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『共産主義』21号(1994年発行)巻頭論文 A 革命の戦術についての提案


『共産主義』21号(1994年発行)巻頭論文 A 革命の戦術についての提案

1)問題提起

 資本主義の経済システムを変革するには二つの方法しかない。一つは資本家階級が独占している生産手段を収奪することであり、もう一つは、労働者階級が資本家階級のもとに働きに行かないことである。

 前者はマルクス主義者たちの革命戦術の基本的内容であり、1917年のロシア革命で実行された。

 後者は、いまだ革命の戦術としてはまとめられたことはない。共同体建設などの自然発生的な運動は19世紀後半からあつたが、それらは前者の戦術を補足するものとしてしか位置付けられてはいなかつた。いまここで提起しようとする思想はブルジヨア民主主義革命が終了し、資本主義が発展し、爛熟している今日、革命戦術としては、後者の方に現実性がある、というものである。その理由について考察しよう。

2)永続革命の成否

 19世紀から20世紀前半は、世界史的に見て、ブルジョア的変革の時代であつた。ブルジョア的変革の特徴は、封建社会のうちで資本家的生産を拡大させ、力をたくわえてきたブルジョア階級が、自らを政治的階級へと自己形成し、封建社会の支配階級(領主と貴族)から政治権力を奪い、民主主義的政治システムを形成することによって、資本家的生産を支配的な生産様式に転化し、それを更に発展させることにあった。

 ブルジョア的変革はまずイギリスから始まり、ついで、フランスに飛火していつたが、時代を経るにしたがって、資本家的生産が不可避的に生み出す労働者階を政治的階級へと目覚めさせ、ブルジョア的変革の政治過程に登場させることになってきた。そのため、ブルジヨア的変革が次第にプロレタリア的色彩をおびるようになってきた。

 マルクスが1850年に提起した永続革命という戦術は文字通りブルジョア的政治革命が始まったとき、その政治過程に参加しているプロレタリアが自己を政治的階級へと形成し、ブルジョア的政治革命の過程で自らの政治的力を増大させ、プロレタリア的政治革命にまで革命を永続させようというものであった。

 ブルジョア的変革の時代にあっては、プロレタリア革命を目指す者たちも、その時代の政治的環境に順応せざるを得ない。マルクスの戦術を手がかりに、レーニンは永続革命の理論と戦術をねりあげロシアのブルジョァ的変革の時期に、これをプロレタリア的政治革命にまで永続させることに成功した。

 ロシアで永続革命が成功したが、ヨーロッパでは失敗した。プロレタリア階級はブルジョア的政治体制の内での体制内反対派としての位置を与えられ、資本主義世界で安定した民主主義体制が形成されたのは戦後のことである。

 こうしてマルクスが永続革命を構想した時代と今日とでは、プロレタリア革命を準備していく政治的環境がすっかり変わってしまった。ブルジョア革命の時期に、プロレタリアートがヘゲモニーを発揮し、革命を永続させてプロレタリアートの独裁を実現し、社会革命を実現しようとする戦術は、その最初の出発点でのブルジョア革命の開始という前提条件を失ってしまったのである。

3)ロシア革命の教えるもの

 今日永続革命の戦術はその前提条件を失っているが、では、この戦術によってプロレタリアートの独裁を実現したロシア革命と、1990年代に入ってのソ連の崩壊は何を教えているだろうか。

 ロシア革命の教訓は、プロレタリアートの独裁が何故変質したか、ということを明らかにすることから導き出される。変質の要因には色々あろうが、現段階では、商品・貨幣の廃絶を目的とする社会革命をプロレタリアート独裁によって遂行しうるかどうか、という根本間題についての考察が問われている。

 マルクスが『資本論』で明らかにしているように、商品からの貨幣の生成が、諸商品に意志を支配された商品所有者たちの本能的共同行為によるとすれば、商品、貨幣の廃絶は、この本能的共同行為をやめさせることによらねばならない。無意識のうちになされている本能的共同行為は、意志の力によっては統制することはできず、それをなくすには、その共同行為が不必要となる諸条件を迂回して、つくりださねばならない。

 ここから、資本家階級の収奪に関しては、ブロレタリアート独裁の下での政治の力、つまりは意志の力で実現可能だが、商品・貨幣の廃絶に関しては政治的力では実現し得ないことが明らかになる。そうだとすれば、プロレタリァート独裁にとってのネップの必然性と、ネップの下での文化革命の杜会革命にとっての意義が鮮明となる。つまり、ネップを早期に終了させたプロレタリアート独裁は、そのことによって、変質せざるを得なかったのである。

 ネップは、食糧の強制調達と物物交換によって支えられていた戦時共産主義の時期の経済のいきづまりを、商品交換を復活させることによって打開しようとする試みであり、当時のソ連共産党は、これを退却の戦術と見なしていた。だから、経済の復興がなされれば、商品交換を廃止するということは、ネップを提起する前提となっていた。

 しかし、いま明らかとなったのは、ネップは決して戦術的後退ではなく、プロレタリアートの独裁の下で、社会革命を実現していくための不可避の道筋であったということである。プロレタリアートの独裁は、商品交換に干渉することを避け、それを廃絶していける文化革命を育てていく必要があった。死の直前のレーニンの提起は、このポイントを押えてはいたが、しかし、彼には社会革命の路線を提出する時間が残されてはいなかった。

4)政治の限界

 マルクスは『資本論」で、貨幣が本能的共同行為の産物であることを明らかにして以降も終生、商品・貨幣を廃絶する社会革命をプロレタリアート独裁によって遂行するという説を持ち続けた。何故そうなってしまったかは明らかではないが、永続革命の戦術を構想する以前にマルクスは、示唆に富んだ政治批判を展開している。

「国家が強力であればあるほど、したがってある国が政治的であればあるほど、その国家の原理のうちに、つまりその国家を自己の能動的で自覚的で公的な表現とする現行社会制度のうちに、社会的欠陥の原因をもとめたり、杜会的欠陥の一般原理をつかんだりすることを、ますますしなくなりがちである。政治的理解力がまさに政治的理解力であるのは、それが政治の枠内で考えるからこそである。政治的理解力は、鋭く、生き生きしていればいるほど、社会的欠陥をとらえることがますますできなくなる。…(中略)…政治の原理は意志である。政治的理解力が一面的であればあるほど、いいかえればそれが完成していればいるほど、それは意志の全能をますます信じ、意志の自然的かつ精神的限界がわからなくなり、こうして社会的欠陥の原因がますます発見できなくなる。」(「『プロイセン国王と社会革命―1プロイセン人』にたいする批判的論評」マルクス、エンゲルス全集第一巻、439頁)

 マルクスは、フランス18世紀のブルジョア革命を検討して、政治についてのこのような批判的見地を述べたことがあった。政治的理解力が政治の枠内で考えるが故に、社会的欠陥の原因を理解できないこと、社会的欠陥の原因を把握するためには社会的理解力が間われること、この社会的理解力、社会的精神をもってする政治革命こそが、もっぱら政治的精神にもとづくブルジョア革命とは異なるプロレタリア革命の特質であること、などについて述べたあと、社会主義革命の素描を行っている。

「革命はすべて従来の社会を解体する。そのかぎり、それは社会的である。革命はすべて従来の権力を打倒する。そのかぎり、それは政治的である。…(中略)…社会的精神をもってする政治革命はそれだけ合理的になるのである。いやしくも革命というもの―現存権力の打倒と従来の諸関係の解体―は一つの政治行為である。だが革命なしには、社会主義は、実現できない。社会主義は、破壊と解体とを必要とするかぎりで、右のような政治行為を必要とする。しかし、社会主義の組織活動が始まり、その自己目的、その精神があらわれるようになると、社会主義は政治的ヴェールをかなぐりすてる。」(同446頁)

 マルクスが、政治的行為によって「破壊と解体」すべきとした対象に何が入っていたかは判然とはしていない。商品・貨幣もその対象とされていたが故に、彼のプロレタリアート独裁の理論が成立し得ているのである。

 しかし、ここで社会的理解力を働かせて「意志の自然的、かつ精神的限界」を明確にしさえすれば、政治(意志)の力で破壊、解体しうる対象が明らかになるはずである。

5)政治理論についての試論

 マルクスが述べている「社会的理解力」(現行社会制度のうちに社会的欠陥の原因をもとめる)から出発しよう。

 今日の社会の欠陥を、政治によって解決しようとするのではなく、社会制度そのものを変革することによって解決しようとするとき、商品・貨幣は意志の力ではなくせない、という難問にぶつかる。マルクスはプロレタリアートの独裁によって、社会変革を実現しようと考えたが、この政治路線は、彼自身が『資本論』で明らかにした、商品・貨幣論とくいちがっていた。若きマルクスの「政治的理解力」の批判からすれば、ここでは彼自身が一面的な「政治的理解力」を働かせていたことになる。

 ところで商品・貨幣は意志の力ではなくせないが、資本の方はどうだろうか。ロシア革命はプロレタリアートの独裁によって、資本家階級を収奪し、資本をなくすことができたことからも明らかなように、資本は意志(政治)の力で廃絶できる。しかし、ロシア革命の場合は、資本の廃絶が、商品・貨幣の廃絶へとはつながらなかった。

 そこで、商品・貨幣の廃絶へとつながるような資本の廃絶の方法があるかどうか、ということが問題となる。社会的精神をもってする政治革命はこのような見地に立つことから始まる。

 資本の廃絶の第二の方法にかかわる政治思想の検討から手掛けよう。資本主義的生産のアキレス鍵を労働者の労働の疎外に求め、自己疎外からの回復を社会主義の理念とするいわゆる疎外革命論は、労働者階級の主体形成を目指している点で第二の方法とかかわっている。

 しかし、従来の疎外革命論は実は第一の方法を前提にしていた。例えば、資本家の下での賃労働が疎外された労働であることを自覚し、疎外からの回復を目指して革命的実践に参加する主体性を確立するというとき、自覚過程そのものは個的なままに置かれ、主体性を確立した個が参加する革命的実践は、第一の方法に他ならなかった。

 いま、マルクスの物象化論をふまえるなら、労働者の自己疎外のあり方が、物象化としてある、ということであり、そうだとすれば、主体的自覚をもってしては、物象化とわたり合うことができない、ということが明らかとなる。物象化とは、物象による人格の意志支配であり、人々に無意識のうちでの本能的共同行為をとらせるとすれば、これに抗するには意志の力ではどうしようもない。(もっとも、意志の力によって、システムから抜け出すことは出来る。しかし抜け出すことによっては、システムを変えられない。)

 永続革命論とプロレタリアート独裁の理論が、ブルジョア革命の原理、「政治的理解力」に汚染されていたとすれば、疎外革命論も例外ではなかった。疎外の問題を第二の方法の根底におく試みは未開発だった。

6)第二の方法とは

 社会的精神からみて資本の廃絶の第二の方法はどうなるか。まずこの第二の方法はどのようなものだろうか。労働者階級が資本家の下に働きに行かないこと、というように書くと、ストラィキとかサボタージュを連想するかもしれない。しかし、第二の方法という限り、それは一時的なものではない。イメージとしては資本家の下で働かなくとも他の働き場所があり、そこで生活していける「もう一つの働き方」といった方がよい。

 労働者が、労働力を商品として資本家に売る賃労働を拒否し、新しく働く場を創るとすれば、さしあたってそれは労働者生産協同組合(ワーカーズ・コレクティブ)となる。この領域がどんどん拡大していって、資本の領域を喰いつぶしていくことが出来れば資本の廃絶が実現する。しかし、歴史上の現実はそうはならず逆に新しい働く場の方が資本に侵食されてきた。とはいえ、それは過去の話である。今日どうであるかについては検討に値するであろう。

 いま、ここで資本のシステムのいきづまりについてはふれず、もっぱら主体的契機のみに注目しよう。

 労働者生産協同組合の試みや、自主管理がこれまで成功してこなかった原因を、それが本来何であるか、という自己認識の点で誤っていた、という見地を立ててみよう。つまり、それらは第二の方法の手段として位置づけられて初めてその内実を開示していけるのであり、従来このような位置付けは明確にはされてこなかったので、その内実が人目には隠されたままになっていた、という考え方である。

 この見地からすれば、労働者協同組合や自主管理がもっぱら自らの職場や工場の管理を目的としていて、社会に対して目を向けていなかったことが明らかとなる。「もう一つの働き方」を増大させていって、資本を駆逐するという戦術が意識されておればネットワークづくりと社会的自治に取り組み、脱商品化の展望をまねきよせることが可能だったのではなかろうか。






Date:  2006/8/2
Section: 旧稿の掲載
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