2000.6.10　ニュースタート事務局関西　西嶋彰

　タイトルが大袈裟でなにやら『宗教論』でも展開しそうだが、私がそれほど難しいことを書くわけがない。安心して読んでほしい。『妄想』を持ち出したのは、例の分裂病の一番初歩的な見分け方として　「『妄想』の有無」を教えられたからである。尤も、平野啓氏はこの「有無」自体、本人の「供述」を鵜呑みにして信じてはいけないといわれている。　ヒステリーとか「演技性人格障害」　の場合、あるいは「詐病」のケースがあり、時に「解離性同一性障害」などにおいても　「虚偽記憶」　が形成され、性的虐待の虚偽申告により無実の男性が拘禁されたケースがあるようである。

　私は若者の引きこもりを考える会の活動を続けており、最近の未成年者の犯罪激発により、引きこもりを精神病の一種、犯罪予備軍として捉える論調に激しい怒りを感じている。不登校が昂じて、引きこもりになるケースが一般的であり、引きこもりが犯罪予備軍なら、私たちは何十万人もの犯罪予備群の若者に向き合っていることになる。

　犯罪予備軍だと捉える風潮には、こうした犯罪防止と社会防衛のために幾つかの共通する対策を要求しているように見える。一つは刑罰強化のための少年法改正、つまり可罰年齢の引き下げの主張がある。もう一つは、引きこもりなどの「異常行動」を初期の精神病の表れと見て、病院に閉じ込めようとする動きであり、そのために少しおかしな素振り、例えば不登校などの子どもを精神科に連れて行き、診断を受けさせようとするのである。誤解を怖れずに言えば、病院というのは、病気を診断して、治療し、対価を受け取る商売である。病名の診断や、カルテに従った治療の種別によって点数が加算され、それにより診療代価が支払われる。病名をつけないまま、患者と向き合っていても医者や病院の収入にはつながらない。つまり、無理矢理にでも患者（訪問者）は病人にならなければいけない。

　ところで、未成年者による凶悪犯罪が起きると、もう一つ決まって引き出されるのが被疑者の精神鑑定の問題である。つまり、犯行時の被疑者が心神耗弱など、により刑事犯としての責任能力があったかどうか鑑定しようというのである。こちらは概ね、被疑者の責任能力不在を立証して刑事訴追を免れる、あるいは訴追されたとしても極刑などからの減刑を意図するもので、弁護側しかも人権派弁護士事務所などが多用する戦法である。この人権派弁護士の戦法と、精神病院を利用した予防拘禁派が強化しようとする精神障害者の乱造とが、おなじような精神障害者の責任能力不在論だからややこしい。

　弁護側が、被疑者の責任能力不在を立証しようとすれば、検察側はその反証のために同じように精神鑑定を行う。この結果、一人の被疑者の精神鑑定が幾通りも出され、しかも往々にしてその結果は相矛盾する結果が多く、というよりも立証意図からも当然のように正反対の結論が導かれている。精神医学・精神分析学においてある種の科学的分析手法が確立されているなら、相反する鑑定結果はどちらかに科学的優位性があるはずだが、多くの場合、例えば宮崎勤氏の精神鑑定で出された3つの精神鑑定はそれぞれまったく違う結果を提示しており、結果的に採用されるに値するような鑑定結果はどちら側にもないということになる。まあ、鑑定した医師が片や東大教授、片や三流大学出身の町医者だから、東大教授の勝ち！なんてことならまさか、裁判官も鑑定結果を採用しないだろうが、それでも裁判官の心証には東大教授の方の鑑定結果が影響しているとしたらコワイね。

　心神耗弱とか心身喪失とかを何を根拠に鑑定するのか、冒頭に書いたように供述の中の「妄想」の有無などが有力な判定理由になるらしいのだが、果たして精神科医が個々の事例を診断できる能力と時間を与えられているのか。その「妄想」自体が詐病によるものであったり、通常の人に見られない行為も人格障害、あるいは少年の場合、行為障害などによるものだとすれば、責任能力を判定する基準はどこにあるのか。

　「妄想」がアンタッチャブルな専門家の領域だと考えるのは、社会科学の責任放棄ではないのか。妄想が常人にはありえない病的な精神状態と考えること自体から誤謬が始まっているのではないか。私は、妄想と宗教的啓示の共通性からこの問題を考えてみたい。

　マスコミによる「法の華三法行」の福永法源叩きのときに、私はある種の違和感を覚えた。福永の「天声」が「でっち上げ」であり、あれはインチキ宗教であり、偽の「天声」により人々からお金を巻き上げたから詐欺だとする論理である。その前にも似たような「定説です」というミイラ殺人の犯人がおり、こちらは結果が明らかな殺人もしくは保護責任者遺棄罪に当たるので、詐欺罪適用の論理は使われなかったが、私には同じようにしか見えなかった。

　つまり、私に言わせればお釈迦様でも、イエス・キリストさんでも皆同じようなものであり、天声を聞いたり神の啓示を受けたりする人は、すべて妄想にとらわれていると考える。だからと言って、仏教やキリスト教を先ほどの「定説」氏や　「天声」氏の妄言と同じレベルで扱おうというのではない。余談だが「天声人語」などと言うコラムがあり、こちらは概ねまともな「天声」を伝えているが、ときどき見当はずれの「人語」が聞こえてくることもある。

　日本の山岳宗教や密教でも、長期の荒行を達成した人にはある種の啓示がひらめくであろうし、それを妄想・妄言と区別する基準などどこにもないのである。釈迦やキリストと直接お目にかかれない以上、仏典や聖書に書かれた奇跡は、麻原氏や天声氏や定説氏の迷妄のように暴くことも反証することもできないだけなのである。荒行を行った人に表れる啓示や解脱を、それが宗教的目的で行われる以上、妄言と非難する必要がないだけである。

　麻原氏も定説氏も天声氏も、彼らが狂っていると指摘することは、彼らはやはりある種の宗教家であり、裁かれるべきではないという論理に逢着する。私には彼らが狂っているようには見えない。普通の人間として裁いてあげるべきだと考える。

　子ども達に表れる妄想もまた、こうした宗教家の荒行の結果もたらせられる啓示に似ている。これは私流の論理の飛躍であることを承知した上の仮説である。　子ども達に加えられる精神的加虐は、ある種の宗教的な荒行に似ている。こうした荒行に耐える人たちは、もともと神仏による精神的救済＝解脱を求めている。子ども達もまた、私たち大人と異なり、特に引きこもりやすい子どもは、反抗期の未通過など幼少時の万能感を引きずる子どもであり、妄想に陥りやすい。

(1)【妄想と上昇志向】　自分は万能の神に選ばれた存在であり、万能の神から両親に預けられた特別な存在である。両親、とりわけ母親の期待には応えるべきであり、その期待を上回る結果を出さなければ、選ばれた存在として恥である。

　こうした「妄想」というか「思い込み」に似た考え方は、幼少時から勉学に励まされ、限りのない上昇志向を植え付けられた子どもにはかなり一般的である。日本人の子どもの中には自己評価が低く、学習能力が高いのに自己不全気味の子どもが多い。こうした子どもたちも、幼少時に不登校や引きこもりに近い状態になりがちである。自己評価の低い子は、伝統的な男女観に支えられた比較的兄弟の多い家族の中の次・三女以下の女の子に多い。他方、少子化の核家族の中の長男・長女のなかには、(1)のような選良幻想にとらわれている子が多い。　しかし、こうした万能感や義務意識も些細なつまずきを切っ掛けに、無力感にとらわれ、無力感と万能感の背中合わせの葛藤の中で引きこもらざるを得なくなる。

(2)【現実と苦悩】　母親や周囲の期待に応えることに疲れた。自分が選ばれた存在であるならもっと自在な力が与えられているはずである。周囲は自分の力を認めようとしないし、努力も報いられない。自分は与えられた課題と無関係なところで無駄な努力をしてきたのではないか。

　達成されない目標、報われない努力の中で、いかに自分を正当化するのか。それは、勉学そのものを自分の努力テーマの座から引き摺り下ろしてしまうこと。それをやり切れれば、ある種の解放が待っているが、現実には逃避の論理であることを自覚しており、引きこもりを続けながらこの葛藤は続く。本人の葛藤を理解せず、勉学の強要を繰り返したり、精神障害者扱いをされると。

(3)【再び妄想と解脱へ】万能神の味方する自分を、周囲は認めないばかりか、異常者や無能力者扱いする。その代表が、神から自分を預けられた両親である。特に母親は、与えられた自分を育てるという役目を自覚していない。（社会に反逆することによって母親を困らせ、罰してやらなければいけない。）両親の子としての自分と、神の子としてのアイデンティティが分裂し始める。

　言うまでもなく、すべての子どもが(1)～(3)のプロセスをたどるわけではない。子ども時代に遊びを通じての社会的トレーニングを積んだり、反抗期のイニシェーションを通じて成熟し始める子どもに比べれば(1)のような心理状態そのものが異常といえば異常なのだが、少なくとも(2)の段階で「上昇志向」の呪縛から解放してあげればよいのである。親がそのことに気づかず、ストレスを与えつづければ(3)に至るか、引きこもりの長期化は必然である。(3)の状態を周囲がどう捉えるかによって〈解脱〉に至るか〈狂気〉に至るかの分岐点を迎える。

　〈解脱〉は母親依存を捨て、自立への一歩を踏み出すことであり、〈狂気〉は母親への執着から（　　）の中のような思考回路を取ることである。多くの母親は、結果として自分に執着させる後者の道を選ぶことが多い。精神科医の門を叩き、子どもを異常者に仕立て上げ、時に社会から隔離してしまおうとするのである。麻原氏がハルマゲドンを唱え、信者を殺戮戦に巻き込むのも、グルに帰依させると言う意味で同じような論理展開であると思う。

　ところで、先ほどの(1)のような心理状態は非現実的な思い込みに支えられており、異常である。しかし、この妄想はほとんど言葉にして語られることはなく、もちろん病気ではないが、病的な状態である。現在のような教育システム、競争システムの中に身を置き、母親たちから追い立てられれば、どこかで競争を降りてしまわない限り、多くの子ども達が陥る心理状態だといえる。もちろん、母親たちはこの状態の子どもを病気だと思わないで、むしろ健全だと考える。これは母親にとっては好都合でも、明らかに社会的な病気である。

　(2)はむしろ、こうした不健全な状態から脱出しようとするバネが働こうとしているのだが、不登校などの行為を通じて、母親は病的な状態が始まったと誤解し、(3)に追い込んでいく。

　少し、引きこもり問題を母親の行為と関連付けて考えすぎてしまった。「すべての子育ては偶然である」これは「子育ての失敗」を親の責任として、親が自己の罪を不毛にも問い続けることを戒める言である。また引きこもり症状の原因探しや犯人探しに躍起になることも余り生産的ではない。カウンセラーがクライアントの話を延々と聞き出し、言い分を受容しながら、その立ち直りの切っ掛けを探すというのも、気の長い話である。上の(1)～(3)のような心理展開に当てはまろうが、そうでなかろうが、少なくとも現在の大学進学や不登校に絡む引きこもりの多くは、社会的な圧力としての際限なき上昇志向に疲れた子ども達の自衛的な逃亡の結果なのである。母親を責めることが本意で言うのではないが、取りあえず緊急避難の引きこもり先として選ばれた母親の巣、子ども部屋の管理者として、母親の気づきが必要だと考える。

　社会主義計画経済の失敗を、市場経済の抑制のない自由競争の勝利と読み違えてしまった人々は、自らの欲望を際限なく解放し、その戦列の後継者として子どもを巻き込むとともに、他方で情報機器や教育商品の消費者として欲望の際限なき刺激に晒し、生き物としての子どもの生命力を奪い取っているのである。
　社会的適応力を奪われた子供たちは、自衛としての引きこもりによって、危険な永続的上昇志向刺激から身を隠す、昆虫が草むらに身を隠すように、いわば擬態としての精神障害を病んでいるのである。私たち大人は、この悲しい擬態の実態に迫り、本物の病気と区別し、社会的に必要な処置を施す義務を負っているのではないだろうか。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2536 times