2002.06.26　榎原均
　投稿されてきたものを順に自動的にUPしようかとも考えたのですが、なにせ長文だし、専門的な議論も含まれているので、管理者の特権として、都度口をはさませてもらいます。

　私は、論争では相手の強いところに食いつくことをモットーにしています。そうしないと論争しても何も得るところはないのですね。ベーコンが言う「イドラ」を他人に押し付けただけの話ですから。それで、私はいま、置塩モデルの数理的あつかいというアナリティカルマルキシズムの得意分野について検討し、一応の結論は得ていますが、とりあえず前半部分をUPしようと考えています。

　さて、そんな時に、恵さんからの吉原さんへの返事と松尾匡さんの「介入」がありました。松尾さんは『近代の復権』（晃洋書房）という労作を読めば解るように、マルクスの理論に造詣の深い方で、置塩モデルについての評価には、ほとんど異論はありませんし、最後のバナナを例に引いたアナリティカルマルキシズムへの反論は、見事としか言いようがありません。

　ところで、私は、この論争を経済学を学ぼうとする若者の教材にしようと考えて、色々手を打っています。アダム・スミスが「支配労働価値説」（その商品が購買できる商品の価値で価値を規定する）と「投下労働価値」（その商品の生産に投下された労働量による価値規定）の二つの異なる価値説の間を揺れ動いていたこと、リカードは投下労働価値説に一元化することで商品の首尾一貫した価値規定を与えることに成功したが、しかし、利潤の源泉をあいまいにしてしまったこと、さらには、リカード説をベーリーが交換価値の決定の偶然性という地平から批判し、マルクスがこのベーリーの批判に反論するのに非常に苦労したこと、これらについての知識は、今日の大学では誰も教えていないのではないでしょうか。しかしこのあたりの知識をふまえないと、この論争の意義と意味がわかってもらえないような気がします。（これらについては、マルクスの『剰余価値学説史』に当ることを薦めておきます。）

　あともう一つ、マルクスが『資本論』初版を出版したとき、価値形態論を一番最後に書き込んだという経過をどう捉えるか、という問題があります。『資本論』第3巻は、エンゲルスの編集で、もとになったノートは、マルクスが価値形態論を完成する前のものなのですね。言い換えると、マルクスは『経済学批判』を書いたあと『剰余価値学説史』のもとになるノートを書き、スミス、リカード、ベーリー説の検討をしているわけです。そして、『資本論』第3巻の生産価格論のノートは、そのあと書かれていて、マルクス独自の価値形態論が出来上がる前のものだったということですね。

　恵さんの「返事」についてはこのような事情を踏まえて再検討されるべきで、少なくとも「価格＝価値として、論理を出発できない」と述べている点については、何か誤解があるように思います。というのも、『資本論』第1巻は、価格と価値の一致を前提にしているからです。

　ということで、私は生産価格についての論争を読むたびに、完成された価値形態論をふまえれば『資本論』第3巻の生産価格論自体の変更があり得るのではないか、とつい考えてしまうのです。が、このような論点には出会えませんでした。どなたか、この仕事に手をつけてみませんか。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2516 times