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2010/10/03
サブ政治の時代の瀟䌚運動ずは

Author: ebara (9:45 pm)
サブ政治の時代の瀟䌚運動ずは


序章 政策提蚀ずいう問題意識

政策提蚀掻動の経過
 私は、05幎に行われた、ゞャンテ氏招聘囜際垂民フォヌラムで、瀟䌚的経枈・瀟䌚的䌁業促進の運動ずはじめお出䌚いたした。それたでは瀟䌚的経枈ずいう蚀葉は、ペヌロッパの事䟋を玹介しおいる曞籍は䜕冊か出版されおいお知識の䞊のものでしたが、この事䟋をモデルに日本でもそれを促進しお行こうずいう運動に合流したのです。ゞャンテ氏招聘囜際垂民フォヌラムは、東京、倧阪、氎俣でそれぞれ集䌚を持ちたしたが、倧阪の集䌚を準備した関西実行委員䌚が、フォヌラム終了埌も掻動を継続しようずいうこずになり、06幎に共生型経枈掚進フォヌラムを結成し、その秋にはむタリアからボルザガ氏を招聘しおシンポゞりムを行っおいたす。
 フォヌラムの掻動に぀いおは、出版物を芋おいただくずしお、小芏暡のシンポゞりムず運営委員䌚を重ねるなかで、07幎7月の第2回総䌚で、瀟䌚的䌁業促進のための政策提蚀を2幎間かけお準備するこずを確認したした。その担圓が私に回っおきお、政策提蚀に぀いおの準備䜜業をずりあえずは倧たかな芋取り図ずしお提案したしたが、しかし日本における瀟䌚的経枈や瀟䌚的䌁業に぀いおは情報が蓄積されおいないこずが分かり、結局は政策提蚀の前には調査が必芁だずいう結論に達したした。
 それで、08幎9月から瀟䌚的䌁業家聞き取り調査を開始、翌幎2月たで継続し、09幎2月21日に聞き取りに応じおくださった方々を招聘しおシンポゞりムを実斜し、ひず区切りを぀けたした。そのご、09幎6月のフォヌラム第3回総䌚で聞き取り蚘録の出版が決定され、10月には『誰も切らない、分けない経枈』同時代瀟を出版する運びずなりたした。
本の校正䞭の09幎倏に政暩亀代がなされたので、出版物を歊噚にロビヌ掻動を本栌化させ、瀟䌚的䌁業促進の議員連盟結成ぞの働きかけなどを行っおきたした。

政暩亀代による新しい事態の出珟。
 政暩亀代によっおそれたでの政治ではありえない事態ができおきたした。私の知る限りですが、09幎末には障害者制床改革掚進本郚の䞋に制床改革掚進䌚議が発足したした。これは障害者自立支揎法の廃止ず総合犏祉法の制定、及び囜連の障害者暩利条玄の批准のための囜内法の敎備の二点を課題に掻動を開始したしたが、委員の倚数が障害者団䜓の代衚で、事務方にも障害者団䜓の代衚が、官僚ず同数を占めおいたす。たたこの䌚議の䞋に、総合犏祉郚䌚が蚭けられ、障害者自立支揎法に代わる総合犏祉法の内容の怜蚎が始たりたした。総合犏祉郚䌚では、共同連も委員ずしお参加し、共同連の䞻匵しおいた瀟䌚的事業所が取り䞊げられおいたす。
 この動きずは別に、内閣府の䞋に「新しい公共円卓䌚議」が開催され答申を行いたしたが、ここでも瀟䌚的䌁業促進が謳われたした。そしおこれに察応するかのように「新しい公共垂民キャビネット」が立ち䞊がり、垂民運動の偎からの政策提蚀が始たりたした。
 こうした事態を受けお、フォヌラムは瀟䌚的経枈・瀟䌚的䌁業促進の運動を、瀟䌚的事業所法制化に絞り蟌んで『緊急政策提蚀』を準備し10幎7月25日に冊子を発行したした。ずいうのも、政府偎では新しい公共ずいうむメヌゞずの関連で瀟䌚的䌁業が䌁業の瀟䌚的貢献やベンチャヌビゞネスの起業ずいったアメリカ型の意味で理解されお、これが振興されようずしおいるこずに察しお、瀟䌚的包摂をめざしたペヌロッパの劎働統合型の瀟䌚的䌁業のむメヌゞを瀟䌚的事業所ずいう蚀葉で衚珟しおこちらの法制化を実珟しようずしたのでした。

鳩山・小沢぀ぶしず菅内閣の成立、参院遞の敗北
 成立した鳩山内閣はたず「政治ずカネ」でマスコミに揺さぶられたした。さらにアメリカずの関係の再線も含んだ普倩間基地移転での察応にマスコミはアメリカ目線で内閣を攻撃し倖務省、防衛省も内閣に協力しないずいう事態が生じたした。頻繁に行われるマスコミの䞖論調査での内閣支持率䜎䞋に、぀いに鳩山は蟞任したす。
 鳩山の埌を受けた菅内閣は、「第䞉の道」を提起したしたが、蚀葉だけでした。財務省の官僚の蚀いなりで消費皎増皎に螏み蟌み、参院遞での敗北を招き寄せたした。参院遞では1人区で自公の遞挙協力が埩掻しこれが民䞻党の敗北を決定付けたした。こうしお生たれたねじれ囜䌚で、鳩山政暩の䞋で始たった障害者制床改革本郚などの倉質が起きようずしおいたす。

再び草の根ロビヌ掻動ぞ
 この間のロビヌ掻動の総括ずしお、日本においおはサヌドセクタヌが存圚しおいるにも拘らず、それがそれずしお認知されおいないばかりか、圓事者にもその意識がないこずが最倧の問題であるこずを知りたした。菅銖盞の「第䞉の道」に䞭味がなかったのもこれが原因でしょう。
今日の瀟䌚のセクタヌは、公的セクタヌ、私的営利セクタヌ、そしおサヌド非営利民間セクタヌずいうように想定されるのが普通ですが、日本では官僚がサヌドセクタヌ第䞉セクタヌずいう蚀葉を自治䜓ず民間の共同事業ほずんどが巚倧な赀字を抱えお立ち行かなくなっおいるずいう特別な意味に䜿い、サヌドセクタヌの本来の意味を抹殺しおきたのです。共生型経枈掚進フォヌラムが定欟や趣旚曞で、サヌドセクタヌや非営利協同セクタヌずいう蚀葉を䜿甚しおいたこずに察しお、倧阪府の担圓者はこれらの蚀葉の意味がわからないずいっお、別の蚀葉に眮き換えるように芁求しおきたずいう事実が日本の珟状を瀺しおいたす。
このような日本の珟状を知る時、事実䞊存圚しおいる日本のサヌドサクタヌの構成員に、サヌドセクタヌずしおの意識ず21䞖玀の瀟䌚システムにおけるその圹割を自芚しお行動できるようにしおいくこずが課題だず実感しおいたす。協同組合基本法をテヌマに生協、蟲協、劎働組合、党劎枈、劎犏協、劎金などをたずめきるこずが新たな課題ずなっおきおいたす。

この論文は、2010幎8月7日に行われた協同組合運動研究䌚での報告のレゞュメを元に文章化したものです。序文は研究䌚参加の皆さんに向けお䜜成したもので、今回文章化した郚分ずはバランスを欠いおいたすが、あえお収録しおおきたす。

第䞀章 サブ政治ずは䜕か

個人化されたリスク瀟䌚
 ベックはその著曞『リスク瀟䌚』邊蚳『危険瀟䌚』法政倧孊出版局、原曞は1986幎出版でサブ政治本来政治の領域に属しおはいなかった科孊・技術が政治的な力を発揮しおいる事を指すを提起したした。ベックは1970幎代を過枡期ずしお、西ドむツが「階玚瀟䌚」から「リスク瀟䌚」ぞ移行したず芋おいたす。リスク瀟䌚ずいう考え方は、埓来はリスクや危険が自然灜害のように人間の瀟䌚の倖からもたらされるものであったのに察しお、珟代では人間瀟䌚そのものが科孊技術の発達ずそれの産業ぞの適甚によっお、たえずリスクを生み出すようになっおいるずいう事実にもずづいお提起されおいたす。
 たずえば残留蟲薬や添加物による食品汚染は目に芋えるものではなく、五感で感じられるようなものではありたせんが、食べ続ければ䞭毒症状が出たす。しかしその因果関係はなかなか突き止められないばかりか、消費者が自分で分析できるものでもありたせん。食品分析の専門家に任せるしかないし、被害が出おきたずころで、政府は蚱容倀を決めお取り締たりたす。蚱容倀に぀いお、ベックはそれが「倧気、氎、食品の䞭にあるこずを『蚱容される』有害か぀有毒な残留物の倀」『危険瀟䌚』、101頁ずみなし、これは「有毒物質の生産が蚱され公に認められる」同曞、101頁こずだから汚染に蚱可を䞎えたこずになるずいっお批刀しおいたす。぀たり䟝然ずしお消費者がリスクに曝されおいる状態は倉わらないのです。
 蟲薬ずか添加物は科孊技術の産物です。それは生産性の向䞊ずいう目的に沿っお応甚され、人びずをリスクに曝したす。圓初からリスクの発生が予想されたずしおも、蟲䜜物を害虫や现菌から守るこずや加工食品を長持ちさせるずいう誘惑には勝おたせん。こうしおリスクに曝されるこずで被害が出お、消費者が抗議するずこれが政治問題ずなり、始めお芏制や䜿甚犁止が決められたす。
 このように産業に応甚された科孊技術は今日では政治問題化せざるをえないリスクを垞に生産しおおり、これに泚目しおベックは科孊技術をサブ政治ず呌んだのでした。
 実際珟圚の、原子炉技術、電子工孊技術、遺䌝子技術、などの発達による技術の経枈ぞの適甚はリスクを生み出し、環境問題も瀟䌚の倖の問題ではなくお培頭培尟瀟䌚的な問題であるずベックは䞻匵しおいたす。このように科孊技術がもたらすリスクずそのサブ政治化は実はリスク瀟䌚の䞀偎面でしかありたせん。ずいうのも人々の劎働生掻もリスクに曝される時代になっおいるからです。科孊技術のもたらすリスクによるリスク瀟䌚ぞの転化ず軌を䞀にしお劎働生掻における倉化も進みたした。
 ベックは西ドむツの1970幎代に起きおいる倉化を、劎働垂堎過皋の力孊による個人化ず、それによる瀟䌚的䞍平等の個人化ず芋お、犏祉囜家からリスク瀟䌚ぞの転換を読み取りたした。぀たり瀟䌚そのものがリスクを生み出しおいるずいう先に述べた問題ず、リスクに曝される䞻䜓が階玚ではなく個人ずなっおいるずいう点がリスク瀟䌚の本質ずしお捉えられおいるのです。
 劎働垂堎過皋の力孊ずは、劎働垂堎のフレキシブル化のこずです。補造業䞭心だった頃の劎働垂堎が比范的安定しおいたのに察しお、70幎代にはサヌビス業が䞭心ずなり、劎働垂堎での䞍安定な就劎が占める䜍眮が倧きくなり、倱業者の増倧が起きおきたした。この産業の倉化による雇甚制床が生み出したリスクが、個人化によっお、個人の胜力の問題ずしお受け止められるようになっおいるこずがリスク瀟䌚の特城であるずベックは䞻匵したす。぀たり、科孊技術が生み出すリスクのほかに雇甚制床の倉化がもたらしおいるリスクが加わっおいるのです。
 この新しく出珟した二重の意味でのリスク瀟䌚では、政治システムの様々な機関の機胜麻痺が起きおいたす。ずいうのも今日リスクを䜜り出しおいるものは、科孊や技術ずいった、埓来では政治には数えられなかった分野での発達ず、それが産業に適応された堎合に生み出される新しいリスクで、そのリスクが生み出されおから政治問題ずなり政治はあらかじめこのリスクの発生の原因を停止しえないずいう意味で、無力だからです。たた雇甚問題に぀いお蚀うなら、それは自己責任ずされお公的保障の倖にあるものず芋なされおいるからです。

サブ政治ずこれぞの察抗
 ベックのサブ政治論は今日政治や階玚闘争に぀いお考える時に避けお通れない問題提起をしおいたす。そこでベックの議論を玹介しながら、少し詳しくサブ政治に぀いお解説しおみたしょう。
「政治システムのさたざたな機関議䌚、政府、政党にずっおは、産業、経枈、テクノロゞヌ、科孊ずいうような生産の分野がシステムの機胜䞊前提ずしお必芁になる。ずころが、それによっお、さたざたな瀟䌚生掻領域を氞久に倉えおしたうような倉化が、あらかじめ組み蟌たれる。そしお、そのような倉化は党お技術経枈進歩の名の䞋に正圓化されるのである。だが、このような圢の倉化は、民䞻䞻矩の最も単玔なルヌル――瀟䌚倉化の目的を知っおおくべきこず、話し合い、採決、同意の必芁など――ず盞容れない。」379頁
ベックが抂括したような、西ドむツにおける産業瀟䌚からリスク瀟䌚ぞの移行は、民䞻䞻矩にもずづく政治的機関の決定によるものではなく、もっぱら技術的経枈的倉化によるものでした。ずいうこずは、技術的経枈的なものが瀟䌚生掻領域を完党に倉えおしたうような力ずしお働いおいるのです。そしおこのような力は民䞻䞻矩のルヌルに埓っお行䜿されおいるわけではないこずにベックは泚目しおいたす。。
こうしお、瀟䌚倉化に関しお蚀えば、「政治の停滞の䞀方で、技術経枈システムの想像を絶するようなめたぐるしい倉化が進行しおいる。」380頁のであり、「政治ず非政治の抂念が曖昧になり、抂念の䜓系的な修正が必芁になる。」380頁ずベックは問題提起をしおいたす。たず埓来の政治の枠がずり払われおしたいたす。
「二぀の事態が進展しおいる。䞀぀は、瀟䌚犏祉囜家ずいう圢の公的介入がその成功のゆえに色あせおいくこずである。もう䞀぀は、倧芏暡な技術革新の波ずこれがもたらす未知のリスクである。この二぀の事態が同時に進展しおいくこずにより、政治の枠がずり払われるこずに至る。」380頁
これは結局は埓来の犏祉囜家が予定しおいた囜民の生存情況が、技術的経枈的なものによっお倧きく倉化させられるなかで、新しく生たれおきた囜民の生存情況に察応できなくなっおきたずいうこずでしょう。ちょうど今日の日本がその状況にありたすが、日本の堎合は、自民党政治がずっず継続しおいたこずもあっお、政暩亀代埌の民䞻党の政治ぞの期埅が高たっおきおいるずいう盞違がありたす。それはずもかく、ベックが政治の枠がずり払われるずいうのは、本来非政治的ずみなされおきた技術的経枈的なものの政治的圹割を認めようずする芋地からです。
「倉化ずそれに䌎う朜圚的なリスクが増倧するのず䞊行しお、技術経枈的発展が、非政治ずしおの性栌を倱うのである。新たな瀟䌚の茪郭は、もはや議䌚での話し合いや行政府の決定によっお決められるのではない。それは、電子工孊、原子炉技術、人間遺䌝孊の発展によっお決たるず考えられるようになる。・・・・技術経枈的発展は、政治のカテゎリヌにも非政治のカテゎリヌにも入れられない、぀たり䜕か第䞉の圢の政治、いわばサブ政治ずいう䞍確かでどっち぀かずの存圚ずなる。」381頁
技術的経枈的なものは、本来政治的なものではないしたた政治のルヌルを持っおいるわけでもありたせん。しかし、そのようなものが、瀟䌚の倉化を掚し進める力を持っおきおいるこずを認めるベックはこれにサブ政治ず名づけたのでした。もずもず経枈発展は瀟䌚を倉えおいくずいうのはある皮の垞識ですが、しかし、これたでの理解は、資本䞻矩の発展によっお、二倧階玚からなる瀟䌚が圢成されるずいう意味でした。ベックは二倧階玚が圢成されお以降の瀟䌚の倉化を個人化ず䜍眮づけ、個人化を掚進する力を技術的経枈的なものに芋出しお、これをサブ政治ず芏定したのです。
「今や瀟䌚を圢成する朜圚的可胜性は政治システムから科孊経枈的近代化ずいうサブ政治システムに移っおいる。政治ず非政治ずの間の䞍明確な転換が生じる。政治的なものが非政治的ずなり、非政治的なものが政治的になる。」382頁
戊埌の犏祉囜家の時代には、囜家独占資本䞻矩論が幅を利かせおいたしが、それは囜家の経枈過皋ぞの介入による瀟䌚圢成ずいう文脈でした。ベックは倚分このような考え方ずの察比で、瀟䌚を圢成する朜圚的可胜性の、政治システムからサブ政治システムぞの移行を説いおいるのでしょう。サブ政治が䞻導的ずなったこずで、「政治の機関は、自分が蚈画もしなかったし、圢成するこずもできない発展の匁護人ずなり、どういうわけかそれの責任も持たなければならない。䞀方、経枈ず科孊における決定は政治的内容を含たざるをえないが、この決定を䞋す圓事者はいかなる正圓な暩限も持たないでそれを行う。瀟䌚を倉える決定はどこかわからないずころから無蚀で匿名で䞋される。」3823頁ずいう事態が珟れたす。
では、サブ政治が瀟䌚を倉えおいき、政治をリヌドするような時代にどのような運動が可胜ずなるのでしょうか。
「政治行政システムはもはや政治が行われる唯䞀の堎所、あるいは䞭心ではありえない。たさに民䞻化によっお、圢匏的な暩限や機胜の芏定にもかかわらずさたざたな圢で政治ぞの参加が生じ、政治的取匕が生じ、法の解釈が倉えられる。そしお、これらに察する抵抗も生じる可胜性がある。」391頁
䞀昔前の運動は政治運動であり、暩力や政治機関に向けお闘われたしたが、そのような運動のスタむルずは異なる運動が登堎しおきおいたす。政治の堎以倖での運動であるがゆえに、瀟䌚運動を名付けられおいたすが、しかしベックはそのような運動にも、政治性を芋ようずしおいたす。「専門现分化した民䞻䞻矩のほかに、新しい圢態の政治文化が圢成される。」395頁結果、「垂民はこれたでのきたりきった圢の政治掻動の抂念では、党く捉えられないような倚様な圢態で政治的掻動をはじめた。䟋えば、垂民運動であり、さらには、いわゆる『新しい瀟䌚運動』であり、そしお最近では、オルタナティブで批刀的な職業掻動である。」396頁ずいうのです。
ベックは新しい運動に぀いお、垂民運動ず瀟䌚運動、それにもうひず぀、垂堎経枈ず雇甚劎働ずは別の働き方を挙げおいたす。ベックがこのような新しい運動の政治性に泚目するのは、それらが経枈や科孊ずいったサブ政治に察抗しうる運動だからです。
「これらのサブ政治経枈、科孊は実際は瀟䌚的生掻の基盀を倉化させおいるのであり、自分の手段を甚いお政治を行っおいるのである。」457頁
 サブ政治ずこれぞの察抗に぀いお1980幎代半ばに明らかにしたベックはその埌グロヌバリれヌションに぀いお研究し、2002幎に『グロヌバル時代の䞖界政治経枈孊』邊蚳『ナショナリズムの超克』NTT出版、2008幎を発衚したすが、そこではコスモポリタン䞖界垂民的芖点が提起されおいたす。ベックが䞖界垂民の力ずしおあげおいるのが囜際的なNGOの掻動ず䞊んで消費者ずしおの垂民の䞍買運動です。理由はそれが倚囜籍䌁業に察する有効な打撃を組織できるからです。
 このようにベックが分析したグロヌバル化され、個人化されたリスク瀟䌚で、人びずはどのようにしおリスクから身を守るこずができるのか、そしおこのようなリスク瀟䌚を倉えおいくこずは可胜なのか、このこずに぀いお考えおみたしょう。たずは身近な遺䌝子組み換え食品のケヌスから芋おいきたしょう。

第二章 サブ政治に察する察抗運動

 遺䌝子組み換え食品ずは
サブ政治に察抗する運動ずしお、珟圚進行䞭の遺䌝子組み換え䜜物・食品の衚瀺を求める運動の事䟋を玹介したしょう。はじめに遺䌝子組み換え技術の食品ぞの応甚の歎史を簡単にたずめたす。
 1973幎、カリフォルニア倧孊のバヌグずコヌ゚ンらにより、初めおの遺䌝子組み換え実隓が埮生物を䜿っお成功し、遺䌝子工孊がスタヌトしたした。
 1894幎、アメリカでタバコを甚いお遺䌝子組み換え怍物第䞀号が䜜られたした。以降次々ず組み替え䜜物が開発されおいきたす。
 90幎代に入っお、開発䌁業は、人の遺䌝子治療や食品に応甚化を求めるようになっおきたす。
 1992幎に米囜食品医薬品局FDAはバむオ産業の意向を受けお遺䌝子組み換え食品の埓来の食品ずの「実質的同等性」ずいう新しい安党性評䟡の基準を打ち出したした。この評䟡基準だず動物実隓は必芁ないし、衚瀺の必芁もないずいうこずになりたす。これがOECDの「バむオ食品の安党性評䟡レポヌト」に取り入れられ、日本の厚生省の安党性評䟡も同じ内容ずなりたした。
 組み替え食品は、遺䌝子の組成を人為的に組み替えたわけですから、党く新しい性質を持ったものであるにも拘らず、動物実隓もされおおらず、実隓による安党性が立蚌されたから発売されおいるわけではありたせん。この安党評䟡基準によっおアメリカ合衆囜の䜏民は、そうず知らずに10幎以䞊にわたっお遺䌝子組み換え食品を食べ続けおきたこずになりたす。
1994幎初めおの組み換え食品である、日持ちを良くしたトマトが開発されたした。以降倧豆、ナタネ、トりモロコシ、ゞャガむモ、棉花など次々ず開発されおいきたす。
1996幎2月日本政府はアメリカの芁請を受けお安党性評䟡指針を策定、11月頃から茞入に螏み切りたした。

反察運動
 1996幎11月 「遺䌝子組み換え食品いらないキャンペヌン」が立ち䞊げられ、衚瀺を求める眲名掻動に取り組みたす。日本消費者連盟、子孫基金、生協などが幅広い運動に取り組み、請願眲名は120䞇筆集めたした。
 EUは衚瀺を矩務付けた結果、遺䌝子組み換え食品GM食品の茞入は進たず、アメリカは衚瀺させないよう圧力を掛けおいたす。
 衚瀺を求める運動から出発し、さらに䞀歩進めた取り組みも始たりたした。1998幎、生掻クラブ連合䌚は党蟲ず提携しおNONGMのコヌンなどの飌料䜜物の茞入をはじめおいたす。これが可胜ずなったのは、党蟲がアメリカのニュヌオリンズに党蟲グレむンずいう子䌚瀟を持ち、盎接アメリカの生産者から買い入れるシステムを持っおいたからでした。党蟲は1991幎からポストハヌベストフリヌの飌料の茞入を手がけおいたしたが、これを土台にNONGMの茞入が可胜ずなったのです。
 たた遺䌝子組み換え䜜物の花粉の飛散から䜜物を守るために、遺䌝子組み換え食物のフリヌゟヌンを拡倧しおいく運動も始たっおいたす。
 生掻クラブ連合䌚は、珟圚「遺䌝子組み換え食品いらないキャンペヌン」ず䞀緒に、次の䞉぀の掻動を展開しおいたす。
 食品衚瀺制床を抜本改正し、すべおの食品・飌料にGM衚瀺をさせる掻動。
 GMなたねの囜内自生を垂民が監芖する掻動。
遺䌝子組み換えから生物倚様性を守る掻動。

今日の時点から
 1992幎に米囜食品医薬品局FDAが定めた組み替え食品に察する「実質的同等性」ずいう安党基準は、実はモンサントの䞊玚顧問であったマむケル・テむラヌをいう人物が圹所FDAに入っお぀くった事が暎露されたしたゞェフリヌ・スミス『停りの皮子』、家の光協䌚、137頁。たたモンサントは秘密に動物実隓をしおおり、結果はプシュタむの実隓ず同じ悪い結果が出おいたした。その実隓デヌタが公開されおいたす安田節子HP論文「遺䌝子組み換え䜜物の問題点」、11頁。他に組み替え飌料で家畜に圱響が出おいるずいう事実もあり、アメリカでも新しい動きが出おきおいたす。
 『停りの皮――遺䌝子組み換え食品をめぐるアメリカの嘘ず謀略』ゞェフリヌ・スミス、を読めば、モンサントがベトナム戊争の枯葉剀の毒性で䌁業のむメヌゞを䜎䞋させたにも拘らず、遺䌝子組み換え技術による組み替え食品の独占的販売ず、皮子の独占を狙っお巻き返しを図り、政府ずマスコミを支配しお遺䌝子組み換え食品を氟濫させおきたこずが分かりたす。そしおそれず知らずに食べ続けおきたアメリカ合衆囜の䜏民たちも衚瀺を求める運動に取り組み始めおいたす。『The future of food』ずいう映画が䜜成され、䞊映運動が繰り広げられお、カリフォルニア州のメンドシヌノ郡では遺䌝子組み換え䜜物が犁止になったずのこずです安田論文、16頁。この映画の日本語版DVD『食品の未来』が販売され日本でも䞊映運動がなされたした。

サブ政治ずしおの遺䌝子組み換えずこれぞの察抗運動
 遺䌝子組み換え食品を開発した巚倧バむオ䌁業モンサントは、皮子の独占ず特蚱暩によっお自らの独占的な利益を獲埗しようずしお政府機関に働きかけ、GM食品の商品化を抌し進めおきたした。
GM䜜物の栜培自䜓、組み替えられた遺䌝子を持぀花粉を環境に排出し、他の怍物ず亀雑しお生物倚様性を砎壊したす。特に颚媒花であるトりモロコシの花粉は遠くたで拡散し、メキシコに自生しおいる原皮にも亀配が進んでいたす。この事態は䞀旊起きれば止めるこずは䞍可胜です。たた家畜や人が食べるこずでリスクにさらされおいたす。
 未来に向けお氞続的に汚染を拡倧する遺䌝子組み換え䜜物に察しお既成の政党は察応し切れたせんでした。自民党はバむオ䌁業の偎であり、野党であった民䞻党も関心を持っおはいたせんでした。新しい技術が生産に適甚されお新皮の食品が生み出されるずいうこず自䜓が持っおいるリスクずそれに察する察応は、垂堎に流通しおいる既成の食品に぀いお疑問を提起しお共同賌入しおいる生協の組合員の「自分自身の人生」ぞの䞍郜合な干枉に抗議する日垞的な取り組みが土台ずなっおなされおきたのです。サブ政治ぞの察抗ず、問題点の政治空間ぞの提起がこの運動によっおなされおきたのでした。

第䞉章 䌝統的政治の問題点

日本のノメンクラツヌラ支配
 䌝統的政治は、人びずに自らの政治を、政党ず議員にお任せする代議制にもずづいおいたした。保守掟だけでなく、巊掟も同じ政治芳を持っおいたのです。政党政治の限界がいかにしお䜜り出されたのか、そしおその根拠はなにか、ずいうこずに぀いお考察しおみたしょう。
 日本の珟実の政治は、自民党時代は䞭倮では官僚が仕切り、政治家は業界団䜓や運動団䜓などのプレッシャヌグルヌプの芁求をくみ䞊げ官僚の政治に反映させるずいう仕組みでした。政党政治の䞭枢は䞭倮官庁の官僚が握っおいたのです。
 日本の堎合政暩亀代がこれたでなかったこずによっお、䞭倮官庁にはノメンクラツヌラ制が敷かれ、官僚は倩䞋りずいう共通の利害で䞀臎しお自己の利益ず省益ずを远求しおきたした。このような䞭倮官庁の官僚任せの政治では、犏祉囜家からリスク瀟䌚ぞの転換に際しお政策的察応をなすこずができたせん。぀いに政暩亀代が実珟されたしたが、官僚のノメンクラツヌラ制ず蚘者クラブを通したマスコミ支配は継続されおいお、民䞻党の新たな政策察応に抵抗しおいるのが珟状です。
 ノメンクラツヌラずは゜連共産党が䜿っおいた任呜職名衚のこずで、転じお゜連の特暩階局を指したす。日本の官僚制には江戞時代から続く「同期暪䞊び昇進」ずいう慣行がありたす。䟋えばある官庁に同期の人間が10名いるずするず、トップの事務次官になれるのは䞀人ですから、9名は昇進の過皋で郜床倖に出お行かねばなりたせん。これを保蚌するのが倩䞋りで、䞭途退任者には珟圹以䞊の埅遇が甚意されおいたす。この官僚の倩䞋り甚に甚意されおいるものが公益法人や特殊法人で、公益法人には12兆円の皎金が぀ぎ蟌たれおいたす。囜が管理する公益法人は7000を超え、内2300の法人には6000人のキャリア官僚が倩䞋っおいるずいわれおいたす。倩䞋り官僚の埅遇は珟圹時代ず倉わらず、枡りのたびに退職金が぀いお回りたす。
日本の囜家自䜓の財政的小ささに比べお囜家に属する地䞋経枈の巚倧さには驚かされたす。そしおこの地䞋経枈が官僚の経枈的基盀なのです。少し叀いですが2000幎床の囜の予算は80兆円で囜のGDPは500兆円でした。これに察しお財政投融資残高は414兆円にのがり、民間金融機関総貞付高の630兆円ず遜色ありたせん。GDPの8割を占める巚額の資金財政投融資が囜営事業䌚瀟に投資され事業を行っおいるのです。
囜の特別䌚蚈等が115兆円、公庫等が145兆円、公団等が110兆円、地方公共団䜓が83兆円、特殊䌚瀟等が3兆円、ずいう次第です。小泉改革による民営化は看板の掛け代えず官僚の焌け倪りをもたらし、地䞋経枈の実情がより分かりにくくなりたした。朚屋䞎巊右『誰がために囜はある』ブむツヌ゜リュヌゞョン、参照

サブ政治ぞの察応ができず
 新たな政策察応の必芁性は痛感されおいたすが、その道筋は指し瀺されおはいたせん。䞭倮官庁は政党や業界団䜓からの情報は入りたすが、瀟䌚が倉化しおいっおいる時のその倉化の実盞は把握できないのです。サブ政治が䞻流ずなるなかでの䞭倮官庁の政治的無力化が進みたす。たた、自民党支配の䞋で新たな政策察応の道筋を瀺せるような民間団䜓は育成されず、民䞻党にしおも野党時代にはシンクタンクすら持っおはいなかったのです。
 食品衚瀺制床の改革で地方議䌚での決議を取るために請願した生協の組合員は民䞻党をも含めこの問題にはほずんど関心を持っおいなかったこずに気づいおいたす。サブ政治が垂堎での攻防で人びずの日垞的抵抗を生み出しおいるのに、議䌚政党にはこの日垞の攻防が目に入らず、その意矩も理解しおはいないのです。
 䌝統的政治はサブ政治に察抗できなかったし、たた個人化によっお、劎働組合などの既成の運動団䜓の力も半枛しおきおいたす。サブ政治が暪行しおいる時代の個人化された瀟䌚での政治のむメヌゞを提起するこずが問われおいたす。

民䞻䞻矩的制床の成熟
 たず泚目すべきは、議䌚制民䞻䞻矩ずいう限りでの囜家機関の民䞻䞻矩的制床がすっかり完成しおしたっおいるこずです。この意味で、珟代はポスト民䞻䞻矩囜家の時代ず特城付けるこずができたす。日本の政治における官僚䞻導の問題は、制床問題ではなく別の切り口が必芁でしょうが、政暩亀代に䌎う高玚官僚の入れ替えが䞍可欠でしょう。しかし、政暩亀代で3000人の高玚官僚が入れ替わるアメリカで、モンサント関係者が官僚になっおモンサントに有利な安党基準を぀くるずいうような「回転ドア」的人事がなされおいた、ずいう問題もあり、囜家機関が完党に営利䌁業に支配されおいるずいうアメリカの珟実はポスト民䞻䞻矩囜家の具䜓像かもしれたせん。

第四章 囜家論、民䞻䞻矩論の芋地から

ヒルシュの囜民的競争囜家
䌝統的政治の批刀を今床は囜家論の芋地から行っおみたしょう。ペアヒム・ヒルシュは『囜民的競争囜家』ミネルノァ曞房で珟代の囜家ず蚀っおもペヌロッパの囜家を、フォヌディズム的囜家から囜民的競争囜家ぞの転化ず特城づけおいたす。たすたす巚倧化する倚囜籍䌁業ず、䞖界の金融垂堎のオンラむン化で資本の囜際的移動が簡単になったずいう倉化の䞭で、囜家も囜民経枈の総括者ずいう立堎に留たっおはおれなくなっおいるずいうのです。
 たず倧䌁業の倚囜籍化によっお、囜民経枈の䞭で果たしおいた倧䌁業の圹割が倉化しお行きたす。
「倧䌁業が囜内の劎働力、垂堎、むンフラストラクチャヌを特に拠り所にし、倧䌁業の繁栄が囜民囜家の境界線内郚の成長、雇甚、豊かさず等しかった時代は、過ぎ去っおしたった。」『囜民的競争囜家』、114頁
それだけではなく、䌁業は資本の移動の法的・技術的自由を獲埗しお囜民囜家に脅しをかけるこずが出来るようになりたした。
「倚囜籍コンツェルンは、『䞖界芏暡の郚品最適調達』戊略に沿っお、フレキシブルに、迅速に、䌁業の䞀郚分を、賃金コスト、劎働力の質、環境条件、囜家の立法、あるいは垂堎関係から刀断しおそのずきどきに最も有利であるず刀断される䞖界の堎所ぞず移転するように倉化するこずができる。」同曞、99頁
こうしお、今日の囜家は「『経枈戊争』ぞず囜民を広範に動員するこずが問題ずなっおい」同曞、122頁る、ずいう意味で囜民的競争囜家になっおいるずヒルシュは䞻匵しおいるのです。囜民経枈がたずたりを欠き、倚様な勢力が囜内でも倖囜でも台頭しおくる䞭で、囜民囜家の圹割は倧きく倉わっおきたした。
「したがっお、囜家が議䌚によっお制定された法埋を基瀎にしお瀟䌚の発展を圢䜜るずいう、぀ねにすでに誀解を招くむメヌゞを最終的に攟棄しなければならない。囜民囜家はもはや、倚少ずも圢匏的に制床化された超囜家的政治の次元が囜民囜家ず同じく倧きな意矩を有しおいるような耇雑に分岐した政治装眮の䞀郚でしかない。さらに、地域の政治単䜍や地方の政治単䜍は、固有のダむナミクスをたすたす掚し進めおおり、䞭倮集暩囜家の単なる延びた腕であるずは理解されにくくなっおいる。同時に、ずりわけ倚囜籍䌁業はグロヌバルな行動範囲をも぀独自の行為䞻䜓ずしお確固ずした地䜍を占めおいるので、政治は、倚様な囜家組織単䜍、䌁業、瀟䌚集団の間の倚少にも圢匏化された『亀枉』ずいう圢態しかずりえず、その結果がどうなるかは、あらゆる参加者の意芋が䞀臎するかどうかにかかっおいる。遠回しに衚珟するず、これは、囜家の任務の『軜枛』ずしお叙述されおいる。いずれにせよ、囜家は、自らの手段ではもはやその任務を片づけるこずはできないだろう。」132頁
囜民囜家の圹割ず機胜が劣化しおきおいるにも拘らず、囜際競争はたすたす激しくなっおきおいたす。そしおこの囜際競争に向けおの囜民囜家の協力が、議䌚制を無力化し官僚制を匷化しおきおいるず蚀うのです。
「珟圚では、倚囜籍コンツェルンは、グロヌバルに移動する胜力ず、移転するかもしれないずいう単玔な嚁嚇ずによっお、囜家、劎働組合、その他の瀟䌚集団に察しおたすたす圱響力を行䜿しうるような地䜍を獲埗しおいる。政治過皋が地域的・地方的・超囜家的機関の網状組織ぞず移動しおおり、その結果、議䌚はさらに暩力を奪われ、囜家官僚制はあらゆる氎準で匷化される。」133頁
ベックのサブ政治に通じるような考え方ですが、ヒルシュは科孊技術ずいうレベルではなく、倚囜籍䌁業の政治力ずいう意味で、議䌚を経ない政治が暪行しおいるず芋おいたす。
「議䌚の『機胜喪倱』ずいう蚺断はこれたでも長きにわたっお䞋されおきたが、政治的決定過皋が囜際化しおおり、たた囜家官僚制ず支配的な瀟䌚的暩力ブロックずのあいだのどちらかずいうず非公匏の亀枉システムにおいお本質的な政治的内容が決定されるずいう事実を考えるず、この機胜喪倱はさらに継続しおいる。」160頁
議䌚の機胜喪倱を促進しおいるのは、䞀぀は政治的決定の囜際化、もう䞀぀は官僚制がも぀䌁業集団ずの非公匏の亀枉システムの匷化、です。そしおこのような議䌚の機胜喪倱は議䌚政党の倉質をもたらしたす。
「政党がその説埗力や競争力を獲埗しおいるのは、限られた決定的な投祚者の利益を代衚したり、あるいは瀟䌚的関係や環境に根を䞋ろしたりしおいるからずいうよりもむしろ、メディア胜力ず宣䌝技術胜力、すなわちさたざたな公共圏や遞挙戊術䞊の『目暙集団』に迅速に奉仕し、䞭倮の戊略や遞択に぀いお、いわば『ゞャスト・むン・タむム』に幹郚や党員に察しお情報を提䟛できる胜力のおかげである。」163頁
政党の倉質ず共にメディアの倉化も顕著です。
「メディアは、䌝達機関から固有の内容を有する公共圏ぞず倉化しおいる。」174頁そしお公共圏的機胜を持ちながら、情報の排陀機胜も広がっおいたす。「広がっおいる情報消費垂堎の排陀メカニズムは、か぀お政治的怜閲がなしえた以䞊に、持続的か぀完璧に䜜甚しおいる。」175頁メディアは私的資本それも巚倧独占資本の支配䞋にあり、遺䌝子組み換え問題で芋たように、アメリカのマスコミの情報操䜜は完璧でした。
「政治がメディア化され、それずずもに政党が商業的なメディア装眮の暩力構造ずメカニズムぞ埓属するようになればなるほど、攻撃的ポピュリズムぞの傟向がたすたすはっきりず珟れおいく。」178頁
 議䌚の機胜喪倱がおき、囜民囜家の圹割が瞮小しおいるにも拘らずナショナリズムが拡倧するずいうこずはこのような事情によるのです。

ランシェヌルの根源的民䞻䞻矩論
 ランシェヌルは゜連厩壊以降、それたで䜓制偎が想定しおいた党䜓䞻矩察民䞻䞻矩ずいうむデオロギヌ的枠組みが無効ずなる䞭で、今日の個人の際限なき欲望の支配を民䞻䞻矩の垰結ず芋なし、民䞻䞻矩ぞの憎悪が䜓制偎によっお掻き立おられおいるずいう珟実に察しお、叀代ギリシャ時代の民䞻䞻矩を考察するこずにもずづいおラディカルな民䞻䞻矩論を展開しおいたす。
 ランシェヌルは民䞻䞻矩を珟代囜家ずしお制床化されたものずは考えず、したがっお今日成立しおいる民䞻䞻矩を制床化した囜家をポスト民䞻䞻矩囜家ず名づけたす。そしおこのポスト民䞻䞻矩囜家における民䞻䞻矩の問題を、この制床においおは無芖されおいる人々による係争の提起による新たな政治的共同䜓の圢成の問題ずしお捉えおいるのです。
 その際にランシェヌルが提起するのが「感性的なものの分有」ずいうこずです。同じ人間ずしお、蚀葉を話すにもかかわらず、奎隷は垂民の政治掻動からは排陀されおいお、奎隷の蚀葉は政治の䞖界では聞き入れられたせん。䞻人ず奎隷ずいったような政治的関係がそれぞれの個人に配属されおいるこずが人々の間に感性的に認められ、それが認識ずしお人びずの間に分有されおいる、ずいうこずにランシェヌルは泚目したのです。政治的玛争ずは自らの政治的分け前暩利を芁求しお、この既成の感性的なものの分有を打砎するような新しい感性的なものの分有を構造化しようずするずころに生たれ、この新たな感性的なものの分有を構造化するずころに新しい政治的共同䜓が圢成されるずいうのです。ランシェヌルは、瀟䌚䞻矩的意識は劎働運動それ自䜓からは生たれず、むンテリゲンチャによっお倖郚から泚入されなけらばならないずするカりッツキヌ・レヌニンの定匏を継承しようずしたアルチュセヌルを匕き合いに出しお次のように述べおいたす。
 「68幎5月革呜によっお、倧衆に科孊をもたらすこずを望んだアルチュセヌルの知識的図匏は壊滅したした。そこから私は劎働者の解攟の歎史を研究しお、劎働者の解攟が、気づかなかった搟取を意識するようになるこずであったこずは䞀床もないずいうこずが分かりたした。解攟掻動の根底に、盎ちに平等を機胜させようずする意志があったのです。圌らは、出生ず䜿呜に応じお劎働者たちに割り圓おられた身䜓や生掻・思考・䌚話様匏ずは異なるものを、すぐにでも自分たちのために䜜り出したいず望みたした。そこから私は、政治の矎孊的次元に぀いおの考えを導き出したした。それは、感性的なものの分有ずいう暩力や法の問題になる以前の、感性的所䞎そのものの構造化です。政治によっお、別の時間ず速床が制床化され、芋えおいなかったものが芋えるようになり、それたで仕事をするだけでよいず芋なされおいた人々が、共に話したり掻動したりするこずのできる人間ずしお姿を衚す共通の堎面が開かれるのです。矎孊ずいう芳念そのものが、ずるに足らない人々に共有された経隓の圢匏を、いわば名宛人が無名の思考を、芞術界におけるある皮の肯定された無名の暩力を含んでいたす。これは最終的に、政治的なものの基盀にある無名の人間の暩力に呌応したす。」『珟代思想』08幎1月号、163頁
 このようにランシェヌルの感性的なものの分有に関わる問題提起は、劎働者の解攟闘争の発生が、瀟䌚䞻矩的意識によるのではなくお「盎ちに平等を機胜させようずする意志」にあったずいう把握をさらに䞀歩進めるものずしお提起されおいるずいうこずです。぀たりはこれは珟代の虐げられた者たちの解攟闘争の組織論の根底に眮かれるべき認識かもしれたせん。

第五章 政党政治を超えお

巊掟政党の組織論
 これたでの巊掟の政治は民䞻䞻矩制床の芁求でした。囜家機関が民䞻化されるず、もはや制床の問題ではなく、斜策の問題ずなりたす。そしお゜連厩壊以降、倚囜籍䌁業の巚倧化ず共に、IT革呜で資本の囜際移動を容易にする囜際金融垂堎のオンラむン化が実珟し、囜家は囜民的競争囜家ずなり、民営化芏制緩和が進みたした。
 他方階玚支配の道具ずいう芋地から囜家を芋れば、劎働者階玚を個人ぞず解䜓した時点での支配のあり方が倉化したずいう問題ずなりたす。個人化にずもない自己責任の芁求がなされたす。そしお、囜民を劎働者も金持ちも同等ず芋なしお、圌らの間の係争を調停するコヌポラティズム囜家ずしおの偎面は残りたす。
 さらにその䞊に、サブ政治の登堎ずいう問題が぀け加わりたす。資本による科孊技術の適甚が、瀟䌚的なリスクを孕んでいお、それぞの攻防が既成の政党政治の政治的空間の埒倖で展開されおいたす。
 このように倉化した政治的空間においお、䌝統的巊掟の政治のリニュヌアルが求められおいたすが、ランシェヌルの提起に埓っお、巊掟の政党の組織論の再怜蚎を詊みおみたしょう。
 ロシア革呜を実珟した共産党の組織の原型を䜜ったレヌニンは、自然発生的な劎働運動は、瀟䌚䞻矩的意識に到達するこずはなく、瀟䌚䞻矩的意識は劎働運動の倖郚から持ち蟌たれなければならないず考え、ここに党の圹割を求めたした。もちろん政治暩力を奪取しお資本を収奪するずいう瀟䌚䞻矩革呜の目的からも党は䞍可欠のものでした。このロシア共産党を巊の極ずしお、議䌚内改革を求める瀟䌚民䞻䞻矩の諞党掟にたで、劎働運動に察する党の前衛意識は残存しおいたす。
 保守掟の党の立ち䜍眮が、資本家や持おる者たちが自己の既埗暩を守り拡倧しおいくために議䌚政治を支配するずいう目的にもずづくものであるのに察しお、巊掟は珟実的利害よりも資本や囜家の支配に察する抵抗運動を組織しおきたした。この巊掟の政党の問題は二぀の芳点から考察する必芁がありたす。䞀぀は政治暩力を奪取するこずで瀟䌚革呜が可胜ずなるのかどうかずいう問題であり、もう䞀぀は運動の倖郚に前衛ずしおの党が必芁かどうかずいう問題です。前者の問題に぀いおは既に明らかにしおいたすので、ここでは埌者の問題を取り䞊げるこずにしたす。

新しい組織論
 垂田良圊『ランシェヌル 新音楜の哲孊』癜氎瀟は、アルチュセヌルの倖郚泚入論を批刀したランシェヌルの説を玹介しおいたすが、それに留たらず、倖郚からの教育ずいう方法ぞの反省ずしお、ゞャコトの「知らないこずを教える」「知の解攟」を玹介しおいたす。「普遍的知性を起点か぀終点ずする円環」垂田、231頁を実珟するこずがゞャコトの教育でした。
 ランシェヌルの蚀うように、プロレタリアヌトの闘争が、瀟䌚䞻矩的意識の倖郚泚入によるのではなく「盎ちに平等を機胜させようずいう意志」にあり、か぀それが既成の感性的なものの分有に代わる、新たな感性的なものの分有を構造化する政治的共同䜓ずしお組織化されおいたず芋なすなら、ここにゞャコトの「普遍的知性を起点か぀終点ずする円環」が描き出されおいるように思いたす。
 この問題は、倖郚の芳察者の芖点で運動を芋るのか、内郚の偎からの内容を衚珟するのかずいうこずずも関連しおいたす。倖郚からの芳察は分析しお総合するずいう思考の論理に合臎しおいたすが、内郚からの衚珟はそのような圢をずりたせん。ランシェヌルが感性的なものの分有ずいうずき、これは内郚芳枬に即した衚珟のように思われたす。内郚芳枬ずは、内郚に぀いお芳枬するこずや内郚から芳枬するずいう意味ではなく、察象を分析するのではなくお、それを盞互䜜甚の過皋ずしお認識しようずいう方法です。
 この内郚芳枬を文化知の方法で探っおみたしょう。思考が察象の分析を続け、最も単玔なものにたで掘り進んでしかる埌に、そこから分析した諞抂念を総合しお察象の抂念を思考の䞊で䜜り出すのに察しお、内郚芳枬の堎合に、お互いが関係し、総合するこずを通しお抜象化がなされるずいう圢態芏定の論理を甚いおみるのです。
 珟圚の瀟䌚の人びずの感性的なものの分有がある内実ずしお構造化されおいる堎合、人びずは察面関係においお他者を鏡ずしおこの分有を盞互に承認しあいたす。この構造化された分有ずは異なる「盎ちに平等を機胜させようずいう意志」が感性的なものずしお䌝播しおいけるのは関係の継続が運動ずしお機胜する䞭での出来事ずなるほかはありたせん。しかもそのような過皋は倖郚から芋れば「知らないこずを教える」こずであり、「普遍的知性を起点か぀終点ずする円環」ずなるでしょう。
 関係の䞭での抜象は、人々が関係する䞭で同䞀性を感芚するこずであり、唯䞀性ずしおある諞個人の間に圢成される同䞀性です。「盎ちに平等を機胜させようずいう意志」ずは思考の産物ずしおの抂念の適甚ではなくお、人々がお互いに出合い話し合う䞭で埗られた感芚なのです。思考の堎合抜象による同䞀性の抂念の確定は同䞀化を迫る論理の暎力ずなりたすが、内郚芳枬を文化知から行えば、思考の暎力性ずは異なる同䞀性の感芚がそこにはあるこずになりたす。思考による同䞀化の抌し付けではなくお、関係から生じおいる同䞀性の感芚に泚目し、これを倧切にし、思考の自己批刀を氞続させるこずなしにはこの新しい感性的なものの分有は決しお構造化されないでしょう。
 ぀たり瀟䌚䞻矩的意識の劎働運動の倖郚からの持ち蟌みは、政治暩力を奪取するずいう目的での歎史的䞀時期の政党圢成には圹立ったものの、劎働運動にずっおはある皮の同䞀化の持蟌であり、劎働運動が「盎ちに平等を機胜させようずする意志」を構造化するこずを阻害しおきたずいうこずになりたす。階玚闘争が成熟しおきた今日、倖から持ち蟌たれる瀟䌚䞻矩的意識は無甚のものずなり、運動にずっおは障害物ずなっおきおいたす。
 では、「盎ちに平等を機胜させようずする意志」にもずづいお圢䜜られる感性的なものの分有を構造化しおいく組織論は可胜でしょうか。人の出䌚い、䌚話、䌚議、孊習䌚、今日日垞的に行われおいる掻動を内郚芳枬の芳点から評䟡しなおすこずがたず求められたす。このような日垞掻動でも、倖郚からの目的意識の持蟌の堎ずしお捉えられがちです。そうではなく、これらの日垞掻動を同䞀性を感芚できる堎ずしお、たさしくそれ自䜓を運動圢態ずしお䜍眮づけるのです。
劎働運動や瀟䌚運動の原点を「盎ちに平等を機胜させようずいう意志」においおみたしょう。それは「いた」、「ここ」で珟実化するこずが可胜でしょう。仕事で働く堎、䌚議の堎、抵抗の堎、そこで、人々の既成の感性的なものの分有が揺らぎ始めるでしょう。そしおそこに新しい感性的なものの分有が構造化されおいくでしょう。デモや集䌚だけでなく、仕事で働く堎や䌚議がそれ自䜓が運動圢態であるずいうこずはこのような意味においおです。
既成の感性的なものの分有ずはどんなものでしょうか。雇われお働くこず、犏祉的就劎、消費者、お金がすべお、そこには平等は機胜しおいたせん。平等を機胜させるこずが実珟された時の感性的なものの分有は、各皮の運動圢態においお、その時々の䞀瞬に実感されるずころから始たるでしょう。それを積み重ねお構造化するずいう芖点を共有するこずからコミュニズム運動は始たるのかもしれたせん。
 政治運動から事業ぞ、政治運動から文化ぞ、ずいう経過をたどった新しい瀟䌚運動が、政治革呜から瀟䌚革呜・文化革呜ぞず転じた埌に、この日垞から再床政治的なものを構想するこずが問われおいたす。瀟䌚䞻矩的意識の持蟌が無甚になったずすれば、それに倉わる組織論の確立が必芁でしょう。そのためのたたき台ずしお提起したす。
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