　以前に生活協同組合グリーンコープ連合の初代会長だった（故）武田桂二郎の遺稿集を取り上げて「武田桂二郎論」（本誌７巻２号）を書きました。そのときには触れることができなかった人類史の見直しや時間空間論について考える機会があり、文章にしてみました。それには結構現代でも役立つ視点がありましたのでその文章を踏まえて『サポートセンター通信』に「思考の道具箱」というタイトルで連載しました。それを一部修正してここに収録します。

第１章　縄文時代と弥生時代

1）人類史の見直し

　武田はもともと文学者でしたが、70年に地元の伝習館高校の教師が解雇されて反対闘争を始めたときに一緒に加わって闘いを始め、やがて人類史の見直しに基づいて、託児所を含んだ柳下村塾を始め、そこを拠点として闘いを継続していきました。この闘いはやがては食べ物の共同購入運動へと広がり、生協設立へと向かい、80年代後半にはグリーンコープ連合の結成にかかわって、初代の会長に就任しました。このような経過を見てみますと、武田の伝習館闘争へのかかわりは、新しい社会運動を切り開いていく思想的な内実を持った上でのものであったように思われます。もう30年以上前に話された「柳城夜話」にその中身を探ってみます。

「しかし人類史と申しましても具体的には人類が時間をどのように通過してきたか、それに対して時間がどのように人類を通過してきたかを問うことだと思います。これを私たちは移動という言葉で呼んでいるようなわけです。この人間の移動が、ある時期から共同体をつくって移動していくかたちになる。それ以前は従って人類前史になるんじゃないかと思います。従って共同体と人類ないし人間の移動というものは切っても切れない関係にある。」（『共生－武田桂二郎遺稿集』241頁）

　武田は時間と空間について独特の把握をしています。それは次の章で紹介するとして、ここでは人類史を「時間」というものをキーワードにして見直そうとしていることに注目してください。一般に運動は時間的な経過の中で行われ、時間ではかれます。武田は人類史を「移動」という運動と捉えることでこれを時間との関連で見直そうとしたのでした。ところで人間の移動ということについては意識との関係なしにはすみません。空間的な移動に際してすら人はどこへ行くかという目的を意識しています。こうして意識という問題が次に出てきます。

「つまり、意識がないと時間は私たちの外側を流れて内側に入りこんでこない。あるいは、私たちの内側だけを流れて外側へ出て行かない。そういった関係があるんじゃないか、と思います。それで今日はこの時間と意識、移動と共同体と、こういう四つの概念のからみあわせについて、ある程度の考えをのべたいと思います。」（242頁）

このように述べて武田は移動ということについて、まず労働をあげ、次に性を通して種を維持していくことをあげ、最後に意識を意識することをあげています。時間と空間については次章で述べるので、これらの詳しい紹介はせず、結論だけを見ておきましょう。人間の移動が農業を発見して土着することになったときに、生産力の外化（作ったものが作った人から離れてしまう）が起きるようになったというのです。

2）柳下村塾の闘い

　ところで「柳城夜話」はおしまいのところで、柳下村塾での武田の闘いについても簡単に触れています。

「とにかく託児所からはじめてくるということは、子供たちに関していえば、やはり私たちは縄文時代からもういっぺん歴史をとらえ返す必要がある。つまり弥生時代になることによって、農業によって、生産力を外化する以前の時代にもういっぺんかえって、その時代のことは子どもたちが、ハッキリ我々の目の前に提示してくれるわけですから。人間は一生のうちに人類史を通過するといいますからですね。子どもの世話を、みつめながらもういっぺん縄文時代から弥生時代に移る、その移り方、つまり外化の仕方、余剰生産の外化の仕方をもういっぺん考え直したい。それから大きくなって市民社会にはいっていきます。そうすると機械の外化からくる今の市民社会の構造というものに移っていく。そのときの移り方をまた検討したい。そういう人類史をたどりかえすことによってどこで我々はまちがったかといってもういっぺん人類史にかえってこう来た歴史をこのへんからこう行きたいと、行けるもんならいきたい。」（263頁）

　武田は託児所から始めたことの意義を、人間は一生のうちに人類史を通過する、という現実を踏まえ、縄文時代の生活をする子どもたちが教えてくれる縄文時代のあり方を知ることで歴史を捉え返す、というところに求めています。そして、縄文時代から弥生時代への移行、つまり農業土着によって生産力が外化されていく、ということの問題点を考え直したい、というのです。そのうえでさらに、子どもが大きくなって市民社会の構造へと移っていくが、この移り方を検討し、人類はどこで間違ってきたか、ということを明らかにして、もう一つの方向性を示したい、というのです。そして、この方向性は、さしあたって「時間を奪い返す闘い」として示されています。

「そういった意味で私たちは時間をたっぷりもっておりました。しかしその時間は空間化、果てしなき空間化の中に売り渡される、本当に売り渡される。ファウストが売り渡したように売り渡されて、私たちから時間をほとんど奪いつくそうとしている。結局この時間を私たちは必死になって奪い返す闘いを今後非常にあらゆる分野でそして透徹した構造観で闘っていかなければならんのじゃないかと思います。」（265頁）

　武田は現代の人間が忙しくしていることを、「時間を奪われている」と捉えています。そして、その時間が奪われる構造を「時間が空間化、果てしなき空間化の中に売り渡される」と表現しています。

3）時間を奪い返す闘い

　「時間を奪われている」というと、同じようなお話がありました。そうですミヒャエル・エンデの『モモ』の時間どろぼうの話ですね。この本は武田が話をした同じ年にドイツで出版されています。岩波書店から翻訳が出たのが1976年のことでした。
　『モモ』では人々は時間を節約し、時間貯蓄銀行に時間を預けなさいと呼びかける灰色の男たち（時間どろぼう・資本家のイメージ）と契約することで、貯蓄した時間を奪われるのでした。
　武田は、時間が空間化すると表現しますが、これは実は労働が生産物を作ることをイメージしているのですね。そして、生産物が内化（外化したものがよそよそしく対立しないような外化の仕方をいう）せずに外化（自己疎外）していく、ということは、空間化が資本化としてあるという今日の株式会社に典型的な生産のシステムがイメージされていると考えて間違いはないでしょう。つまり、労働が自己にとって外的な資本を作ることによって、労働（時間）が資本（空間）に売り渡されているのですね。
　そうだとすれば、時間を「奪い返す」とはどのようなイメージになるのでしょうか。武田は、国家権力を打倒すればよい、というマルクス主義の戦術は間違っていたと考えています。そして労働そのものに含まれている分業がヨコの連帯系からタテの支配系になっていく、ということが農業土着の際に見られる生産力の外化で、これが国家を生むという形でその後の人類史の発展方向となったとみています。これに対して考え直すという、というときの根本は、労働における「分業をタテの支配系じゃなくて、どのようにしてヨコの連帯系として回復するか」ということでした。
ところで、30年後の現在託児所の話のところで「大きくなって市民社会にはいっていきます」というところに興味を惹かれます。今日の市民社会に入っていけない引きこもりの若者たちの問題も、人類史の見直しから見えてくることがあるかも知れません。また分業を「ヨコの連帯系として回復する」という提言は、今日の私たちサポートセンターの課題として非常に現代的な問題ですね。

第2章　時間と空間

1）武田の問題意識

　先に紹介した武田の言葉の再録から始めましょう。それは「意識がないと時間は私たちの外側を流れて内側に入りこんでこない。あるいは、私たちの内側だけを流れて外側へ出て行かない」というものでした。
ここで時間と呼ばれているものは経過していくもので、意識がないと時間の経過は内面化されないし、また内面の時間は、動物のように年をとるだけで空間化しないということが語られています。これは労働を例に取るとわかりやすく説明できます。
　労働はある種の運動ですから時間ではかれます。たとえば人間が畑を開墾する労働をすれば空間に変化が見られます。人間の内側を流れている時間が空間を変えていくことで外側へ出て行くことになるし、また外の空間を流れている時間が開墾で人間の内側に入り込んでくるというわけです。
　ところで武田の人類史の見直しは人間を移動するものとみなしていました。そして「移動」の状況とは、武田さんによればまず労働であり、次に性であり、そして、最後に意識を意識することで、つまり、想像力とそれに付随するいくつかの能力によって、人間は移動していく、というのです。そして、移動の状況がまず労働である、ということで、次に武田は意識と労働の関係について考察していきます。

2）意識と労働と転位

　意識と労働との関係において新たなものが形成されてくるのは、人間が直立歩行することによって手が自由になったことに基づいています。たとえば石を手でつかんで武器として使えるようになります。このように手で「労働」するようになったときの意識について、武田は次のように述べています。

「つまり石なら石を別の何物かに転位させていく。意識の基本的な作用というのは転位ではないか。即時的な目的を与えて、他の何物かに絶えず変えて行くと、これがだいたい意識の基本的な作用じゃないかと僕は思います。」（243頁）

　手の労働が石を武器に転位させていくとき、当然にも意識の作用が伴っていますが、この労働によって、石を何物かに転位させていく際の意識の働きを「転位」と捉え、これを武田は「意識の基本的な作用」と考えています。というのもこのことが、時間が人類を通過し、それが外側へ出て行って空間化していく、ということの大本とされているからです。

「ここで初めて私は、人は単にその空間を移動するのではなくて、時間を移動していく主体に変わっていく糸口を切り開いたと、そのように考える、転位という形を通して。つまりもっと具体的に申しますと、意識が独立した空間をもって、その空間にそれ独自の構造が生じていって、……意識が独立した社会をぐんぐん発展させるようになったという事だと思うんですが……経験をくり返しながらその経験が独立した意識を生じて、その意識を通してその経験そのものを対象化していく段階に進んでいくわけですね。それが意識の意識というふうにいえるんじゃないかと思うんです。」（243頁）

　「時間を移動していく主体」へと人間が変化していくのは、労働によって単なる自然物を人工物に転位させ、自然界にそれとは別のものを作り出すことによって、自然界の時間とは別の時間を生み、そして、またその作り出したものによって、空間をも新たに形成していく、といった事態が念頭に置かれています。この事態を武田さんは「意識が独立した空間をもつ」というように述べていますが、これは実は「経験をくり返しながら」のことであり、経験とはまず労働のことですから、労働をくり返しながら、その労働が独立した意識を生じて、その意識を通してその労働そのものを対象化していく段階に進み、意識の意識が形成されることで、「意識が独立した社会（空間…筆者）をぐんぐん発展させるようになった」ということに他なりません。
　武田が人間に「時間を移動していく主体」を見るのは、人間の労働に注目してのことでしょう。確かに人間の労働はある意識された目的のもとに遂行されることで、人間をその時間の主体として機能させ、かつ、自然物を新たな生産物に転位させることで、空間に独自の構造を生じさせるのでした。ここで空間とは、まずは人間の群れであり、そして、その群れが労働によって作り出した種々の物質的なものの構造のことが念頭におかれています。

3）農業土着と時間、空間

　ところで、ここまでの語は、農業土着の以前の狩猟採集段階までの人類史についてのことでした。次に農業土着について語ることで「時間」を軸とした武田の人類史の見直しの観点が一層鮮明になってきます。

「農業というものは人類史にとってどういう意味をもっていたか一口にいいますと、生産力が農業によって外化されたというふうに私たちは考えるわけです。ヒト自身が同時に、生産力を構成する重要な部分として自然から外化され、自然物でありながら自然と対立していくようになっていく。そして時間と空間の関係で申し上げますと、ヒトが媒体となって時間が果てしなく空間化されていく道をその瞬間に切り開いた。時間が人を媒体として空間化していく。それまでは、時間は自然の中を通ることによって外へ出るということがなかった。ところが農業を発明したとたんに、その農業を通して時間が空間の中へ別物としてどんどん変えられていくようになった。」（245頁）

　鮮明になってきた事柄の確認をしてみましょう。まず時間の空間化ですが、それは具体的には、農業によって未耕地が開墾され農地へと転位されてきますが、そのことによって、空間が変えられることです。つまり、農業は人間の労働という時間的な継続によって行われるものですが、それが農地という新しい空間を作り出すことになるわけですから、この意味で「時間が人を媒介として空間化していく」ということが語られるのです。
　このように農業は自然力を利用してはいるものの、従来の自然とは異なる人工的空間を作り出しますから、この意味で「生産力が農業によって外化していく」ということになります。ここでの外化は、自然からの外化です。生産力が自然から外化されることで、それの担い手であるヒト自身が、自然物でありながら自然から外化されていく、ということもわかりやすい話です。外化については改めて取り上げますので、時間と空間についての武田の考え方をまとめて終わりにしましょう。
　通常、時間と空間とは、経過していくものや入れ物のようなもので、人間の存在とはかかわりないものと考えられています。これに対して武田は時間を人間が担っているものと捉え、空間を人間が労働によって作りかえていくものと捉えています。このように捉えることで、武田は社会について人間が時間を使って作り出した空間として位置づけているのです。ところがこの人間が作り出したものが人間の手を離れて人間に対立していく。これが外化ということとかかわっているのです。

第3章　分化、内化、外化、疎外

1）真木悠介の理論

　内化と外化、よく使われそうですが、キーで打っても、両方とも一度に変換できません。ということはあまり使われていない言葉のようです。内化についてうまく説明しているのは真木悠介で、次のように述べています。

「労働の回路において人間は、まず自己の内なる固有性としての企図を外部に対象化し、これを再び自己の身体的･精神的な固有性のうちに包摂してみずからを豊富化する。（外化=対象化、をとおしての内化＝享受）
交通の回路において人間は、まず自己の個有するもの（所有）を外部に手渡し、これとひきかえに欲求の対象物をその所有（個有するもの）として領有する。（外化＝譲渡、をとおしての内化＝領有）」（真木『現代社会の存立構造』、74頁）

　真木は労働と交通（交換）の二つのケースに分けて、外化と内化の意味をそれぞれ考察しています。労働の場合は対象化と享受であり、交通（交換）の場合は譲渡と領有（所有）です。野菜を食べようと思えば野菜を栽培する（労働）か、何か作ったものを売ってそれと交換に野菜を買うしかないのですね。では疎外とはどういうことか、ということが問題になってきますが、これについて真木は次のように述べています。

「労働過程及び交換過程におけるこのそれぞれの（外化をとおしての内化）の回路が、内化として回収されざる外化として、その還流する回路を遮断されるとき、これを疎外と規定する」（104頁）

　真木によれば、享受や領有を意味する内化は、対象化や譲渡を意味する外化なしにはありえない、ということになります。そして、外化したものが内化されないケースが疎外ですが、この疎外をなくそうと思えば、外化することをやめるのではなくて、還流する回路を取り戻すことが必要だということになります。農場に働きに行って野菜を作っても野菜は享受できません。労賃はもらえますが、野菜は経営者のものですね。このケースでは、働く力と（労働力）と労賃とが交換されています。労働の回路と交通の回路がセットになっています。これを交通の回路とみれば賃銀を領有することになるし、等価の交換がなされたと見ることが出来ます。しかし、労働の回路としてみれば生産物は働く人たちに属しませんから、外化したものが内化されず、疎外だということになります。真木の言うように、還流する回路を取り戻すには、労働力を交換しないことが必要になってきます。新しい働き方とか、ワーカーズ・コレクティブがそれで、サポートセンターの課題のひとつでもあります。とはいうものの一般にはこれを労働の回路としてではなく、交通の回路と見る見方がおおいですね。

2）武田の場合

　武田の内化論は「内化の思想」として語られています。引き続き彼の遺稿集『共生』から引用してみましょう。

「分化するとは私の場合、外化すると疎外するの二重があるという意味で書きました。」（178頁）
「内化は外化の一種で疎外にならない外化」（351頁）

　内化と外化についてのこのような武田の理解は先に紹介した真木の理論と似ていますね。でも武田の方には分化という概念があって、もっとスケールが大きいように思います。トータルなイメージについて引用してみましょう。

「１．ヒトの群れ社会から人間社会が分化する。
　２．自然的な生産から農業的な生産が分化する。－自然的な時間から歴史的な時間が基本的に分化する。
　３．農業的な生産から工業的な生産が分化する。－自然的な時間から歴史的な時間が本格的に分化する。
　４．社会から国家が分化する。
　５．地域から職場が分化する。
　６．身体から精神が分化する。
　７．南から北が分化する。
　８．自然物質から合成物質が分化する。」（3頁）

　武田によれば、分化によって新しく出来たものが、古いものを逆に支配していきますが、例えば身体から精神が分化しますが、あとから生まれた精神が身体を支配してしまうのですね。ではこの疎外を克服するにはどうすればいいのでしょうか。武田はとりあえずは、新しく生まれたものの方が、古いもののほうへ自己解体することが必要だとして、次のように述べています。

「（1）男（上位疎外態）が女（下位疎外態）に向かって自己解体する。
　　人間→自然、国家→社会、都市→農村、精神→身体
　　資本、市場、賃労働、分業→新しい連帯
（2）自己外化のための自己外化＝女歴史と社会の自意識＝男
（3）自己解体＝自己外化の変革＝相互透明化」（289頁）

　男が女に向かって自己解体する、といわれるとなんとなくわからないこともないですが、「自己決定＝自己外化の変革＝相互透明化」といわれても、観念の中だけの動きのように思われてしまいます。そこで武田は、これを「内化の思想」によって捉え返します。

「（1）言語の内化＝個人の無名化
　（2）移動の内化＝人間の共同化
　　第一群?都市の内化、文明の内化、科学の内化
　　第二群?工業の内化、労働の内化、分業の内化（起点）
　　第三群?医療の内化、育児＝教育の内化、死者の内化
　　第四群?権力の内化、制度の内化、言語の内化
　（3）時間の内化＝生産力の内化」（43頁）

　真木に従えば、内化とは自己が外化したものを自己に還流させることでした。そして、現代社会ではこの還流の回路が断ち切られて、疎外が一般化していますから、内化とは還流する回路を取り戻すことだ、ということになります。武田自身は内化について次のように述べています。

「後から出てきたものが自立する。先にあったものを征服したり侵略したりしない。できれば先にあったものに自己解体していく。同時に先にあったものが自立する。関係のレベルが上がる。皆が豊かになる。そのように分業を支配・差別、その根幹となる格差の列から自立・連帯・共生の列へ変えていく。そういう分業間の列の組み方を私は『内化』と呼んでいる」（140頁）

　真木が還流する回路を取り戻す、と述べている事柄が武田にあっては分業間の列の組み方を変える、というように具体化されています。そして、この見地からすれば、女性の自立が内化ということの中心課題だということになります。グリーンコープ連合結成にあたって武田は次のように述べています。

「1)グリーンコープ連帯の究極の希いは地球上のすべてのいのちと自然・くらしを守ることである。
　2)この希いを地域の運動として表現していく根拠は歴史的に女の自立である。
　3)女の自立は内外に平等にひらかれていなければならない。」（8頁）

　ここで語られている「女の自立」とはどういう意味でしょうか。先に武田は「後から出てきたものが自立する」と述べていました。これは男のことで、男の自立とは女を征服したり侵略したりしない、ということでした。そして、男の自己解体とは、男の自己外化の変革であり、女との相互透明化であり、そして、これが、女の自立ということでした。そうすることで始めて地域が見えてきます。このように女性の自立は地域づくりとセットになっているのです。

第4章　地域について

1）武田の地域論

　武田は遺稿集の中の「野菜、地域、平和について」で地域について次のように述べています。

「1．生協は本来、地域の中に地域を作り出していく運動体である。
　2．自然に存在する地域（第一地域･自然地域）は有害食品を氾濫させる現代社会の生産・流通･消費の構造が浸透している。
　3．その中に生協が創り出していく地域（第二地域･生協地域･連帯地域･協同地域）は生協商品が充溢する新しい生産･流通･消費の構造を独自に内包している。
　4．第二地域は徐々に第一地域に取って代わるであろう。だからこそ第二地域は内外に開かれていなければならない。第二地域はあくまでも連帯と協同による自主的な地域住民の活動に基礎をおく。
　5．経営的にも共同購入が生協活動に占める比率は近々50％にすぎなくなるという。そのように地域住民の欲求が変化していく。あとの50％を埋めるのが私たちの地域活動なのだ。
　6．私たちの地域活動は、私たちにしかできない、私たちの側からの、すなわち連帯と協同による仕出し屋、べんとう屋、レストラン、リサイクル工場、子供センター、託児所、医療相談室、診療所、その他もろもろである。」（『共生』115～6頁）

　この構想は生協の地域活動として取り組まれ色々と実を挙げていっています。その担い手たちは働く人たちのワーカーズ･コレクティブです。ところでここは生協の活動を紹介する場ではありませんので、この間の時代の変遷についてみてみましょう。

2）この17年間の変化

　武田がこの文章を書いたのが1988年ですからすでに17年が経っていることになります。この間の歴史の動きには目をみはるものがあります。まず政治の動きを見てみましょう。社会主義国ソ連が崩壊し、市場経済化していきました。東西の冷戦構造がなくなると、今度は石油利権をめぐる産油国とアメリカとの利害対立が前面に出てきて、アメリカは湾岸戦争を始めました。この戦争は戦史に残るようなハイテク戦争で、お茶の間で戦争の進展が流され、一方的な情報で人々が操られました。また9.11以降はアフガニスタンへの空爆、さらにはイラクに戦争を仕掛けてフセイン政権をつぶして自国に従順な政府を作ろうとしています。そして日本政府もアメリカに追随し、自衛隊の海外派兵を進め、さらには憲法第９条の廃止をもくろんでいます。
　次に、経済に移りますと、90年代は、長期不況で日本経済にとっては失われたものの方が多かった時代でした。80年代末に一時的に世界の金融大国となった日本は、その後の国際的な金融改革の動きに立ち後れ、国際金融取り引きの中心から外れていってしまいました。またアメリカの金融政策を支えるためにアメリカの国債を引き受け、ドルの価値の目減りによって、日本の資産がアメリカに流出するのに手を打てませんでした。また、世界の工場の地位も中国にとって代わられて、日本は第三次産業中心の消費社会となって、経済の成長の力を失っていったのでした。
　こうして社会システムはどんどん劣化してきています。まず長期不況で企業はリストラによって生き残りをはかり、失業者の増大と、勤労者の所得の減少が続きました。高齢者の人口割合が増えていく高齢化社会を迎えて若者は掛けた年金よりも受給額の方が少なくなってしまうことが判明してきています。そして何よりも大企業が正社員を減らしていったことで、派遣社員やフリーターの数が増大し、社会の中で安定したライフスタイル、つまり生活のイメージを描くことが難しくなってきています。まさに今日の社会は若者たちに社会参加を拒ませるようなものとなってきているのです。

3）原因を探る

一連の変化の背後にあるものについて考察してみましょう。考察の視点は人間の再生産ということです。従来人間の再生産は家族や地域でなされてきました。近代以前の社会では、農業を基幹とし、共同体がその生産のシステムでした。そこでは家族や地域は生産のシステムに内包されていました。ところが雇用労働にもとづく生産と市場経済による交易を特長とする近代の経済システムが成長していくことで、共同体は解体され、家族や地域の役割も変化していきました。
　近代のシステムが優位になっていったのは、前近代のシステムが身分制に基づき、人々にたいして人身的な支配が行われていましたが、近代のシステムはこの支配に異議申立てをすることができたからでした。
こうして自由な社会が生み出され、工業化と経済の高度成長をなしとげましたが、しかしこの経済システムは、90年代に入って女性学が指摘したように、人をみな「ケアレスマン」とみなすことによって成り立っているものだったのです。
　子供は成人となるまではケアの必要な存在ですし、退職した高齢者にもケアは必要です。「ケアレスマン」とはこの中間の35年間に適応するものでしかありません。しかもこの｢ケアレスマン｣も家庭でのケアを受けているのです。ところが現在の経済システムは、子供や高齢者だけでなく働き盛りの人をもケアするシステムを内包していず、これらは家族や地域にまかされてきたのでした。少なくとも70年代までならば、前近代のシステムのなごりとして、家族や地域の人をケアする力も残っていましたが、以降の消費社会の進展の中で、家族や地域の人をケアする力がすっかり失われていったのです。

4）武田の問題提起

　武田は別稿「今、地域を考える」では次のように述べています。

「地域とは何か、つまり地域の概念は、今のところ、人それぞれというほかはない状態ですが、私はおおむね次のように考えています。
１．地域は職場の対（つい）概念である。職場に支配的な考えを経済とすれば、地域に支配的な考えは生活でなければならない。……(中略)……
２．文明の歴史は、経済と生活、職場と地域がほぼ同義であった時代から、前者がだんだん起き上がり、経済が生活を、職場が地域を支配する時代へ、いいかえると、職場が地域の内部に外化されていた時代から、職場が地域の外部に疎外される時代へと移行していった。……(中略)……
　　私たちはこれまで、体制地域を第一地域、生協地域を第二地域と呼び、第二地域に協同地域･連帯地域･共生地域などの別名を用意するだけで、両者の違いを一方的に説明することを控えてきました。今、機が熟したと思いますので、一つの意見として簡単に書きます。
３．第一地域の本質は、労働力の再生産であり、女の妊娠･出産を軸に、楽しみや憩いなどの、日常のすべてが職場に従属している。……(中略)……
４．第二地域の本質は、職場に行けない障害者･子ども･病人･老人への人間的な関わり、すなわち、職場の論理から自立した直接的な人間への関わりである。」(同書、127～8頁)

　これも17年前の文章ですが、今の私たちの地域作りにヒントを与えてくれます。

5）私たちの地域作り

　私たちは今地域作りをコミュニティビジネスによって構想しようとしています。前近代の地域のシステムが崩壊してしまった現在、その再建を期待することはできません。今日の地域作りとは、これまでの近代社会の長所を継承し、そしてその社会の切実なニーズに基づかなければならないでしょう。近代社会の長所としてある個の自立･自由と人間の平等とは、地域のシステムを設計するための不可欠の前提です。
　次に地域活動は持続性のあるものであることが問われます。前近代の社会にあっては、社会の維持という事自体が社会の目的でした。ところが近代社会では個人の利益の追求だけが目的で社会の維持は市場における「神の見えざる手」にまかされてしまっています。その典型が株式会社に象徴される企業です。企業は自己の利益を追求するだけで、社会の維持などは考慮の外にあります。ところで持続性は何らかの事業活動によって保障されますが、地域作りを目的にするような事業体は恐らく今見たような理由で株式会社企業によっては担いきれないでしょう。そこで事業の目的を地域作りといったものとしうる新しい事業体を構想していかなければなりません。
　私たちが取り組もうとしているワーカーズ･コレクティブ（働く人たちの協同組合）は自己の集団的利益にとらわれずに地域のニーズに密着した事業を展開していけると考えています。私たちが構想するコミュニティビジネスはこのようなイメージです。

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Author: ebara Published: 2006/4/10 Read 7599 times

武田桂二郎の問題提起について

はじめに

第１章 縄文時代と弥生時代