第1章　廣松体験
　1）プリコラージュ　2）認識論的主観形式　3）関係と項　4）物象化と意志支配　5）対話の権力作用　6）無の弁証法
第2章　認識論的主観主義
　1）認識論的主観主義の自己否定　2）能知的主体の自己形成
第3章　四肢構造論
　1）観念論の採用　2）新しい認識論の前提　3）精神世界の現象にむかう　4）"主体"の共同主観的自己形成　5）四肢構造論の問題点
第4章　関係と項
　1）関係と反照　2）関係における観念論的な実在性　3）言語モデルは物象化的錯視の産物　4）まとめ

第2章　認識論的主観主義

1）認識論的主観主義の自己否定

　仲正さんの批判が念頭にあったので、帰ってきて早速『世界の共同主観的存在構造』（勁草書房、1972年）のページをくってみた。たしかに廣松氏は次のように述べている。「われわれとしては、『イデアールな』かのetawas'共同主観的な『形式』（形相）…を単なる認識論的主観形式、ア・プリオリな認識形式としてしまう想念をも斥けねばならない。」（38頁）
　廣松氏がこの想念をきちんと斥けていたなら何も問題は起きない。しかし、人が言う言葉と、その人が実際にどのような哲学を実践しているかとは別である。廣松氏はこのように宣言しておきながら、現象的世界の四肢的構造聯関を説明するに当って「認識論的主観主義の立場を探る者ではないが、とりあえず、この構図と関係ずけながら、四肢的聯関を図式化して表現しておこう。」（42頁）と述べている。

「われわれの謂う『形式』は、フェノメノンの対象的一要因として、物象化されて現われるとはいえ、既述の通り、共同主観的なVerkehrを通じて"意識作用"の発現する仕方が共同主観化されていく過程に照応して形成されるものであり、共同主観的な意識作用のGallerteともいうべきものである。この限りでは、それは、本来"主観"の側に属するもの、しかも共同主観的なjemandとして自己形成をとげたかぎりでの"主観"がもつ"認識論的主観形式"だということが出来る。
　この"主観形式"は、それが『質料』に hingeltenすることによって、そこにはじめて、われわれにとっての対策がフェノメノンとして与えられるのであり、狭義の認識のみならず、われわれに拓ける対象自体の相互 Sosein がそれによって規定されるのであるから、一種の認識論的存在論的な"先験的形式"であるということも許されうるであろう。」（42頁）

　廣松氏はこのように「認識論的主観主義」の立場に仮託して四肢構造を説明している。そしてこのように説明したあとで、自説の場合「認識論的主観主義の論理主義ともまた心理主義とも相容れず、それを自己否定に導くもの」（44頁）だと主張している。では自己否定はどのようにして導かれているか。

「われわれにおいては"先験的主観""先験的形式""先験的対象"になぞらえて構造聯関を論じるべき諸契機は、逐一再説するまでもなく、即自的には"直接的与件"として想念されるフェノメナルな世界の被媒介性を対自的に捉え、その構造的聯関を記述するための『項』たるにとどまるのであって、"実在的主観"といえどもフェノメナルな世界に内在する。ここにおいて、もし世界がそれにたいしてある者でありつつも自らは世界のうちにはない者、フェノメナルはvichits たることが『主観』の概念の本質に属するとすれば、また、個別的主観に対して超越的な存在であることが『客観』の概念の本質に属するとすれば、われわれにとってはもはや所与世界ないし認識の"存在根拠"として想念される『主観』も『客観』も存在しない。」（44頁）

　これが廣松氏による自己否定の導出なのだが、はたしてこれで納得できるのだろうか。廣松氏にとっての四肢構造からは、主観と客観とが相互に乗り入れていて、伝統的な主観－客観図式を克服していて、そこには「主観」も「客観」もないから「認識論的主観主義」も自己否定されるというのである。認識論的主観主義の立場に仮託することからしか説明できない自らの四肢構造について、この四肢構造の内部では主観・客観は存在しないから、自らの立場は認識論的主観主義ではない、というなら、これはただ廣松氏の四肢構造は認識論的主義であるにもかかわらず、本人が断固としてこれを認めていない、ということになりはしないだろうか。

2）能知的主体の自己形成

　以上は『世界の共同主観的存在構造』にもとづいて議論してきたが、次に、廣松氏の主著『存在と意味』（岩波書店、 1982年）を見てみよう。「われわれは慥かに構成説に仮託する流儀で議論を運んだし、向後とも必要に応じてこの仮託を敢えて厭わぬ所存である。だがそれはあくまで比喩的な仮託であって、われわれはいわゆる構成主義の立場を採る者ではない。ここではありうべき誤解をまずは防遏しつつ、それを通じて漸次われわれ自身の謂う能知的主体の自己形成なるものの実態を闡かにして行きたいと念う。」（173頁）
　以前は単なる宣言であったが、ここでは「能知的主体の自己形成なるものの実態」が対置されるに到っている。ではそれはどのようなものか。

「われわれとしては"構成形式"はアポスラリオリに就中言語的交通を通じて間主体的＝共同主観的に形成されていくものと考えるし、"先験的主観性"とは、間主観性＝共同主観性の屈折せる一投影であると見做す。…われわれが"形式"の間主体的＝共同主体的な"形成"と言うとき、『形式』なるものが在ってそれがレアールな形成過程に在る謂いではない。レアールに過程するのは現相世界－内－的な動態的な相互連関（マルクス流に言えば "対自然的かつ間人間的な" 相互作用連関）就中言語的交通を通じた間主体的相互影響のもとにおける言語＝言語使用の協同的・同調的な形式である。」（175～6頁）

　廣松氏の四肢構造が認識論的主観形式ではない理由は、その形式が間主体的＝共同主体的に形成されるからであり、とりわけ言語的交通のなかで協同的・同調的に形成されるものだから、それは先験的なものでもなく、また、主観的でもない、というわけだ。

「被表的意味は、こうして日常的意識においてこそ既成的であるにせよ、所与対象を他人たちが何と呼び何とは呼ばぬか――裏返して言えば、或る詞で他人たちが何を呼び表し何を呼び表さないか――、この間主体的な事態の体験を通じて形成されるものである。被表的意味の既成化は、他人たちとの言語的交通の場において結果として生ずるものであって、細かくみれば不断に変容・形成のプロセスにある。そして人々は、そのような意味的所識を"認知形式"として所与に"向妥当"せしめるのである。このことに鑑みれば、人々は"認知形式"を向妥当せしめる能知者としての在り方を言語的交通の場において、間主体的に自己形成していくわけである。」（179頁）

　なんとここで仲正さんがマンガ化したと私には思えた論議がそのまま出てくるではないか。この廣松氏の論議に欠落しているのは、人は人びととの間の言語的交通の場において間主体的に自己形成していくだけでなく、たえず、対象（廣松氏のいう所与）との実践的交通を繰り返しているという事実である。廣松氏にあっては、所与は一度共同主観のうちにとり込まれるともはやそれは四肢構造の項としてしか規定されていず、所与は四肢構造から独立して存在する対象としては捉えられていないのだ。

��ε��

Return to Category | Return To Main Index

Author: admin Published: 2006/1/5 Read 4098 times

哲学の旅 廣松哲学への疑問 第2章

第2章 認識論的主観主義

1）認識論的主観主義の自己否定

2）能知的主体の自己形成

哲学の旅　廣松哲学への疑問　第2章

第2章　認識論的主観主義