　キョートレッツも2003年1月で発足3年目に入ります。この間、新しい入会者が増えていっていますが、地域でボランティア活動やサークル活動をしていて、自らの地域で地域通貨を使いたい、といった志向をもった人たちも参加してくるようになりました。また、地域通貨に関する本も色々出ていますが、それらに書かれている内容について、LETS市で議論されたりもしています。それで、私自身のLETS像を、他の人たちのそれにコメントすることで示していく時期に来ていると判断し、作業をすることにしました。

　最初にとりあげるのは、西部忠さんが『批評空間』22号に書いた「＜地域通貨＞LETS貨幣・信用を超えるメディア」です。これは恐らく日本で初めて発表されたLETSについての本格的な研究論文で、私もキョートレッツを始めるにあたって随分この論文のお世話になりました。それで、自身のLETS体験を踏まえて、西部論文への批判的コメントを行ってみます。

　もちろん、西部論文は、コモックス・ヴァレー地域のLETSを具体的に取り上げて研究したもので、この地域のLETSについて調べたことのない私にとって、具体的な事実についての批判は不可能です。だから、西部論文に述べられている内容のうち、LETSの一般的イメージとして語られている部分にのみ異論を挟むことにしかなりません。でも、いざLETSを始めようとしている人々にとって、西部論文はあまりにも完成されているので、ついそれを信じてしまいます。だから、私は、LETSを実践しようとするときに、西部論文をどのように読めばよいか、ということを述べることになるでしょう。

会員制の新しいコミュニティー

「LETSは、コミュニティ内部の個人の価値――自由とそれにより生じる責任――に基礎を置くものである。LETSはそれゆえ『同意』『無利子』『共有』『情報公開』という四原則を持つ。」（『批評空間』22号29頁）

　これは西部さんが与えたLETSの定義で、これ自体に誤りはないのですが、よく誤解されます。というのも、この表現だと、何か既成のコミュニティがあり、そのコミュニティ内部の個人の価値にもとづいて、LETSが始められる、というように読めてしまうからです。ここから、町内会であったり、地域であったり、自治体であったりといった既成のコミュニティをどのようにして活性化するか、とかいった発想でLETSを始めよう、ということになってしまいます。でもこのように考えて実践すると、多分うまくいかないでしょう。もし、うまく行くケースがあるとすれば、それは町おこしの他の種々の活動とセットになって地域通貨が導入される場合に限られると思います。

　やってみてわかったのですが、LETSを起ち上げると、LETSの会員がコミュニティを形成するのですね。だから、それは既成のコミュニティではなく、新しいコミュニティが出現したことになります。西部さんもこの意味で述べているのですが、この意味での理解は十分なされているとは言えません。LETSの会員がコミュニティを形成していると考えると、このコミュニティは、いわゆる共同体のイメージとは随分異なるものとなります。共同体というと必ず想起される様々な規制が、LETSコミュニティには存在しないからです。会員になったまま取引をせずに休眠していても別にかまわないのです。

　そんなものが、コミュニティと言えるのか、という疑問が出るかも知れません。LETSは取引の場ですから、市場の機能をはたしています。市場はコミュニティではないから、LETSもコミュニティではない、という意見もあるでしょう。でも、LETSは市場を超えた会員制の取引のシステムで、それで労働交換をするわけですから、会員制といっても、単なるアソシエーションとは異なっています。やはり、コミュニティに分類する方が良いように思います。

支払決済システムの進化形態

「LETSとは参加者が財・サービスを自発的に取引しあう自律的な経済ネットワークであり、各参加者が交換媒体として固有の地域通貨を発行・管理しながら利用する仕組みである。」（29頁）

　この記述も、誤りとは言えませんが、誤解されます。それは、地域通貨を「発行・管理」と述べている部分です。私は、LETSを口座振替のための支払決済システムと捉えています。これは、「発行」という言葉になじむ銀行券よりも口座振替用の預金通貨に近いのです。銀行券も預金通貨も、ともに信用貨幣で、通貨に分類されます。そして、日常の取引では預金通貨による口座振替の方が銀行券での取引よりも圧倒的に多いのです。でも人々の眼前に出てくる銀行券の方が目立ちますので、岩井克人さんや加藤敏春さんが貨幣というとき、銀行券のことしか念頭においていません。それで、つい、地域通貨についても、個人が通貨を発行する、といったことを語ってしまうことになります。

　現在キョートレッツでは、事務管理の手間を考えて、口座振替のツールを取引相手双方のサインが必要な通帳をやめて、購買者のサインだけの小切手に一本化しようとしています。たしかに、小切手を発行するところだけを見れば通貨を発行しているように見えます。実際に、銀行の口座からの支払を約束した現行の小切手は、信用貨幣であり、流通しています。でも、キョートレッツの小切手は、現行の小切手の進化したもので、LETSの口座振替の指図をするだけで、流通はしません。

　あと、LETSコミュニティの支払決済システムを利用し、口座振替で財やサービスを交換したとき、はたして財やサービスは商品化されたのか、という問題があります。厳密にみれば、これは商品ではなく、従って、口座に記録されている数字や小切手は貨幣ではない、という原理上の問題もあります。西部さんがLETSを「対抗ガン」と見ることに私は賛成ですが、それが「対抗ガン」たりうる根拠は、この原理的な非商品性というところにあると考えています。とはいえ、現実に地域通貨という言葉が定着し、個人が通貨を発行するという考え方が広まっているなかで無理に言葉を変える必要はありませんが、通貨という言葉で、別のものがイメージされている、という観点は持ってほしいと思います。

貨幣・信用制度との対比

「そもそもLETSは貨幣制度なのか、それとも信用制度なのか？もしそのどちらともいえないならば、LETSはどの点で、貨幣制度や信用制度と共通の特性をもつのか、また、それらと根本的に異なるいかなる特徴をもつのか？」（37頁）

　西部さんはこのように問題をたてて、LETSとは何か、という根本問題を解明しようとしています。ところが今日の経済学の理論では、貨幣制度や信用制度についての通説は形成されておらず、経済学者各人各様のイメージがあるにすぎません。だから当然にも、西部さんは、西部さんなりの貨幣制度や信用制度のイメージでもってLETSとは何かについて論じていることになります。

　まず、二者間交換と三者間交換を、LETSモデルと貨幣制度の場合とを対比して詳細な試論が展開されているのですが、貨幣制度のイメージがあまり定かではありません。LETSモデルの場合、等価交換と一般的購買力という点では貨幣制度と共通ですが、債権債務関係が生じないという点では貨幣制度とは異なる、ということが述べられています。ここからは、西部さんの貨幣制度のイメージは、等価交換と一般的購買力と債権・債務関係の成立、といった内容でつきています。

　やはり、商品からどのようにして貨幣が生成されるか、という見地から貨幣制度を捉えていかないと、貨幣による売買とLETSでの取引との違いは見えてこないように思います。私見によれば、貨幣の生成についてはマルクスが『資本論』で解明していて、私の解釈は、商品所有者たちが自分の商品の価値を貨幣商品金を素材として表示するという無意識のうちでの本能的共同行為を行うことで、商品金が貨幣に転化されたのでした。この共同行為とは、商品所有者が自らの商品を販売すべく市場で値付けをしたときに、その意図されざる裏面でなされているのですね。だから、貨幣は一たん生成されると永続しているかのように見えますが、実は毎日の商品所有者の値付けの行為によって、都度生成させられているのです。

　ところで、LETSでの取引は、会員制の閉じられたコミュニティでの取引、という点で市場での売買とは異なりますが、取引の尺度となっているのは法定通貨です。ところが取引を媒介するのに法定通貨は必要ではありません。キョートレッツの場合、貨幣は価値尺度として利用されていますが、交換手段としては利用されていない、ということになります。

　次に信用制度とLETSとを比べて、西部さんは「資本主義経済における信用制度が法制度に対する信認と個人に対する経済的信用を基盤としているのに対し、LETSは地域の倫理・慣習システムに対する信頼と個人に対する道徳的・倫理的な総合判断を基盤としている点で、根本的に異なる制度である」（43頁）と述べています。

　信用制度が法制度に対する信認と個人に対する経済的信用を基盤としているという認識には異論があります。西部さんも認めているように、信用制度の基礎は貨幣の貸借にありますが、その本性は貨幣の商品化であり、同じことですが、資本の商品化なんですね。そうすると、貨幣や資本（具体的には株式や債券ですが）を売買する市場が必要となります。この市場は金融市場として、銀行や取引所などの金融機関によって担われるのですが、信用制度には金融市場の形成とは別のもう一つの生成過程があり、それが貨幣取扱業から発展した商業銀行で、これは企業の口座を管理し貸付けを行い、支払決済システムを広げて預金通貨や銀行券などの信用貨幣を生んでいきます。

　LETSとの対比で信用制度を論じようとするなら、信用制度が支払決済システムであるという認識をもつことが決定的です。余談ですが、従来各商業銀行は顧客の口座をいわば私有していましたが、全ての金融機関の支払決済システムが80年代末にオンラインで結ばれることで、各銀行が私有している口座は、その私有制の限界にまで社会化されてしまいました。今日問題となっているメガバンクの陶汰が現実性をもっているのも、この社会化に由来しています。

　IT技術の発達による支払決済システムのオンライン化、これがさらに進み、口座の私有制から口座の共同管理へと行き着くであろう時点を先取りしたもの、LETSの口座振替システムはそのようなものではないでしょうか。

LETSの意義

「互酬経済が、全体としての経済体系の再生産を保証するために個人の意思決定の自由を著しく制約するようなモデルであるとすれば、LETSは、互酬制を＜理念＞としてはいるが基本的には市場原理の長所を継承する、個人の自由な意識決定を基礎に据えたモデルである。そこでは、経済主体は貨幣を通じて緩やかに結合されているにすぎず、各主体の行動は相対的に自律的である。」（50頁）

　貨幣制度及び信用制度とLETSシステムとの対比を行った上で、最後に西部さんは、LETSを市場経済が普及する以前の原始社会の互酬交換と対比しています。そして、このように述べています。この記述それ自体に異議はないのですが、しかし、私は、互酬制と対比すること自体に、LETSについての誤解を生む要因が生じるように思います。

　たしかに、LETSは過去の互酬制への高次復帰と見なせるのですが、LETSを継続していこう、という実践的立場からすれば、互酬制との比較はあまり意味がないのです。というのも互酬制の場合、人々はそうせざるを得なくてお互いに財を提供しあっているのですね。この行為は原始社会の共同体の存続のための不可欠の条件だったわけです。ところが、これからLETSで取引を始めようとする場合、取引の材料は意識的につくらない限り見当たらないのです。今日、市場経済に依拠しておれば生活できますから、よほど意識的にふるまわない限り、LETSでの取引は成立しない、という現状があるのです。

　LETSを起ち上げても、取引がなかなか生じない、これが現実です。そんなものを何故始めるのか、という疑問が当然生じるでしょう。とりあえずのLETSの意味は、西部さんも強調しているように、地域の市場経済がグローバル化により衰退していくときのセーフティネットとして期待できる、ということと、「経済メディア」に「文化メディア」がのっかっている、という点にあるでしょう。そして、この「文化メディア」という機能は、例えば、LETS共同体に参加したメンバーがそこで賛同者を募って色々な事業を始める、といった方向性を含んでいます。

　長期的に見れば、LETSが今日の信用制度が形成した支払決済システムの進化形態だ、という点が大きな意義をもってくる、と私は考えているのですが、この進化形態が、現在の萌芽の状態で発揮できる諸機能の開発がいま問われていると思います。

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Author: admin Published: 2006/11/27 Read 2395 times

実践的地域通貨論（第1回） 西部忠さんのLETS研究によせて

はじめに

会員制の新しいコミュニティー

支払決済システムの進化形態

貨幣・信用制度との対比

LETSの意義

実践的地域通貨論（第1回）　西部忠さんのLETS研究によせて