　天野はこの本（中公新書）で、倉田百三にはじまり、多くの人々の生活者論を紹介している。ここでは協同主体の形成という観点から、興味深い論点をひろってみよう。
　倉田百三のいう生活者とは、生活をこえ、生活から解放された人びと（20頁）だった。
　1917年に出版された『出家とその弟子』の生活者は宗教的色彩に色どられていた。それから10数年後には、現実の生活文化の担い手として生活文化論の文脈のなかに、生活者という言葉が使われるようになる。
　三木清によれば、生活文化とは、生活に対して外部から付け加わってくるものではなく、人が生活を形成していく形式だった。三木の生活者とは、自分と自分の生活とを素材にしつつ、しかもそれをこえて、独立したもう一つの生活をつくりだす、行動的あるいは技術的人間であり、与えられた生活を変えていく一つの主体として捉えられていた（23～4頁）。
　三木の生活者論は、人間を個人として捉えたうえでのものだったが、新居格となると、一人ひとりがかけがえのない「私」を大切にする主体相互の関係を重視し、自前の価値にたつ一人ひとりの相互扶助の形での自律的な結びつきに注目した（46頁）。
　同じように、今和次郎も生活学を、単純にモノの消費の分析をめざす学ではなく、消費する主体であるヒトと消費されるモノとの関係性を追求する「人生の消費の学」と定義づけた（71頁）。
　今の提起は戦後のものだが、1946年に発足した思想の科学は1959年に「生活者」という言葉を使うようになった。思想の科学の考え方には、空高く鳥の目で見下ろすのではない、虫の目で地を這う「ひとびと」の一つひとつの悩みにむきあう、というものだった。「ひとびと」をとらえる視点には、「ひとびと」が自分自身のおかれた小状況の決定者になること、小状況を自ら動かしていく主体となることのなかにしか、歴史の原点はありえない、というはっきりとした認識がある（101頁）。
　また、大熊信行は、生活者論を経済学のなかにもち込んだが、その全体はここではとりあげず、天野の紹介のなかから、経験知だけを見ておこう。大熊によれば、政治や国家について、あらためて知ったとおもうことは、言葉によるものではなくて経験によるもので経験としてそれを知ったということは、それを知ることによって人間が変わった、という思いのするほどのことなのだ（150頁）と述べている。
　最後にアメリカのベラーの四つの個人主義をみておこう。ベラーはアメリカ建国以来生きつづけた個人主義を四つに分けた。（1）プロテスタンティズム（禁欲的エートス）に基礎をおく聖書的個人主義、（2）市民的責任感に裏付けられた共和主義的個人主義、（3）自らの私益と欲求の追求への自由を追求する功利的個人主義、（4）個人の内面の感性や好みの表出に価値をおく表現的個人主義、の四つがそれである。ベラーによれば現代アメリカの中産階級の人びとの生活世界に「三C」（現金、快適さ、消費主義）を内容とする価値観が浸透していくなかで（1）と（2）が急速に衰退し、代わって（3）と（4）が支配的になっていると指摘している。その結果、私的利益や関心への没頭、人間関係の手薄化、政治や公共的なものへの無関心、という「病」が進行しているが、ベラーはこれに歯止めをかけるものとして、一定の倫理的・公共的な関心や実践をともなう個人主義の再生を説いている（158頁）。

2）論から運動の舞台へ

　1960年代中ばから「新しい社会運動」が登場することで、生活者という言葉は論から運動の舞台へ登場した。天野によれば、「新しい社会運動」の新しさは、（1）運動の主体が階級や労働者ではなく、マイノリテイや青年、女性など、高度産業社会の周辺部に位置する人びとである、（2）運動の争点が、労働運動に典型的にみられるような生産点の問題ではなく、環境や人権、平和など、生きる上での全体性にかかわる課題におかれており、そこでのキーワードは「アイデンティティ」「自主管理」「自己決定」などである、（3）運動組織の方法が、ひと握りのリーダー層によって統率されるヒエラルキー型組織ではなく、一人ひとりが責任を負えるかぎりで行動する個人間ネットワーク型組織をとる（171頁）という点にあった。
　この「新しい社会運動」は、運動参加者一人ひとりに自らのライフスタイルや日常性を問い、変革することを求めた。もうひとつの文化やライフスタイルといった対抗文化を提案しているという意味で、それは対抗文化運動（オルタナティブ）であり、運動参加者が、自らを市民、ないしは生活者と呼ぶ点で共通していた（173頁）。
　1965年に発足したべ平連は市民運動の草わけであったが、自分で判断し、自発的に行動を選びとっていくことを基本におき、（1）言い出した人間がする、（2）人のやることにとやかく文句を言わない（そんな暇があったら自分で何かしろ）、（3）好きなことは何でもやれ、が運動の三原則だった（192頁）。
　べ平連が個人の時間的結びつきを求めていたのに対し、同じ年に出発した生活クラブは、「私たち」を問題とし、個人の空間的結びつきを求めていった。それは自ずから、べ平連の三原則を前提にしつつ、それを越えた「協同」のルールに到達する。勤労者（主婦）が自ら購入しようとする消費材について、主体的に考え消費の本質にせまること。そのために協同の場をもうけ、ルールをつくって活動する（192頁）。
　生活クラブの折戸によれば、基本的に人々は社会的に相互に依存しあわねば、一日たりとも生活することはできない。しかし、その依存関係が金銭とモノを媒介に結ばれるとき、私たちは他者の存在がみえなくなる。商品とはモノが貨幣を媒介に販売される過程だけで自己完結し、背後にある社会的な関係がみえなくなっていく過程を意味する。班による共同購入は、こうした「無自覚的な依存関係」を「自覚的な協同関係」におきかえる試み、いいかえれば貨幣に換算できない「生活」の意味を、他者との自覚的な協同関係を通して再発見していく過程であった（195頁）。
　天野によれば生活クラブのさまざまな運動がめざしてきたのは、地域を基盤に、人びとの直接的な対話に支えられた、お互いに顔のみえる、公でも私でもない「共」的領域を創りだすことにあった。それは偶然にそこに住まうことになった、という単なる地縁をこえる、共通の課題をかかえ、暮らしの場を同じくするもの同士の「共感」にもとづく関係づくりであり、生活圏ネットワークづくりであった（203頁）。

B）協同主体の形成

1）種々の主体論

　生活者の主体形成という点から、天野が紹介した種々の生活者論を分類してみよう。まず、主体を個人と見るものは、三木やベラーやべ平連であり、最近では武藤一羊が、自立した個人の連合を提案している。
　次に主体を個人ではなく、個人と個人との間に、つまり個人と個人との関係のとり結び方に求めたのが、新居や生活クラであった。　天野はふれていないが、個人主義が出てくる前には、階級を主体とみなす考え方が左翼の側では一般的であった。労働者階級が主体であり、個人は、この階級の運動にかかわる限りで主体性を発揮しえる、という思想は、ソ連の崩壊もあり、説得力を失っている。
　また、個人主義の以前には共同体主義があった。中世の農村では個人は自立していず、共同体にかかわることでしか働くことはできなかった。オーエンなどの初期の協同思想には共同体建設をめざすものが多かった。共同体主義は今日でも生き残っている。
　生活クラブの考え方は、個人が生活者であるのではなく、個々人が協同の関係をつくりあげることで生活者としての主体を形成していく、というように読める。この考え方の延長に試論を提出しておこう。

2）協同主体試論

　協同主体論を構想しようとするとき、二つの前提がある。ひとつは、賃労働者は現在の社会でも最大の集団であり、社会階級として存在しているが、それは社会変革の主体としては機能しなくなった、ということである。もう一つは個人はシステムにしばられており、「自立した個人」は幻想でしかない。
　主体が階級でもなく、個人でもないとすれば、それは個々人が意識的につくり出す他はない。ではそれは、農協や生協といった協同組合の組織のことだろうか。協同組合の場合、よく、事業と運動は車の両輪にたとえられる。ということは、協同組合の組織も、運動がなければ協同主体たりえない、ということになる。同じ理由で、共同体の組織も運動面で自閉することで、協同主体となりえない。
　そこで生協をモデルにし、組合員主体について考えてみよう。生協はもちろん市場経済にしばられてはいるが、それにしばられないシステムへと発展していける可能性がある。システムとしての生協に加入している組合員が、市場経済にしばられない方向に生協を変えていく運動を協同して起こそうとするとき、そこに組合員主体が形成される。この意味で、組合員主体とは、生協の経営と運動の主体に組合員がなる、ということとは異なってる。逆に、組合員主体とは、生協の経営と運動をリードしていける存在ではなかろうか。
　この組合員主体をどう形成していくか、そこには従来の組織や運動をつくっていくのとは異なった手法とルールがあるように思われる。そして、その方法とルールが明らかとなれば、例え、協同組合に所属してはいなくとも、協同主体に参画できる、ということにならないだろうか。このようなイメージの協同主体の形成が、来たるべき21世紀の社会運動に問われているのではなかろうか。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3669 times