「第一の問題に関して、私見に基づけば、置塩流労働価値の定式化は、単純化のために異質労働が存在しない、同質な単純労働だけからなる経済モデルを想定した下での議論である。……（略）……そして同質な単純労働だけからなる経済モデルを想定した下では、マルクスの価値形態論の主要な任務は「貨幣の生成」を原理的に説明する事に還元され、いわゆる彼の「社会的必要労働時間」は古典派流の「直接・間接に投下された労働時間」に還元されると見なす事が出来る。
　このような単純化された世界のモデルから出発しているのが置塩流労働価値の定式化であって、そこではマルクスの「社会的必要労働時間」決定問題は当面の議論の対象にされていないが故に、その問題に関連し得るような現象はモデルから捨象してよいのである。置塩＝森嶋のマルクス・モデルは「利潤の唯一の源泉としての労働搾取」というマルクス派の中心的テーゼを検証する目的で作られたものであり、その目的のために最も単純な設定から議論をスタートさせるという科学的方法論に基づいて、同質労働のモデルを扱ったのである。したがって、異質労働の存在する世界を想定し、マルクスの「社会的必要労働時間」決定問題をモデルに組み込む作業をしていないが故にそのような置塩流モデルはマルクスの議論とは無縁である、という榎原氏の批判はお門違いであると言える。」

　「置塩流アプローチの批判としてはそのような批判は的外れである」と批判された榎原さんの説は、次のようでした。

「このモデルの難点は、商品価値が生産過程で決定されてしまうことにある。もちろん『資本論』第1巻では、需要と供給とが一致し、商品は、価値通りに交換される、という前提が立てられており、価値＝価格とされているから、商品価値の量が生産に要する社会的に必要な労働時間で決定されると述べられている。しかし、価値形態論に移ると、商品価値の実体である。抽象的人間労働が、商品と商品との関係が取り結ぶ超感性的な現象形態のうちで量的に規定されることが示される。（『資本論』第1部第1章第3節A二、（b）相対的価値形態の量的規定性、参照）
　簡単に紹介すると、「流動状態にある人間的労働、すなわち人間的労働は、価値を形成するが、しかし価値ではない。それは、凝固した状態において、対象的形態において、価値となる。」（『資本論』原典、56頁）と言われていることは、しばしば、人間的労働が生産した生産物に労働が対象化され、凝固する、というように理解されがちであるが、マルクスが価値形態論で展開している事柄は、この凝固や対象化が価値形態にある他の商品（等価商品）を価値の化身とすることでなされる双方の商品に共通な社会的実体への対象化ということなのだ。
　だから当然にも、商品が生産された時と、交換過程に入るときには時間差があり、この間に社会的必要労働時間の変化が起こり得る。商品を生産した生きた労働の価値の大きさは、その商品が他の商品と価値形態を取り結び、そのことで商品で表示される労働が他の商品を自らの価値形態とすることで共通の実体に凝固し、対象化されたとき、やっと量的規定を与えられる、ということが、「相対的価値形態の量的規定性」で考察されているのだ。」

1.

　「いわゆる彼の「社会的必要労働時間」は古典派流の「直接・間接に投下された労働時間」に還元されると見なす事が出来る。」――との吉原さんの解釈が、でてくるのはなぜ？とこの文に問い続けていると疑問が出てくるのです。

　そこで「マルクスが価値形態論で展開している事柄は、この凝固や対象化が価値形態にある他の商品（等価商品）を価値の化身とすることでなされる双方の商品に共通な社会的実体への対象化ということなのだ。」と、論拠の文を並べて見る。

「だが、亜麻布の価値を構成する労働の独自な性格を表現するだけでは、充分でない。流動状態にある人問的労働力、すなわち人間的的労働は、価値を形成するが、しかし価値ではない。それは、凝固した状態において、対象的形態において、価値となる。亜麻布価値を人間的労働の凝結として表現するためには、それは、亜麻布そのものとは物的に異なる。亜麻布と他の商品とに共通な、一つの「対象性」として表現されねばならない。この課題はすでに解決されている。」（D・K河出P48～49）

　この文は、〈亜麻布と他の商品とに共通な一つの対象性〉は価値形態であり、価値抽象批判でしめされた、ことだから、「価値となる」は、〈価値として表現される〉の謂です。つまり、諸商品が、交換関係に入ることで、使用価値リンネルと、価値形態上着の二重の姿態を受取ること・右辺の上着が、等価形態の経済的規定（直接的交換可能性）を受取ることで、人間的労働の一般的化身となることでした。しかし、価値形態上着は、自然的形態として現象しているのだから、直接的交換可能性の規定は、上着の価値属性として表象されます。価値が、上着の価値属性と表象され、そして、貨幣が人間的労働の一般的化身と人々には見なされているのだから、価値とは、「直接間接に投下された人間の労働」と、吉原さんが言うのは不思議でもないことです。

　「人間の諸労働の同等性は、労働諸生産物の同等な価値対象性という物象的形態を受け取り」（D・K河出・P66）と、商品の物神性で、指摘している。此の点での榎原さんの、アナリティカルマルキシズムへの批判が不在なのではないでしょうか？　此の点を欠いているから、「榎原氏が論ずるように、マルクスの社会的必要労働概念は交換過程における互いに異なる諸商品が互いに等価関係を結ぶその関係性の中から抽出される。これは換言すれば、市場での商品交換を通じて事後的に各商品の社会的必要労働時間は決定される事を意味する。この事は、各商品の社会的必要労働時間とは市場の均衡における各商品の価格（抽象的人間労働を価値尺度として表現される）に他ならないと言ってよい。」（吉原さん）などとの自らの混乱を差し置いての居直りをさせていると思えるのです。（勿論、価値尺度論を巡る久留間―宇野論争が、価値価格の乖離での価値法則の支配論の定説―ロウゼンベルグ―を履がえしきれていないマルクス経済学の現状の故もありますが……）

2.

「だから当然にも、商品が生産された時と、交換過程に入るときには時間差があり、この間に社会的必要労働時間の変化が起こり得る。商品を生産した生きた労働の価値の大きさは、その商品が他の商品と価値形態を取り結び、そのことで商品で表示される労働が他の商品を自らの価値形態とすることで共通の実体に凝固し、対象化されたとき、やっと量的規定を与えられる、ということが、「相対的価値形態の量的規定性」で考察されているのだ。」（榎原さん）

　われわれ初心者には,きちんと〈価値表現の質的側面・量的関係〉の区別をつけて論じていただかないとよく理解できないのです。生きた労働ではなく、対象化された労働が、生産過程でなく、商品形態で論じられているというとき、まず質的側面である両極の価値形態が論じられたはずです。そして、交換過程で起こる量的規定性は、価格であり、相対的価値形態の量的規定性では、「相対的価値」です。おなじ「交換価値」でも論じている事は、価値と価格の違いがあります。

3.

　資本論一巻第三章貨幣または商品流通は、私にはいっそう難しく学習が進みません。3章での商品の命がけの飛躍を、物象化論からの気鋭の論説を期待して首をなが―くしています。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2641 times