　廣松渉の物象化論について再検討する必要があり、すでに「廣松哲学への疑問」としてまとめた論考のうえにたって、「実体に対する関係の一次性を主張する存在論」（廣松『ヘーゲルそしてマルクス』264頁）と自称されている関係主義が、単に「物象化的錯視」を暴くことでことたれりとされ、一向に、関係そのものの解明が進まないことがずっと気になっていたのでしたが、最近その原因が、廣松の「実体主義」の把握の誤りにあることに気づきました。

　廣松の「実体主義」とは、近代的科学知が前提とする主客の二項対立の上に、実体をアトムのごとき個物とみなす考えなのですが、哲学史を振り返れば、このような実体把握はごく少数派です。このような廣松の「実体主義」についての軽薄な把握が、関係の解明を不可能にしているように思ったのです。実体とは関係の極として現象し、それ自身が関係態の要素としてあるという文化知の発想を豊かにすべく、ライプニッツとアリストテレスの実体論を研究してみます。

　今スピノザ研究会でスピノザを研究しているので、ライプニッツについてもまずスピノザとの絡みで見ていきましょう。

「1676年11月（パリから）故国ドイツへの帰途、ライプニッツはスピノザと会談する。そして1677年2月スピノザ死去の後、1678年2月には『エチカ』を入手し、その内容に詳しく触れたと推定される。」（酒井潔『世界と自我』、創文社、154頁）と言われています。そして、1685年頃から書き始められたと推定されるライプニッツの『形而上学叙説』（岩波文庫）を読めば、スピノザの『エチカ』が念頭に置かれて、神と実体についての叙述がなされていることは明らかです。スピノザの理解のためにもライプニッツを取り上げることが必要でしょう。

1）神と実体についてのスピノザとライプニッツの差異

　スピノザの神には私は全然なじめませんでした。トマス･アクィナスが『神学大全』で、「人間の認識能力を超えることがらを、人間が理性によって詮索するのはたしかにまちがっている。しかし神によって啓示されたならば、信仰をもってこれを受け容れなければならない。」（『世界の名著』、続5巻、中央公論社、81頁）というように、合理的なものは理性で把握できるが、神のごとき超越者は理性では把握できず、信仰によるしかないと述べたことに対して、神を理性的・合理的なものとして捉えようとしているということは解るのですが、その実体論が神秘的で良くわからない。とりあえず、スピノザの『神･人間の幸福に関する短論文』（岩波文庫）から、神とは何かという設問への答えを引用しておきましょう。

「神とは、我々の見解に依れば、一切が帰せられる実有、換言すれば、各々が自己の類に於いて無限に完全であるところの無限数の属性が帰せられる実有である。
　これに関する我々の見解を明瞭に表明する為に、我々は次の四つの命題を前提するであろう。
一、限定された実体は存在せず、全ての実体は自己の類に於いて無限に完全でなければならぬ。即ち、神の無限な知性の中に於いて、如何なる実体も、それが既に自然の中に存するより一層完全であることが出来ない。
二、二つの等しい実体は存しない。
三、一つの実体は他の実体を産出することが出来ない。
四、神の無限な知性の中には自然の中に形相的に存するよりほかの如何なる実体も存しない。」（スピノザ前掲書、62-63頁）

　このようなスピノザの定義からすれば、人間の身体は有限であるから当然のこととして、その精神も実体とはみなされず、精神は神の属性の様態とされるのでした。

　これに対してライプニッツはモナド＝個体的実体を人間の精神性に求めました。スピノザにあっては、実体は結局、神=自然ということで一者に帰せられるか、逆に、汎神論的に、多とみなされるかですが、ライプニッツの実体論にあっては、一＝多という構造として、一者が多様なものの相互関係として把握されているのです。このような実体論はライプニッツの次のような神についての理解を生みました。

「すべて実体は一つのまとまった世界のようなものであり、神の鏡もしくは全宇宙の鏡のようなものである。実体は全宇宙を各自分流儀に従って表出する。云って見れば先ず、同一の都市が之を眺める人の様々な位置に従って色々に表現されるようなものである。……又すべての実体は神の無限な智慧と全能との性質をいくらか帯び、力の及ぶ限り神を模倣するといふことさえできる。」（ライプニッツ前掲書、85頁）

　ライプニッツにあっては、個別的実体は、神とは別の存在であり、その存在様式は、神の鏡となるようなひとつの関係の極なのです。このような神と実体についての結論的見解にいたる経過を次にたどってみましょう。

2）ライプニッツの神学批判

　ライプニッツは『形而上学叙説』で神について論じていますが、その冒頭は神学批判となっています。まず「神は絶対的に完全な存在である」ということばを手がかりに、完全なものということについての考察から、「能力や知識は完全なものであり、それが神に属する限り限界を持たない。」（69頁）と述べています。

　次に「事物は善の法則によって善いのではなく、全く神の意志だけによって善いのである」という見解に対しては、完全なものは、能力や知識ですから、これは意志ではなく従って、ライプニッツは「真理や法則は神の悟性から出て来るもので、神の悟性は確に神の本質と同様神の意志には依存しない」（71頁）といって反駁しています。

　神学的な考え方についてのその他のいくつかの反論をした後、ライプニッツは落としどころについて次のように述べています。

「あらゆるものの中で『最も完全な、然も一番嵩張らない、即ち互いに一番邪魔にならないもの』は、『精神』であって、その完成が徳性である。それであるから『精神』の幸福が神の主要な目的であり、神は普遍的調和の許す限り『精神』の幸福を持ち来すのであるということを疑ってはならない。」（77頁）

　神の精神、そこに含まれる悟性、これを神の完全性と捉えたライプニッツは「神がこの世界をどんなに造ったとしても、世界は常に規則的であって、一定の普遍的秩序に従っている」（79頁）と述べることで、意志ではなく悟性による世界の把握に道を開きます。このようなライプニッツの考えは、神のうちに合理的なものの優位をよみとり、悟性でもって自然を解明していくことの根拠を与えたものといってもよいでしょう。つまり、信仰よりも悟性に優位を与えたのです。そしてこの悟性の担い手が個別的実体としてある人間なのです。引き続いて実体論を見てみましょう。

3）個別的実体論の展開

　ライプニッツは個別的実体の概念を与えるに際して、次のように述べることから始めています。

「神の作用を神が造ったものの作用と区別することは中々むつかしい。神が凡てを行うと信ずる人もあり、神はただ神の造った物に与えた力を保存するだけだと考える人もある。この二説のいずれがどの程度まで云われるかを次に見ようと思う。さて『作用を及ぼすことと受けることとは元来、個別的実体に属する』（作用は実体に属する）とする以上、こういう実体とは何であるかを説明する必要がある。」（81?82頁）

　訳者の河野與一によれば、「個体的実体」（substance individuelle）という用語は、第10章の「実体形相」（forme　substantielle）と同じものをさし、1696年以降「単子」（monade）の名で置き換えられたということです。ライプニッツはこのように述べた後いろいろスコラ哲学の諸説に関連して議論を展開していますが、それをずっと追うことはせず、先に引用しておいた「神の鏡もしくは全宇宙の鏡」という規定を述べた後の、興味を引く論点を拾っておきましょう。

「私が上に説明した実体の本性について深く考える人には、物体は形而上学的厳密を以ていうと実体ではない（これは実際プラトン派の人の意見であった）ということかもしくは、物体の本性全体がただに広がり即ち大きさ、形及び運動からばかり成り立つものではなく、精神と関係ある何物かをそこに必然的に認めなければならないということがわかるであろう。この何物かは、仮に動物の精神というものがあるとすればその精神と同様に、現象に少しも変化を及ぼすものではないけれども、一般に実体形相と称しているものなのである。」（90頁）

「大きさ、形及び運動の概念は、人が考える程判明なものではない。色とか熱とかいうような、我々の外にある事物の本性の中に本当に存在しているかどうか疑わしい諸種の性質と同様に何処か形象思惟的な、我々の表象に関係のある点を含んでいる。」（90頁）

　ここでライプニッツが「精神」といっているのは、今日理解されている個々人の心の働きのことではなく、おそらくは個物相互の関係としてある超感性的な働きのことでしょう。そしてそれは実体の作用として考えられているのです。だから人間の心の働きと精神とを区別してライプニッツは次のように述べているのです。

「然し他の物体の精神即ちその実体形相は『悟性を具えた精神』とは甚だしく異なっている。『悟性を具えた精神』のみが自己の作用を知り、ただに自然的には死滅しないばかりでなく、自己が如何なるものであるかという知識の根拠を常に失わずにいるのである。」（91頁）

　このくだりは面白い。石や犬にも精神作用が働いているが、この作用を知ることが出来るのは悟性を具えた精神を持つ人間だけだ、というのです。ひき続いて観念についての考察を見てみましょう。

4）精神と観念

「観念とは何であるかをはっきり考えるには、多義の曖昧を防がなければならない。多くの人は観念を我々の思想の形相又は差異と考えている。そう考えれば我々は、観念のことを考えている間だけしか、その観念を『精神』の中に持っていないことになる。我々が再びその観念のことを思う毎に、同一の物について、前の観念とは無論似ているが、然も違った観念を持つことになる。然し又観念を思想の直接的対象、即ち我々がそれを直観していない時も存続する、何か永続不変的な形相と考えている人もいるようである。そう思えば成程我々の精神は常に、どんなものでもそれを考える機会が来さえすれば、何か或る本性又は形相を表象するという性質を持っている。私は、我々の精神が持っている『この何か或る本性、形相又は本質を表出するという性質』が、本当の意味でいう『物の観念』であって、それは我々の中にあり、我々がそれを考えても考えなくても常に我々の中にあるものだと信じている。我々の精神は神及び宇宙を表出し、あらゆる本質並びにあらゆる実在を表出しているからである。
　このことは私の立てた諸原理と一致する。何故かといえば、自然的には何物も外から我々の『精神』の中に入って来ないからである。恰も、我々の精神が外から来る使者のような形象を迎え入れるとか、我々の精神に戸口や窓があるとかいうように考えるのは、我々が持っている悪い習慣である。我々は『精神』の中に、これらの形相をことごとく持っている。然も常に持っている。何故かと言えば、『精神』は常にその未来の思想をことごとく表出していて、今後判明に考える筈の凡てのものを、混雑にではあるが、既に考えているからである。そこで『我々が、＜精神＞の中に既にその観念を持っていて、それが質料となってその思想が出来上がるようなもの』でなければ、我々には知ることができない。」（129?130頁）

　このようにライプニッツは、観念を、頭のなかで形成され、確かめられたものとしての思想として捉えるだけでなく、人間がそれを直観していない時にも存続するものと捉えている。ライプニッツによれば、観念とは人間が考えても考えなくとも、人間の中にあるもので、精神の中に既にあるものとされています。

「さて形而上学的真理の厳密な意味からすると、神だけを除けば我々に作用する外的原因は無い。神だけは、『我々が絶えずそれに依存しているということ』によって直接に我々に交渉を持つのである。その結果、我々の精神に触れて、直接我々の表象を惹き起こすような外的対象はないということになる。そこで、我々が我々の精神の中にあらゆる物の観念を持っているのは、全く神が我々に及ぼす不断な作用のために他ならない。即ち、それは凡ての結果がその原因を表出するからであり、そういふ風にして我々の精神の本質が、神の本質、思想、意志及びそこに含まれているあらゆる観念の或る表出、模倣もしくは形相になっているからである。だから神だけが我々の外にある我々の直接的対象であって、我々は神によって凡ての物を見るということができる。」（134頁）

　ライプニッツは精神の中に観念がある理由を、神との関係に求めています。というのも、神は、人間に作用する外的要因であり、神が精神に不断に作用を及ぼすことで、精神が、神を映す鏡として、神の本質、思想、意志などの観念の表出になっているというのです。

「とはいえ私は、我々の観念そのものも神の中に有って、決して我々の中には無いと主張するように見えるあのえらい哲学者達の意見を採るものではない。これは私の考える所ではどうも、実体について我々が今考えたことも、我々の精神の範囲及び独立性、即ち我々の精神がそれに起る凡てのことを含んでいて、結果が原因を表出するように、我々の精神は神を表出すると共に可能的並びに現実的な凡てのものを表出するということも、あの人たちはまだ十分に考えなかったところから来ていると思う。」（135?136頁）

「とにかく、我々が今述べた思想、特に神のはたらきが完全であるという大原理と、実体の概念がその凡ての出来事と共にそれの起る際の凡ての事情を含むという大原理は、宗教を確立し、極めて大きい困難を解決し、精神を神の愛で燃やして、今まで人が見た仮説よりも遥かに『精神』を高めて非物質的実体を認識させる役にこそ立て、決してそれを妨げるものではないと思われる。」（146頁）

　ここでライプニッツは、観念は神の中にあって人間の中にはない、という考え方を批判しています。

5）実体の自発性

ライプニッツは、実体としてある人間に自発性を認めます。

「それで、凡て実体は完全な自発性を持っていて（悟性を具えた実体に於いてはそれが自由となっているが）、実体に起こることは凡てその観念もしくは存在から出る結果であり、神だけを除けば何一つ実体を決定するものはないということがわかる。」（147頁）

「精神は自分だけでその世界全体をつくっていて神だけといれば足りるのであるから、精神はあらゆる外部の物に対して絶対的に安全な地位に置かれている。そこで絶滅によらずに精神が死滅するということも世界（精神をそれの活きた恒久的な表出としている世界）がひとりでに破壊するといふことも不可能であるし、又我々の身体と呼ばれているこの広がりをもった魂の変化が精神に何か作用を及ぼすとか、この身体の消滅が不可分のもの（精神）を破壊するとかいうことも不可能である。」（147頁）

「精神は、ある仕方を以って或る時の間、他の物体が自分の身体に対する関係に従って宇宙の状態を表出するからである。……宇宙のあらゆる物体が同感しあっているので、我々の身体も他の凡ての物体の印象を受けるが、我々の感覚は凡てのものに応するけれども、我々の精神が凡てのものを個々別々に注意することは可能でないからである。」（149?150頁）

　ライプニッツの精神は、作用であり、肉体を持った個々の人間を超えた存在です。

「実際、理性的精神は最も完成し得るべき実体であって、その完成の特徴となる点はそれが互いに妨げ合うことが最も少ないといふこと、寧ろ互いに助け合うといふことである。･････理性的精神だけは神の姿に像って造られ、恰も神の一門の出もしくは神の家の子のようなものである。それで理性的精神だけは自由に神に仕え、意識を以て神の本性を摸倣しながら行動するのである。理性的精神は全世界を表出するばかりでなく、世界を認識し、世界に於いては神に倣って自分を支配しているから、唯一つの理性的精神も世界全体だけの価値がある。そこで、成る程どの実体も全宇宙を表出してはいるけれども、それでも理性的精神以外の実体は神よりも寧ろ世界を表出し、理性的精神は世界よりも寧ろ神を表出しているようである。」（157?157頁）

　この考え方は、人と人との関係において、神（類としての人間）がどのようにして生成されるか、ということを示唆しているように思われます。これは関係を解明する文化知の萌芽としての意義を持っているのではないでしょうか。

　さて今日ライプニッツは最新の数学や物理学を予想したものと受け止められて、いろいろな読みがなされていますが、次に『単子論』を関係を解明する文化知の観点から読んでみましょう。

第2章ライプニッツのモナド論

1）極の思想家

　ライプニッツのモナド論とは単純な個物としてのアトムではなく、関係として捉えられた「事物」の極を指している。いま、ライプニッツを極の思想家として位置付けて、この見地から、モナド論を組み替えてみよう。引用の数字はモナド論の項で、訳文は池田善昭『モナドロジーを読む』（世界思想社）による。

　ある関係を想定したとき、その関係における極の極性とは「複合されたものの中に入っている単純なる実体（モナド）」（1････モナド論の項目）で「部分を含まない」（1）。単純な実体が「集合」（2）すると複合体となり、宇宙や自然界や人間社会となるが、極としての単純な実体は関係としてある「事物の要素」（3）である。

　（注記）　関係の両極とは、それがたとえば人間といった自然物から構成されていようと、極性それ自体は、社会的な質を持ち、自然物とは別の質を持つものとして存在しているがその質は超感性的なものであり、いわゆる社会的実体（マルクス価値形態論）となっているから、ライプニッツの言うように「部分を含まない」が、関係という「事物の要素」であることになる。

2）極の原理

　極には個物と違って「解体という概念はない」（4）し、「自然に消滅してしまう」（4）こともなく、またそれは「自然に生成するような何らかの手段もありえない」（5）。極は「生成するにも終焉するにも一挙にするほかはない」（6）。つまり、単純な実体としてのモナドを含んだ個物が、解体あるいは死滅しても極性は残り、極をなす関係の「絶滅によってのみ死滅するしかない」（6）のである。

　関係のうちで成立している極は、他の極から「変化を受け」（7）ることなく、「モナドには、何か事象が出入りできるような窓などは存在しない」（7）けれども、極は「なんらの性質をもっていなければならない」（8）。

　（注記）　関係をつくっている個物は、自然的なもの（質料）と社会的なもの（基体）との二重物であり、極性は社会的なものの現象する場であるので、たとえば個々人は死んでも人類が解体するわけではない。そして、この意味では、極とは人類の化身とされた個人なのだ。

3）極としてある人間

　この関係の極についての原理（モナド論）を人間存在に適用すればどうなるだろうか。個々の人間は、単純な実体としては社会関係の極としてのモナドであるが、「どのモナドも他のすべてのモナドと互いに相違している」（9）し、また「すべての創造された存在は変化を免れない」（10）ということになる。さらに「モナドの自然的変化は内部原理から生ずる」（11）とともに、「変化する内容の細部が必ず存在」（12）していて、「単純なる実体の個別化および多様化を与えている」（12）事が見られる。

　（注記）　ここには個の唯一性についての理解がある。

　つまり、個々の人間を関係の極としての単純な実体（モナド）と捉えれば、単一の存在でありながら、それぞれ互いに相違し合い、また内的原理によって変化していく動物である。その上に、社会関係の極としては、多様を含み、「一即単純なものの中に多を含」（13）み、「状態や関係の多様性が存在」（13）していることになる。

　人間をデカルトのように自己意識と捉えるのではなく、極の担い手と捉えると、「単純なる実体の中の推移的状態」（14）を「表象」と捉えこれを「自覚的な表象あるいは普通の意識とは区別」（14）する道が開け、これを精神（esprits）と区別して「霊魂（ames）」（14）をモナドとして捉えることが出来る。

　（注記）　デカルトは人間を自己意識として捉える際に世界と対面している孤立した個人から発想したが、ライプニッツはこれとは逆の関係の網の目に取り込まれた、極としての人間を捉える方法を提起している。またここで「表象」と訳されているのはモナド同士の関係の中でモナドが受け取る波動的な力のことだ。

　そうすると、「一つの表象から他の表象への変化あるいは推移をなす内部原理の働きを名づけて、欲求ということができる。」（15）ことになり、「私たちの意識する思想がたとえどんなに微小でも、対象化されうる多様性を含んでいるものであるがゆえに、私たちは自分自身で単純なる実体の中に多を経験する。そういうわけで、霊魂を単純なる実体と認めるすべての人々は、誰しもモナドの中にこの多を認めないわけにはいかない。」（16）ことになる。

　極としての人間には「表象と表象の変化だけが、単純なる実体の中に見いだされるのである。またそれだけが、単純なる実体の内的作用のすべてである。」（17）ことになり、モナドとしての人間は「エンテレケイア（根源的活動力）」（18）であり、「非物質的な自動装置」（18）なのだ。

　（注記）　動物を自動機械という物質的なものへと還元するのとは対照的に、ライプニッツは物質的なもののうちに精神的な力を認めた。

4）人間の自己意識

「もし、私たちが説明してきたような広い意味での表象と欲求をもっているようなすべてを霊魂と名づけるならば、単純なる実体、すなわち創造されたモナドのすべては、霊魂と呼ばれてしかるべきではある。しかし、感覚というのは単純なる表象以上の事柄であるから、表象しか含まない単純なる実体には、モナドとかエンテレケイヤという一般的な名前で十分であると私は考えた。そして、その中でも表象がいっそう判明で、しかも記憶を伴うものだけを霊魂と呼ぼうと思う。」（19）

「霊魂はやはり単なるモナド以上の事柄である」（20）

　このようにライプニッツは、宇宙を物質相互が関係して生成される「事物」と見ており、そしてその要素たるモナドをエンテレケイヤと名づけて、そこに「非物質的な自動装置」を見出している。表象（波動）しか含まない単純な実体、感覚を持ち、記憶を伴う霊魂、これが物質によって構成されるモナドと動物のモナドとの差である。

「微小表象がどんなにたくさんあっても、そこに際立った表象がなければぼんやりしてしまう。」（21）

「しかし、必然かつ永遠の真理の認識こそが、私たちを単なる動物と区別すべきものであり、それで理性と知識を私たちは身につけることになる。私たちは、自己自身を知り、かつ神を知る認識へと高められる。それが私たちの中にある理性的霊魂、つまり精神と呼ばれるものである。」（29）

　モナドは全て、宇宙と神とを映す鏡であり、この意味では霊魂であるが、しかし、理性的霊魂、つまり精神を持つものだけが自己を知り、神を知る。これがライプニッツが与える自己意識論だ。

「また、必然的真理の認識やそのさまざまな段階の抽象作用を通じて、私たちは反省行為にまで高められる。この反省行為が私たちに私と呼ばれるものについて省察させ、そして私たちの中にこれがあるとかあれがあるとか考慮することについて省察させる。このように、私たちは自分自身を省察しながら、同時に、存在、実体、単純なるもの、複合されたもの、非物質的なもの、神そのものについて省察するようになる。こうした反省行為こそが、私たちの思考の主要な対象を生み出すのである。」（30）

　このような展開は、デカルトの「われ思うゆえにわれあり」というテーゼを、人と人との関係においては、極としての個々人が神の化身とされる、という事実のうちに包摂しているように思われる。

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Author: ebara Published: 2006/4/18 Read 6339 times

ライプニッツを旅する 序説

第一章ライプニッツの実体論

はじめに

1） 神と実体についてのスピノザとライプニッツの差異

2） ライプニッツの神学批判

3） 個別的実体論の展開

4） 精神と観念

5） 実体の自発性

第2章 ライプニッツのモナド論

1） 極の思想家

2） 極の原理

3） 極としてある人間

4） 人間の自己意識

ライプニッツを旅する序説