　ワロンの『児童における性格の起源』の第1部情動論はすでに紹介したように、非常にすっきりした説が述べられているが、第2部身体論と、第3部自我論にはあまりまとまりがないように思われる。また大著『子供の思考の起源』上・中・下（明治図書）の各部の末尾に出てくる結論と注解を読んでみても素材だけが並んでいる、という感じで、論旨を読み取りにくい。それで、情動論の紹介だけにとどめておこうと考えていたのだが、論文集の『身体・自我・社会』（ミネルヴァ書房）の身体論は、すっきりとまとめられていることが解った。それで、この本に即して、ワロンの身体論を紹介しておこう。
　すでに前に紹介した情動論で、ワロンは情動を非言語的コミュニケーションと捉え、人類史的には、言語を形成していく以前の社会におけるコミュニケーションとみなしており、そして新生児は生まれ落ちた時から、情動によるコミュニケーションを行っていて、この情動が自動活動を土台とした知覚を生成していく媒介となっていることを示していたが、身体論では、知覚や言語的コミュニケーションがすでに成立している大人の社会での情動の役割を考察している。

「昔と同じように今日でも、また日常生活そのもののなかでも、非言語的な人間関係はしっかり機能しているのです。それは共感と反感、相互理解と反目、不信と信頼などの《本能的》な感情を人から人へと伝えます。これを人びとは《直観》と呼びます。しかし、実際には、意識下でのサインの交換なのです。つまり、意識は行動選択の結果としてあらわれた結論しか知りません。このサインは単なる姿勢、時には非常に微妙な姿勢であって、それが顔や手やからだ全体の表情の変化としてあらわれるのです。」（『身体・自我・社会』133～4頁）

　これはひょっとしてレヴィナスの「顔」のことかも知れない。しかしレヴィナスのように、「顔」から「汝殺すなかれ」というメッセージを読み取り、論理以前の倫理的関係の本源性を説くよりも、ワロンの情動によるコミュニケーション論の方が豊かなように思われる。ワロンは、この情動がこれまできちんと評価されてこなかった理由について、次のように述べている。

「情動は二種類の神経中枢のあいだで動きます。ひとつは脳の中心部（下位脳）にある植物性機能のための中枢であり、もうひとつは大脳半球の前頭領野です。人間では前頭葉が著しく発達しており、これが人間を他の動物から区別する基本的特徴のひとつになっています。情動は、状況に応じて二つの極のどちらか一方に片寄ります。しかしこの二つの極が拮抗しあうことによって、とくに心理的に高度に発達した個人においては、情動の性格があいまいになることもあります。そのため、ある人は情動を必要不可欠な活動と考え、またある人はうまく適応できないときの混乱した反応だとみなしてきたのです。」（134～5頁）

　ワロンは思考や情動を、生理的な働きに還元するわけではないが、しかし、それらと関連する器官の生理的な活動に注目している。そして情動にかかわる神経中枢が下位脳と前頭葉との双方を極として、そのあいだに働いていることから、意識と情動との拮抗関係を導き、このことが意識を中心においてしまうインテリゲンチャが情動についてきちんと捉えられない根拠にしている。そして、本来の意味での運動と、姿勢の基盤をなしている緊張活動とは分かれているので、情動が有効な反応となって外界へと向かわず、なんらかの姿勢をもたらすだけで終わることがあると指摘している。そして、この姿勢で終わってしまう、ということが、人間の情動の特徴だと見ている。

「人間における情動の働きは、ふつうそのようなものです。しかし、これは活動の退化ではなく、新しい形の適応であり、さらに最後には意識という形の適応が導かれるのです。はじめは粗野な情動放出であったものが、姿勢による表現システムへと変化し、その姿勢が次第に分化し精妙になっていきます。動物の段階でも、すでに種によっては個体の恐怖や攻撃性が一種の情動感染によって、すなわち姿勢の擬態をとおして、周りの個体に伝播していくものがあります。この情動感染のうえに群れの集団が成り立っているのです。個体の姿勢が群れ全体の姿勢となり、この共有性のおかげで、さらにいっそう重みを加えて各個体にのしかかってきます。その姿勢は、一方で、それに対応する場合が存在することを必然的に意味します。こうして姿勢は意識の最初の支えとなるのです。漠然と体験された現実の場面であれ、他からほのめかされたいわば想像上の場面であれ、いずれにせよその場面を意識化するのに姿勢が役立つのです。」（135～6頁）

　ワロンは人間の情動表現が、姿勢の段階で止められることを適応と捉え、姿勢がもたらす表情が人間にあっては非常に発達していると見ている。そして、この表情をともなった姿勢によって、集団の中でのコミュニケーションが成立しているとしたら、姿勢は意識を交換しあう媒介物となっていて、この意味で、ワロンは姿勢を意識の支えとみなした。そして、情動が人間にあってはこのように進化したことで、それは明らかに下位脳の限界を超えて、前頭葉とも結びつくようになったとワロンは述べている。

「こうして情動が、生物学的存在に根ざしたより基底的なものをとおして、個人を社会にしっかりと結びつけています。場面や事物についてのイメージが知性化されていくにつれて器質的な情動反応がしだいに影をひそめるとしても、個人と社会の結びつきが断たれることはけっしてありません。意識のなかで、器質的印象と知的イメージとは対立しあいながら、同時に連携しあっています。両者のあいだでは、相互の作用と反作用がたえず続けられているのです。さまざまの哲学体系が物質と思惟、実存と知性、肉体と精神とのあいだに設けようとしてきた区別がいかにむなしいものであるかを、このことは示しています。」（136~7頁）

　ワロンはこのように述べて、物質と思惟、実存と知性、肉体と精神との間の相互の作用と反作用に注目し、従来の哲学的知をむなしいものとして退けている。ではこの相互の作用と反作用とは、具体的にはどのようなものだろうか。ワロンは次の論文「情意的関係――情動について」でこの点の解明を試みている。

2）姿勢と情動

　ワロンは『身体・自我・社会』の第二部、6．情意的関係――情動について、の前半では、情動について説明している。情動についてはすでに見てきたので、この論文の後半部分「心的生活における情動の役割」で述べられている、肉体と精神との間の相互の作用と反作用の分析に注目しよう。ワロンはここで「姿勢と表象」「情動の機能的価値」「精神説と末梢説の欠陥」「態度（姿勢）の同一性と意識の統一性」「社会生活における情動の役割」「知的生活との関係」「弁証法的矛盾と心的現象」という7つの小項目をたてて論を進めている。まず、最初の3項目の内容を追ってみよう。
　「姿勢と表象」でワロンは、表象の形成における姿勢の役割について考察している。もちろん表象を姿勢（態度）の単なる結果と考えることはできないが、しかし、表象が諸感官から受けとった印象の単なる写しだということはもっとありえない。表象の形成には一定の文明状態や社会生活を前提とする言語などの観念や機能が働いて、表象に枠組みを与えているが、これらの枠組は、つねに働いているので、その存在すらが忘れがちである、と指摘したうえで、ワロンは次のように述べている。

「たとえば子どもが物を知覚する場合でも、その物がもたらす刺激の質だけでなく、子どものそのときの欲求や状態に応じて、子どものなかにはある姿勢（態度）が惹起されるのであって、子どもの物の知覚は、最初まずこうした姿勢（態度）によっているのだと言えなくはありません。つまり子どもは、まず自分自身の姿勢（態度）をとうして外の現実を意識するのです。それにおとなでも、ある場面を心のなかで思い浮かべようとすれば、しばしばある一定の姿勢（態度）をとりつづけねばなりません。そうすることによって、私たちは外の現実をはっきり意識することができますし、また同時に自分自身をも意識することができるのです。この種のイメージのなかには、おそらく多量の情意性が入り込んでいます。しかし、まさにそれによってこそイメージが心的生活のなかに根をおろし、単純な自動作用の回路にイメージの回路が付加されるのです。」（171頁）

　ワロンは子どもの知覚の仕方を例に上げて、表象を形成していくときの姿勢の役割を強調している。この考えはハンセンの「観察の理論負荷性」という考えと類似しているが、違いは、ハンセンが枠組を明らかに知的認識にとどめているのに対して、ワロンは「情動は人の行為のなかに意識のもろもろのモチーフを持ち込むもの」（171頁）と捉えることで、より広い心的生活を考えようとしていることにある。そして、ワロンは情動が表現的であることに注目する。だから、これを自然と人間との関係的生活という見地から見ようとすると、その役割を見失うとし、表現ということがもつ社会性について明らかにしようとしている。

「情動が塑型的で感情表出的な価値をもっていることは間違いありません。…… 表現とは、原初的には、その固有の傾性にそって生体を型どることです。それは本質的に言って自己塑型的活動であり、姿勢機能から生じてくるものです。実はこの姿勢機能は最近まで無視されていました。情動は、この姿勢機能の心的実現であり、また姿勢機能から意識の諸印象を引出してくるものなのです。」（172頁）

　ワロンのここでの提起は、非常に重要な問題を提出している。先に情動論を検討したときの印象は、情動の役割が自動運動から知覚が生じる時期の媒介として述べられていたことで、知覚の支配が優勢になると、情動の役割はなくなってしまう、といったものだった。しかし、ここでワロンは、知覚の支配が優勢になっている大人の心的生活にあっても、情動の表象形成に果す役割は大きいと述べているのである。

3）今日の社会での情動の役割

　情動の表象形成に果す大きな役割について、ワロンは、情動が表現機能であることを明らかにした上で、この表現が伝染性をもつことで、それが意味を伝達するところに求めている。「情動の機能的価値」でワロンは次のように述べている。

「自動作用の多様性は、そっくり環境の多様性に対応するものだと考えられますが、情動は、その多様性に情意反応の多様性を加えて、それ独自の表現手段を完成したのです。しかし、実際には、情動は単に物理的な環境とは異なる環境に属しています。情動がその効果を示すのは、それとは別の平面なのです。この情動の本性は明らかに、個人のあいだに伝わる強い伝染性をもつというこの本質的な特性にもとづいています。情動は、個人間の関係をその内に含んでいます。情動は集合的関係に属するものであり、情動における環境とは、生きた人間の環境なのです。
　情動は、表現のシステムである以上、その情動表現に身をゆだねた人びとには、もともとその意味を感じとる能力があったはずです。そのように運動性と感受性とが直接的に結びついているということが、先に見たとうり、情動の素材である緊張活動の本質的な特性なのです。痙攣と感覚には、最初ある種の同一性と相互性があって、それによって両者は直接的に互いにうながし合い、また相乗しあうのです。」（172～3頁）

　ワロンはこのように、情動を人類史の初期の社会形成力と見なすだけでなく、今日も人間を社会的に結びつけていく役割をもっているとしている。自動作用や知的活動の場合は、人間と環境とを主体と客体というように区分して、そこに働く合理的作用、という見地から見ることが可能だったが、しかし、情動の場合、環境が主体としてある生きた人間になるから、従来の哲学的枠組からは完全に見落とされてきたのだ。そして、ワロンは、情動のこの特質から、自動作用や知的活動における主体－客体関係という観念自体、哲学的主観（ある種の姿勢）の産物だと見ているのだ。

「活動とそれにくっついている意識とのあいだに、第三の要素を持ち込む必要はありません。意識は最初、活動と混濁していて、それは同時に活動の結果でもあり、また活動への刺激でもあります。ですから意識は活動のもっとも近い対象、あるいは目標でもあるわけです。意識は、特に姿勢機能と結びついて、そのいろいろな変異に従っていくのですが、一方では逆に意識のほうがそのモチーフとなって、姿勢機能の種々の変異を惹起し、また方向づけていくこともあります。一方が分化していけば、他方もかならず分化します。この変異の現われがさらに複雑になっていっても、この結びつきが弱くなるということはありません。実際に機能を行使していくにつれて、それに呼応する感受性は洗練されていきます。このように両極の反応が相互的に発達していきます。この両極の反応がそれぞれ属している系は、次第次第にはっきり分化していくのですが、その相互の密接な結びつきは切れることはありません。」（173～4頁）

　ヘーゲルは、意識を自我と対象（自我も含む）との関係と捉え、そして、これを実体としてだけでなく、主体としても捉えることで、意識を活動とみなし、思考の弁証法を展開した。他方マルクスは、活動のうち、労働の二重性に注目して社会的生産のシステムを分析し、資本家的商品生産のメカニズムを明らかにした。ここでは、ワロンは、心的生活を分析するにあたって、活動を姿勢機能と意識との両極から成るものと捉え、それぞれが分化していく様相を双方の結びつきを切ることなく追求しようとしている。恐らくワロンの『子供の思考の起源』上・中・下は、この方法に従っているのだろう。
　次の「精神説と末梢説の欠陥」では、ワロンは双方の説を紹介して、双方とも個人と社会とを対置して、個人が社会的生活の所産であるとはみなしていないとコメントし、次のように述べている。

「たしかに生理学的人間には、情動の発達をもたらす一つの機能系――姿勢活動――がそなわっています。しかし、もし社会的人間がこの生理学的人間と一体をなしていなかったとすれば、この系はどのようにしても自分自身の外へ超え出ることはできなかったはずです。集団の生活、同一状況に対する同時的反応、相互的接触こそが、共同的な反応や表現を介して、人びとの感受性を相互に交わり合わせてきたのです。それゆえに、この共同的反応はやがて、たとえある出来事によってただ一人の人に生じたものであっても、一種の身振りの伝染によって、一緒にいるすべての人たちに、対応した情意――運動複合体を惹起する力をもつようになったのです。」（176頁）

　ここまで来ると、ワロンの情動論の構えが明確になってくる。情動は人類の最初の集団生活を実現する際のコミュニケーションツールであったが、それはその後の集団生活のなかで、人びとの感受性を相互に交わり合わせて、姿勢の表現を洗練させていく。こうして、最初はただ一人の人間の身振りであっても、それは伝染して、一緒にいるすべての人たちに、それに対応した情意――運動複合体を惹起してしまう。そして、このような非言語的コミュニケーションが、個人を社会に結びつけていて、人が表象を形成するときの枠組となっている。このような構えにもとづいてワロンは次の4項目で、情動と意識との関係を社会生活や知的生活や現実的矛盾とのかかわりで考察している。

4）情動の斉一性

　「態度（姿勢）の斉一性と意識の統一性」では、ワロンはこれまで述べてきた情動の伝染性をひきついで、それが社会の中で斉一性をもつようになるとみている。

「情動は、こうして先導者も追従者も含めて、多くの参加者をたがいに結びつけ、やがてこれが個人相互間の促し合いの系を構成するようになってきたのです。この系は、場面や環境にしたがって多様化し、また同時におのおのの人の反応や感受性を多様化させてきました。個々の人びとの反応がたがいに一致し、また同時的に生じるようになると、集団は安定性を増し非常に大きな力を得るようになります。このようにして情動の進化のなかで有用性という要因が次第に重要な役割を果すようになったのです。情動は、ひとつの制度のようなものになったのです。」（176頁）

　ワロンによれば、情動の斉一性がつくりだされるとともに、それが社会集団の維持にとっての有用性として利用されるようになり、例えば未開諸部族の儀式のように制度化されていく。この情動の儀式的側面は現在の人間の情動にも残っている。それだけではない。ワロンは「社会生活における情動の役割」で、この儀式性が単なる残りものではないことに注意をうながしている。

「情動は集団のなかに一致した反応、姿勢（態度）感覚をもたらすことができます。そしてまさにそのことが、情動が人間社会において最初に果さねばならなかった役割なのです。
　今でもなお情動は、各人の制御を超えた一種の一般的同意によって大衆を生み出し、群衆を活気づけるものです。情動は、しばしば集合的な熱狂を惹きおこし、個人の理性を打ち負かしてしまうことがあります。情動の及ぼす効果は素早くまた全体的であり、反省の力を惑わせてしまうのです。個々人のあいだに組織された技術的、概念的な関係のないばあい、とくに情動がよく働きます。」（177～8頁）

　ワロンによれば、現代の社会にあっても、個々人がきちんと組織されていない場合、つまり、それまでの組織がゆるんでしまってバラバラになっているようなときに、情動が一つの行動をとらせる力となると見ている。というのも、情動は、人類最初の社会における社会形成力だったから、この属性は、人々が組織されていない社会では、いまもって有効性を発揮するのだ。そして、新生児にあっても、情動の働きによって、他者とのコミュニケーションを実現している。

5）知と情動の拮抗関係

　ワロンは「知的生活との関係」では、知的生活と情動との関係について考察している。

「知的生活は、社会的生活を前提にしてなりたつものです。言語をはじめとして、知的生活に不可欠な道具には、当然、人間的環境の存在が前提されているのであって、そこで作られる道具はすべて人びとに共同のものでなければならなかったはずです。この人間的環境の最初の条件のひとつとして、情動生活をあげることができます。これは意識の間個人的関係の最初の場です。環境の刺激に対して生体が直接に反応するのではなく、外の場面にふれて精神運動的装置を塑型していく活動、こうした活動が情動によって生まれてくるのです。そして状況の多様性によって情動が種々の姿勢系、種々の心的形成物へと分化していくに応じて、情動は表象活動の出発点となっていきます。表象活動を諸感官の単純な活動と混同することはできません。実際、表象活動はこの単純な活動のうえに、図式、象徴、像、観念などの一連の諸差異を重ね合わせるのです。それらはみな現実に対置されねばならないという点にその本質があります。」（178～9頁）

　ワロンは表象活動を諸感官の単純な活動と混同できないとし、それを、単純な活動に重ね合わされたものとみなしている。ワロンは言語を例にあげてこの点について説明している。それによれば、言語（発話）の道具、分節音声言語はもとをたどれば、情動のもとになる同じ姿勢的・緊張性活動に帰着させられるが、しかし、言語の発達を情動から単線的な系統発生としては想定できない。情動によって人間の活動は新しい水準に移行したが、そうなると、この新しい生活様式が、他の条件が許すかぎりで、環境や主体が与えてくれるすべてのものを利用する。したがって、それぞれのものがすべて先行のものに還元できるわけではない。
　この人間の社会的活動の発達のイメージについて、ワロンは「弁証法的矛盾と心的現象」でさらに一般的に説いている。まず、情動という現象が研究者に注目されない要因をあげることから論をおこしている。

「情動表出は、知性の統制力によって、あるいは単に知的活動を行うだけで妨げられ抑えられますし、逆に情動表出が生じれば必ず知的機能は変化してしまいます。今日では、社会的環境においてすべての関係が制度や技術によって統制され、知的操作がますます優位をしめるようになっているために、情動はとくに活動の混乱と考えられるようになっています。しかし、それでもなお情動は、多少とも潜在的な状態において、やはり個々人の関係を成り立たせるのに必要な基盤なのです。」（181頁）

　表象と情動とが拮抗関係にある、ということから、表象、つまり知的生活が優位を占める現代社会では、情動は活動の混乱としてしか捉えられなくなっている。これに対して、ワロンは次のように述べて、情動研究の筋道を示している。

「このようにみてくると、情動の研究者たちのあいだにみられる対立や矛盾は、実は現実の事態に対応していることがわかります。心的生活の静態的分析の枠を出ない研究者たち、あるいは心的生活のなかに単一の平面しか求めず、心的生活の現象を一定の機能や要因の作用の結果だとか、その組み合わせの結果だとしか考えない研究者には、情動は逆説的であり、説明不可能です。反対に段階的に展開していく心的生活の発生から考えていけば、情動をきれいに説明することができるのです。各段階は、たしかにその先行段階に出発点をもっているのですが、段階を超えるごとにその段階間の差異によって、そこにはまったく異なる活動様式が生じます。各段階はただ単に引き続いて生じるのではなく、段階間には矛盾があるのです。この矛盾を経て、心的生活は新しい平衡に達し、新たな豊かさを得て営まれていくのです。」（181～2頁）

　ワロンの提起を生かすと、どのような社会形成論、あるいは自我論が描けるだろうか。意識や言語の限界を無意識ではなく、情動の社会性に見るワロンからは、何か新しいイメージが紡ぎ出せそうな予感がしている。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 7216 times