第1章　伊坂青司の愛についての考察
　1）愛と宗教　2）愛と合一　3）外の主体の弁証法
第2章　久保陽一の合一哲学についての考察
　1）久保の問題意識　2）愛から意識へ　3）生の意識論への到達　4）今後の課題
第3章　意識論への歩み
　1）「1800年体系断片」2）差異論文
第4章　イエーナ体系構想での意識論の成立
　1）コーヒーブレイク　2）精神哲学草稿Iでの意識論の成立　3）意識の弁証法への歩み

第3章　意識論への歩み

1）「1800年体系断片」

　1803年から翌年にかけて執筆されたと推定されている『イエーナ体系構想』（法大出版局）の精神哲学草稿Iには、ヘーゲル独自の意識論の出来上がった内容を見ることが出来る。この独自の意識論にもとづいて、ヘーゲルは1805年から『精神現象学』の執筆にとりかかることになる。そこで、ここでは、精神哲学草稿Iで述べられることになるヘーゲル独自の意識論の生成過程をあとづけてみよう。
　伊坂による愛による合一論の変遷と、久保による合一哲学の変遷について学ぶことで、ヘーゲルが『キリスト教の精神』の改稿で、「生の意識」という新たな地平に到達したことが明らかとなった。このすぐあとに書かれ、1800年9月中旬には完成したと見られている「1800年体系断片」で、意識がどのようにとりあげられているかを検討することから始めよう。なお、引用は、ローゼンクランツ『ヘーゲル伝』（みすず書房）の中埜訳を採用する。まずヘーゲルは神について、次のように述べている。

「思考する生は形あるものから、つまり死すべきもの、移ろい行くもの、限りなく対立するもの、たがいに闘いあうものから、生命に溢れ、移ろうことのないものを、多様性という死せるものや自分自身を殺すものをともなわない関係を、統一すなわち考えられた関係ではなくて、ひたぶるに生き、ひたすら逞しく限りのない生を取り出して、これを神と名づける。」（『ヘーゲル伝』103頁より重引）

　「思考する生」とは人間のことであり、これは「生の意識」の主体である。人間は形あるものであり、死すべきものであるが、しかし同時に生命に溢れ、逞しく生きている。この多様性と生きている、という無限性とを思考のうちで統一するのではなく、ただ自分自身を生きているなかでのこの生の無限性を、神と名づける、とヘーゲルは述べているが、ここでのヘーゲルの弁証法は、意識の外にある神を主体とした、外の主体の弁証法である。神にひきつづき精神について次のように展開している。

「無限な生を抽象的な多と対立させて精神と呼ぶことができる。というのは、精神とは多様なものの生ける合一であるが、それは自分の形態としての多様に対立するものであって、それから分裂して生命を失ったたんなる多としての多様に対立するものではない。といのはそのような場合には、精神は法則と称され、ただ考えられたもの、生命を失ったものにすぎない単なる統一となるだろうから。精神とは多様なものを合一した、生命を与える法則であって、この時に多様は生命を与えられるものとなるのである。もし人間がこの生命を与えられた多様性を同時に一群の多者として措定し、しかも生命を与えるものと結びつけるならば、これらひとつひとつの生命は機関となり、全体は生命の無限総体となるのである。もし人間が無限の生を全体の精神として同時に自己の外部に、というのは人間自身が限られたものであるから、措定するならば、つまり自分自身を同時に限られたものである自己の外に措定し、自分を生けるものにまで高め、このうえなく心のこもった密接な仕方でそれと合一するならば、彼は神に祈っていることになる。」（103頁より重引）

　思考する生としての人間が、多様と無限なる生とを思考で統一するのではなく、ただ生きていることで無限の意識をもつこと、この「有限な生から無限な生への高昂こそ宗教である」が、この宗教の契機をなす無限な生が精神として規定されている。そして、ここでのヘーゲルの精神についての弁証法も、意識の外の主体の弁証法となっている。というのも、精神とは多様なものの生ける合一であるが、それは自分の形態としての多様に対立するものだ、というのだ。この言い方は、思考が反省によって自分の形態としての多様から死んだ多、意識のうちに捉えられた多を意識のうちで精神に対立させる場合を否定したうえでのものであることに注目する必要がある。後者の場合、精神は法則とされてただ考えられたもの、生命を失った単なる統一となる、というのだ。これに対して、ここでのヘーゲルの精神は、多様なものを自分自身の形態とする、生命を与える法則だ、というのである。
　へーゲルのこのような精神は、例えば人間が神に祈っているときにあらわれてくる。というのは、個々の人間の生は有限であるから、無限の生としてある精神を自分の外に措定せざるを得ず、神に祈るときに、人間は自分自身の有限な生を同時に限られたものである自分の外の無限の生（神）と合一しているのだから。このようなヘーゲルの発想に従えば、まだ独自の意識論には到達し得ていない。ところが、ヘーゲルは、生を宗教としてではなく、哲学的に捉える視点へと視点の転換をはかっていく。先の引用に続けてヘーゲルは述べている。

「多様なものがここではもはや多様として措定されないで、同時に徹頭徹尾、生きた精神との関連において、生命を与えられたものとして、機関として現われるとしても、まさにそのことによって依然として何ものかが排除されることになり、したがって不完全性と対立とが、つまり死せるものが残ることになるであろう。換言すれば、多様なるものがただ機関としてのみ関係の中に置かれると対立そのものは除去されるが、生というものはけっして合一や関係としてのみ見なされうるものではなくて、同時に対立とも見なされねばならないものなのである。もし私が、『それは対立と関係との結合である』と言うならば、この結合そのものがふたたび孤立化され、これには非結合が対立するという異議を立てることもできる。だから私は次のように言わなければならないことになるだろう。『生とは結合と非結合との結合である』と。」（103頁より重引）

　多様なものが生命を与えられたものとして、多様を自己の形態とする、という宗教的境地は何ものかを排除している、とヘーゲルは見ている。生というものはけっして合一や関係としてのみ見なされうるのではない、というとき、ヘーゲルは、宗教的関係の外にあるものに注目している。生とは宗教と非宗教との結合である、というとき、思考する生、あるいは生の意識が呼び出されようとしているのだろうか。引き続いてヘーゲルの述べるところを聞こう。

「すなわち、どのような表現も反省の産物であるから、措定されたものならどんなものについても、あるものが措定されることによって、同時に別のあるものが措定されないで排除されていることになるということを指摘することができる。しかし停止するところを知らないこのような進行は、生きた全体の中では死も対立も悟性も同時に措定されていることを忘れないことによって一度だけ停められる。すなわちこういうものは多様なものとして措定されているわけであるが、その多様や生命を持っており、生きたものとして自分自身をひとつの全体として措定することが出来るのであって、このことによって、それは同時に部分でもある。言い換えれば、それに対して死せるものがあるわけで、それ自身が他のものに対して死んでいるということになる。生けるものがこのように部分としてあるということは、宗教の中では消滅する。そこでは制限された生は無限者にまでみずからを高めるのであり、有限者そのものが生であることによってのみ、それは無限な生へと自己を高める可能性を自分の中に持つのである。哲学は思考であるから、つまり一方では思考しないものという対立物をもつが、他方では思考するものと思考されるものという対立をもつわけだから、まさしくこの理由によってこそ、哲学は宗教とともに終わらなければならない。それはあらゆる有限者の中に有限性を指摘し、理性によってそれの完成を要求しなければならないのである。」（103～4頁より重引）

　残念なことに、この断片は、ヘーゲルが理性について論じようとするところで切断されている。そして、「1800年体系断片」はこのあとにも続いているが、しかしそこでは再び宗教について論じられている。それで、ヘーゲルの哲学の全体像をうかがうことは出来ないが、ここで論じられている限りでその内容を取り出してみよう。
　生を合一と関係のうちで捉える宗教的境地のなかでの生の進行は「生きた全体の中では死も対立も悟性も同時に措定されている」ということを忘れないことで、一度だけ停められる、とヘーゲルは述べているが、この一時停止の時点で登場するものが哲学であろう。この停止時点では生きたものに対して死んだものがあり、生きたものは部分とされている。ところが、このような事態は生の流れのうちに出てくる宗教のうちでは消滅させられている。
　これに対して、一時停止の時点で働く哲学は思考の働きであり、それは二重の対立をもっている。一つは思考する人間と思考はしないものとしての自然であり、もう一つは、思考する主体と思考される対象とである。だから、哲学は、生の流れが再開され、宗教的境地が再び開かれたときには宗教へとバトンタッチできるのだ。およそこのような考えがここで展開されていると見て良いだろう。そして、ここで注目しておくべき事態は、ヘーゲルが哲学的思考を二重の対立物から成ることを明らかにしている点である。ここに、ヘーゲルによって意識そのものを哲学の対象として措定するという意識の弁証法が出発させられたことを確認することができる。

2）差異論文

　『フィヒテとシュリングの哲学体系の差異』（邦訳『理性の復権』批評社）は、ヘーゲルがはじめて出版した単行本である。この書物でヘーゲルは「哲学の要求」を高らかに宣言している。とはいえ、まだここでは『イエーナ体系構想』に見られるような意識論には到達していない。意識論の生成という見地からすれば、この書物は、「1800年体系断片」と『イエーナ体系構想』との間の過渡をなすものであろう。そこで、意識論の生成過程を明らかにする、という見地から差異論文をとりあげよう。
　第一章今日の哲学的営為にみられる種々の形式、でヘーゲルはラインホルトを念頭において、思弁の復権を目指している。

「意識が特殊性に囚われているのを見出す理性が哲学的思弁になるのは、ただ自己自身に高まり、自己自身と同時にその対象である絶対者とに自らを委ねることによってのみだからである。理性がそのために賭けるのは、意識の有限性以外の何ものでもない。この有限性を克服し意識において絶対者を構成するために、理性は思弁に高まり、制限されたものや固有なものが無根拠であるなかで、自己自身の基礎づけを自己自身のうちに掴み取っているのである。」（14頁）

　理性は意識の有限性を克服し、意識において絶対者を構成することで思弁に高まる、というときの思弁とは、ヘーゲルにあっては、「一にして普遍的な自己自身を目ざす活動で」あり、それは「自己自身の見解を偶然性や制限から解放した時には、特殊な諸形式を通して自己自身を見出さなければならない」（14頁）ものだった。このような課題の設定は、ヘーゲルが自らのライフワークを自覚したことを意味している。さらに、このような課題の設定は、「ある哲学の真の固有なものとは、理性が特殊な時代を素材として自己を形態化した個体性にほかならず」（14頁）と述べられていることから、ヘーゲル哲学に特有の内容として完成される概念論における普遍、特殊、個の弁証法的構造がすでにこの時点において捉えられていたことを意味している。
　哲学的思弁の本質についてこのように述べたうえで、ヘーゲルは哲学の欲求について論じている。その出発点は「1800年体系断片」で示された生の流れの一時停止と停止した時点であらわれる分裂性を理性がどのように止揚していくのか、という課題を引き継いでいる。

「ある哲学がもっている特殊な形式を仔細に考察すると、哲学が一方では、精神の生きた根源性から発現するものであることがわかる。この精神は、引き裂かれた調和を哲学において自分で回復し、自発的に形づくってきたのである。また他方では、哲学が、分裂の有する特殊な形式から発現することが見出される。哲学が現出するのはこの分裂からである。分裂こそ哲学の欲求の源泉である」（15頁）。

　ヘーゲルによれば、思考する生としての人間は、生の意識を合一としての生のうちに調和させているが、悟性による反省が始まったとき、この調和は引き裂かれる。こうして生の流れは中断される。このとき引き起こされたのは、無限者と有限者との対立である。この対立を止揚することが理性に問われ、そして、理性は思弁によって自らを哲学として実現することで、無限者と有限者との分裂を消滅させる、というわけだ。だから、この分裂こそが哲学を欲求することになる。ではここで欲求されている哲学はどのようなものだろうか。ヘーゲルは二つの前提を置く。

「その一つは、絶対者そのものである。絶対者こそが求められる目標である。絶対者はすでに現存している。そうでなければ、どのようにして求められえようか。理性が絶対者を産出するのは、諸々の制限から意識を解放することによってのみである。制限のこの止揚は無制限性が前提されていることに制約されている。
　もう一つの前提は、意識が全体性から外へ出てしまっていること、すなわち、存在と非存在、概念と存在、有限性と無限性とへの分裂であろう。分裂の立場によっては、絶対的綜合は彼岸であり、分裂の諸々の規定性は対立した無規定なもの、無形態なるものである。絶対者は夜である。そして光は夜よりも若く、両者の区分は、光は夜から歩み出ることと同様、絶対的差異である。――無が最初のものであり、そこからすべての存在、有限者のすべての多様性が現われているのである。――だが、哲学の課題は、これら二つの前提を合一すること、存在を非存在のなかへ――生成として、分裂を絶対者のなかへ――その現象として、有限者を無限者のなかへ――生として措定することである。」（20頁）

　ここでの絶対者を人間も含めた全自然と考えるとわかり易い。ひとつ解釈を試みてみよう。自然こそが人間の前提であり、求められるまでもなく、すでにある。しかし、哲学が求める絶対者としての自然は、この前提と同じものではない。というのは、哲学の担い手である思考する生は肉体であり、有限であって、この有限なものが産出する絶対的なものこそが、哲学の目標だからである。
　このように考えると、すでにもう一つの前提に移行している。意識は光であり、それが登場するまでの自然は夜であった。とすると、光としての意識はもともと全体性から外に出たものだ。光によって照らし出され、人間が意識のうちに自然を固定することで、自然は存在と非存在、概念と存在、有限性と無限性へと分裂させられてしまう。例え、意識のうちでこの分裂を綜合してみたところで、それは、生命をもたず、従って、形態をもたない幻影にしかすぎない。そこで思弁の登場が問われる。意識自体を生きたものとして、自己生成するものとして捉えることで、哲学の課題が解決される、というのである。しかし、ヘーゲルによれば、この哲学の前提や課題を明らかにしたところで哲学がはじまるわけではない。そこでまず、哲学的思索の道具としての反省についての吟味がなされる。この吟味にあたって、まず次のように課題が設定される。

「もし哲学の要求が前提として語られるならば、それが受け取るであろう形式によって、この要求から哲学的思索の道具、すなわち理性としての反省への移行が生じる。絶対者が意識に対して構成されるべきである。これが哲学の課題である。だが、反省の産出作用は、その所産と同様制限されたものにすぎない。それ故、これは矛盾である。絶対者は反省され措定されなければならない。だがそうすることによって絶対者は措定されず、むしろ止揚されている。というのも、絶対者は措定されたことによって制限されたからである。この矛盾の媒介が哲学的反省である。この時、なによりもまず示されなければならないことは、この反省にどこまで絶対者を捉える能力があるのか、またどこまで、この反省は、思弁としての自らの仕事において、絶対的直観と綜合される必然性と可能性とを有しているのか、更に、絶対者が反省の所産、意識のなかで構成された絶対者であり、意識されたものであると同時に意識されざるものとしてなければならないのと同様、反省がそれだけでは主観的でありつつ完全である必然性と可能性とをどこまで有しているのか、といことである。」（21～2頁）

　ここでも解釈を試みよう。ヘーゲルによれば、絶対者を意識が構成しようとして反省したとたん、絶対者が制限されてしまい、こうして意識によって構成された絶対者は絶対者ではない、という矛盾が生じる。こうしてこの矛盾について考えることが哲学の仕事となる。そこで出てくる問題はそもそも反省に絶対者を捉える能力がそなわっているかどうか、ということであり、生と綜合される必然性と可能性をもっているのかどうか、ということであり、また主観的なものである反省が、客観的なものとしてありうるかどうか、ということである。ところでヘーゲルはこのような問題設定のなかにすでに解決方法を含ませている。それは、絶対者を意識のなかで構成された絶対者、つまり意識されたものであると同時に、意識されざるものとして捉えている点である。これは有限者と無限者との関係でもあり、悟性的反省によって分裂させられたこの対立をどのように止揚するか、という問題である。この点について、ヘーゲルは理性の役割だとし、次のように述べている。

「理性が対立する両極を否定するのは、両者を合一することによってである。なぜなら、両者が対立項として存在するのは、ただ両者が合一されていないが故であるからである。合一において、両者は同時に存立している。というのも対立するもの、したがって制限されたものは、合一させられることによって絶対者に関係させられているからである。しかし、対立し制限されたものは、およそ絶対者のなかで、すなわち同一性として措定されている限り、それだけで存立しているのではない。制限されたものは、対立的な、したがって相対的な全体性の一方に属している限り、必然的であるか自由であるかのいずれかである。だが、それが両全体性の綜合に属している限り、その制限は消滅し、それは自由であると同時に必然的、意識的なものであると同時に意識されざるものである。有限者と無限性とのこの意識された同一性、感性的世界と叡智的世界、必然的世界と自由な世界という二つの世界の意識における合一が知である。有限者の能力としての反省と、それに対立する無限者は、理性において綜合されており、理性の無限性は有限者を自己の内に包含しているのである。」（23～4頁）

　ここでヘーゲルは、自らが創造した新しい「理性」論を展開している。それは愛による合一や、生による合一と異なって、意識による合一である。外の主体の弁証法が、ここではじめて意識の弁証法へと転換させられる。このヘーゲルにとって決定的な転換点はどのような思弁によって導き出されているだろうか。引用部分を詳しく見てみよう。
　冒頭に出てくる対立する両者とは有限性と無限性であった。愛による合一の場合は、二人が恋愛関係にある限りにおいて他者のうちに自分自身を見ることができ、こうして、有限性と無限性とは合一されていた。しかし恋愛関係が終わると、この合一も破壊される。次に生による合一は、神に祈る宗教的境地をもたらすが、しかし、これは反省によって有限者と無限者との分裂をもたらせてしまうような合一であった。こうした経過をふまえて、ヘーゲルはここで理性による合一を構想する。
　無限なものである絶対者が有限なものである個と対立しているのは、両者が合一されていないからだ。双方が合一されれば、そこでは両者は同時に存立することになる。ところがその際、有限なものは、絶対者との同一性として措定される限り、有限なものとしては自存していず、他方の絶対者との関係で肉体（必然）と精神（自由）をもつ人間である。だが有限なものと無限なものとが綜合されている領域が、両対立項とは別に存在している。それは意識の領域だが、ここでは自由であると同時に必然的であり、意識的なものであると同時に意識されざるものが属している。
　つまりヘーゲルは、人間の肉体を有限なもの、必然的なものとみなし、他方、人間の精神、意識を無限なもの、自由なものと見なした上で、肉体と精神という有限性と無限性との対立を第三のものとしてある意識によって合一する、という地平をここで切り拓いたのであった。「二つの世界の意識における合一が知である。」こうして、ヘーゲルの意識の弁証法はここで生成されたのだった。この地平を切り拓いたとき、直ちに出てくる難問は、二つの世界の意識における合一としての知の実在性の問題である。

「反省は、絶対者への関係を有する限りにおいてのみ理性であり、その活動が知である。だが、この関係によって反省の所産は消え失せ、ただ関係のみが存続する。この関係が認識の唯一の実在性なのである。」（26頁）

　絶対者と有限者、精神と肉体、あるいは客体と主体、この対立を意識において合一したときに現われる知の実在性、このことを解明しようとして、ヘーゲルはまず常識の批判からはじめ、次に哲学の原理としてある同一律と矛盾律を検討し、「絶対者の純粋に形式的な現象は矛盾であるという意識」（39頁）だとしている。
　そして「理性の自己産出において、絶対者は自己に形態を与え、客観的全体性となる」（45頁）という見地から、「絶対的同一性の主観的なものと客観的なものへの分裂は、絶対者による産出である。したがって、根本原理はまったく超越論的であり、この立場からは、主観的なものと客観的なものとの克服不可能な対立は存在しない」（47頁）と述べている。しかし、このように述べられてもあまり説得力はない。注目すべきなのは、シェリング哲学に仮託する形で述べられている「絶対者そのものは同一性と非同一性との同一性」（100頁）ということについて展開しているくだりである。

「主観と客観とがともに主観－客観であることによって、主観と客観の対立は実在的な対立であることになる。というのも、両者は絶対者のうちで措定されており、そのことによって実在性を持つからである。対立するものの実在性、ならびに実在的な対立は、対立する両者の同一性によってのみ生ずる。客観が絶対的な客観である場合には、それは単に観念的な客観であり、対立も単に観念的な対立であるにすぎない。客観が観念的なものであるにすぎず、絶対者のうちに存在しないならば、そのことによって主観もまた、単に観念的なものとなる。このような観念的要因が、自己自身を措定することとしての自我と、自己を反措定することとしての非我である。」（102頁）

　ヘーゲルは、フィヒテ哲学の主観＝客観の同一性の哲学が、自己を主観的な主観＝客観としてしまって、この「主観性を止揚して自己を客観化することに成功しない」（98頁）と批判した上で、シェリングを引き合いに出し、「絶対的同一性が体系全体の原理であるためには、主観と客観の両方が主観－客観として措定される必要がある。フィヒテの体系では、同一性は主観的な主観－客観にまで構成されたにすぎない。これはその補完として、客観的な主観－客観を必要とする」（98頁）と述べている。
　これはどのようにして解決されるかと言えば「主観は主観的な主観－客観となり、客観は客観的な主観－客観となる」（101頁）ことによってである。ここに、自我と対象との関係を意識と捉え、主観と客観とを共に意識の契機とみなす後年のヘーゲルの意識論の萌芽をみることが出来る。でもこのあとにつづく先に引用した部分を見れば、ヘーゲルはまだ外の主体の弁証法の見地に立っている。対立するものの実在性は「対立する両者の同一性によってのみ生ずる」という見地は、絶対的他者の同一性、つまりは関係という特殊領域での同一性の成立、という考え方を含んでいる。しかしヘーゲルは「理性は、対立するもの、すなわち同一性と非同一性を、認識の形式においてばかりでなく、存在の形式においても同一化する」（103頁）と述べることで、他者の絶対的他者性を切り捨てにかかる。

「実在的な対立のうちでのみ、絶対者は自己を主観あるいは客観の形式において措定しえ、主観が客観へと、あるいは客観が主観へと本質的に移行しうる。――主観が自己自身に客観的なものになりうるのは、主観自身が主観－客観だからである。また、客観が主観的なものになりうるのは、客観がまさしく根源的には主観－客観だからである。ここにのみ真の同一性がある。すなわち、主観と客観の両者が主観－客観であるという同一性がある。と同時に、両者が持ち得る真の対立がある。」（104頁）

　主観も主観－客観であり、客観も主観－客観である、というように、それぞれを二重物として捉えることで、弁証法的矛盾が措定され、意識の弁証法を展開していく出発点がこのように確認されている。
　『差異』論文を書き上げたあと、ヘーゲルは大学教授資格取得のための論文（『惑星軌道論』法大出版会）に先立って提出した、いわゆる「就職テーゼ」で次のように述べた。

「矛盾は真理の規則であり、非矛盾は虚偽の規則である。」（161頁）
　「理念は無限と有限との綜合であって、全哲学は理念のうちに存する。」（162頁）

　イエーナ大学に職を得たヘーゲルのノート『イエーナ体系構想』を検討するための予備作業をこれで打ち切り、いよいよ1803年～4年の精神哲学草稿Iに取り組んでいこう。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2775 times

哲学の旅第9回 初期ヘーゲルの外の主体の弁証法 第3章

第3章 意識論への歩み

1）「1800年体系断片」

2）差異論文

哲学の旅第9回　初期ヘーゲルの外の主体の弁証法　第3章

第3章　意識論への歩み