　昨年11月7日のアソシエの大阪での総会には230名の人々が集まった。三年前だったら50人も集まらなかっただろう。これは、誰もが日本及び世界の現状に対して何もしないではいられない状況になって来ているからであると思われる。これは世界的な現象だ。
　僕自身は80年代にマルクス主義の問題を主に哲学に絞って検討した。90年代に入ると、哲学の問題だけではないことに気付き、96年に『情況』に連載したマルクス論では、唯物論を対話の問題として解こうとした。そこではマルクスを現代化するために、言語学ではオースチン、対話論ではバフチンを援用した。対話の問題は政治的には民主主義の問題である。マルクスにとっての民主主義とはどの程度のものだったのか？当時の民主主義の問題を初期には社会の普遍的な問題として捉えていたが、1847、8年になると共産主義の前段階に過ぎないとマルクスは見るようになった。この様な問題を考え直す中で僕は、マルクスが克服したはずのフォイエルバッハにこそ問題の鍵がある、と気付いた。
　更に、現実のマルクス主義の展開を踏まえずにマルクス主義とは何かという問題を論じても意味がない、と昨年の後半に気付いた。日本の左翼運動が1974年以後これほどまでに停滞したのは何故か、これは文化大革命の問題を解かないとわからない。1968年の五月革命は圧倒的に文化大革命の影響を受けている。日本の左翼はこれを認めないけれども――世界的にも認める人は数少ない。毛沢東主義とは何であったのか？それを生み出したスターリン主義とは何であったのか？またそれを生み出したレーニン主義とは何であったのか？この現実を総括する。思想の問題ではない。反スターリン主義はスターリン的現実を解明したものではなかった。
　ロシア革命以後の現実を解明することによって《社会とは何か》という問題が、裏側から、見えて来るのではないか？

ソ連論研究の視点

　1989年の天安門事件の後、中国人の二人の留学生が帰国すべきかどうか思案している所へ助言する機会があり、その時、中国の民主化とは何なのか、という問題に取り組み始めた。魏京生の秘密裁判記録が日本で日中出版から翻訳された。これは大変重要な文献で、どうしてこの記録が持ち出されたのかわからないが、どうも公安の中に民主化運動の支持者がいると思われる。日中出版はもともと共産党内部の中国派で、その中に公安にルートを持っている人がいるらしい。この様な事情で、民主主義の問題を考えざるを得なくなった。社会主義革命の後で何故民主化運動が起こるのか？
　マルクスの考え方は、未だにトータルには解明されていない。『デモクリトスとエピクロスの自然哲学の差異（学位論文）』は、価値形態論の最初の形であると僕は見ているが、殆ど理解されていない――吉本隆明が直観的に鋭く論じてはいたが。マルクスは両者を対比しながらエピクロスを支持しているが、アルチュセールはデモクリトスを評価してしまっている。僕は、その中の時間論だけまだ解明できていない。もう一つは、『ヘーゲル国法論批判（草稿）』。例えば、「ヘーゲルが人間と言う時、個人のことしか考えていないが、社会の中では、人間とは多数の諸個人のことではないか」という箇所からは学ぶべきものが多くある。
　唯物論の問題と個々人の自覚の問題との関係を僕は長く考えて来た。普通の唯物論者は自己意識の問題を立てると観念論だと非難する。だが寧ろ、自己意識の問題を解明できないような唯物論は、単なる機械論に過ぎない――人間社会或いは個々人を完全に外部にあるものとして捉えることになる。そういう風にして捉える時の視点はやはり意識であり、その意識は社会の外部に立つことになる。この問題は、民主主義論の中の社会的自己意識という問題と繋がる。
　『情況』に連載した「マルクス・バフチン・オースチン」を書いていた時にフォイエルバッハにぶつかった。例えば、マルクスの価値形態論の中の《価値鏡》という表現には、『キリスト教の本質』からの影響が見られる様に、マルクスはフォイエルバッハから多く学んでいる。
　マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』で「ドイツでは宗教批判は終わった。これから為さなければならないのは政治社会の批判である。」と述べた。それ自体は間違ってはいないが、今日の様々な問題を考えると、宗教批判を含まないような政治社会批判は批判たり得ない。宗教学者のエリアーデが、マルクス主義の宗教観を論じる中で、宗教とは人間の共同性の意識であり、人間の意識の本質である、と言っている。従って、一つの宗教を社会的土台から解明したとしても、宗教そのものを解明したことにはならない。マルクスの間違いはここにあり、宗教とは何かを解明しないで、ある社会形態にとってのある宗教を批判したら宗教の批判が終わると言ってしまった。これでは、オウム真理教の様なものは解明できない。すべて人間関係の中には宗教性が秘められている。それに対して僕は正直になりたいと思っている。そう考えると、哲学史上で宗教とは何かということを最も真剣に考えたのはフォイエルバッハだということになる。エンゲルスはフォイエルバッハの言ったことは愛と友情だけだと批判したが、僕は、愛と友情ほど大事なものはない、と寧ろ考える。
　96年に石堂清倫氏と知り合いになったことも、特に民主主義問題を考える機会になった。98年にフィリピンで反グローバリズム会議に出席した。これは、NGO、NPOの集まりであると同時に、フィリピン共産党が支えていたものであった。この前のシアトルの四万人集まったRPOにこの党は加わっており、世界的に影響を与える党となっている。これがソ連論を始める根本的な動機となっている。現実の社会主義の経験から学ばない限り、今の社会主義の現状を批判することはできない。
　99年の12月25日付の『図書新聞』に、「20世紀を生きる」という題で、石堂清倫氏へのインタビューが載った。そこでは、「社会主義の経験をマルクス主義者たち自身が具体的に総括していない。この点に一番の問題がある。」と、発言しておられた。

　社会、或いは社会生活をどのようなものとして捉えるか。人間はある社会的関係の中に生まれて来ながら同時にその社会的関係を自分が紡いでいる。自分が紡いでいる社会的関係をどこまで自覚できるか、という問題でもある。マルクス主義は既に社会をトータルに捉えていると思い込んでいるので、経済決定論を生む。だから、計画経済によって理想的な社会が創れると考えられた。それが、〈社会主義建設〉という言葉を生んだ。マルクス主義では、下部構造が上部構造を決定すると言われるが、ところが、ソ連では上部構造である政治がソビエト社会を創った。
　マーティン・メイリアに依ると、社会がなくて、ばらばらの農民に貴族が少しいるだけで、ブルジョアジーは殆ど存在せず、抵抗する者がいなかった。抵抗する者は強制収容所に送ればよかった。看板であるマルクス・レーニン主義と現実とが余りにもずれているわけだから、現実の方を解明して行かなくてはならない。
　社会がトータルに捉えられるという考え方の前提には、ヘーゲル的マルクス主義の《全体性》という概念がある。マーティン・ジェイが『マルクス主義と全体性』の中で全体性把握の系譜を書いている。マルクス主義の力は全社会をトータルに捉えられるということであったが、これが逆にある虚像を生み出した。マルクス主義者が個人主義を嫌うのは、自分たちはトータルにものを掴んでいると思っているから。しかし、我々は関係の中にいる以上、トータルということはあり得ない、と僕は考える。ギリシア思想の〈一にして全〉がドイツ・ロマン派の時代に復活し、それを完全に論理化したのがヘーゲルであった。マルクスの共産主義という原理の中にもそれはやはり残ってしまっている。
　ライプニッツは、世界を構成しているのはモナドであって、全体を映すモナドなどどこにもなく――「同じ葉は二つとない」――すべて歪んだ形で一部分しか映していないけれども、それらのモナドの関係の中に全体が映し出されているのだ、と考えた。これは、《多数性》の概念である。これが一性と全体性とを破る論理となり得る。ポスト構造主義は、〈差異〉や〈他者〉と言いながら、すべてこの《多数性》のことを言おうとしていた。その流れが、ガタリの分子革命やネグリの考え方に繋がって来ている。《多数性》こそが一と全とを媒介しているのであるから、〈全〉に集約しないで、《多数性》という概念を堅持した方がよいだろう。
　この様な論理を背景にしながら、ソ連論を試みる。第一回は、独裁論で、早坂真理という研究者の『革命独裁の史的研究』（多賀出版）という本を頼りに、独裁という考え方がどこから出て来たかを考える。階級闘争という考え方をすると、どうしても独裁を生む。プロレタリアート独裁とは、本当は大きな語義矛盾である。端的に言うと、社会的階級が政治権力を握ることはできない。プロレタリアートが一つの政治的意思を持つためには党とならざるを得ない。すると、必然的に党が独裁することになる。プロレタリアート独裁という言葉は、社会の次元と政治の次元とを取り違えている、と僕は考え始めている。この辺りを考えて行きたい。資本主義社会はブルジョワジーの独裁だとよく言われるけれども、本当にブルジョワジーが独裁しているのか？という問題も考えてみたい。

早坂真理『革命独裁の史的研究』の紹介

　レーニンのボルシェビキは、ロシア・ジャコバン主義と呼ばれることを肯定していた時期がある。また、否定していた時期もある。トカチョーフ――レーニンの先駆者と言われる――の真似をしているに過ぎないという批判がレーニンに対してメンシェビキからあった。こういう問題と共に、革命的独裁とは一体何を意味するのか？社会にとって政治とは何なのか？そもそも政治権力を握るとはどういうことなのか？ということを考えて行きたい。

（質問に答えて）

表――マルクスの考え方のすべてが解明されていないことと、後の研究者がフォイエルバッハを捨てて省みなかったこととは関係がある。アルチュセールを批判している人でもフォイエルバッハを研究してはいない。フォイエルバッハの教授資格論文と学位論文とは同一のものだと最近まで思い込まれていて、ヘーゲルの弟子であった時代のフォイエルバッハの思想がどんなものであったかわからなかった。1970年代になって漸く国際フォイエルバッハ学会が創られて解明され始めた。世界史的に見ても今は、宗教意識は意識の本質のようなものだ、ということに気付きつつある段階であろう。
　階級概念はフランス革命史の研究から出て来たもので、マルクスはそれを創始したのではなく、経済の問題に結び付けただけ。レーニンは、プロレタリアート独裁の定義として、すべての法を無視する暴力、と言っている。これを権力を握った人間が言ってしまったらおかしい。魏京生は社会主義法が絶対に必要だと言った。それがないから毛沢東はあれだけの人間を殺してしまった。ここで、宗教の問題と法の問題の関係も考えざるを得ない。ヨーロッパに於ける法的なものの生成が宗教戦争の中から現れ、そこで寛容論が、宗教戦争に対する反省として成立した。それは単に理論の問題ではない。ジョン・ロックは軽く扱われているが、そうであってはいけない。
　いずれにせよ、マルクス主義という宗教は止めたい。我々の社会の現実から考えて、残っているものはあるのだが、受け継ぐべきでないものもある。マルクスは独占が資本主義の最後の段階だと思っていたが、現実にはそうではなかった。
　その次ぎに取り挙げるマーティン・メイリアの『ソヴィエトの悲劇（上・下）』（草思社）は、ソ連崩壊後に出た最もトータルな書物。但し、アメリカの学者であるから、最後はペシミスティックになっている。

（録音テープからは質問者の声が明瞭に聞き取れませんでしたので、質問内容は省略しました。ご了承ください。）

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Author: admin Published: 2006/1/5 Read 7828 times

第2次PC講座テープおこし 表 三郎 2000.3.11

この一年間の構想

ソ連論研究の視点

早坂真理『革命独裁の史的研究』の紹介

（質問に答えて）

第2次PC講座テープおこし　表　三郎　2000.3.11