　ハイデガー批判の座談会を8月20日に持ちました。参加者は清眞人さん、仲正昌樹さん、表三郎さん、そして私です。この続きは10月29日の公開講座で行いますが、引き続きレヴィナスもやろうということで、再びレヴィナスを読んでみました。以前は『全体性と無限』や『存在の彼方へ』などは読んでもぜんぜん分からなかったのですが、ハイデガー座談会をやったあと読んでみると、レヴィナスの作品はハイデガー批判であって、ハイデガーを踏まえていないと分かりにくいということを知りました。『存在の彼方へ』といった著作の題名自体、ハイデガーの『存在と時間』を意識し「存在」の彼方へ、ということで批判しているのですね。ということで、以前はレヴィナスの言語論を書こうとして挫折したままでしたが、今回は何とかレヴィナスの書いていることが判明してきましたので、前回に引き続く形で書いてみます。その際ハイデガーの言語思想の紹介が必要ですので、20日のレジュメを修正したものを冒頭に掲げておきます。

第一章ハイデガーの言語思想

第一節　『存在と時間』の言語思想

１）語りと言葉

　ハイデガーの言語論というより言語思想は論じられるたびに変遷していっています。それをトータルに取り上げることは力に余りますので、ここでは『存在と時間』と『ヒューマニズム書簡』の言語論に限定します。『存在と時間』では、ハイデガーは語り（話）と呼ばれる心的作用が働くことで外に言表されるものを言語と捉えています。

　「世界＝内＝存在の心境的な了解可能性は、おのれを話（語り）として語り明かす。了解可能性の意義全体は、発語して言葉となる。それぞれの意義には言葉が実る。その逆に、事物的な単語にあとから意義が配当されるのではない。」（『存在と時間』ちくま学芸文庫版、上、346頁）

　レヴィナスは「語ること」と「語られたこと」の関係にものすごく繊細に立ち入っていますが、それもこのハイデガーの「語り」が言表されて言葉となるという考え方を念頭においた上でのそれへの批判であるように思われます。それはともかく、ハイデガーは言葉を発する大元は世界＝内＝存在という人間のあり方だとしているので、この世界＝内＝存在という人間（現存在）のあり方について見ておかなければなりません。

２）「世界内存在」とは何か

　『存在と時間』で提起された「世界＝内＝存在」には概念規定がない、ということについては以前に指摘しました。ハイデガー自身「ここにあげた現存在の存在規定は、われわれが世界＝内＝存在となづける存在構成をもとにしてアプリオリに見とどけられ、かつ了解されなくてはならない。現存在の分析論の正しい手がかりは、この存在構成を解釈することによってつかまれるのである。」（同書、上、130～1頁）と述べています。

　もともと『存在と時間』のメインテーマは、存在者を探求の対象とすることで、かえって存在それ自体が忘却されてきた、という反省に基づき、存在者とは区別された存在について問う、ということでしたが、それは存在の意味を問うことによる存在の存在構成の提示という作業としてなされ、存在者としての人間を現存在と規定し、それが存在している存在構成を世界＝内＝存在と捉えることで問いの答えとしたのでした。

　それで以前の拙文「ハイデガーの哲学」（HP「哲学の旅第２回」参照）では次のように批判したのでした。

「ハイデガーは存在という言葉の意味を問うことを通し、存在という言葉が作られ、了解されている人間の意識の構成にたどり着き、それを表現したものが世界＝内＝存在という存在構成だったのではなかろうか。そしてそれがソシュールによって批判されていた言語名称目録観と同型である・・・・」(ASSB6-4号、10頁)

　ハイデガーの世界＝内＝存在とは思考の内部で形成されるものであり、言語名称目録観の別の様式での図式化としての意義を持つと私は考えています。言語名称目録観とはソシュールが明らかにしたもので、対象を名づける名称には対象に規定された内実（概念）がはらまれているという言語についての理解のことです。そしてハイデガーの「語り」から言葉へという発想は非常に素朴な言語観の表明のように思われます。

３）批判の方法

　それではこのような世界＝内＝存在といったアプリオリを批判するにはどうすればいいでしょうか。そのためにはカントの超越論的仮象論に学び、ソシュールの言語名称目録観批判を文化知の観点から生かすことでいいのではないでしょうか。

　カントは『純粋理性批判』第二版序文で「我々の経験的認識は物自体としての対象に従って規定せられる」という立場から「却って対象が現象として我々の表象の仕方に従う」という立場に転換し、これをコペルニクスになぞらえてコペルニクス的転換と述べました。これ自体は有名なことで、哲学に通じている人ならみな知っていることですがしかしこの考え方から出てくる帰結としての超越論的仮象論についてはあまり取り上げられていません。カントは論理的仮象と比較してアプリオリな仮象である超越論的仮象については、それが仮象であることが見抜かれても仮象たることを止めないと考えているのです。つまり、人間が概念を用いて存在者を規定することで存在者を現象させているにもかかわらず、存在者に概念があり、それを人間が受け取っているという仮象が必然的に発生して、主観的なものを客観的なものにすりかえてしまう、というのです。このカントの超越論的仮象論はソシュールの言語名称目録観批判の思想的な裏づけとなっています。

　ソシュールは、対象と言葉との関係を考察するにあたり、外国語の例を出して、同じ対象が別の言葉となっていることを示し、名称がその対象の概念を表示しているとみなす言語名称目録観を退けました。カントを生かして整理すると、存在者が措定されると、存在者それ自体が生身のままで、存在者の概念を提示しているように見える、という超越論的仮象が成立します。ソシュールは、概念は実は言葉の差異の方にあると考え、言葉の差異が概念をはらむその構造を言葉が聴覚映像と概念との二重物であるところに求めました。

　すでにしばしば言及してきた文化知の観点からは、対象と意識との間の言語関係においては、対象が形態規定されてその生身のままで対象化された意識の化身とされる、ということとして理解できます。例えば、イヌについての対象化された意識とは、人間が意識を働かせて分析し、概念として組み立てたものに他なりませんが、この概念が、言葉を使うと、イヌという存在自身に属する客観的なものという仮象をとるということになります。

４）世界＝内＝存在の批判

　ですからハイデガーの存在者から区別された存在とは、実は意識のうちに取り込まれた存在者が受け取る形態規定の産物であり、存在は存在者と人間との間の意識関係において現象するものです。ところがハイデガーは存在者と人間の意識という関係を措定することなく、存在者を抽象して存在を取り出しこれを一面的に分析していっています。存在とは存在者が意識との関係で受け取る形態規定の産物であり、意識の化身でそれ自体対象化された意識に他なりませんが、これを孤立的にそれ自体として分析していくと人間の意識の大元といったものにたどり着くでしょう。人間を現存在と規定し、その存在構成を世界＝内＝存在と見るというハイデガーの発見も、ユングの集合的無意識同様のレベルのものではないでしょうか。

　ハイデガーの問うている存在は、存在者についての意識のうちで実在する超感覚的なものですが、ハイデガーはこれを存在者から抽象することで抽象的意識へと還元することになってしまったのでしょう。存在を存在者と人間の意識との関係のうちで把握することで、存在の概念も展開することが可能なのですが、ただ単に抽象的意識へと還元するだけでは、意識も言語も形態を持てず、したがって意識は意識の大元に還元され、言語は意識の用具とみなされることになるのです。

　以前の拙文では、世界＝内＝存在とは「社会的類としての人間が形成している記号の世界のことであり、外的対象としての世界と人間との間に透明の意味作用の要素のちりばめられた袋としてあるもののことなのだ。そしてこの袋は人間を空間的に内に入れるといったイメージのものではなく、人間の意識の対象化された形態として、生きた思考による対象化された意識の生産様式として人間と関連しているのである。」(同、2頁)と述べましたが、このようなものが何故イメージされざるをえないかについて補足的に述べました。

第二節　『ヒューマニズム書簡』の言語観

１）言葉は存在の住処

　　ハイデガーは『ヒューマニズム書簡』では、『存在と時間』で示唆的に述べられていた言語についての考えを補足的に述べています。

「あらゆるものに先だって『存在している』ものは、存在である。思索というものは、その存在の、人間の本質に対する関わりを、実らせ達成するのである。思索は、この関わりを、作り出したり、惹き起こしたりするのではない。思索は、この関わりを、ただ、存在から思索自身へと委ねられた事柄として、存在に対して、捧げ提供するだけなのである。この差出し提供する働きの大切な点は、思索において、存在が言葉となってくる、ということのうちに存している。言葉は、存在の家である。言葉による住まいのうちに、人間は住むのである。思索する者たちと詩作する者たちが、この住まいの番人たちである。これらの者たちは、存在の開示性を、自分たちの発語によって、言葉へともたらし、言葉のうちで保存するわけであるから、そのかぎりにおいて、彼らの見張りは、存在の開示性を実らせ達成することである。」(『ヒューマニズムとは何か』ちくま学芸文庫、17～8頁)

　ハイデガーは言葉を存在の住処と捉え、存在が言葉になってくると見ています。これは存在者とは区別された「存在」が実は意識性であることを認めていることにならないでしょうか。存在が言葉となってくることができるとみなすことは、存在が言葉と同じ質のものと捉えられていることを示し、それが対象化された意識としてあつかわれていることになります。ハイデガーはこの事態について意識していたのでしょうか。現象学の方法論に惑わされて、この点についての明確な意識をもっていないように思われます。というのも現象学的還元によって、現象そのものの基に立ち返ることができる、という現象学の方法そのものが意識の特質とは矛盾した問題の立て方をしているからです。

「言語が存在へと原初的に帰属している点を、存在の真理への問いにもとづいて思索しつつ指摘することなのである。」(27頁)

「そのとき人間は、公共性による誘惑も、また私的なものの無力をも、ともに等しく、認識しなければならない。そのとき人間は、自分が語り出すまえに、なによりもまず、自分を放棄して存在によって再び語りかけられ要求されるままの状態にしなければならない。」(29頁)

　ハイデガーはここで、存在を客観に帰属させるだけでなく、言葉自体もこの客観化された存在に帰属させています。存在が意識性であり、意識関係で形態規定された存在者の意識的質であるにもかかわらず、カントが述べた超越論的仮象に錯覚させられて、ハイデガーはそれを客観に属すものとみなしているのです。そして同時に現象学的還元という方法自体が、この錯覚の産物だということも判明するでしょう。

「人間は存在によって語りかけられ要求されることによってのみ、自らの本質のうちで、生き生きとあり続けるということ、これである。この語りかけの要求にもとづいてのみ、人間は、そのうちにみずからの本質が住むゆえんのものを、見出すことを『得た』のである。この住むということにもとづいてのみ、人間は、住まいとしての『言葉』を『得た』のであり、その住まいのおかげで、人間の本質にとっては、存在へと身を開きそこへと没入していく面が、守り抜かれるのである。存在の開けた明るみの中に立つことを、私は、人間のエク‐システンツ(存在へと身を開き‐そこへと出で立つあり方)と、呼ぶ。人間にのみ、こうした存在の仕方が、固有なものとしてそなわっているのである。」(40頁)

「言葉というものは、存在そのものが、自分を開き明るくしながら―しかしまた秘め隠しながら、到来するということなのである。」(46頁)

ハイデガーによれば言葉は人間のものではなくて存在のものだ、ということになります。主観的なものを客観的なものとすりかえるとこういうことになってしまいます。本来的人間は存在の語りを聞くことができるのですが、頽落した非本来的人間にはそれができない、という主体性論的発想がそこにはあります。そして、そういうことなら神の言葉を待つという意味の啓示を期待するという神学的発想と変わりません。

「人間とは、むしろ、存在そのものによって、存在の真理のなかへと『投げ出され』ているのである。しかも、そのように『投げ出され』ているのは、人間が、そのようにして、存在へと身を開き―そこへと出で立ちながら、存在の真理を、損なわれないように守るためなのであり、こうしてその結果、存在の光のなかで、存在者が、それがそれである存在者として、現出してくるようになるために、なのである。」(56～7頁)

「この存在の歴史に即した本質にしたがうならば、言葉は、存在によって呼び求められ促されかつ存在にもとづいて隅々まで接合されて組み立てられた存在の家なのである。それゆえに、肝要なのは、言葉の本質を、存在への対応にもとづいて、しかもこうした対応として、思索することである。」(64頁)
「けれども人間は、他の諸能力と並んで、そのほかにまた言葉をも所有している生きものにすぎぬのではない。むしろ、言葉は、存在の家であり、その家のなかに住みつつ、人間は、存在へと身を開き―そこへと出で立つのであり、その際に人間は、存在の真理を損なわぬように守りながら、その存在の真理に帰属するという仕方を取るのである。」(64頁)

「自らを開けた局面のなかへと、しかもその開けた局面そのものを伴いつつ、与える働きが、存在そのものなのである。」(66～7頁)

　ハイデガーのこれらの言述は存在の神格化となっています。近代の哲学の歴史は、人間の意識という類的であって、それゆえ神的ものと捉えられてきたもの（精神）を神の座から引き摺り下ろす試みでしたが、ここでハイデガーは形而上学批判に名を借りて、こともあろうに「存在」を神格化してしまったのです。しかしハイデガーが客観とみなしたものを主観に引き戻せば、存在とは存在者が人間との意識（言語）の関係で受け取る対象化された意識だということになります。実際ハイデガーも言うように、存在の開けが言葉を住処とする以上、それは対象化された意識のことに他ならないのです。

２）ハイデガーの人間論

　　『存在と時間』では、世界＝内＝存在という存在構成でもって、現存在の人間性が示されていましたが、『ヒューマニズム書簡』では、人間および言葉と、存在との関係として整理されています。そうすることによって、世界内存在という大げさな言葉が、人間のある種の意識性であることを示すことになっています。

「『世界』とは、『世界内存在』という先の規定においては、およそまったく、なんらの存在者や存在者の領域などを意味してはおらずに、むしろ、存在の開けを意味している。人間が人間であるのは、人間が、存在へと身を開き―そこへと出で立つあり方をする者であるかぎりにおいてなのである。」(106頁)

　ハイデガーによれば、このように存在へと身を開くことができる人間は哲学者と詩人でした。思索と試作という意識性でもって初めて人間は世界内存在という存在の開けを体験できるというのです。

「『世界』とは、存在の開けた明るみであり、その存在の開けた明るみの中へと、人間は、みずからの投げ出された本質にもとづき、またみずからのその本質のほうから、出でたつのである。『世界内存在』とは、存在へと身を開き―そこへと出で立つあり方の本質を名指しており、しかもその際、存在へと身を開き―そこへと出でたつあり方のその『存在へと身を開く―』ということが、それにもとづいてこそ生き生きとありつづけるゆえんの、開かれて明るくされた次元に対し視座を定めながら、である。」(106頁)

　ここではハイデガーは思索と試作の心得のようなことについて述べています。しかしこのように述べながら、ハイデガー自身いつまでも途上であり続けました。人生の生き方を説く人には俗物が多いですが、ハイデガー自らの俗物性がこのような人生論を展開させるのでしょうか。

「人間の本質は、主観―客観―関係のうちに存するであろうなどということはない。むしろ、人間は、まずもってみずからの本質において、存在の開けのなかへと入るべく、存在へと身を開き―そこへと出で立ちつつあるのである。この存在の開けた局面がまずあってこそそれによって、そのうちで客観への主観の『関係』が『存在し』うるようになるゆえんの、『間柄の場面』が、開かれ明るくされてくるのである。」(107頁)

　ハイデガーは、存在者(客体)を主体が認識するという枠組みを形而上学的枠組みと見なして批判し、それに代わるものとして、存在者と主体という関係が括弧に入れられている"存在"そのものとは何かと問いました。しかしそれで人間学を始めとする諸学の革新ができるというのは単なる思い込みだったのではないでしょうか。

　ハイデガーには存在者の二重性という弁証法的構造が読めてはいません。存在者が意識のうちに言語で捉えられると、生身の存在者がその質のままで形態規定されて、対象化された意識の化身とされるのですが、ハイデガーはすでに見てきたように、この化身とされたもの自体を客観的な存在と見なしています。これではカントが言う超越論的仮象に惑わされているだけで、知を組み立てることなど出来ません。ハイデガーが主観的なものを客観と取り違えたとするなら、今必要なことはこれを再び主観のほうにとりもどすことでしよう。

　ヘーゲルの論理学が、意識としての存在から出発して、存在の弁証法的構造を解き明かしたのに対して、ハイデガーの存在論は学としては展開できず、後期には開き直って｢途上｣を強調するようになっているように思われます。

第二章　レヴィナスの『全体性と無限』における言語論

第一節対話関係の社会性

１）対話関係の設定

　レヴィナスの言語論に触れてみてまず気づくのは対話関係が先に設定されていることです。すでにみてきたハイデガーの言語観が、存在の開けが言葉となるといった、独白を基礎にしているのとはまったく違う手法がそこにはあります。とりあえず『全体性と無限』を紐解いてみましょう。

「分離された存在は充たされ、自立している。にもかかわらず、分離された存在は、欲求の欠如によっても失われた善の記憶によっても刺激されることのなき探究をつうじて、他なるものを探究する。こうした探究のあり方、それこそが言語である。他人から分離された存在が自己のうちに埋没することなく他人に対して語りかけるような場において、真理は出来する。言語は他人に触れることがない。言語は他人と点的に接触することさえない。このように他人と接触することなき言語は、しかしながら、他人を召喚し他人に命令することによって、あるいは他人に服従することによって、他人に到達する。但し、この服従は召喚、命令といった関係のまったき廉直さをつうじてなされる。分離と内面性、真理と言語―これらが無限の観念ないし形而上学の範疇である。」(『全体性と無限』、国文社、80頁、以下断りのない引用は同書からのもの)

　ハイデガーが言語を存在の住処として捉え、存在の開けに言語の本質を見るのに対してレヴィナスは、存在を人（主体）と捉え、主体の他人への探究のあり方として言語を捉えています。言語は他人に触れるものではないのですがそのような言語がどのようにして他人に到達するのか、ということがレヴィナスの問題意識です。対話の中に、命令や服従や召喚を読み取ることがレヴィナスの言語論の特徴であり、それは語る主体を自由な主体としてとりあえずは措定していることからきています。

　ところがこの他人との対話の関係が、レヴィナスにあっては独特の関係として描き出されます。

「〈同〉に適合した形態を解体し、〈他〉として現前するこの仕方、それが意味することあるいは意味をもつことである。意味しつつ現前すること、それが発語である。あなたがたを釘づけにする視線の先端に顔が現前することによって肯定されるこの現前は、語られる現前なのだ。意味ないし表出はこのようにどんな直観的所与とも際立った対比をなすのだが、その理由はほかでもない、意味することが与えることではないからである。意味は知的直観に供される理念的本質ないし関係ではない。理念的本質ないし関係は、直観に供されるという点で、眼に供される感覚と依然として類似しているからだ。意味とは外部性の現前の最たるものである。言説は直観（ないし思考）の単なる変容ではない。言説、それは外部の存在との根源的な関係である。言説は知的直観を奪われた存在の惜しむべき欠陥ではない。言説をこの欠陥とみなすことは、孤独な思考である直観をありとあらゆる直行的関係の廉直さの原型とみなすことであろう。言語は意味を産出する。意味は理念的本質として産出されるのではない。意味は現前によって語られ教えられるのであり、この教えが〈同〉の思考たる感性的直観あるいは知的直観に還元されることはない。外部性の現前に意味を与えること、それは明証性には還元しえない出来事であり、この出来事が直観に組み込まれることはない。」(86～7頁)

　意味を直観や独白に還元することを拒否して、レヴィナスは対話のうちで形成されるものとみなします。この事態をレヴィナスは、意味が「外部性の現前」によって決まると捉え、言語を「外部の存在との根源的な関係」だとするのです。このレヴィナスの構えからすればハイデガーの試みは全く当を得ていないものとされます。

「たしかにハイデガーにおいては、対象の認識には還元しえない他者との関係として共実存がたてられている。が、ハイデガー的共実存もまた、結局のところ、存在一般、了解、存在論に立脚している。ハイデガーは、存在という規定を、いかなる存在者もが出来する地平としてあらかじめ定立する。いうなれば、地平およびこの地平に内包された視角特有の境界という観念が関係の究極的骨組みとなっているのだ。それに、ハイデガーにおける間主観性は、〈自我〉および〈他人〉に先行する一個のわれわれ、中間的間主観性としての共実存にすぎない。これに対して、対面は社会性を告知すると同時に、分離された〈自我〉の維持をも可能にする。」(89～90頁)

　レヴィナスはこのようにハイデガーの共実存が自我と他者に先立つ我々であり、自我と他者が対面するという社会的な関係に入っていってはいないと批判しています。レヴィナスにあっては他者とは「対象の認識に還元不能なものとして〈他者〉との関係を捉える考え」(90頁)が求められているのです。

「〈他人〉を知り〈他人〉に到達したいという大いなる希求は、言語の関係のうちに宿った他者との関係において成就される。言語の関係は召喚、呼格をその本質的要素としている。語りかけることができないということを他人に語るにせよ、他人を病人として分類するにせよ、彼に死刑を宣告するにせよ、召喚された途端、他人は異質なものとして維持され是認される。把持され、傷つけられ、陵辱されると同時に、他人は『尊重』される。召喚された者は私によって了解されるのではない、つまり、彼は範疇には組み込まれないのである。」(91～2頁)

　レヴィナスは対話の関係をある種の権力関係として描いています。召喚、把持、陵辱、尊重などの言葉が用いられていることに注意しておきましょう。というのも次のような外部性理解があるからです。

「言語が描き出す外部性、すなわち〈他者〉との関係は、作品ないしそれを対象化する営為が有する外部性とは似ても似つかない。なぜなら、客観的対象としての作品ないしそれを対象化する営為の外部性は、言語によって、言い換えるなら超越によって創始される世界のうちにすでに位置づけられているからだ。」(93頁)

　主体は作品によって言語を外部化できます。しかしこの外部化は言語世界のうちに位置付けられた外部性ですが他者の場合は、言語の外部にあり、だから言語の使用がある種の権力関係を発生させるのでした。

２）対話における他者

　対話の関係から出発するレヴィナスは、言葉を呼びかけるものと捉え、そこに内在する権力関係について指摘したうえで、普遍的なものと言葉との関係について考察しています。言語に普遍的なものを認めるとしたら、そもそもコミュニケーションは成立しないのではないか、ということがレヴィナスの関心事です。

「思考の客観性および普遍性の根拠を言説とみなすことは可能であろうか。そもそも普遍的思考は言説に先行しているのではなろうか。発語することによって、ある精神は他の精神がすでに思考したことを喚起するのではなかろうか。そして両精神は共通の理念に融即するのではなかろうか。けれども、もしそうなら、思考のこの共通性は諸存在の関係としての言語を不可能にしてしまったはずである。整合的言説は一なる言説である。普遍的思考はコミュニケーションを必要としない。一なる理性は理性にとって他なるものたりえない。どうして、一なる理性がある自我であったりそれとは別の自我あったりしうるのか。というのも、一なる理性の存在自体、個別性の放棄をその本義としているからだ。」(97頁)

　ハイデガーの共実存のような考え方、個別に先だつ普遍を立てる立て方、その立場からすれば、対話は成立しない、と見なすレヴィナスは対話自体について次のように述べています。

「言語が有する表出機能に注目して述べるなら、言語はその宛先たる他人をまさに維持する。言語は他人を召喚し、他人に祈念するのだ。無論、言語は表象され思考された存在としての他人を祈念するのではない。けれども、だからこそ、言語は主体‐対象の関係には還元不能なある関係を創設するのであり、この関係が〈他人〉の顕現なのである。〈他人〉の顕現においてはじめて、記号体系としての言語は構成されうる。召喚された他人はまた、すでにある側面を普遍化にゆだねた特殊な存在でもない。言語は普遍性と一般性を前提としているどころではない。言語によってはじめて普遍性と一般性が可能になるのだ。言語は複数の対話者を、多元性を前提としている。対話者同士の交渉は互いに相手を表象することでも、普遍性ないし言語という共通平面へと共に融即することでもない。すぐあとで述べるように、対話者同士の交渉は倫理なのである。」(98～9頁)

　ここでレヴィナスが、対話の関係を主体‐対象の関係に還元不能と述べているところは、ブーバーの「我－それ」に対置された「我－汝」を念頭におくと分かりやすいでしょう。日常的に人は他人を道具のように扱っていますが、それとは別の関係が対話の中にはあるのです。主体の道具としての他者ではなく、対話の相手としての他者に対しては、普遍性や一般性をあらかじめ期待することはできず、言葉のやり取りにおいて、互いに権力行使をしあうことを通して普遍性や一般性に到達するのですが、ところがその普遍性は、理性的・論理的なものではなく、倫理的なものだというのがレヴィナスの主張でした。

「言語という連関は超越を、根源的分離を、対話者同士の異邦性を、自我に対する〈他人〉の顕現を前提としている。言い換えるなら、言語は関係する諸項の共通性が欠けたところで語る。共通平面のこの欠如ゆえに、共通平面を構築することがはじめて必要となるような場で、言語は語る。言語はこのような超越のうちに位置している。このように、〈言説〉とは絶対的に疎遠な何ものかの体験、純粋『認識』あるいは純粋『体験』、驚きの外傷なのである。」(99頁)

　対話者同士の異邦性だとか、共通平面の欠如といったレヴィナスの対話論は論理や理性を基準にするのではなく倫理を基準とすることで導き出されるものです。確かに普遍的倫理や一般的倫理といったものを構想できず、それは人と人との対面の関係で働く働きであって、言葉がその担い手なのでしょう。このような担い手としての言語についてレヴィナスはさらに解明していきます。

「事物の裸出性が事物の無用な醜悪さであるとするなら、美はこうした裸の世界に新たな目的性、それも内在的目的性を導き入れるものであることになる。科学や芸術による開示の本質は諸原基に意味をまとわせ、知覚を超克することである。ある事物を開示すること、それは形態によってこの事物を照明することである。つまり開示とは、事物の機能や美しさを認知することによって、この事物を全体のうちに位置づけることなのである。
　言語の営みはこれと全く異なる。言語とはいかなる形態からも解き放たれた裸出性と関わることだからだ。裸出性は、一切の形態を欠いてはいるが自力で意味を有し、われわれがそれを照明するに先だって意味する。裸出性は（善悪や美醜のような）両面的な価値を地としつつもこの価値を欠いたものとして現われるのではなく、つねに肯定的な価値として現われる。このような裸出性、それが顔である。顔の裸出性は、私によって開示され、この開示によって私に供されるものではない。顔の裸出性は、私にとって外的な光のなかで、私に、私の機能に、私の眼に、私の知覚に供されるものではない。顔が私のほうを振り向いたということ、それが顔の裸出性にほかならない。顔は体系に決して準拠することなくそれ自身で存在するのだ。」(101～2頁)

　科学や芸術を例にとって事物の開示が形態との関連で論じられていますが、これは現象学の用語を使わなければ、人間の科学的芸術的認識ということです。ですからそこでは人間の論理的あるいは美的認識が問題にされているのですが、言語はそのような認識という、あるいは開示ということとは全く違う働きをする、とレヴィナスは考えています。その働きを「顔の裸出性」という比喩的表現で示しています。

「とはいえ、私のほうを振り向く顔の裸出性と、形態をまとうことで照明される事物の開示との相違は単に『認識』の二つの様相を区別するだけではない。顔との関係は対象の認識ではないからだ。」(102頁)

　他者ですら人はこれをものとして扱うことができます。その場合は顔は問題にならず、対話もなく、そこにある事態は事物の科学的・芸術的認識に還元できます。ところが顔の裸出性はそうではない、とレヴィナスは主張するのですが、その論拠はいったい何にあるのでしょうか。他者の顔とは私が見る顔ではなく、私を見る顔ですね。相手から見られているということが、事物の開示とは全然別である理由でしょう。ところでレヴィナスは認識における一般的観念について次のように述べています。

「一般的かつ抽象的な観念の問題は、すでに構成されたものとしての客観的対象性を前提とすることができない。一般的対象は感性的対象ではなく、一般性および理念性への思考のうちで単に思考されたものにすぎない。なぜなら、一般的かつ抽象的な観念に対する唯名論的批判は結局のところ乗り越えられていないからだ。」(104頁)

　顔の裸出性ということを恰も一般的対象として扱えるかのように考える思考に対してレヴィナスはこのように問題を整理しています。単なる思考産物を現実的対象と取り違えてはならないのです。他者というある意味ではありふれた現象を取り扱う際に、細心の注意が必要なのでしょう。そしていよいよ他者の承認という問題に入っています。

「他者を承認すること、それは所有された事物の世界を貫いて他人に到達することである。と同時に、それは贈与によって共有ならびに普遍性を創設することでもある。言語が普遍的なのは、言語が個的なものから一般的なものへの移行そのものだからであり、言語が私の所有物を他者に供するからである。言語は概念の一般性に準拠しているのではない。言語が共有の基盤を築くのである。言語は享受がもたらす譲渡しえない所有権に無効を宣する。言語に貫かれた世界は、分離された自我にとっての世界とはもはや同じものではない。つまり、世界は万事が私に与えられているようなわが家ではもはやないのだ。言説における世界とは私が与えるもの、伝達可能なもの、思考されたもの、普遍的なものなのである。」(104頁)

　他者の承認ということを出発点としてレヴィナスは言語が与える世界が、事物の世界とは全く異なるものであることを明らかにしています。事物の世界は譲渡し得ない所有権を土台にしていますが、言語の世界はそれを無効にし、私が与えるものから成り立っているというのです。

３）ハイデガー批判

　これまでに紹介してきたようなレヴィナスの言語論からすれば、ハイデガーの言語観は非常に問題があるということになります。

「ハイデガーの言うのとはちがって、諸事物は場所の根拠ではない。諸事物は、大地におけるわれわれの現存（そしてまた、『空の下で、ひとびとと共に、神々を待望する』われわれの現存）を織りなす諸関係すべての精髄ではないのだ。そうではなく、〈同〉と〈他〉との連関、私による〈他〉の迎接が究極的な事態であり、それゆえ諸事物は、われわれが建てるものとしてではなく、われわれが与えるものとして、この連関に介入するのである。」(105頁)

　ハイデガーが人間の人間性を世界＝内＝存在という存在構成に求め、言葉が存在の住処であるとしていることにたいして、対話の関係から出発するレヴィナスは主体としての私と他者、という関係から、その関係における諸特徴を踏まえることで批判していきます。

「したがって、われわれはハイデガーとも根底的に対立していることになる。ハイデガーは、正義、不正のうちにいかなる存在論をも超えた〈他者〉への根源的通路を見いだす代わりに、〈他者〉との関係を存在論に従属させているからだ。」(125頁)

　ハイデガーとの根底的な違いについて、他者との関係を存在論を超えたものとみなすか、それに従属させるかということとして示したレヴィナスは他者が存在論を超えた関係であることの解明に取り組みます。

「世界は他者の言語をつうじて差し出される。命題として提供すること、それが世界をもたらす。〈他者〉が現象の始原である。現象は〈他者〉から演繹されるのではない。また仮象から物自体へ向かう歩みにも似た動きによって、事物としての徴しからそれを発する対話者へと遡ったとしても、この〈他者〉が再び見いだされることはない。なぜなら、演繹とはすでに与えられた諸事物に適用される思考様式にすぎないからだ。対話者を演繹することはできない。対話者と私の関係は一切の証明の前提だからだ。」(131頁)

　まず世界ということの観念が問題にされます。ハイデガーの世界は現存在の住処ですが、レヴィナスの世界は他者の言語を通じて差し出されるような、動的なものです。それは対話者を演繹できないという倫理的な論点から裏づけられています。

「先に述べたように、黙した世界は起源なき世界である。このような黙した世界において、知が始動することはありえない。起源を欠いているがゆえにほとんど無意味な世界として意識に現前するこの黙した世界は、しかしながら、いまだ到来せざる言葉をすでに待ち望んでいる世界でもある。つまり黙した世界は、〈他者〉が発する徴しとして、〈他者〉との関係の只中に現われ、このような徴しとして意識に現前するのだ。」(133頁)

　存在の開けが言葉となるというハイデガーの考えを念頭においてみてください。レヴィナスはここでハイデガーの存在を、黙した世界、起源なき世界と特徴づけ、そしてこの世界は他者との関係で起源をもち意識されてくるというのです。

「対象の対象性および対象の意味は言語から到来する。主題として、それも自分を供する主題として対象が措定されるこの仕方のうちに、意味するという事態が内包されているのだ。だが意味するという事態は、対象を固定する思考者を意味されるものに送り返すことではない（ちなみに、意味されるものは思考者と同じ体系に属している）。意味するという事態、それは意味するもの、徴しを発する者、絶対的他性を現出させることである。が、この絶対的他性は、絶対的他性であるにもかかわらず、思考者に語りかけ、ほかでもないこの発語によって世界を主題化する。言い換えるなら、絶対的他性は世界を差し出し命題化するのだ。」(137～8頁)

　ここでレヴィナスは「意味する」ということについて考察していますが、その場合の「意味」の概念が主体と切り離せないものとして取り扱われている、という点に注意を払っておきましょう。「身代わり――意味。」（『存在の彼方へ』、47頁）というような意味という用語の使用法も含め、十分検討に値する問題です。

　これとは別に、ここで存在の起源とされた他者が、実は絶対的他性とみなされている点にも注意が必要でしょう。絶対的他者との遭遇によって切り開かれる存在、対話を起源とする存在、後にレヴィナスが問題にする存在の彼方とは、主体の絶対的他者との対話のことでしょうか。

「〈他者〉、すなわち意味するものは、自己ではなく世界を語りながらこの発語のうちに現出する。世界を差し出し命題化することによって、世界を主題化することによって、〈他者〉という意味するものは現出するのだ。」(138～9頁)

　身代わり――意味、という後の表現に基づいてここの展開を理解すれば、世界を差し出し主題化することが他者の現出であり、身代わりとはこのような事態をさすのでしょうか。

４）言語とは何か

　さてレヴィナスはこのあと独特の言語論を展開しています。のちに言語を存在論的に捉えたとして反省的に回顧されていますが、ここではその内容を追っていきましょう。

「諸存在の意味は、目的性によって開かれる展望のうちにではなく、言語によって開かれる展望のうちに現出する。全体化に抵抗する諸項は関係から自分を切り離すことでこの関係を解明するのだが、このような諸項間の関係は言語としてのみありうる。」(140頁)

　レヴィナスによれば意味とは他者であり、主体とは唯一性です。このレヴィナスの境地からすれば、意味は主体にあり、他者を同一化していく日常のあり方から言語を道具のように見る見方こそ退けられねばなりません。主体ともうひとつの主体である他者を全体化に抗する唯一性と捉え、意味を他者との関係で措定すると言語の関係こそがこのような諸項の関係を実現しているのですが日常的にはこのような関係は隠蔽されているのです。

「意味を有すること、それは絶対者との連関において自分を位置づけることである。言い換えるなら、知覚に吸収されることなき絶対者の他性から到来すること、それが意味を有することである。」(140頁)

　レヴィナスによれば言語の意味とは自分を位置付けるという活動的なものです。知覚に吸収されないということの意味は同一化されないということでしょうが、知覚によらない意味、活動によってもたらされる意味、このようなものがレヴィナスによって構想されています。

「言語はみずからの現出に立ち会うという例外性を有している。発語は自分自身についてみずから釈明することをその本義としている。発語とは教えである。現われは人格不在の凝固せる形態であるが、一方言語においては、ある現存の間断なき充溢が成就され、この現存が、言語自体の現れに不可避的に付着するヴェール――このヴェールも他の一切の現われ同様ある形態を有してはいる――を引き裂く。現われは顕示し隠蔽する。発語とは、どんな現われにも付きものの隠蔽を、不断に更新されるまったき公明正大さによって乗り越えることである。ほかでもないこの乗り越えによって、一切の現象に意味ないし方位が与えられるのだ。」(141頁)

　言語は他の存在に比べて、自らの現出に立ち会うという例外的なもので、他の存在は言語によって表出されます。ところが表出する言語の方は不断の更新過程をたどり、存在の顕示と隠蔽とを繰り返していきます。この乗り越えによって一切の現象の意味が与えられるというのです。

　「発語との関係において世界は始まる。かといって、世界は発語に到達するのではない。世界は語られるのである。こうして世界を主題たらしめ、世界を命題として差し出すことが可能となる。･････言語が象徴性の様態なのではない。いかなる象徴性もすでにして言語に準拠しているのである。」(142頁)

　ハイデガーを意識して、世界が存在の開けとして言葉になるのではなく、世界は主体によって語られるものであり、世界は主題として他者に差し出されるこことが可能なものです。世界の象徴性を写すのが言語ではなくて、言語の象徴性に世界の象徴性が準拠しているのです。

「存在がみずからの現前に臨在することとしての発語、それは教えである。教えは、私と〈他者〉にとってすでに共通な抽象的かつ一般的内容を単に伝えることではない。教えは、果実をすでにはらんだ精神を懐胎させるという結局は二義的な機能を引き受けるだけではない。与えることによって、現象を所与として現前させることによって、発語は共有ないし共同性を創設する。発語があってはじめて共有ないし共同性は創設されるのだ。」(142頁)

　象徴性と同様に共同性も世界の方にあるのではなく、共同性は発語によって創造されるとレヴィナスは見ています。というのも、「真理の客観化自体、言語をその源泉としている。」(143頁)からです。このようなある種逆転した発想を支えるものは次のような対話論です。

「諸観念間の『コミュニケーション』、すなわち対話の相互性にしてからがすでに言語の奥深い本質を覆い隠している。言語の奥深い本質は〈自我〉と〈他人〉の関係の不可避性のうちに、〈師〉による〈教戒〉のうちに存しており、〈師〉とは〈他人〉であること、外的なものであることにほかならない。事実、対話者がみずからの言説の端緒である場合にのみ、したがって、対話者が体系の彼方にとどまり私とは同一平面にいない場合にのみ、言語は語られうる。対話者は〈きみ〉ではなく〈貴殿〉である。師としてのその権威のうちに、対話者は顕現する。こうして私の自由は〈師〉によって審問されるのだが、私の自由を私に授与しうるのもこの〈師〉である。〈師〉とのこのような連関によって、自由の至高の遂行としての真理が可能になるのだ。」(147頁)

　対話の関係における主体にとっての他者とは、絶対的他性でした。これに対して世界を差し出す主体は、他者に象徴性と共同性という意味を差し出しているのです。という意味でこれは対等の関係ではないとレヴィナスは見ています。対等な人格同士の間のコミュニケーションというように、コミュニケーション論は対話者の同一平面を想定しますが、これはこの関係を隠蔽しているのです。

５）社会的関係

　対話関係から言語を位置付けたレヴィナスは進んで対話関係が社会的なものであることを明らかにし、社会性の解明へと進んでいます。

「〈同〉と〈他〉は関係を結ぶと同時にこの連関から自分を切り離し、絶対的に分離されたものでありつづける。〈無限〉の観念がこのような分離を要求するのだ。分離は存在の究極的構造として、存在の無限性そのものの生起として先にたてられた。この無限化を具体的に成就するのが社会性である。」(148頁)

　対話の関係とは何か、この内容について、レヴィナスは主体の唯一性を原理として立てることから出発します。すると主体の対話の相手である他者は、絶対的他性を持ったものとして規定されます。こうして分離が存在の究極的構造隣、対話者間の無限性が導き出されてきます。そしてこの無限化を具体化するものが社会性なのです。

「われわれは、その存在をないがしろにされることなき存在者、この意味において絶対的に外的な存在者、つまり形而上学的な存在者との関係の根拠を、世界―内―存在に、ハイデガー的現存在の配慮やなすことに求めようとは思わない。為すこと、つまり労働はすでに超越者との関係を想定しているからだ。･･････形而上学の様式は活動ではなく社会的関係である。社会的関係は活動ではないが体験の最たるものである、とわれわれは主張する。事実、社会的関係は自己表出する存在、つまりは自己のうちにとどまる存在の面前に位置づけられるからである。」(156～7頁)

　ハイデガーの世界内存在という人間の規定は、人間が一個の主体として世界に働きかけるという構造をあらかじめ前提にしています。レヴィナスはこのような前提は、絶対的他者との関係を想定しておきながらそれとの関係について見ようとしていないと考えているようです。ハイデガーは主体の他者への働きかけに人間存在を求めたために、他者は同一化され全体化される対象となるほかはありません。レヴィナスは他者を絶対的他者として、主体に対する超越者として措定することで、働きかけではなく関係そのもの、社会関係に人間存在を求めたのでした。

「分離においては、諸項の結合が分離を抹消することはない。諸項が結合されたとしても、分離は全面的に維持されるのだ。関係を結びつつも関係から自分を切り離す存在、それは関係の内なる絶対者である。このような存在に関する具体的考察、つまり分離を成就する存在（考察しながらたえず分離を成就しつづける存在）によって企てられた考察は、内面的生ないし心性として分離を認めることになろう。」(157～8頁)

　レヴィナスの関係の弁証法は、対立物の統一というヘーゲルの意識の弁証法への批判として成立しています。ヘーゲルの場合は同一性も差異性も実は意識の上でのものでした。だから同じ意識という土台の上で、それらは容易に統一できるのでした。しかしレヴィナスのように、主体間の唯一性をそれぞれ保障する形での主体間の関係を想定すると、対立物は統一できません。このような事情をレヴィナスは「関係の内なる絶対者」と呼んでいますが、おそらくこの観念は後日には「外の主体」として整理されていくのでしょう。

「われわれは意識についての意識のうちで生きている。だが、意識についての意識は反省ではない。意識についての意識は知ではなく享受であり、あとでみるように、生の自我中心性そのものなのだ。」(161頁)

　ヘーゲルを念頭においているかのように、レヴィナスは意識についての意識を哲学＝知とはみなさず、それを享受と規定しています。このような意識についての捉え方はレヴィナスの独特の意味論と深くかかわっているようです。

「ハイデガーが望むのとはちがって、享受が表わしているのは、私が存在のうちに根づいていること、私が存在のうちで～に向けられてあることではない。享受は自己保存をめざす活力ではない。享受は存在のうちで私を維持することではない。享受はすでにして存在の超克なのだ。」(163頁)

　ハイデガーの主体論は実は主体性論であり、その実体は労働であって、個的主体が世界を労働を通して享受することになっているとレヴィナスはみなし、これに対置して、享受はすでにして存在の超克だと見ています。というのもレヴィナスによれば享受とは意識の意識であり、社会関係のうちで成立するもので、この関係はハイデガーが想定する世界内存在という人間の存在構成を超えてしまっているからです。

「エッフェル塔やモナリザが唯一のものである仕方と、自我が唯一のものである仕方とは同じではない。自我の唯一性はいかなる複製もなしに存在することであるのみならず、類を有することなく実存すること、ある概念の個体化に還元されることなく実存することでもある。自我の自己性とは個的なものと一般的なものとの区別の埒外にとどまることである。」(171頁)

　自我の唯一性が、類を有することなく実存する、ということの意味は、個・種・類という分類において類を優位に見る見方の批判でしょう。個を類の実現形態とみなせば、個の唯一性は単なる差異に解消され、同一化によって全体性に回収されてしまうからです。自我を個的なものと一般的なものとの区別の埒外にあるという見方は、関係における形態規定の問題として取り上げていくことの必要性を示しています。主体が動物的個体としてありながらそれがそのままで社会関係にあっては形態規定されて「関係の内なる絶対者」としても存在するからです。このような様態は、個と一般の関係には収まりません。

「理性――それも主題化および客観的対象化の機能としての理性――と同一視された場合、自我はその自己性そのものを喪失してしまう。」(174頁)

　理性は分析的抽象の働きです。自我の自己性は社会関係のうちで形態規定されて現れ出ます。これは関係における事態抽象の産物ですから理性にはなじみません、というように私はこれを解釈して見ました。レヴィナスは倫理の問題を念頭においているのでしょうが、それ以外の解決も可能でしょう。

「私が〈他者〉の他性に接近するのは私を起点としてであり、私と〈他人〉との比較によってではない。私は私が〈他者〉と共に維持する社会を起点として〈他者〉の他性に接近するのである。だがその際、私は自我および〈他者〉から身を離して、自我と〈他者〉との関係を考察するのではない。自我と〈他者〉との関係は考察されるよりも前に成就されるような関係であり、このような関係の一例が性である。」(177頁)

　レヴィナスは関係における形態規定のことについては整理できていません。そして問題を理性（ロゴス）に先だつ倫理という問題意識から解明しようとしています。だから理性の立場からの他者認識のあり方を例示した上で、そのようなものではない自我と他者との関係を、理性が働く前の関係として想定しているのです。

「言語は、それに先だって自我のうちに存在する表象を外化するものではない。言語はそれまでの私のものであった世界を共有物たらしめるのだ。言語はある新たな媒体内への諸事物の参入を実現する。そして、事物はこの新たな媒体のなかで名前を授かり概念と化す。言語は労働を超えた最初の行動、行動なき行動である。･････顔の『ヴィジョン』は言語というこの供与と不可分な関係にある。顔を見ることは世界について発語することである。超越とは見るための技法ではなく、最初の倫理的所作なのである。」(264～5頁)

　後の外の主体の立場からすれば、ここでは言語を外の主体として考えているようです。唯一性を持った諸個人は言語による対話という社会関係にあっては、自ら相互の外に社会的なものを創出することで全体化に抗して唯一性を守ることができるのでしょうか。そしてこのような思想は倫理的なものなのでしょうか。

　レヴィナスは『全体性と無限』の結語の部分で次のように述べています。

「社会的諸関係は、諸項を包摂する視線にはもはや供されることなき〈関係〉の根源的展開である。この〈関係〉は、対面のうちで、〈自我〉から〈他人〉に向かって成就される。」(443頁)

「全体化に対する諸存在の抵抗から、諸存在が構成する総和なき多様性から、〈同〉のうちで諸存在が折り合うことの不可能性から、われわれは出発した。」(451頁)

　このレヴィナスの試みは貴重なものですが、これをレヴィナスのように倫理的関係に収斂させない方向性があると思われます。この点についてはすでに拙稿「エマニュエル・レヴィナス論」（HP参照）で問題提起をしておきました。

　ところでレヴィナスは次の著書『存在の彼方へ』では言語を全く違った角度から取り上げています。次回にはこれを検討することにします。

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Author: admin Published: 2006/12/15 Read 6281 times

レヴィナスの言語論（上）

はじめに

第一章 ハイデガーの言語思想

第一節 『存在と時間』の言語思想