　1994年にGATT（関税貿易一般協定）を発展解消させて、新たにWTO（世界貿易機関）を作ることが決められました。GATTは1948年に設立され、自由貿易を旗印にして主として商品の輸出入の際の関税障壁を廃止することを目標に、多国間の交渉を進めてきた国際組織で、これまで8回のラウンド（多角的貿易交渉）を行ってきました。8回目のラウンドはウルグァイで始まったのでウルグァイ・ラウンドと呼ばれていますが1986年に始まったこのラウンドは交渉が難航し終結したのは1994年でした。

　ウルグァイ・ラウンドでは農業と繊維の交渉が重点となりましたが、モノの貿易以外の、サービス、貿易関連投資措置、知的所有権といった新しい分野が貿易自由化の交渉対象となってきて討議課題が拡大していきました。そのため1994年4月の閣僚会議で、協定にもとづく交渉のための組織であったGATTをWTOという国際機関へと格上げすることが合意され、こうして1995年1月からWTOが活動を開始したのでした。（石見尚、野村かつ子著『WTO－シアトル以後』緑風出版、2004年、20頁より）

　以降WTOの活動が広がっていくにつれてそれに反対する人たちの抗議行動が目立ってきて、1999年にシアトルで行われた閣僚会議の場合は、全世界から抗議に駆けつけた人々によって会議を中断せざるを得ませんでした。なぜそのようなことが起きるのでしょうか。このことについて考えてみましょう。

2）GATTとの違い

　GATTはモノとしての商品についての協定でしたがWTOになるとその他に30近くもの協定が作られており、スーザン・ジョージは主な協定について次のようにまとめています。

「(1) 関税ならびに貿易に関する一般協定（GATT）。これはマラケシュの最終文書で修正され今も効力がある。これは商品の分野をカバーするものである。　(2) サービス貿易に関する一般協定（GATS）
　(3) 農業に関する協定。
　(4) 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定（TRIPS）。
　(5) 貿易関連投資措置（TRIMS）にかかわる協定。
　(6) 技術的貿易障壁（TBT）に関する協定。
　(7) 衛生植物検疫措置（SPS）に関する協定。
　(8) 紛争解決に係わる規則ならびに手続きに関する協定、あるいは紛争解決機関（DSMもしくはDSB）。この機関は、いわばWTOの“最高裁判所”である。しかもこの機関は、行政機能と司法機能を兼ね備え、ある加盟国が他の加盟国に対して制裁を科すことができる。この機関は法的判断を下したり、国内法制のあれこれの規定を非合法であると??つまりWTOの規則にかなっていないと??宣言することができる。」（スーザン・ジョージ著『WTO徹底批判！』作品社、2002年、22～23頁）

　これらの協定のうち、私たちの生活に関連の深い（4）と（7）については後で見てみましょう。

　WTOとGATTのもうひとつの違いは、GATTが国連の作った組織であるのに対して、WTOは国連のシステムに属してはいないということです。

　「1994年、マラケシュで実に巧妙な手品が行われる。132ケ国が、GATTの多角的交渉のひとつ?ウルグアイ・ラウンド?に決着をつけるために集まった。132ケ国は“GATT”＝国連のつくった機関という帽子をかぶって部屋に入り、部屋から出るときには“WTO”＝国連とは完全に独立した貿易機関という帽子をかぶっていたのである。
　WTOをつくる協定において、国連はあっさり見捨てられ、忘却された。この忘却によって、WTOはみずからを『国連の教義体系からはずれた』機関とみなし、『みずからの使命はもっぱら貿易であり、したがって国際法に従属する必要はない』と考えることになる。それは具体的に言うならWTOは、国際憲章、世界人権宣言、経済的・社会的・文化的権利条約、諸国家の経済的権利と義務の憲章などとまったく無関係の機関であるということにほかならない。WTOの加盟国がほとんすべて、こういった憲章や条約と結びついた国連の加盟国であるにもかかわらず、そういうことになっているのである。したがって“人権”とか“人間的権利”といった言葉は、WTOのさまざまな協定のいかなる条文のなかにも姿を現さない。」（『WTO徹底批判！』、38～9頁）

　WTOを通じて自由貿易を推進しようとしているのは、いまや中位の国家のGDP(国内総生産)と肩を並べるほどに巨大化した超国籍企業(多国籍企業)です。2002年度の統計によれば売上高世界一の企業にはゼネラル・モーターズを抑えて小売業のウオルマート・ストアーズが立ち、ベルギーとスウェーデンのあいだに割って入っています。そして50番目の国家はアルジェリアですがこの50の国家に50の超国籍企業が並んでいるのです(伊藤正直著編『世界地図で見るグローバル経済』旬報社、2004年、24～5頁)。国連加盟国は現在191カ国ですが、残りの141カ国は日産自動車の売上にはるかに及ばないという現実があります。超国籍企業の目からすれば、自分たちよりもはるかに小さい経済規模でしかない国家が、国家であるということだけで国境を持って貿易に対しての摩擦要因を作っていることが許せないということであり、したがって国家の連合である国連の存在も邪魔なのですね。

3）WTOの大原則

　超国籍企業の思惑がどこにあるかを明らかにするものが次にあげるWTO原則です。

　「例外の否定……各々の加盟国は、『各国の法律・規定・行政手続きを』WTOの決めた『（あらゆる）協定のなかに記載されている義務に従わせること』になっているので、WTOは加盟各国の主権を監督する立場も有しているということである。」（同書、23頁）

　ここでは超国籍企業が自分たちの都合の良い貿易のルールをWTOで決め、それを各国の法制よりも上位におくことをあからさまに主張しています。

　「加盟国は透明性を保つ義務がある。透明性というこの言葉は、この組織の隠語として、ある特別の意味をもっている。すなわち、各国政府は、WTO事務局ならびに他の加盟諸国に対して、各国の現行の法律だけでなく、貿易に影響を与えうると思われる（実際上すべての）最新の法律・規範・規則などを細大もらさず知らせなければならないということである。」（同書、24頁）

　このように、WTOは各国政府の上に立つ存在であり、各国政府はWTOの指導を受け入れなければならない、というようになっているのです。

　「各々の加盟国は別の加盟国によって輸出される“同種の産品”を同一のやり方であつかわねばならない、ということになっている。“同種の産品”のさまざまな異なった供給者のあいだに差別を設けることは不法であり、すべてが同じ資格をもつものとして厚遇されねばならないのである。」（同書、24～25頁）

　90年代のアメリカではナイキなどの超国籍企業が、アジアで児童労働を使ったり、非常に劣悪な労働条件の下で生産していることに対して抗議する運動がありました。この原則に従えばこのような抗議や不買運動を行うことが非合法とされてしまいます。

　「市場へのアクセス、あるいは数量的制限の排除。つまり、輸出であろうが輸入であろうが、“数量割り当て”“禁止”“差し止め”“最低価格”といった措置は禁じられているのである。」（同書、25頁）

　これでは農産物の輸出国が飢饉に陥っているときにですら輸出制限をすることが禁止されてしまいます。さてWTOについて簡単にまとめてみました。後は私たちの生活に関係の深い問題についてみてみましょう。

4）知的所有権

　知的所有権にかかわる協定（TRIPS）の問題は、著作権、芸術、レコードの生産、ラジオやテレビの放送、ブランドや特許、工業デザインといった領域のみならず、集積回路、「未発表情報」、製造の秘密、研究データといったものをカバーすることのほかに、遺伝子情報や遺伝子組み換え技術も含んでいることです。

「この協定が生命体の特許化を可能にするものであるという点である。種子・微生物・微生物の操作過程といったものを公然と特許化しうるのである。……遺伝子組み換え作物や、アグリビジネスを行う超国家企業の取得した種を保護したりするときにもつかわれる。」（同書、34頁）

　現にカナダのナタネ栽培の農家シュマイザーさんのモンサントとの裁判が、この事例を示しています。シュマイザーさんのナタネ畑に、どこからかモンサントの遺伝子組み換えナタネの花粉が飛んできてシュマイザーさんの畑で遺伝子組み換えナタネが取れました。これは本来モンサントが謝って賠償すべき問題ですね。ところがモンサントは自らが特許権を持っている遺伝子組み換え作物をシュマイザーさんが勝手に栽培したとして特許権侵害を主張し賠償を求めたのでした。

　これに対してシュマイザーさんは、50年以上かけてつくってきた種がGMO種子で汚染されたとして逆にモンサントに賠償を要求しました。裁判では一審と二審がモンサントのGMO遺伝子に対する所有権は認めましたが、代金の支払いなどのその他の要求は退けられています。

　シュマイザーさんによれば遺伝子組み換えナタネの種をモンサントから購入した農家は次のような契約書にサインを求められます。

１. 自分の種を使ってはならない。
２. 毎年モンサント社から種子を購入すること。
３. すべての化学肥料、農薬をモ社から買わなければならない。
４. 違反して、モ社から受けたことをマスコミにも友人にも話してはいけない。
５. 年間1ヘクタールあたり、40ドルのライセンス料を払うこと。
６. モンサント・ポリスが3年間畑に来ることを認めなければならない。
７. モンサント・ポリスに畑、倉庫、税金支払いの記録を見せなければならない。

　他方GM種子を使ってはいない農家に、モ社から賠償請求書が突然届きます。それには「GM種子を育てている証拠を持っている。農地の大きさに応じて＊＊ドル支払いなさい。そうしなければ訴訟を起こす。この手紙のことは誰にも言ってはいけない。」と書いてあるそうです。(2003年7月3日の講演、安田節子さんのHPより)

　このようなひどいことが起きる可能性を察知したアフリカ諸国はこの協定に次のように大きい修正を加えることを提案しました。

「（1）植物、動物、微生物、微生物の操作過程、さらには『すべての生命体とその部分』といったものの特許化を除外すること。
（2）『先住民共同体の自主改革』を保護すること。
（3）『種子の保存や交換の権利をふくむ伝統的なの農業を守ること』。
要するに、アフリカの諸国はTRIPSを、1992年のリオの会議で採択された生物多様性についての協定にそった線にのせることを提案したのである。結局、彼らの提案は聞き入れられなかったが、彼らが提起した問題はいまやますます今日的重要性をおびてきている。」（同書、35頁）

　シュマイザーさんによれば、北アメリカでモンサントは農民に対して550件もの訴訟を起こしているそうです。

　ところで新潟県の北陸センターの遺伝子組み換え稲の圃場栽培実験の動機も、国が組み替えの特許を取るために必要だと主張しています。生命体には特許を設定すべきではないことを明確に言い切っていくことが問われています。

5）衛生植物検疫措置

　生産物の無害性に疑いがある場合、無害性を証明する責任は売り手＝輸出者にあり、有害性を証明する責任は買い手＝輸入者にはないということが予防原則ですが、WTOからすればこのような予防原則の適用は保護主義的な障壁とみなされてしまいます。というのも健康や環境といった領域では、生産物や生産方法の有害性は具体的に顕在化するのに長い時間がかかり、またその害の因果関係を科学的に証明することも大変難しいからです。

　「SPS（衛生植物検疫措置に関する協定）の規定では、食品安全保障に関する各国の基準は、国連食料農業機関（FAO）の補助機関である“コーデックス食品規格委員会”によって決められた基準を厳格に守らなければならないことになっているが、この補助機関はもっぱら農産物加工業の代表者たちによって支配されている。しかも、2000年の時点ではアメリカ合衆国の農業部門の役人がこの機関の長を務めている。そのうえ、アメリカの代表者たちは“コーデックス食品規格委員会”の規定のなかに予防原則についての記載がいっさいなされないためにたたかうのである。」（同書、33頁）

　現にWTOの紛争解決機関は、ホルモン剤を使って育てたアメリカの牛肉が健康に害をもたらすかもしれないということをヨーロッパは立証しなかった、という理由でホルモン牛の輸入を拒否しているヨーロッパの国をWTO加盟国としての義務違反であると判定しているのです。

　ここでおなじみのコーデックス食品規格委員会が出てきましたので、この委員会の成り立ちについてみておきましょう。この委員会は1962年にFAOとWHO（世界保健機関）の合同の委員会として目立たない活動をしてきました。ダフィーネ・ワイスハイムによれば、この委員会が脚光を浴びるようになったきっかけは、1986年に超国籍企業カーギル社の前副会長だったダニエル・アムスタッツ氏の発想に基づくものです。その内容は従来FAOの補助的機関だったこの委員会を、GATT加盟国に“健全な科学的知見”に基づく最終審判を下す存在へと格上げすることでした。このような機関へと格上げされたにもかかわらず、この委員会の科学的知見とはアメリカ農務省と超国籍企業が派遣する御用学者によってまとめられ、そしてアメリカが派遣している委員会のメンバー28人のうち超国籍企業から派遣されているものは12名に上っているのです（「ガット・ハイジャック」、『現代農業』1993年増刊号、96頁）。このようにしてしつらえられた委員会が、環境・健康・安全基準を審査する際に、健康よりも生産性を重視するのは当然の帰結でした。その後この委員会は“健全な科学”の名の元に従来守られてきた安全基準をなし崩し的に解体していくことで私たちに知られる存在となっていったのでした。

6）なぜ反対運動が起きるのか

　シュマイザーさんのケースで分かるように超国籍企業はずいぶんひどいことをやっています。これが反対運動の起きる原因ですが、その理由について考えてみましょう。

　根本は国家と企業との違いがあるにもかかわらず、企業が国家に成り代わろうとしているところにあります。グローバルスタンダードと呼ばれている種々の協定や基準は国家の国民に法的な規制をもたらすものです。従来は企業の活動が国家によって保護され、また規制されてきました。ところが今日起きているのは逆に中位の国家の経済規模と肩を並べるようになった超国籍企業が国家と国民の方を規制しようとしているのです。

　国家の場合は国民に対して生命や財産についての安全、働けない人たちへの福祉、思想心情の自由、参政権等の基本的人権・生存権・社会的基本権という各種の権利を保障する義務があり、この保障の上に支配権が認められています。また国家は民主的手続きで選ばれた人たちによって統治が行われています。主権在民が原則で手続きを踏めば議員の解任もできます。そして国家権力の行使については三権分立で、立法権と行政権と司法権はそれぞれ独立した形式を保っています。いわゆる法治主義が実施されているのです。

　ところが市場原理にもとづく企業活動は自己の利益の追求だけに専念しておれば市場の「みえざる手」の働きでバランスが取れる、という行動原理に従っています。したがって国民は消費者でありお客さんであって、単に取引の相手としてしか考えられていません。生命や財産の安全その他の権利は、企業にとっては、消費者が自己責任で保持すべきものと考えられています。国家と違って、お客さんが飢えようと病気になろうと企業には責任はないのです。

　しかも超国籍企業やWTOの指導的メンバーは誰によっても選出されていないのです。このような企業やWTOには本来世界の国民に法的規制を行う合法的な支配権は何も持ってはいません。したがって、協定を押し付けることは不当な権力行使にあたります。支配権を持たない集団が経済的に巨大であるという理由だけで世界中の人々に縛りをかけようとしている、これが現実に起きてきているのです。

　そこでの問題はアメリカや日本といった国家の指導者たちがこの市場原理主義に基づいて国家の統治をしようとしており、超国籍企業の利益にしたがった政治をしていることです。新自由主義と名づけられているこの政治グループは小さな国家という名目で国家が果たすべき機能を次々と放棄し、国民に対して自己責任を要求することで基本的人権の保障という国家の民主主義的役割を切り捨てようとしているのです。

　このような時代にあって、私たちは企業にはもちろんのこと国家にも多くは期待できず、自らの力を合わせてセーフティーネットを編み出し自己防衛を進めていくしかないでしょう。そんなことが果たして可能でしょうか。企業が営利を目的にした株式会社であれば問題は解決されないでしょう。しかし協同組合であれば、地域の福祉のための活動を行えます。協同組合の地域作りが注目される時代が訪れています。

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Author: admin Published: 2006/4/11 Read 8221 times