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文化知から見た言語

１）言語文化論とは

　文化知から見た言語の科学を仮に言語文化論とでも呼んでおこう。言語文化論の対象は言語とは何か、ということであり、その領域はこの問いをブラックボックスに入れている現代の言語学とは重ならない。

　例えば言語学の標準テキスト（『言語学』東大出版会）の目次は、次のようになっている。

　言語学とは何か、語の構造、文の構造、語の意味、文の意味、言語の類型、言語の変化、音の構造。

　冒頭の項目の内容は、言語学とは何かであって、ここには言語とは何か、という問いは含まれていない。

　文化知の目的は、商品や言語や国家といった社会的なものの意味を問うことである。言語とは何かということを解明することを通して、文化知の知たる実を示さなければならない。

　言語文化論を構想するときに土台となるものはソシュールの学説（とくに第２講義序説、前田訳『ソシュール講義録注解』）である。文化知のそもそもの発祥の源であるマルクスの価値形態論とのからみで、ソシュールの提起を整理することから始めよう。

２）言語の二重性

　ソシュールによる言語二重性についての提起は商品の二重性と重なり合っている。ソシュールは語る。

　「言語には、どこを取っても二重の側面があり、それは果てしなく対応しあう。一方が価値をもつのは、他方によってでしかない。」（前田訳、5頁）

　「音と意味を同時に捉えないなら、形態とは何かを言うことは不可能だ。」（6頁）

　「言語が生きている場を考えれば、常にそこには個人的言語と社会的言語があることになるだろう。」（7頁）

　「集団による社会的承認こそは、さっきから順々にあげてきた二重性のなかで頼りにできるたったひとつの統一性らしい。」(7頁）

　ソシュールは言語がもつ謎を順にあげていったあと、言語の二重性について言及している。この二重性とは、さしあたっては、「それをどれかひとつの側面で捉えようとする者に惑わしに満ちた逆説を差し出す」（4頁）という意味であり、例えば恣意的であると同時に固定的であり、固定的といっても数世紀前の言語がわからないほど変動する。

　ソシュールは言語の二重性について色々な例を述べたあと、音と意味の二重性の統合が形態をつくることを発見し、その統一性とは社会的承認の問題であるとしている。そして言語とは何かという問いに接近すべく主題の整理を次のように行っている。

　「この制度は、まず何をおいてもひとつの取り決めだ。だが言語を他の制度いっさいから直接区別しているのは、それが毎日際限もなく使用される膨大な記号によっているという事実である。それは、働かせる駒の数において極端に複雑な体系になっている。

　つまり言語は、個人にことばの能力を発揮させるために社会が採用した必要な取り決めの総体である。ことばの能力（ランガージュ）は言語とは別の事象だが、それも言語なしで行使されうるものではない。

　言葉（パロール）という言いかたが意味するのは、個人が社会的取り決めを介してその能力を実現する行為であって、その取り決めが言語なのだ。言葉（パロール）という言いかたには、社会的取り決めが可能にするものの実現の観念がある。」（7～8頁）

　こう述べたあとソシュールは社会によって言語が異なること、その多様性について言及し、さらに文字の重要性について認めつつも、話される言語（パロール）だけが言語学の対象であることを強調している。

　ここまでのソシュールの展開をマルクス流に整理するなら、言語記号の二重性は音と意義（音―思考の合一）であり、音という自然的質と意義という社会的な質との統一物ということになろうか。

３）言語記号の非契約性

　ソシュールは先に引用した主題の整理にもとづいて、言語を記号体系として捉え（19頁）、記号やその法則が何かを教える記号学を提唱している。この記号学は当然にも言語学よりは広いが、しかし言語がその学の中心区域を占める（20頁）。

　ソシュールは記号としての性格が明確な文字をひきあいに出して、記号体系としての言語の特徴を明らかにしている。言語は社会的取り決めだといっても一たん成立すれば他の世代はこれを背負い込む。

　「言語が契約や協定なみに語られるのはそのせいである。だが記号を研究して面白いのは、それが私たちの意志をすべり落ちていくその側面なのだ。そこにこそ、記号の真の領域があり、それをどこにも還元することはできない。」（30頁）

　「言語にあって個人的、社会的な意志を逃れるもの、それが記号の本質的性格であり、しかも最も隠されたものだ。」（32頁）

　これは貨幣を商品交換のための便利な道具として人々がつくり出した、と見る古典経済学の説を批判したマルクスの観点と同一の観点にソシュールが立っていたことを示している。

４）言語記号の社会性としての価値

　ソシュールは記号の社会的性質を記号の内在的要素とみなし、社会的所産の特徴をもって現れる現象だけを記号学の対象としている。そのうえでその社会性を価値と名づけている。

　「記号学的体系はどれも一定量の単位（接尾辞、等のいずれ複雑で多様な次元の諸単位）から成っている。こうした単位を、他の事物なみに扱えなくする、その真正の性質は、それがまさに価値であるというその点にある。記号体系という単位の体系は価値体系なのだ。価値から定義されるものは、すべて等しくこうした単位にあてはまり、この数々の単位が記号である。」（39頁）

　ソシュールは二重物である言語記号の社会的質の方を価値とみなしている。ソシュールにとって価値とは、「直接的に照らし出されることは何ひとつない」（39頁）、つまりマルクスが商品価値の現象形態について述べた超感性的なもの、という規定をソシュールも共有している。さらに価値を関係と見る点も共通である。

　「価値はすべからく極めて複雑で、語はたぶん最も複雑な価値のひとつだと思ってさえいれば。複雑とは、いろいろな意味でだが、とりわけつぎの点がたいせつである。価値が語られれば、問題になるのはそれらの関係だが（どんな価値もそれだけでは」存在しない）そのことこそ、記号が集団の承認によってしか価値を持たないことの原因だ。記号にはまるで二種の価値があるかのように見える。価値それ自体と集団からくる価値と。だが結局それらは同じものなのだ。」（39～40頁）

　「言語中の記号は価値であり、じかに捉えうる要素それぞれは価値を定義するにたるものではない。要素は価値全体を表さない。価値はもっとはるかに複雑なものだ。」（41頁）

　ソシュールは言語記号の単位を社会的関係のうちに存在している価値とみなした。その価値は集団の承認によって成立している。そして、言語記号の二重性を成していた音と意味はじかに捉えられる要素ではあるが、しかしそれは価値を定義するものではないし、価値全体を表すものでもないと主張している。

　商品の場合マルクスはその二重性を使用価値と価値と捉え、価値の実体を分析によって抽象的人間労働と捉えたうえで、価値の現象形態の考察に移っている。

　ソシュール論のはこびからすれば、言語記号を音と意義との二重性と捉えたわけだから、ここから価値に関連している意義の実体を明らかにすることが問われたことになる。

５）言語単位

　ソシュールは価値をさしあたっては言語単位の問題として追求する。言語単位とは、言語を外から分析しているときには与えられはしない。そこでいま必要なことは「言語の性質と位置を決定するために基礎的で本質的な性格を内部から掘り返し…言語の組織を内側から捉え、この対象の最も驚くべき性格を問う」（48頁）ことだ。そうすると単位と同一性の問題が引き出されるが、これは誰によっても試みられたことはない、とソシュールは述べている。ではこの単位と同一性とは何か。

　学問の対象となるたいていの領域では単位はみなそっくり与えられていて、わざわざ探す必要はないし、また具体的単位が要素ではない学問領域（例えば歴史学）もある。ところが言語の場合どうか。

　「言語はその全体が一定の諸単位の対立のなかにあり、それ以外の基底を持たない（言語はこれらの単位にしかない！あるいは、言語にあるのは、これらの単位の互いの活動でしかない）。それなら、これらの単位を知らずにすますのは無理な相談ではないか。単位が何であれ、それに訴えかけずには一歩だって進めはしない。
　(2)諸単位は明々白々であるか。いっさいの言語現象の内容であるこれらの単位は、ただもう捉えられるべくしてそこにあるか。」（49～50頁）

　言語は第一にその全体が諸単位の対立のなかにあるが、第二に、諸単位は必ずしも明白ではない。ソシュールはこのあと、単位は語なのか、と問う。しかし、語と語を区別するとき、「すでにその区別に際して、音と観念の結合がある」（50頁）。だから「私たちは、もはや直接には与えられていない何かを、すでに精神の操作からきている何かを単位としている」（50頁）とソシュールは述べている。

　では言述をとって、単位を考察してみよう。文は単位となるだろうか。ところが文となると多様性が全てで同一性はない。「もろもろの個体がもつ共通の本質的性格は、これらの差異よりはるかに重要だ。」（51頁）何か共通のものを求めようとすれば語にゆきつくが、しかし、語も単位ではなかった。そこでソシュールは次のように結論づける。

　「言語を内側から、それじたいにおいて見れば、それはまず具体的単位を現さない。これは驚くべきことなので、言語の第一の性格はここにある。けれども、そのような単位が存在し、それらの働きが言語をつくる、という考えは捨てられはしない。ここにこそ肝要な点が、ひとつの問いに姿を変えていくひとつの性格があるのだ。」（51～2頁）

　ソシュールは単位（価値）が、それ自体では感性によって捉えられない超感性的なものであることに気付いている。そこでソシュールは別の角度から単位についての考察を進めていく。

６）思考と音との合一

　ソシュールは人間の発話が音連鎖として現出し、線状的性格をもっていて、「言葉の連鎖は、いやおうなく一本の線となって私たちに現れる」（58頁）と述べている。他の記号、とくに視覚的なそれは、多数の同時的記号を含みうるが言葉の場合ふたつの記号の同時性を認めない。

　「言語のこの性格から、記号の物質面は一種の混沌であり、それじたいでは形をもたないことがはっきりしてくる。単位のありかを見いだしがたくしている原因のひとつがここにあるのだ。」（59頁）

　「思考に対することば特有の役割は、音的、物質的手段たることにあるのではない。　それは思考と音との合一が不可避的に各単位に到達していくような、そういう性質の中間地帯を創り出すことにある。本来混沌とした思考は、分解され、ことばによって諸単位に配分されることで、いやでも明確になる。けれども、ことばは一種の鋳型であるなどという陳腐な誤りに陥ってはならない。それは、ことばを何か固定した堅固なものとみなすことだが、音的素材にしたってそれじたいでは思考と同じくらい混沌としている。鋳型どころではない。音を便利に使ったそのような思考の物質化などはありえない。そこにあるのは、思考―音が言語学の究極的単位としての諸区分を含んでいるという、どこか神秘的なこの事実である。音と思考が結合されうるのは、これらの単位によってでしかない。」（59頁）

　ソシュールによれば、単位とは、音と思考とを結合するものであり、この合一の地平で単位に到達する。その際ことばが鋳型になって思考を明確にするのではない。逆に思考と音とを結びつける単位の存在こそが問題なのだ。

　他方、同一性の問題は単位の問題と融合しうる。とすれば、ここでの同一性とは一体どのようなものか。同じ語のくりかえしなのか、一たんこわされた街路が再建され、同じ街路と呼ばれることなのか。街路の場合実物は同じものではないから同一性の単位となっているものは否定的で対立的なものであることがわかる。

　「この同一性の問題は、言語的実在の問題とついに同じものになる。言語は惑わしい実在で満ちている。それというのも、言語学者たちが、よってたかってかずかずの亡霊をでっちあげ、自分でそれにしがみついてきたためだ。けれども、亡霊はどこにあり、実在はどこにある。それを語ることは、むずかしい。それをはっきりさせるには、具体的存在が目の前にないことを得心する必要があるのだ。」（61頁）

　「つまるところ、実在と呼ばれるに値するさまざまな事柄が何かを知ることは、それら同士の同一性の絆が何かを（それらがどんな同一性を含むかを）、そして、それらが作るのはどんな種類の単位かを、決定することにひとしい。」（62頁）

　ソシュールは、言語の単位とは、思考と音との結びつきだ、というところにまで考察を進めている。そしてそれがまた同一性の問題と結びついているのだが、これはこれで言語的実在がどこにあるか、という問題だが、しかしこの実在は具体的存在が目の前にあるというわけではないのだ。

７）単位と意義

　このとらえどころのない単位にたいし、ソシュールはさらに表意単位という見地から接近している。

　「語は単位としてそこに存在していて、それに意義が結びつけられると信じてしまう。逆に思考のなかに語を確定していくものこそ意義なのに。
　純然たる抽象であるものと具体的なものとをわける基準。抽象の危険は、いつだって叫ばれている。それが何かを了解するには、基準が必要なのだ。この基準はめいめいの意識のなかにある。語る主体の感情にあるもの、何らかの度合いで感じられているもの、それが意義である。それなら、こういっていいことにならないか。現実に具体的なものを言語のなかに捉えるのはまったく容易ではないが、それは感じられているもののことだと。そしてそれが、何らかの度合いで表意的であるものにひとしいのだと。表意的なものは、単位の確定となって現れる。単位を創りだすのは意義であり、単位は初めから存在しているわけではない。意義を受け取ろうと、そこで待ちかまえているのが単位なのではない。」（69頁）

　ソシュールによれば「つぎの五つの事柄、価値、同一性、単位、実在（言語的な意味での、つまり言語的実在）、具体的言語要素のあいだには根本的なちがいがない」（77頁）。そして「価値とは意義のことではない。価値は他の所与をとおして与えられる。それはある全体とある観念との関係からくる意義とちがって言語中の駒相互の位置をとおして与えられている」（78頁）。

　単位をつくり出すものが、語る主体の感情にあり、何らかの度合いで感じられている意義だとすれば、このような単位が存立している場とはどのようなものか。ソシュールはついで現象と関係とを区別することを提案している。

　「問題は、現象を語ることと関係を語ることのあいだにどんなちがいがあるかを知ることだ。関係や現象は一定数の辞項を前提とする。そのどちらもが、それらのあいだで生じ、それらのあいだで起こっている。こうした辞項とは、つまり私たちが考えつめてきたあの単位とべつのものではない。現象から出発して単位に戻ってくることは有益である。この視点は単位の性質を浮かびあがらせることができる。」（101頁）

　訳者の前田英樹の注によれば、この関係と現象とのちがい、というところに言語があることについてのすべての問いが行きつく先があるが、しかしソシュールにあってはこの問題についてはここで簡略に示しただけで必要な注釈さえ与えていないと書かれている（108頁）。

　たしかにソシュールはこのあと現象について詳しく論じてはいるが、関係に立ちかえってはいない。そして現象から単位をみたとき、ソシュールはそこに差異を見出している。

　「けれども、そこにあるのはすでに現象なのだ。それは、関係する語同士のその差異が、意義に寄与する差異であるという事実によっている。こうした意義とは、ひとつの差異に、多かれ少なかれ規則的になる差異に基づく対立である。」（103～4頁）

　「だが、すべての言語単位は関係を表し、すべての現象もまたしかりである。だから、いっさいは関係だといってもいい。諸単位を確定するのは思考であり、音だけが前もってそれらを画定していることはない。思考との関係はいつもある。…すべての現象は関係同士の関係である。何なら、差異を語ってもいい。いっさいは対立として利用される差異にほかならない。この対立が価値を与える。現象と呼びうるような諸差異があるのだ。だが、そこから単位にいくとしても、それはやっぱり差異である。」（116頁）

　このようにソシュールは現象から単位に戻るとそこに差異がある、あるいは差異しかないと見ている。ということは、前田の注のように、ソシュールは関係と現象について必要な注釈を加えていないとは見なせないだろう。というのも、現象を語る前にソシュールが追求してきた同一性こそ、関係から単位に戻ろうとする試みだったことが判明するから。つまりソシュールは言語価値を二重に考察して思考―音の関係からは同一性を、言語の諸現象からは差異を導いているのである。

８）関係と現象

　ソシュールは現象を語ることと関係を語ることとの間の違いに注意をうながしていた。もちろん現象も一つの関係であり、この関係にあっては言語記号は差異の体系として現れる。しかしソシュールがここで関係を語ることと述べているのは、この意味での関係ではない。

　ソシュールが現象を語ることは区別した関係を語ることとは実は価値について語ることだった。ソシュールは価値を関係と見ていたし、そして、この関係が一つの単位をなしていること、そしてそれが同一性の問題であること、ここまではソシュールにとって明らかとなっていた。

　問題はこの言語価値という関係が直接的に照らし出されはせず、超感性的な現象形態としてあることだった。ソシュールはこの単位の実体を思考と音との結びつきと捉え、思考―音が言語学の究極の単位としての諸成分を含んでいることを示していた。つまりソシュールは言語記号の同一性を、物理的音と区別された思考―音に求めていたのである。まことにソシュールは文化知の概要をすでに記号論として提起していたとみなせるであろう。ではつぎの一歩はどのように踏み出されるべきであろうか。

第２章　言語文化論の展開

１）言語文化論の課題

　言語とは一般にどのように定義されているだろうか。サピアによれば、「言語とは、任意に造られた記号の体系によって、観念、情緒、または欲望を伝達するための、純粋に人間的で、非本能的な方法である。」（『言語』紀伊国屋書店、6頁）とされている。

　また『ラルース言語学用語辞典』によれば「最も日常的な意味では、〈言語〉は伝達の道具であり、同一共同体の成員に特有の、声による記号の体系である。」とされている。

　言語を伝達のための道具や方法と見る見方の裏には言語名称目録観がひそんでいる。つまり言語を表現としてしか捉えず、それはすでに言語以前からカテゴリー化されている事物や、言語以前から存在する純粋概念を指し示す道具とみなす考え方がそれである。

　ソシュールによって、この言語名称目録観が批判され、それぞれの言語のもつ単語が既成の概念や事物の名づけをするのではなく、その反対に言語があってはじめて概念が生まれてくることが明らかにされた。

　言語文化論に問われている課題は、このソシュールが手がけた言語学批判を継承し、社会的意識形態の一つとしてある言語観を批判することである。その中心は、言語名称目録観がどのようにして生成するかを明らかにすることにおかれる。これによって言語の謎、フェティシズムが解明される。

　ここでソシュールの限界について簡単にふれておこう。ソシュールは言語記号そのものに内在する同一性、価値、単位を追求しながらも、その質について明らかにできなかった。その結果、言語名称目録観の批判も、言語名称目録という幻影的形態の成立を説く道を閉ざされ、多様な言語の同義語がもつ意義のズレから批判を展開するにとどまったのである。

２）言語記号の二重性

　すでにソシュールが明らかにしているように、言葉（パロール）をモデルに考察すると、言語記号は物理音と、思考―音との二重物である。あるいは物理音とシニフィアンとシニフィエとの結合との二重物である。

　言語文化論は、言語記号の社会的側面を研究する。従って物理音を研究する音声学は言語文化論に属さない。また思考―音の関係のうちの音に注目した音韻論も同様である。

　この立場からすれば、多様な言語現象のうち、言語記号の最も簡単な形態は、意義をもつ語であることになる。意義の概念は、ソシュールが述べているように、ある全体とある観念との関係である。

３）語の同一性と価値

　言語を内側から見たときの同一性は、同じ語をくり返すことや、再建された街路の名称の同一性、といった事柄ではない。さらにはまた語の交換可能性ということでもない。語と語との間には一般的な交換可能性はない。従って語が意義をもつ、という点での共通性に注目する他はない。

　意義は多種多様である。これに仮に序列をつけると、これを価値の量とみなして、１対１対応的に価値の大きさで表すことができる。このとき、語の多様な意義を抽象したものが語の単位となり、価値の実体となる。これは対象化された意識一般しかありえない。

　こうして言語記号の二重性とは、物理音と対象化された意識との結合ということとなる。そして、この対象化された意識が言語価値を形成する実体である。言語価値とは何か、ということを明らかにするためには、それが表示される関係、現象形態を発見しなければならない。この形態は超感性的なものであるが、語と指向対象との関係において表現されている。

４）言語価値の形態

(1)簡単な形態

　「イヌ」という発話はイヌがいる、という意味としては次の形態をとる。

　　　イヌ　＝

　記号論では通常この関係は記号と指向対象と意義をそれぞれ頂点にもつ三角形で表示される。しかし、その三角形の概念がこの二項関係のうちに含まれていることを示さなければならない。

　この関係は、イヌと生身のイヌとが言語価値としては同等であることを示している。文化知からすれば、この同等性関係において、言語記号イヌは、自分に等しいものとしての、つまり対象化された意識としてのイヌに関係している。だから、この関係においては、指向対象としての生身のイヌは対象化された意識の化身とされていることになる。

　言語記号イヌは、指向対象との関係において、その指向対象を対象化された意識の化身としている。ということは、ここでは客体的対象そのものが意識のなかにとり込まれたことを意味する。

(2)展開された形態

　　　イヌ　＝

　　　　　　≠

　簡単な形態は実は他の全てのものに対する否定の関係を含んでいた。生身のイヌが対象化された意識の化身とされることで音イヌが意義をもち、言語記号となるが、これが社会的に承認されるのは他の全てのものとの否定の関係を形成することによってである。

(3)言語のシステム（差異の体系）

　　　イヌ　＝

　　　　　　≠　…

　　　ネコ　＝

　　　　　　≠　…

　　　ウシ　＝

　　　　　　≠　…

　　　　　　≠ …

　音イヌが特定の意義をもつ関係は、またこの言語記号の全体系のなかで始めて一般的なものとなる。言語記号の同一性の関係は、ここでは記号同士の差異として表現される。

　それぞれの指向対象が、それぞれの対象化された意識の化身としてあるので、この差異の体系としての言語のシステムは人間の意識にあっては転倒したものとしてあらわれる。実際にこの関係を転倒すれば言語名称目録が得られる。

(4)言語名称目録

　　　　＝　イヌ

　　　　＝　ネコ

　　　　＝　ウシ

　言語記号が指向対象との同一性を、指向対象を対象化された意識の化身とすることで表現しているとき、この対象化された意識は生身の指向対象の生まれながらの属性のように見える。ここに言語のフェティシズムが成立する。

５）言語価値形態の意味

　言語価値は一般的価値形態をもたない。従って一般的なものが貨幣の場合のように個物として現れることもない。言語と商品のちがいはここにある。

　とはいえ言語記号における同一性の関係は、自然物を対象化された意識の化身とするという、フェティシズムの原理を含んでいる。これは事物の記号化がもたらすフェティシズムであり、商品の場合である物象化にともなうフェティシズムとは、その構造が異なる点に注意すべきである。

　こうして言語価値形態を解くことは、それと商品の価値形態との相違を明らかにする。ついで言語による支配といっても、商品の場合に見られる物象による意志支配とは別様であることがわかる。

　ところでヘーゲルによれば、意識一般とは、対象と自我との関係であり、対象についての意識であった。言語価値形態論で明らかとなった対象化された意識とは、対象についての意識以外にはありえない。とすると、この対象化された意識は固定的なものではなく、これを意識する意識との関係で変化していく。こうして次に問題となるのは、言語価値として一たんは固定化された意識の変動の様式である。この問題については稿を改めて論じることにしたい。

Date: 1998/6/26
Section: 言語論研究
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文化知から見た言語

文化知から見た言語

１）言語文化論とは

２）言語の二重性

３）言語記号の非契約性

４）言語記号の社会性としての価値

５）言語単位

６）思考と音との合一

７）単位と意義

８）関係と現象

第２章 言語文化論の展開

１）言語文化論の課題

２）言語記号の二重性

３）語の同一性と価値

４）言語価値の形態

(1)簡単な形態

(2)展開された形態

(3)言語のシステム（差異の体系）

(4)言語名称目録

５）言語価値形態の意味

第２章　言語文化論の展開