　10年ぶりに信用論の研究を再開しました。昨年末から文献を収集しはじめましたが、いくつかの成果を発見できました。
　一つは10年前にも世話になった大谷禎之介の『資本論』第3巻第5篇「信用、架空資本」のマルクスの草稿についての文献考証が終了していることでした。以前に研究を中断せざるをえなかった原因の一つが、マルクスの草稿の未刊行ということでしたから、中断の一つの障害が除かれたわけです。
　もう一つは大谷の考証にもとづいたマルクスの草稿の立場からの信用論研究がいくつか出はじめています。80年代後半にあっては、研究の動向は、三宅義夫や飯田繁の信用論に対し、深町郁彌や飯田裕康らの研究が信用論の新しい流れとして注目されていました。私はその頃は、これらとは一線を画した楊枝嗣郎の信用論に注目していたのですが、今日では、深町、飯田の新しい信用論の流れは力を失い、楊枝説が評価されるようになっているようです。

2）85年発足の信用論研究会の頃

　信用論研究を再開するに当り、以前の問題意識と研究の成果をふまえ、今日の問題意識を整理しておきましょう。まず、1985年に発足させた信用論研究会の設立趣意書を再掲します。

「今日の金融資本の蓄積様式は、ヒルファーディングやレーニンが分析した時代のそれとは様相を異にしています。周知のように金融資本の実体をなす株式資本は、自らを現実資本と架空資本に二重化しますが、以前には仮空資本の運動は現実資本を調達するための手段にすぎなかったのに、今日ではそれが金融資本の蓄積のための主要な手段となっています。
　架空資本の起源は資本の商品化を意味する貸付資本にありますが、この貸付資本＝利子生み資本の運動が、資本の再生産過程の外部からこれに介入し、剰余価値の分割（利子の取得）をもたらすものであるが故に、実際に剰余価値の生産にたずさわっている現実資本を実の経済と呼ぶとすれば、架空資本には虚の経済という名称が妥当します。
　この虚の経済は、当然にも実の経済なしには存在しえないものです。しかし、金本位制崩壊後の今日の不換制＝ドル体制、さらには多国籍企業による資本の直接的生産過程の国際化、といった新たな条件を得て広大な度展開領域を見いだし、実の経済を支配するるにいたっています。
　こうした状態は、また資本の商品化を促進し、商品化した資本の種々の運動が本来の商品の運動と混在するにいたっています。価値のないものが価値をもつ、という商品化した資本の一般化は必然的にマルクスの労働価値論批判の風潮を生みだし、廣松渉、栗本慎一郎、浅田彰らの思想がもてはやされるにいたっています。
　流行の思想は、商品化した資本をもっぱら単純な商品の枠組で把えることしかしないので、労働価値論否定へといたらざるをえない、という実情からもわかるように、今日の金融資本の蓄積様式を解明しようという問題意識を全然もってはいないことは当然として、しかしこれを批判し、マルクス主義を擁護しようとしでいる人々も、資本の商品化について原理的に解明できていないため、もっぱら労働価値論批判者たちが現実資本の運動法則を歪めることになっているというたぐいの反論しかできず、この反論の視野の狭さは批判者たちを理論的に退化させ、スターリン主義の理論的命題によりかからせるほどになっています。
　ところで思想界による虚の経済の利益の代弁や、また理論的退化をどうするか、という問題よりももっと根本的な問題は、資本主義の危機をも告知する資本主義的生産様式の運動が虚の経済に支配されることによって、その危機の情報を暗号化してしまっていることです。資本主義的生産様式そのものが現実に形成している危機、この危機についての情報を読みとることが実践活動の重要な領域をなしていますが、この情報が暗号化されていること、そして運動の側がこの暗号を解読できていないことが今日の実践活動の混迷の主要な原因であることは明らかです。
　以上のような現状からすれば、いまだ解決されていない資本の商品化を軸とした虚の経済の原理的解明という事業は緊急かつ重要な課題となっています。ここに信用論研究会の設立を呼びかける次弟です。」

　信用論研究会設立の前の段階で『資本論』第3巻の研究と宇野弘蔵の利子論の批判には手を付けていました。その作業の過程で、趣意書に盛り込まれた観点を明らかにし、下平尾勲や頭川博の研究の検討をしていました。しかしこの頃の最大の成果は、『経済志林』51巻2号、3号、4号（1983～4年）に発表された大谷禎之介のマルクスの草稿についての研究と楊枝嗣郎の銀行信用論にめぐりあったことでした。
　信用論研究会では30回位の研究会を持ちましたが、私自身研究の方向性としては、イギリス金融史と『資本論』草稿の二本建てでしたが、やがて価値形態論の再読やヘーゲル反照論の勉強に時間をとられるようになり、信用論研究会のテーマも、しだいに信用論からずれていくようになって、結局信用論の研究自体は中断状況となったのでした。

3）最近の問題意識

　学者の研究論文を追うことはしていませんでしたが、中断の時期にも、問題意識だけは発展していました。昨年PC講座をもうけ、そこで講義することで、この問題意識をまとめることができましたので、それを紹介しておきましょう。
　ポイントは80年代に入って国際金融市場がオンラインシステムで結びつけられたことにあります。日本でも全銀ネットの形成で、都市銀行、地方銀行、信用組合のどこからでもカードでの引出しが可能となりましたが、このオンラインシステムによって、世界単一の資本市場が形成され、そのことによって、資本の蓄積様式が変化してきている、というように問題を捉えてみました。
　この変化は、世界経済の三層分化として現われています。グローバル、国民国家、ローカルがその区分です。グローバルは世界単一の資本市場とその上部構造であり、国際金融市場、多国籍企業、IMF、ドル、アメリカ連邦政府、G7、WTOなどが属しています。他方ローカルとはいわゆる生命系のエコノミーといわれている領域で、これは実はグローバルな連携を形成していっています。
　社会運動の理論としては、この世界経済の三層分化という条件をもとにして、ローカルの領域からの次世代のシステム形成を展望し、これを下からのネップとして位置づけていますが、この実践的な結論を導く理論的な枠組みの一つとして国際金融市場の変化にもとづく新しい資本の蓄積様式の解明が不可欠となっています。
　このような問題意識をかかえながらも、具体的に理論展開するとなると、どこから手をつけていいか、明らかではありませんでした。ということで、今回発表する研究ノートは暗中模索から始まりました。そして山本孝則『現代信用論の基本問題』に出会うことで、信用貨幣論から出発して、架空資本についての分析を進めていく、という方向性が見えてきました。何とか、短期間でまとめてみたいと考えています。
　なお今回の「悪貨が良貨を駆逐する」の方は信用論とは直接の関係はありません。後半の「信用貨幣についての研究ノート」の方からお読み下さい。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3755 times