伊藤　一

【以下の論文で、批判的に分析している榎原綱領とは、「社会運動の綱領草案（骨21世紀の子）」のことであり、それは、以下のような目次構成になっています。「はじめに　今何故綱領か」「（A）信用資本主義の成立」「（B）世界の三層分化」「（C）新しい社会運動」「（D）協同思想にもとづく運動と組織」「（E）伝統的な共産主義運動を超えて」。「子）」は、Office Ebara 榎原均のホームページに公開21世紀の社会運動の綱領草案（骨されています。また、榎原さんのサイトの「綱領草案（骨子）と解説について」によると、その解説を1年ぐらいかけて行うとのことです。そのかわり「解説の役割を果せる既成の文書」がいくつも紹介されています。そうした分書類もまた以下の批判的検討の対象となっています。あわせてご参照下さい。また、榎原さんからの反論MAILを心から期待しております。　津村洋】

はじめに
（一）廃絶の対象＝「商品、貨幣、資本」
　（1）資本の廃絶は問題とするに当たらない
　　商品・貨幣廃絶への実践的展望が焦点――榎原綱領のこの捉え方は妥当か？
　（2）スターリン派による資本廃絶と商品、貨幣（価値法則）との切り離し
　（3）伝統的左翼との論点、および榎原綱領との論点
……（以上、今36号分）……
（二）ソ連で商品・貨幣を廃絶できなかった根拠――商品の意志支配は「無意識」的なので意識で廃絶できない？
　（1）榎原見解のアウト・ラインと、それへの評価概要
　（2）他人への服従は意識的、商品への服従は無意識的・本能的という規定は正しいのか？
　　(1)、商品、貨幣をめぐる榎原命題と『資本論』・価値形態論
　　(2)　人的服従と商品への服従――服従は意識されるかどうか？
　　　イ、他人への服従――意識的なものと無意識的なもの
　　　ロ、商品への服従が無意識的とは限らない
　　(3)「意識」と「無意識」「本能的」との絶対的な対置
　（3）無意識的な支配―服従を意識で廃絶することは出来ない――榎原綱領の「社会革命」領域を位置づける土台
　　(1)無意識的な支配―服従を意識で廃絶することは出来ない――榎原綱領の「社会革命」領域を位置づける土台
　　(2)、二つの領域――「意識」「無意識」か、「政治的上部構造」「法律的上部構造」か？
　（4）「資本廃絶」と「商品・貨幣廃絶」28――「国家権力の意志」が出来るもの出来ないものの違いはなぜ生まれるのか？
（三）意識でもって統制できないもの、「すなわち」政治権力の遺志で統制できないもの＝商品・貨幣廃絶の展望とは？
　（1）「国家権力の意志」と「社会革命」
　　(1)社会革命による「国家権力の脱力」
　（2）榎原綱領の「社会革命の戦術」
　　（α）信用をめぐって
　　（β）消費の選択による剰余価値の無化
　　（γ）資本に雇用されない「もう一つの働き方」

はじめに

1

　榎原綱領は、生協運動を特別に強調する綱領として、左翼陣営の一定部分などに知られている。生協運動の強調、あるいは権力問題に対する「社会革命」の強調が榎原綱領の大きい特徴となっている。
　榎原氏は、共産主義者同盟（RG《＝エル・ゲー》）（いわゆる『赤報』派）の代表的な指導者・イデオローグで、『赤報』派は、80年代まで、ブント内で赤軍派とともに「革命戦争派」の一方を自称する勢力であった。そのため、生協運動を強調する榎原綱領は、極端な軍事路線から対極への飛躍・転換として注目された面もある。榎原氏自身も、この総括に触れている。この面も重要な一面である。
　しかし、いずれにしても、中心問題は、榎原氏が強調する生協運動・社会革命が、従来の共産主義運動の限界をこえる展望を切り拓いているのかどうかにある。
　なぜなら、第一に、ソ連・東欧諸国崩壊を克服しなければならない課題を背負っている共産主義運動にとって、「社会革命」は、焦点を当て位置づけ直すことを必要とする一核心問題だからである。そして第二に、こうした背景もあって、「社会革命」を重視する様々な思想的・実践的試みが提出されているのだが、その多くは「社会革命」強調の結果、国家権力問題を不当に後景化するなどの別の根本欠陥を伴い、共産主義運動再構築の展望を切り拓くものとはなっていないためである。
　「社会革命」と「権力問題」とを、どちらも重要とした上で、ただしどちらも一面的に強調し過ぎてはならない――という論理で、すなわち双方のバランスを重視する立場を宣言することで、この問題を解決済みとすることは出来ない。そして、このような「解決」であれば、スターリン派が折衷主義的におこなってきたことでもある。
　榎原綱領が、こうした限界を超える展望を全面的に、または部分的に切り拓いているのかどうかを検討することは、榎原綱領検討に際しての根本的な課題であった。――以下、こうした観点から榎原綱領の検討を試みた。

2

　榎原綱領は次のような骨格で社会革命を根拠付けようとしている。
　第一に、榎原綱領は、ソ連の経験について、資本は廃絶できたが、賞品・貨幣を廃絶できなかったと総括し、ここから、商品・貨幣廃絶の方策を打ち立てることが現在の課題であると捉えている。
　第二に、榎原氏は、従来の研究者が『資本論』の価値形態論の意味を正しく捉えることが出来なかったが、榎原氏は「商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為によるということを、マルクスは言いたかったのだということがわか」ったと総括している。なお、従来の研究者がこのことを捉えられなかった理由として、榎原氏は、かれらが「科学知」の方法に立ち「文化知」の方法に立っていなかったからであると述べている。
　第三に、人による他人の意志支配は意識されるが、商品・貨幣による意志支配は「無意識」「本能的」であるということを解明した榎原氏は、その上で、「無意識」「本能的」なものを「意志」「意識」によって統制・廃絶することは出来ない、したがって、それを「国家権力の意志」によって統制・廃絶できない、という論理を立て、このことをもって、ソ連が、国家の意思で商品・貨幣を廃絶できなかった根拠とする。
　第四に、榎原氏は、ブルジョア国家権力打倒の以前から「社会革命」を推進できる根拠として「……今日では明確に、資本主義社会の胎内で、次世代の生産様式が生み出され、かつ発展していける」（P11）ことを上げ、「資本に雇用されない『もう一つの働き方』をつくりだし、これを拡大していくことで、資本による剰余価値の生産の領域を狭めていくことが可能となった」あるいは「……労働者、農民、市民が消費の選択をすることで、資本による剰余価値の実現を無化することが可能となった」と主張する。――こうして、生協運動は、資本主義の中で、資本と競争紙、それに打ち克ってゆく可能性を与えられた「次世代の生産様式」であると位置づけられ、従来の「権力奪取」にかわる位置に置かれるものとなっている。
　なお、第五に上げるとすれば、生態系を素晴らしいものとして資本の運動と対置する環境問題提起がある。
　――以上が、私が捉えた榎原綱領の骨格である。

3

　榎原綱領は、生協運動についての各論ではない。
　榎原氏は、マルクス『資本論』の解釈・摂取を根幹にすえて、ソ連など伝統的共産主義運動の限界を克服する社会革命の展望を、綱領として提起したものである。しかも、榎原氏は、正当にも理論上の厳格さを失うべきではないと述べている。
　従って、榎原綱領の検討は、第一に、この綱領が、共産主義運動を的確に総括し、従来の限界を超えて共産主義運動再構築を展望できる内容となっているのかどうかの基礎的なところから評価を明らかにすることを必要とする。
　ただし、第二に、上述の正当性がどこまでのものであるのかの評価とは相対的に別個な各論的領域として、榎原氏が強調する生協運動をめぐるより具体的・実践的な領域も検討課題として存在する。ただし、榎原綱領も、この領域に具体的に踏み込んでいないこともあり、今回はこの領域を掘り下げてはいない。
　前者の基礎領域を中心に榎原綱領をみるとき、先の骨子を概括するだけでも、かなり多くの疑問が噴出する。
　第一に、ソ連では資本は廃絶されたが商品・貨幣は残った、というように両者を切り離すことが出来るのかどうかである？　榎原氏のこの規定によれば、商品・貨幣が残っているが資本は廃絶された後の生産の性格は一体、何になるのか？　商品、貨幣経済での生産である以上、何らかの商品生産に他ならないはずだが、多くの労働者の雇用による工業生産が商品生産として行われているもので、資本制生産ではないものとは一体何なのか？
　第二に、人による支配は意識され、商品による支配は意識されない、という機械的区分など出来るのかどうか？
　第三に、仮に商品・貨幣の意思支配が「無意識」「本能的」というテーゼを受入れたとしても、「無意識」「本能的」なので意識・意思によっては統制・廃絶できない、という理由がどこから出てくるのか？
　第四に、「……今日では明確に、資本主義社会の胎内で、次世代の生産様式が生み出され、かつ発展していける」という規定がいきなり出てくるが、『資本論』を重視する榎原氏の認識と、この規定とは、一体どのように整合するのか？
　――このように、ザット見ただけでも、榎原綱領に対しては疑問が噴出する。
　そして、榎原綱領は「資本家的生産とそれにもとづく市場経済を変革しようとすれば、従来からも主張されてきた、政治権力を奪取して資本家階級の生産手段を収奪する、という方法の他に、もう一つ、資本家の下に働きに行かない、という「もう一つの働き方」をつくり出す方法があることがわかる」（11）というように、権力問題と「社会革命」とを真っ向から対立させている。こうした“二つの方法”なるものが存在するの打ろうか？　これも大きい疑問である。

4

　今回、榎原綱領を検討対象とした政治的な位置はこの「はじめに」の「1」で簡単に述べた。しかし、今回検討するきっかけは、コム・未来の「プログラム論議」の方針検討過程で榎原綱領の名前もでていたこと、より直接には、ワーカーズ・ネットワークの阿部氏が、プリントアウトしたものを渡してくれたことである。一読した阿部氏の、口頭ではあるが概括的な評価とともに受け取ったことが、検討を促進させられることにもなり、感謝している。
　「1」で触れたように、榎原綱領だけに特別の位置を置いて検討を行ったということではなく、「社会革命」を重視する様々な思想・綱領を検討する一環として、今回榎原綱領を対象としている。このことは、榎原綱領がもつ正反いずれであれ独自の位置を否定するものではないが、同時に、榎原綱領の「社会革命」への検討が、他の思想・綱領検討のための積極的な蓄積になるのではないかという見込みともつながっている。

（一）廃絶の対象＝「商品、貨幣、資本」

（1）資本の廃絶は問題とするに当たらない
　商品・貨幣廃絶への実践的展望が焦点――榎原綱領のこの捉え方は妥当か？

　　榎原氏は、経済領域での廃絶の対象を「商品、貨幣、資本」とした上で、「資本関係の廃絶は歴史上の経験があると答えるだけで良い」（6）が、「ソ連社会主義は、商品、貨幣を国家権力の意志行為でもって廃絶しようとしていた……（という）……背理をおかし」（9）商品、貨幣廃絶に失敗したと総括する。
　榎原氏は次のようにいう。
　「資本関係の方はどうするのか？という質問があるかもしれない。これについては、資本関係の廃絶は歴史上の経験があると答えるだけでよい。今日世界の資本関係がいまだ存続しているのは、その廃絶の実践的展望があきらかではないからではなくて、さらに進んで商品・貨幣関係の廃絶の実践的展望が不明なために、革命運動が自然成長的に得ている力を社会革命の力へと転じることができていない、ということによっているのだから」（解説4、p6）
　このように、榎原綱領は、資本の廃絶と、商品・貨幣の廃絶との両者を区分・対置して、前者は解決済み、後者に問題の焦点がある――という見解を取る。
　この対置は妥当なのだろうか？
　確かに、「歴史上の経験」である旧ソ連などを見ると、資本が収奪されて国有化され、国有生産手段を中心に生産力が増大した。他方、貨幣が残り、当然、貨幣による売買や蓄蔵が存在した。したがって、これを表面的に見れば、資本は収奪され廃絶されたが、商品、貨幣は廃絶されるまでには進まなかった（したがって、「資本」ではなく「商品、貨幣」が問題になる）――と見えないことはない。
　しかし、ソ連に貨幣・通貨が流通し商品経済が存在していたことは、その生産がもつ性格の反映であり表現であった。すなわち、商品生産の反映である。決して、貨幣・商品が、（「資本の廃絶」の後に）生産の土台をもたずに、宙に浮いて存在していたわけではない。ところで、多くの労働者を雇いいれて工業生産をおこなう商品生産の基本性格は資本制生産に他ならない。
　榎原氏は、マルクスが『資本論』などで性格づけた意味での商品・貨幣を、ソ連では廃絶できなかった、と正当にも指摘する。――しかし、そうであれば、次の諸点への評価まで明らかにする必要があるはずである。すなわち、ソ連の国営企業から労働者に給与として支払われたルーブル通貨は、（マルクスが規定した性格での）貨幣（通貨）なのかどうか、あるいは、この国営企業などの生産物は商品であったのかどうか、等々である。
　私は、榎原氏が、ソ連では商品・貨幣廃絶不可能であったと捉えながら、そこでの給与を「貨幣ではなかった」または「本来の貨幣ではなかった」と見なすことは不可能ではないかと考えている（もし「本来の貨幣ではない」のであれば、独自の説明が必要であり、その場合に、ソ連では貨幣廃絶が不可能という評価自体が危うくなる）。同様に、商品廃絶が不可能であったと捉えながら、国営企業などの生産物を商品ではないと見なすことも不可能ではないかと考えている。――そして、そうであれば、労働者に給与として支払われた貨幣（通貨）が、何を対価に支払われたのかが直ちに問題になる。これは(1)労働力商品の買い入れの対価なのか？　(2)そうでないのか、のどちらかになる。この場合も、(2)と捉えることができるとは思えない。
　だが、そうだとすると、労働力商品を買い入れて生産し、商品として生産物を売却するソ連の生産を（典型的なものではないとしても）資本（の一種）ではないと規定することが妥当であるだろうか？
　榎原氏が、ソ連にのこった商品・貨幣の性格を『資本論』価値形態論に基づいて分析するなどマルクス主義的に捉えようとすればするほど、「資本は廃絶された」という評価との背理を拡大せざるをえない、と私には見えるのである。

　ソ連の商品・貨幣については多くの論者によって様々な見解が述べられてきた。左翼陣営での論議の多くは、それらが、資本主義の商品・貨幣とは本質的に違うものとする見解をとった。、ソ連の「貨幣」は分配のための単なる尺度にすぎない（？）などの見解も少なくなかった。ブハーリンは、『転形期の経済』の中で、プロレタリア国家の労賃を、資本主義経済での労働力の販売価格とは異なる「擬制賃金」であると述べ、それに対してレーニンは、「正しい！　ただし内容を展開すること」と評注をつけている。このレーニンの評注は、まだ展開がないことも物語っているが、しかし、資本主義的労賃とは違う何者かが存在するという見解のよりどころの一つになった。資本主義的労賃とは異なる労賃が存在するということは、そこで支払われる通貨が、資本主義的な貨幣・通貨とは異なることを意味するのはいうまでもない。
　もし、ソ連の貨幣―労賃について、それが資本主義的な貨幣―労賃と異質なものであるならば、“ソ連での労働は資本主義的賃金労働ではなく、したがって、その労働による生産も資本主義的生産ではなかったが、しかし、貨幣・商品は存在した”とソ連の経験を捉えることも出来る。
　――しかし、マルクスが『ゴータ綱領批判』で述べた商品価値を生み出す資本主義的労働と、共産主義第一段階の労働証書制との対比や、エンゲルスが『反デューリング論』の「分配」の章で述べている“「コミューン経済」”と、“通貨流通によって通貨蓄蔵や貸借が必然的に発生し「コミューン」が看板に過ぎなくなった社会”との対比に基づくならば、資本主義的な貨幣・通貨流通―労賃制と、共産主義的な共有制に基づく労働との間に、中間的な制度が存在しえないことは明らかである。
　労働証書は、各労働者が社会に与えた労働量を示す証書であって無人格ではない。したがって、悪用しない限りは、他人の労働で所得を得ることは出来ない。それに対して、「労働証書」の外観をまとったものであれ、その他のものであれ、それが「労働貨幣」などと名乗りながらも無人格な通貨量として流通を始めれば、貨幣は、エンゲルスが強調したように、「悪用」ではなく、それ自身の本性によって、貨幣蓄蔵も貸借による利子も生み、
他人の労働で所得を得る不労所得・有産者を形成し、銀行家を生みだし、彼らの所有物にコミューンを変質させ、コミューンを名目だけのものにしてしまう。エンゲルスは、貨幣がこのような働きをすることを禁じることは、法律で、1+1が2になることを禁じるようなもので、無意味であると述べている。
　通貨が流通する限り、それを共産主義的共有生産と捉えることは出来ない。その通貨や労賃を資本主義下でのものと本質的に違う何者か――と規定することは出来ない。
　ソ連の労賃支払いによる労働・通貨流通は、その生産が、特殊なものではあっても資本主義の一種であったことの表現に他ならなかった。
　しかし、左翼陣営の多くの論者が、ソ連の貨幣・労賃を、資本主義的なものとは違う何者かと捉えようとしたことには、それなりの事情があった。
　先に、『反デューリング論』で、通貨流通がある限り、コミューン経済は不可避的に解体する、貨幣がこのような働きをすることを法律で禁じることはできない、というエンゲルスの主張を簡単に紹介した。この内容をすなおに受け取ると、「資本主義的な貨幣・通貨があるならば、その社会が非資本主義的『コミューン』ではなく、不可避的に資本主義的に成長する社会である」とも理解できる。そのため、もし、この前提から見た場合に、ソ連に、（資本主義的な）通貨・貨幣が存在することを承認してしまうと、ソ連が社会主義ではなく資本主義であると認めなければならないことになる、あるいは、その社会は、社会主義に発展する展望を持たず不可避的に資本主義国家に成長する社会であることを承認しなければならないことになる……ということにもなりかねない。ソ連＝「国家資本主義」論者（ソ連＝ブルジョア国家論者）を別にすると、左翼陣営の論者の多くは、ソ連の様々な歪みを認めた論者も含めて、ソ連を、ブルジョア国家とは異質な社会と捉えた。また、資本主義への後戻りを必然とする社会（そのかぎりで、革命の意義はなかった社会）と捉えることには賛成できなかった。これらの論者の多くは、こうした捉え方はロシア革命―ソ連邦の経験への清算主義的な切り捨てであると警戒した――こうした立場が、労働証書ではないが、しかし、資本主義的な貨幣・労賃とも違うものとして、ソ連の通貨・労賃を性格付けようとする動機の大きい部分を占めたことは間違いない。
　しかし、マルクスが、商品価値法則克服のために、労働証書制的な労働を必要とすると述べたこと、同じ意味だが、エンゲルスが、通貨流通のあるコミューンは看板にすぎないと述べたこと――これらは、共産主義社会への生産関係変革の基本的基準を述べたものである。すなわち、どこに到達しなければならないのかの「目標」の性格を明記している。しかし、その「目標」にいたる変革過程（＝すなわち、まだ変革が達成されていない過程）に言及したものではない。繰り返しになるが、「変革過程」とは、まだ変革が終了していず、変革して実現すべきものが達成されていない段階を意味している。変革過程＝過渡期を、社会主義（共産主義）社会が半ば成立している社会と捉える従来支配的であった理解は、マルクスがプロレタリア独裁を「政治上の過渡」と読んだ語義的な意味と合致していない。しかし、この点は、従来、語義的な意味からして誤ったイメージで受け入れられてきた。――マルクス、エンゲルスは、労働が価値を発生させない共有生産手段に基づく労働に移行しない限りは商品・資本の再生産・拡大の要素を消滅させることは出来ないことを明快に証明し変革の「目標」の必要条件を描き出した。しかし、実際の変革過程は、その前段の商品・資本が存在する社会を対象とするのである。だから、もし、商品・資本があるから変革の展望もない、ということであれば、プロレタリアは、ソ連のみならず、日本を含む資本主義国家を変革する展望もないことになる。なぜなら、商品・資本の法則が現に作用しているからである。
　資本主義国家と、過渡期（プロレタリア国家）の二つの歴史段階を通じて、商品価値法則は作用し、あるいはその法則的運動はまだ死滅していない。過渡期は、商品価値法則を死滅させるための最終的な変革過程である。過渡期に商品、貨幣、労賃などが検出されることが、その社会の過渡期としての（＝プロレタリア国家としての）性格を否定することに直結するものではない。――しかし、多くの論者は、この点を捉え違えた。過渡期（プロレタリア国家）の最初の段階での、国家権力による資本の収奪によって資本を基本的に廃絶できる、という思想が支配的になったために、過渡期＝プロレタリア国家を、「非資本主義的」社会と捉える見解が左翼陣営を強力に捉えてきた。そのことと対応して、ソ連などのプロレタリア国家の経済性格に資本主義的なものを見出すことは、その社会の革命的・プロレタリア的性格を否定することになるという「常識」も、強力な形で根づいてきた。
　加えて、レーニンと、19年ボルシェビキ綱領とには、上述のレーニン評注に見られるような、ソ連の経済を「非資本主義的」な共有生産と捉える傾向が混在しており、少なくとも、そのことを自覚的に否定・批判する見解は、われわれが捉えられる範囲には現れなかった。
　しかし、マルクス、エンゲルスの時代のマルクス主義には、過渡期の国有生産を、「非資本主義的」な社会主義的・共産主義的生産と捉える思想はない。反対に、『共産党宣言』や『共産主義の原理』では、プロレタリア権力奪取後の社会の課題を、国家資本による銀行の集中と述べたり、革命後の社会を「民主主義社会」と捉えて、共産主義へのその変革を述べるなどしている。
　ソ連の国有生産手段を「資本」と捉えることへの抵抗は、資本主義を私的資本の競争を成立条件と考える前提が理由の一つになっている。
　しかし、その生産が資本主義であるかどうかを決める根本要因は、生産の主体であり人口の多数である労働者が、どのような社会関係で労働を行っているのかにある。すなわち、労働の側から、その生産の根本性格を把握してゆかなければならない。
　資本主義的労賃制の根本は、労働者が自然的生産手段から私有制によって切り離され、自分の労働力を売ることによってしか生活できない状態に置かれ、商品経済の発達によって労働力を売ることが出来る、という社会関係にある。ソ連では、国有企業の労働者は、労賃を得て生活手段を購入して生活している。これら労働者は、各職場に縛られ分業に固定されている。分行固定の点でコルホーズ農民も変わらない。これら労働者にとって、国有生産手段は、自分の所有（＝共有）ではありえない。労働者は、生産手段と切り離されているために、労働力を売らなければ生活できない存在であった。こうした社会的位置にある彼らの労働は、典型的なものではないにしても、資本（＝特殊な国家資本）の下での賃金労働である。
　ソ連では、国家資本を保守的に防衛する官僚主義的な腐敗が深化し、スターリンは、この体制の下での所得格差・差別を「社会主義と粗野な平等主義とは何の関係もない」と肯定・賛美した。反対に、プロレタリア国家は、格差・差別廃絶を自覚的に推し進めることなしには社会主義（共産主義）社会への変革を達成することは出来ない。――しかし、こうした変革を進めている「ノーマル」な過渡期であっても、労働者は、やはりまだ、無産者であり、労働力を売って生活する賃金労働者である。ただし、国家政策や社会的な諸活動を通じて、剰余価値の多くの部分を労働者に再分配し、弱者を援助するなどして平等化を進め、分業固定脱却の試みを進め、労働者住民間の敵対・不信を克服して、所有の排他的な敵対を死滅させる条件を成長させる。このことによって、過渡期の国家資本主義を、共産主義的な共有に変革することが、生産関係変革の根幹である。
　資本主義的企業の協同組合化など、生産協同組合をはじめとする協同組合の組織化は、ブルジョア国家、過渡期を問わず、資本主義を変革してゆく上での重要な役割を果たす可能性をもっている。ただし、それは、各協同組合の内部に非資本主義的生産が、すなわち「社会主義的生産様式」が成立するということではない。国有生産手段内部にも、各協同組合内部にも、社会主義的（共産主義的）生産様式が部分的に成立することは出来ない。それら協同組合は、「社会」領域を変革してゆく重要な一環として、過渡期から共産主義社会への生産関係変革を達成する上での重要な条件の役割を負っている。
　スターリン派の反マルクス主義的な誤謬の根幹は、国有生産手段を「社会主義的生産様式」と規定し、国家資本と捉えず、したがって、それを共産主義的共有へと質的変革する不可欠の課題を提出せず、その保守的防衛を「社会主義建設」の任務としたことにある。スターリン派官僚は、この国家資本の保守的防衛によって剰余価値を源泉とする特権を取得した。――したがって、こうしたスターリン派の歴史上の破綻（＝共産主義社会への変革の封殺）を克服するためには、過渡期の国家資本を共産主義的共有に変革する全社会的変革の内容・方策を明らかにすることにある。すなわち、過渡期に残る商品・貨幣廃絶の課題も、過渡期の国有生産手段＝国家資本それ自体を変革・廃絶する一環に位置させることが核心である。
　――以上概括した理由から、伝統的共産主義運動・スターリン派の破綻を克服するためには、ソ連など過渡期の商品・貨幣を、その社会の生産の性格すなわち資本主義的性格と不可分一体のものと捉え、その全体を変革する課題を提出することこそが、土台に据えられる必要がある。……にもかかわらず、榎原氏は、まったく反対に、伝統的共産主義運動で資本廃絶までは実現したが、商品・貨幣廃絶にまでは至らなかったので、商品・貨幣廃絶の実践的展望こそが求められているものである、と規定するのである。
　ところで、先に、私は、左翼陣営の多くが、ソ連の貨幣や労賃を、ソ連の資本主義的生産とは結び付けなかった根拠として、それらの貨幣や労賃を、資本主義経済下とは異質なもの（「擬制賃金」など）と捉えていたことを上げた。マルクス主義経済学に立脚しながら、ソ連の生産の資本主義的性格を否定するためには、労賃や貨幣へのこうした位置づけは（それが成立するかどうかは別として）不可欠であろう。
　ところが、榎原見解の特徴は、商品・貨幣に対するこうした特別の位置づけを追求することなく、すなわち、『資本論』が規定する意味での商品・貨幣がソ連に残ったが、しかし、資本は廃絶された、と「明快に」規定するところにある。榎原氏は、マルクス『資本論』の価値形態論から、この商品・貨幣廃絶の方策を導いたと強調しているのだから、彼がソ連に残ったと指摘する商品・貨幣が、それとは異なる「擬制貨幣」のようなものでないことは間違いない。しかし、そうであれば、商品・貨幣経済が残存している経済での「資本ではない生産」とは一体何なのか？
　スターリン―ソ連共産党は、これにあいまいさなく答えた。すなわち、過渡期の国有企業の内部は「社会主義的生産様式」であるという規定である（『経済学教科書』など）。だが、『資本論』を入念に健闘した榎原氏が、スターリンのこの規定を受け入れるとは考えにくい。しかし、そうであるとすると、なぜ、榎原氏は、ソ連で、資本の廃絶と商品・貨幣の存在とが両立できたと捉えることが出来るのか？……文面上には、このことを解く内容を見つけることができなかったので、これは疑問のまま残す他はない。
　榎原綱領は、この基礎の点に、すでに重大な弱点を示している、と私には考えられる。
　しかし、この基礎の上に、榎原氏が構築した社会革命の展望について、もう少し検討を進めてゆくことも必要である。

（2）スターリン派による資本廃絶と商品、貨幣（価値法則）との切り離し

　ソ連は、まだ商品、貨幣がある過渡期（＝プロレタリア国家）の経済段階で、社会主義社会が成立したと評価し（36年「スターリン憲法」など）、過渡期の国有生産手段内部では「社会主義的生産様式」が成立していると規定した（『経済学教科書』）。そして、スターリンの『ソ同盟における社会主義の経済的諸問題』（いわゆる「スターリン論文」52年）では、価値法則は社会主義・共産主義建設にとって危険なものではなく、生産の計測・計量のために必要で、その利用に習熟しなければならない、と公言した。ここに来て、ソ連が実際に行ってきたこと、すなわち、商品、貨幣をともなっているソ連の国有生産手段を、社会主義的な生産とみなすことによって、その変革ではなく、保守的防衛を課題とすることを（主要課題を生産力増大にすえることなどを）、スターリン論文は、共産主義と価値法則とは併存できるという「理論」によって、「根拠」づけ追認したのである。
　スターリンは、マルクス主義の価値論から見れば驚くべきこの理論を正当化する根拠として、商品経済は必ず資本を生むとは限らない、古代の商品は資本の発達につながらなかった、という事例をもちだし、ソ連でも商品価値法則が資本の「復活」―成長につながるものではないと強弁している。
　しかし、これは、資本主義的生産への最も基礎的なマルクス主義的理解を解体する見解である。
　マルクスは、資本主義の前史である資本の本源的蓄積の核心を、生産者（労働者）を自然的生産手段（土地）から切り離し無産者にすることにある、と繰り返し述べている。私有制すなわち排他的所有制によって生産手段から遠ざけられた労働者は、自分の労働力を売って生活手段を入手するほかはない。こうして、労働力商品を購入―消費して自己増殖する価値である資本制生産が成立する。大量の労働者が生産手段から切り離されることが、資本制生産の最も重要な前提である。
　それでは、商品経済があっても資本の形成に結びつかない状態、すなわち労働者が自然的生産手段と切り離されていない状態とは、どのようなものを指すのだろうか？
　マルクスは、こうした状態を、労働者が自然の直接の一部であり、自然的生産手段（＝土地）に縛り付けられた状態であり、それゆえ労働者が生活手段を身の回りにもっている状態（本源的に所有している状態）と捉えている（『資本主義に先行する諸形態』）。それは、労働者が自然の中にあって、社会を媒介することなく生活手段を入手できる状態を意味している。原始共産制の共同体員、古代の奴隷（その中心であった農耕奴隷）や封建時代の農奴がそれにあたる。後二者は、生産物の多くを彼らの所有者（支配者）に奪われる存在であるが、所有者が存在しようが、それが何らかの理由で消えてしまおうが、身の回りの自然に依拠して自給し生活してゆくことができた。
　しかし、本源的蓄積によって、労働者が土地から切り離されると、労働者は、この生活条件を失う。彼らは、生活手段を、社会を媒介として入手しなければ生活・生存してゆくことができなくなる。すなわち、自分の労働力を売り、手にした給与で生活手段を購入しなければ生活できない。
　労働者の多数が生産手段と切り離されていないならば、商品経済があっても、労働者が労働力を他人に売ることはないので、資本主義的生産が主流にはならない。古代（ギリシャ、ローマ）はこれにあたる。それに対して、商品経済が存在し、労働者の大半が生産手段と切り離され、身の回りに自給できる生活手段をもたないならば、給与をえるための労働力の販売が不可避になり、資本主義的生産がおこなわれ拡大する。
　ソ連はどちらだったのか？
　ロシアでは、17年革命の後までも、人口の8割ほどをしめた農村部に、前近代的な生産が存続し、土地に縛られ、生産手段と分離されていない農奴的な労働者が存在した。しかし、ソ連は、この前近代的生産の上に社会主義を建設しようとしたわけではなく、実際、この生産様式は減少・解体してゆく。問題は、増大してゆく国営工場の労働者、都市労働者など「社会主義的生産様式」の中心を担うとされた労働者の性格である。　これら国有生産手段などで働く労働者は、身の回りに生産手段・生活手段を持ってはいない。かれらは、原始共産制員や奴隷・農奴のような自給の条件をもっていない。かれらは雇われない限りは生活手段を入手できない。すなわち無産者である。したがって、商品、貨幣経済（価値法則）が存在するならば、価値法則は、かれらが労働力を売り、賃金を入手してそれで生活手段を購入する商品交換を必然的に促進する。すなわち、ソ連では、価値法則は、自然必然的に資本制生産に結びつく位置にあった。そして実際、結びついていた。
　したがって、古代を例にとって、価値法則は必ずしも資本主義に結びつくものではないと述べ（このこと自体は限定された歴史の範囲では誤りではないが）、したがって、ソ連では、価値法則は資本主義に結びつかず、恐れるには当たらないと述べたスターリンの見解は、180度誤っている。マルクス主義経済学が示すとろによれば、ソ連では、価値法則は、資本主義的生産に必然的に結びつくのである。
　しかし、次のような反論が成立するだろうか？――すなわち、ソ連の労働者は、原始共産制員や奴隷・農奴のような意味で生産手段を本源的に所有していないとしても、社会主義的・共産主義的な意味で生産手段を共有する存在になっているはずである（→したがって、商品、貨幣があっても、資本主義を成長させることはないはずである）という反論である。もし上述の論議をスターリン派との間で煮詰めてゆくならば、論理上は、スターリン派はこのように反論するはずである。しかし、これは循環論法におちいるだけである。なぜなら、社会主義的・共産主義的共有と商品、貨幣とが両立するのかどうかの問題がそもそもの出発点だからである。国営工場から給与を受け取り、それで生活手段を購入する労働者は、共産主義的共有の主体ではありえない。共産主義社会の価値法則が共産主義建設に寄与するなどという話をマルクスが聞いたならば、「この世は不可解」といって華厳の滝にでも飛び込んだだろう（少々古い？）。
　古代のように、労働者が自然の中で直接生活手段を得る条件を歴史的に喪失したソ連などでは、商品、貨幣経済―価値法則は、必然的に、資本主義の成長に結びつく。現在では、スターリン派や、特別の市場社会主義論者を除けば、このことは、マルクス主義陣営では一般に承認されるのではないだろうか？――それに対して、私（および、『国際主義』編集会議の「展望」）は、国有経済下の商品、貨幣経済が資本主義を復活・成長させる法則的性格を持つという評価を、ソ連など特定のプロレタリア国家（たとえば、スターリン派が支配した国家）に限定していない。われわれは、過渡期（プロレタリア国家）が、一般的に、商品、貨幣経済廃絶にいたっていない経済段階であり、まだ共産主義的共有生産にはない特殊な国家資本主義であると捉えている。すなわち、過渡期の国有経済は、商品・資本を成長させる法則的性格を残存させているので、その国有経済・国有生産手段を質的に変革する生産手段変革の社会革命を推進できなければ（＝国有経済を保守的に防衛するだけであれば）過渡期は、不可避的に、普通のブルジョア国家に回帰する。……われわれは、このように捉えている。
　商品、貨幣の存続していた旧ソ連の経済は、「社会主義的生産様式」ではありえなかった。すなわち、資本主義を脱していない過渡期の国家資本主義的生産である。そのため、その国有経済の社会主義への質的変革を放棄し、保守的防衛（国有生産の維持プラス生産力増大）を自己目的化することによって、その資本としての本性が拡大再生産され、ブルジョア国家に回帰する要素を成長させていった。
　ソ連が容易に解体した歴史的経験が物語っているのは、榎原氏がいうような“資本は廃絶できたが、商品、貨幣を廃絶する実践的展望を持てなかった”ということではない。正反対に、資本の廃絶を行っていなかったために、商品、貨幣（価値法則）の作用が私的資本の成長の条件を不断に促進したという、商品、貨幣と資本との関係の不可分性についての教訓なのである。
　スターリン派を筆頭とする伝統的左翼の根本問題は、商品・貨幣（価値法則）の存否が、資本主義的生産―社会主義（共産主義）的生産とを分ける根本であることをあいまいにすることによって、マルクス主義経済学の根本を反故にしたところにあった。したがって、「商品、貨幣、資本」の廃絶をめぐって、伝統的左翼の欠陥・敗北を克服するためには、何よりもまず、この機械的切断を点検し克服する必要がある。
　そのため榎原氏が、「資本関係の廃絶は歴史上の経験があると答えるだけでよい」（解説4）と述べて解決済みとしてしまうこと、それと切り離した「商品、貨幣」廃絶の「実践的展望」に、伝統的左翼との対決軸をおくことには、まったく賛成できない。この見解は、商品、貨幣と資本とを別物と扱うことに腐心したスターリン派のマルクス主義歪曲・解体を、論理上、是認する性格を持っている。

（3）伝統的左翼との論点、および榎原綱領との論点

　スターリン（派）は次のように捉える――ソ連では資本を廃絶し「社会主義的生産様式」を実現した。価値法則は残っているが、それは怖れる必要はない。計測のために価値法則は有用である。
　榎原氏は次のように言う――資本の廃絶は、ソ連などでの歴史上の経験があるというだけでよい。しかし、伝統的左翼は、商品、貨幣を廃絶する社会革命の実践的展望を持つことが出来なかった。したがって、商品、貨幣廃絶の展望を解明し、新しい社会運動の中心にすえることが、綱領的課題の軸になる。
　それに対して、私は（私のマルクス主義解釈に基づいて）次のように理解する――ソ連では資本を廃絶できていないために、商品、貨幣も存続した。資本の性格を脱していない国有生産手段を、如何に、共産主義的共有（という別の社会性格をもつ生産手段）に質的に変革するのかの展望・方策が必要であり、国有生産手段を、変革済みの「社会主義的生産様式」として保守的に防衛するスターリン派の思想を克服する必要がある。商品、貨幣の廃絶は、それと一体のものとして想定される。

　ソ連を筆頭とする伝統的共産主義運動の経験を、資本は廃絶できたが商品・貨幣は廃絶できなかったものと総括することは誤っている。
　労働者の大半が生産手段＝土地に縛り付けられ生産手段の一部になっている自然経済の時代を別にすると、資本が廃絶されて商品・貨幣が残る経済関係というものを想定することは困難である。榎原氏は、資本が廃絶された後の生産手段の性格に言及しないままに、商品・貨幣が残っているとだけ捉えている。しかし、榎原氏によれば、商品、貨幣が存在しながら資本が廃絶されたあとの生産、生産手段の性格は何なのか？　これでは、その経済が全体としてどのような生産関係、どのような歴史的性格であるのか不明で、曖昧模糊としているという他はない。プロレタリア国家では、資本・商品・貨幣の廃絶は不可分一体であり、国有生産手段すなわち特殊な国家資本が、変革され、共有生産手段の中に溶解し廃絶されること（＝資本の廃絶）と、商品・貨幣の廃絶とは対応する。
　この根本的な認識から、ソ連の総括や、その破綻克服の展望を練り上げる必要がある。

　しかし、そうであっても、やはり次のような実感・疑問が残るかもしれない。
　それは、国家権力によって資本を収奪できるのに、法的な強制によって商品・貨幣を廃絶できないのか？　もしできないとするならば、やはり「資本」と「商品・貨幣」との間には、「国家権力の意志」との関係をめぐって、何らかの重大な差異があるのではないのか？　という疑問である。
　榎原綱領は、この両者の「違い」への解答を出発点とし、また核心ともしている。
　この（一）で、私は、両者が根本的には違わない――という説明を行った。しかし、その内容を踏まえたとしても、榎原氏が「差異」と捉えたものの正体が何であるのかを明確にする課題は残っている。これは、一般的にも、また、この点を核心にすえる榎原綱領検討の点からも必要である。
　したがって、次の（二）では、両者の「違い」「差異」についての榎原綱領の見解を批判的に検討することを通じて、この「違い」「差異」が意味するものについても、より明らかにすることを課題の一つとした。（2000年8月7日）

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3009 times

榎原綱領（案）の検討 その1

はじめに

1

2

3

4

（一）廃絶の対象＝「商品、貨幣、資本」

（1）資本の廃絶は問題とするに当たらない 商品・貨幣廃絶への実践的展望が焦点――榎原綱領のこの捉え方は妥当か？

（2）スターリン派による資本廃絶と商品、貨幣（価値法則）との切り離し

（3）伝統的左翼との論点、および榎原綱領との論点

榎原綱領（案）の検討　その1

（1）資本の廃絶は問題とするに当たらない
　商品・貨幣廃絶への実践的展望が焦点――榎原綱領のこの捉え方は妥当か？