文化知思想の探求（第1回）
- 第一章　レヴィナスの全体像
  - 第一節　初期レヴィナス　
    1）なぜレヴィナスから始めるか　2）レヴィナスの何から始めるか　3）レヴィナスの現象学受容
  - 第二節　『全体性と無限』
    1）『全体性と無限』の構想　2）西欧哲学の批判　3）レヴィナス特有の言語論　4）言語論から展開される倫理哲学
  - 第三節　『存在の彼方へ』
    1）『全体性と無限』との対比　2）新たな言語論　3）〈語られたこと〉と〈語ること〉　4）現象学への内在的批判　5）新たな主体性論の展開　6）意識と自己意識への批判　7）身代わり、形態規定の哲学的把握
文化知思想の探求（第2回）
- 第二章　レヴィナスの外の主体
  - 第一節　『存在の彼方へ』第六章
    1）はじめに　2）意識一般の批判　3）新たな主体性論　4）空間　5）存在するとは別の仕方で　6）人間の社会性
  - 第二節　レヴィナスのブーバー論　
    1）対話の捉え方　2）従来の西欧哲学への批判　
    （注）『全体性と無限』へのデリダの批判　1）経験主義の誤り　2）差異の捉え方
  - 第三節　レヴィナスの倫理の展開と新しい思考
    1）〈語ること〉と〈語られたこと〉　2）倫理としての人間の社会性　3）対話の哲学　4）文化知への接近
  - 第四節　『外の主体』の社会論
    1）近代的自我に先行する社会性への注目　2）社会の創設　3）関係論の展開　4）価値形態論との対比　5）文化の創造
  - 第五節　『貨幣の哲学』
    1）貨幣哲学の枠組み　2）貨幣とは何か　3）貨幣から見た享受への批判　4）超越の価値論　5）貨幣への批判

文化知思想の探求（第1回）前

第一章　レヴィナスの全体像

第一節　初期レヴィナス

1）なぜレヴィナスから始めるか

　文化知思想の探求にあたり、なぜレヴィナスからはじめるかについて簡単に触れておきましょう。若きレヴィナスは現象学の研究者として出発しています。フッサールやハイデガーの諸著作についての研究論文がいくつかあります。それを読むと非常にまっとうな哲学者であることがわかります。また、主著の一つである『全体性と無限』では、現象学の方法を採用すると述べられていて、みずからの出自が現象学であることを明確に自覚しています。

　ところが、『存在の彼方へ』になると、はっきりと現象学の限界について語るようになります。またその前の『全体性と無限』は、現象学も含めた西欧哲学への仮借ない批判でした。ですからレヴィナスの特徴はといえば、哲学批判だということになります。このように考えると、ニーチェ以降の、現象学も含めた現代思想の流れを「反哲学」と特徴付けている木田元の見解を見ておく必要に迫られます。

　木田が哲学批判といわず、「反哲学」といっているのは結構正確な規定のように思います。たとえばニーチェの場合は、一切の価値の転倒、という主張の中に、西欧哲学への批判があるのですが、しかしその批判は内在的なものではなく、それでは捉えられないものがある、という形での自説の対置ですから、「批判」ではなくて「反」なのですね。ところがレヴィナスの場合は西欧哲学の内在的批判を通して、その彼方への道筋を提示しようとしています。

　ここで批判という言葉について、マルクスが経済学批判としてみずからの仕事を位置づけたのと同じ重みを待ったものとして、レヴィナスの哲学批判という仕事に与えてみたいのです。文化知の思想からすれば、マルクスは経済学批判を通して、存在の形而上学的構成を解明し、そうすることで結果として、形而上学を復権していると見なせます。同様にレヴィナスは哲学批判を通して、倫理という社会関係の価値形態論的構成の解明にたどり着き、存在の形而上学的構成を言葉にしようとしているのです。

　マルクスが弁証法についての書物を書き残さず、レヴィナスも社会関係の経済学的解明は未決のままですが、文化知の思想からすれば、両者の思想は背中合わせの関係にあるように思うのです。文化知の思想の解明にあたり、レヴィナスから始めることは、倫理の哲学者として脚光を浴びているその従来の評価についての異議申し立てとしての意味もありますし、また、今話題となっている哲学者との関係で問題を提起できるという時事性も重要だと考えています。

2）レヴィナスの何から始めるか

　レヴィナスの二つの主著『全体性と無限』と『存在の彼方へ』は実は同じテーマを扱っています。しかしテーマへの接近の仕方に違いがあります。この違いは現象学的方法についての評価の違いを尺度とすると明確にできるように思います。ですからまず、レヴィナスの現象学理解を初期の作品に遡って捉え返し、次に『全体性と無限』での西欧哲学批判の内容をまとめ、そして最後に『存在の彼方へ』で展開されている現象学批判を見ていくことにしましょう。

3）レヴィナスの現象学受容

　『レヴィナスコレクション』（ちくま学芸文庫）に「フライブルグ、フッサール、現象学（1931年）」という論文が収録されています。これは『フッサールにおける直観の理論』（法政大学出版局）出版直後のものでレヴィナス25歳ころの作品でしょう。ここにはレヴィナスの現象学賛美が見られます。まず現象という言葉について、今の時代の常識では現象というと客観的な事物の現象形態と考えられますが、哲学の場合現象とは客観的対象が意識のうちに捉えられて意識のうちでさまざまな形をとるそのようなものとして理解されています。レヴィナスは現象について端的に次のように述べています。

「意識に与えられるものが現象の名に値するのは、生――個別的でかつ現実的な生――の中でそれが演じ、行使する役割と機能を介してこのものが与えられ、それが生の対象である場合に限られる。そうでなければ意識に与えられるものは抽象であろう。」（『レヴィナスコレクション』、76頁）

意識における現象を客観的現象の反映と見る唯物論や、意識における現象しか実在しないと見て客観的存在を否定する観念論の双方を意識しつつ、レヴィナスはフッサールの現象学が切り開いた地平を、このように現象を具体的に生活している人間にとっての問題として捉えようとしているところに求めています。

「外から持ち込まれて、組み立てられた哲学的解釈は現象の意味をうらぎってしまう。組み立てないし構築は現象を歪曲してしまうのである。
　現象を救出するに際して現象学は、現象の哲学的で究極の意味は、それを意識的な生のうちに、われわれの具体的実存の個別性と不可分性のうちに置き直したときに得られる、という確信に導かれている。」（同書、76頁）

　従来の観念論が意識のうちの現象について規定するときに、自分自身の生活、生命にとっての現象として捉えずに、それを外から持ち込んだ材料によって解釈していることに対して、レヴィナスは現象学はこのような形で歪曲された現象を救出するものであり、そしてその観点は、現象をみずからの生と不可分なものとして捉える事だと言うのです。

「〈人間的なもの〉の真の本性、意識に固有な本質を決定すること――それこそが現象学者たちに第一の課題として課せられた仕事である。彼らの回答はすでにわれわれの知るところとなっている。意識たるものは事物のように自己自身に閉じ籠もっているのではなく、その全体が〈世界〉を目指しているのだ。人間においてこのうえもなく具体的なもの、それは人間の自分自身に対する超越である。あるいはまた、現象学者たちの言葉を使うなら、それは志向性なのである。」（同書、79～80頁）

レヴィナスは現象学者の課題を、人間的なものの真の本性を決定することに求めていますが、そのことが可能となるためには意識を世界をめざす志向性を持ったものとして捉えることが必要だと述べています。まさに「世界がそれを起点として理解されるはずの具体的なものは、このように志向性である」（同書、81頁）というのです。ですから後に『全体性と無限』で、現象学の方法に全面的に依拠したというとき、それはこの志向性ということなのです。そしてすでにこのときから「あれこれの対象を構成する数々の志向性を分析すること、それが現象学を行うことである」（同書、83頁）と言い切っています。そしてこのような見地から人間の本性について考察することでどのような諸問題が解明されるかについて次のように述べています。

「存在の総体は、それがわれわれの具体的な生から出来した場合には、〈自然〉についての科学だけが把握しうるような事実の堆積ではない。空間や因果性とは別に、『日常的』、『美的』、『聖なる』等々の概念の客観性が確証される。これらの特徴は対象に帰属したものとして与えられるのだが、現象学者たちはそこに、諸事物についてのわれわれの認識の『純粋に主観的な』規定を見るのではなく、事物そのものを構成するカテゴリーを見ている。〈世界〉は〈自然〉をはみ出す。〈世界〉は、それがわれわれの具体的生のなかで得る起伏と豊穣さのすべてを手放さないのだ。〈世界〉とは、興味ある事象や退屈な事象、有用な事象や無用な事象、美しい事象や醜悪な事象、愛される事象や憎まれる事象、滑稽な事象や憂慮すべき事象からなる世界である。現象学的方法は、今日の自然主義的傾向――もちろん、この傾向もそれなりの権利を有してはいるが、限界を課せられてもいる――によって歪曲され貧困化させられた世界を破壊し、われわれの具体的生からなる失われた世界を再建しようとしているのである。」（同書、83～4頁）

おそらくここに描かれた構想にしたがってレヴィナスの哲学が形成されていったのでしょう。この構想で面白いのは、「世界」つまり人間にとっての生活空間が、単なる自然よりも豊富なものとして捉えられていて、日常性や美的ものや聖的ものを単に主観的なものとして捉えるだけではなく、これを事物そのものを構成するカテゴリーとして捉えようとしている点です。これが実は従来の哲学によっては「失われた世界」でありこれを再建するのが自らの課題だというのです。

以上に見てきたことから、レヴィナスの現象学的方法とは、意識の志向性が作り出すさまざまな現象を、人間の具体的生に即して考察し、それを単に主観的なものとして位置づけるだけでなく、客観的な事物を構成するものとして捉えようとしている、ということになるでしょう。

第二節　『全体性と無限』

1）『全体性と無限』の構想

『全体性と無限』はこのタイトルに出てくる言葉自体特別な概念を持っています。レヴィナスはこの本で執拗に西欧哲学の批判を試みているのですが、その西欧哲学を特徴付ける言葉がほかならぬ「全体性」であり、それは序文で次のように述べられるのです。
「戦争において顕示される存在の様相を定めるのが全体性の概念である。そしてこの全体性の概念が西欧哲学を牛耳っているのである。西欧哲学においては、個体は力の担い手に還元され、知らず知らずのうちにこの力によって命じられる。諸個体はその意味を全体性から借り受ける。」（『全体性と無限』国文社、15頁）

レヴィナスは序文冒頭で、なぜ道徳がかくも軽んじられるのかという問いを立て、次に戦争状態が道徳を一時中断すると続けたあとにこのように述べたのでした。だからここでは道徳を中断するような戦争における存在の様相、全体性と名づけられたこの様相に存在を考察してきた西欧哲学が牛耳られてきており、かくして道徳は哲学によって省みられることはいまだかってなかったというのでしょう。

この全体性に対置されている無限のほうは、終末論との関連で次のように位置づけられています。

「終末論は、つねに全体性の外にある剰余との関係である。この点については次のようにも言える。つまり存在の真の拡がりは客観的全体性によってカヴァーされるものではなく、また、全体性からのこの超越、全体性に包摂されることなく、しかも全体性同様根源的なものであるこの超越は、全体性とは別の概念、すなわち無限という概念によって表現されなければならないのだ。
　全体性ならびに客観的体験のこの『彼方』は、しかしながら、単に否定的に記述されるものではない。この『彼方』は全体性ならびに歴史の内面に、客観的体験の内面に刻み込まれているからだ。歴史の『彼方』としての終末論的なものは歴史と未来の手から諸存在を引き剥がす。終末論的なものは諸存在をしてその十全なる責任に目ざめさせ、責任を果たすようこれらの存在に呼びかける。」（同書、17頁）

　終末論とは、通常は終末の視点から歴史全体を一つの意味ある統一体としてみて、その意味に応えるべく現在と未来を生きるという発想ですが、ここでレヴィナスは終末論を現在の全体性の外にある剰余との関係と捉えることで、これを現在の問題へと取り戻しています。そしてレヴィナスによれば、この剰余とは、全体性とは別の無限という概念によって表現されるというのです。だからレヴィナスにとっては、「終末論的ヴィジョンは全体性として解された存在内での歴史の終焉を目指しているのではなく、全体性を越えた存在の無限との関係を確立する」（同書、18頁）ということなのです。ではこの無限とはどのようなものでしょうか。

「哲学的明証性がもはや『全体性』といった語では表現しえないようなある境位におのずと送り返される場合、哲学的知の生誕の地である非知が虚無そのものではなく、ただ単に対象の不在と合致する場合がそれである。哲学に代えて終末論を立てることも、終末論的『真理』を哲学的に『証明する』こともなしに、全体性の体験から、全体性そのものの存立条件であると共に、この全体性が砕け散るようなある境位にまで遡ることができる。他者の顔のうちで閃光を放つ外部性あるいは超越がこの境位である。このような超越の概念を厳密な仕方でさらに展開するなら、それは無限という語でもって言い表されることになる。」（同書、20頁）

レヴィナスが語ろうとする終末論的ヴィジョンとは終末論を立てることではなくて、哲学が全体性という概念で事足れりとしているこの世界に、全体性そのものが存立している条件であるとともに、この全体性といった観念が砕け散るような境位にまで遡ることによって創り出されます。具体的には他者の顔であり、この近さが意識にとっては無限としてあることの確認です。レヴィナスが問題にしているものは人間と人間との社会関係ですが、そこでの対面の関係を意識との関係で捉える試みがなされようとしているのです。

「精神にとって、暴力とは自分に適合することなき存在を迎接することである。一方、哲学は明証性のうちで自らの真理を手中にする。とするなら、暴力は哲学を導く自律という理想に反することになるのだろうか。だが、無限――デカルトの呼び方では〈無限〉の観念――との関係は臆見とはまったく別の方向へと思考をはみ出す。臆見は思考がそれに触れると雲散霧消してしまうか、さもなければ思考のうちにすでに内在していたものとして顕示される。これに対して無限の観念においては、思考にとってつねに外的でありつづけるものが思考されるのだ。あらゆる臆見の存立条件である無限の観念はあらゆる客観的真理の存立条件でもある。無限の観念、それは自力で発見するものと臆見から受け取るものとをいまだ区別することなき精神である。
　無論、無限との関連を体験といった語で語ることはできない。なぜなら、無限はそれを思考する思考からはみ出すからである。このように思考をはみ出すことで、まさに無限の無限化そのものが生起する。その結果、客観的体験といった言葉以外の語で無限との関係を語らなければならなくなる。だが、体験というものがほかでもない絶対的に他なるもの、言い換えるなら思考を絶えずはみ出すものとの関係を意味するのであれば、無限との関係は体験のなかの体験を成就するものであることになろう。」（同書、21頁）

　ここで自分に適合することなき存在を迎接すると述べられているのは、自己による他者の迎接ですが、この対面の関係にレヴィナスは無限を見ています。というのもレヴィナスにあっては他者は絶対的他者であり、自己の意識や思考をはみ出すものであるからです。ところでレヴィナスの考えでは、西欧哲学の全体性の概念はつねにその外にある剰余を前提にして成り立つものでした。そして全体性の概念は無限の観念を前提にしていながら、西欧哲学は無限そのものについての解明は不問にしているのです。

　つまりレヴィナスは、西欧哲学が無限を前提にすることで全体性の概念を確立してしまっているので、それに対する批判を前提そのものである無限の解明によって成し遂げようとしているのです。そしてその手がかりを、自己と他者との対面関係という社会関係に求めそこで思考をはみ出している無限の無限化を語ろうとしているのです。

「本書の議論は、全体性の観念と無限の観念とをまず区別したうえで、無限の観念の哲学的優位性を肯定するという手順で進められる。無限は〈他〉と〈同〉との関係のなかでいかにして生起するのか。乗り越え不能なものである特殊性および人格は、ほかならぬ無限の生起の場をいかにしていわば磁化するのか。本書はこの点を語るであろう。」（同書、22頁）

レヴィナスはこの本のテーマについてこのように簡潔に述べています。無限は自己と他者との関係のなかで如何に生起するのかと。そしてこの生起の仕組みについて次のように述べています。

「無限の無限化は無限の観念が自我のうちに植え込まれることとして生起する。無限の無限化は想像を絶したある事態のうちで生起する。つまり、分離されみずからの自同性のうちに固定された存在としての〈同〉、〈自我〉が、自らの自同性の力だけでは内包することも受容することもできないものを内包するのだ。主観性はこうした不可能な要求を充たす。主観性は内包しうるより以上のものを内包するという驚くべき事態を実現する。本書は〈他者〉を迎接するものとして、歓待性として主観性を提示するであろう。歓待性としての主観性のうちで、無限の観念は成就される。志向性においては思考と対象が合致したままであるが、それがために、志向性は意識をその根源的次元で定義するには至らない。志向性としての知はどれもみな非合致の典型である無限の観念を前提としているのだ。
自らの容量を超えて内包すること、それは存在の全体性を思考によって包摂することではない。それはまた、構成するものとしての思考の内的働きによって存在の全体性を事後的に解明しうるということですらない。みずからの容量を越えて内包すること、それは思考内容の枠組みを絶えず破壊し、内在性の障壁をたえず踏み越えることであって、しかもその場合、存在内へのこの降下が降下という概念に改めて還元されることはない。」（同書、23～4頁）

自己と他者との対面の関係においては、自己は内包することも受容することもできないものを内包する、これがレヴィナスが考えている無限の無限化の生起の仕組みです。こうしてレヴィナスは主体性（主観性）を他者を迎接するものとして、歓待性と捉えることでこの無限の観念を主体のうちに成就させようとするのですが、これは後には他者の身代わりとして、歓待というニュアンスからは外れたものとして明確化されていきます。ところで今回の研究のテーマの一つは、レヴィナスによる現象学の方法の適用について考察することでした。最後に方法に言及している部分に触れておきましょう。

「本書で用いられた数々の概念は現象学的方法に全面的に依拠して提示され展開されている。志向的分析とは具体的なものの探求である。」（同書、25頁）

このようにレヴィナスは現象学の方法に全面的に依拠すると述べていますが、しかし現象学の限界を、志向性が意識と存在との合一を措定することで、無限の観念を前提にしてしまっている事を批判していましたから、レヴィナスの思考は現象学の外へとはみ出して行きます。

　「現象学的演繹は存在についての観想的思考ならびに存在そのものの俯瞰可能な露出を意味へと還元する。しかし、本書はこの意味を非理性的なものとはみなさない。根源的であるがゆえに形而上学的と呼称される外部性への希求、なによりもまず『在らしめる』べきこの形而上学的外部性の尊重――かかる希求と尊重が真理を形づくる。本書の考察を導いているのはこのような形而上学的外部性である。」（同書、26頁）

　レヴィナスはここでみずからの考察を形而上学と位置づけています。ハイデガーが西欧哲学の批判を形而上学批判としてなそうとした事に対して、異議申し立てをしているのでしょう。レヴィナスにあっては論理の彼方にある倫理の探求がこの形而上学の課題とされているのです。

2）西欧哲学の批判

　すでに指摘しておいたようにレヴィナスは全体性という概念で従来の西欧哲学を特徴づけ、そして無限という概念で、全体性をはみ出す倫理の領域を措定し、倫理についての哲学的考察に形而上学という名称を与えています。形而上学というと、ハイデガーやデリダの場合は西欧哲学の存在論をさしており、紛らわしいので、以下ではレヴィナスの形而上学を端的に倫理哲学と呼ぶことにします。
レヴィナスの西欧哲学批判は、全体性の批判となりますが、そうなるのは全体性の外部にはみ出す領域としてある無限を考察することによってです。その際に西欧哲学では無限、つまり倫理を扱えないといった、外在的批判（反哲学）ではなく、西欧哲学の全体性に内在しつつ、そこから倫理哲学への途を探るという方向性を示しています。

　そこでとりあえずは、西欧哲学の特徴とその欠陥について、他者の取り扱いというところから見ていきます。「（西欧哲学の場合）これらの実在の他性は思考し所有する私の自同性に吸収されてしまう。これに対して、形而上学的欲望はまったき他なる事象、絶対的に他なるものをめざす。」(同書、31頁) 確かに西欧哲学は私の自同性に他者を吸収してしまいますが、これに対して他者との関係を無限として特徴付けるレヴィナスにとっては、他者は私が自同性のうちに回収できるような存在ではありません。このことをどのように捉えたらいいのでしょうか。この点についてレヴィナスは次のように問題を提起しています。

「〈他〉の他性、〈他〉の根底的異質性は次の場合にのみ可能となる。つまり〈他〉は、出発点にとどまり、関係の入り口の役目をすること、相対的にではなく絶対的に〈同〉であることを本質とするような項に対して、他なるものであらねばならないのだ。ある項が関係の出発点に絶対的にとどまりうるのは、この項が〈自我〉であるときのみである。」（同書、35頁）

まずレヴィナスは自己と他者とが無限の関係にあるということを想定したときの両極の特徴について規定することから始めます。この場合他者は自己と関係を持ちつつも、自己のうちに吸収されない存在でなければならないのです。ということは他者も自我であるということなのですが、関係の両極が共に自我であるような自我論というものは成立するのでしょうか。レヴィナスの西欧哲学批判の成否はこの点にかかっています。ここでは西欧哲学に見られる「われ思うゆえにわれあり」というデカルトに始まる自我論の超越が問われているのです。すこし長くなりますが、超越の決定的な場面を見てみましょう。

　「〈自我〉のなかでの〈同〉の自己同定は単調な同語反復として、つまり、『〈私〉とは〈私〉である』として生起するのではない。もしそうなら、ＡはＡなりという形式には還元不能な〈同〉の自己同定の独自性が見逃されることになろう。〈同〉の自己同定は自己が抽象的に自己を表象することではない。抽象的な自己表象とは異なるものとして、〈同〉の自己同定の独自性をいまは見定めなければならない。一個の自我と一つの世界との具体的な関係を起点として、〈同〉の自己同定を考えなければならない。世界は、自我にとって疎遠かつ敵対的なものであるから、理の当然として自我を変質させるはずである。ところが、世界と自我との真に原初的な関係は世界内での自我の滞留として生じる。この関係において、自我はまさに〈同〉の最たるものとして顕現する。世界という〈他なるもの〉に対抗する〈自我〉の様式は、世界をわが家とみなしてそこに実存しつつ滞留し、自己同定することである。世界内にあって当初は他なるものであった〈自我〉が世界に土着せる存在と化す。〈自我〉とは、他なるものから土着せる存在へのこの変質において生じる豹変そのものである。」（同書、37頁）

レヴィナスはここで自己同定する自我の成立様式を論じ、西欧哲学の前提そのものの考察をしています。それによれば自我とは、自己が無限であり他者である世界の一部分に滞留し住み着いて土着することで自己同定することができるのであり、世界にとって他なるものであった自己は土着によって自己同定する自己、すなわち自我に豹変すると言うのです。進んでレヴィナスはこの自我の滞留について考察していきます。

　「〈自我〉は世界のうちに場所を家を見いだす。住むこと、それは自分を支え、ある場所にとどまる仕方に他ならない。とはいえ、自分を支える〈自我〉は、例の蛇のように自分の尾に噛みつくことで自分を把持するのではない。そうではなく、この〈自我〉は自分にとって外的な大地の上で自分を支え、何かをなしうる身体としてこの大地にとどまるのである。『わが家』とは容器ではなく、私が何かをなしうる場所であって、そこにおいて私は、自分とは別のある実在に依存しているにもかかわらず、あるいは依存しているおかげで自由である。」（同書、37頁）

自我という存在の存在理由を思考作用に求める西欧哲学の伝統的発想に対して、レヴィナスは自我の滞留という観点を対置することで、無限なものとしてある世界と自我との関係、つまり西欧哲学の自我論の成立の前提されているものを摘出しそれを倫理哲学の対象としていきます。つまり自我の自由とは、自我が自己同定することの不可能な世界という場所に依存することによってであり、そしてこのような依存関係のうちで初めて自我論が可能となるというのです。ところでこのような依存関係は、依存関係とは意識されません。というのも所有という範疇が成立するからです。

　「歩きさえすれば、何かをなしさえすれば、どんな事物をも把持することができる。ある意味では、すべてがこの場所に存在しており、結局のところすべてが私の手の届くところにある。ちょっと計算しさえすれば、私と星々とのあいだに介在するものあるいは中間項を与えてくれるのだ。すべてがここにあり、すべてが私に属している。場所をまず掌握することによって、すべてがあらかじめ掌握される。場所のこの初源的掌握と共に、すべてが掌握され、了解される。所有とは、言い換えるなら、自我に対して最初だけ他なるものであるような相対的他性を一時中断することであるが、このような所有の可能性、それが〈同〉の様式である。」（同書、37～8頁）

依存関係が所有関係と見なされることで世界という他者の自己への同定がなされ、これが自我の成立を促す、というようにレヴィナスは考えています。ここでの所有とは、さしあたり場所の掌握ですが、この所有とは実は自我による自己同定の様式であるとレヴィナスは看破しています。ロックによれば所有は自己の労働に基づくものですが、このような所有論は自我と労働主体の成立を前提としています。マルクスが本源的所有を大地に対する関係行為と説いているのを継承するがごとく、レヴィナスは所有を場所の初源的掌握から説き起こしていますが、そうする事で、所有という範疇を人間の条件として設定することに成功しています。次に見るように所有とは自己同定の諸契機として捉えられるのです。

　「このように世界の他性が自己同定に豹変するという点をしっかり銘記しておかなければならない。この自己同定の諸『契機』、すなわち身体、家、労働、所有、家政は〈同〉の形式的骨組にたまたま付着した経験的所与としてしめされてはならない。これらの『契機』は〈同〉の構造の分肢なのだ。
　〈同〉の自己同定は無意味な同語反復でも〈他〉との弁証法的対立でもない。〈同〉の自己同定、それは自我中心性という具体的な事態である。これは形而上学の存立を左右する重要なポイントである。
　もし〈同〉が〈他〉との単なる対立によって自己同定するのであれば、〈同〉は〈同〉と〈他〉を包摂する全体性の一部をすでになしていることになろうし、また、われわれの考察の出発点であった形而上学的欲望の希求、すなわち絶対的〈他〉との関係をめざすこの希求もこのとき裏切られてしまう。
　ところが実は、形而上学的事象から形而上学者を切り離すこの分離は関係の単なる反対物ではない。なぜなら、自我中心性として生起するこの分離は関係の只中でも維持されるからだ。」（同書、38～9頁）

所有を自己同定の諸契機と見なすことで開けてくるものは倫理哲学（形而上学）の地平です。というのはそのように捉えることで、自己同定を自我中心性として批判的に捉える倫理哲学の出発点が与えられるからです。つまり自我と世界との関係が自己同定としてあるのは、自我＝自我というトートロジーや、対立物の統一といった弁証法的関係ではなく、自己中心性として、所有をはじめとするさまざまな諸契機を分肢とする具体的な事態としてあるというのです。

このように西欧哲学の全体性を、その外にある無限の提出によって批判していくレヴィナスは、自己同定を自己中心性として捉えることで倫理哲学の始源へと到達したのでした。この始源に立つと、次に問われるのは他者の絶対的他性という倫理哲学の条件を展開させることです。

　「しかし、自我中心性として生起する〈同〉が〈他〉と関係を結びつつも、ただちにこの〈他〉からその他性を奪わないなどということは、いかにして可能となるのか。このような連関の本性はいかなるものなのか。」（同書、39頁）

自己が自己同定することで自我となり、これが西欧哲学の全体性を形づくっているのに対して、この自我を、全体性の外にある無限との関係で、自己中心性と捉えたときに、全体性に吸収されない他との関係、この関係を発見することが倫理哲学にとって不可避の課題となります。レヴィナスはこの問題をどのように解いていくのでしょうか。

　「形而上学的〈他〉とは形式的ならざる他性をそなえた他なるものである。この他性は自同性の単なる裏面でも、〈同〉への抵抗からなる他性でもない。〈同〉のいかなるイニシアチヴ、〈同〉のいかなる帝国主義にも先行する他性、それが形而上学的〈他〉の他性だ。形而上学的〈他〉とは、〈他〉の内容そのものであるような他性をそなえた〈他〉、〈同〉を制限することなき他性をそなえた〈他〉である。というのも、〈同〉を制限するとき、〈他〉は厳密には、〈他〉でなくなるからだ。その場合、〈他〉と〈同〉は境界線を同じくし、〈他〉は体系の内部で依然として〈同〉にとどまる。」（同書、39～40頁）

ここでレヴィナスが展開している倫理哲学における同と他という両極の関係は、実はヘーゲルの弁証法の転倒の試みであるように思えます。ヘーゲルの弁証法は自我と対象という対立物の統一ですから、他は同に対する対立物としてあり、お互いに浸透しあってそれぞれが他に移行し反照しあってその本質を開示していく意識の運動です。つまり意識という媒介者が運動の主体として、弁証法を展開させていくのです。これに対してレヴィナスがここで試みているものは媒介者を主体とはしない関係における両極の弁証法的運動の叙述ではないでしょうか。つまりレヴィナスは、移行も対立も浸透も反照もしない両極の関係を求めているのです。

　「絶対的〈他〉、それが〈他者〉である。〈他者〉は私と数的関係をもたない。私と『きみ』との共同体あるいは「われわれ」という名の共同体は複数の『私』を単に寄せ集めたものではない。私ときみ、この二つのものは同じ一つの概念に属する個体ではない。所有も数的統一性も概念の統一性も私を他者に結びつけはしない。共通の祖国の不在が〈他人〉を〈異邦人〉たらしめ、この〈異邦人〉がわが家を撹乱するのだ。しかし、〈異邦人〉はまた自由な人間の謂いでもある。〈異邦人〉に対して、私は何かをなすことができない。たとえ私が〈異邦人〉を操るとしても、私には彼の本質的側面を掌握することはできない。〈異邦人〉は私の場所に全面的にいるわけではない。けれども、〈異邦人〉と共通の概念をもたないこの私もまた〈異邦人〉と同様に類を欠いている。われわれは、〈自同者〉と〈他人〉なのである。」(同書、40頁)

倫理哲学が課題とする倫理的関係は他者を絶対的他者として措定できるような、自己と他者との関係なのですが、このことを言葉で言うことは簡単ですが、その内実を具体的に表現することは非常に困難です。さしあたり西欧哲学の自己同定の関係への批判からレヴィナスはこの問題に接近しています。まずこの両極は意識の上での現象として現れるそれではなく、この意味で意識の圏という共通の祖国を持ちません。ここで異邦人というのは、意識化されない存在ということでしょう。自我の自己意識に対して意識化されない他者が関係しているのです。

　このような、西欧哲学の方法からは記述できないような〈同〉と絶対的〈他〉、この関係を倫理哲学的関係として捉えたレヴィナスは、次にこの関係についての考察を進めていきます。

　「以上のことを踏まえて言うなら、全体性を形成することなき諸項の関係は、〈自我〉から〈他人〉へ赴く関係、対面の関係、隔たりを深さとして描く関係としてのみ、存在の一般経済のなかで生起することになろう。そして、この関係が言説、善良さ、〈欲望〉の関係なのである。〈欲望〉の関係は、悟性の総合作用が多様かつ相互に他なるものであるような諸項間に確立する関係とは異なる。というのも、悟性はその総合作用によってこれらの多様な項を一望のもとに収めてしまうからだ。自我はたまたま形成されたものではない。もともと存在の論理的規定としてあった〈同〉と〈他〉が、たまたま形成された自我のおかげで、はじめて思考内に反映されるのではない。存在内に他性が生起するためにこそ、『思考』が必要であり〈自我〉が必要なのだ。」（同書、41頁）

全体性の外にはみ出している無限、これをレヴィナスは対面の関係として捉えます。先に明らかにされた自己中心性とはこの対面の関係での自己についての規定だったのです。そしてこの対面の関係は実は言説の関係でした。そして『全体性と無限』では特有の言語論によって、対面の関係についての倫理哲学的分析がなされていきます。

こうして新たな倫理哲学が生誕したのですが、レヴィナスは西欧哲学の全体性にとっては外的であったこの無限という倫理的関係の解明が、実は西欧哲学の自我という思考の成果物を必要としていると述べて、西欧哲学批判から倫理哲学への移行の道筋を示しています。

3）レヴィナス特有の言語論

レヴィナスの主著『全体性と無限』はさまざまなテーマが扱われていますが、すべてが独特の言語論から展開されています。その言語論は、言語とは何かといった、従来の言語論のテーマから離れたものであり、言語をそれ自体で自存する存在と考えて、これが意識の内で現象する様相を記述するという方法に基づいています。レヴィナスはいくつかの箇所で、言語とは何かとか言語の本質は、とかいった問いを立てこれに簡潔に答えていますので、とりあえずそれを見ておくことから始めましょう。

もともとレヴィナスの問題意識は自我が他者と関係を結びつつも、この他者から他性を奪わないこと、他者を絶対的他者として見いだすことでした。そしてこのことの解明のために独特の言語論が利用されているのです。自我が他者と連関しつつも絶対的に分離した関係を形成しうるような連関、「この連関が言語であることを証明すべく努めるつもりである」（同書40頁）と最初に約束しています。

「分離された存在は充たされ、自立している。にもかかわらず、分離された存在は、欲求の欠如によっても失われた善の記憶によっても刺激されることのなき探究をつうじて、他なるものを探究する。こうした探究のあり方、それこそが言語である。」(同書、80頁)

まず言語は「探求のあり方」として定義付けられています。探求する対象は他なるものですから、しかもこれは絶対的に他であるものですから、自我の欲求や理性の働きによる探求ではありません。つまりこれは現象学が考える意識の志向性に基づく関係ではないのです。もともと自我なる存在は他者を前提としていますが、レヴィナスは人間が関係することで社会を形成しているという、自我の成立の前提そのものを解明しようとしているのです。この人間の社会性が他者に対する探求のあり方として位置づけられ、そしてこの機能を持ったものとして言語が選び取られているのです。

「他人から分離された存在が自己のうちに埋没することなく他人に対して語りかけるような場において、真理は出来する。言語は他人に触れることがない。言語は他人と点的に接触することさえない。このように他人と接触することなき言語は、しかしながら、他人を召喚し他人に命令することによって、あるいは他人に服従することによって、他人に到達する。」（同書、80頁）

後の『存在の彼方へ』では、自己は人質であり、他人によって召喚される存在でした。『全体性と無限』では、この関係が言語による他人の召喚とされています。ですから自己は他人に語りかける存在とされているのですが、その際に言語によって教えられるという形で、自己が召喚されるさまを表現することになります。

「確かに、言語を現実活動として、行為に伴う所作として考えることもできる。だが、これは言語の本質を看過することである。言語の本質とは顕現するものと顕現されるものとが顔のなかで合致することであり、この合致は、われわれより高きところに位置することによって、教えることによって成就される。」（同書、88頁）

レヴィナスは言語を日常の活動として考えるときの前提となる言語の本質的内容について、顕現するものと顕現されるものとが顔のなかで合致するということに求めています。顕現するものは自己であり、顕現されるものは他者ですが、それが他者の顔のなかで合致するとところに言語の本質があるというのです。そしてこの合致は顕現するものが顕現されるものに伝えるという関係ではなく、顕現するものが顕現されるものとの顔のなかでの合致という高みから教えられる関係なのです。

「言語は主体-対象の関係には還元不能なある関係を創出するのであり、この関係が〈他人〉の顕現なのである。〈他人〉の顕現において始めて記号体系としての言語は構成されうる。」（同書、98頁）

人間の認識を意識の志向性に求めると、主体-対象の関係を措定することになりますが、意識の外に言語を措定しているレヴィナスは、言語によって他者と媒介されるという関係の中での意識の働きを問題にしています。言語の本質を顔のなかでの合致というちょっと理解に苦しむことが先に提起されたのですが、それは他人の顕現という事態のうちに言語の記号体系としての成立を見ていたことによるのです。そしてこのようにして成立する言語の関係を意識の外に措定することに基づいて人間の意識を感受性として、志向性とは逆のベクトルで考察することがレヴィナスの課題なのです。

「言語という連関は超越を、根源的分離を、対話者同士の異邦性を、自我に対する〈他人〉の顕現を前提としている。」（同書、99頁）

人間のコミュニケーションの道具としての言語、という考え方とはまったく異なる言語観がここに表明されています。つまりレヴィナスは言語という連関で社会的な関係を表現しようとしているのです。人間の社会性ということを解明していく手立ての一つとして、言語を社会性の化身と見て、言語がつくりだす連関のうちに人間の社会性の内実を盛り込もうとしているのです。

「意味と呼ばれるこの『何ものか』は言語と共に存在内で生起する。というのも、言語の本質は〈他者〉との関係だからである。」（同書、314頁）

人間の社会性を言語の連関によって象徴的に表現すると、意味というものも、対象についての人間の認識という一般的な考え方とは異なって、社会的意味ということが問題にされてきます。たとえば国会議事堂という建築物が、議事堂としての意味を持つのは、建物の属性ではなく、それが外から与えられている意味内容によってです。このような社会的な意味の問題を考えると、それは言語と共に他者との関係のうちで生じると見なさざるを得ません。

「意味、それは無限である。言い換えるなら、意味とは〈他者〉である。」（同書、314頁）

これはレヴィナスが人間の社会性を言語の連関と押さえたときの最後の到達点です。意味が無限だということはそれが今言ったように、意味が対象の属性としてではなく社会的内実として規定されるわけですから、自己の意識からすれば受容しきれない無限なものとなります。そしてレヴィナスはこの自己にとっての無限を他者とすることで、倫理を哲学しようとするのです。

4）言語論から展開される倫理哲学

(1)　対話関係の設定

　レヴィナスの倫理探求は、形而上学としてなされるのですが、この倫理哲学の範疇について次のように述べています。

「分離と内面性、真理と言語―これらが無限の観念ないし形而上学の範疇である。」(同書、80頁)

このレヴィナス独自の構想に今はすぐ納得できませんが、とりあえず、分離ということは対話関係にある自己と他者という両極でしょう。また無限とは意味であり、他者でしたから、内面性とは自己の感受性のことでしょう。そして言語とは社会性の象徴で、このことは対話関係として社会関係を設定したことに基づいています。そしてこの倫理哲学の観点から対話関係における発語について次のように展開しています。少し長いですがここにレヴィナス倫理哲学のエッセンスがあるように思います。

「〈同〉に適合した形態を解体し、〈他〉として現前するこの仕方、それが意味することあるいは意味をもつことである。意味しつつ現前すること、それが発語である。あなたがたを釘づけにする視線の先端に顔が現前することによって肯定されるこの現前は、語られる現前なのだ。意味ないし表出はこのようにどんな直観的所与とも際立った対比をなすのだが、その理由はほかでもない、意味することが与えることではないからである。意味は知的直観に供される理念的本質ないし関係ではない。理念的本質ないし関係は、直観に供されるという点で、眼に供される感覚と依然として類似しているからだ。意味とは外部性の現前の最たるものである。言説は直観（ないし思考）の単なる変容ではない。言説、それは外部の存在との根源的な関係である。言説は知的直観を奪われた存在の惜しむべき欠陥ではない。言説をこの欠陥とみなすことは、孤独な思考である直観をありとあらゆる直行的関係の廉直さの原型とみなすことであろう。言語は意味を産出する。意味は理念的本質として産出されるのではない。意味は現前によって語られ教えられるのであり、この教えが〈同〉の思考たる感性的直観あるいは知的直観に還元されることはない。外部性の現前に意味を与えること、それは明証性には還元しえない出来事であり、この出来事が直観に組み込まれることはない。」(同書、86～7頁)

ここでの意味は社会的意味です。他者があなたの面前にたち現れたとき、異邦人と呼びかけるなら、この意味はあなたが与えたのではなく、他者から、対話の関係のなかで与えられたものです。自己はここで自分の世界に閉じこもることなく、対話の関係にあってはこの関係の内実そのものが発語となって現前し、自己は全体性から開かれて無限に直面するのです。

ここでの発語は知的直感が捉える理念的本質といった、認識論を超越しています。というのも言説とは他者との関係であって、この関係の内実は発語されることで現前するという形で意味が産出されるからです。そしてこの関係は認識論の枠組みをはみ出していて、知的把握の埒外にあるのです。

「〈他人〉を知り〈他人〉に到達したいという大いなる希求は、言語の関係のうちに宿った他者との関係において成就される。言語の関係は召喚、呼格をその本質的要素としている。語りかけることができないということを他人に語るにせよ、他人を病人として分類するにせよ、彼に死刑を宣告するにせよ、召喚された途端、他人は異質なものとして維持され是認される。把持され、傷つけられ、陵辱されると同時に、他人は『尊重』される。召喚された者は私によって了解されるのではない、つまり、彼は範疇には組み込まれないのである。」(同書、91～2頁)

認識論の枠組みをはみ出すのは、対話関係というある種の社会関係が言語の関係であり、言語の関係は、認識における主体と対象という関係ではなく、お互いに発語する主体同士が関係するものであるからです。そして倫理哲学の立場からすれば、言語の関係は、言語そのものが他者を召喚する働きをもち、対話関係の両極は共に召喚される存在だからです。そしてこの関係は知的範疇のうちに組み込まれることはありません。

「言語が描き出す外部性、すなわち〈他者〉との関係は、作品ないしそれを対象化する営為が有する外部性とは似ても似つかない。なぜなら、客観的対象としての作品ないしそれを対象化する営為の外部性は、言語によって、言い換えるなら超越によって創始される世界のうちにすでに位置づけられているからだ。」(同書、93頁)

このように言語を意識の外部の存在と考えるときに、労働が創り出す対象、作品の外部性と同じものと考えられるかもしれませんが、レヴィナスは言語の外部性をそのような外部性とはまったく異なるものと見ています。むしろ作品のようなものは言語が切り開いた世界のうちにあるのであって、言語そのものの外部性とは、対話関係にある自己と他者という両極にとっての外部性であり、意識からの超越としてあるのです。

(2)　対話における他者

　では全体性の外部にあるとされている対話の関係における他者とはどのようなものなのでしょうか。レヴィナスはこの問題について特有の言語論を駆使して迫っていきます。

「言語が有する表出機能に注目して述べるなら、言語はその宛先たる他人をまさに維持する。言語は他人を召喚し、他人に祈念するのだ。無論、言語は表象され思考された存在としての他人を祈念するのではない。けれども、だからこそ、言語は主体‐対象の関係には還元不能なある関係を創設するのであり、この関係が〈他人〉の顕現なのである。〈他人〉の顕現においてはじめて、記号体系としての言語は構成されうる。召喚された他人はまた、すでにある側面を普遍化にゆだねた特殊な存在でもない。言語は普遍性と一般性を前提としているどころではない。言語によってはじめて普遍性と一般性が可能になるのだ。言語は複数の対話者を、多元性を前提としている。対話者同士の交渉は互いに相手を表象することでも、普遍性ないし言語という共通平面へと共に融即することでもない。すぐあとで述べるように、対話者同士の交渉は倫理なのである。」(同書、98～9頁)

ここでレヴィナスは、言語に対話者同士の交渉の関係を投影しているように思います。特有の言語論が展開される根拠はここにあるようです。対話者同士の交渉の関係は倫理的関係であるという結論が先にあり、そしてその担い手が言語であるということから、言語そのものにこの倫理的関係を担わせようとしているようです。対話者同士の交渉関係で起きる倫理的関係は対話に凝縮しているのですが、この凝縮したものを言語の機能から解明しようとしているのです。

このような解明方法をとると、必然的に言語を存在論的に捉えることになります。対話者同士の外部に言語を存在させ、この言語という存在の特徴から対話者同士の関係を説明するというように。つまり言語関係を実体的なものとして、それが対話者双方を支配する存在と見なすことになるのです。このような言語観は『存在の彼方へ』では採用されなくなります。とまれこのいっぷう変わった言語論にもう少し付き合ってみましょう。

「言語という連関は超越を、根源的分離を、対話者同士の異邦性を、自我に対する〈他人〉の顕現を前提としている。言い換えるなら、言語は関係する諸項の共通性が欠けたところで語る。共通平面のこの欠如ゆえに、共通平面を構築することがはじめて必要となるような場で、言語は語る。言語はこのような超越のうちに位置している。このように、〈言説〉とは絶対的に疎遠な何ものかの体験、純粋『認識』あるいは純粋『体験』、驚きの外傷なのである。」(同書、99頁)

ここでレヴィナスは「言語は語る」と言ってしまうのですが、しかしこれはパースの記号論のように、言語が人をしゃべらせる、といったことを言いたいのではありません。ここではレヴィナスは純粋に言語の機能について考えていて、発話者と言語の関係を問題にしているわけではないのです。レヴィナスは言語の機能に対話者同士の根源的分離を認めるのですが、これは実は根源的分離関係にあると見なされている対話者同士の関係を言語に投影したことの帰結なのですね。そうするとレヴィナスの顔の規定も言語の機能から導かれることになります。

「事物の裸出性が事物の無用な醜悪さであるとするなら、美はこうした裸の世界に新たな目的性、それも内在的目的性を導き入れるものであることになる。科学や芸術による開示の本質は諸原基に意味をまとわせ、知覚を超克することである。ある事物を開示すること、それは形態によってこの事物を照明することである。つまり開示とは、事物の機能や美しさを認知することによって、この事物を全体のうちに位置づけることなのである。
　言語の営みはこれと全く異なる。言語とはいかなる形態からも解き放たれた裸出性と関わることだからだ。裸出性は、一切の形態を欠いてはいるが自力で意味を有し、われわれがそれを照明するに先だって意味する。裸出性は（善悪や美醜のような）両面的な価値を地としつつもこの価値を欠いたものとして現われるのではなく、つねに肯定的な価値として現われる。このような裸出性、それが顔である。顔の裸出性は、私によって開示され、この開示によって私に供されるものではない。顔の裸出性は、私にとって外的な光のなかで、私に、私の機能に、私の眼に、私の知覚に供されるものではない。顔が私のほうを振り向いたということ、それが顔の裸出性にほかならない。顔は体系に決して準拠することなくそれ自身で存在するのだ。」(同書、101～2頁)

　このように、レヴィナスは顔の裸出性を説明するのに言語の機能から始めています。しかしこのような説明方式はその後採用されず、顔の問題は近さと感受性から説明されるようになります。したがってここではこの引用だけにとどめ、あとは特有の言語論からする言語の機能分析のいくつか特徴ある部分を紹介するにとどめておきましょう。

「他者を承認すること、それは所有された事物の世界を貫いて他人に到達することである。と同時に、それは贈与によって共有ならびに普遍性を創設することでもある。言語が普遍的なのは、言語が個的なものから一般的なものへの移行そのものだからであり、言語が私の所有物を他者に供するからである。言語は概念の一般性に準拠しているのではない。言語が共有の基盤を築くのである。言語は享受がもたらす譲渡しえない所有権に無効を宣する。言語に貫かれた世界は、分離された自我にとっての世界とはもはや同じものではない。つまり、世界は万事が私に与えられているようなわが家ではもはやないのだ。言説における世界とは私が与えるもの、伝達可能なもの、思考されたもの、普遍的なものなのである。」(同書、104頁)

先にレヴィナスは、自己が世界という他者への依存が所有によって自己同定されて成立する自我に対し、これを自己中心性と捉える視点から批判を提起していましたが、ここでは言語が所有を無効とする機能を持つとされています。その根拠としてあげられるのは、言語が概念の一般性に準拠するものではなく、逆に共通の基盤を築くものとして言語を捉えていることに基づいています。これはある種の社会生成力を言語に認めていることになります。

「諸存在の意味は、目的性によって開かれる展望のうちにではなく、言語によって開かれる展望のうちに現出する。全体化に抵抗する諸項は関係から自分を切り離すことでこの関係を解明するのだが、このような諸項間の関係は言語としてのみありうる。」(同書、140頁)

レヴィナスにあっては、この社会生成力は倫理的関係の生成のことのようです。倫理的関係では自己と他者とは全体性のうちに吸収されるのではなく、関係しながらも両項はお互いに分離しているとされるのですが、そのような諸項間の関係は言語としてのみありうるというのですから。このように考えると意味も対象に対する自我の志向性から与えられるのではなく、それとは別の言語の関係によって与えられることになります。

「存在がみずからの現前に臨在することとしての発語、それは教えである。教えは、私と〈他者〉にとってすでに共通な抽象的かつ一般的内容を単に伝えることではない。教えは、果実をすでにはらんだ精神を懐胎させるという結局は二義的な機能を引き受けるだけではない。与えることによって、現象を所与として現前させることによって、発語は共有ないし共同性を創設する。発語があってはじめて共有ないし共同性は創設されるのだ。」(同書、142頁)

言語によって開かれる展望とは発語が教えであるということで、言語関係に教えられて発語があり、そして発語によって言語関係に孕まれていた共同性が創設されるというのですが、これも自我が成立し全体性に世界を吸収していく西欧哲学の外部にある無限を言語に投影したことの帰結でしょう。しかしこのような考え方から導かれる一つの貴重なものはコミュニケーション論の批判です。

(3)　コミュニケーション論の批判

　レヴィナスはコミュニケーション論が想定している対話者の相互性について次のように述べています。

「諸観念間の『コミュニケーション』、すなわち対話の相互性にしたからがすでに言語の奥深い本質を覆い隠している。言語の奥深い本質は〈自我〉と〈他人〉の関係の不可避性のうちに、〈師〉による〈教戒〉のうちに存しており、〈師〉とは〈他人〉であること、外的なものであることにほかならない。事実、対話者がみずからの言説の端緒である場合にのみ、したがって、対話者が体系の彼方にとどまり私とは同一平面にいない場合にのみ、言語は語られうる。対話者は〈きみ〉ではなく〈貴殿〉である。師としてのその権威のうちに、対話者は顕現する。こうして私の自由は〈師〉によって審問されるのだが、私の自由を私に授与しうるのもこの〈師〉である。〈師〉とのこのような連関によって、自由の至高の遂行としての真理が可能になるのだ。」(同書、147頁)

対話者の相互性という関係は、全体性に相手を吸収してしまうそのような前提の上に立てられたものであることにレヴィナスはこのような形で批判していきます。このような批判は言語を倫理的関係の生成力と見たレヴィナスの考え方を裸出させています。つまり対話の端緒に限り、言語が語られるというのは、倫理的関係の生成がこの端緒でなされるからにほかなりません。対話関係における倫理的関係から言語を位置付けたレヴィナスは進んで対話関係が社会的なものであることを明らかにし、社会性の解明へと進んでいます。

「〈同〉と〈他〉は関係を結ぶと同時にこの連関から自分を切り離し、絶対的に分離されたものでありつづける。〈無限〉の観念がこのような分離を要求するのだ。分離は存在の究極的構造として、存在の無限性そのものの生起として先にたてられた。この無限化を具体的に成就するのが社会性である。」(同書、148頁)

西欧哲学の全体性の外部に無限としてあるものは人間の社会性である、ということは重要な指摘です。確かにハイデガーは、生活世界にある用具について考察していますが、これを商品として考察したりはしません。商品価値といった範疇は西欧哲学の手に負えない問題です。しかしレヴィナス自身が社会性をそれとして探求しようとしているとしてもそれは倫理的関係としてでしかありません。とはいえ無限が社会性であるという問題提起は大切にしたいものです。

「分離においては、諸項の結合が分離を抹消することはない。諸項が結合されたとしても、分離は全面的に維持されるのだ。関係を結びつつも関係から自分を切り離す存在、それは関係の内なる絶対者である。このような存在に関する具体的考察、つまり分離を成就する存在（考察しながらたえず分離を成就しつづける存在）によって企てられた考察は、内面的生ないし心性として分離を認めることになろう。」(同書、157～8頁)

「関係の内なる絶対者」ということで社会性の実体を追及するなら、商品価値に到達するでしょうが、レヴィナスはここで言語の機能に社会性を見いだそうとしていますから、それが絶対的他者を見いだしうる関係を言語関係に認めることで考察が打ち切られてしまいます。

「言語は、それに先だって自我のうちに存在する表象を外化するものではない。言語はそれまでの私のものであった世界を共有物たらしめるのだ。言語はある新たな媒体内への諸事物の参入を実現する。そして、事物はこの新たな媒体のなかで名前を授かり概念と化す。言語は労働を超えた最初の行動、行動なき行動である。･････顔の『ヴィジョン』は言語というこの供与と不可分な関係にある。顔を見ることは世界について発語することである。超越とは見るための技法ではなく、最初の倫理的所作なのである。」(同書、264～5頁)

ここでレヴィナスが言語と言っているところに市場を代入してみるとどうなるでしょうか。市場は私の生産物を単に外化するのではなく、それを社会に通用する社会的なものへと転換させます。市場は新しい生産物を参入させてそれらに価値を授けます。市場は労働を超えた交換の場で、人間の行動抜きに生産物に行動させます。商品価値（顔）とは市場と不可分な関係にあり価格を見るということは市場で発語することであり、価格とは最初の商取引の尺度なのである、と。

「社会的諸関係は、諸項を包摂する視線にはもはや供されることなき〈関係〉の根源的展開である。この〈関係〉は、対面のうちで、〈自我〉から〈他人〉に向かって成就される。」(同書、443頁)

言語に社会性を投影したレヴィナスの言語論が市場論と同じ構造を持っているということを見た上で、言語から更に進んで対面の関係そのものを分析していくならば、商品の価値関係を規定している形態規定の働きを対面の関係のうちに発見できるのではないでしょうか。『存在の彼方へ』では、この特有の言語論は使われずに、もっぱら体面の関係そのものの分析に移行しています。その先に形態規定の問題を、外の主体の弁証法として解明していくための素材があるのではないのかということがレヴィナス論の目標です。

「全体化に対する諸存在の抵抗から、諸存在が構成する総和なき多様性から、〈同〉のうちで諸存在が折り合うことの不可能性から、われわれは出発した。」(同書、451頁)

このレヴィナスの試みが、言語論を軸にした『全体性と無限』の探求から『存在の彼方へ』での探求でどのように変転して行ったのでしょうか。引き続き追っていくことにしましょう。

（続く）

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Author: admin Published: 2007/7/5 Read 5675 times

文化知思想の探求（第1回）