伊藤　一

第2回分以降への「はじめに」
（二）「国家権力の意志」と商品・貨幣廃絶との関係
　（1）他人への服従は意識的、商品への服従は無意識的・本能的という規定は正しいのか？
　　(1)、商品、貨幣をめぐる榎原命題と『資本論』・価値形態論
　　(2)人的服従と商品への服従――服従は意識されるかどうか？
　　　イ、他人への服従――意識的なものと無意識的なもの
　　　ロ、商品・貨幣への服従が無意識的とは限らない
　　　　a　商品価格
　　　　b　商品と私有制
　　　　c　まとめ
　　(3)「意識」「意志」と「無意識」「本能的」との二律背反的な対置
――（以上、今回＝第二回分）――

（前回掲載した目次から変更した部分があることをお詫びします。また、前回掲載した（三）以後の目次は、項目を再検討中で、多少変更の可能性もあるので、今回は掲載しなかったこともお断りします）

第2回分以降への「はじめに」

1

　私は、『国際主義』36号＝前々号に、榎原均氏執筆の「21世紀の社会運動の綱領草案（骨子）」検討の全体の目次と第一回分を投稿した（これを、前回同様「榎原綱領」と略す。『国際主義』前号に掲載）。
　ここでの直接の検討対象は、榎原綱領草案と、同時にウェッブサイト（Office　Ebara　榎原均オフィス）に掲載された文書の範囲である。

　榎原氏は、「解説はまだ書けていませんが、解説の役割を果たせる既成の文書を紹介しておきます」と述べて、自分の文献と柄谷氏をはじめ、他の文献名も上げている。
　私は、榎原氏が、ウェッブサイトに掲載した榎原氏自身の文書を、とりあえずの「解説」と捉えて、綱領の文面検討を補足するものとして使用した。
　榎原氏の文献としてウェッブサイトから受け取ったものは、

　(1)「『可能なるコミュニズム』をめぐって、柄谷理論と綱領問題」99・12
　(2)「緊急の課題」88・12
　(3)「70年の総括と新しい社会運動の展望――21世紀の社会運動の綱領獲得にむけて」（『情況』99・4に掲載）
　(4)「21世紀の協同組合運動の課題（案）」
　(5)「文化知の提案――新しい社会運動の原理――」

――の五つの文献である。引用については、(3)は『情況』のページ数を使用し（『情況』p○○）とした。その他は、項目小見出しなどを使ったが、統一されてなく分かりにくいところがあればお詫びしたい。引用に際して、(3)以外は、表題の後半部を略称として使っている。
　なお、榎原綱領（案）からの引用は、通しの項目番号で箇所を表示した。

　ところで、榎原綱領は、榎原氏の独自の『資本論』研究・解釈を背景に持っている。そして、この研究は、日本の新左翼の一翼であるブント系の70年代以降の総括作業の一中心をなしてきた「資本主義批判」の流れの中にある。『資本論』研究をはじめとする「資本主義批判」に取組んできた勢力の中で、榎原氏の作業は、（内容への賛否は様々であれ）質量共に最も膨大で代表的なものの一つと見なされてきた。
　そのため、榎原綱領を検討する際に、綱領草案の文面そのものの検討と、その背後の「価値形態論」を中心とする『資本論』研究との双方を、どのように取り扱うのかが、一つの問題となる。
　特定の理論と、その背景となっている理論との関係は、どのような理論をめぐっても、相互に、無数の関連を形成している。しかし、特に榎原綱領の場合に、背景である『資本論』研究が、独特の大きい位置を占めているために、この相互関係が、特別の意味をもっている。
　一つの理論とその背景の理論という関係はいつも明快とはかぎらない。しかし、榎原氏は、この関係を、自分自身で明確に規定しているため、理解にとって大変有り難い。

　（ある個人の諸理論の相互関係については、当人自身の規定が、正しいことや最も的確な場合だけとは限らない。他人の整理の方が、より客観性があったり、ときに、他人の整理の方が、当事者より深く捉えている場合なども少なくない。――しかし、そうした他人の検討に手掛かりを与えたり、他人の規定との比較や突き合わせができるという意味でも、自己規定を明確にすることは積極的意義が非常に大きい。榎原氏の論議は、《個々の内容への賛否はあっても》こうした自己規定をあいまいにしないところに積極的特徴がある。これは、スターリン派など旧左翼の「反対されにくい一般論、きれいごと」の方向への論理をあいまい化に対して、ブント系など広義の新左翼系が志向した積極的な面でもあると考えている）

2

　榎原氏は、「価値形態論」研究と綱領とを次のように関係づけている。
　「マルクスの思想や理論のうち、継承すべき最大の遺産は価値形態論である。とりわけ『資本論』初版本文の価値形態論は、科学知の限界を超え、人間の社会関係を合理的に解明していく文化知の実践となっている。従来『資本論』の研究者たちは、価値形態論についてほとんど何も理解し得ていなかったが、それは、マルクスが実践している文化知を、科学知の枠組みで理解しようとしていたからに他ならない」（『情況』P103）
　「価値形態論について……商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為によるということを、マルクスは言いたかったのだということがわかり、この地平から、政治権力を奪取することからしか、商品、貨幣、資本を廃絶する社会革命は始まらないという、従来のマルクス・レーニン主義の革命理論は、政治の力で本能的共同行為をなくそうとする背理をかかえこんでいることを知り、この理論とは別の、もう一つの社会変革の理論が必要だと悟りました」（「柄谷理論と綱領問題」）
　「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による、という価値形態の論理に従えば、政治権力という意志の力でこれを廃絶しようとすること自体に背理が含まれていた」（綱領（28））
　――榎原氏は、「価値形態論」の研究から、意志＝国家権力の意志で商品・貨幣を廃絶することはもともと不可能であったという結論を導き、そこに、ソ連など従来の「社会主義国家」が（資本廃絶だけで）商品・貨幣を廃絶できなかった理由を見いだそうとしている。
　こうして、榎原綱領は、国家権力の掌握を通じる道ではない「もう一つの道」＝社会革命によって、商品・貨幣廃絶を含む社会変革の道を提示する性格になっている。
　このように、榎原氏は、『資本論』研究を「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による、という価値形態の論理」という命題を通じて榎原綱領に関連づけていることを、綱領自身やその解説文のなかで明記している。

3

　榎原氏は、『資本論』研究の結論を先のように要約し、榎原綱領に取り入れている。
　もちろん、どれほど正確・的確な要約でも、当人自身の要約でも、要約が要約である以上、多くの部分を捨象しているのであり、もとの理論内容の全体を持ち込むことはできない。榎原氏の『資本論』研究は、価値形態論などの各論を掘り下げたものとして、先の要約に含みきれない多くの理論を内包している。この両者の関係を厳密に把握するためには、双方それぞれの検討・評価と、その相互関係の検討の全体を必要とする。
　しかし、私が、『国際主義』36号の榎原綱領検討でとりかかったのは、この榎原綱領の文面検討の側である。
　他の綱領や政治文書同様、榎原綱領についても、その綱領の文面それ自体の評価が必要である。綱領は、その文面自体が、組織や運動の共通に確認できる結集基準になるからであり、例えば、『資本論』や価値形態論の研究の度合い、評価を問わず、様々な労働者や活動家が、その文面を、結集の最終的な判別基準とすべきものだからである（どのような組織・運動の性格も綱領だけでは表現されないし、参加。結集を動機づけるものも綱領だけではないが、これは別の論議である）。

　同時に、榎原氏の『資本論』研究の検討・評価は、榎原綱領評価の一核心の掘り下げとしても、また、一般に、ブント系の「資本主義批判」（の一環）への評価や、『資本論』解釈をめぐる論議としても、意義を持っている。――しかし、私は、前々号第一回分を提出した時点では、ここまで踏み込むことを考えていなかった。その理由は、この領域が膨大で私の能力を越える難しい内容をもっていることもあるが、また、当初の目的が、現在提出されている様々な社会変革の綱領それ自体を、とりあえず検討・比較して行きたいという一環での作業だったこともある。
　しかし、第一回分を提出した後に、「土曜会」合宿の場などで、時間をかけてでも榎原『資本論』研究の領域まであつかってほしいという提起や助言を受け、貴重な資料の提供もうけた。それら諸氏の意見に納得できるところも多かった。
　そのため、第一回分提出の後に、対象を、榎原綱領それ自体だけでなく、この機会に、その背景の、価値形態論を中心とする『資本論』研究に広げた方が、多く寄与できる可能性があると考えるようになった。
　しかし、綱領と『資本論』研究とは、相対的に別個の性格をもち、しかも、後者は、私の蓄積や力量では（仮にできたとしても）相当な時間がかかることは間違いない。そのため、榎原『資本論』研究の検討にとりかかりながら、榎原綱領の検討の方は、大筋、前回提出したプランに沿ってまとめる予定でいる。

4

　榎原綱領と榎原『資本論』研究とを、上述のように、一応、二つの領域に分けて強調したのは、党綱領とその背景の基礎研究という、どの場合にも見られる一般的内容への留意だけではない。
　この点にわたしが強い関心をもった理由であり、また、読者に注意を促したいことは、ブント系の多くの潮流・活動家が大きい力を投入した「資本主義批判」をめぐるブント系とその外部との落差の大きさである。
　「資本主義批判」は、ブント系が、その一端に赤軍派を産み出し、70年前後の闘争で挫折・破綻して以降、その克服をかけてとりくんだ総括作業の一中心であった。ブント系は、何事も徹底して絞り込み追求する傾向がある（これは、長短双方の特徴を形成した）。この「資本主義批判」も、かなり徹底して取組まれてきたように（外部のわたしからも）見える。
　この「資本主義批判」という領域設定や、その所産について、ブント系の少なくない部分が、その重要性を自明の前提としている。しかし、他方、ブント潮流外部の左翼活動家は、ほとんどが無関心に近いように見える。この落差をどう評価し対処すべきかは、気がかりになってきたことの一つであった。
　わたしも、われわれの潮流も、ブントの外部に位置してきた。そして、赤軍派に至る第二次ブントの路線（「過渡期世界論」など）や実践に強い批判を持って来た（運動場面への強引な「分解」のもちこみ、全組織的な明瞭な論議・認識なしの組織分裂の進行、誤った軍事路線、革共同ほどではないにせよ「内ゲバ」行使など）。――しかし、この批判を、一般論ではなく、各理論・方針をめぐって具体的に徹底させようとする過程で、同時に、ブント系の理論・実践に清算すべき出はない要素や萌芽を少なからず見出すことにもなった。経済主義批判、職場細胞路線批判、党内外の意識形成の段階論克服の志向、所有問題、同心円的組織拡大への批判と強固な戦闘組織形成との両立追求……等々（『国際主義』24号～27号では、この総括を多く扱っているが、それ以前の言及も多い）。
　これらの評価や批判のなかで、ブント系が70年代以降に、総括のポイントとして強調しはじめた「資本主義批判」という立論には賛成できなかった。たとえば、“第二次ブントは、私有制への批判だけで、労働者の資本への経済的隷属を理解していなかった”という総括内容である。「資本主義批判」への集約は、むしろ、第二次ブントまでの積極的萌芽を、経済主義的方向に清算する性格も帯びるものと考え、慨して否定的に捉えてきた。この否定的評価のなかには、上述の点など内容評価もあるが、むしろ、より大きいものは、一時代の革命運動の全体を、一つの理論領域に絞り込んで総括する傾向への違和感であった。
　（こうした位置づけもあって、われわれの潮流では、ブント系への評価・批判は『国際主義』掲載文書、大会報告、内部文書などでかなりの比重を占めているが、「資本主義批判」を正面切ってあつかったものは、『国際主義』21号の早川論文ぐらいである）
　わたしは、「資本主義批判」に対するこうした感想を、『共産主義運動年誌』創刊号（『国際主義』〇〇号）の「年誌編集委『素案』へのコメント」の中で言及した。
　わたしは、従来、「資本主義批判」を、このようにかなり消極的に受け止めてきた。しかし、共産主義運動の根本的な再建が問われる現情勢下で、ブント系を中心とする年誌編集委や土曜会の活動により直接ふれて、「資本主義批判」（をはじめとするブント系の理論活動）の回路からの共産主義理論の蓄積を、再評価の可能性を含めて検討し直す必要を強く感じるようにもなってきた。
　いずれにしても、ブント系の「資本主義批判」の諸内容を、ブント系と外部との共通の点検俎上に載せることは、そこから積極的な所や萌芽を引き出すことが出来る可能性をもっている。
　「資本主義批判」の長年の作業蓄積を持つブント系諸氏に比べて、経験も力量もまったく小さいわたしが、「資本主義批判」（その代表の一つである榎原氏の『資本論』研究）に分け入って、意味あるものを少しでも引き出す可能性が多少でもあるとすれば、それは、ブント外の潮流から「資本主義批判」を直接扱うことで先の「落差」を小さくするところにあるだろうと思う。

5

　榎原綱領と、その理論的背景である榎原『資本論』研究とについて、上述のように理解したうえで、以下、前回に続いて榎原綱領への検討を続けたい。
　この間論議した諸氏の一人は「榎原氏の商品論は一筋縄ではいかない」という感想を寄せている。わたしも、その可能性が強いと思うが、、綱領検討に際しては、この文面に表現されているかぎりの内容を対象に、評価や批判を遠慮なく行った。この評価を明確に提出しておけば、それに対する反論や、わたし自身の今後の作業によって、て訂正や内容補足が必要となったならば、それを明確にしやすくもなる。
　なお、今回以降＝（二）以降で、綱領文面を中心とする検討ということを、どのような性格で行ったのかについては、この「はじめに」と重なる内容であるが、続く本文（二）の冒頭で若干言及した

前回の要旨

　榎原氏は、旧ソ連などでは、国家権力の意志によって資本は廃絶できたが、商品・貨幣は廃絶できなかったと理解し、旧ソ連とは異なる商品・貨幣廃絶の方針提出を試みている。
　従来の共産主義運動に対するこの総括が、榎原綱領の前提にある。
　旧ソ連などで、商品・貨幣廃絶を実現できなかったことは否定しようのない事実である。したがって、その克服に射程をおいた榎原綱領の方針は検討に値する。
　しかし、旧ソ連などで、商品・貨幣は廃絶できなかったが、資本は廃絶できた―という榎原氏の認識には賛成できない。
　国有企業ではあっても、商品・貨幣が残存する経済の中で、給与を通貨で受け取る多数の雇用者によって担われる工業生産とは、資本主義的生産以外のものではありえない。労働者の圧倒的な部分が、身の回りに生活手段を持たず、労働提供の対価として通貨を受けとってだけ生活できる状態に置かれているということは、かれらが、生産手段から切り離されている無産者＝プロレタリアートであることを意味している。
　したがって、旧ソ連などでは、たとえ、私的資本を収奪して国有経済に転換したとしても、それは、未だ、資本の根本的規定を脱していない国家資本を中心とする資本主義的経済であると捉えるべきである。
　そして、いかなる過渡期も、この制約をこえることはできない。プロレタリア権力下の国家資本を含むこの資本主義的性格を変革・廃絶することによって、過渡期から共産主義第一段階への移行が可能になる。
　榎原氏は、資本は廃絶できたが商品・貨幣廃絶は実現できていない、という前提から、商品・貨幣廃絶の方策を考察している。しかし、以上のように、この商品・貨幣は、資本主義的生産を土台に持つものなので、旧ソ連などの総括は、資本・商品・貨幣の全体をどのように変革・廃絶するのか、という前提から、変革の方針を立てるべきである。
　以上の評価の違いがあるが、しかし、国家権力の意志で直接商品・貨幣廃絶をおこなえないという理解では共通しているので、両者の比較検討を含め、この内容の一層の掘り下げを進めたい。

（二）「国家権力の意志」と商品・貨幣廃絶との関係

　今回＝2回目以降の本論では、はじめの（二）で、榎原氏が、商品・貨幣を国家権力の意志では廃絶できない根拠として上げている“「商品からの貨幣の生成（は）商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による」なので、意思で廃絶しようとすることは背理であった”という捉え方を検討の中心に据えている。
　その上で、次の（三）以降で、榎原氏が、国家権力奪取・資本収奪の道とは異なり、それを迂回する「もう一つの社会変革の理論」として提起している文化革命―社会革命の内容検討と、「文化知」の検討との、二つの領域をあつかってゆく。

　ここで、（二）の性格に触れておきたい。
　榎原綱領は、プロレタリア国家であろうと、国家権力の意志では商品・貨幣廃絶はもともと不可能で、それを“別領域”（＝文化革命・社会革命）の課題と捉えている。私も、この捉え方に大筋は賛成できる（私は、国家も不可欠の役割を持つと捉えるが、商品・貨幣廃絶の主側面が“別領域”にあるという評価、国家権力だけでは商品・貨幣廃絶を実現できないという評価では一致している……詳しくは以下）。
　しかし、榎原綱領が、その中で上げている上述の論拠、すなわち「無意識のうちでの本能的共同行為」と「意志」との対置を要に置く論拠には、私は同意できない。榎原綱領は、国家権力の意志を含む意志一般では「無意識的な……共同行為」を統制できないという論理を骨格にすえている。それに対して、私は、より広い意志領域を存立基盤とする商品・貨幣を廃絶するには、国家権力の意志（だけ）では「意志」の範囲が不足と捉えている。すなわち、「意志」ではできないという榎原氏の評価と、国家権力の意志だけでは「意志」が不足だという私の評価との論点がある。――この内容は、以下、提出したいが、この面では、「意志」の捉え方で逆転さえしている。
　国家と商品・貨幣廃絶との関係は、スターリン派を筆頭とする伝統的共産主義運動の限界を克服する資本主義変革のための一核心である。

　ところで、「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による」という規定は、一方から見れば、榎原綱領の論理上の要であるとともに、他方から見れば、榎原氏の『資本論』―価値形態論研究・解読の成果から、榎原氏自身がその核心として要約した内容である。
　ということを、マルクスはいいたかったのだということがわかり、……もう一つの社会変革の理論が必要だと悟りました」等々
　「はじめに」でも触れたように、私は、ここでは、榎原氏が綱領の骨格として自ら要約し綱領文中に入れているこの文面それ自体への評価に焦点をあてている。ここでの、この側面の検討は、榎原氏の『資本論』研究を含めた全体を対象に見た場合には、いわゆる「内在的批判」には、未だ充分にはなっていない。
　榎原氏は、「……無意識のうちでの本能的共同行為」の規定を価値形態論の膨大な研究から導いている。そのため、「無意識」「意志」などの言葉にも、通例以上の意味を込めている可能性が強い（綱領解説文の範囲でも、その一端が表現されているが）。
　しかし、私は、この（二）では、「無意識」「意志」などを、榎原綱領の文面によって一般的な意味で受けとり、それを対象に検討を加えた。
　これは、一方から言えば、私が、榎原氏の価値形態論についての研究・検討を未だ終えていない事情によるものである。しかし、他方、私は、積極的な意味でも、こうした検討・整理の道筋をとりたいという考えがある。
　榎原綱領は（そして多くの現在提出されている多くの綱領・綱領案などがそうであるが）検討すべき内容が多方面にわたっている。加えて、榎原綱領では、膨大な『資本論』研究が直接結びついている。
　膨大で複雑になる多方面への評価を整理するに当たって、綱領文面への評価をできるだけ明瞭にして、次に、その背景となる理解・研究に分け入り、評価を補強・是正等する段階を踏む方法は、評価の全体像を整理・獲得してゆくための積極的な一方法になる。
　ただし、そのために、榎原氏が、先の命題にこめようとした内容全般との関係で、未だ、かみあわない部分を大きく残すことにもなる――私は、とりあえず、この点をお断りしておきたいと考えた。

　榎原氏の、「無意識のうちでの本能的共同行為」と「意識」との対置は、もしこれだけをみると、「国家偏重」「権力問題偏重」克服の方向を、「素朴反映論」を批判し、認識論やイデオロギーの相対的自立性強調の方向に求める一連の思想の系譜上のものにも見える。この最悪の帰結が黒田哲学だが、もっと積極的萌芽を内包して思想を多くある。
　私は、この一連の思想の基本性格に賛成できない。「国家偏重」克服は、社会的構造そのもののうちに根拠を求めなければならない。上述の思想は、それ以前に認識論領域で結論を自己完結させ、必要な社会関係把握をあいまいに止める性格をもってきたと、私は考えている（「素朴反映論」に対しては、私は、上述の一連の思想以上の批判を持っている。この内容や、何故「以上」と言えるのかの理由は当該部分で触れたい）・
　榎原氏の「科学知」「文化知」の対置（評価後述）などは、一面からみるとこの論理のように見える。しかし、他面からみると、商品・貨幣を中心に、社会の対象に踏みいって、社会革命を根拠づけようとする論理が展開されている。「文化知」自身が、“思考の抽象”“商品そのものが行う事態抽象”との関係についての独自の見解に重大な位置を置いている。
　この全容の把握・評価が、現在の運動にとって必要な課題であろうし、私の関心もそこにあるが、今回は、まだ、その一方の側面だけを検討対象としている。
　この側面への検討と、商品・貨幣廃絶と国家との関係についての私の意見対置とを（二）の中心課題とし、今後の掘り下げのための一階梯とすることを追求した。

（1）他人への服従は意識的、商品への服従は無意識的・本能的という規定は正しいのか？

(1)、商品、貨幣をめぐる榎原命題と『資本論』・価値形態論

　価値形態論の研究の結果「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為によるということを、マルクスはいいたかったのだということがわかり、……もう一つの社会変革の理論が必要だと悟りました」（「柄谷理論と綱領問題」）
　この「商品からの貨幣の生成（は）商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による」という命題は、榎原綱領、および関連文書のなかで、ほとんど同文で幾度も登場する。そして、この規定が、榎原綱領での「社会革命」の特質を規定する要になっている。すなわち、“商品による意志支配が「無意識」「本能的」なので、それを意志、国家権力の意志で廃絶することはできず、別の社会革命の展望をつくらなければならない”という論理が、榎原綱領の一方の骨格を構成している。したがって、榎原「社会革命」検討のためには、この論理への評価が必要である。

(2)人的服従と商品への服従――服従は意識されるかどうか？

　榎原綱領での、スターリン派の社会主義建設論と、それに批判的に対置される榎原綱領の展望との性格比較をするためには、「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による、という価値形態の論理に従えば、政治権力という意志の力でこれを廃絶しようとすること自体に背理が含まれていた」（榎原綱領（28））という榎原綱領の根幹を成す命題の中の「無意識のうちでの本能的共同行為」という語句が何を意味しているのかを把握しなければならない。
　榎原氏は、「文化知の提案――新しい社会運動の原理――」の「無意識のうちでの本能的共同行為」の項で、「さて、貨幣生成について、マルクスから一寸はなれて再論してみましょう。その際、無意識のうちに行われる本能的共同行為ということに注目しましょう」と述べて、以下の文を続けている。この前の部分では、価値形態論解読により密着した内容が説かれているが、これ以降は、上述のように、それをより一般化した説明に進んでいることが示されている。そして、このことは、冒頭述べたように、榎原綱領の文面そのものをとりあえずの評価対象とするここでの検討にとっても適合している。
　榎原氏は次のように続ける。
　「一たん意志の自由が確立した社会では、同意にせよ、他人に意志を支配されれば、服従の行為は意識化されざるをえません。しかし、商品の場合は、人格ではなく単なる物として現われます。従ってそれへの服従は人間にとっては社会的な自然法則への順応と観念され、服従という意識は生じません。だからそれは無意識のうちに行われる身体の本能的行為と同じレベルの本能的な社会的行為となります」
　そして、次の項「もう一つの意志支配としての物象化」で次のように述べている。
　「資本の支配の場合は物象による支配とはいえ、経済的支配であり、それは眼に見えるものでした。ところが、商品、貨幣による意志支配は、それに人が意志を宿す形をとり、しかも意志支配された行為が無意識のうちでの本能的行為となるため、あたかも自然法則への順応のように、支配されているという意識を生じず、逆にそれらの法則性を把握して、それを利用しようといった意識を生んでいきます。つまり、意志支配されていることのうちに自由が観念されるのです。これがもう一つの意志支配の特質に他なりません」

　榎原氏は「他人（への）服従の行為は意識化されざるをえません」ということと「商品……への服従は……服従という意識は生じません」ということを対置して、商品の意志支配の特質を浮かび上がらせようとしている。――しかし、この対置は正当だろうか。この前提は、成立しないとわたしは考える。
　第一に、人的服従には、意識されるものもあれば意識されないものもある。同様に、商品への服従にも、意識されるものもあれば意識されないものもある。この点で、人的服従と商品への服従との間に、絶対的な区分を行うことはできない。
　第二に、そもそも「意識」と「無意識」との間にも、絶対的・機械的区分を引くことは困難である。
　――しかし、榎原氏は、この区分に重要な位置を置いて、その土台上に、榎原綱領の特徴点を位置させている。

　「人的服従」との対比を含めて「商品への服従」を考える上で、「服従」の意味が重要になる。
　この文で見る限り、榎原氏は、「服従」という概念を、比較的日常感覚的な漠然とした意味で用いているように思える。
　われわれが日常「服従」の語を使うときには、自覚的か暗黙・漠然かはともかく、服従させるものとさせられるものとを具体的にイメージして使用している。目上への服従、支配階級への服従、征服者への服従、幹部への服従……等々。しかし、商品への服従までを含めて、「服従」の語義が基本概念の検討に関わる場面では、もう一歩整理する必要がある。

イ、他人への服従――意識的なものと無意識的なもの

　榎原氏は、他人への服従を取り上げ、それは意識化されざるをえないと捉え、商品への服従と対比している。
　ところで、人間の本質は社会関係の総体である。このことは、人間が社会的に相互に影響しあってだけ人間として存在し生活し得ることを意味している。人間が関係しあっているということ、影響しあっていることは、多かれ少なかれ、誰もが、自分の意志とは対立する他人の意志の影響を不断に受けていることを意味している。何よりも、人は、生まれてから、社会に（親、教師、その他に）服従する期間をもつことなしには、認識能力自体を形成できず、社会意識を持つ「人間」として成長することはできない。
　この限りで、人が他人に服従する面をもつことなしには社会生活を行うことはできない（孤島で一人で暮らすことでもしなければならない。その場合も、過去の「服従」の影響抜きには人間的な生活を送ることはできないのだが）。

　（ここで「対立」と述べたものは、日常用法での「敵対的対立」の意味ではなく、「弁証法的対立」の意味である。「弁証法的対立」とは、あらゆる事物は不断に運動しているために、相互に関係し合う事物・側面などの間では、どのような差異も、互いの運動法則に干渉し合う「対立」の性格をもつこと、すなわち、相手の運動を別の運動に向ける対立敵影響を相互におよぼしていることを意味する。その中には敵対的対立もあるが、そうでないものもある（「敵対的」かどうかは、特定の立場での価値評価であるが、この問題は省略する）。弁証法的世界観の特徴としてすべてが関連しあっているという面を根本におく見解もあるが（トロツキーなど）、これは表面的な理解である。その関連しあう自然・社会の中では、すべての差異が「対立」の性格を持つこと、対立する両側面に分割できることに根本的な特質がある。そして、この点を中軸に捉えることによって、実際の活用への意義をもつものにもなる（レーニン『哲学ノート』の「弁証法の問題によせて」参照）

　――しかし、次のような反論を受けるかもしれない。
　「服従」＝意志の支配を受けることとは、単に他人の影響を受けること一般ではない。当人の意向・願望・利益などに反する影響を強制的に受けることである、と。
　「服従」の語を、この面から限定して考えることもできる。しかし、具体的に考えてゆくならば、行き着く結論は変りない。なぜなら、当人の「希望」とか「利益」が何であるのかを常に絶対的なものとして判別できるわけではないからである。これは、判別者の価値評価にもかかわって難しいというだけに止まらず、一人の中でも「願望」や「利益」は様々に対立し合うことが多いために、人的服従では服従の意識があるという命題を根拠づける程、事柄は簡単ではないからである。他人からの影響が当人の利益に反するのか合致するのかの境界線は、一般に、場合それほど明瞭で決定的でない。――すなわち、「服従」かそうでないのかの境界線は絶対的なものではない。
　他人からのある影響が、願望に合致する面と反する面との両面をもつことや、利益に合致する面と反する面との対立する面をもつことは、決して珍しいものではない。
　たとえば、「自分の利益のために」勉強しなければならないと考えてはいるが、サボりたくて仕方がない学生が、他の学生に誘われて遊びに行ってしまうような場合、それは、他人に意志を支配された「服従」にあたるのかあたらないのか。反対に、成績を上げたい願望しながらついなまけてしまう生徒・学生に勉強を強制することは、意志を支配して服従させることになるのかならないのか。あるいは、病気や虫歯の治療を嫌がっている人を無理やり治療することは、意志を服従させたことになるのかどうか、等々。
　こうした一見些細なことに触れる必要があるのは、意志の支配―服従という問題は、前述のように、様々な度合いで人々がおこなっていることなのだが、その受ける影響が、その当人にとって、主観的に利益と捉えられるかどうかの問題と、客観的に利益であるかどうかの問題と、いずれの面とも関連するからである。また、主観的利益と考える様々なものが一人の中で相互に対立している場合が少なくない。主観的に利益と考えることと客観的な利益とは、一致することもあれば対立することもある。そして、客観的な利益を判別・理解することはそれほど容易ではな。それは観点・立場などで、同一のことに対しても評価が違ってくる。先の例では、「遊ばずに（楽しみを一切捨てて）勉強すること」が本当に当人の客観的な利益になるのかどうか。……これは勉強を活かすべき社会への評価にかかわるし、今、楽をすることを利益と捉えるのか後で楽をすることを利益と捉えるのかの（アリとキリギリスの）人生観・社会間などにも評価を左右される。つまり、判別者の社会的・階級的立場にも左右される。「服従」であるのか否かは、こうした具体性なしには厳密な評価を下せないし、一つの行為、同一の行為が、価値観・基準によって「服従」であったりそうでなかったりすることが、むしろ普通なのである。
　教育は服従を強いるものなのかどうか？　これは、教育が意志に反して強制されるかどうかにかかわっている。しかし、多くの場合、教育を受けることが、多少とも忍耐を強いる面をもつ以上は、その教育が、受けるものにとっての利益となるかどうかが、「服従」なのかどうかの判別基準の土台になる。ところで、その当人にとっての利益とは何か？　教育を受けることで、他の労働者との競争に勝つことができ、より良い待遇やより良い生活をえることができたことを利益が実現されたと捉えるものもある。反対に、その同じ教育で、待遇のわずかの差を越える大きい利益を雇用者に生み出す労働者になり、階級的視点が曇らされてこき使われる存在になることで利益に反する教育を受けたと捉えるものもあるはずである。そして、教育が小児のときからはじまるために、当事者の判断・意志などへの評価をめぐっても百論がうまれるはずである。
　先の治療の例でも同じ問題が起こる。本人は節制や苦しい治療で寿命を延ばすより、先の危険が増えても節制や治療などを受けたくないと思っているときに、治療を強制することは「服従」を強いることになるのかどうか？
　服従かどうかが、客観的利害にかかわるという面を見てゆくと、そこでは、闘争組織に必要な規律が、自発的であるのか、官僚主義的服従強要の性格を持つのかの問題にぶつかってもくる。プロレタリア階級闘争組織や、その官僚主義化、排外主義的に「自発的」結束を形成する諸組織（社会排外主義化した労組、ファシスト組織など）、挙国一致体制――等々が問題として浮上する。そして、これらを含む闘争諸組織の規律が、服従なのかどうか、その服従への意識をもつものなのかどうかは、それらの闘争の社会的性格への具体分析なしには評価できないことが明らかになる。ただ、一般に、排外主義的な結束は（それを基礎付ける物質的基盤があるならば……たとえば、超過利潤の分け前を得る労組の社会排外主義や、膨張主義＝植民地再分割による経済利益を基盤とするファシズムなどは）内部の服従を意識的なものにしない強い条件を（一時的条件であっても）もつことになる。カルト的宗教団体も似た面がある。

　少し長くなってしまったが、以上のように、人的関係が「服従」なのかどうかは、単一の不動の基準で判別できるものではない。その「服従」自体を、一律・一元的に規定できない以上、その「服従」を意識するかどうか、という問題になれば、評価は、さらに多元的で複雑なものになるほかはない。残念ながら、「服従の行為は意識されざるをえません」という榎原氏の命題をそのまま受け入れて、「商品の支配」がそれと対立する性格をもつという論拠として受け入れることはできないのである。

　たしかに、客観的な利益に反する強要としての服従の強制は意識化される条件を持つ。階級的な服従がその代表である。恐らく、多くの労働者・活動家が（おそらく榎原氏も）人間関係の「服従」を、克服対象として「意識」されるもの、と思いやすいのは、階級的な服従強制を、多義的であいまいなものではないと（正当にも）捉えているためである。この点は了承できる。ただし、これは「服従」一般ではなく、特定の具体的服従を対象としたものなので、「人的服従」と「物への服従」を一般的に対置しようとした榎原氏の論理を支えるものにはならない。
　また、仮に、このような「具体的な服従」から論議を出発させる場合でも、この階級的服従が意識化される場合とされない場合がある。むしろ「階級的服従」こそ、それを無意識に止めるためのイデオロギー攻撃と、それを打開するプロレタリアートとの攻防の焦点となり続けてきたものである。「階級的服従」こそ（あるいは「階級的服従」でさえも）「意識化されざるをえません」と一般的にいうことはできない対象なのである。この面から見ても、ここでの論点をめぐっては、榎原氏の先の命題の旗色はあまりよくはならないと思う。

　このように、服従について、意識的か無意識的であるかの絶対的境界線があるわけではないこと、社会矛盾の深化が服従を意識させる重要な要素となること、――この諸点において、人的な服従も、商品への服従も、何ら変わらない。

ロ、商品・貨幣への服従が無意識的とは限らない

　「人的服従」は意識されるという命題は、榎原氏が、商品・貨幣領域の「無意識的」性格を浮かび上がらせるための、いわば伏線であり、本題は、後者の商品・貨幣にある。
　幾度も繰り返すことになるが（また、榎原氏も繰り返しているが）「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による」「……商品、貨幣による意志支配は、それに人が意志を宿す形をとり、しかも意志支配された行為が無意識のうちでの本能的行為となるため、あたかも自然法則への順応のように、支配されているという意識を生じ（ない）」という規定が正しいのかどうかの検討がここでのテーマである。

　なお、この領域は、榎原氏が“『資本論』の価値形態論の解読から得た内容であり、マルクスが価値形態論で言いたかったことである”と述べている中心部分に当たる。したがって、上述の榎原氏の規定が、『資本論』価値形態論の内容と合致しているのかどうかの評価をふくめて、とりわけ、商品をあつかうこの部分は、榎原氏の「資本主義批判」全体の検討・評価にかかわってくる。――しかし、「はじめに（第二回分）」で述べたように、ここでは、綱領草案本文とその直接の解説として提出されている文面だけを対象に評価を加えている。
　榎原氏の価値形態論研究などの検討を踏まえて、とりわけ、この商品をめぐる部分は、評価の追加・補正・是正など必要になる可能性があるが、それは今後明らかにしてゆきたいと考えている。これは、先の「はじめに（第二回分）」で触れた通りである。

　商品を自然法則と観念し、自然そのものと感じるという場合に、二つの側面が考えられる。第一は、商品の価格を（売り手であれ買い手であれ）自然と感じることであり、第二に、必要なものを入手するために商品交換・売買という方法をとること自体を自然と感じることである。

a　商品価格

　商品価格への不満があれば、商品取り引きを自然なものと受容することに引っ掛かりが生じ、商品交換それ自体を「自然」とは受け入れ難くなるきっかけになる。しかし、価格への不満は、まだ、商品それ自体の否定ではないので、価格が満足できるものになるならば、解消してしまい、「自然」になったと観念できる範囲といえそうにも見える。
　だが、実際はどうか？
　商品交換が等価交換である限りは、形式上「自然」に見える余地がある。
　しかし、労働者が生産するものと、労働者が受け取った給与で購入できるものとの間に剰余価値の生産―搾取が介在している。そうである以上、労働者にとって、商品は、根本的には、いつも「高すぎる」。あるいは潜在的に高すぎる。そのため、様々な社会的または個人的きっかけが、消費物資については「高すぎる」という、あるいは労働力商品については「安すぎる」という自覚・不満を醸成し蓄積する。ジグザグがあったり強弱様々であれ、この方向への認識の蓄積は避けられない。それに対して、消費物資が「安すぎる」という反対方向への自覚が系統的に蓄積することはありえない。――確かに、封建社会など前商品経済に対する商品経済の発展期や、資本主義経済の好況期など、社会の矛盾の小さいときには、商品を「自然」と思い込める受容可能な範囲にある場合が多い。しかし、商品経済は（とりわけ資本主義経済は）、社会全体を一様に襲う不況・恐慌のようなものであれ、一般的生活苦から特別の出費による困窮、さらには失業・破産・借金地獄など個別的なものであれ、不可避的に様々な矛盾を発現させる。それは、労働者・生産者に、商品が高すぎること＝「不自然さ」を実感・自覚させる糸口にも条件にもなる。
　たとえば、人々がインフレのただ中で苦しんでいるとき、人々は、それを「自然法則的」なものと感じて、物価の上昇を不当なもの、誰かがそれによって得をしているもの、少なくとも自分に敵対的なもの、その状態を何としても転換したいものなどと感じず、「自然」なもの「自然法則的」なものと考え、服従の意識なく受け入れるだろうか？　また、インフレでなくとも、生活に困窮している人々にとって、生活必需品が生活にとって高すぎると感じずに「自然」なものと感じるだろうか？　労働者が、とりわけ不況期などに、賃金＝労働力商品価格の切り下げに直面したとき、自分の労賃を「自然」なものと考え、安すぎるとは感じないのだろうか？
　「それ（商品……引）への服従は、人間にとっては、社会的な自然法則と観念され、服従という意識は生じません」という状態は、資本主義が順調な局面にあり、商品売買を行っている人々の経済生活に、それほど矛盾が深まっていない時期の大雑把な傾向としか捉えられないのである。

b　商品と私有制

　人々の大多数＝労働者が商品交換を通じて生活資料を得ることに、ことあるごとに、強弱様々な引っ掛かり、不満を感じ、商品交換を「自然」なものとは受容し難くなってゆくことは、冒頭に上げた「第二の面」に関係してゆく。
　すなわち、もし、生産材にせよ消費材にせよ、人々が、それを対価支払いなしに取っていっても罰せられたり非難されたりすることがない場合に、そうであっても、人々は、商品売買への服従を「自然法則への順応」と捉えて、対価を払い続けるだろうか？という問題である。――もちろん、そんなことはない。
　商品交換は、双方が、商品の私的（＝排他的）所有者として交互に相手を認め合う売り手と買い手が存在し、より高く売ろうとする売り手と、よりやすく買おうとする買い手とが「意識的」な無数のせめぎ合い、駆け引きを行い、結果として社会全体でみれば等価交換に向かう関係である。したがって「私有財産所有者として認め合う」意志的・法的関係＝私有制が前提となる。この私有制は、社会的敵対と親密な所有制なので、普通は、国家権力による侵害者の処罰を背後に持つことで防衛されている。すなわち、商品所有者として認め合うことは、誰もが「自然法則のように」受け入れる関係ではない。反対に、人々が、対価を払うことなしにも財貨を自分のものにできるならば、「自然法則のように」商品経済に従うことなどありえないのである。

　この関係を、マルクスは、『資本論』の「第一編　商品と貨幣」の「第二章　交換過程」冒頭で的確に述べている。

「……したがって、ある一人は、他人の同意をもってのみ、したがって各人は、ただ両者に共通な意志行為によってのみ、自身の商品を譲渡して他人の商品を取得する。したがって、かれらは交互に私有財産所有者として、認め合わなければならぬ。契約という形態をとるこの法関係は、適法的なものとして進行するかどうかは別として、一つの意志関係である。この関係に経済的関係が反映されている。この法関係または意志関係の内容は、経済的関係そのものによって与えられている」（『資本論』向坂版P111）

　この内容は（3）でもう一度検討するが、ここでは次の側面を読み取っておきたい。

　商品交換は「交互に私有財産所有者として認め合」う双方の「両者に共通な意志行為」として実現される。この両者の関係を、マルクスは「契約という……法関係」と述べている。マルクスは、誤解を生まないように、この「法関係」について「適法的なものとして進行するかどうかは別として、一つの意志関係である」と加えている。もしかすると“適法的ではない法関係とは一体何者？”と首をひねる読者も居るかもしれない。これは、次の（3）の項で対象としている上部構造の二つの領域（次元・側面）＝「政治的上部構造」「法律的上部構造」のうちの後者に当たっている。国法を中心とする成文法への適法的なものとは、「政治的上部構造」そのものか、それに密接に関係する「国家」的領域である（＝国家権力と住民との関係の側面）。それに対して、マルクスがここで上げている意志関係＝法関係とは、主として、「法律的上部構造」の領域で、自然法、慣習法など社会生活を構成する人々の間の取り決め、慣習など、いわゆる「社会」領域を指している（＝直接の経済的関係を除いた住民の間の相互関係全体）。これらは、国法に対して、適法的なものもあればそうでないものもある。したがって、マルクスが後者を指して「この法関係は、適法的なものとして進行するかどうかは別として」と述べていることは、別に形容矛盾ではなく、前者の「法関係」が法律的上部構造領域を、後者の「適法」の「法」が政治的上部構造の国法関係などを意味するという違いからでているものである。
　詳しくは、次の（3）で扱いたいが、マルクスは、この「法関係」を、適法的な場合もそうでない場合もあるという性格付けているように、「適法的」＝政治的上部構造領域よりも広い意志関係の領域を意味するものとしている。マルクスは、これを「この法関係または意志関係」と呼んでいる。
　すなわち、ここで、マルクスは、適法的領域＝政治的上部構造よりも広い「意志関係」の存在を前提としているのである。
　そして、マルクスは、この意志関係（＝「両者に共通な意志行為」「契約という形態を取るこの法関係」）を商品交換の前提と捉え、『資本論』の「交換過程」の冒頭で、そのことを明言している。
　マルクスがここで述べているのは、商品経済と関係する面での私有制の最も基礎的な規定である。私有制とは、「私有財産不可侵」という国法規定に還元されるものではない。私有制は、“交互に私有財産所有者として認め合う法的＝意志的関係”を基本内容とする。すなわち、排他的な所有権の相互承認である。住民が相互に（従って、無数の相互関係として。数学的には「組み合わせ」の数まで）この相互排他的な所有権承認の内容を形成していることが、私有制を意味する。
　私有制は排他的所有なので、社会的敵対の条件を持っている。
　ただし、特定の条件下では、住民の相互関係（法律的上部構造）だけでも、これを維持できる。全住民が大体平等で、所有の格差が再生産される条件が弱い場合である。封建制の解体期で、マルクスが「自己労働に基づく私有」として描いた自営農の状態は、これに接近したものと言える。
　しかし、私有制は、商品経済・資本主義経済と相即的で、私有制の相互排他性は、大多数の生産者を自然的生産手段（＝大地）から排他的に分離する役割を果たし、少数の有産者と他の多数者との格差・社会的敵対を系統的に再生産する。そのため、一般の時期には、少数の有産者・支配階級と他の多数者との対立をもつ私有制を防衛するために、二つの領域＝(1)住民相互の間での（適法的なものとして進行するかどうかは別としての）相互の意志関係（慣習法、自然法など）と、(2)社会から独立した暴力装置＝国家権力との双方の要素を必要とする。
　(2)では、他人の私有財産侵害が処罰されることによって、(1)では、他人の私有財産侵害が社会的信用を失い、以後、社会的不利益を蒙るなどの理由で、それぞれ、自分の私有権だけではなく他人の私有財産を承認することが動機づけられる。
　私有制は、このように意志関係によって存立する。そして、この意志関係＝法関係が、商品交換の条件である。
　したがって、（少なくとも「意志」「意識」を、この語義で使用する限り）商品交換は、「無意識的・本能的」ではなく、根本的な意味で（＝社会的構造と意志との基本関係を表現する上での意味として）「意志的」「法的」関係である。
　この「意志」関係は、確かに多くの人々にとって「無意識的」に繰り返されている。
　しかし、それは習慣化から来るもので、意志的な性格を否定するものではない。
　たとえば、多くの国家官僚は、実務や細々とした政治的駆け引きの繰り返しを習慣化させていて、国家支配の一翼を意志的にになっているとか、資本家の利益を表現していることなどへの意識を希薄にしている者が少なくないだろうが、だからといって、かれらが国策への寄与を「無意識的、本能的行為」として行っているというわけにはいかない。そして、そうであるが故に、国家支配の矛盾が深まったり亀裂が起こったりした際には、かれらは（立場を変えたり放棄したりする部分を除き）それまでの連続延長上に、国家防衛などを「意識的」に遂行することになる。
　これは、先に触れた、商品をめぐる矛盾が深まれば、商品をめぐる（肯定、否定の）自覚が形成される構造と同一である。

　榎原氏は、「商品からの貨幣の生成は、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為」という表現を一番多く使っているが、マルクスから離れてより一般化した記述として「商品……への服従は……服従という意識を生じません」とも書いている。榎原氏は、前者の表現では、価値形態論研究との関係で「商品からの貨幣生成」の面を重点的にとり出しているが、ここでは、この表現を、商品経済の一般化の面で理解すれば良いと思う。商品経済は諸商品の王＝貨幣を生成することによって、普及または普遍化するからである。
　しかし、先に見たように、商品交換は、住民が交互に私有財産所有者として認め合う法的＝意志的関係と相即的に実現し発展する。したがって、この過程を「無意識のうちでの本能的共同行為」「服従という意識は生じ」ないものと一般的に特徴づけ規定することは、妥当ではない、と私は考える。

　実際の歴史過程では、商品経済が普遍化するのは、多くの労働者が、生産手段から暴力的に分離されて（＝私有制によって生産手段から切り離されて）無一文になり、その結果、生活のため資本家との間で商品交換（＝労働力の売買）を行わざるをえない社会条件に置かれたためである。労働者が自然的生産手段（＝土地）から分離されたこと、私有制がその社会関係の表現であること……多数の労働者が商品に「服従」せざるをえなかった歴史上の糸口がここにある。人々は、商品の支配を「自然法則」のように「無意識」「本能的」に受け入れてきたわけではない。

c　まとめ

　人々が商品に服従するのは、第一に、必要な材（生産材であれ消費材であれ、その入手手段＝貨幣・通貨であれ）を得るために、商品交換が唯一の方法であるか、あるいは、それが最も容易で効率的である、という経済生活上の理由であり、第二に、対価なしに奪い取ることが人々の間の慣習・ルールなどに反し、今後の商品取引が困難になって不利益を被ったり（たとえば社会的信用を喪失し、その後、欲する財貨を入手できなくなるなど）、政治権力によって罰せられたりするためである。
　人は、他の選択がないとき、あるいはを思いつかないときには、ある範囲までは、服従を意識から排除する（あきらめて自然のものとして受け入れる）傾向がある。しかし、これは、無意識かどうかとは別のことである。また、この同じ意味では、人の歴史は、支配者、「目上」の者、富裕者などへの人的な「服従」を自然のとして「無意識」的に受け入れる事例で満ちている。

　榎原氏との間の大きい一論点は次のところにあると思う。
　人は、対象の性格＝法則を充分把握しないうちは、その対象が矛盾を深めていないならば、自然なものとして（普遍的なもの、歴史貫通的なものとして）受けいれることが多い。
　国家支配の矛盾が拡大していない時期に、国家の本質を解明・理解していないならば、人々は、国家を「自然」なものと受け入れ、「公共性」「理性」等々と理解し「服従」という意識は生じない。教育や家族などについても同様なことが言える。こうしたものと、榎原氏が、「商品への……服従という意識は生じません」と述べていることとの間に、本質的な違いがあるのかどうかの論点である。
　経済領域か、政治領域、社会領域化の違いはあっても、服従の自覚をめぐる根本条件・性格の点では、わたしは、これらの間に本質的な違いはないと考えている。
　なお、榎原氏の見解からは、私の上述の主張について、経済的土台と所有制との関係、商品価格と剰余価値生産との関係のさせ方、本源的蓄積の扱い方など、多くの点に異論がでるのではないかと考えられる。私は、榎原氏の見解把握を含めて、これらの掘り下げを更に進めたい。

　――以上のように、商品交換は、二つの面で、すなわち、(1)商品価格をめぐる経済的側面と、(2)所有不可侵という上部構造的側面との、いずれの側面でも、人々を、無意識的に従わせているものではない。そういう場合も少なくないだろうが、また、そうでない場合もいくらもある。それを、「物象化」なので、服従の意識はありえない、と一般化することは事実と合致しないとわたしは考えている。

(3)「意識」「意志」と「無意識」「本能的」との二律背反的な対置

　はじめに、「無意識」と「本能」との関係をめぐって。
　榎原氏は、「商品からの貨幣の生成」を「無意識のうちでの本能的共同行為」と述べ、「……それは無意識のうちに行われる身体の本能的行為と同じレベルの本能的な社会的行為となります」（「新しい社会運動の原理」の「無意識のうちでの本能的共同行為」）と述べている。
　しかし、社会的行為のほとんどは、習慣やその他の理由で無自覚に行われているものであっても、生物学的な「本能」とは異なるものである。
　私が、何かを食べたため唾液が出たり、目の前に急に手を出されて思わず目を閉じたり、熱いものに触れて考える前に手を引っ込めていたり、心臓のある左側を自覚せずにかばっていたりすることは本能的な無意識的行為であろう。それに対して、私の勤務の一つに建物中の窓の鍵がロックされているかどうかを確認する作業があるが、これは極めて単純で習慣化しているので、大抵は、何か別のことを考えながら無意識的に行っている。あるいは、この文をパソコンで打っている時、どのように指を動かすかについては無意識的である（「綱領」と打つとき「kouryou」とローマ字を打っていることは無意識で、いま、自覚してこのアルファベットを一つ一つ並べようとするとかなり苦労するし、これで良かったのかどうか自信すら持てないほどである）だが、にもかかわらず、これらは本能的行動とは別物であり、これは習慣・学習の所産である。また、多くの動物は他の動物を攻撃する動作に本能的な型をもつものが多いが、人が格技で、トレーニングによって、意識せずにフェイントをかけながら攻撃するときには、無意識ではあっても本能的な動きではない……等々。
　榎原氏は、上述の厳密な＝生物学的な意味で貨幣生成を「本能的」と言っているのではないとは思うが、榎原綱領にとってこれほど重要な部分に「本能的」という用語を繰り返し使うことは納得できないところである。

　「本能的」という規定には賛成できないが、榎原氏が「無意識」と「本能」とを結びつけて使用したため、榎原氏が使う「無意識」の意味を理解しやすくはなっている。「本能的」を比喩的なものと読み込むならば、「無意識のうちでの……行為」が意味するものは、医学的な意識喪失状態ではなく、（a）自覚のない行動であること、（b）にもかかわらず（多くの本能的行動のように）何らかの合目的的な意味を持つ行為であること――と捉えてよいと思われる。
　ただし、「本能的行為」の場合は、本能的行為と非本能的行為との間には、かなりはっきりした分界線がある。「本能的行為」は、後天的な学習なしに身についているものか、あるいは少なくとも、後天的学習が補助的にすぎないと考えられるもの（親が《やはり本能的行為として》子に餌の取り方を教えるものなど）だからである。それに対して、後天的な学習に基づく行為は、たとえ習慣化したものであっても、本能とは区別される。そして、後天的な学習・習慣などに基づく「無意識」＝無自覚は、「意識」と「無意識」との境界線・区分の点で、「本能的」・「非本能的」の明瞭な区分のようには単純にはいかない。

　「無意識のうちでの……行為」といわれるものは、「本能的」行為を除けば、次の二つが主なものと思われる。
　すなわち、
　(1)習慣化などにより自覚しないで行える行為。あるいは自覚しないで（ついうっかり）行うことなど（無自覚）。
　(2)対象の法則を（その行為の目的にとって必要な範囲を）科学的・法則的に解明していないために、意図したこととは別の作用が「無意識」の内に生まれること。たとえば、相手の人間によかれと思って行ったことが「無意識」の内に相手を傷付けていた……という場合などである。これは、〇〇闘争の勝利のために活動したが、闘争内容を正しく把握していなかったために「無意識」の内に闘争妨害の役割を果たしてしまった、ということも同じことになる（理解欠如、無理解）。
　――こうしたものであろう。
　この(1)(2)のうちで、「国家権力の意志」など、「意志」的、「意識」的なものとの対比で、特定の性格を意味するのは(1)だけである。
　後に触れるが、(2)は、対象の法則を（必要な範囲で）正しく認識していない場合の全てを意味するので、これは、「意志」的なものの対置にはならない。国家権力の意志であれ個人の意志であれ、その多くは、この意味で、対象の理解に到達せずに行われる「無意識」的な行為で満ち溢れているからである。榎原氏は、「無意識のうちでの……行為」と「国家権力の意志」との対置に重大な意味を持たせようとしているのだから、(2)の一般論的な領域は、とりあえず除外される。
　したがって、「意識」―「無意識」の対置から何者か引き出そうとすると(1)の領域しか残らないように思われる。――なお、(1)の習慣的行為などは、(2)の意味では「意識」的な場合も「無意識」的な場合もある。たとえば、私が、このワープロで、どのアルファベットキーを打っているのかは「無意識」であるにもかかわらず、キーを打って、打ちたい和文文字を打ち出している場合は、必要な法則を理解・利用して意図する目的を（無自覚的な習慣のうちに）実現しているので、(2)の意味での「無意識」（＝意図しない結果をもたらすこと）ではないことになる。しかし、無意識的な習慣が「無意識」のうちに意図に反する作用を産み出していることなども、もちろん珍しくない。たとえば、健康に良いと思って食べているうちに習慣になった食物が実は身体に良くなかった場合など。この場合は「無意識」のうちに意図しない行為を行っていたことになる。
　(2)の意味を除外して、(1)の意味で「意識」―「無意識」の対置を考えると、残るものは、行為についての自覚＝自己認識の度合い（またはそれを中心とするものに）ということになる。
　しかし、この意味では、「無意識」と「意識」とは、対立する存在ではなく、量的な程度の違いを示すにすぎない。
　たとえば、習慣化した行為は、多く、無自覚―無意識のうちに行われるが、しかし、これは、自覚し意識して行っても、その行為の質的な性格は変化しない。すなわち、この意味での「無意識」をとりだしても、特定の独立した意味（例えば「意志」との対立）を取り出すことができない。
　この意味での「無意識」＝「無自覚」は、弱い「意識」＝弱い「自覚」という以上の性格をでない。そのため、ここから、「無意識」の特別の意味を、すなわち、「意志」（国家権力の意志）と対置される独立した意味を引き出すことは困難だと思われる。

　「無意識のうちでの……行為」「本能的共同行為」ということに独自の特別の意味をもたせて、「意志」「国家権力の意志」との対置を試みている榎原氏の論理は、上述の理由で、かなり弱いものに思われる。
　そのこともあってか、榎原氏は、先に(2)としてあげた「無意識」を補強に使っているように見える
　榎原氏は、「緊急の課題」の【テーゼ】の【解説】の（3）で「商品・貨幣関係の廃絶の展望は、それらがどのように成立しているかを解くことから導かれてくる」として、商品・貨幣関係の説明に入っている。この設定は正当である。
　しかし、この（3）は、次のように締めくくられている。
　「……貨幣生成の共同行為は、なるほど商品所有者たちの意志行為であるものの、商品という物象に意志を支配された行為であり、社会的本能にもとづく行為であって、自由な人格間の意志行為ではありえない。だから当事者たちにとってこの共同行為は、無意識のうちになされているのであり、それゆえ彼らの意識にあっては、貨幣がすでに存在しているから自分たちの商品に価格をつけていると観念されていて、自分たちの共同行為が貨幣を生成させているという現実は意識されはしない」
　ここでは、商品・貨幣にかかわる行為が、(1)の意味での「意識的」「自覚的」行為でありうることを認めた上で、しかし、(2)の意味で、対象の理解欠如、誤った認識から来る「無意識」（＝「現実は意識されはしない」）であることが述べられている。
　この限りで、この記述は誤っていない。――しかし、先の理由で、この規定からは、「無意識」と「意識」とをめぐる特定の性格を導くことはできない。したがって、商品・貨幣の廃絶をめぐる特定の方向を根拠づけることもできない。
　この意味であれば、「……という現実は意識されはしない」という「現実」を意識＝理解することから一切が始まる。その理解内容として、「意志」がどのような位置をもつのか、「国家権力の意志」はどうか、などの評価が獲得されるが、それは、「理解」（＝意識的理解、理解への意志等の所産）の一つ先の段階である。まず理解のための「意志」「意識」こそが必要になる。したがって、「無意識」なので「意識」「意志」によってはあつかえない、という論理関係は、ここからはでてこない。
　この面からも、「無意識」と「意志」とを二律背反的に対立させて捉えることは、妥当ではなく、積極的でもないと考えるのである。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2396 times

榎原綱領（案）の検討 その2

第2回分以降への「はじめに」

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前回の要旨