　協同主体とは何か。そのイメージを明らかにすることから始めよう。その際、阪神大震災後の都市生活救援現地救援本部の活動に参加して思い当たったことをまず述べる。
従来の考え方によれば、協同主体は自立した主体としての個人の連合として構想されていた。私は、シリーズ協同と民主主義の研究会を始めるに当たって、自立した個人の主体性に疑問を感じていたものの、それと協同主体との関係は直線的につながったものと考えていた。ところが被災した人たちと話してみて、自立した主体としての個人、という存在は、それを支えている社会的、経済的システムを抜きにすれば、無に等しくなる、ということを知った。
　地震という自然力によってモノとカネからなる社会的、経済的システムが破壊されてしまえば、個人の主体性を求めても応答はない。一瞬のうちに家屋の下敷きとされた万余の人たちを救出したのは近隣の被災者たちであったが、救出するためにはグループを組むことが必要だった。グループを組むためには、モノとカネのシステムからははみ出した近隣での日常的つきあい（生協の共同購入も含め）が大きな役割をはたした。個人はこのつきあいのネットワークの中で、救援活動をすることができたのだった。
　ところが2ヶ月たったいま、被災者に対して自立することが要求されている。その基本的方向は、モノとカネのシステムを復旧させることにもとづいた自立した主体としての個人の再生ということだろう。協同組合は自治体や企業によってなされている「自立せよ」との大合唱に唱和すべきだろうか。

自立と協同

　現行の社会、経済システムが機能不全に陥ったときに、それと一緒に無に帰すものが自立した主体としての個人だったとしたら、それを基本単位として協同主体を構想することはできないのではないか。そして、協同組合が自立した主体としての個人を基本単位としている限り、「自立せよ」の大合唱に加わる他はないのではないか。
　そこでよく考えてみれば、自立した主体としての個人は、何よりも政治的なものだった、ということだ。個人は経済的には現代社会でも互いに依存しあっており、ただその相互依存関係がモノとカネで保たれているために、他人から自立しているように思えるだけなのである。
　封建社会では、人々の経済的相互依存関係は身分制としてあった。だからそこでは政治的な意味での個人の自立はなかったし、経済的自立などは意識にものぼっていなかった。
　協同主体とは恐らく、人々の政治的自立を前提としつつ、経済的相互依存関係を意識的につくりあげていくことなのだろう。政治的自立を延長していっても、意識的な経済的相互依存関係はつくれない。だから、自立した主体としての個人とは、協同主体の前提ではあるが、その延長上に協同主体が見えるわけではないことが判明する。
　では、「自立せよ」の大合唱に対して、「協同しよう」という言葉をかかげることができるだろうか。モノとカネのシステムの復旧過程で、協同の内実を実現していけるのだろうか。恐らくそれは可能であろうし、これを実現していくことができなければ、協同組合運動は現行システムのオルタナティブをつくりだすことはできないだろう。

一つの主体性論を手がかりに

　そこで問われるものは、自立した主体としての個というものの正確な意味を、協同主体形成にとってのその限界を明らかにすることである。その検討の素材として、最近発刊されたE　ジュゲ『自由主義を超えて』（岩波書店）をとりあげよう。
　訳者あとがきによれば、ジュゲ氏はカトリックの宣教師であり、1955年から61年までと、1979年以降埼玉県で居住し、種々な階層の人たちと交流してきた。
　ジュゲ氏は、ソ連の崩壊が決して資本主義（自由主義）の勝利ではなかったこと、人類の未来を資本主義の手にゆだねることはできない、という立場から、「主体性の復権」を提案する。
　主体性、といっても色々ある。ジュゲ氏は自由主義的右翼の知識人たちが好んで口にする主体性とは「世にも従順な存在、自由社会の秩序に無条件的に服従する主体性」（175頁）であると捉えて、これを批判し、これとは別の主体性を構想する。
　「自由主義体制の枠内で出口を探しても無駄だ。私たちは、資本主義の論理とは手を切った生活態度を取り、それによって新しい政治的・社会的・経済的組織を構築するための土台を緊急につくらなければならない。」（169頁）
　今日、このような構想に賛同する人たちはどんどん増えていっているだろう。問題はこの構想をどうやって実現するか、ということである。ジュゲ氏の実践論は自立した個人の主体性に全てを還元する。「私たちが採用するしかないシステムを私たちの代わりに、いまから構想することができる人は誰もいない。新たに創造すべき人間的な秩序は、私たちの一人一人が皆で、それを望み、考え、着々と実現していくしかないのである」（183頁）というのがその回答である。
　では、この自立した個人に何が要求されるのか。
　「いま、求められているのはまさに『新しい』世界的秩序である。その『新しい』秩序を建てるためには、私たちの生活態度と社会の経済構想とを革命的に変えなければならない。」（202頁）
　「ここで、はっきりさせねばならないのは、全体主義的な権力によって強制的に行われる社会改造と、主体性をもった個人が一致して必要と認める社会変革とは違うということだ。」（207～8頁）
　「私たちを押し流そうとする時の流れに有効に立ち向かうことのできる力としては、一人一人の自由な人間の奮起しかないのである。」（214頁）
　ジュゲ氏は最後に、愛と信仰を説いている。しかし、それを除けば彼の提案はべ平連に始まった日本の市民運動の運動論理と同じ論理を述べている。この一点が素材としてとりあげた理由である。

主体性の限界

　ところでジュゲ氏が構想するような、自立した個人の主体性が復権されたとしよう。問題は、それらの多数の諸個人がどのようにして連帯するか、というところにある。ジュゲ氏は同時に信仰を提案しているから、この連帯については結局は神の手にゆだねていることになる。
　逆に、連帯についての具体的な提案ができないからこそ、全てを自立した個人の主体性の復権に還元してしまうことになっているのではなかろうか。
　ここで連帯を協同と言いかえてみよう。ジュゲ氏の提案は、自立した個人が主体性を持つことによって協同が実現される、というものだった。しかし、自立した個人の主体性の形成と、他の人々との間に協同を実現することとは実は一つの事柄ではなかろうか。協同の関係のなかではじめて自立した個人の主体性も開かれるのではなかろうか。
　そうだとすると、今日の社会で成立している自立した個人ということの意味もまた明かだろう。協同主体への第一章は、今日の社会で実現されている自立した個人という存在への批判意識から始まるのかも知れない。（『協同組合運動研究会報』26号より）

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 3227 times