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良書を読む 森佳子『米国通貨戦略の破綻』


良書を読む 森佳子『米国通貨戦略の破綻』


2001.2.15 榎原均

 森佳子の『米国通貨戦略の破綻』(東洋経済新報社)は、1995年にルービンがクリントン政権の財務長官に就任し、以降「強いドル」を合言葉にドル高政策に転換して以降の日米間の通貨政策の歴史を解明している。森が米国通貨戦略に「破綻」を見るのは、一言で言えば、アメリカが機軸通貨特権を悪用している、ということに尽きる。
 93年に登場したクリントン政権は、当初は通商政策を重視し、対外赤字を減らすことを目指して、日本に対してドル安攻勢をかけてきており、実際に国際収支は改善していっていたが、95年にルービンが登場し、ドル高政策に転換したとたんに、対外赤字は逆に増大していったが、アメリカはこれを放置してきた。ドルが基軸通貨であることで、アメリカの対外赤字は、外国の通貨当局や投資家がアメリカ国債を買い続ける限りは、アメリカ経済にとってマイナス要因とはならず、逆に、アメリカは流入したドルを外国に貸し付けることで利ざやを稼ぐことができた。しかし、このように、外資の流入に支えられた基軸通貨ドルは、外資の流入が途絶えれば、たちまち減価していく、という宿命をもっており、この見地からすれば、アメリカ経済は極めて不安定なものとなっている、と森は見ている。
 さて、ロイター通信社の経済記者である森の著作には多くの有益なデータや記録が出ている。非常に読みやすい本なので、一読を勧めたい。とりあえずここでは、森の基本的な考えを紹介するにとどめておこう。
 クリントンがドル高政策に転換する際に用意されていた大統領の政策アドバイザーの進言がある。
「※ドルは基軸通貨であることから、世界中の人に保有されており、彼らはいつでも手持ちのドルを売りに出せるため、宿命的な弱さを持っている。
 ※ドル安はオーバー・シュートする可能性があり、基軸通貨発行特権を手放す危険を含み、あまりすすめられない。
 ※ドル安政策を軌道修正するといっても、あくまでゆっくりとしたテンポでドルを上昇させればよいのであって、急激なドル高にする必要はない。」(23頁)

 クリントンはこの進言を受け入れて政策を転換したが、米財務省が1995年1月に発表した年次報告書には、ドル高の利点が次のように列挙されていた。
「(1)金融市場のドルに対する信頼を与える。
 (2)米資産の魅力を増す。
 (3)米国への長期投資を促進させる。
 (4)米国の低インフレ維持に貢献する。」(27頁)

 森は以降5年間で、これらの利点はその後現実のものとなったとしながらも、隠れた落とし穴があったと指摘している。それは米国に大量の資金が流入した結果、米国は経常赤字をいくら拡大させても容易に決済できるようになったことだ。基軸通貨国アメリカは、経常収支の赤字のドルを、外国からのドル資金の流入でファイナンス出来るため、赤字を減らそうとするインセンティブが薄れがちであり、借金体質から抜け出しにくいというわけだ。
「大変に便利な基軸通貨発行特権であるが、基軸通貨国は特権と引き換えにある義務を果たさなければならない。それは基軸通貨の対外価値を安定させ、十分な流動性を保ち、国際決済に安心して使え、外国人が将来にわたって安定的にドル建て資産を購入、保有できる環境を提供することである。」(33頁)

 森は、アメリカがこの義務を果たそうとしていない点に米国通貨戦略の破綻を見ている。




Date:  2006/1/5
Section: 良書を読む
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