（上）2002/06/07（下）2002/08/08　榎原　均
　拙文「置塩モデルと価値形態（上）」をUPします。この部分は、置塩モデルに対する伝統的マルクス主義経済学の立場からの批判を検討してみました。後半部分は数理的取扱の限界について考察しましたが、当初考えていた価値形態論について詳しく展開するということは不十分なままに終わりました。引きつづき続編を書きます。なお、価値形態論について興味をおもちの方は、拙著『価値形態・物象化・物神性』をお求め下さい。また概略は、当HPの「協同組合運動研究会の術語集」を参照下さい。

はじめに

　吉原直毅さんからコメントがありましたので、置塩モデルについて、もう一度勉強し直してみました。せっかくの機会ですので、前の論文を書いた時には参照できなかった大石雄爾さんの『商品の価値と価格』（創風社）と大石さんが紹介している頭川博さんの論文「価値形成と剰余労働」（『一橋論叢』104-6号）にも目を通しました。また『経済研究』52-3号の吉原さんの論文「マルクス派搾取理論再検証」も検討しました。

　今回寄せられたコメントでもそうですが、吉原さんの一貫した問題意識は「マルクス派搾取論」の成否というところにあり、そして数理マルクス経済学は「搾取が不当だ」という見地が成立し得ないものであることを示した、と結論づけています。ところが私の関心は、もっぱら価値形態論にあり、置塩モデルに対しては、それが「相対的価値形態の量的規定制」を考慮していないと批判したのでした。

　吉原さんの「マルクス派搾取理論再検証」を検討してみて共感を覚えたところは「労働価値も唯一の価値生成機能としての労働力商品論も現実の市場社会の観察によっては不可能である概念規定であるが故に、その概念規定の科学性を立証するためには、市場の観察によって可視である価格運動がそれ等の概念によって論理整合性を以って説明され得ることを示せなければならない」（254頁）とか「価値・剰余価値体系が日常の市場世界では観察不可能なカテゴリーである」（256頁）といったところで述べられている、価値や剰余価値が不可視のものである、という考え方でした。

　私は、価値形態とは、そこに価値が超感性的な現象形態をとっているものだとマルクスが捉えていたことに気付き、この超感性的なもの、つまり不可視なものをどのようにすれば認識できるか、ということについてずっと考えてきました。ひょっとして、吉原さんなら、私の考えてきたことについてわかってもらえるかも知れない（考えの当否は別として）と期待しつつ筆を起こしています。

第1章　置塩モデルへのマルクス主義経済学からの批判

1）頭川説へのコメント

　仮に私の視点を価値形態論視角からの価値の量的規定というように表現しておいて、置塩モデルを批判した二人の先行者、頭川さんと大石さんの批判視角と対比することから、始めましょう。

　頭川さんの論文の目的は、搾取の数学的証明に対する批判に置かれていますが、そのポイントはやはり置塩モデルが生きた労働の労働時間をそのまま価値実体とみなしていることの検討におかれています。

「連立不等式の最大の陥穿は、そこに抽象的人間労働が直接登場するところにある。というのも、マルクスにあっては、生きた労働の姿態はあくまでも使用価値に結実する具体的有用労働に他ならず、価値実体は相異なる労働生産物同士の交換関係の中で初めて生成する特殊歴史的な範疇だからである。」（768頁）

　この頭川さんの批判視角は、私の論文と同じものです。では頭川さんは、価値実体を特殊歴史的な範疇だとみなすとき、どのような内容を考えているのでしょうか。すこし長くなりますが引用しましょう。

「生産形態の私的性格を前提する商品生産では、個別的労働力は社会的労働力の一分子（ママ）たる性格をもたないため、その合目的的な発揮である具体的有用労働は、その現物形態のままでは社会的労働の形態たり得ず、単なる私的労働の形態にすぎないのである。そこで、そのままでは私的労働の形態にすぎない異種の具体的有用労働は、対象的な形態をとった生産物同士の交換関係の中で初めてそれ自身の異質性を脱ぎ捨て、社会的労働の固有な形態としての抽象的人間労働を分出して質的な同等性を確認しあい、凝固状態にある抽象的人間労働は、価値という特殊歴史的な規定を受けとるのである。」（769頁）

　この引用文の前半には異議はないのですが、後半になるとよくわからない。まず抽象的人間労働が「社会的労働の固有な形態」だとされていることが理解できない。抽象的人間労働というものは、労働の質についての規定で、質としては何も規定できない、幻のようなものだと私は捉えています。社会的労働の形態といえば、やはり価値形態のことであり、日常に則して言えば、商品の価格形態のことでしょう。私の理解に従えば、商品の価値形態が社会的労働の固有の形態であり、この形態は、異なる使用価値同士の関係という感性的な両極を素材にして、抽象的人間労働という価値の実体を超感性的に現象させているのです。
　どうも頭川さんの理解だと、商品で表示される労働の二重性として規定されている使用価値と価値とが関係させられていないように思われます。つまり、使用価値をつくる具体的有用労働はそのままでは私的労働の形態にすぎないが、その生産物が交換関係に入ると社会的労働の形態である抽象的人間労働でもってその同等性を確認しあう、というように。頭川さんの言葉を借りれば「もともと価値実体は生産物の交換部面で具体的有用労働という労働の唯一の姿態から生成すると考えて初めて、同一労働の二重性というマルクスに固有な概念が成り立つ」（769頁）ということなんですね。つまり、生産の部面での具体的有用労働が交換の部面で抽象的人間労働へと生成されると考えているのでしょうか。
　でも価値実体をこのように捉えると、価値形態とは何か、ということが課題としては出てこなくなります。現に頭川さんは、「価値は価値形態または交換価値と不可分の関係に立ち、価値形態をその必然的な現象形態としてもつ」（772頁）と述べていながら、価値が二つの商品の交換関係（価値関係）でどのように現象しているかについては関心をもっていません。頭川さんは「価値実体は労働であるがゆえに時間が価値の大きさをはかる内在的尺度になる一方、その労働は相異なる生産物の交換の中でのみ生成するために、外在的価値尺度として貨幣商品金を必要とするのである」（773頁）というように、価値形態論を貨幣の必然性の証明としてしか捉えていないかのようです。
　もっとも頭川さんは別のところで価値形態論について研究されているのかも知れません。80年代後半に、頭川さんの論文にはほとんど目を通したことがありますが、それについてまで手を広げるのは今はやめておきましょう。この頭川さんの論文を見る限り、価値実体の捉え方に疑問があり、このような価値実体の捉え方だと価値形態の謎ときが必要なくなるのではないか、ということを指摘しておくことにとどめておきましょう。

　なお、頭川さんは、価値を数式で計算しようとする数理的マルクス経済学については「価値が生産過程で成り立つという考え方」（773頁）にもとづくもので、「価値が原理的に計量可能」（773頁）と考えているが、価値実体が交換関係で生成することを考慮すれば、価値は原理的に計量不可能だ、と主張しています。

2）大石説へのコメント

　次に、大石さんの『商品の価値と価格』に移りましょう。大石さんは非常に詳細に置塩モデルの批判を試みていますが、その観点は、頭川さんと共通で、価値の実体としての抽象的人間労働は、生きた労働の属性ではないのに、置塩モデルでは生きた労働に価値の実体を求めている、ということでしょうか。ここでも大石さんの個々の論点には立ち入らず、価値の実体と価値形態との関連について論じているところの検討にとどめておきましょう。大石さんは次のように述べています。

「われわれの目に最初に映った交換価値は、実は、抽象的人間労働が現象するさいにとる現象形態だということが明らかになる。」（219頁）

　大石さんは「どうして抽象的人間労働というあらゆる労働に共通の側面が交換価値として現われるのであろうか」（242頁）と問をたて、そして、商品生産者たちが交換関係では種類を異にする生産物を等置していることに注意をうながしたあと、次のように述べています。

「この等置によって、抽象的人間労働という幻のような対象性ば価値の実体として浮かび上がってくるのであり、この価値形態をとおして現われる社会的労働によって、私的生産者達の労働の社会的性格が現われることになるのである。このような等置がなければ、すなわち、交換において生産物が相互に比較され、それらに共通のものが交換価値という形態で表現されるということがなければ、そもそも抽象的人間労働という概念がわれわれの認識の対象になることもありえない、といわなければならない。」（243頁）

　大石さんによれば、価値形態とは抽象的人間労働という価値実体が現象する現象形態だ、ということにつきています。そして、交換関係にあっては異種労働の生産物が相互に等しいものとして等置されている、ということを根拠にして、抽象的人間労働という価値実体の特質を示そうとしています。

　私は、このような価値形態の把握は、もっぱら価値実体の説明のためのツールとして使われているだけで、頭川さん同様、価値形態の謎ときにはなっていないと考えます。そして、数理的マルクス経済学への批判は、頭川さんや大石さんの価値実体理解では不十分で、進んで価値形態の謎の解明にまで進まなければならないと考えています。

3）両説の限界

　ここまで置塩モデルに対する批判者の意見を紹介してきましたが、このような批判だと置塩モデル自体への批判にはなっていません。吉原さんも同意見だと思われますが、マルクスは『資本論』第一巻では、価値と価格が一致する、という前提を置いています。ですから、この前提に従えば、生産過程の生きた労働の価値形成力は、そのまま生産物の価値へと転化されることになります。だから、置塩モデルに対する頭川さんや大石さんの、交換関係のうちで価値実体が形成されるからモデルは成立しないという批判は成立しません。
　問題は、置塩モデルの意味をどう考えるか、というところにあります。置塩さんは、この式を「価値の大いさの決定」（置塩、12頁）と考えています。これが実は誤りなんですね。置塩さんは、自らの式を別の商品の価値の大いさの決定を示すものと読んでおり、そして、頭川さんや大石さんの批判は、実はこの読みに対する批判としては妥当なのです。つまり、価値＝価格の前提がある以上、個別の商品の価値の大いさの決定ということは問題にすべきではないのですね。
　私は『資本論』第1巻の価値と価格の一致という前提のもとでは、置塩モデルは成立すると考えています。但し、その意味は数理的マルクス経済学が考えていることとは全然別です。数理的マルクス経済学は置塩さんと同様に、このモデルを価値の量的規定を表現するものと捉えています。ところが実際は逆に、置塩モデルは、価値の質的規定を与えているのではないでしょうか。つまり、置塩モデルは、価値実体が労働から成る、ということを意味しているのです。
　マルクスは、価値と価格の一致という前提のもとに、商品の価値形態を分析し、貨幣の生成を証明し、さらには、労働力の商品化にもとづく貨幣の資本への転化、そして、資本の生産過程が剰余価値の生産過程であること、さらには資本の蓄積過程を分析して、資本価値自体が過去の不払労働の体化物であることを示しました。置塩モデルは、このマルクスの多様な分析の土台にある価値実体が労働である、ということを示すものと捉えてはじめて、置塩さんの業績を正当に評価できるのではないでしょうか。

　私は、数学については研究したことはないので、間違っているかも知れませんが、数式には量の計算が可能なものと、それには向いていないものとがあるように思います。後者の数式は、単に言語として機能していて、モデルの概念を表現しているのですね。しかし、数式自体は、計算可能な形式をしていますし、また、計算が出来ないことには数式たり得ない。だから、置塩モデルでも演算可能ですが、演算したとたんに間違いが生じると思われます。この点について明らかにして見ましょう。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3455 times

置塩モデルと価値形態（上）

はじめに

第1章 置塩モデルへのマルクス主義経済学からの批判

1）頭川説へのコメント

2）大石説へのコメント

3）両説の限界

第1章　置塩モデルへのマルクス主義経済学からの批判