　破綻した長銀の役員で、経営陣を批判したことで解任された箭内（やない）昇は『メガバンクの誤算』（中公新書）で、80年代日・米銀行の失敗を明らかにした上で、90年代の米銀の復活と邦銀の没落を対比的に述べている。90年代の米銀の復活についての記述は、文字通り、宮崎のクレジット・クランチの克服の過程であり、複合不況には到らなかったアメリカ経済の謎を解き明かしている。
　米銀の失敗については、宮崎と箭内では評価が反対になっている。宮崎は金融の自由化を銀行不況の原因と捉えているが、90年代の米銀の復活を目のあたりにした箭内にとっては、金融自由化に対応することで、米銀の復活が可能となった、ということだからだ。もともとアメリカの銀行も、グラス・スティーガル法によって証券業への参入を禁止されており、そのうえ、5.25％という預金金利の上限規制があった。金融自由化の登場の原因が、1973年の外国為替の変動相場制への移行にあると考える箭内は、米銀はこの新しい事態の前に何度も苦境に陥りながらも、80年代の「マネー革命」と「金融工学の発展」によって、90年代の復活を準備していたと見ている。
　箭内によれば、アメリカの銀行の最初の試練は、73年の石油ショック、ベトナム敗戦と以降の二桁インフレだった。このインフレは80年代初頭まで続き、物価上昇率は15％なのに定期預金金利は5.25％で、預金が目減りしていったのだ。他方、証券会社は高利の金融商品を売り出し、銀行の定期預金は、78年1月から80年8月までの2年間だけで三分の一も急減したため大手銀行の資金繰りが逼迫し、深刻な経営難を迎えた（40頁）。連邦準備理事会（FRB）はレギュレーションQ（金利上限規制）を弾力化し、銀行にも市場金利連動型の金融商品を認めることで、ようやく急激な預金流出に歯止めがかけられた。これが「マネー革命」の始まりだった。
　次の試練は、途上国融資の失敗だった。ひきつづき箭内の述べているところを要約しよう。レギュレーションQのもとでのインフレで、米銀は資金調達が困難となり、企業向け貸出しが急速に縮小していった。こうして、60年代後半に米銀の海外進出が始まった。当時のユーロ市場ではアメリカの国内法は適用されないのでそこで資金調達をしようとしたのだ。73年の石油ショック以降、産油国に流れ込んだ巨額のドル資金がユーロ市場に流れ込み、アメリカの銀行はこの資金を使って中南米などの途上国に貸し込んだ。（43頁）
　ところが82年8月に石油価格が下落すると、世界有数の産油国メキシコが、公的債務の返済が不可能となり、破産した。メキシコ向け貸出しの多かったバンク・オブ・アメリカは深刻な経営危機に陥り、シティーバンクも途上国融資で大きなダメージを被った。
　米銀の苦難はこれで終わらなかった。「途上国融資の失敗などで海外業務に限界を感じた大手銀行が次に開始した業務は、80年代半ばの不動産融資とM&A融資だった。」（46頁）しかし、不動産融資もM&A融資もバブルに終わり、大手銀行の不良資産を増やし、90年代には全米中の大銀行が深刻な経営危機を迎えたのだった。

2）90年代米銀の復活

　90年代初頭の銀行危機に際して、アメリカの銀行は不良債権の思い切った償却、大胆なリストラ、および事業再編で乗り切った。その詳細は箭内の著作にゆずるとして、ここでは90年代米銀の歴史におけるいくつかの特徴的な事柄を紹介しておこう。
　第一に、合併につぐ合併がなされたことだ。
　第二に、合併の結果、日本の都市銀行に相当するマネーセンター・バンク（金融スーパー）がシティとJPモルガン・チェースの2行になったことだ。残りの銀行は、スーパー地銀として、地元密着型の銀行に転換した。
　第三に、スーパー地銀の出現には、規制緩和があった。80年代の中小銀行破綻に際し、当局は救済目的で州の枠を超えた破綻銀行の買収を認めるようになり、これを契機に94年の州際業務法で事実上規制が撤廃され、全米規模の地方銀行が出現することになった。
　第四に、このような銀行業の二極分化の背景には、アメリカ金融業特有の、証券優位にもとづく投資銀行の成長があったことだ。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、メリル・リンチが生き残った投資銀行の三強だが、80年代から90年代初頭の銀行危機のなかでも、投資銀行は証券化の波に乗って成長を続けられた。こうして、シティなどの都市銀行にとっては、証券業務への進出が死活問題となっていた。
　第五に、98年にシティコープは投資銀行のトラベラーズ・グループと合併し、銀行と証券会社の合併が実現し、当局もこれを追認する形で99年11月にグラム・リーチ・ブライリー法が成立して、グラス・スティーガル法が廃止された。新しい法律では金融持株会社の傘下に、銀行、証券会社のみならず、保険会社も置くことが認められたのだった。シティ・グループの収益構成は、スタート時点の収入ペースで銀行業務24％、証券業務32％、保険業務29％、消費者金融14％、というように各種業務がバランスよく配置されている。
　第六に、金融工学商品の出現によるマネーゲームの一般化だ。アメリカの機関投資家は、主として保険会社、年金基金、投資信託の三業態から成るが、これらの資金が株式市場に流れ込み、株式市場にブームをもたらすとともに、金融工学商品の出現は、ヘッジファンドという新しいタイプの機関投資家を急成長させ、外国為替市場での投機取引を増大させた。

3）日米の対比

　90年代の米銀の復活と比べ、日本のメガバンクは総崩れになってしまったが、箭内は、その原因を、80年代の日・米銀行危機に対する対応の違いに求めている。最後にそれを紹介しておこう。

　第一に、チャレンジ精神。アメリカの銀行は、地盤低下を食い止めるために、常に新しいビジネスに挑戦し、その過程で新しい金融技術を開発したが、日本の銀行は単純な古典的融資業務から脱却することはなかった。

　第二には顧客サービスの差。アメリカでは80年前後に出現した超インフレの際の預金流出という事態に対して、金融業はサービス業だということを思い知って新規ビジネスの開拓と各種の規制撤廃運動に向かったが、日本の場合、インフレの下でも預金の流出がなかったこともあり、銀行は大胆な経営転換ができなかった。

　第三は、リスク管理。アメリカの銀行はリスク管理と自己資本拡充を経営の根幹にすえたが、日本の銀行はリスク管理の重要性すら理解していない。

　第四は、金融界の中での相互補完。アメリカではさまざまな金融機関が競争し、補完し合いながら新しい金融機能を開拓していったが、日本は銀行中心の金融システムだったため、金融界全体の活力と成長が阻害されることになった。

　第五は、金融工学の発展。金融工学を使ったビジネスは80年代を通じて投資銀行業務を大飛躍させたが、90年代に入って規制緩和が進み、銀行による証券業務進出が本格化すると大手銀行もこの投資銀行業務を復活の起爆剤とした。日本の金融機関も80年代末ころから金融工学に取り組んだが、当時の大蔵省が先物取引を禁止していたこともあり、欧米の金融機関に追随不能な差をつけられた。

　第六は、激しい競争と企業淘汰。アメリカでは大手銀行の順位は頻繁に入れ替わり、70年代以降は銀行倒産も増大した。破綻銀行の吸収合併も盛んだった。また投資銀行や証券会社も激しいサバイバルゲームを展開した。弱肉強食、新旧交代がそこにはあった。これに対して日本の銀行は、合併時を除いて、資産の順位は60年代以降不動だった。金融当局がかかわって護送船団方式が守られることで、日本の金融界は、狭い檻の中のダンピング合戦を続ける中で全員が敗者になってしまった。

　以上6点が箭内によってあげられているが、しかしここでは米、日各国の国内的要因が検討されるにとどまり、両国の経済的関係については考慮されていない。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 4673 times

良書を読む 箭内昇『メガバンクの誤算』

1）米銀の失敗

2）90年代米銀の復活

3）日米の対比

良書を読む　箭内昇『メガバンクの誤算』