンとなったフリードマンは29年恐慌に対して通説とは全然別の総括を提起していた。

（注）フリードマンの説
　フリードマンによれば、金融恐慌を悪化させ、世界恐慌へと転嫁させた原因は政府と連邦準備制度の失敗にある、というもので、連邦準備制度は「緊急通貨印刷機」（フリードマン『選択の自由』日本経済新聞社、122頁）となるべきだったというのである。いま世界の中央銀行はそのように振舞おうとしているが、その帰結はどうなるのだろうか。

３．戦後の熱・冷戦体制
　さて、資本主義の新たな段階規定を行おうとする限りで、第二次世界大戦後の歴史的過程を簡単に整理しておこう。東側は中国での毛沢東の勝利が大きく、民族解放戦争が激化した。熱戦から平和共存、冷戦への以降後、西側は福祉国家体制をとり、産業資本が中心となって経済成長を成し遂げた。ケインズが期待したインフレによる金利生活者の安楽死が実現した。国連、ＩＭＦの固定相場制、ＧＡＴによる自由貿易交渉、世界銀行による開発融資これらが戦後世界の枠組みであった。しかし、資本主義の不均等発展の結果、70年代に入って、この枠組みに変化が現れた。

４．70年代の変化
　70年代には独占資本による過剰生産と石油輸出機構による原油値上げに直面し、経済成長は西側諸国では停滞し、不況に直面した。この時期に起きた大きな変化は、アメリカが世界貨幣地金の流出に対するドル防衛の措置として、金ドル交換停止を行ったことだった。これによって、ＩＭＦ固定相場制は崩壊し、試行錯誤のあと、外国為替市場は変動相場制へと移行した。外国為替市場でデリバティブ（金融派生商品）が登場するとともに、オイルマネーが蓄積しその還流が課題となってきた。

５．80年代に新自由主義が政権を握る
　新自由主義についてのハーヴェイの問題提起は、支配階級の側からしかけられた階級闘争と見るところにあった。イデオロギー支配のために大学、研究機関、マスコミを買収し、すべてを市場の競争に任せる市場原理主義と個人的自由主義、自己責任論を浸透させた結果、新自由主義のイデオロギーへの支持を、貧乏くじを引く側の民衆からも取り付けることができた。こうして80年代前後にイギリスではサッチャーが、アメリカではレーガンが新自由主義的政治を開始することになる。
　あと見逃せないのは、世界単一の資本市場の成立である。80年代半ばに世界の金融市場がオンラインで結ばれ、銀行もディーリング（投機取引）で利益を稼ぐようになった。80年代末には日本は土地バブルを背景にして一瞬間だが世界一の金融大国となるが、しかしすぐにアメリカとヨーロッパの連合で引きずりおろされる。ただ日本ではこれによって新自由主義的政治の導入が遅れ、小泉改革を待つことになる。

６．90年代に投機・信用資本主義の成立
　世界単一の資本市場が成立することによって、オイルマネー、年金基金、保険基金、各国の外貨準備などの過剰な貨幣資本が資本市場での投機に向かうようになった。アメリカではインフレを収束させて、金利生活者（投機家）の時代が始まり、お金にお金を生ませる、お金を働かせるといった投機への勧誘が始まった。
　他人のお金を資本化する信用資本が投機によって増殖する時代が到来した。貯蓄から投資へ、を相合言葉とした投機・信用資本主義の段階が始まる。その結果、格差拡大が成長の条件となり、中国やインドなどの格差を持った国々が離陸を始めた。これは一時期に総中流化を実現した日本型とは異なる形での離陸であった。

７．2000年代は、バブルから恐慌へ、投機・信用資本主義の停滞へ
　ＩＴバブルがはじけたあともアメリカは、金融の証券化で切り抜け、住宅バブルを演出したが、これが07年夏にサブプライム問題としてヨーロッパから金融機関の破綻が始まり、金融市場が不安定化し、株価の大幅下落が短機関に何度も引き起こされるようになった。以降金融資産の価値は継続的に暴落し、金融機関は経営危機に直面し、倒産が始まっている。公的資金の導入がなされ、また巨大企業も経営難に直面している。世界金融恐慌がこれまでなかったような規模で進行している。このような現状を的確に把握し、対策を提起できるような理論的裏づけについて一緒に考えたい。

Ｂ．投機・信用資本主義の原理

１．信用資本とは何か
　現在の金融市場でのプレーヤーは銀行、証券会社、年金基金、保険会社などの機関投資家、投資ファンド（ヘッジファンドやミューチュアルファンド）であり、彼らが経済に対して大きな影響力を持っている。これらの資本家はみな他人のお金を現実資本に投資するのではなく、金融資産の売買に向けることで、投機資本としている。マルクスは他人のお金で投機を行う資本、投機で資本蓄積をしているような資本を信用資本と呼んだ（注参照）。彼らが売買しているものは金融資産（株式、社債、国債、消費者の債務証書、外国為替、など）であり、これらの商品は将来の利益に対する請求権であって、現実に産業に投下されている資本にたいする処分権は持たない。
　金融資本は銀行と産業との癒着と定義されていたように、その本質は、利子生み資本であった。利子生み資本とは、貸付けたお金が産業などの現実資本に投下される資本の形態である。他人のお金それ自体を資本化する信用資本は現実資本に投資されるわけではないので、利子生み資本の形態すらとっていない。

（注）マルクスの信用資本論
　マルクスは資本論第三巻、32章で信用資本という概念を登場させている。
「一方では、生産的資本家の資本は彼自身によって『貯蓄』されるのではなくて、彼は自分の資本の大きさに比例して他人の貯蓄を自由にするのであり、他方では、貨幣資本家は他人の貯蓄を自分の『資本』にし、また、再生産的資本家たちが互いに与え合う信用や公衆が彼らに与える信用を自分の私的な致富源泉にするのである。資本は節約と労働との生みの子だという資本主義的システムの最後の幻想も、これでだめになってしまう。利潤が他人の労働の取得であるばかりではなくて、この他人の労働を搾取するための資本も『他人の』所有物からなっているのであって、この他人の所有物を貨幣資本家が生産的資本家に自由に使わせ、その代わりに前者がこれはまたこれで後者を搾取するのである。」（『資本論』第三巻、原典、旧版553、全集版524頁、引用はマルクスの手稿で訳文は大谷訳『経済志林』64巻4号、266～7頁）
　このように述べたあと、マルクスは「なおもう少し信用資本について述べておかねばならない」といって次のように結論付けている。
　「貨幣資本が存在する形態が、ただ、貨幣の形態だけだと仮定しても、この貨幣資本の大きな一部分は、つねに必然的にたんに架空なものである。すなわち価値への権原である。・・・・しかし、それが貨幣資本に転化して、同じ貨幣が繰り返し貨幣資本を表わすかぎりでは、明らかに、それはただ一つの点で金属貨幣として存在するだけであって、他のすべての点では、それはただ資本への請求権というかたちで存在するだけである。これらの請求権の蓄積は、前提によれば、現実の蓄積から、すなわち商品資本等々の価値が貨幣に転化することから生じる。とはいえ、これらの請求権そのものの蓄積は、それの源泉である現実の蓄積とも違うし、貨幣の貸出によって媒介される将来の蓄積（生産過程）とも異なるのである。」（同書、旧版553～4、全集版524～5頁、訳文、大谷訳、269頁）
　マルクスが信用資本と名づけた事情について見てみよう。マルクスは「資本主義システムの最後の幻想」としての、「資本は節約と労働との生みの子」というイデオロギーを批判するために、利子生み資本の蓄積を貨幣資本家による貨幣資本の蓄積という見地から考察したが、その帰結として、貨幣資本家の資本に「信用資本（他人の資本）」と名づけたのである。そしてそのあとで貨幣資本が架空資本と化していて、その本質は資本にたいする請求権であり、その蓄積は現実の蓄積や将来の生産とは異なるものであることを指摘している。私が提案する信用資本主義とは、架空資本としての貨幣資本が蓄積する様式が支配的になっている今日の状況を解明する概念として、マルクスの信用資本概念をさらに拡張している。
　なお周知のように、今日では資本は節約と労働の生みの子といった、マルクスが批判しようとしたイデオロギーは、お金にお金を生ませるという信用資本主義のイデオロギーに取って代わられている。

２．信用資本が売買する金融資産は架空資本
　今日の社会では、定期的収入をもたらす収入源はその収入を利子と見立てて資本還元し、資本の額を計算することで、その収入源は資本とみなされる（擬制資本）。たとえば国債は国の借金であって、国債を売ったお金が資本として投下されているわけではない。だから利子生み資本（貸付けたお金が現実資本に投下される形態）としての機能は持ってはいない。にもかかわらず資本として扱われるが、このような資本を架空資本と名づける。架空という意味は、現実資本に投資されないということを指し、利子生み資本の概念からすれば架空のものという意味である。
　株式も最初の購入者の資金は現実資本へと投資されるが、しかしその株券が次々と売買されて持ち手を換えるときにはそれは架空資本となっている。今日売買されている金融資産はほとんどが架空資本である。
　信用資本は架空資本を投機的に取引することで蓄積して行く。それはバブルを形成し、バブルがはじければ金融資産の時価総額は暴落するが、しかしこれは現実資本にとっては直接のかかわりがない。実体経済の動向とは無関係に、バブルとその収縮、これを繰り返すことは投機・信用資本主義の宿命である。
信用資本の蓄積様式は資本市場における投機であり、新しい資本主義の段階は、投機・信用資本主義と呼ぶほかはない。つまり、資本市場における架空資本の売買の一般化は、支配的な資本が利子生み資本としてあった金融資本主義から、信用資本を支配的な資本とする、投機・信用資本主義への移行をもたらしたのである。

３．投機・信用資本主義の背景（１）、貸付可能な貨幣資本の蓄積
　架空資本は株券や国債や、各種の債務証書という紙券の形態をとり、これを売買する市場が資本市場であるが、架空資本の買い手は、貸付可能な貨幣資本である。貸付可能な貨幣資本は、産業資本の循環のうちで形成される遊休貨幣資本や、各種の収入（資本家が受け取る利潤や労働者の労賃など）が預金されることで銀行に集中される。また労働者の年金や保険も年金基金や保険会社に集められ、巨大な貸付可能な貨幣資本となる。

４．投機・信用資本主義の背景（２）、世界単一の資本市場の形成
　従来金融市場はロンドンにしろニューヨークにしろ分断されていた。ところがＩＴ技術によるオンライン化によって、各国金融市場が連結され、国際金融市場は世界単一の資本市場としての機能を持つにいたった。その結果、オイルマネーだけではなく、各国通貨当局の外貨準備なども政府系ファンドという形で貸付可能な貨幣資本として機能するようになっている。

５．信用・投機資本主義段階
　この貸付可能な貨幣資本の蓄積は現実資本の蓄積からは相対的に独立しているし、また貸付可能な貨幣資本の運用については架空資本の売買という投機に向かいやすい。貸付け可能な貨幣資本の異常な規模での蓄積、オンライン化による世界単一の資本市場の成立、これらを土台にして、金融資本は信用・投機資本へと変質した。金融機関が金融をしなくなり、（ゼロ金利で預金者を苦しめ、ＧＤＰの縮小を行っただけでなく、銀行の貸し渋り、産業への血液の提供をせず、投資信託を売りまくる、等々）金融業と証券業の垣根も取り払われ、巨大金融機関や機関投資家、さらにはさまざまなファンドは投機取引で利益を出すようになった。投機が資本の蓄積様式となり、そしてこの投機という信用資本の蓄積様式が支配的となり、社会の隅々から富を吸い上げている。
　金融資本と違って、投機・信用資本は産業や消費者から搾り取れるだけ搾り取る、トータル・キャピタリズム（ジャン）として特徴付けられる。直面している経済危機を作りだした勢力は何であり、どこに敵はいるのか、この敵と如何に闘うのか。このことがいま明らかにされるべきである。
　資本市場は基本的には無法地帯である。詐欺まがいの取引が市場に悪影響を与えると、そのあとから司直が規制に乗り出す。このようないたちごっこが繰り返されてきた。投機・信用資本主義こそが敵であり、これと闘うには投機市場にお金を吸い上げられないようにすればいい。世界恐慌における経済政策の基本はここに置かれなければならない。

６．名称の問題
　金融資本主義が投機・信用資本主義に移行したことで、名称の変更が必要となってきている。金融市場は信用資本市場、つまりは投機市場と呼ぶべきである。投資家は今やいなくて投機家と呼ぶべきである。投資信託も、投機信託と化している。金融のための別のシステムが必要となってきている。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (3569) | Reads (154831)

2008/10/04

世界恐慌の分析掲載中

Author: ebara (10:28 pm)

世界恐慌の分析を目指して、を掲載しましたが、なぜか新着情報に出ません。投稿文が長すぎたのでしょうか。
世界恐慌の分析を目指して（１）を二回に分けて掲載しましたのでここに告知します。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (3581) | Reads (38803)

2008/10/03

世界恐慌の分析を目指して（２）

Author: ebara (10:57 pm)

世界恐慌の分析を目指して（第一回）続

金融資本主義から信用、投機資本主義への移行

第二章　ボーグル『米国はどこで道を誤ったか』

１）はじめに
　ジャンはフランスの社会党政権時代に国有金融機関のCEOを歴任後民間銀行の会長兼CEOに就任した人物で、金融市場の当事者の一人でした。その政治的立場は左翼穏健派というところでしょうか。次に取りあげるジョン・C・ボーグル『米国はどこで道を誤ったか』（東洋経済新報社）はアメリカの共和党の保守派で世界最大のミューチュアル・ファンド・グループであるパンガード・グループを立ち上げ、以降20年以上もCEOを勤めた人物で、株式会社アメリカ、投資社会アメリカ、ミューユアル・ファンドアメリカの三つの章でアメリカの現在の病巣を抉り出しています。病巣の内容はジャンの分析と一致するのですが、若者たちに「世界を一新する仕事を各自の立場で行ってほしい」と扉で呼びかけているボーグルは、マネージャー資本主義からオーナー資本主義への一新を説いており、資本主義企業のオーナーである株主に企業市民としての責任を果たすように求めている点で、ジャンとは政治的に異なっています。とはいえ今日の資本主義が所有社会ではなく仲介社会になっているという指摘は当事者からの告発という点でリアリティがあり、紹介しておくことにします。

２）アメリカの株式会社の病巣
　ボーグルの批判は基本的には倫理的なもので、「過去20年間、米国の事業会社の指導者、投資銀行家、運用マネージャーたちの行動規範や価値規範が、目立って落ちてきた。」（２頁）という指摘に明らかですが、しかしボーグルはこの倫理的退廃の経済的基礎を株式市場のカジノ化というところに求めていて、しかもそのカジノの構造をマネージャー資本主義への変容というように解明している点で有益なものです。この変容についてボーグルは次のように述べています。
　「株式会社アメリカがおかしくなった問題の核心には、資本主義の変異がある。伝統的なオーナー資本主義から、新種のマネージャー資本主義へと変化した。変化の影響は最近の株式市場のブーム崩壊からも読みとれる。この時期、少なくとも２兆ドルの富が一般投資家の手から企業インサイダー、起業家、金融仲介機関の手に渡った。かなりの部分までストックオプションのお陰で役員報酬が異常に膨らんだ。肝心の企業収益の伸びは、国内の成長率との対比で見れば、月並みにも満たない。しかも利益操作がシステムを支える原動力となった。暗黙の目的は株価引き上げであり、企業の本来的価値が向上したかどうかは関係ない。株式会社アメリカの不具合はかなりの部分までこの資本主義の病的異変で説明できる。」（53頁）
　ボーグルは富の甚だしい偏在自体を病理と看做していますが、その分析は2002年のバブル崩壊後の株式市場の底値の時の勝者と敗者という具体的な実証によっています。勝者は高値で株を売り切った者と金融仲介機関で、敗者は株を買った者と仲介コストを払った者です。バブルがピークに向かうころ売却された株式の大部分は、ストックオプションを通じて自社株を大量に取得した企業経営陣、ないし新規上場した起業家の保有株で、前者が2000億ドル以上、後者が8000億ドル以上で、合わせると1兆ドルの富の移転があったとボーグルは見ています。他方の金融仲介機関は、もっと大きい規模で富の移転を果たしました。投資銀行やブローカーや運用会社の手に渡った手数料は、1997年から2002年だけで1兆ドルを超えているというのです。これにファンド運用会社の手数料2750億ドルが加わります。
　勝者が手にした2兆2750億ドルを失なったのは敗者ですが、それは高値で買った者と、手数料を支払った者です。それにストックオプションで得た自社株を売った経営陣に対して株価を保つためにそれを買い戻した企業も貧乏くじを引いた口に入ります。ボーグルはこれを株主が二重に損をしたと見ています。
　ボーグルにとっては経営陣がストックオプションで得た株をすぐに売り払ったり、法外な報酬を得ていたりすること事態が病的な症状でこのような事態を維持するために、企業の不祥事が引き起こされたと見ています。
　ボーグルは大企業の不当行為について7つの例を挙げています。それぞれは腐ったリンゴの例なのですが、腐ったリンゴについて取りあげながらボーグルはリンゴの樽それ自体が腐っていると指摘しています。少し長くなりますが、7つの例について引用しておきましょう。
　「＊　ケネス・レイ、ジェフリー・スキリング、アンドリュー・ファストウ。エンロンを崩壊に導き、仰々しい金融工学が一歩間違えば詐欺になることを曝露した。また破綻をめぐって、優良取締役会がまるで役に立たず、会計事務所が抱き込まれ（この会社はエンロンにコンサルティング・サービスも提供していた）、銀行が違法ぎりぎりの取引にかなり関与していたことが注目を集めた。エンロンの時価総額は、不祥事発覚前のピーク時が650億ドル、最終的にゼロとなった。
＊　バーナード・エバース。破綻したワールドコム（後のMCI）CEOとして、不名誉の殿堂入りを果たした。同社の粉飾決算は最終的に110億ドル規模であったことが判明した。エバースは追加証拠金の支払いに自分の株を売却するのを避けるため、会社から4億800万ドルものローンを受け取り、取締役会がそれを保証していた（現在、経営陣への貸付はサーベンス・オクスタリー法で禁止されている）。ワールドコムの時価総額は、不祥事件発覚以前のピーク時が1650億ドル、最終的にゼロとなった。
＊　スプリントノウイリアム・エズレーとロナルド・レメイは、2億8700万ドルのオプション報酬を受け取り脚光を浴びた報酬の理由となった合併計画（よりにもよって、前述のワールドコムとの合併）は結局実現しなかった。両名が利用した節税手段が後に合法性を疑われたことで、経営陣報酬の設定にあたり、社外監査人が果たした役割も問われる結果となった。スプリントの時価総額は、不祥事発覚前のピーク時に580億ドル、2005年初めには320億ドルとなっている。
＊　タイコのテニス・コズロウスキーCEO。いくつかの逸話で不本意な脚光を浴びた。まず1300万ドル相当の美術品購入にあたり、高度とはいいがたい手法で州消費税を逃れようと試みた。いくらもたたないうちに、今度は妻の誕生日にイタリアのサルディニア島で200万ドルを費やしてローマ時代風パーティを開いた。饗宴では、いまや語り草となったミケランジェロのダビデ像を模した氷像がウォッカをいわば滴らせていた。じきに、経営者が株主の金と自分の金の区別を見失う典型的なパターンが明らかになった。コズロウスキーはタイコとその株主から6億ドルを横領したといわれる。タイコの時価総額は、不祥事時発覚前のピーク時が1170億ドル、2005年には680億ドルとなっている。
＊　ゼネラル・エレクトリック（GE）のジャック・ウェルチは、不倫騒動をきっかけに同じくらい不本意な脚光を浴びた。離婚手続きの過程で、退職したCEOが受け取る典型的だが、めったに開示されない『ステルス型』報酬が明らかになった。GEのCEOとして受け取った報酬は総額10億ドルに近かったはずだが、豪勢極まりない退職手当は、ある評論家によると年間200万ドルに相当する。ニューヨークのマンション、毎日届けられる花とワイン、社用ジェット機を無条件に利用する権利などだ。その上に73万4000ドルの年金が月々支給される。それでも台所事情は厳しいらしく、寄付金は月に614ドルだという。GEの時価総額は2000年のピーク時に6000億ドル、2005年初めには3790億ドルとなった。
＊　AOLのスティーブ・ケース。情報化時代を象徴する巨大化妄想の飛び抜けた例として、2000年初め、『ニューエコノミー』陣営のAOLと『オールドエコノミー』陣営のタイム・ワーナーの合併案が発表され、タイム・ワーナー株は当時過去最高の90ドルまで上昇した。ところがAOLの売り上げは、発表とほとんど同時に急減しはじめた。合併発表から約二年後、同社は合計980億ドルの損失を計上した。AOｌ創業者で合併会社の会長でもあるケースは、バブルが弾ける前の熱狂相場で、約5億ドルに相当する保有株を大半はピーク時に近い価格で売却している。AOLの株価は後に9，64ドルまで下落した。時価総額は不祥事発覚前のピーク時が2260億ドル、タイム・ワーナーとの合併時の時価総額は合わせて2400億ドル、2005年初めには820億ドルだ。
＊　ニューヨーク証券取引所（NYSE）会長のリチャード・グラッソは、2004年、呆れるほどの高額報酬（1億8750万ドル）が開示されて話題となった。自分が監督する相手から供与される報酬だ。この件が注目を浴びたことで、開示がもたらす健全な効果（爆発的ではないが）が明らかになり、さらに同取引所の統治構造が歪んでいること、メンバー会員、スペシャリスト会員がほぼ独占的な地位にあることが明らかになった。スペシャリストは投資家の買い意欲、売り圧力に関する膨大な内部情報を利用できる。NYSEの会員権価格は1999年のピーク時に265万ドル、2005年初めには97万5000ドルとなっている。」（41～4頁）
　同じCEOという地位にあるボーグルらしい書き方ですが、このような不祥事はマネージャー資本主義へと資本主義が病的に異変したためで、「CEOは、経済成長が生み出した水準をはるかに超えて、自分のために莫大な富を創出したが、株主のために余分に創出はしなかった。」（46頁）ばかりか、エンロンの場合は、株主のためには株を紙切れにしてしまったのです。
　ボーグルがあげた7つの例に見られる症状は、他の企業にとっても例外的なものではありません。利益操作がほとんどの企業で行われました。
　「CEOの過剰報酬と並行して、『利益操作』が株式市場のバブルに大きく貢献した。手品まがいの金融工学がひねり出した四半期決算をみて、投資家はそれが予想可能で持続的な収益だと思い込んだ。要するに、とんでもなく高すぎる収益目標を設定した経営陣が高額報酬で報われ、次に、錬金術師の手を借りて、発表したとおりの収益目標が達成された。」（48頁）
　利益操作の手段は色々あり、収益の認識を出来るだけ前倒しにし、経費の認識を出来るだけ先送りするためにありとあらゆる手段がとられます。というのも決算が一セントでも下回れば時価総額が数十億ドル吹っ飛ぶからです。しかしこのような操作は一時しのぎのもので、結局は不適切な会計は修正され、2000年から2004年の決算を修正した上場企業は合計1570社にのぼり、これは10年前と比べれば、7倍となっています（49頁）。その他に、年金基金による予定運用利率の調整という手段も使われました。これについては証券取引委員会が調査中でこれから実態が明らかになるとのことです。
　このほかボーグルはM&Aについても否定的です。おおむね実体のない金融的手法に支えられたペーパー・カンパニーが実質的な事業基盤に支えられた会社を飲み込むのですが「どの合併劇も悲劇的な結末に終わった。最終的に、長年勤めた数十万人の忠実な社員が職を失い、退職年金が無残に減少した。」（76頁）のです。
　このようにアメリカの株式会社の病巣を抉り出したボーグルは次にどうすべきか、ということについての提言を行っています。それは、オーナーである株主がマネージャーから権力を奪うというものですが、項目だけを上げておきましょう（82～91頁）。
１．企業市民の概念を推進する。
２．経営と所有を明確に分離する。
３．ストックオプション報酬を見直す。
４．報酬の基準を他社の報酬ではなく成績とする。
５．長期的視点に回帰する。
６．会計の透明度を高める。
７．取締役会の意識改革。
　もっともボーグルも、このような改革が実現しにくいものであることを認めています。そして最終的には機関投資家が音頭を取ることに期待しています。

３）アメリカの投資社会の病巣
　ボーグルが投資社会アメリカと名付けるのは米国企業を所有する株式保有者のことです。そしてこの多くは現在では機関投資家によって占められています。政府と民間の退職年金プランは3兆7000億ドルの米国株を保有し、これは全体の26％にあたります。
　この年金プランには、確定給付プランから確定拠出プランへの変更が進んでいます。前者は企業が資産を管理し、リスクは企業側にありましたが、後者では従業員が自分で運用します。「この変化は、莫大な投資リターンと投資リスクと投資コストが企業から個人へと移転されたことを意味する。個人は退職後の年金給付に自分で責任を負うようになった。」（112頁）のです。そしてこの移行はミューチュアルファンド業界の成長に寄与しました。急成長したミューチュアルファンドは現在米国株の28%を保有しています。
　「こうした変化のなか、つまり、民間年金プランの構造が変わり、公的年金プランが急拡大して、ミューチュアルファンド業界が急成長するなか、大きなトレンドが着々と進行していった。株式会社アメリカの株式が機関投資家に保有されるようになったのだ。機関投資家は、公的・民間退職年金プラン、ミューチュアルファンド、財団基金、銀行信託部門を合計すると、現在、米国株全体の66％を保有している。」（114頁）
　株式運用大手300社の保有額は7兆5000億ドルで米国株の時価総額が13兆2000億ドルですからその56％に当たります。このなかでも集中が進んでいて上位100社だけで52％を占めています。これらの大手には株式を保有する企業に対して支配権を振るう力があります。
　それだけではなく、企業の内部情報に通じている機関投資家のマネージャーやアナリストたちは、その地位を利用して自らの財を築くために不正な取引に手をつけ始めたのです。ボーグルは次のような例を挙げています。
　「＊　ヘンリー・ブロジェット　メリルリンチの元アナリストでインターネット株を担当していたブロジェットは、アマゾン・ドットコムの目標株価を400ドルと予想して脚光を浴びた（一瞬とはいえ実現した）。『新時代のグル』のひとりであり、ブロジェットが好意的に評価すればそれだけで価格が急上昇することもあった。だがそうした銘柄（多くはメリルリンチが引き受けた銘柄だった）を外向きには推奨しながら、実際は正反対だったらしい。私的な電子メールでは推奨した銘柄を『ジャンク』だの『クズ』だのといい、もっとひどいこともいっている。ブロジェットは400万ドルの罰金を課せられ、証券業界での活動を永久に禁止された。
＊　ジャック・グラブマン　『電気通信業界最大の黒幕』といわれたグラブマンは最盛期には2000万ドルの年俸を稼ぎ、ウォール街史上最高の高額報酬アナリストだった。ソロモン・スミス・バーニー（ＳＳＢ）の電気通信業界担当アナリストとして、1990年代後半、セクターの劇的な拡大を支える中心的な役割を果たした。1998年だけでＳＳＢは3億4300万ドルの手数料を稼いでいる。調査リポートでのセクターに対する見方は強気一本槍だった。おそらくはそのお返しに、電気通信会社からＳＳＢに引き受け主幹事の指名が集まった。グラブマンのひいきはワールドコムとみえた。巨額の不正会計が発覚して破綻するほぼ直前まで、評価は変わらなかった。2003年、ＳＥＣはグラブマンが不当な調査リポートを発表していたと判断した。グラブマンは1500万ドルの罰金を課せられ、証券業界での活動を永久に禁止された。
＊　フランク・クアトロン　クレディ・スイス・ファースト・ボストン（ＣＳＦＢ）の元ハイテク担当投資銀行ヘッド、フランク・クアトロンは、当時最大級のＩＰＯ案件の責任者だった。クアトロンとＣＳＦＢは後に、そうした話題のＩＰＯ株の割り当てを求める機関投資家からリベートを受け取ったとして捜査の対象となった。人気のＩＰＯ銘柄はすぐに売却して荒稼ぎできるので、顧客はまとまった数量の割り当てと引き換えに、ＣＳＦＢと別の取引を約束し、ウォール街の標準である一株当たり0,05ドルではなく最大1ドルの手数料を支払うことで合意していた。クアトロンの足をすくったのは、2000年後半、ＣＳＦＢのＩＰＯ業務に当局の捜査が入るとの報せを受けて同僚に送った電子メールだった。ファイルを『消去』するよう指示していたからだ。2004年9月、クアトロンは司法妨害在で有罪判決を受け、18ヶ月の禁固刑を言い渡された。」（121~3頁）
　このような不正な取引が行われるようになった背景について、ボーグルは次のように述べています。
　「マネージャー資本主義を助長した変化は次のとおりだ。広範囲な変化を背景に、オーナーが大体において受身になった。まず株式所有が個人投資家から機関投資家へとシフトした。エージェンシー問題が起こり、代理人である運用機関が依頼人であるミューチュアルファンド投資家や年金プラン加入者の利益ではなく自分の利益を優先するようになった。明らかな利益相反問題が起こった。金融コングロマリット化が投資社会アメリカの特徴となった。さらに費用対効果の点からみて、受身の株主であることが有利となった。こうした展開がすべて逆風となり、投資家が企業の統治に参加する例は各段に少なくなった。」（129~30頁）
　このような見方は、現在のマネージャー資本主義に対して、オーナー資本主義を復活させようとするボーグルの考え方から導かれたものですが、この考えはともかく、現在のマネージャー資本主義の欠陥については明確に指摘しています。まず株式時価総額がもてはやされるようになったことについて、次のように述べています。
　「運用マネージャーの行動は企業経営陣の行動と切り離しては考えられない（この逆もいえる）。運用マネージャーが企業の本来的価値に目もくれずひたすら株価に注目するなら、企業経営陣が機に乗じて株価に注目するのは意外ではない。同様に、企業経営陣が利益を都合よく操作するなら、運用マネージャーが市場のおめでたさにつけ入るのは意外ではない。何しろ市場は企業の発表数値を鵜呑みにし、まやかしを無条件に受け入れる。」（143頁）
　次に短期主義です。投資と投機の違いについては古くから議論がありました。下部の長期の所有は投資で、転売のために買うのが投機です。ボーグルの短期主義への批判は、オーナー資本主義による企業市民としての活動の展開が不可能となるという見地からのものです。
　「投資業界の大部分は『短期主義』の悪しき例の見本といっていいだろう。投機熱患者の熱を測るには、ポートフォリオの売買回転率をみればいい。たとえば株式ミューチュアルファンドの平均売買回転率を見ると、1960年代半ばまでの数十年間は年率約15%とかなり安定している。だが1990年代以降、100%以上に急上昇した。これに比例して、企業統治への関心は薄れていった。
　ひと昔前、平均保有期間が6年だったころのミューチュアルファンド業界が『株式を所有する』業界なら、保有期間が１年となった現在の業界は『株式を借りる』業界だ。次の総会シーズンが訪れるころには株は手元にない可能性が高いのに、わざわざコストをかけて企業統治を評価する理由がどこにある？」（143~4頁）
　ミューチュアルファンドですら短期主義となり、平均保有期間が一年だとすれば、90年代後半になってのし上がってきたヘッジファンドはまさに株を借りて、そのうえレバリッジを利かせています。投機そのものです。
　「いまや長期投資と企業価値を基本とする理念は忘れさられ、投資家は株価に一喜一憂し、その株価は四半期利益の増減につれて上下している。有名大企業の一部で会計操作が横行しているのをみれば仰天するかもしれない。Ｓ＆Ｐ500種を構成する大企業の公表利益と営業利益が大きく食い違っていることから、これは明らかだ。」（173頁）
　株式時価総額の横行とそれに伴う会計基準の変化、さらには不正の横行、実態を知る立場にあるボーグルの発言は辛辣です。

４）ミューチュアルファンド
　ミューチュアルファンドとは投資信託会社ですが、これは先にも触れたように、年金が個々人にリスクを負わせる確定拠出型が増大するに伴い、成長してきました。
　「ミューチュアルファンド・アメリカは、大型金融機関という大きなくくりの一分野として、投資社会アメリカが企業市民の責任を放り出す過程で大きな役割を果たしてきた。結果的に株式会社アメリカでオーナー資本主義が廃れ、代わりにマネージャー資本主義が台頭した。しかも独特のねじれた統治構造を持つため、ファンド業界そのものがマネージャー資本主義の極端なモデルとなっている。
　ミューチュアルファンドのマネージャーらは、株式会社アメリカの独裁経営者さえ呆れる（そして驚く）に違いない構造の下、実質的に何の制約もなく自分の利益を投資家の利益に優先している。」（207頁）
　ボーグルは機関投資家である従来の年金基金と比べてミューチュアルファンドは投資家へのリターンが少ないのですが、それはミューチュアルファンドのマネージャーが、投資家の利益よりも自分の利益を優先していることにあると見ています、そしてこの自らも属しているミューチュアルファンド業界が、ボーグルが告発してやまないマネージャー資本主義のモデルになっている、というのです。
　「ファンドは通常、従業員はいないが取締役をもつ法人として、運用会社の手で設立される。運用会社とは別の財務目的をもつ別の法人だ。この仕組みの下でなら、ファンドのマネージャーは投資家をほぼ全面的に支配できる。そうなれば、いくら一般投資家の利益に貢献すると誓約していても、ファンド・マネージャーが権限を悪用するのはまず避けられない。深刻な利益相反がやがて明るみに出ることになった。」（208頁）
　利益相反の具体例の一つはマーケットタイミング取引です。これはマネージャーが優良顧客に対して、例えば、明日の株価の上昇が予想されるときに、取引終了後の終値で株を売買するものです。ボーグルはミューチュアルファンドスキャンダルとして次の事例を挙げています。
　「＊　ゲイリー・ピルグリムとハロルド・バクスター　ファンド会社の経営者。優良顧客であるヘッジファンド数社にマーケットタイミング取引を容認し、さらに個人的に出資する別のヘッジファンド会社を通じて同様の取引を行っていた。ＰＢＨＧ（ピルグリム・バクスター・ホールディング・グループ）ファンドは1985年の開始以来、明らかに投機的な方針の下に運営されていた。攻撃的な短期取引を中心とし、リターンは上方にも下方にも大きく振れた。だが散発的とはいえときに目覚しいリターンを達成し、そうした成績を大々的に宣伝して多額の資金を集めた。ただそれは好調期がピークを迎え、あとは下落するしかない時期だった。結果はこうだ。ＰＢＨＧファンドの投資家は文字どおり数十億ドル単位の損失を被り、一方のピルグリムとバクスターは少なくとも10億ドルを稼いだ。1990年代だけでファンドから約4億5700万ドルの運用手数料をせしめた上に、上場会社に運用会社を売却している。運用会社はファンド・マネージャーが稼ぐ莫大な利益の一部を取り込むことだけを目的に設立されたものだ。両名がマーケットタイミング取引から稼いだ利益は、それ以外で積み上げた巨額の財産からみれば取るに足らない。ＳＥＣとスピツァー長官との間で和解が成立し、罰金と賠償金合わせて1億6000万ドルを支払った。バケツ一杯に稼いだ不当な利益に比べれば、すずめの涙といっていい（両名は民事訴訟の和解にあたり、罪を否認も是認もしていない）。
＊　リチャード・ストロング　運用会社ストロング社のオーナー。『ストロング・ファンズ』のマーケットタイミング取引を容認又は幇助していた。またストロング自身、自分や友人、家族のために同様の取引を実行していた。刑事告訴も一時取り沙汰され、運用業界での活動を永久に禁止された（民事訴訟の和解にあたり、罪を否認も是認もしていない）ストロング社が支払った罰金1億7500万ドルは、ファンド運用会社に課せられた罰金として最高額に近い。だがストロングからみれば採算は十分とれている。1992~2002年にファンドから2億1700万ドルの手数料を稼いだ上に、スキャンダルから約１年後、ウェルズ・ファーゴ・バンクに会社を売却して推定4億ドルの収入を懐にした。
＊　ジェームズ・コネリー　アルガーの元副会長にしてアルガー・ファンズの販売・営業責任者。自社のミューチュアルファンドの不当取引を容認して運用会社が利益を得る戦略の『草分け』のひとりとみられる。1990年代半ばから、アルガーのミューチュアルファンドでマーケットタイミング取引を容認する仕組みを構築し、2003年までに投資会社十数社から2億ドル以上の資産を集めた。スピッツアーの捜査が始まることに気づき、証拠隠滅を図ってますます立場をまずくした。40万ドルの罰金を課せられ、投資業界から永久に追放され、１~3年の禁固刑を言い渡されている。皮肉にも2002年、ある業界誌で『ファンド・リーダー・オブ・ザ・イヤー』に選ばれている。
＊　ローレンス・ラッサー　パトナム・マネジメント・カンパニーで長年ＣＥＯを勤め、常に業界指折りの高額報酬ＣＢＯに数えられていた。1998~2002年だけで、総額1億6300万ドルの報酬を手にしている（パトナムは金融コングロマリット、マーシュ・アンド・マクレナンの子会社。マーシュ・アンド・マクレランの保険ブローカー子会社は、スピッツアーが2004年に摘発した『不正入札と優先サービス契約』スキャンダルで関与を指摘されている）。パトナムの2004年の報告によると、ラッサーは2000年初めにはファンド・マネージャーによる不適切取引を認識していた（最終的に、6名のファンド・マネージャーを含む社員40名が摘発された）。受託者責任違反を認識しながら、懲罰も解雇もせず、会社にもファンド取締役にも投資家にも、連邦当局にも州当局にも。不正行為を報告しなかった（パトマムは後に1億9300万ドルの罰金と投資家に対する賠償金支払いに合意した）。ラッサーは、民事提訟も刑事告発もされなかったが、マーシュ・アンド・マクレランからは追い出された。ただし7800万ドルの退職金を受け取っている」（213~15頁）
　このような個々の不正を挙げた上で、ボーグルはその原因について次のようにまとめています。
　「事実はこうだ。ミューチュアルファンド運用会社の大半は、自分自身の財産を増やすのに忙しく、顧客の財産を、つまり苦労して稼いだ資金を自分に委託した人々の財産を増やす仕事を後回しにした。熱意と想像力と知性を（さらには膨大な資源を）注ぎ込んで、巧妙で都合のいいマーケティング手法を編み出す一方、責任ある企業市民として義務を果たそうとしなかった。資金を集め、アドバイザリー手数料を稼げるだけ稼ぐことが大半の運用会社の必須条件となった。利益追求を第一とするこの姿勢は、違法な時間外取引にしても、時差を利用した不道徳な短期取引にしても、スキャンダルを引き起こした大きな要因と考えられる。ほとんど注目を浴びてはいないが、一般投資家に多様なマーケットタイミングの機会を提供し、結果的に莫大な資源が浪費された問題についてもそういえる。要するに、投資家がわれがちに、いくつものファンドに少なくない資金を投じて、次々に乗り換えた。」（221頁）
　このような運用会社のやり方によって、投資家に帰属するはずの利益がマネージャーに吸い取られている、ということについて、ボーグルは数字を挙げています。
　「投資家は資本の100%を出し、リスクの100%を引き受け、利益の57%しか回収できていない。ファンドを運用して販売する側は、資本を出さず、リスクを引き受けず、リターンの43%を回収している。ミューツチュアルファンド・アメリカで、マネージャー資本主義がオーナー資本主義を圧倒する仕組みを説明したいとき、これが典型例にならないなら、何がそうなるのか考えにくい。投資家の資金の半分近くが、文字どおり失うものはなく、得るものばかりある側に吸い取られている。」（239~40頁）
　投資信託において運用会社が手数料収入を目的に商品を開発し、結果として投資家の利益を損なうことになっている、という現状は、まさに一般投資家を食い物にして、ミューチャるファンド業界が成長してきたことになります。
　「ミューチュアルファンドのマネージャーが追求するのは、事業家としての利益だ。ファンドが稼ぐリターンではなく、マネージャーが設定する契約の下、ファンドが支払うアドバイザー料金が利益の源泉となる。ここではマネージャーは実質的に独裁者であり、取引の双方を代表している。」（248頁）
　ジャンは現代の資本主義をトータル・キャピタリズムと命名しました。それは現代の資本主義が「地球規模で拡大し、世界の経済活動のすべてを包み込んでいる」（ジャン、160頁）という意味でしたが、その権力構造がここで描き出されています。金融資産を媒介とした価値の吸取、これが投機市場と化した資本市場で日々行われている現実です。
　「ミューチュアルファンドの仕組みはたいていこうだ。資産残高が数千億ドルであっても、自分で運用しているわけではない。外部の運用会社（株主も別）を雇い、運営を任せている。運用会社がファンドを管理し、受益証券を販売し、ポートフォリオを監督する。運用開始にあたり一方的に手数料の水準を決める。新ファンドをいつ設定するか決め、どんなタイプにするかを決める。成績が振るわなければ、ポートフォリオ・マネージャーを入れ替える。ただし新マネージャーも同じ運用会社の社員だ。ファンドが役に立たなくなれば、ふさわしい結末のつけ方を決める。あっさり清算する場合もあるが、一般的なのは、過去の成績がましで、やはり自社で運用する別のファンドと合併させる方法だ。始末されたファンドの成績は歴史の闇に葬り去られる。
　しかもこうした運用会社はファンドに役員を派遣する。ファンドではなく運用会社に雇われた人物だ。さらに運用会社の経営陣はたいてい自社が運用するファンドに何ほども投資していないが、ファンドの取締役会には名を連ねている。つい最近まで、ファンドの『独立』取締役も選任していた。現在は取締役会の75%以上は独立取締役でなければならないと法律で定められている。またたいていの場合、運用会社の取締役会会長はファンドの取締役会会長を兼任している。」（251~2頁）
　銀行と産業との癒着といった時代から、企業は多国籍企業として、中位の国家のＧＮＰと肩を並べ、銀行に頼らず資金調達し、他方銀行は外国為替のディーリングやファンドを組んで投機的利益を追求し、金融仲介といった本来の役割を放棄している、そのような事態をもたらしている信用、投機資本主義の権力構造は意外と脆弱かもしれません。問題は誰が権力を担いどのように行動しているかを明らかにすることです。ボーグルの著作はこの解明のための材料を提供しています。（この項完）

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (2440) | Reads (19110)

2008/10/03

世界恐慌の分析を目指して（１）

Author: ebara (10:47 pm)

ウォール街の断続的な金融危機は世界産業恐慌へと進みつつあります。このような時期に進行している事態の分析が求められます。『ASSB』誌16巻3号（08年8月21日発行）に掲載した論文を二回に分けて転載します。

世界恐慌の分析を目指して（第一回）

金融資本主義から信用、投機資本主義への移行

はじめに
　07年夏の金融危機はサブプライム問題が引き金となりましたが、これはその後も断続的に金融危機を繰り返しています。その様相は1929年の世界恐慌の進行とは全く異なったものですから、宇野経済学を信奉する学者の中には恐慌ではないという見解を述べる人もいます。従来の恐慌論は、景気循環論とセットで、好況、その加熱、恐慌、不況という景気循環の一つの局面でした。このような理解からすれば、現在ではそもそも景気循環自体がこのような明確なサイクルを取らなくなっているので、分析不能になっていると思われます。またかつては金融恐慌は直ちに産業恐慌へと波及しました。しかし今はニューヨークの株式市場で株価の暴落があっても、それがすぐ産業恐慌へと波及していくわけではありません。それはともかく、29年恐慌と比較すれば、その時には好景気の過熱のあとに急激な危機がもたらされたので、アメリカの労働者たちは恵まれた生活条件のあとに失業などの事態に見舞われたのですが、やはり余裕があったせいで、階級闘争に参加する人は少なく、失業しても何とかやりくりしながらしのいだのでした。
　しかし今日のアメリカは、恐慌の前から社会の格差の拡大により、最低限の生活水準の人たちが大勢います。彼らが失業すれば、闘うしか道がないように思われます。また日本でも、ここ数年かけてやっとワーキングプアたちの闘いが形になってきました。その圧力を受けて自民党政権も日雇い派遣の見直しなど、この間の労働行政についての改善のポーズをとらざるをえなくなっています。そして闘いが始まることで逆に今日の世界恐慌の特徴と、何が問題かが見えるようになってきています。
　今日の資本主義がいわゆる帝国主義段階の金融資本主義とは異なる段階へと到達していること、この認識はだんだん広まりつつありますが、この間の事態の進展はこの認識を深めていくことを可能としています。いくつかの文献を紹介しながら、進行しつつある世界恐慌の分析へと進んでいくことにします。

第一章　ジャン・ペイルルヴァッド『世界を壊す金融資本主義（トータル・キャピタリズム）』

１）株主による革命
　ジャンは、フランスのブルデューなど左派の主張には全く耳を貸してはいず、またオルタナティブの提案も今ひとつ明確ではありませんが、しかし、現代の資本主義を株主による革命によってもたらされたと見る点で示唆的です。
「現代の資本主義とは、巨大株式会社のように組織され、所有権構造も、また不詳である。三億人の株主のうち、その90％が北アメリカ、西ヨーロッパ、日本に集中しており、彼らは世界中のほとんどの株式時価総額を掌握している。こうした株主の特徴としては、熟年層であり、高等教育を受けており、比較的高収入であることが挙げられる。彼らの金融資産の半分は、それを運用するファンド・マネージャーに信託されており、投資信託、ミューチュアルファンド、年金基金、生命保険といった金融商品で運用されている。こうした金融商品の唯一の目的は、グローバル化を利用して資金の出し手を儲けさせることである。儲けるためのテクニックはアメリカもヨーロッパも似通っている。『企業統治』、いわゆるコーポレート・ガバナンスを拠り所としているのだ。」（『世界を壊す金融資本主義』、ジャン・ペイルルヴァッド、NTT出版、５頁）
　ジャンによれば、古典的金融資本とは、ドイツ型資本主義モデルでそれは間接金融を特徴としていました。銀行は貯蓄された資金を産業へと振り向ける金融仲介をしていたのです。しかしこのやり方は、資本主義の変貌とともに行き詰まり、新たに直接金融の時代が始まります。この直接金融の特長についてジャンは次のように述べています。
　「従来の銀行家とは異なり、このような資産管理業務を行うファンド・マネージャーが金融の仲介的役割を担うことはない。こうした機関投資家たちは、自らはリスクを取らず、預かった資産を運用するだけである。機関投資家は投資方法についての責任は有するが、投資成績については関知しない。運用損益については信託者のリスクとなる。彼らは厳しい競争下において、運用実績が顧客獲得のための方便となったとしても、いわば無責任体制なのである。」（19頁）
　たしかに人は慣用句に引きずられて、今日でも資本市場を金融市場と呼び、支配的資本を金融資本と呼んでいますが、ジャンによれば、このような名称は空洞化していることになります。というのも現代の機関投資家の役割は金融（お金をファイナンスする）とは関係がないからです。つまりすでに投資されている金融資産の売買で、その取引高は現実に生産などに投資されている資本の増大ではなく、架空の資本に他ならないからです。これはむしろ信用、投機の市場であり、機関投資家は、信用、投機資本主義とでも呼んだ方が正確だと思います。
　「この直接金融がもたらした影響は甚大である。今後、本書で検証していくが、コーポレート・ガバナンスの発展とは、資本主義の内部機能のみを対象とし、外部への影響は決して考慮しない直接金融システム特有の教義のためのものであり株主に利益をもたらすように付加価値を創造していくという基本理念を尊重させるためのものなのである。・・・・金融システム内部において公共の利益を表明する場はなくなった。市民と株主は相容れない二者となり、全く別の銀河系で生活することになったのである。」（23頁）
　ここでジャンは株主と市民との間に対立を見ていますが、それは正確には産業と株主とが対立するようになったというようことでしょう。たまたまほら吹きのフリードマンの『選択の自由』（日本経済新聞社）を眺めていて第八章に「労働者を守るものは誰か」とあるのに気づき読んでみると、労働者は自由競争すれば結果として自分たちの地位を守れると書いてあって驚きましたが、彼らは市場といえばみんな同じで、労働市場、商品市場、金融市場、株式市場、資本市場などがそれぞれ異なるものであることを見てはいず、市場であれは何でも自由にしなければと考えているようなのです。この間の新自由主義の成功は市場なら何でも自由に、という主張が通ったことによりますが、そうであれば遅まきながらも、これら各市場の違いを明確にし、それぞれにおける規制の必要性を明らかにしていくことが必要でしょう。

２）世界の株主たち
　さてジャンは、第二章　株主が握る力、その理論と実践で、株式所有者を国民になぞらえて、民主主義体制に擬制している株式擬似民主主義という理論が幻想であることについて論じていますがそれは紹介せずに、アメリカでの直接金融の始まりについての説から見ていきましょう。
　ジャンは、大恐慌時に実施されたグラス・スティーガル法（商業銀行と投資銀行の役割の分離）によってアメリカでは直接金融制度が発展したとみています。しかしそれはまだ今日見るようなものではなかったのですが、コーポレート・ガバナンスが誕生するなかで株主主権が出来上がってきたと見ているのです。それは、1980年代のアメリカでの乗っ取り屋たちがくりひろげた敵対的買収を契機にはじまったコーポレート・ガバナンスで、上場企業の資本所有者と経営陣との間の予定調和の不在がはじまり、企業経営者は従来の経営方針とは異なる方針を押し付けられることになったのです。
　「効率的な市場が存在するという過程において、市場における企業価値の極大化を図ることに相当する。つまりこれは株式時価総額の極大化である。」（41～2頁）
　従来大企業の経営者たちは、株主への配当を目的に事業を経営してきたのではなく、雇用している人たちへの生活権へも配慮し、また国民経済の成長にも貢献してきましたが、このような企業のあり方とはまったく別の、株式時価総額の極大化という目的で会社を支配しようという意志が働くようになっていったのです。そのために重役制度を改変し、信用、投機資本の利害を代表する勢力と企業側の代表（受任者）のCEOとの関係を調整していったのです。
　「受任者の報酬が委任者の儲けと並行して上昇するように両者の関係をデザインするのである。また、企業の成果にさまざまな指標を設けるのである。特に、ストック・オプションの導入は急速に広まり、株式価格の上昇を利用して双方に恩恵が行き渡るようにデザインしたのである。」（44頁）
　株式会社とは何かという定義が、新たに株主のもの、ということになり、株式時価総額が会社の価値を計る価値尺度となりました。その結果蔓延したのは、エンロンなどの不正会計でした。制裁とルールの厳格化、企業改革、取締役会の内部構成の変化、非執行役員による監査などをへてきはしましたが、絶対化する株主の権力は変わらなかったとジャンは見ています。
　「大企業の経営陣は株主の使用人に過ぎず、株主は利益のみを追求している。」（4頁）
　「大企業の経営者とは、儲けさせろと要求する株主全員のために働く熱心な奉仕人に過ぎないのである。」（54頁）
　CEOの収入は増大していきましたが、ジャンは彼らが、黄金でできた監獄生活のなかで采配を振るっているとさえ看做しているのです。それではこのような支配権を揮うようになった株主とは何者か？とジャンは問うています。まず、世界の株主たちの概略が描かれます。
　「2003年後半の時点で、世界の株式時価総額は31兆ドルであり、これは世界のGDP合計額36兆ドルの86％に相当する。」（58頁）
　この株式時価総額というもの自体は架空資本で、恐慌で株価が暴落すれば、あっという間に何割もの単位で失われてしまうものです。これは実際に事業に投資されている金額をはるかに上回っています。また株式市場も含めた金融市場の規模はどうでしようか。
　「金融資本市場の全体規模は世界のGDPの約三倍になるということを意味する。すなわち、世界全体の金融資本市場の規模は100兆ドルである。」（59頁）
　GDPのうちの何パーセントかを占める株式会社の投資額が、株式時価総額となるとGDPの総額に迫り、さらに株式や外国為替が取引されている金融市場の規模となるとGDPの3倍となるとジャンは述べています。しかも証券資産は少数の国に偏在しています。
　アメリカの人口は世界の５％で、生産は25％を占め、さらに株式時価総額は46％を占めています。EU15カ国で株式時価総額は世界の25％、日本は15％で、人類の5％が世界の株式資産のほとんどを所有しています。そして、0,2％が世界の株式資産の半分を持っているのです。

３）株式による所得格差
　ジャンは、蔓延する国際的な格差社会化の進展の原因の一つに、株式が生みだすいびつな所得格差があると見ています。世界の労働者人口の半分に相当する14億世帯は一日2ドル以下の生活を強いられているのに、株で潤っている金持ちの数は人口増を上回る形で増えていっているのです。
　「株の高利回りと経済理論とのパラドックスとは、株の利回りが経済成長を大きく上回ってきたということである。」（65頁）
　ジャンによればアメリカの過去半世紀の株式の利回りが7％であったのに対して、経済成長のほうは3.3％に過ぎませんでした。これは国民経済が生み出した富の再配分において、株主に有利に働いているということであり、株主の経済的権力を増大させているということなのです。
　このように力を貯えた株主たちは「万国の株主よ！団結せよ」とばかりに、金融市場に富を吸い上げるあれこれの方策を国家と企業に対して要求してきています。高齢化社会になって、年金基金を初めとする機関投資家が台頭し、すべてお金で解決という形で、社会的連帯感の喪失が始まっています。
　アメリカでは雇用主がリスクをとる確定給付型に代わり、リスクを個人化した確定拠出型年金基金が増大しています。そして、年金基金はアメリカの株式の時価総額の30％以上を保有しています。
　「アメリカの株式市場の様相は様変わりしたのである。いわゆる世帯の金融資産を管理運営する機関投資家（年金基金、投資信託会社、生命保険会社）を通じた株式の間接保有が主流になろうとしているのである。」（74～5頁）
　従来アメリカには大衆投資家の割合が多かったのですが、それも淘汰され、機関投資家を媒介者とした間接保有が主流となってきていています。このタイプの資本家は生産に従事するわけではなく、預かった大衆の資金を投機によって増やそうとしているのですから、寄生的存在に他なりません。しかしもともとの資金がアメリカの労働者の年金基金であるというところに問題の深刻さがあります。
　株式市場についてのこのような分析を踏まえ、その全体像についてジャンは次のように述べています。
　「現在の資本主義は巨大な株式会社として形成されており、それは恐るべきピラミッド型構造であり、顔の見えない構造である。三億人の株主が資本主義を支えているのである。裕福な先進国の一般市民は、個人の蓄えを老後に備えて株式で運用している。こうした行為は政治的・社会的正当性を得ているのである。こうした資産の大半は、信託された資産を増やすことが職務である数万社のファンド・マネージャーによって運用されている。ゆえにファンド・マネージャーは集めた弾薬（15兆ドル）を武器にして、上場している数千社の企業の経営者に対し、自らの方針を押し付けるのである。もはや企業の経営者は株主に対して逆らうことが出来ない献身的な奉仕人に過ぎない。反逆する経営者は不信任決議でパージされるのである。」（82頁）
　このような資本主義について、ジャンはトータル・キャピタリズムと名付けています。そしてその特長について次のように述べています。
　「現代の資本主義において決定権を握っているのは・ファンド・マネージャーをはじめとする資金の出し手をまとめ上げた組織であることは自明である。」（84頁）
　この新たな資本主義の蓄積様式についてジャンは歴史的な視点から批判を試みています。まずその成長について、「先進国の年間経済成長率がおよそ2%から3%のときに、どうして株式市場は年間10％の成長を続けることができるのであろうか。」（106頁）と疑問を提起しています。そしてこれは株式市場が経済活動を破壊することによってのみ可能だと見ているのです。
　「株式市場が企業をファイナンスするという理論とは反対に、企業が株主に資金を調達しているのだ。企業経営とは、いわば企業内の経営資源から利益を生み出し、これを企業外部に放出するのがその目的である。」（114～5頁）
従来株式市場を始めとする金融市場は、企業に資金を融通するためのものでした。しかし今では企業が株主に資金を貢ぐようになってきているとジャンは見ています。そしてその将来について次のように予測しています。
　「こうした機能を持つ金融資本主義（トータル・キャピタリズム）は、長期的に反経済的となるのではないだろうか。・・・・失業の増大に加え、経済成長率は低迷し、事後的な全体の収益性は低下するであろう。」（115頁）
　世界的規模で暴走する市場経済の行く末をこのように予測するジャンは、トータル・キャピタリズムに対抗する提言として、まずは「万国の市民よ！団結せよ」と述べています。いずれにせよ、このような現代の資本主義の特徴を理解するところから、施策を打ち出すことが問われているのです。ジャンによるその施策の基本は「経済的・社会的不均衡を修正することのできる政治を改めて創造することである。」（序文、14頁）というものです。（つづく）

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (3168) | Reads (8831)

2008/10/01

世界恐慌でケインズ復活か

Author: ebara (8:45 pm)

世界恐慌は中央銀行の資金注入を尻目にドンドン進行しているようです。
1929年恐慌の直面し、それへの処方箋を書いたのがケインズの『一般理論』でした。再びケインズは復活するのか。そのようなときにケインズについての覚書を作成したみました。ご検討ください。

ケインズ覚書
　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　2008年10月1日　境
　ケインズの『一般理論』を間宮訳で読んでみた。
　具体的な経済政策の提起と、それが実際にどうであったかの検証は、学者先生方にお任せするとして、理論的な点での疑問を述べておくことにしたい。
　先に私はケインズの『貨幣論』の印象から、ケインズを信用資本主義論の先駆だと考えたが（『情況』06年11・12月号、202頁）、『一般理論』を読んでみると架空資本としての貨幣資本については概念規定さえされておらず、この点では『貨幣論』よりは後退しているという感じを持った。
　そもそも現在の信用は、資本あるいは貨幣の商品化という事態への認識と、その元で成立している利子生み資本という概念を定立しない限り解明することができない。（近代経済学は、信用の解明などははじめから放棄し、信用現象に対する解釈と政策提言をして来たに過ぎない。）ところがケインズは貨幣範疇に資本をも含めているのだが、貨幣の商品化という事態に対する理論的な解明はなんらなしえていない。
　その原因はケインズの資本範疇の狭さにあるように思われる。貨幣に資本を含ませていながら、資本についてはまるで簿記にある資本範疇そのままの理解なのだ。つまり産業資本や商業資本に投下され、設備や減価償却に転化されている貨幣価値が資本と観念されているのである。自己増殖する価値といった資本の概念とは程遠いもので、そのような存在はむしろ貨幣として把握されている。
　それだから架空資本の売買で利益を上げる投機取引について、これを資本主義的な資本市場に付きものの事態として把握できず、現実資本にとって害悪をもたらすものとして、倫理的に排斥しているだけなのだ。
　だからケインズの理論からすれば、80年代以降に発達した投機、信用資本主義について、倫理的に非難することしかできない。しかしいま必要なものは投機、信用資本主義到来の必然性と、その克服の道を指し示すことだ。
　それはさておき、このようなケインズの架空資本にたいする無理解は、彼の古代の信用についての理解と結びついていることに注意を促しておきたい。商品経済と資本主義的生産の発達した現在の信用制度と古代の貸借関係とを同一視し、古代の貸借関係における尺度となっているものを計算貨幣の存在と見る見方は、資本主義的信用制度への無理解の賜物なのではなかろうか。共同体内部での財の計算に当たっての尺度としての小麦の粒を貨幣と見たり、債務それ自体を資本とみなすだけでなく、そうすることで古代の尺度や債務から現在の貨幣や信用を説明しようとする仕方、これがケインズの『貨幣論』の原理的内容なのだが、この転倒を克服することが必要だろう。
＊　間宮訳で債務であるべき債券を、債権と訳しているのはなぜなのだろう。資本市場で債権が取引されるとは一体どういうことか。債権は紙製の証書とはならず、債務の方が債務証書として流通し、資本市場での債権者とは、債務証書の所有者なのだ。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (5592) | Reads (6485)

2008/09/27

政策提言に向けての準備

Author: ebara (11:18 pm)

久しぶりに登場です。
実は世界恐慌の進行にあっけにとられて書き込みをネグッてきました。でも最近ここ20年間考えてきた信用論についてフォーカスが絞られてきて、原理的な点での理論を提起できそうです。その前段での文書を公開します。

現場から　　政策提言に向けての準備

共生型経済推進フォーラムは6月28日に総会を開催し、公開セッションを持ちました。そこで発表した政策提言に向けての準備の文書を掲載します。現状分析のポイントは金融市場の機能変化で、金融資本が信用、投機資本へと変化していることにあります。これについては後に掲載されている「世界恐慌の分析を目指して」を参照ください。なお6月28日の文書は、予め準備したものと、当日用意した簡略なものの双方を掲載します。

若者の社会参加のサポートから見えてきたこと

1．社会参加していく社会の変動の動因
　今日の社会はすごいスピードで変化していっている。この変化の大元はグローバリゼーションのもとで、国民経済から国際金融市場への富（価値）の吸い上げにあり、それがこれまでには見られなかったような社会の変動を引き起こしている。

２．金融市場の機能変化
　金融市場の機能の変化は、金融仲介機能（資金の融通）中心の場から信用・投機機能中心の場への移行に見られる。金融はお金の貸付、クレジット（信用）は財（お金も含む）の貸与。外国為替の変動相場制への移行と、その後、国際金融市場がオンラインで結ばれたことで、投機取引の全面開花のための経済的・技術的条件が出来上がり、金融工学は種々の金融商品（デリバティブから金融の証券化まで）を生み出した。しかし投機取引が栄えるためには、各国民経済から国際金融市場へ絶えず多くの資金が流れ込むことが必要である。小口の貯蓄を投資（投資信託）へと回すように仕掛けられた。また株式が企業から富を吸い上げる主要な手段となった（コーポレート・ガバナンスによる配当の増加と自社株買いなど）。

３．国際金融市場の暴走
国際金融市場の取引の大部分を投機取引が占めるようになることで、そこでのプレーヤーは機関投資家とファンドマネージャーになり、おたがいにゼロサムゲームの担い手として競争しながら、共通の利害である国民経済からの国際金融市場への価値の吸い上げのために躍起となっている。だが一旦国際金融市場に吸い上げられた価値は、バブルでプレーヤーたちを潤したあと、その後の金融資産の目減りや不良資産化によって価値の破壊がなされるという、非生産的な浪費に任され、国民経済や世界市民には役に立ってはいない。
しかしサブプライム問題以降ニューヨークをはじめ世界の株式市場は不安定となり、世界恐慌が始まり、国際金融市場から資金が流出し、商品市場に流れ込んで、原油や穀物を初めとする商品の価格を上昇させ、第三世界の人々を飢餓に追いやり、OECD諸国でも経済成長を阻害する要因となってきている。
このような国際金融市場の暴走にノーということは出来るのか。世界銀行はすでに転換を始めている。アメリカの大統領選挙でも変化が起きるであろう。日本も福田が今解散すれば、自民党が敗北し、新しい政策へと転換することが可能である。しかし自民党政権が居座ることでこのチャンスをみすみす見逃している。
富を国際金融市場へ上納する体制は変えられるのか。大企業はコーポレート・ガバナンスを捨てて国際金融市場への従属を断ち切ることが出来るのか。ファンド（物言う株主）の言うことは無視できるのか。

４．国民的競争国家から国際金融市場の代弁者へ
　現在の国家は、国民経済からの国際金融市場への富の吸い上げを支持し支えるものと化している。それは自国の大企業に国際競争力をつけさせる国民的競争国家として始まったが、新自由主義政策を受け入れることで変質し、国際金融市場の代弁者へとなって、世界恐慌に際して金融機関の破綻を防止することに精力を使っている。国家に新自由主義政策をやめさせることが緊急の課題である。

５．社会の軋みが労働価値説を復活させている
商品価値の実体が労働であること、これは長い間省みられないでいた。しかし今日の信用、投機資本主義は、その経済的運動によって、逆に労働こそが資本価値の実体であることを示すに至っている。
もし価値が労働ではなく、差異によって決まるのであれば、国際金融市場での金融商品の取引においても価値が形成されるはずである。しかし国際金融市場での機関投資家やファンドの投機取引は、国際金融市場に吸い上げられた価値の分捕り合戦をしているだけで何ら新しい価値を創造してはいない。そして国際金融市場への価値の吸い上げは、個々人の貯蓄から投資へと向かわせることや、株式会社の経営陣にコーポレートガバナンスを強いて、それでもってより多くの価値を金融市場へと吸い上げさせることになっている。これ自体、従来労働賃金や税金として国民経済に振り向けられていた価値を株式市場へと奪い取ることを意味しているし、新たな価値は生産現場でしか形成されはしないことを示している。
ところで富の分配が、国際金融市場への吸い上げによって、国民経済へと回る分を減らされていっていることが、今日の社会の疲弊の基本的原因である。このようなことが続けば、労働者は結婚も出来ず、労働力の再生産すらおぼつかなくなり、労働種族の消滅にいたり、ひいては価値の実体を形成する種族を衰退させて結局は国際金融市場への富の吸い上げを制限することになろう。また大企業や大金持ちが税金を減らされることで国家財政も疲弊し、国家の機能麻痺に陥るだろう。
このような傾向を肌で感じた人たちの反撃が始まろうとしている。生活保護世帯以下の賃金収入に落としこめられているワーキングプアたちの運動が始まっている。

６．個人化と主体性の変容
　従来の主体性は個々人の外にある法則性への確信や集団へ帰属することで開かれるものであった。しかし個人化の結果、自分の内的欲求と感じられるもの以外は受け入れないという事態が生まれている。そしてこの個人化と孤立化による不安は、現実世界は仮の世界で、真実の世界は別にあるという新興宗教やオカルトを流行させ、さらには心理学のカウンセリングや身体のケアによる心の癒し、といったことがブームとなっている。新しい形の感性的なものの分有。そのような中で環境運動や平和運動を推進している団体には次のような理念や活動指針が見られる。
＊　地球村　高木善之
　活動の基本　1．事実を知る
　　　　　　　2．できることから実践する
　　　　　　　3．広く伝えていく（ネットワークする）
　基本理念　　非対立
＊　世界ともしびプロジェクト　吉田沙由里
　何かのきっかけで気づき、「一人の想いが世界を変えると」いう発想。
　このような現代の人々の主体性に即した政策提言の形が必要だろう。

７．新しい主体性の形成と溜め　
　社会主義的意識を外部から注入する、というやり方はなじまない。これについては、そもそも労働者は、外部から注入された社会主義的意識で闘ったのではなく、自分たちも共同体の一員であり、その運営に加わる義務があるという感性的なものの分有によるという、ランシエールの説は説得的である。
　何かのきっかけで気づき、気づいた人々が自らの想いで運動を構築するというパターンがある。そうなら、気づくきっかけを用意することが問われていることになる。ワークショップやファシリティターがもてはやされる背景はここにある。また運動が縦型の組識ではなく、横型のネットワークとなることも理解できる。
　このタイプの運動はある日突然たくさんの人が集まるがそれが終われば、従来の運動感覚からすれば、後に何も残らない、といったことが多い。この新しい運動の溜めは一体どこにあるのか。

８．溜めとしての社会的経済
　事業を伴った新しいタイプのNGO、NPOが登場してきた。
＊　先駆者　生活クラブのワーカーズ・コレクティブ
　もう一つの働き方の提案　ネットワーク型　おおぜいの私　私発の運動
＊　ナマケモノ倶楽部
環境NGO として活動しながら、フェアトレード事業やカフェ事業を行っている。
①　新しい主体性の形成による運動の溜めとしての社会的経済、社会的企業、非営利セクターの新しい位置づけ。
②　伝統的な労働運動に問われていること
派遣労働者の労働条件の改善と一般労働者派遣法の廃止を掲げたコミュニティユニオン運動は伝統的な労働運動の枠内には収まらないが、しかし伝統的労働運動はこれと結びついて国際金融市場に対抗し国民経済を保全する大きな流れを作り出すべきである。
③　伝統的な階級政党の変革
なんでも反対、議会で多数を取ってからでないと社会変革は出来ない、といった説得力を欠いた主張を考え直そう。反対することの必要性を否定はしないが、溜めをつくり拡大していくための政治的勢力として、社会的経済を推進する政党作りへと向かうべき。
（注）ここで「政党作り」と書いてしまいましたが、その後すぐその必要はないということが分かりました。今必要なのは政策であり、今必要な政策を立案できるシンクタンク的なものがあれば、それが超党派の議員連盟を呼びかけて、その政策を実現すればいいのです。（08年8月19日記）

6.28当日のレジュメ

１．国際金融市場が金融をしなくなり投機のためのカジノとなった。
２．カジノは外部からの資金の流入なしには繁盛しない。
３．カジノのプレーヤーはゼロサムゲームで張り合いながら、国際金融市場に富を吸い上げるという共通の目的で団結している。（ファンドマネージャーの言い草参照）
４．国際金融市場がカジノ化することで、国民国家や世界市民に寄与することがなくなった。バブルと金融資産の目減り、金融危機を繰返し、富はカジノで膨張収縮を繰り返すだけで、現実経済と無関係となっている。
５．国民経済と企業はカジノを仕切るプレーヤーの餌食となっている。企業は利益を労賃や税金として国民経済へと還元せず、もっぱら株式市場に提供している。これは国民経済と労働者を疲弊させ、回りまわって企業を疲弊させることになるにも拘らず。
６．そろそろ気づくべきである。現実経済に何の見返りももたらさないカジノに貢ぐ必要があるのか、と。それによって国民経済と企業とを疲弊させていいのか、と。
７．非正規労働者の増大とワーキングプアの増大は、カジノに貢ぐことの帰結としてもたらされた社会現象である。これを推進してきた政府と大企業はカジノのプレーヤーに騙され、国際競争に打ち勝つ手段といい含められてそうしたのだが、そろそろ気づくべきだ。カジノ自体が世界恐慌に陥り、より一層の困難が国民経済と企業に降りかかって来ているというのに。
８．貧困との闘いが始まっている。それはカジノに貢ぐことをやめ国民経済の保全に努力する国民的運動としての展望を切り開く。
９．国民的運動を背景にして、国際金融市場をカジノとしてではなく、金融市場として再建するための方策が打ち出されなければならない。
10．国家や企業はカジノと手を切り、国民経済の保全、人々の暮らしの保全に向かうべきである。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (459) | Reads (3109)

2008/06/26

『情況』０８年７月号

Author: ebara (10:08 pm)

『情況』０８年７月号に「ハーヴェイからランシエールへ」が掲載されました。ご一読ください。

Read ebara's weBLog | Comments (0) | Trackback (4350) | Reads (15202)

2008/06/11

デリダ『マルクスの亡霊たち』の批評

Author: admin (7:00 am)

デリダ『マrルクスの亡霊たち』の批評が仕上がりました。ASSB誌06－2号に掲載します。
デリダが価値形態論という私の専門領域に侵入してきましたので、その弱点がもろに分かり、ひいては初期デリダの問題点にも気づかせてもらいました。やはりデリダは超インテリで、問題の周りをぐるぐる回っているという感じです。エンゲルス流に言えばプリンを決して食べはしないのですね。
しばらくソシュールに沈潜した後、デリダの問題点をアット驚くように捌いて見せましょう。ソシュールはデリダと違って、プリンを食べてしまったのです。

Read admin's weBLog | Comments (0) | Trackback (17756) | Reads (25793)

« 1 ... 3 4 5 (6) 7 8 9 ... 24 »