　1）はじめに
第1章　リベラルな社会と連帯
　2）リベラルな社会の構想　3）フーコー、ハーバーマス批判　4）連帯のイメージ
第2章　世界、真理、言語ゲームの変換
　5）世界と真理の在り方のちがい　6）真理は文の属性　7）ボキャブラリーを変えるための再記述の方法
第3章　言語論
　8）言語は媒体ではない　9）ディヴィドソンの解釈　10）ローティの問の架空性
第4章　文化論
　11）出来事の再記述　12）自己の偶然性

第2章　世界、真理、言語ゲームの変換

5）世界と真理の在り方のちがい

　第1章言語の偶然性の冒頭で、ローティは序論で述べていた公共的なものと私的なものとの融合の試みは無駄だという視点から、哲学者を二群にわけた方法を応用して、今度は、真理は発見されるか、それともつくられるか、という対抗軸を設定して、哲学者を新たに二群にわけ直しています。ローティによれば、ブルジョア革命の時期に発生した真理は発見されるのではなくて、つくられる、と考え始めた思考は「ユートピアの政治とロマン主義的な自己創造」と特徴ずけられていて、今日文化的なヘゲモニーを獲得しているとみなされています。
　他方で、真理は発見されると考えている哲学者達も居て、彼らは啓蒙に忠実で、哲学を科学の大儀と同一視し、真理は自然科学によってつくられるのではなく発見されるのだと主張していて、政治や芸術の領域には「真理」という考え方があてはまらないと考えている、というようにローティはもう一方の主張をまとめたあと、ロマン主義的な自己創造家にとっては、科学はテクノロジーの侍女に過ぎないと見られていると述べています。
　ローティがこのような区分をもち出したのは、ドイツ観念論の真理概念を批判的に検討するためでした。

「ドイツ観念論は短命で不充分な妥協だった。なぜなら、真理が『そこに』在るという考えを拒否するうえで、カントとヘーゲルはまったく中途半端だったからである。経験科学の世界を創造された世界としてみること、つまり、事物は心によって構成されている、あるいは自らの心的特性を不充分にしか意識していない心に存するとみなすことを彼らはいとわなかった。しかしながら彼らは、心、精神、人間の自己の深みは本有的特性を――つまり哲学と呼ばれる一種の非経験的な超科学によって知ることが可能な本性――をもっている、とみなすことに固執していた。」（16頁）

　ローティによれば、ドイツ観念論は、科学的知は人間の精神によって構成されていること、つまりは人間によってつくられていることを認めたけれども、哲学の領域に属する精神に関する真理は、創造というより、発見の問題とされていて、本当に必要なことは、科学知の領域や精神（心）の領域、つまり、世界や自己の双方について「表現されたり再現されたりする本有的特性があるという考えそのものを拒否することだった」（16頁）と述べています。そのうえで自らの積極的主張を展開しています。

「世界がそこに在るという主張と、真理がそこに在るという主張とは区別される必要がある。世界がそこに在る、つまり世界は私たちの　創造物ではないと述べることは、常識的にいって、時空間内にある事物のほとんどが、人間の心の状態を含まない諸原因の結果だと述べることである。真理がそこに在るのではないと述べることは、文は人間の言語の要素であるということ、そして人間の言語は人間が創造したものであるということを述べるにすぎない。
　真理がそこに在る――真理が人間の心から独立して存在する――ということはありえない。なぜなら、文がそのような形で存在し、そこに在るということはありえないからである。世界はそこに在る、しかし世界の記述はそこにはない。世界の記述だけが、真か偽になることができる。世界そのものだけでは――つまり人間存在が記述行為によって補助しなければ――真や偽になりえないのである。」（16～7頁）

　世界がそこに在るという主張と真理がそこに在るという主張との区別は、つとにカントが超越論的仮象批判として打ち立てた物自体の概念によってつけていたものでした（「カント研究序説」『ASSB』誌8巻6号参照）。カント以降のドイツ観念論は、意識（心）にとっての絶対的他者としての物自体を意識のうちに取込もうとしたわけですから、ローティのような視点を提出するなら、カントの根本思想をドイツ観念論が捨ててしまっていたことを明確にすべきでした。
　それはともかく、ローティがそれと知らずにカントの根本思想の見地に立ちかえったとき、カントが超越的なものとみなしていた意識（心）の作用をパースに倣って「人間の言語」に置き換えたことがローティの新しさでした。つまりローティは、真理をつくるものを心の作用とみなすのではなく、文という意識の対象化された形態に求めたのでした。
　というわけで、ローティは、真理が世界から関係づけられているように思われる、という点に関して真理とは文であり、世界は文ではない、という見地から批判をしていますが、それは私にはカントの現象と物自体を区別したことの二番煎じのように思われます。しかし私はカントの物自体論への批判はまだ試みてはいませんので、ここで二番煎じのローティの議論に付合ってみるのも意義があるかも知れません。

6）真理は文の属性

　ローティは「世界と同様、真理もそこに在るという思いつきは、世界をそれ自身の言語をもった存在者の創造物だとみなしていた時代の遺産である」（17頁）と述べています。ローティによれば、この思いつきは「世界が原因となって、私たちがある文を真だと思うことが正当化されるかもしれない」（17頁）ということと「世界が自らの意志で『事実』と呼ばれる文の形になった個々のかたまりに分かれている」（17頁）ということとの混同によるものとされています。そして、この混同は、ボキャブラリーにではなく、個々の文に注意を集中することによって促進されると見ています。つまり、個々の文に盛り込まれた命題ならば、世界を構成している断片のように見えてしまいますが、多くの命題やその他の文を含んだボキャブラリー全体となると世界がそれによって構成されているとは見えなくなる、というのです。このような展開のあと、ローティは結論的に次のように述べています。

「世界は話さない。ただ私たちのみが話す。私たちがいったんある言語を自分自身にプログラムしてしまえば、世界が原因となって私たちが何らかの信念をいだくことが可能になる。しかしながら、世界が私たちに特定の言語を話すことを提案することなどありえない。自分以外の人間存在のみが、そうしたことをできる。だが、私たちがどの言語ゲームをすべきかについて世界が教えることはないと理解したとしても、それゆえに言語ゲームの決定が恣意的であるとか、言語ゲームが私たちの内面深くにある何かの表現だ、と述べるべきではない。ここから引出せる教訓は、ボキャブラリーを選択する上での客観的な尺度を主観的な尺度に、つまり理性を意志や感情に取り換えるべきだ、ということではない。むしろ、尺度とか（『恣意的』な選択も含んだ）選択といった考えは、ある言語ゲームから他の言語ゲームへの変換が問題となる場合、もはや適切な考えではないというのが教訓なのである。ロマン主義の詩のイディオムや、社会主義の政治や、ガリレオの力学を受け容れることをヨーロッパが決めたのではなかった。この種の変換は、議論の結果でもなければ意志の行使でもなかった。むしろ、ヨーロッパでは次第に或る言葉を使用する習慣が失われ、そして次第に他の言葉を使用する習慣が獲得されたのである。」（19頁）

　誰もガリレオの力学を受け容れることをヨーロッパが決めたなどと主張していませんね。人が主張してもいないことをひきあいにして自説を展開するのはレトリックに他なりません。このレトリックを使うことで、ローティが自分の視野から落としてしまったものは、何故、どのようにしてある言語ゲームが他の言語ゲームに変換してしまったか、ということです。ローティ自身この第1章の冒頭で「社会関係に関するボキャブラリーや社会制度の見方がまるごとそのまま、ほとんど一瞬にしてひっくり返され得ることが、フランス革命によって明らかにされた」（13頁）と述べていたではありませんか。一体フランス革命なるものは「議論の結果でもなければ意志の行使でもなかった」のでしょうか。というように、つい突っ込みを入れたくなりますが、ローティの言いたいことは、こうした事態をいったん捨象した上で、ある言語ゲームから他の言語ゲームへの変換を見よう、ということなのでしょうね。
　そうだとすると、ある言語ゲームから他の言語ゲームに現実的に変換させていく諸力を無視して議論しようとしているわけですから、その場面で、まさに、この現実的諸力に属する尺度や選択が含まれていないと主張したところで、それは知的手品にしかなりません。人間をそれぞれ特有のボキャブラリーの固まりと見るローティにとっては、ローティボキャブラリーをは流行らせたいのでしょうが、下手な手品に終わっていては流行ってもすぐすたれてしまうでしょう。ということで、ローティの見解は、ローティ自身証明しようと意図しているわけではない、ということを差し引いたうえでも、この根拠づけに関しては成功していないことが判明してしまいます。このことを確認した上で、ローティの見解そのものを検討してみましょう。
　ローティが「世界は話さない。ただ私たちのみが話す」というとき、ローティが退けようとしているボキャブラリーは、言語ゲームの変換を決定する尺度を自分自身の内側や世界に対して求めようとするものであり、そのようなボキャブラリーは「世界あるいは人間の自己が、本有的特性、つまり本質をもっていると考えようとする、もっと一般的な誘惑」（20頁）に屈服しているからだ、というのです。
　つまりローティによれば、「実在のほとんどは、私たちがそれをどう記述するかには関係なく、人間の自己は、ボキャブラリーのなかで適切あるいは不適切に表現されるのではなく、ボキャブラリーの使用によって創造される」（20頁）であり、「言語は発見されるのではなくつくられるのであり、真理は言語的な実体、つまり文の属性なのである」（20頁）とされています。だから、世界がそこに在ると同じように真理がそこに在るということは、文がそこに在るということを主張していることになり、こんなことはありえない、とローティは見ているのです。

「文だけが真になりうるのであり、人間存在は（そのなかで文がつくり上げられる）言語によって真理をつくるのだ、という私の主張が生み出す帰結を詳しく説明したいからである。」（25頁）

　ローティはこのように述べてディヴィドソンの説の検討に移っていますが、その前にローティが述べている自らのボキャブラリーを広めていく方法について見ておきましょう。

7）ボキャブラリーを変えるための再記述の方法

　ローティは自らのボキャブラリーが、従来の哲学のボキャブラリーとは全然異なるものであることを自覚しています。つまり、従来の哲学のボキャブラリーは、真理の対応説や実質がもつ本有的特性、といった考えにとらわれているわけですが、問題は、こうしたボキャブラリーを否定しているローティ自身に対して、哲学者たちがローティが拒絶しているボキャブラリーによって議論を表現するよう期待してしまう、という点でした。
　しかし、ローティによれば、こういうことを示すことは絶対にできないのであり、「馴染みある用語の馴染みある使用が非整合的だ、空虚だ、混乱している、曖昧だ『たんなるメタファーにすぎない』などと申し立てる議論はどんなものでも要領を得ない、論点を回避したものとならざるをえない」（23頁）というのです。ではローティは、どのような方法を採用するのでしょうか。この点についてローティは、次のように述べています。

「この方法とは、来るべき世代に受け容れられることで、その結果（たとえば新しい科学器機や新しい社会制度の採用といった）適切で新たな言語外行動の形式を求める探求を促するような言語の行動パターンを創造するまで新しいやり方で事物を片っ端から再記述してゆく、というものである。この種の哲学は、概念を次から次へと分析したり、テーゼを次から次へと検証したりというように、一つひとつ進んでゆくものではない。むしろ、全体論的にプラグマティックになされるのである。『このような仕方で考えてみてごらん』あるいはもっと詳しく『次のように新しくて多分興味深い問に取り換えることで、明らかに不毛な伝統的問を無視してごらん』といった示唆が語られる。」（24頁）

　ローティのこの方法はなかなか面白い。私自身、マルクスが『資本論』の価値形態論で展開した方法を抽出して文化知の方法としてまとめたとき、この文化知の方法によって否定されてしまった従来の科学の方法に従って叙述するという困難に直面してしまった。そこで私が選んだ方法は、価値形態論から抽出した文化知の方法を、言語や社会や国家といった他の社会関係の分析に適用し、これらについての再記述を試みることでした。まだ再記述が全面的に成し遂げられたわけではありませんが「新たな言語外行動の形式を求める探求を促するような言語の行動パターンを創造する」というローティの考えは、私のたどった道と一致しています。ローティは、さらに次のように述べています。

「私自身の指針に従うので、自ら取り換えてしまいたいと願うボキャブラリーに対抗して、議論を提示する用意はない。その代わり、私の支持するボキャブラリーを、さまざまなトピックを記述する上でどのように使用したらよいかを示すことによって、そのボキャブラリーが魅力的に映るようにするつもりである。」（25頁）

　ということで、私の課題は、ローティのボキャブラリーよりもっと魅力的なボキャブラリーをつむぎ出すことで、文化知のボキャブラリーを流行させるということになります。

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 2926 times

哲学の旅第6回 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を読む 第2章

第2章 世界、真理、言語ゲームの変換

5）世界と真理の在り方のちがい

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哲学の旅第6回　ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』を読む　第2章

第2章　世界、真理、言語ゲームの変換